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*3*
* 3話
そんな毎日をむさぼるように、何気なく過ごしていたある日。僕らが16歳、高校2年生になったばかりの頃の、本当に何気ない日だった。
星が夕飯までに帰って来なかった。携帯電話に電話をかけるが、留守番電話サービスに繋がれてしまう。メールの返信もない。
僕はもちろん、両親も心配して取り乱していた。今までにそんなことは一度としてない。
「どうして……」
でも誰か友達の家にお泊りをしているとか、ファストフード店でしゃべり込んでしまっているだけかもしれない。それに星は、少し抜けているところはあるけど、高校生だ。自分の管理はできるだろう、携帯電話は充電が切れているだけだろう、と思い込んで、いや言い聞かせてその日を終わらせようとした。
* * *
玄関が開く音に、体を勢いよく起こした。
少し経って、すぐ隣の部屋のドアが開くのが薄闇の向こうに見える。
僕は窓を開けて、もっと中を見ようとする。
「星……!!」
星は閉めたドアに寄りかかって、俯(うつむ)いていた。その表情は見えない。
僕は居てもたってもいられなくなり、窓から窓へと渡った。幸い星のいる部屋の窓は開いていた。
「星、どうしたんだよ。こんなに遅く帰ってきて……」
ドアにもたれてしゃがみこんだ星の肩に手をのばしかけて、引っ込める。今、触れたら。星が居なくなるような気がした。
「………………」
「母さんも父さんも、心配してたよ」
「…………」
うん、と掠れた吐息のような返事がやっと聞こえる。
「何か……あったの?」
「…………」
少しの間があってから、否定を表すように力なく首が横に振られた。
「じゃあ、なんで……こんな遅くに……」
「…………だいじょぶ、だから……」
言葉とは裏腹に、腕や脚は床に垂れている。
どこが、大丈夫なんだよ……。
「……星、僕さ、星のこと欠(か)け替(が)えのない家族だと、思ってる。だからさ、何も言わないでいなくならないでくれよ……。もっと、頼って、信用してく――」
嗚咽と、微かな吐息が首元で聞こえた。全身に掛かるのは、星の体重と、大きな悲しみ。星の背中に、手を回す。小学校低学年以来に触れるその体は、いつの間にか柔らかく、大きく、そして――小さくなっていた。
どうすることも、どうしてあげることも、できなくて。僕はただ、星の背中をさすり続けた。
気が付けば、部屋が明るくなっていた。だが、太陽はまだ地平から覗き始めたばかりで、部屋にはまだ薄闇が漂っている。
拭っても拭いきれない不安感を、振り払うように僕は深呼吸をした。