コメディ・ライト小説(新)

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初恋デッドライン
日時: 2021/04/21 22:53
名前: わらび餅 (ID: Jf2bTTLH)

はじめまして、わらび餅と申します。
小説を書くのは初めてではないのですが、この名前では初投稿です。至らぬ点はあるかと思いますが、よろしくお願いします!


腐女子の主人公が、初恋の彼とその親友に悶えながらも頑張る話。


※読む前に
*恋愛ものです
*主人公(♀)が腐女子です
*BLものではありませんが、そういった表現(主人公の妄想等)があります
*基本コメディですがシリアスもはいります
*亀更新


以上のことをふまえ、オールオッケーという方のみお進みください。








*登場人物
・渡辺
・田中
・鈴木
・町田






*目次

・プロローグ >>1
・1話「田中くん」 >>2-13
・2話「戦という名のデート」 >>14-15

Re: 初恋デッドライン ( No.1 )
日時: 2021/03/22 03:05
名前: わらび餅 (ID: DIefjyru)

 それは、彼女が世界で一番好きな音だった。


 空気を、鼓膜を、心を。彼女の全てを震わせたその音は今、夕暮れで赤く染まった教室を震わせていた。
 観客は二人。何も言わず、ただその音に耳を傾けている。一人は音を発している張本人の目の前で、椅子に跨りながら。もう一人__彼女は、教室の外、ドアを背に。

(ああ、終わっちゃう......)

 まるでこの世の終わりのように、その顔を絶望に染めた。そんな彼女を無情にも置いて、音は幕を閉じた。ぱち、ぱち。やる気のない乾いた拍手が響く。

「......まあ、いいんじゃねーの」
「ぱっとしない感想をどうも。お前のために歌ってやったのに。俺は悲しいよ」
「はぁ? お前が練習したいっつーからつきあってやったんだろうが!」

 聞こえてきた会話に、思わず拳をぎゅっと握る。

(ああもう......たえきれない!)

意を決してぐるりと後ろを振り向き、そのままの勢いでドアに手をかけた。
そして__



「たのもーーーーーっ!」



 スパァァンッ!、と、音を立てながらそれを開いた。大声で叫びながら。

「田中くん!」

 音を発していた張本人__田中と呼ばれた黒髪の少年は、机の上に腰を下ろしていた。そんな彼は、突然入ってきた彼女にぎょっとしたような顔を向けた。

「......俺?」

 彼女は肩を上下に揺らし、ぜーはーと息を切らしながら、実に美しく斜め四十五度に腰を曲げた。

「好きです! 私とお友達になってくれませんか!」


「......は?」


 これが、彼らのはじまり。

Re: 初恋デッドライン ( No.2 )
日時: 2021/03/22 03:06
名前: わらび餅 (ID: DIefjyru)

「きいてくださいまーちゃん......田中くんは今日もかっこよかったです......」

 机につっぷしながら、もはや日課と成り果てた田中くん報告をする。となりに座っているまーちゃんは、作業している手を休めることはせず笑顔で聞いてくれていた。

「今日はもう聞きましたよ? わーちゃんは本当に田中くんのことがお好きなんですねぇ」

 おっとりとした喋り方のまーちゃんは、黒くて長い艶のある髪を色っぽい動作で耳にかけた。さすがお嬢様、なにをしても絵になります。

「そりゃあもう! なんてったって初恋ですし! 一目惚れですし!」

 がばっと体を起こし拳を握りしめ、笑顔のままのまーちゃんに田中くんの素晴らしさを力説する。いままで散々伝えたと思っていたけれど、どうやら足りなかったみたいですね!

「お顔も綺麗だしへたしたら女の子かなと見紛うほどの美しさたるや......! しかし田中くんの口からあの歌声がでた瞬間にもとある美しさに力強さと繊細さが加わりそれはそれは素晴らしいハーモニーを奏でるわけですよ! あの細い体のいったいどこから出ているんだと思わずにはいられない声量......! あの歌声を聴いて惚れるなというほうが無理な話! 普段はやる気なさそうに授業を受けていたりするのに歌っているときのあの真面目な顔......! ギャップ萌えも兼ね備えているなんてとんだ小悪魔! 好き!」
「待っていてくださってありがとうわーちゃん。私の仕事は終わりましたわ」
「あっはい」

 初めて会ったばかりのころはまだよそよそしくて、私の田中くん語りにおろおろしながらも必死に相槌をうってくれていたころとは違い、いまではさらりと笑顔で受け流されている。まーちゃん、恐ろしい子......!

 それにしても、とまーちゃんは帰り支度をしながらにっこりと笑った。

「そんなに好きなら、はやくその気持ちをお伝えすればいいんじゃないかしら」

うっ、痛いところを......

「......まーちゃん知ってて言ってますよね? あの噂......」
「ああ、確か......『田中くんと鈴木くんはデキてる』とかいう身も蓋もない噂でしたか」

 そう。私の初恋であり想い人である隣のクラスで合唱部の田中くんは、彼の親友である鈴木くんとデキている__らしい。

 鈴木くんのことはもちろん知っている。高校生にしては少々ガタイがよく、髪は金髪耳にはピアスといういかにもヤンキーですという容姿をした彼は、学校内でも有名人だ。彼の武勇伝......という名の悪い噂は膨らみ続けさらに尾ひれがついて様々なところに伝わっているらしい。
 そんな彼と田中くんは仲のいい友達で、お互いにほかの人を寄せつけずにほぼ毎日二人で行動をともにしている。そんな彼らをみて、『実はあいつらつき合ってるんじゃね?』と言い出したどこかの誰かの言葉が広まり、いまでは『二人はつき合っている』という暗黙の了解にまでいたっていた。

「まあ確かにお二人は仲がいいですけれど......でも男の子同士ですわよ?」
「性別なんて! 愛の前においては関係ないんですよまーちゃん!」

 実は私__わーちゃんこと渡辺は、巷でいう腐女子というもので、実は田中くんと鈴木くんというカップリングが大好きでもある。

「あの二人がつき合っているならそれはとても嬉しいことなんです!神様ありがとう! でも! 田中くんは......田中くんだけは、諦めたくないんです......こんなに誰かを好きになるの初めてで、私どうしたらいいか......」

「でもわーちゃん、田中くんとおしゃべりしたことないんでしょう?」
「言葉を交わすなんてそんな......! だってあの声で名前を呼ばれたりなんかしたら私確実にしぬ!」
「......」

 あっ、まーちゃんの笑顔がひきつった......めんどくせえなこいつと思われてるに違いない......

「......わーちゃん」
「......はい」
「今週中に田中くんとおしゃべりしてきてくださいね」
「えっいやそれは」
「お返事は?」
「............は......い」
「よくできました。素直な子って大好きですよ」

 まーちゃんの笑顔は人を殺せるな......
 そんなことを考えたある日の放課後、私は今日も元気です。
 

Re: 初恋デッドライン ( No.3 )
日時: 2021/03/22 03:09
名前: わらび餅 (ID: DIefjyru)

 ***




「......へえ。つまり渡辺さんは俺が好きなんだ?」

 まーちゃんに笑顔という名の脅しをかけられた次の日は丁度、田中くんが歌の練習をしにここの空き教室に来る日だった。
 気分はさながらただのTシャツに短パン、装備は木のぼう片手にレベル一でラスボスに戦いを挑む勇者だ。それでも意を決して押しかけたまではよかったのだが......まさか鈴木くんがいるとは思わず、意図せず修羅場へと化してしまった。私としたことが、田中くんと鈴木くんの行動を読めていなかった......一生の不覚......!
 立ち話もなんだからと持って来てくれた椅子に腰をかけながら、私は目の前に座っている二人の目をみることができなかった。

「ソウイウコトデス......」
「しっかし物好きもいるんだな、こんな男らしさの欠片もねえやつを好きになるなんてよ」
「鈴木うるさい。えーっと......それで、告白してくれたのは嬉しいんだけど......友達でいいの?」
「そうですよねごめんなさいいきなり告白しても困る......って、え?」
「いいよ。つき合おっか」

 いま、田中くんはなんと言っただろう。私の幻聴妄想でなければ、つき合おうと。あの美しい声で。
 恐らく......いや確実に混乱していた私は、ぽろりと口に出してしまった言葉がどれだけ酷かったかを、理解することができなかった。


「いやまっ......! えっでもお二人はつき合ってるんじゃないんですか!?」

 や ら か し た。
 そう気づいたのは、二人が唖然とした顔で私をみつめてから数秒後だった。いや馬鹿なのか!? 私は馬鹿だマヌケだアホだ! オブラートに包むこともせずはっきりとしかもご本人の目の前でなんてことを! こんな時でも私の脳は腐のことしか考えられないのか!? これだから腐女子は!
 心の中で思いつく限りの言葉を使い自分を罵倒していた私は、田中くんの小さな笑い声で我に返った。

「ぶっ......くっ......ちょっと、ごめっ......ふふ......」
「……なぁんで笑ってんだ田中てめぇぶっとばすぞ! つーかなんだそれ! つき合ってる!? ふざけんな誰だそんなくそみてえな噂流したヤツ!」
「いやだって......おかしくってさぁ......安心していいよ渡辺さん、俺たちつき合ってないから。まあ......相思相愛ではあるけど」
「よし歯ぁ食いしばれ田中、二度とそんな口きけなくしてやるから。頼むから一回殴らせろ」

目の前で繰り広げられる、脳内で何度も思い描いたそれは、あまりにも刺激的すぎた。
あの田中くんと鈴木くんが、私の目の前でじゃれている......だと......!?

「あ......ありがとうございま......じゃなかった、それ本当ですか......!?」

 思わず口をついて出た心からの感謝の言葉を誤魔化しつつ、私は食い気味に田中くんにつめよった。椅子の脚が床をがりがりと引きずる音がしたが気にしていられない。

「うん。それにしてもそっか、まだその噂出回ってたんだ」
「......知ってたんならなんで言わねえんだよ! どうりでお前といるとじろじろ見られるわけだ!」
「だって面白いじゃん。いつも一緒にいるのは事実だしさ」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人をしっかりと脳内ビデオでおさえつつ永久保存しながら、鈴木くんの騒ぎようで噂は間違いだったと確信した。嬉しいやら悲しいやらで胸が張り裂けそうだ。

「......でも、あの......お二人ともピアスつけてますよね? お揃いの、片耳ずつ......」

 そう。田中くんの左耳には、キラリと光るシルバーのシンプルなピアスが綺麗におさまっている。そしてなんと、鈴木くんの右耳にも同じピアスが輝いている。
 校則でピアスは禁止されているのだが、違反常習犯の鈴木くんはともかく、至って真面目な田中くんがどれだけ注意されてもこのピアスだけは外さなかった。それを知った時は萌えで心臓が止まるかと思ったが、つきあっていないとわかった今は疑問でもある。

「......ああ、これ?」

 田中くんの細くて白い指が、左耳の飾りに触れた。

「これは......鈴木が一人でピアスあけるの怖いーって泣きついてきたから仕方なく一緒にあけてあげたんだよ」
「嘘つくんじゃねぇよくそ田中」
「あの頃の鈴木は可愛かったのになぁ」

 この二人は三分に一度夫婦漫才をしなければ気がすまないのだろうか。いい加減私の心臓をとめにかかるのをやめてほしい。

「まあ冗談だけど......これはね、渡辺さん」

 頭がそろそろキャパオーバーしそうだ、なんて考えていると、突然田中くんの美しいかんばせが目の前に広がったと思うと、そっと私の耳に口を寄せた。


「これは、俺の『戒め』なんだ。鈴木への罪悪感が形になったもの。だから、俺はこれだけは外せない__あいつには内緒だけどね」


 そう言って顔を離した田中くんは、あまりにも突然のことで目を見開いて金魚よろしく口をパクパクさせている私をみてにっこりと、とても綺麗に笑った。

「じゃあ、これからよろしくね、彼女の渡辺さん」

 私の意識は完全にフェードアウトし、田中くんの美しすぎる声と笑顔がぐるぐると頭の中をめぐっていた。





***







「......なんで受けたんだよ、告白。渡辺のこと知ってたわけでもないだろ」

 嵐のような彼女が放心状態で教室を出て行ったあと、鈴木がぽつりと呟くように言った。

「知らないなぁ。そうだな、強いて言うなら、『楽しそうだったから』かな」
「…...お前ってつくづく最低だよな。なんでお前を好きになったのかまじで理解できねぇわ」




 ____そんな最低に、君は人生を狂わされたのにね。




 湧き上がった言葉は、自嘲とともに風にのって消えていった。
 ああ、空が赤いなぁ。
 
 

Re: 初恋デッドライン ( No.4 )
日時: 2021/03/22 03:11
名前: わらび餅 (ID: DIefjyru)

「「「「あ......」」」」

 私と田中くんがなぜかお付き合いすることになってから、数週間後。
 実は別れる前、田中くんと鈴木くんの連絡先をいただいてしまったが全く会話らしい会話をすることができない、そんなある日の昼休み。私とまーちゃんが二人並んで廊下を歩いていると、前方からこれまた二人並んで歩いている、あの方々と邂逅した。

 さて、なにやら修羅場の雰囲気である。......まーちゃんが。

「こ、ここここんにちは田中くん、鈴木くん」
「なんか久しぶりだね渡辺さん。......と、隣は」
「あっ、この子は私の友達で、まー「町田と申します、よろしくお願いしますね田中くん」......です」

 私の紹介を遮り、ずいっと一歩踏み出したまーちゃん。まるで庇われているかのようだが、一体どうしたというんだ。顔は相変わらずにこにこしてるけれど。

「ああ、渡辺さんがまーちゃんって呼んでた......って、え、町田? あの町田さん?」
「なんだ? 知り合いかよ」
「......俺の父さんが働いてる会社が、町田財閥の会社なんだよね」


 町田財閥。ここいらでは有名なお金持ちで、実はまーちゃんはその一人娘だったりする。
 この学校でもまーちゃんは有名......のはずなのだが、どうやら田中くんたちは知らなかったらしい。まあ、他人に興味がないことで知られている二人だから、仕方のないことなのかもしれないけれど。俺たちの世界は二人だけで充分だってことですねわかりま......んん! 危ない、また思考が腐海の底へ沈みそうだった。

「......父がいつもお世話になってます」
「あら、そうでしたか。いえいえ、いいんですよそんなこと。ああ、でも......」

 すうっとまーちゃんの瞳が細められた。この顔には嫌な予感しかしないが、大丈夫だろうか。

「私の大切なお友達であるわーちゃんとお付き合いすることになったそうで......おめでたいことですね、ええ、本当に。でももし、万が一、わーちゃんが悲しむようなことがあったら......ひどいですよ?」

 遠回しの脅しじゃないですかさすがまーちゃん、そこに痺れもしないし憧れもしませんが背筋は震えますね!
 まーちゃんの有無を言わさない言葉に田中くんは苦笑いを浮かべ、肩を竦めてみせた。

「肝に銘じておくよ。それにしても、随分友達想いなんだね」
「お友達の心配をしてはおかしいかしら」
「はは、まさか。ただ俺にはできないから、羨ましいなと思っただけだよ」
「......? 田中くんだって、鈴木くんの心配くらいするでしょう」
「__さあ、どうだろう。その時になってみたいと、わからないかな。......まあそんなことはどうでもいいんだ。ちょっと渡辺さんと話したいから、二人きりにしてくれる?」
「うえ!?」

 突然の振りに、思わず素っ頓狂な声が飛び出し肩も盛大にはねた。
 なんだ、なんだというんだ。私が田中くんと二人きりだなんて。そりゃ付き合ってはいるし、所謂こ、ここここ恋人というものではあるけれど、関係の呼び名が変わっただけで距離はちっとも変わらない。
 私が一方的に好きで、田中くんはそれに気まぐれにつきあってくれている、ただそれだけのこと。だから私は今まで通り、遠くから見ているだけで充分なんだ。たまに勇気をだして話しかけたりするだけで、それだけで幸せなのに。

 それなのに、いきなり二人きり、だなんて。

「......死ぬかもしれない」
「ん? なに?」
「なっなんでもないです! はい!」
「そう? じゃあとりあえず屋上でも行こうか」
「は、ははははい! ......って、あの、でも屋上は立ち入り禁止のはずじゃ」

 困惑する私に、田中くんはくすりと笑ってポケットから鍵をとりだした。小さく揺らされる銀色のそれを私の目が追う。

「俺が授業サボる時によく行くんだ、屋上。よく知ってる先生がいてさ、ちょーっとお願いして鍵預かってるの」

 ......まさか脅してたり、しないですよね?
 そんなこと聞けるはずもなく、にこにこと笑う田中くんにつられて引き攣った笑みを浮かべた私は、彼と共に屋上へと足を運んだのだった。










「......お前さぁ」
「話しかけないでいただけます?」

 突如として二人残された鈴木は、沈黙に耐えきれず話を振ろうとして、それは叶わなかった。町田にばっさりと遮られたからだ。
 呆気にとられていると、彼女の大きな目が細められ、じっと睨まれた。

「私、不良が嫌いなんです」
「......そーかよ」
「......私の、弟が。あなたをみて不良に憧れを抱き始めて。最近ついに髪を金色に染めて......それをみてもう目眩がして。だから鈴木くん、私はあなたが不良のなかで特に嫌いなんです。田中くんもピアスなんてあけてるから、あなたと同族だと思っていたのだけれど......これだけは言っておきますね。私の大事なあの子を泣かせたら、あなたたちを許さない。死ぬよりもひどい目にあわせますので、どうかお気をつけて」

 そう言ってくるりと踵を返し、高いところでひとつに結んだ長い髪をなびかせながら、町田は颯爽と去っていった。

「......不良、ねぇ」

 つぶやきながら、己の金色に染まった髪を指で弄もてあそぶ。
 まだ、この髪が黒かった時。不良なんてとんと縁がないと思っていた、三年前。



 __何してるかって、みてわからない? 暴力ふるってんの。



 血なまぐさい匂いと、あちこちに倒れている人の塊。その上に粛然として立つ、血だらけの黒。


 その光景を呆然と見つめたその時、確かに、自分の運命は変わったのだ。

Re: 初恋デッドライン ( No.5 )
日時: 2021/03/22 03:12
名前: わらび餅 (ID: DIefjyru)

 頬を掠める柔らかい風。どこまでも澄み渡った青。ああ、今日は空が高いなぁなんて思いにふけること約十数秒。どうしても視界にはいってしまう、フェンスを背もたれに、こちらに絶えず笑顔を振りまいてくれる田中くん。青空バックだと余計に格好よくみえてしまうのでもうどうしようもない。
 
 田中くんに連れられてのこのこやってきてしまったここ、屋上。なんていうことだ、屋上に二人っきりだなんて。漫画でよくあるシチュエーションじゃないか......!『先輩って、ほぼ毎日ここにいますよね。あっもしかして昼ぼっちってやつっすか?』『うるせえ帰れ』なーんてわんこ系後輩くんとドライ系先輩の青春ラブコメがはじまるわけですねわかります!
 ......っといかんいかん、つい現実逃避を。
 ここについたばかりの時、田中くんになぜそんな距離が遠いのかと聞かれてしまったが、そんなの私が田中くんのご尊顔を間近でみることに耐えられないからに決まっている。片想いを拗らせすぎて、いざ恋人になると適切な距離がわからないのだ。私には柱の影から見つめるモブポジションがお似合いなんだ......!
 
「そういえばさぁ、渡辺さんって委員長だったりする?」
「へっ!? あ、はい! ......えっと、どうしてそれを?」
「俺のクラスの委員長が、渡辺さんのこと話してたなーって思い出して。眼鏡かけたボブカットの女の子......って、最初に会った時眼鏡かけてなかったよね?」
 
 そう言われて思わず、いまかけていた眼鏡のつるにそっと手をそえた。
 うん、なんというか......これを言ったらさすがに田中くんでも引く気が......でもせっかく田中くんから話をふってくれたんだし......ええい、ままよ!
 
 「あー......実は、ですね......ほら私って、腐女子、じゃないですか。男の子二人組をみると脳が勝手に妄想を始めてしまって。もし万が一誰かに私がそんな人だって知られたら、私が委員長のクラスを馬鹿にされるんじゃないかって、思って。だから、この眼鏡かけて、いまは学校、妄想禁止! って言い聞かせはじめたら、なくなったんです。そういうこと。あの時は眼鏡かけるの忘れてて......」
 
 まあそんな防護フィルターを紙のように破ってきたのは紛れもない田中くんと鈴木くんなんですけどね! だめだとわかっていても止められなかった......この世にはこんな萌があったのかと......
 
「ふーん......どうして馬鹿にされると思ったの?」
「えっ!? だ、だって気持ち悪い、でしょう......? 二次元ならまだしも三次元で、しかも自分でそういうこと想像されるの......」
「別に? それほど俺と鈴木が仲良くみえるってことでしょ。ほら、俺たち相思相愛だから。ああ、でもそっか。人によって違うのか」
 
 めんどくさいね、なんてあっけらかんと笑う田中くんに、私は目を見開いた。そんなことを言われたのは初めてで。多くの『普通』の人が否と首を横に振る私の趣味を、彼は笑って是と告げてくれた。
 否と答える人達が悪いわけじゃない。それが普通であると、私が少しハズれているのだと、そんなことはとうの昔にわかっている。自分が好きなものが、その他大勢の人も好きだとは限らないし、理解されないのも仕方がない。差別、とまではいかないけれど、大きな溝があるのは確かだった。
 
 それでも、笑って受け入れてくれるのが、こんなにも嬉しくて。
 
 ああ、田中くん。あなたはどこまで私を惚れさせれば気が済むのでしょうか......!
 でもいくら田中くんが気にしないと言っても、さすがにご本人の目の前で私のお粗末な妄想を垂れ流しにするわけにはいかない。例えどんなに破壊力の大きい萌えだとしても!
 
「わ、私が気にします......! お二人のことももちろんちゃんと心の中に留めるので、安心してください」
「そう? 別にいいんだけどなぁ......じゃあ、今日一緒に帰ろうか」
 
 なにが『じゃあ』なのか全くもって理解できないのですが、いまなんとおっしゃったのでしょう。今日? 一緒に? 帰ろうか? まさかそれは田中くんのお隣を歩けるという......?
 いやそんな私みたいなモブに、ラブコメの主人公のようなシチュエーションなんてあるわけが......
 
「教室に迎えに行くから。2-Bだったよね?」
「は、はい......」
「ん、もう授業始まるね。俺はここでサボるけど、渡辺さんは?」
「う、受けます......」
「そっか。じゃまた放課後」
 
 田中くんに見送られながら、屋上を出る。バタン、と扉が背後で閉まった音を聞きながら、私は呆然と立ち尽くした。
 何が起こったのか全くわからなかったが、これだけは言える。
 
 どうやら、私は放課後死ぬらしい。
 
 その後の授業は上の空だった、ということは言わずもがなだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そしてあっという間にやってきてしまった、放課後。田中くんは迎えに来てくれると言っていたから、とりあえず教室で待機だ。
 醜態を晒さず無事に家に帰ることしか頭にないのだが、こんなんで本当に田中くんの彼女が務まるのだろうか。いや、務まらない。せめて笑顔で会話できるようになりたい。焦らず、まずはスタート地点に立つことから始めよう。
 
 そんなことを自分の席でゲンド〇ポーズをかましながら悶々と考えていると、机の上に置いていたスマホがピロンと軽快な音とともに震えた。誰からだろう?
 そう思いながらSNSのアプリを開くと、短いメッセージが飛び込んできた。
 
 
『ごめん。先帰ってて』
 
 
 差出人は、ついさっきまでそのことしか頭になかったほど考えていた、田中くんで。
 私は、呆然とその文字を眺めることしかできなかった。
 


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