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ヒサカタノ 〜百人一首超訳物語〜
日時: 2015/03/12 18:31
名前: 桜 (ID: /qKJNsUt)

 第一首 「いつ死んでもよかった」

 秋風がたなびくくもを吹き飛ばし、垣間見えた夕日が地面をやさしく照らす。藤原義孝(ふじわらのヨシタカ)は、ひらりとそこに舞い落ちた花弁を見つめた。

『義孝。おまえ、まだ婚約者のお方のトコにいってないのかよ。』

 先ほどいやみとして言われた言葉がどうにも心の中で引っかかる。
 婚約者とは、文のやり取りはしていた。だが、それ以上の干渉はない。おたがい、顔を見たこともないし、離したことも無い。だから自分は何も知らない。
 もう少し自分の役職になれてから、逢いに行こうとは思ったが、そう思ったのも、結構前で。
 ————やはり、逢いに行ったほうがいいのだろうか。
 だが、逢いに言ったところで何になるのだろう。相手も、自分も愛の無い結婚をさせられるのに。どう顔を合わせたらいいかわからない。それが、一番の理由かもしれない。

『いいのかよ。お前、内裏でも有名な儚い美男子といわれてるからさ。そのうち本当に死にそうだよな。』

 いつ死んでもいいよ。
 そのときはそう答えた。
 いつ死んでもいいよ。
 だって、毎日、未練が無いように生きているから。

 —————そのときだった。

「だれかー!!そこの人!!あぶねぇ!!。」

 叫ばれたほうを視ると、狂いに狂ったような男が、抜刀して目の前で振りかぶっていた。

『そのうち本当に死にそうだよな』
 
 何でこんなときに思い出すのだろう。

 ————いつでも、逢いにきてくださいね————

 文に毎度ついていた季節の花。

 ————ずっと、お待ちしております————

 隠していたこの気持ち。気づいても、もう遅い。

 …………………………………
 ………………………

 きぃ、と乾いた音を立てて、すだれが上がる。
 もう朝日はすぐそこまで昇っていて、まだ日の光が部屋中に届かない頃。女人は、書いていた文の手を止めた。書く必要が、無くなったから。本物が、すぐそこに立っていたから。
「・・よし・・・たか・・・さま・・・?」
「あれ、よくわかりましたね・・・・。こんにちは。はじめまして。藤原義孝です。」
「・・・おまちしております、とは書きましたが・・・。こんな時間に来るとは聞いてません。」
「ええ。私が誰にも言わず忍び込みましたから・・・。」
「ずっと、来ないかと思っていましたのに・・・・。どういう、心境の変化が・・・・?。」
「そうですね・・・。」

 あのとき、振り下ろされた刀を、抜刀して受け止めてくれたのは、いやみをぶつぶつ言っていた友人だった。
 自分を切り殺そうとした男は、男の想い人が自分に思いを寄せている、殻のことでやったことだった。

「いつ死んでも・・・。いいと思っていました。————あなたに会うまでは。」
「では、私にあってからは、もういいのですか・・・?。」
「いいえ。あなたに逢って。一緒に、いつまでも、いたいと思いました。」
「・・・・・・・お待ちしておりました。義孝様。」
「待たせすぎましたか?。」
「はい。もう・・・。どれだけ逢えるのをおまちしていたことか ・・・。」
「ふふ。そうですか・・・。でも本当に、死んでいなくて良かった。」


 君がため をしからさりし いのちさへ
        ながくもがなと おもひけるかな

 ————いつ死んでもいいと思ってた。君に逢うまでは。
     君に逢えてから、僕はずっと、君と共にありたいと願うよ。

 五十番 藤原義孝

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ヒサカタノ 〜百人一首超訳物語〜 ( No.3 )
日時: 2015/03/15 16:21
名前: 桜 (ID: /qKJNsUt)

 第三首 「来ないけど」

 潮騒が遠くに聞こえる。
 自分が右手に持っていたのは一つの文(手紙)。
 目の前で燃える小さな焚き火。
 その後ろに広がる蒼い海。
 そして、左手に持っていた、今までのあの人と交わした文。

・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・

『定家(ていか)。お前宛に文が来ていたぞ。・・・この名前は、たぶん女だな。』

 最近、文も出せなくて、逢いにいけなくて、忙しくて心配してくれたのだろうか。そう思い、あふれんばかりの喜びを胸のうちに秘めながら文を自室へと持っていく。
 何が書かれているだろうか。
 また、弟のいびきがうるさいだの、書いているのかな。
 風邪は治ったのだろうか。
 それとも————————————————

 ゆっくりゆっくりと、折り目を開けていく。

 そして

 藤原定家は、ぽとりと、文を落とした。

 ————我が姉、喀血にて死す————

 拙い文だった。もっと何か書くことはあるんじゃないか。もっと、挨拶とかあるんじゃないか。そうは思った。が。

 もう二度と、あの人に逢えない。

 それから、仕事を休んで、海の見える、親戚の使っていない家に居た。あの人の、骸はすでに焼かれていて、その姿を、もう少し焼き付けることも、叶わなかった。
 
『少し、風邪がひどいです』

 あのとき、少しでも様子を見に行けばよかった。
 そんな、風邪をこじらせ、肺病になり、あっけなく、死んでしまうなんて————
 思っても居なかった。
 ————暖かくして、無理をしないように。次の休み、逢いに行く————
 そんな文を自分は出したと思う。
 ああ、思い出しても、もうあなたは、本物の貴方はいない。

・・・・・
・・・・・・・・・・・

 交わした文を焼こうと思った。
 忘れられると思った。
 無理に決まっていたのに。貴女を忘れることは、絶対にできない。
 ぽと、ぽと、と重ねられていた文に雫が落ちていく。
 ————弟のいびきがうるさくて、眠れません—————
 ————今度はいつ来ますか?————
 ————あいたい、です————
 幸せだった、あの時は、もう戻らない。
 だからこそ自分は前を向いて、たくさんの思い出を和歌にして、あなたに送ろう。
 右手に持っていた文を、そっと焚き火の中に投げ入れた。
 ひとつの、自分の思いを、いとしいあの人に、届けるために。

『こぬひとを まつほのうらの 夕凪に 焼くや藻塩の 身も焦がれつつ』

 さようなら。

 そして

 ありがとう

 
 来ぬ人を まつほの浦の 夕凪に
        焼くや藻塩の 身も焦がれつつ

————待ってもあなたは来ないけど、私はあなたを思い、いつまでも身を焦がします。

 九十七番 権中納言定家 (藤原定家)

ヒサカタノ 〜百人一首超訳物語〜 ( No.4 )
日時: 2015/03/17 20:14
名前: 桜 (ID: /qKJNsUt)

 第四首 「なのに貴方は…」

 夢を視た。

 いつか故郷においてきた、愛しい人。

 自分じゃない、他の誰かとあげていた挙式。

 そして、自分は飛び起きた。

 …………………
 ………………………………

「お兄様。」
 ふと、呼ばれて後ろを振り返る。居たのは、妹だった。
 よくよく見れば、文を両手に大事そうに持っていた。…なんだ?、と顔をしかめて、文を見つめる。

「末の松山様が、ご結婚いたしました。」

 末の松山————それは、故郷においてきた、愛しい恋人の名前だった。……結婚、した?。
 そんな。だって自分たちは、泣き泣きあの岬で誓ったのに。

『絶対に、貴女を迎えにいく。待っていてくれないか?。』

『はい。はい必ず……お待ちしております。元輔様。』

 貴方は、その大きな瞳からこぼれてしまう雫を懸命にぬぐいながら、言ったではないか。

 ——————絶対に、心変わりはしないと。

「……文を、なんと送りますか?。恨みのお言葉、お祝いのお言葉。どちらにいたしますか?。」
 選択だった。
 お祝いの言葉を送りたかった。けれど、口が滑ってしまった。本心を。自分の中の黒い感情の塊が、口を滑らしてしまった。

「……契りきな かたみに袖を 絞りつつ 末の松山 並み小さじとは。」

 恨みの言葉だった。
 挨拶も、祝いの言葉も何一つ入っていない、恨みの和歌だった。
 だって貴方は言ったじゃないか。
 妹は、それを聞き、一瞬、顔を悔しそうにゆがませ、うつむき、「かしこまりました」とその場を去っていった。
 残されたのは、廊下に落とされた文と、自分だけ。
 ごめんも、なにもない。
 言ってしまった。
 しょうがないのだ。
 もう、これ以上、惨めな思いにさせないでくれ。
 自分も悪かったのだ。できない約束なんかして。でも、本当に、果てセルと思ったんだ。
 空を見上げる。
 青く、高い空。誓い合った岬から見降ろした海と同じ色。
 風も、雲も無い、いい天気だった。

 耳が痛むほどに。


 契りきな かたみに袖を 絞りつつ
        末の松山 波みこさじとは

————あの日、二人でなきながら、誓いましたね。「絶対に心変わりはしない」と。なのに、どうして貴方は……

 四十二番 清原元輔

ヒサカタノ 〜百人一首超訳物語〜 ( No.5 )
日時: 2015/07/08 19:55
名前: 桜 (ID: /qKJNsUt)

 第五首 「誰でもないあなた」

 『なぁ、知っているか?。有馬ノ姫結婚すんだってさ。』

 きっかけはそんな友人の一言だった。・・・・今泣いているのは。
 有馬ノ姫は、確かに貴族の上流の姫で、いつかは結婚を強いられなくてはならないのもわかる。だけど、だけど。
 好きにならなければ良かった。
 それぐらい、好きになってた。
 もしかしたら、あの人はあんな些細なことを覚えていないかもしれない。
 だけど、あの人は、初めて会った私に、優しくしてくれた人だった。
 それから、子とあるごとに、目で追うようになって、けれどそれが叶うのも、二ヶ月にいっぺんか、悪くて半年にいっぺんくらいだった。
 下を向けば、乾いた地面が涙をすする。
 
 いやだ。
 
 他の人と結ばれるのなんて。

 あの人のつややかな黒髪も 柔らかな吐息も 無邪気な瞳は

 自分だけのものにしたい

 他の誰かに奪われるなんていやだ

 あの人だから、好きになった

 他の誰でもない 貴女だから好きになった

 この涙は誰でもない貴女のためのもの
 
 自分のためのもの

「・・・・・・・・・どうしたのですか?。」

 嗚咽を必死に抑えていた頃、透き通った、愛しい声が響いた。
 有馬ノ姫。本物に出くわすとは。
 振り返ってしまう。その姿を見届けておきたくて。焼き付けておきたくて。いつまでも視ていたくて。
 困惑した顔が、あった。いつもはそんな顔する人ではない。

 ————ああ、貴女には

「また逢いましたね。融(トオル)様。・・・・・また、泣いて・・・・。どうかなさったのですか?。」

 ————いつも泣き顔ばかり見られてしまう。

『どうかなさったのですか?。』
『貴女様には関係ありませぬ。』
『だけど・・・。泣いてらっしゃいます・・・・。私はもう泣き顔なんて見たくありませんもの。』

「こ・・・・れは・・・・・・・。」
 あなたはしらなくていい
「・・・・・・・・・・・・・・。」
 わたしのちいさな こいごころを

 他の誰のためでのない あなたのための 涙のわけを

 
 陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆえに
         みだれそめにし 我ならなくに

 ————この乱れきった心から滴る涙は他の誰でもない、貴女のための涙なのです。

 十四番 河原左大臣 

Re: ヒサカタノ 〜百人一首超訳物語〜 ( No.6 )
日時: 2015/07/08 21:28
名前: 愛優 (ID: e.VqsKX6)

すごいですね…
百人一首のこういった物語のことは、
物語があるとは聞いていましたが詳しく知らなかったので
勉強になります…というか、読んでいて楽しいです…とても。

素晴らしいです…

秀作ですね…


頑張ってください…

ヒサカタノ 〜百人一首超訳物語〜 ( No.7 )
日時: 2016/02/29 20:46
名前: 桜 (ID: aw3qwL.x)

 第六首 「あの声を」

『また、いつか』

 その声を聞いたのは昨年のこの頃だったきがした。舞い落ちる花びらのような紅葉の向こう側で。紅き深森の山中で。
「・・・・・鹿の声か。」
 切ない泣き声が、寺に響くくらい悲しく残っていた。
 秋のころの鹿の鳴き声は、妻を捜し求めて鳴く牡鹿の声らしい。・・・・私と同じ独り身か。苦笑交じりに吐息を漏らせば、かたりと文を一通落とした。
「・・・・・・・・ごめんね。」
 あれからもう一年が過ぎようとしていた。

『・・・・大丈夫ですか?。』
 山の中、小さな苫小屋で旅の休憩をしようと思ったはいいが、道に迷ってしまったらしい。仮にも出家したみなのだから————と他人に甘えられずにいた。(まあ、こんな山奥に人などはいないが)
 だから、驚いた。唐突に女性がそこにいたから。
『ああ、少し道に迷ってしまってね。すまないが、この近くに苫小屋はないか?。』
 女性は少し苦笑しながら、ああ、それなら————と快く山中を案内してくれた。

 それが出会い。
 
 その後からも、山にいる間は食事を作ってくれたり、一緒に詩を詠んだりして、ともにいた。まるで、最初からそこにいることが疑われないような、そんな存在で。

 けれども、別れのときは誰とでもくるものだった。

『・・・・・また、会えますか?。』
『ああ、会えるさ。またいつか、この森で、私を待っていてくれるかい?。』
『もちろんです。待ってます。ずっと—————・・・・。』

 はらはら はらはら 紅葉が落ちて重なっていく。これまでの日々と同じに。

『また、いつか。』

・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「ごめん。ごめんね・・・・・。」
 もう、光のさすことのない両目をかぶせるように手を置く。
 あれから、病にかかって、両目は見えなくなった。歩けなくもなった。もう、何もできない。できることはただ一つ。

 ・・・・・あの人を思って、詩を詠むことだけだった。

 牡鹿が妻を求め鳴く。私は、あなたを求め、泣く。
 切ないこの心、あなたには届くだろうか。

 誰よりもいとしいあなたに

 
 奥山に 紅葉踏み分け なく鹿の
        声聞くときぞ 秋は悲しき

 ————ああ、山奥で鹿が鳴いている。その声はいつ聞いても切ないなぁ・・・・


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