コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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近いようで遠い距離
日時: 2016/03/22 07:38
名前: てんとう虫 (ID: Wz7AUOMy)

席替えの日が来た。


メガネの私は、いつでも変わることなく前列にいる。

「じゃあ目の悪い人先に名前書いてー」

先生の合図で、いつも通り私は黒板に名前を書いた。


毎回最初に名前を書くのは

私と友達のナツちゃんだけなのだが

今日は違った。

「あれ、はじめって目 悪かったっけ」

「うん、なんかね」

「何だそれ」

私が書いた〈立野〉という文字の隣に、〈神山〉という彼の苗字が加えられる。

(うそ!?)

これが、全ての始まりであった。

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Re: 近いようで遠い距離 ( No.8 )
日時: 2016/04/06 09:41
名前: てんとう虫 (ID: Wz7AUOMy)

朝のプリントは日頃勉強を頑張っているおかげで苦痛ではなかった。

むしろ、神山くんが「ここの問題教えて」と言ってきてくれたときは心の中で密かにガッツポーズである。
私に話しかけてくるモノズキなんて彼くらい。
全力でアドバイスをしたつもりだけれど、神山くんはどう思っただろう。


というようなことを考えながら一人で廊下を歩いていた休み時間。
数学教師であるおじいちゃん先生の、大量のノート運びを手伝う神山くんの姿を見つけた。

「ありがとうね。えっと、2-Cクラスの……」
「神山です」
「神山君……すごく助かったよ」
「数学係が休みだったので」
「そうだったの、でもありがとう」

笑顔で対応する神山くんとおじいちゃん先生を見ていると、何だか和む。
そんなことは置いといて、これを見たら私も素通りするわけにはいかない。
若干の下心があったのは言うまでもないことだけれど。

「先生、そのノート私が持っていきます」


「意外と重かったでしょ」
歩きながら神山くんはまさにその通りと言える表情の私の顔を覗き込んできた。

「いえ、そんなことないです。楽勝です」

見え透いた強がりだったが、神山くんはそれでも笑ってくれる。

受け取ったノートは数が多いだけでなく各クラスに持っていかなければならないもので、正直面倒くさい。
だが神山くんと一緒なら仕事もはかどる、かもしれない。

「立野さんってさ、面白い人だよね」
「……」
「——あ、ごめん、僕変なこと言った。本当にごめん」
「……変じゃないです」
「え」
「むしろ嬉しいです。今まで、地味とか暗いとか近寄りがたいとか、そういう事しか言われたことなかったので」

事実、面白いという前向きなことを言われた経験はない。言われたとしても母親に、だ。

「……立野さんは良い人だよ」
ふと隣で呟くような声が聞こえたが、ノートを届けるクラスが近づいてきたこともあり、聞こえないフリをして教室に入った。

Re: 近いようで遠い距離 ( No.9 )
日時: 2016/04/06 16:52
名前: てんとう虫 (ID: Wz7AUOMy)

私のマンションの近くには市立図書館があり、私はそれを大いに利用している。

そして、「廣木翔太」。
廣木奈津の兄も、それを大いに利用している。

彼は現在、二十八歳。
こう見えてカフェの店員である。

フチの細い真面目そうなメガネをかけていて一見近寄りがたい雰囲気だが、全くそんなことはない。
かと言って軽いわけでもないが。
髪もほんのり茶色。


今日も学校の帰り道に図書館に寄ることにした。

私が図書館に入ると、既に来ていた翔太さんは私に気づき、一瞬驚いた顔をして読書スペースから私を手招きした。

音を立てないように気をつけながら小走りでそこまで行く。

「久しぶり、帆乃ちゃん」
「お久しぶりです」

翔太さんの隣に腰を下ろす。

最近は何だかんだで中々会えなかった。
前は頻繁に会っていたから、物凄く懐かしい感じがする。

まあ私がここに突然やって来たのはある種のサプライズだ。

「何だか背が伸びたね。前は俺の腰ぐらいまでしかなかったのに」
「それ小学一年生くらいの話じゃないですか。翔太さんは背、高いですけど」

翔太さんがふふっと笑うのを見てつられて頬が緩む。
やっぱりこの人といると居心地が良い。

「奈津に言われたんでしょ、俺が今日来ること」

「そうですね。最近会えなかったので来てみようと思いまして。そういえば、翔太さんの仕事は———」

「大丈夫。今日は先輩が妙なやる気を出して、俺は帰っていいって」

「そういうものなんですか」

「よく分からなかったけどね。お言葉に甘えて素直に帰ってきちゃった」

そういうものなのか。小さく頷きながらバッグの中を探った。
二冊入っている本を見て頭にクエスチョンマークが現れたが、そのすぐ後に神山くんのことを思い出す。

返してくれた時のことを思い出して、少し口元がにやけてしまった。

「どうした?」
「え?あ、いやいや、何でもございません」

返す私の言葉がぎこちないものになった。
幸い翔太さんはそれ以上は問い詰めてこない。

神山くんを思いだしてにやけるなんて、私の変態。


その後、一時間程図書館で過ごして翔太さんは帰った。

「これからも奈津をよろしく」というセリフとともに去っていったが、お世話になっているのは確実に私の方。
「これからも私は奈津ちゃんによろしくしてもらおう」と心に決めた。

本を読み終わるのにあれから三十分かかり、私は本を閉じた。
若干の眠気があったが図書館で眠ってしまったら迷惑極まりない。

目をこすりながら図書館を出た時、誰かの背中にぶつかった。

「ん、ごめんなさい!」

顔を上げるとそこにいたのは———。

「え……神山くん……」

Re: 近いようで遠い距離 ( No.10 )
日時: 2016/04/07 14:23
名前: てんとう虫 (ID: Wz7AUOMy)


友達と待ち合わせでもしていたのか、私が粗相してしまったのは神山くんの背中だった。
一度家に帰ったらしく、鞄は持っていない。

図書館で彼に会うとは意外だ。

「大丈夫?眠そう」

神山くんが目を見てきた。私はとっさに目を逸らす。

「大丈夫です。少しのんびりしすぎただけで……。それより神山くんはここで何を?」
「本借りてきて、今帰り」

ほほう。神山くんが本を。何だか共通のところが見つかって嬉しい。
この間「本を貸して」と言ってきたところからすると、神山くんも読書好き……。

それはともかく早く帰らなければ宿題が終わらない。
ある程度は図書館の中でやってきたが、全てというわけではないから。

「じゃあ私は」
と言って立ち去ろうとしたとき、ふいに強く右腕を掴まれた。

一瞬心臓が跳ね上がり、反射的に後ろを振り向く。

「え、あの、どうしました」
「——あ、ごめん」

彼ははっとしたように私の腕を離す。
そして神山くんはいつもの笑顔になった。

「立野さん。途中まで一緒に帰らない?」



一人で帰るのもさみしいし、という言い訳を連れて、私は神山くんについてきてしまった。
すました顔をしているつもりだが当然平常心は保てていない。

私が神山くんに何かした覚えはないが、なぜ一緒に帰ろうと…?

私が「話しかけないでオーラ」的なものを出していたからか、特に会話はせずにちょこちょこ歩いてきただけだったが、横断歩道の信号待ちになった時に神山くんは口を開いた。

「立野さんから借りた本、面白かったよ」

「良かったです」

「あの作者さんの本を借りに来てたんだけどさ、見つかんなくて」

「それならまた貸しましょうか? 私もあの人のファンなので本なら沢山集めています」

「いいの?ありがとう」

「明日学校に持ってきます」

胸が弾んだ。これからは神山くんと同じ話題で喋れるかも知れない。
ひとり幸せをかみしめていると、信号が青に変わった。

軽い足取りで横断歩道の白い所だけを歩いていく。

「立野さん可愛いね」

「何か言いましたか?」

「いや、何も」

——主語を取り違えたとしか思えない言葉が聞こえてきた気がしたのだが。

むずむずした気持ちのまま、結局、神山くんは私のマンションまでついて来てくれた。

「ありがとうございました。また明日」

「うん、じゃあね」

私は見えなくなるまで彼の背中を見送った——。

Re: 近いようで遠い距離 ( No.11 )
日時: 2016/04/08 10:15
名前: てんとう虫 (ID: Wz7AUOMy)


私は「冷泉マンション」の二階に、奈津ちゃんは十階に住んでいる。

高所恐怖症でもある私は以前、奈津ちゃんの家に言って過呼吸になった。

それ以降はずっと奈津ちゃんが遊びに来る形である。


階段を上り、二階の一番端の部屋の前まで歩く。
ただいま、とドアを引いたとき、私は目を疑った。

仕事で今はいないはずのお母さんが驚く程目の前に立っていたのだ。

心なしか目が輝いているように見える。

「おかえり帆乃」

「ただいま———って、なんでお母さん帰ってきてるの?仕事は?え?」

お母さんは看護婦の仕事をしていて殆ど家では会えない。
そしてお父さんは、私が小さい頃に交通事故で亡くなった。

だから私はおじいちゃんとおばあちゃんに育てられてきたようなものだ。

「最近帰りが遅かったから、早めに帰ってきたの」

翔太さんと言い、神山くんと言い、お母さんと言い、私はあまりよく分からないが今日は色々な人に会える。

「それはおいといて、帆乃、さっきの子、誰?」

ああ、目の輝きはその為か。

「友達って言ったら厚かましいかもしれないけど、偶然図書館で会ったクラスメイトの神山くんだよ」

「偶然会って家まで送ってくれるの?」

「喋ってたらいつの間にかここまで来てたの」

そんなに喋ってはいないが。

「帆乃が……帆乃が翔太さん意外の男の子と話してるなんて……!」

お母さんは大袈裟だ。

「もういいから中に入れてよ」
私はお母さんを押しのけて中に入っていった。

もう少し詳しく話を聞かせて、という浮かれた声が後ろから追いかけてきたが、構わず自分の部屋に入って鍵を閉めた。

お母さんがいつもこの調子だと疲れる。
まあお父さんがいない分、明るくしてくれているのかもしれないけど。

『立野さん可愛いね』

ふいにこの言葉が脳内再生されて、足に力が入らなくなった。
そのまま床にへたり込む。

絶対に聞き間違いだった。

それともタテノサンとかいう鳥でもいるのだろうか……?

気のせいだ。気のせい。

神山くんが隣にいたからきっと自分でそんな事を考えていたのだ。
だとしたら相当気持ちが悪いが。

「そうだ、勉強しないと」

夢から覚めたように現実に引き戻されて、私は鞄の中を探った。
〈影の私と表の未来〉の本が手に当たる。

「あ。この人の本、明日持っていこう」

何故か私は勉強そっちのけで本棚を物色した。

こんなに明日が楽しみになったのは、幼稚園の遠足のとき以来だ。

大好きな二冊の本を取り出し、鞄にしまった。

気に入ってくれるといいけど。

Re: 近いようで遠い距離 ( No.12 )
日時: 2016/04/08 15:46
名前: てんとう虫 (ID: Wz7AUOMy)


朝、私はマンションのエントランスまで走っていった。
少し寝坊してしまったから、きっと奈津ちゃんは待っている。

ドタドタ音を立てて階段を降りる。

エントランスにはやはり奈津ちゃんが立っていた。

しかし、何だか様子がおかしい。

やけに笑顔で私を見てくる。

「立野帆乃さん、お話があります」

にこにこのまま奈津ちゃんは私の肩に腕を回した。

「何、奈津ちゃん。あと普通に喋って」

「昨日見てたんだよね〜、十階から」

「見てたって、何を?」

「元くんと一緒にいたね?」

「うっ……。断じて奈津ちゃんが思っているようなことではないから」

私は言い切った。

お母さんも奈津ちゃんも、私が男の子と話すのがそんなに珍しいのか。

「まあまあ、そんなにツンツンしなくても。分かっているから私は」
「分かってないでしょ」

神山くんは優しいが、それは私に限った事じゃない。

誰に対しても笑顔で、明るくて——。


「マンションまで送ってくれたの?」

横断歩道でまた信号待ちだ。
隙を見て奈津ちゃんは話しかけてくる。

「送ってくれたっていうか、気付いたらそこまで来てたっていうか」

「ふ〜ん」

面白そうに私を見る奈津ちゃんの目が光った。

信号は青。

横断歩道の白いところだけを歩くのは私のクセだ。

そのあとは妙に視線を感じたが、何とか無視して学校までたどり着いた。


教室には既に神山くんがいる。

友達と喋っていない。チャンスだ。

そして私は一番に彼に話しかけていた。
「おはようございます」

「おはよう立野さん」

神山くんは微笑む。

「本、持ってきました」

「ありがとう。見せて?」

彼の笑顔に心が浮き立ったまま、表情だけは冷静に机に鞄を置いて、二冊の本を取り出した。

「お気に入りの本です。どっちがいいですか」

「じゃあ右」

差し出す手が、やはりまだ震える。

それを神山くんはしっかり受け取った。

「ありがとう」

嬉しかった。でも、感じたことのない「嬉しい」で、何だかモヤモヤする。


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