<< 小説一覧に戻る
不遇冒険者ですが、美少女に助けてもらえるようです(完結)
作者: タダノヒト (総ページ数: 7ページ)
関連タグ: 美少女 ざまぁ
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*紹介文/目次*
「本当になんとお礼を言えば良いのやら……お礼と言ってはなんですが、これを受け取ってく下さい」
少女はそう言うと、布袋の中から数枚の金貨を取り出した。これだけあれば、数ヶ月は普通に暮らせる額であり中々の大金である。しかし青年はそれを受け取ろうとはせず、少女の手を制するように優しく押し戻す。
「いえ、大丈夫です」
典型的なお人好しだった青年からすれば本当に要らなかったのだが、少女の方からすればそれで気が済む訳がない。自分の人生がかかった大事な大金をひったくりから取り返してもらったのだ。少女は、これだけの大金を前にしても、無欲な態度を崩さない青年に尊敬を覚えながらも、とにかく何か礼をしたい一心で説得しようと試みる。
「どうせ無くなるはずだったお金です。最低でもこのくらいは受け取ってもらわなきゃ私の気持ちも収まりませんよ。だからお願いです。どうか受け取って下さい」
「受け取ってほしい」と頭を下げる少女の様子に、青年は少し戸惑ったように手をばたつかせる。
「あっ、そんなっ、頭なんか下げないでくださいよ……分かりました。ありがたく頂きます」
男と別れてから少し後、青年の姿はギルドの玄関先にあった。青年は俗に言う冒険者であり、先程の件はギルドに向かう道すがらの出来事だった。従って、いつもより少しばかり遅れて職場に着いた彼だったが、そんな彼に対して、先に集合場所についていた男は、苛立ちを顕にする。
「おい、遅かったじゃねぇか」
「……ごめん」
「ごめんじゃねぇよ!! あっ? 俺より遅く来んじゃねぇよってあんだけ言ってんだろうが!!」
青年を怒鳴りつけた男は、その勢いに任せて、青年の腹部を思い切り殴りつけた。
「がぁっ!? がはっげほっ」
前触れもなくいきなり殴りつけられた青年は、たまらず膝から崩れ落ちて激しく咳き込む。そんな青年の髪を引っ張り、自分の顔の位置まで青年の顔を引き寄せた男は、まだダメージが残っていることなどお構い無しに、その理由を言及する。
「なんで遅れた? 正直に答えろ」
「っ……それは……」
青年は、今日の朝あった出来事を偽ることも、隠すこともせずに話した。男は、一応その話を最後まで聞き、さも当然と言わんばかりに手を出すと
「じゃあその金貨よこせ。それで、今日の遅刻は無かったことにしてやるよ」
いかにも等価交換を持ちかけるかのような口ぶりで金貨を要求する。男の言動はまさに横暴の極みとも言えるものであるが、青年は特にためらう素振りすら見せず懐から金貨を取り出し、手渡した。
「へへ、四、五、六……と」
男はそれをありがたがることもせずに受け取ると、手早くその枚数を数えて懐へとしまった。一方の青年の方はと言うと、金を半ば強制的に奪われたことに、というよりかは折角の好意を自分の保身のために捨ててしまったことに対する負の感情を表に出すまいとひっそりと唇を噛みしめた。
彼らの関係性を簡単に説明すると、ギルドのパーティーである。他にパーティーメンバーはおらず、比較的珍しい規模の小さいパーティーである。しかし、仲間と言うにはあまりにも横暴なこの男を、青年はなぜパートナーに選んだのか。それを説明するには少しだけ過去の話をしなければならない。
「おいそこの。何勝手に割り込んでやがる」
まだ駆け出しの冒険者だった青年が、受付を待つ列に並んだ際に起こったことだ。ドスの聞いた声と共にどこからともなく現れた、体格が良くお世辞にも人相が良いとは言えない男が青年の元に言い寄る。青年からすれば、ただ列の最後尾に並んだだけであり何か文句を言われるようなことは一切していないため、なぜ男が自分に言い寄って来たのか分かるはずもなく困惑した素振りを見せる。
「えっ?」
そんな青年の反応に対して、男はいきなり胸ぐらを掴むと
「とぼけてんじゃねぇよ。そこは俺が予約しておいた所だろうが。てめえみたいな坊主がこんななめた真似して許されると思ってんのか?」
まさに無茶苦茶である。それは十人が見れば十人全員がそう思うほど間違いないはずのことであるのだが、周囲は多少ざわつくだけで男の行動を咎めようとはしない。むしろ、関わらないようにしようと一度は注がれた視線が段々と離れていく。
青年は、男の言葉をただ聞くことしかできず、周りもそんな青年を助けようとはしなかったためこの場の主導権は完全に男が握ることになってしまった。男はそんな雰囲気を良いことに、青年のことをすっとんきょうな理論で責め立て、そして最後には
「もしこのまま冒険者を続けられないような状態にされたくないって言うんならこれを払うしかないよな。金額は予約を無視したことと、俺の時間を奪ったことを考えて金貨五枚ってところか? まぁ安いもんだよな。それだけでなにもされずに済むって言うんだからよぉ」
金銭を要求してきた。それも中々に高額の。何度も言うがまだ駆け出しだった青年が、大した金を持っているわけがなかった。それこそもうどうしようもなくなった彼の耳に、ある声が届く。
「もう止めろよ。そいつも困ってんだろうが」
その声の主こそが、現パートナーのあの男だった。結果、難癖をつけてきた男は渋々ながらも青年から手を引き、青年は助けられた。これを機に、二人は事あるごとに関わるようになった。
何かと自分のことを助けてくれる同年代の男に対して、青年は何かと親しみを感じると共に、尊敬のようなものを覚えるようになる。そんな相手からパーティーを組もうと言われて、断る理由などあるはずもなかった。
*3*
あの時の青年のように、何を言うこともせず少女は入り口付近に腰掛けようとした。しかし、そんな少女の動きを、どこかで聞いたことのあるフレーズが止める。
「おい嬢ちゃん。挨拶ぐらいしたらどうだ?」
そう言うとやはり、茶髪の男が立ち上がり、少女の元に詰め寄る。しかし、そんな男に対して一切臆する様子を見せない少女は
「それはすまなかった。よろしく頼む」
とあっけらかんと答えた。しかし、男にとってみれば本当に欲しいのは挨拶ではなく大義名分。今度は少女の口調について言及する。
「あっ? 『先輩』に向かってなんて口の聞き方してんだ。お前、女だからって殴られねぇとでも思ってんだろ。あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ」
そして、その言葉に対しての返答を待つこともせず、男は握りこぶしを振り上げた。それを見かねた青年はボロボロの体を立ち上がらせてそれを止めようとするも、残り二人の男に妨害され、動くことができない。
少女の眼前まで迫る拳。避けようのない、男の暴力による支配の始まりを告げる遠慮のない一撃が少女の顔を捉えた。と、この場にいる少女以外の誰もが思っていた。しかし、現実は違った。
男の拳は空を切り、視界からその姿が完全に消えたことにあからさまに戸惑う。そして、次の瞬間、男の右足に強い衝撃が走る。そして、何が起こったのか理解することもできないまま、その側頭部を地面に打ちつけていた。実際の少女の動作は、しゃがみこんだ後に、手を支点として男の足を払うような回し蹴りを入れる。というものだったのだが、その速さは電光石火とも言うべき驚異的なもので、男が何が起こったのか理解すら出来ないと言うのはある意味当然とも言えることだろう。
「があっ!? っ……いてぇ……」
想像もしていなかった痛みにもんどりうつ男に対して、おもむろに立ち上がった少女は、
「女だから……か。一番嫌いな類いの言葉だ」
と、男の軽薄な言葉を責めるように吐き捨てた。あまりの痛みに言い返すことすら出来ない男を尻目に、少女は青年の方へと歩き始める。
二人の男は、目の前で起こったことが理解できず、青年の手を力無く握りしめていたが、少女の無言の圧力を受けてその手を自らの体の後ろに隠した。
そして、青年の前までたどり着いた少女は、自分のことを助けてくれようとした彼に対しての感謝の意を告げる……つもりだった。
「……どうして、ここに。どうして、こんな所にあなたがいる?」
少女のその言葉にはありとあらゆる感情が入り交じっていたため、その真意を知ることは出来なかったが、その口ぶりから青年に対して何らかの面識を持っていることは間違いなかった。当然、青年もそれを察して、目の前の少女との記憶を思い出そうと試みる。
「……あっ」
青年の脳裏に、まだ幼かった少女の姿が思い出された。
「お願い……こっちに来ないで」
後ずさりする少女に合わせて、じりじりと距離を詰める熊のようなフォルムの魔獣に、少女が震えた声で懇願する。しかし、魔獣が少女の言葉を理解する訳もなく、少女との距離は少しずつ少しずつ縮まっていく。
あまりの恐怖に冷静な思考を失った少女は「魔獣に出会ったら絶対に背を向けてはいけない」という両親の教えも忘れて、森の中へと思い切り駆け出した。当然、少女の足では到底振り切ることなど出来る訳もなく、少女に合わせて走り出した魔獣は瞬く間にその距離を縮める。
迫る足音に、少女は逃げ切れないことを察したが、それでも足を止めることは出来ない。死への恐怖が強制的に足を動かしているのだ。
少女が逃げることの意義をしいて挙げるとすれば、誰かの助けが来るまでの時間を稼ぐこと位だろう。しかし、その時間も大した意味は持たない。そんなせいぜい数秒の時間を生き永らえた所で、それにより助かる可能性など奇跡でも起こらない限りほとんど無いに等しいのだ。
少女と魔獣の距離は、遂に人間の足でいう十歩分を切った。足音に加えて、その強靭な足で地面を蹴ることによって起こる地響きが少女の背中を捉えんと迫る。
もはや助からない。少女の脳内で死という意識がより強くその思考を支配する。しかし、この少女はその[奇跡]を起こすだけの運を持ち合わせていた。
「えっ?」
少女のすぐ横を、どこからともなく現れた影が横切る。そしてその直後。少女の耳に聞こえたのは魔獣の命が断たれたことを示す断末魔。
影の正体を確かめたくとも、振り返ることが出来なかった少女がこの時初めて足を止め、後ろを振り返った。
「大丈夫? 怪我してない?」
この時、そっと微笑みかけてきたまだ若い冒険者の姿は、少女の脳裏に強く焼きつくことになる。彼女の崇拝する対象として、彼女が人生をかけて追いつこうと決めた目標として。