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*4*
「……そうか。それなら良かった」
青年が服役することになった経緯を聞いた少女は、若干頬を緩ませながら、安堵の意をこぼした。もちろん、青年を陥れた男に対する怒りもそこにはあったのだが、それ以上に彼女の信じていた青年が、罪を犯していないことに対する安堵の気持ちが強かったようだ。
それから、二人は獄中であることも感じさせないような明るい雰囲気で積もる話をした。その中で青年は、少女があの一件以降どのような経緯を辿ってきたのかを大まかに知った。
少女は、青年に助けられた後、その体験に強い影響を受けた彼女は、青年のような誰かの命を守る冒険者となることを決意。
その後、魔法学校に入学した彼女は、その圧倒的な努力量と高いポテンシャルで学年の首席に上り詰める(ただし、この部分に関しては、首席どうこうという点について少女は触れていない)。卒業まで残り数ヶ月。少女の志した冒険者としての生活が、もう目の前までやってきているというその時期に事件は起こった。
領主の息子に対する暴行。それが彼女の罪状だった。
「ううぅ……ひぐっえぐっ」
「汚らわしい面で泣きやがって。あぁ? 次期領主であるこの俺様に怪我を負わせておいて泣けば許されるとでも思ってんのか!!」
顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくる子供を大人気なく怒鳴りつけるのは、丸々と太った体をした領主の息子。何か重大な事件の発生を感じさせるこの場所では、つい先程、そのでっぷりとした体に、駆け回っていた子供がぶつかるという他愛もない出来事が起こっていた。しかし、甘やかされに、甘やかされた挙げ句、自身の立場を過信し過ぎている息子にとっては非常に許しがたい出来事だったようだ。
そんなとばっちりに巻き込まれてしまった子供を見かねて、野次馬の中から子供を庇うような言葉をかける者が現れる。
「小さい子供のやったことですし、何もそこまでは……」
更に、それに便乗する者も現れる。
「っ……そうだそうだ!!」
雰囲気は今、少年を擁護する方向に変わりかけている。しかし、雰囲気が変わろうとするこの流れを、野太い叫び声が断ち切った。
「黙れ!! 子供だろうがなんだろうが俺様に手を出したことに変わりはない。もし、また口答えしてみろ。ここにいるやつら全員に厳罰を加えてやる!!」
厳罰。その一言で、野次馬たちの声は一斉に静まり、少年の泣き声だけが辺りに響き渡る。
息子はやれやれと言わんばかりに軽くため息をつくと、依然泣き続ける少年に対してあろうことか、その腰に携えた全く不相応な名刀の切っ先を向けた。
辺りは瞬く間に観衆の悲鳴で満たされる。また、その雰囲気の異様さに怖気づいた少年も、何が起こっているのかも良く分からないままその泣き声をより大きくした。そんな喧騒をまたもや野太い声がかき消した。
「ふん、もう良い。俺様に怪我をさせた罪、その命で償ってもらおう!!」
剣が高々と振り上げられると、再び周囲では悲鳴が起こり出す。少年を助けなければ。誰もがそう思うも、恐怖のあまり誰も動き出すことは出来ない。
結局、止めに入る者は現れず、掲げられた剣はいよいよ少年に向かって振り下ろされる。間もなく訪れる惨状に誰もが目を背けようとした瞬間、人々の間を白い風が吹き抜けた。
「があっ!?」
領主の息子の体が、前触れのない衝撃によって吹き飛ばされる。唐突に現れたその少女は、足元でうずくまる少年の頭をそっと撫でた。
「大丈夫か? 怪我してないか?」
「うっ。げほっげほっ」
真夜中の獄中で四つん這いになって咳き込むのは、茶髪の男。その傍らでは、青い瞳がその様子を睨みつけている。
「ばれないとでも思った? 私の寝ている間に暗闇に乗じてやれば気づかないとでも? ……まぁ何にせよ。私の大切な人を傷つけようとしたことは絶対に許さない」
四つん這いの男の腹に再び強烈な蹴りが見舞われた。
少女が入所して以降、青年に対するいじめは無くなった。代わりに、顔を腫らした男達の姿をよく見るようになったのだが、やがてその姿さへも見ることは無くなっていった。
一方、青年は、少女と生活を共にすることでより親睦を深め、不自由ながらも充実感のある日々を送るようになった。そんな、ある日のこと。
寝床についた青年は、突然、毛布の暖かさとは違う、人肌の暖かさのようなものを覚える。その感覚から、青年は、その正体が少女であることをすぐに察した。
「すまない。どうしても寒くて眠れなくてな……よければ、このままここで寝てもいいだろうか?」
「うん。いいよ」
少女からすればそれは只の建前だったのだが、青年は少女の言葉を鵜呑みにし、その上でそれを承諾した。二人の間に少しだけ静かな時間が流れた後、少女が青年に問いかけた。
「まだ、少し気が早いかもしれんが、ここから出たらどうするつもりだ?」
「ん~。まぁまた冒険者をやるだけかな。普通に信頼をしてもらえるようになるのは大変だろうし、正直、あいつのことを許せる自信もない。それでもやっぱり、俺は冒険者がやりたい」
「……そうか。それなら……ここから出たら私と一緒に仕事をしないか? 私とパーティーを組んでくれないか?」
突然の申し出に、青年は即答することが出来ない。実のところ、青年はどう返答するのか。九割方決めていたのだが、その伝え方を考えるのにそれなりの時間を要した。
「ごめん。そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり駄目だ。俺と一緒にいれば、多分周りからは色々言われるし、君をそれに巻き込みたくなんかない。それに、俺みたいな下級冒険者なんかよりもっとふさわしい相手が絶対にいる。だから……」
「関係ない」
自分とパーティーを組んだ際のデメリットを話して、少女の提案を断ろうとした青年だったが、そんな青年の話を珍しく少女が遮った。
「えっ?」
あっけにとられ情けない声を出した青年に対して、普段、感情の変化が口調に現れない彼女が、明らかに力の入った声で訴えかける。
「……そんなこと関係ない。誰になんと言われようが、もっとふさわしい相手がいようが、どうでもいい。私はあなたと一緒にいたい。それでも駄目だと言うなら、その時は仕方ない……これは、ただの私のわがま……」
「分かった。良いよ。でも、本当に俺なんかで良いの?」
「あぁ。俺だから良いんだ……ありがとう。本当にありがとう」
そして、月日は流れ、遂に青年が釈放される日を迎えた。
「おい、出所だ。出てこい」
その日の朝、看守が青年に牢から出るように促す。それに応じて青年が立ち上がると、少女がそれを追うように立ち上がる。
「私も、出所したらすぐにあなたの所に行くからな」
「あぁ。でもその前に、たまには会いに来るけどね……あっ。それと……」
(ここで言う青年の「会いに来る」とは、決してもう一度捕まるということではなく、面会のことを指しているということだけは断っておく)
青年は、何かを思い出したように看守の持つ自分の着替えに手を伸ばすとその中から青い石のペンダントを手に取り
「はい。お守り」
少女に手渡した。それを受け取った少女は、手元のペンダントから青年という順で視線を移す。
「良いのか? ……ありがとう」
少女が、それを大事そうに握りしめたを確認すると、看守は青年に早く牢から出るように促した。
「……さっさとしろ。こちとら、お前に長々と構っている時間は無いんだ」
青年は、待ってくれていた看守への感謝の気持ちもかねて頭を軽く下げると、足早に牢の外へと出て、看守から着替えを受け取る。
「すみません……それじゃあまたね」
「あぁ。またな」
青年は最後の挨拶を交わすと、看守に連れられて牢獄を後にした。
そんな、二人の一連のやり取りを三人の男達は、妬ましそうに睨んでいたが、それでも少女が何か危害を受けるようなことはないだろう。少女は、青年にしばらく会えないことを寂しく思いながらも、青年から貰ったペンダントを眺めながら微笑んでいた。