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傷つくことが条件の恋のお話
日時: 2016/04/09 15:38
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

どうも。皐月凛雅です。
今回は、高校生に登場してもらいます。
深い傷を負ったEIGHTEEN女子高生と、
いたって普通だけども普通じゃない男子高生と、
人気モノの男子高生がメインの高校生活のお話。
頑張りますから、小学校の授業参観に来た父兄のような、
温かい目で見守ってくだされば。

ー登場人物ー
・北川 優
 佐久間高等学校3年B組。社会の女王様のあだ名で、落ち着いた雅やかなお姉さま。男女関わらずに人気は高いようだ。テニス部のエースで図書委員会委員長。
・能澤 崇
 別に特徴のない優の同級生。彼はC組でいたって普通。剣道と空手なら誰にも負けないし、水泳とテニスとサッカーだったらできる方。でも面倒臭いから帰宅部。
・朝瀬 翔也
 『めっちゃイケメンで、むちゃくちゃイケボですんごく頼りになる』優のクラスメイト。家も結構な金持ちのお坊ちゃまで、文武両道の憧れの的高校生。


 ≪優 side≫
今から4年前の夏、私は大切なものを失った。
原因は私にあった。どう考えてもそう。
それなのに、それなのに彼の親は私のことを責めなかった。
蔑みもしなかった。私にあたることもしなかった。
ただ、泣きながら一言、
「ありがとう」
そう言った。
私にはそんな言葉をもらう権利などない。
私は貴方の息子の命を奪ったのに。
なんでそんなことを言えるのか、貴方の神経がわかりません。
その時以来、葬式にも出なかったから彼の親に会うことはなかった。
そして、私は心から誓った。
『私は、絶対恋に落ちるようなことをしない』
そうして彼との思い出を、心の奥に封印した。
自分の、心からの笑顔も。

4時限目、あんまり面白くない音楽科が終わり、音楽室から教室に帰る途中、
「ゆ〜〜う!!」
後ろから誰かがばんっと背中を押してきた。
ひょっこりと顔を出すのは私の唯一無二の親友、斉藤沙穂。
「沙穂。今筆箱でぶつかったでしょ。めっちゃ痛かったよそれ。」
そういって彼女を睨めば悪気なんてそっちのけで、すまんね、とだけ言った。
「それより聞いた?朝瀬って、A組の永井紗菜振ったんだってよ。」
「まあ、当然じゃない?永井紗菜ってあの派手なギャルでしょ。あんなのと付き合って長続きした方がおかしい。」
思ったことを、包み隠さずに率直に述べる。この口調が気に入らない沙穂は、その毒舌何とかしなよ、優、と苦笑してから続ける。
「まあ、永井さんって結構面倒臭そうだから付き合ってくれるまで朝瀬に付きまとって、朝瀬が諦めてやっと付き合えたってことじゃないの?」
「・・・、そんなに面倒なの?そのこ。なんか朝瀬に同情できそう。」
そんなに付き纏われていたのなら、あんまり話したことのない朝瀬でも、素直に可哀相だと思える。
「永井紗菜って、女王様気分でいる出しゃばりとか、女子力が半端ない人ってゆうような見た目だったけど、男子にはどう見えているのかな。」
素直に疑問を口に出してみると、じゃあ、と言って沙穂が上を指差した。
「今の疑問、莫迦男子に聞いてみる?誠と拓真、今日は屋上でお昼食べるらしいから。」
「ああ、そうね。聞いてみようか。」
そう答えると彼女は、優のお弁当持ってくるから先行ってて、とだけ言い残して教室へと入っていった。
沙穂と広瀬誠、山崎拓真、それに私は、中学時代の仲間で、4人一緒にこの高校を受験し、合格した。
いつでも一緒だった。今でも放課後になれば4人で新宿行ったり、誰かの家に泊まったりしてるくらいだ。
「誠、拓真。」
屋上まで行き、手すりに寄り掛かっている2人に呼びかける。
2人とも私を認識すると、ふっと笑って手招きしてくれる。
「なんだ、沙穂はどうした。」
誠が笑いながら、話しかけてくる。
「お弁当取りに行ってる。もうすぐ来るよ。」
「あいつはパシリかよ。」
「そうね。自主的にパシリやってくれて助かる。沙穂っていいね。」
「うわっ、出たよ。優の腹黒思考。女っていつみてもおっかねえ生き物だよ。マジで俺そう思う。」
「お前、ほんと擦れたぜ。もう少し大人しくしてればもうちょっとは可愛げあるんじゃねえか?」
拓真の言葉に少しカチンと来て言い返そうとしたタイミングで後方から声がかかった。
「あんただって人のこと言えないでしょ。このぐれ男。」
「うっせーよ。沙穂は黙ってろ、口デカ女。」
「それ、乙女な女子高生にいう言葉?もうちょっとは考えなさいよ、莫迦不良!」
「誰が不良だっての、俺より脳味噌ないくせに。」
これ以上やりあうと白熱しそうなので、そっと私は誠に目くばせする。
「こらこら、ご夫婦様。痴話喧嘩はどっか違うとこでやってください。こちらとしてもこんなに仲睦まじい様子を見ていると少々焼けるので・・・、」
にこにこしながらお世辞を投げかける誠。
「誰が夫婦だっての!!!」
2人一緒になって誠に怒鳴る拓真と沙穂。
拓真と沙穂は幼馴染で、小さいころから一緒にいるのだ。この二人の痴話喧嘩は、言ってしまえば恒例行事なのである。
「で。どうして男同士の貴重な時間を邪魔しにやってきたの?」
夫婦と言われたことでまだ拗ねている拓真が聞いてくる。
優がおにぎりを口に入れてまだもぐもぐしているところを見て、代わりに沙穂が説明してくれる。
「A組にさ、永井紗菜っているじゃん。男ってああいうタイプ、どういう目で見てるのかなあって、疑問ができたから聞きに来たのよ。」
「別にあんま気になんないけど。美人なんだろうなあとは思うけど、やっぱ遠目に見てて、気に障るような奴だとは思う。」
あんまり感情が入っていないこの声は拓真の声。
「気が強いのはわかるけど、自分の意見がしっかりしてるだけなのかもよ。自分に自信があるみたいだし。まあ、男はエロいからね。漫画なんかに出てきそうな美少女だから、付き合いたいと思う男子は多いよ。」
この、客観的な発言は誠のもの。
「美少女ならこんなに近くにいるのに、よくそんなこと言えるねえ。ま・こ・と?」
沙穂の口調には、はっきりと揶揄の響きがある。
「沙穂・・・、私のこと莫迦にしてる訳?凄くムカつく。」
実際に自分が美人だとか、綺麗だとか思わない。みんなが興奮して称賛するような要素は一つも持ち合わせていない。
「優は確かに美少女だけど、中身がめっちゃ黒いから・・・グハッ!」
間髪入れずに飛んだ私の〈怒りの回し蹴り〉のおかげで、誠は最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。
「あらぁ、お大事にね、誠。拓真も誠の対処よろしく。」
私がすたすたと屋上を後にしたせいで、沙穂が慌てて後を追ってくる。
次は、私が好きな和山先生の古文。早く戻って予習しよう。
そう心の中で唱えることで、静かに心の怒りを抑えた。

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Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.54 )
日時: 2016/07/13 17:23
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪優 side≫
私が病院に入院になってからもう半月が過ぎた。
その間、誠たちは一日も欠かさずに通ってきてくれて、たまにりのちゃんが顔を出してきてくれる。
みんながみんな、笑顔で隠しているけどその笑顔は本当のものではないことを知っている。みんなが私に見せない本当の気持ちが、私は分かった。
みんな、本当は心配でいっぱいなのだろう。病室を出れば、みんな憂い顔になっているのを偶然見かけた。
あんな顔にさせてしまっているのは自分、無理をさせて迷惑をかけているのも自分だ。
早稀と翔也君にはこのことは絶対に知られたくなかった。だから、大学には長期の休みを取り、彼女たちには少しの間大学には行けないという簡単な分だけ送った。
何もやることがないのは、正直言って辛い。
今までは、色々なことに追われながら常に何かを機にかけて生活をしていた。どんな時でも何かを考え、止まる時間を知らなかった。
だからなのかも知れない。
時間に追われることも、考えることもない時間がつらい、というより、恐れていた、怖かった。
規則的な生活で、胃ポリープの摘出手術も昨日終わった。
結果は、新しくできていたのはすべて良性。
ポリープの心配はなくなった。
でも私には、もう一つ体に異変があった。
それは、大学に進学してから前よりも頻繁に起こるようになった、頭痛や目眩、不眠や体の痺れや動悸だった。
でも、こんなものは別に気にする必要もない、そう考えて医師に相談したりはしなかった。
ある晩、私は入院してからずっとそばにいてくれるお母さんを休ませたいという一心で凛にお母さんを家に連れて帰るようにお願いした。
でも、それは建前の理由にしか過ぎないのもある。
本当は、お母さんに眠れないことや体が痺れることを気付いてほしくなかったからだ。
そのおかげで目の下には隈が出来、自分でもやつれたのが分かる。
壁にかかった時計を見ると、午前2時。
眠れないんだったらいっそのこと本でも読んでいようかと脇の机に手を伸ばした時だった。
「・・・・ぅうっ!?」
瞬間に身体に痺れが走り、身体が動かなくなる。
動悸がだんだん激しくなって胸が痛い。
苦しい。痛い。
だんだんと頭が締め付けられるような感覚に陥り、目の前が波打つ。
脳裏に瞬く、虐めの光景や能澤君との最後の会話と失敗した入試の悔しさ。壮也がいなくなったと知った時の悲惨なほどの苦しさ。
「・・・・っ、くっ・・っつ!!」
歯を食いしばってなければ、痛みで声を上げてしまう。
今までこんなに激しい頭痛を感じたことがなかった。
痺れる腕を何とか持ち上げてナースコールを落とす。
電話の向こうで何か言っているけど、それが何を言っているのか分からない、まして話すことなどできなかった。
ガラッ!!
大きな開閉音とともに誰かが入ってくる気配がした。
「・・・・だ・・れか・・、たすけ・・・・て・・・。」
眦から涙が一筋零れた。

「優さん。落ち着いてその時の事を全て話してください。今まで身に起きていた症状もすべて。」
医師の視線は鋭かった。
それに押され、ついさっきやっと楽になったばかりの私は、今までの身体に起きた異変を全て洗いざらい話すことにした。
不安があったこと、気に病んでいたことがあったこと、何度かフラッシュバックを起こしたことがあり、身体症状が頻繁に起こっていたということ。
話すうちに、医師の顔はどんどん険しくなった。
私が話し終えると、先生は一言だけ言った。
「あなたには、病養病床に移ってもらいます。」
病養病床とは、長期の入院患者の病床の事だ。
不安が心を覆った。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.55 )
日時: 2016/07/13 18:41
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪優 side≫
翌日、朝早くにお母さんが私の新しい病室に顔を出してくれた。
「あら、お外の景色が良くなったわねー。」
そんな風ににこにこしていて、あんまり深く考えないお母さん。そんな性格が今はとてもありがたかった。
でも、それから数時間してお母さんは医師に呼ばれて別室に行った。
いつもならあまり気にしなかったが、私は何か落ち着かなくてそっとその二人をつけていくことにした。
ある小部屋のちかくで、私は目立たないように壁にもたれてみると、案外中の話は聞こえるもんだ。
〈昨夜、娘さんは突発的な身体症状を訴えてきました。そのため新しく病室を変えた次第です。〉
〈ええ、それで、娘は病気か何かなのですか?〉
〈病気、とまではいかないのですが、一括りに行ってしまえば、精神疾患、ですね。〉
〈精神疾患・・・?それはどういった?〉
母の非常に困惑した声が聞こえる。
〈簡単に言えば、何らかの出来事によって神経にダメージや負担がかかったという障害のことを指します。〉
〈障害、ですか。〉
〈ええ、彼女の場合は、過去に起きた何らかの出来事が、トラウマになりそうな自己だったり、精神的な苦痛が長い間続いた所為でそれに恐怖するようになり、不安を感じる時間が多々あったのではないでしょうか。〉
〈そう、かもしれません。母として、私は何一つしてやれずに、私の夫も多忙でしたので、家庭的な面では優がすべてをまかなっていました。弟もいるということで、優はいろいろな面で神経をすり減らしていたのではないでしょうか・・・。〉
〈ええ、そうかもしれません。彼女の症状から察するに、不安神経症、というより、全般性不安障害や心的外傷後ストレス障害が有力ですね。〉
〈・・・、治る確率というのはありますか?〉
〈技術はありますが、今の彼女では少し難しいと思います。今現在、カウンセリング、薬物療法、精神療法などが有効です。ただ、成果が認められないことも多々あります。〉
〈と、いうと?〉
〈カウンセリングや精神療法は自信が前向きな態度がなければいけませんし、薬物療法などは和らげる療法であって、治す為のものではないのです。〉
〈でも、別にそれがあるから生活に支障がある訳ではない、んですよね?〉
〈わかりません。悪い方に考えるとすれば、人間関係に支障が出る可能性が大いにありますが、別に生活する分には問題はないでしょう。〉
〈人間関係で・・・・、〉
そこで私は、逃げるように病室へ戻った。
——そんなことになっているなんて、知らなかった・・・。
膝が、身体全体ががくがくと震える。
なんでこうなったんだろう。
そんなのはもうわかっている。
皆にたくさん迷惑かけちゃったから。
でも、もうこれ以上皆に重いと思われたくない。
さっきのお母さんと医師の言葉が頭の中でわんわんと何度もリピートされる。
“精神疾患、ですね。”
“ダメージや負担がかかったという障害”
“全般性不安障害や、心的外傷後ストレス障害が有力です。”
“治る確率”
“少し難しいと思います。”
“成果が認められないことも多々あります。”
それよりももっと耳にこびりついて離れないもの。
“人間関係に支障が出る可能性が大いにありますが”
これでは、周りの人たちとの関係は続けるのが難しくなると言っているようなものではないか。
その時、私の脳裏にはある考えが一筋の光のように浮かんでいた。
最終の方法。
でも、今のこの状況だったら、私は多分。
多分、きっと後悔はしない。
「・・・・、やる、か。」
一人ごちて、私は立った。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.56 )
日時: 2016/07/21 16:43
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪崇 side≫
『ごめんなさい。今日限りで終わりにしよう。』
少し冷然とした響きの声で、彼女はそう言った。
その方は小刻みに震え、俯いた唇は白かった。
でも、そんな苦しそうな表情は一瞬の事で、次に見せた顔はいつもの痛々しい笑顔。
こんなものを見るために彼女の傍に居たかったわけじゃ、なかった。
ただ、心の底から笑って欲しかった、その本当の笑顔を見たかっただけだったのに。
「そ」
苦しさに悶える心の臓が暴れて涙が滲む双眸に力を入れながら振り絞ったのは短い音だけ。
俺は、逃げるようにその場を離れた。

大学内のベンチで缶コーヒーを手に、ふと空を仰いでみればそこには厚い雲で覆われた曇り空が広がっていた。
「夕方、雨降るかな・・・?」
そんな他愛もないことを考えながらその厚ぼったい雲を眺める。
「おーい!せんせー呼んでっぞぉー。」
「・・・うっす。」
馬鹿でかい声を上げながら招く友人に適当に返す。
重たい腰を上げて友人の尾崎の居る方へと駆けて行けば、そこには俺らの英語Ⅰの先生おっかない顔つきで立っていた。
「なんすか・・・。」
「能澤、悪いことは言わないから俺んとこ入れ。そんな身体能力を持っていながらふらふらしていてももったいないだけだ。」
「はぁ・・・・。」
話に来てくれるだけでも十分に悪いと思ってもらいたい。
先生は剣道部を受け持つ顧問で、とあるきっかけから目をつけられてしまったという訳だ。
「何でもいいから入ることを前向きに考えておけ。」
んな無茶なことを言うな。
心の中でそう呟けば、隣にはそんな思いを見透かしたような尾崎の顔が。
「いやー、やっぱ推薦で入っちゃった大物は違うねぇー。」
「言っとけ。」
「やや、だってそうっしょ?やっぱそうっしょ?」
「知るか。」
隣でこちらの気も知らずの一人騒ぐ尾崎を、そろそろウザったいな、と思い始めたころ、スマホが震えた。
画面に出てきた名は、横山りの。
予想もしなかったその名前に一瞬瞠目するも、俺はその場から少しばかり離れたところで電話に出た。
「どうした。」
〔今、大丈夫?〕
「ん?ああ。」
〔優ちゃんの事、何か聞いてる?〕
「は?知るわけねえだろ。もうあいつとは切れてること、知ってんだろ。」
〔そう、じゃあ今、彼女が大変だって言ったら、能澤は協力するの?」
「あいつに、、なんかあったのか。」
〔ええ。〕
「・・・、教えろよ。」
〔優ちゃんが、病院から姿を消した。〕
横山の声が、何を言っているのか最初は理解できなかった。
病院?姿を消したって?
知らねえよそんなの。何一つ知らない。
〔一か月くらい前、急に倒れてずっと入院していたんだって。原因はストレスからの胃ポリープ。でも、最近長期入院の病室に移されたから他にもなんかあるみたい。深くはあまりわからないけど、きっと広瀬君だったらわかると思う。山崎君と斉藤さんは彼女が行きそうなところを手当たりしだい調べるからって。あなたも元彼だったら少しは協力した方がいいよ。〕
こちらの返事は聞かずに、相手はすぐに切ってしまった。
残ったのは無機質な機械音だけ。
気が付いたときにはもう、俺の身体は動いていた。
大学の門を抜けて、自分の知っている限るの場所を目指して走る。
公園、カフェ、駅前や図書館。
あの黒髪が見えないか。
凛々しい横顔がないか。
どうして姿を消したりするんだ。
それだけ思いつめていた?
苦しかった?
痛かったのか?悲しかったのか?
どれでもただ一つ言えること。
——また一人で抱えようとしていたんじゃないか・・・?
自然と、眦に雫がたまるのが分かった。
悲しい。
あれだけ言ったのに、彼女の心に届いていなかったということがこんな結果を招いたのではないか。
本当にそうであれば、これは自分の失態でありミスだ。
・・・彼女一人だけでも守れないのがひどく悔しかった。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.57 )
日時: 2016/07/21 17:43
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪翔也 side≫
『優が約束の時間になっても来ない。心配だから一緒に来てほしい。』
そんな内容の電話が澳南からかかってきた。
でもどんなに頑張っても優について知ることの出来ることはゼロと言っていいほどなく、優の身に起こったことが分かったのはそれから何日もたった後だった。
彼女自身から連絡があり、病院に入院していること、それで大学には多分行けそうにないこと、そしてあまり心配しないでほしい、彼女はそう訴えた。
そしてもう一つ。
〔翔也君、もう私、貴方と付き合えない。わがままだってわかってる。でも、私は貴方の隣じゃ駄目だし、貴方は私が隣に居てはいけない。だから、」
——別れよう。
なんとなく予想はついていた。
彼女が別れを切り出すことを。
だから俺は、〈最後のお願い〉として名前で呼び合うことを望んだのだから。
悔いがないと言えばうそになる。
出来るのであれば最後まで彼女とともにありたかった。
でもこれは俺にとって終わりのある期限付きの恋愛であって、仕方のないこと。
・・・、彼女には、戻るべき場所がすでにある。
だから、俺はこの腕を、手を離さなければならない。
「うん、今までありがと。」
彼女がこらえている涙の理由を、僕は知っていた。
“哀しい”のではなく、“つらい”のだ。
別れを述べたことによって、相手が傷つくことが彼女は“つらい”と思っている。
彼女が、自分より周りを考える人でなければ、こんなに惹かれることなどなかった。
自分のことなど顧みず、ただ一途に相手を思って行動する人でなければ、俺の心が優に奪われることなどなかったのに。
大きな期待と、重い責任の中で生きてきた俺は、彼女の真っ直ぐで美しい心が一際輝いて見えた。さまざまな苦難を乗り越えて出来上がっていったそれは、何も知らずに苦労なく生きてきたどんな人間のものよりも清雅で優美なもの。
それを征服したいとは思わなかった。ただ単に隣に居られれば良かった。
でも、隣に居るだけではだめなことを知っている。
彼女が必要としているのは、隣に居て彼女を理解する人間ではなく、彼女を支えて、守って、助けてあげられる力強い人なのだ。
だから、俺は手を引くしかない。潔く手を引いて、観客となって彼女をただ見守るしかない。
まだ、俺には夢があった。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.58 )
日時: 2016/07/23 15:23
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪崇 side≫
もうどれだけ駆けずり回ったろうか。
気が付けば、周りは傘をさした中年が急ぎ足で行き来していた。
自分を見ればずぶぬれで、みじめなネズミにでもなったような気分だ。
この空の下、あいつはどんな気持ちで雨に打たれているのか。
——あいつなら、何か情報が分かっているのではないか・・・。
自分同様にずぶ濡れのスマホを取り出して電話を掛ける。
〔もしもし、どうした。〕
「優がどうしてこうなってるのか、詳しく話せ。」
〔なんだいきなり。〕
「早く話せ!」
上げた怒声に、自分でも驚いた。
——こんなことで熱くなるほど、俺も焼きが回っていたとはな・・・。
〔分かったよ。お前はどこまで知ってんだ?〕
「横山がざっくり話してくれたよ。」
〔そうか。実は優、精神疾患らしいんだ。〕
「は・・・?」
〔簡単に言うと、ストレスとか、心労とかで、神経にダメージがかかりすぎた状態らしいんだ。それの治る確率が低いらしくって、悪くなれば人間関係に支障が出るって。〕
「・・・。」
——俺が知らないところで、こんなことがあったか・・・!
無意識に奥歯を強くかみしめていた。
つながりがなかったとはいえ、あいつがそんな境遇にいたという事実が、自分にとってはとても悲しく、やるせなかった。
〔これは、優の母親と医師だけで取り交わされた話だし、優が盗み聞きするなんてありえないんだけど、でも、それ以外で追いつがいなくなる理由が見当たらないんだよ。〕
「そうか、分かった。」
静かに言い置けば、電話口の向こうで躊躇う様ない沈黙が出来た。
ただ、それは少しの間の事で、少し自信なさげな声音が聞こえてきた。
〔・・・能澤、無事に優を連れて帰ってきてくれ。〕
すがるような心細い声だった。
——そんなこと、誰もが皆思っていることだ。
その気持ちを心に秘め、俺は低くしっかりと返す。
「言われるまでもない。」

電話を切った後、今の電話の中での会話を振り返っていた。
——精神疾患・・・、神経にダメージがかかりすぎた状態、か・・・。
そこまでそんなものに詳しいわけじゃ、ない。
ただ、自分の叔母がそんな風なことで精神科に通っていたことがあったはずだ。
その時の経験からすれば、彼女には何らかの発病するためのきっかけがなくてはならない。
彼女が、自分の事だけを考えて姿を消すことはない。
この考えに対しての根拠や照明は、今の俺にはなかった。でも、あいつならそうだという強く信じられる何かが、俺にはある。
周りのことを一番に考える人間が一番気にすること、それはさっきの話の中で考えるとすれば“人間関係”だろう。
人間関係がうまくできなくなると言われた彼女がいく場所。
それは一体どこか。
何か考えや想いを持って動いているのであれば、思い入れのある場所がより濃厚な線になる。
彼女は、人に頼ることをいつもしなかった。
では、家族に対してはどうだったのか。
家族に対しても知人に接するのと同じ、なんてことはないだろう。
あいつだって人だし、子供心は持っていたはずだ。
“親に対する尊敬の念”
そんな言葉がふと脳裏にひらめいた。
その言葉に当てはまる場所が一か所ある。
「あそこだ・・・。」
思い描いたひとつの場所に向かうと決断するのに、何秒もかからなかった。

「・・・・、いた・・・。」
結構前から降り出していた雨はいつの間にか強く打ちつけるような強い雨脚に変わっていた。
そんな中でも、海岸に向かってせり出した崖に佇むシルエットはすぐに目につく。
雨をはらんだ海風が、その人の長髪を後ろへと流して横顔を露にしている。
その凛々しく涼しげな顔立ちは紛れもなく探し人その人だった。
「・・・、北川!」
大きく呼びかけるもその人影が動くことはない。
どうするかと試行錯誤していれば、不意にその影がゆらりと傾いだ。かと思えばそれは前に一歩、また一歩と歩む。
祖もまま歩み続ければその先は、海へと続く崖の先だ。
「・・・・、なにを・・・、」
——しようとしているんだ・・・・!
その切れ長の目尻の瞳はどこか虚ろで、覇気がない。
俺は、もう何も考えなかった。
「・・・・、優!!」
彼女の細い腕を捕まえるべく自分の手を大きく伸ばし、やっと掴めた感触を離すまいと自分の元へと全身の力で引き寄せる。
自分の力の反動で後ろに倒れ込んだが、そんなのは気にもならなかった。
腕の中に納まるほどに小さく細いそれは、最後見た時よりも格段にやせ衰えていた。
身体は冷たく、華奢な肩は小刻みに震えている。
「おい!しっかりしろ!!」
瞼がゆっくりと開けば、そこには恐れに慄き揺れる漆黒の双眸。
「一体お前はなにをやっているんだ!!」
もう、自分を止めるすべがなかった。
「何があったか知らないけど、無駄に命を捨てようとするな。簡単に死を選ぶんじゃない!!」
「・・・・、能澤・・・、君・・。」
怯えたような瞳と、弱くこちらに縋る手。
それは俺の弱い所さえをさらけ出させる。
「・・・、お願いだから、一人で早まった真似しないでくれよ・・・。」
言うつもりはなかったのに、こいつがこんな真似するからだ。
いつもこうだ。調子が狂う。
でも、そんなこいつが、俺は好きだったんだ。
その時、腕の中の双眸が一瞬こちらを捉え、その唇がそっと動いた。
・・・ごめんなさい。
そんな囁き声が聞こえ、直後力が抜けたような気配がした。
はっとして顔を見れば、その唇は青く顔色も蒼白になっている。
全体的に血の気がなかった。
——病院に早く・・・!!
自分の5歳上の姉に頼るしか、ない。
スマホを取り出して、姉にかける。
「姉さん、今から車で来てもらってもいいか?」
〔ええ。なんだかよくわからないけど、行くわ。〕
それから数分、俺は北川を病院へと連れて行った。
その青白い横顔が、俺には今までの彼女の身にかかっていた苦労の重さを雄弁に語っているようだった。





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