コメディ・ライト小説(新)
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- エンジェリカの王女 短編集
- 日時: 2017/10/31 18:46
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: .YMuudtY)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1a/index.cgi?mode=view&no=10848
初めまして、あるいはこんにちは。四季と申します。よろしくお願いします。
こちらでは、「エンジェリカの王女」の番外編・短編を書かせていただきます。
基本的に分かりやすく書く予定ですが、本編を読んでいないと理解しにくいシーンがある可能性があることはご了承下さい。
本編URLを掲載していますので、気が向けばぜひ。
それではお楽しみ下さい。
《目次》
エリアス過去編 『常に貴女の傍に』 >>01
ジェシカ&ノア過去編 『あたしとノアと』 >>04
『RPGゲームのキャラメイク大会をやってみた』 >>07
『ヴィッタの休日〜ティータイム〜』 >>08
『Aisia 〜散りゆく花〜』 >>11
『親睦を深める方法』 >>12
『一般市民の王女観察記〜花屋編〜』 >>13
『エリアスと二人の出会い』 >>14
『風邪を引いた冬』 〜前編〜 >>15 〜後編〜 >>21
『エンジェリカの二人 —ジェシカ&ノア編—』 >>16-18
《素敵なコメントありがとうございました!》
流沢藍蓮さん
ましゅさん
てるてる522さん
亜音最涅さん
- Re: エンジェリカの王女 短編集 ( No.12 )
- 日時: 2017/09/06 18:47
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zbxAunUZ)
『親睦を深める方法』
それはまだ、エリアスが私の護衛隊長になって数日しか経っていなかった、そんなある日のこと。
私は退屈すぎて、彼を自室へ呼び出した。
「王女、私に何の用ですか?」
彼はすぐに来てくれた。
だが、まだ私の護衛という立場に慣れていないエリアスは緊張した面持ちだった。
それでなくとも喋りかけづらいような整った顔だ。それが緊張のせいか強ばり、余計に接しにくいような雰囲気になってしまっている。
白い衣装を僅かな乱れもなくきっちりと着こなし、髪もきちんとセットされていて、動作の邪魔になる羽も確かにしまわれている。文句のつけようがない。いちゃもんをつけるとするならば「完璧すぎる」ぐらいのものだろうか。
そう思うほど隙がない。
「今日は親睦を深めようと思って」
私は彼の緊張を和らげようといつもより明るめの声で言う。
しかしエリアスはというと、真剣な固い表情のまま。淡々とした事務的な口調で返してくる。
「そうでしたか。それで、どのようなご用件でしょうか」
どうして私の周りはこういうタイプばかり集まってくるのだろう。侍女のヴァネッサもかなり愛想ないが、彼は彼で落ち着きすぎている。
そんなことを考えているうちに私は、彼の表情を崩したくなってきた。私が求めているのはただ人形のように付き従う家来ではない。彼なりに、笑ったり慌てたりするところを、ぜひとも見てみたいものだ。
関係は距離に現れる。そんな話をどこかで聞いたことがある。確かに今の私とエリアスの距離は遠めだ。
まずは物理的に距離を縮めることが大切なのかも、と思いつき、私は彼に近づいてみることにした。
「王女?」
早速エリアスの表情が僅かに動いた。
「傍に寄ってもいい?」
「はい」
念のため許可を取り、どんどん接近していく。彼の体が硬直するのが見てとれた。
緊張しているのかな?などと思い、徐々に楽しくなってくる。暇潰しにはぴったりね。それに仲良くなれたら一石二鳥。
お互いの体が触れる直前で足を止めると、私は彼の片手を掴む。
なかなか良い触り心地。うん、癖になりそう。
「あの……王女、何を?」
エリアスは戸惑った顔をして尋ねてくる。隠そうと努めているようだが、動揺しているのが簡単に分かる。
意外と分かりやすいタイプなのね。親近感が湧いてきたわ。
調子に乗った私は思いきって彼の上半身に腕を絡め抱き締める。
「あ……あの……」
エリアスはオロオロする。何だか意外と可愛らしい。
「私はこういう役割では……」
彼は両腕を広げ、私の体に触れないようにしている。
「どうして触らないの?」
「王女のお体に触れるなど、ばちが当たります」
「ギューってしてちょうだい」
「……すみません。私にはできません」
「案外初々しいのね。いいわ、じゃあ命令。ギューってしてちょうだい」
母は早くに亡くなった、父は王の仕事で忙しい。だからこんな風に誰かの傍にいる経験はあまりしたことがない。
エリアスはまだ躊躇っている様子だ。
「触るのが嫌なの?」
追い討ちをかけるように言ってみる。
「い、いえ。そんなことはありません」
「じゃあギューってして」
「……分かりました」
ようやく観念したようだ。
「では少々失礼します」
いやいや、気にしすぎでしょ。そこまでたいしたことじゃないわ。
彼の腕が体に触れる。とても温かかった。
普通の家に生まれていれば親に抱き締めてもらえたのかな——なんて一瞬考えた。変よね。こんなに恵まれているのに。
「温かいわ」
「こんなご用件だったとは、さすがに驚きました」
「私、変よね。分かってる」
「いいえ、そんなことはありません。とても魅力的な方です」
え?待って、今。
「貴女に仕えられて光栄です」
……やっぱり気にしないでおこう。
それからしばらくして、私とエリアスは体を離した。
「これでちょっとは親睦を深められたかな……」
言いつつ彼を改めて見ると、背中の羽が顕わになっていた。さっきまでなかったのに。
「羽が出てるわ!」
思わず指を差して言ってしまった。
「えっ!?」
きっと気が緩んで無意識に出てしまったんだわ。
「折角だし、羽をマッサージしてあげましょうか?」
私は気紛れで提案するが、エリアスはこれには素早く拒否の意を示した。
「いえ!結構です!」
恐ろしいほどの速さで後ろ向けに進んでいくエリアス。
……そんなに嫌なもの?
羽は私たち天使にとってはかなり大切なところ。無闇に曝したくないのは分かるが、何もそんなに嫌がらなくてもいいと思うのだが。
ちなみに羽マッサージ、私は大好きよ。
「分かった分かった、しないわよ。そんなに怯えた顔をしないでちょうだい」
今日の中で一番派手な表情がここで出るとは。分からないものね。
「つい……失礼しました」
「いいのよ。気にしないで」
そう言って二人で笑った。
これからはずっとこんな風に遊べるのね。なら少しは私の退屈もましになるかも。
◇終わり◇
《余談》
そうそう、羽マッサージの文化は、エンジェリカの東にあるエストマーレ王国が発祥らしいわ。今じゃエンジェリカでも普通に行われているけど。
疲れを取るのに最適とかで、戦闘の多い親衛隊にも流行しているらしいわ。
でもエリアスはあまり好きじゃないみたい……何でかな?
- Re: エンジェリカの王女 短編集 ( No.13 )
- 日時: 2017/09/08 17:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: K3f42Yhd)
『一般市民の王女観察記〜花屋編〜』
私の名前はフィーネ。エンジェリカ王宮近くの花屋の娘で、今は両親が営む花屋でお手伝いしてるの。
今日はアンナ王女に、誕生日祝いの花束を献上しに行ってきます!確か王女様って、とっても美人で可愛らしい方なのよね。
私みたいな一般天使はなかなかお近づきになれない。せっかくの機会だから、悪い印象にならないようにおめかししていかなくちゃね。
そういうことで、今日はいつになくお洒落してきちゃった。
髪の毛もちゃんとセットしたし、服も特別な日用の一番高級なやつを着てきた!高級って言っても、まぁたいしたものじゃないけど。
花束も持ったし、いざ出発!
事情を話して通してもらった。アンナ王女の自室の前で待つ。うぅ、動悸がする……。
しばらくすると係の方が「お待たせしました」と言って扉を開けてくれた。いよいよご対面!うぅ、動悸が……。
恐る恐る部屋へ足を踏み入れると、アンナ王女が温かく迎えてくれた。
「花束!やっと届いたのね」
自ら駆け寄ってきてくれて、素敵な笑顔を咲かせる。金の髪はとっても綺麗だし、ドレスもとても豪華で、ついつい見とれちゃった。
さすがは王女様、あらゆるところのレベルが違う!
それにそんな美しい方なのにとても気さくなの。平民の私なんかにもすっごく親しげに話してくださって……、感動で涙が出そう。
「えっと、お花屋さん?女の子なのね。お名前は?」
「え、えと……フィーネ……です」
恥ずかしながら、まともに答えられなかった。緊張して途切れ途切れになってしまう。
それでもアンナ王女は笑顔を崩さず「よろしく」って言ってくださった。なんて素敵な方なの。綺麗なのは容姿だけじゃないのね。
「今日は花束、本当に嬉しいわ。ありがとう!フィーネさん、またいつか会いましょう」
別れしな、わざわざ部屋の外まで出てきてくださるアンナ王女。私、もう泣きそうだった。
だって王女様がだよ?一平民のためにわざわざ部屋の外まで来てくださるんだよ?
そんなことって信じられない。
「エリアス、ちょっと外まで送ってあげてくれる?」
「私がですか?」
「そうよ。せっかくのお客様に何かあったら大変でしょ?」
「いえ、王女の方が……」
「ダメよ。フィーネさんを送ってあげて」
「……分かりました」
それにしても、アンナ王女の隣にいらっしゃる男性、とてもかっこいい。睫は長いし、顔は凛々しい。背もそこそこ高くてスタイルも抜群。それに、白いお洋服もよく似合ってる。
王女様と二人で話している姿、絵になるなぁ。きっと彼も育ちがいいのね。
「ではフィーネさん、王宮の外までお送りします」
ひえぇぇぇ!
し、喋りかけられるなんて……。心臓の鼓動がとんでもなく加速する。
お願い、心の準備をさせて!
「フィーネさん?」
「はっ、はひぃっ!?」
ああぁぁぁ!
おかしな声を出してしまい赤面する。恥ずかしすぎる……。
「エリアス、脅かしちゃダメよ。優しくね」
その様子を眺めていたアンナ王女が男性に注意する。申し訳ないです……。私が男慣れしていないばかりに……。
「はい、王女。失礼しました、フィーネさん。私、それほど怖いですか?」
「い、いいえ」
私は凄まじくドキドキしながら何とか答えた。
「では参りましょうか」
「……はい。ありがとうございます……」
こうして私は、王宮の外門まで彼に送ってもらった。
こんな贅沢な経験、私の人生ではもう二度とないかも。こんなかっこいい男性と一緒に歩くことなんて、最初で最後になりそう。
別れしな、私は勇気を出して尋ねてみた。
「あっ、あの……」
「どうなさいました?」
「貴方と王女様は付き合ってられるんですかっ!?」
キョトンとした顔をされる。
そうよね。一介の天使がこんな質問、叱られるよね。
「え?」
「あ、こんなこと……ごめんなさい。急に変ですよね」
しかし男性は嫌な顔一つせずに微笑んで返す。
「私は王女の護衛隊長です。私ごときがあの方を愛するなど、そんな贅沢できませんよ」
あれだけ近くにいる方でもそう思っているんだ。そう思い、少し親近感を抱いた。
——その後、王宮。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、エリアス」
「いきなり送れとは驚きました。ふふっ、王女にはいつも驚かされます」
「ふふっ。にしてもあの子、初々しくて可愛かったわね。えーと、名前は何だっけ?」
アンナはノリで聞いただけなので覚えていなかった。
「フィーネさんです」
「そうだった!」
恐らく三分後には忘れるだろうが。
「忘れていたのですね、王女」
アンナは気さくだが、興味のないことに対しては、ちゃんと覚えようとしない質だったりする。
◇終わり◇
- Re: エンジェリカの王女 短編集 ( No.14 )
- 日時: 2017/09/12 22:13
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 16/cv9YI)
『エリアスと二人の出会い』
ジェシカとノア。エリアスが二人に出会ったのは、数年前のある日のことだった。
『エンジェリカ武道大会』。それは、エンジェリカ王宮のすぐ横にある会場にて、二年に一度だけ開催される戦いの祭典である。
王女であるアンナは、その大会を見に行かなくてはならなかった。もちろん彼女は戦いなどに興味がない。だから断ろうとした。しかしディルク王に厳しく言われ、渋々見に行くこととなる。エリアスはそんな彼女に護衛隊長としてついていった。
その大会にジェシカが出場していた。
ちなみに、出場理由は「高額な賞金が欲しい」。ただそれだけである。
公的な場に出るのはこれが初めて。彼女は、一切躊躇いなく後ろめたさも感じずにバトルができることを、心から喜んでいた。だから異常なまでに張りきっていた。
ジェシカは持ち前の素早い剣技で、あれよあれよという間に勝ち上がる。
どんな巨大な大男も彼女の敵ではない。彼女はその小さな体で強者たちを次々と下していく。
エリアスはその姿を見てすぐに思った。彼女には戦いの才能がある、と。
ジェシカは結局準優勝に終わった。決勝戦で親衛隊からの出場者に敗北したからである。最終的に負けたとはいえ、親衛隊員に善戦したのだから、並大抵の女ではない。
「少し構わないでしょうか」
帰路につく参加者たちの中からジェシカを探しエリアスは声をかけた。
その時彼はちょうど探していたのだ。王女の護衛を任せられるような強い天使を。ジェシカは理想にぴったりな天使だった。女で、王女と年も近そうで。
だからエリアスとしては、この機を逃すわけにはいかなかった。
「ジェシカー、誰か話しかけてきてるよー」
「ん?」
彼女の横には紫の髪を持つまったりした天使もいる。
「あたしに何か用?」
ジェシカはきょとんとして首を傾げる。
「初めまして、私はエリアス。少しお願いしたいことがあるのですが……」
「いいよ」
頼みの内容を聞く前に笑顔で即答するジェシカに戸惑いながらも、エリアスは頼みの内容を話す。
「先ほどの戦いを見ました。ぜひ王女の護衛になっていただきたいのです」
ジェシカは一瞬愕然とした顔になる。まさかそんな話だとは夢にも思わなかったのだろう。
エリアスは頭を下げ頼んだ。
それに対してジェシカは、いやいや、と笑う。
「お金貰えるなら、あたしは何でもするよ」
よく見ると彼女はとても貧しそうな身形をしていた。隣にいる紫の髪の天使も同じような格好である。
二人とも痩せていて、体のあちこちに小さな傷があるうえ汚れている。それに着ている服も古着のようなものだ。
「ではこちらへ来ていただけますか?少しお話ししたいのですが」
まるで勧誘でもしているかのような気分になりエリアスは不思議な感じだった。
「じゃあジェシカ、僕はその辺にいとくよー」
「待って、ノア」
離れていこうとした紫の髪の天使を引きとめるジェシカ。
「エリアス……だっけ?この子も一緒に行っていいかな」
「えぇ。構いませんよ」
彼の能力がいかほどのものかは分からないが、二人を引き離す理由は特にない。
「ではこちらへ」
エリアスは、まず二人を風呂に入れなくてはならないな、と思った。これはアンナに隠しての行動だ。つまり、彼女に勘づかれてはならない。
アンナに気づかれず二人の天使を風呂に入れる方法――、その時のエリアスの頭はそれでいっぱいだった。
エリアスは汚いのが苦手なので、「とにかく早く綺麗になってほしい」という気持ちでいっぱいだった。
◇終わり◇
《余談》
ジェシカの好物は桃である。
中でもエンジェリカで栽培されていないエンゼルピーチという品種がお気に入りだとか。
- Re: エンジェリカの王女 短編集 ( No.15 )
- 日時: 2017/09/29 21:29
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 10J78vWC)
『風邪を引いた冬 〜前編〜』
二年前の冬のことだ。
その年はここ数十年でも一位二位を争うと言わたほどの寒さだった。外は毎日のように雪が降り続け、豪雪の日も多かった。窓の外に広がる銀世界は私の心を踊らせたけれど、雪遊びを許されるはずもなく、肌寒い自室でいつもと変わらない生活を送っていた。外へ遊びに行けたらなぁ、と思いながら。
そんなある日、私は突然風邪を引いた。部屋が寒かったからかもしれない。
高熱を出した私は、ヴァネッサによってすぐに寝かせられた。自室どころかベッドから出られない生活。窓の外を眺めることすらできなくなった。かといって寝ると悪夢を見るものだから、眠るのが怖くなり、いつになく寝不足になってしまう。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことか。
「アンナ王女、起きられますか?お粥をお持ちしました」
お盆を持ったヴァネッサがベッドへやって来たのでゆっくりと上半身を起こす。するとツンとした香りが鼻を通る。適度な刺激を感じ、一気に目が覚めた。
彼女はベッド脇のミニテーブルにお粥が乗ったお盆を置く。温かな湯気と美味しそうな香りに、ついうっとりしてしまう。自然と食欲が沸き上がってくるのを感じる。しばらく寝たきりでまともなものは食べていないので、どうやらお腹が空いていたらしい。茶碗一杯分くらいなら一気に平らげてしまえそうだ。
「いただきま——熱っ!」
「気をつけて召し上がって下さい。慌てると火傷します」
「先に言ってちょうだい……」
「分かりきったことですから、言うまでもないと思ったのです。しかし冷静に考えれば、貴女に言わずに済むはずがありませんでした」
ヴァネッサに地味な嫌みを言われた。
気を取り直し、改めてお粥を口へ運ぶ。火傷しないように軽く息を吹きかけてから食べた。
まろやかな卵が舌に絡み、ほのかな甘みが口内に広がる。ふやけて柔らかくなった米、うっすらとつけられた塩味。薄味なだけにツンとする独特の香りが深みを出している。甘い、塩辛い、などのように一言で表せる味ではない。
ついさっきまでの食欲不振が嘘のようだ。実に不思議なことだが、このお粥は勢いよく食べられる。さすがはヴァネッサの料理だ。
彼女の料理の腕は一流である。食事もお菓子も、そこらのシェフやパティシエが作ったものより美味しい。異論を唱える者もいるかもしれないが、少なくとも私はそう思っている。
「このお粥、とても美味しいわ。ヴァネッサの料理は最高ね」
「ありがとうございます。このお粥はラヴィーナ妃にも褒めていただきました」
「お母様にも作ったの?」
「はい。ラヴィーナ妃が風邪を引かれた時にはいつも看病していましたので」
今はもうあまり記憶にない母親。彼女と同じものを食べていると思うと、なんだか温かな気持ちになる。
私は母親と共に食事をした記憶があまりない。だからこそ、まるで同じ時間を共有できたかのような感じがして、純粋に嬉しい。
「ごちそうさま」
「早いですね、驚きです。それではゆっくりお休み下さい」
「待って、ヴァネッサ。エリアスはどうしているの?心配してないかな。もし彼に会えたら、私は大丈夫だって伝えておいてくれる?」
「……分かりました。エリアスは扉の外に待機していることでしょう。伝えて参ります」
ヴァネッサはそう答えると、お粥のお盆を引き上げていく。それから扉の方へ歩いて行っているのが見えた。私は再びベッドに横たわり、何の変哲もない天井を漠然と眺める。退屈だなぁ、と思いながら。
もうしばらくエリアスに会っていない。彼は男性なので、ヴァネッサとは違い、気軽にこの部屋へ入れないからだ。
しかし、私が風邪を引いたという話は彼も聞いているはず。彼のことだ、恐らく心配してくれているだろう。もうだいぶ回復していることを伝えたいが、私と彼が直接会える機会はないので、ヴァネッサに頼むしかなかった。もっとも、ヴァネッサに頼めるだけましなのだが。
それからしばらくすると、ヴァネッサが部屋へ戻ってくる足音が聞こえた。しかし少しおかしい。一人が歩いてやって来たにしては足音が多いのだ。
私は最初疑問に思ったが、数秒してハッと気がついた。ヴァネッサがエリアスを連れてきてくれたのではないか、と。だがすぐに否定する。そんな都合のいいことが起こるわけがない。足音が多く感じるのは、高熱によって私の耳がおかしくなっているからかもしれない。あるいは、エリアスに会いたいという思いが幻聴を引き起こしているのかもしれない。所詮そんなもの、と私は期待しないように努める。不用意に期待すると後で後悔するからだ。
「……王女!」
だが私の予感は当たっていた。私が聞いた足音は本物だったのだ。
エリアスは小走りで寄ってくる。整った顔に不安の色を浮かべている。
「調子はいかがですか?痛いところや、辛いところはありませんか?」
「痛いところって……。高熱で体が痛くなったりはしないでしょ。変ね」
「え、えぇ。そうでした。では改めまして。頭痛などはありませんか?」
「大丈夫よ。エリアス、心配かけてごめんなさい」
エリアスが何だかおかしくて自然に頬が緩む。私が笑うと、彼もほんの少し口角を上げる。長い睫に彩られた瑠璃色の瞳は柔らかく優しい色を湛えている。さきほどまでの不安げな表情とは打って変わって、今は穏やかな表情だ。
「アンナ王女。しばらくエリアスと話していて構いません」
ヴァネッサはそう言った。恐らく彼女なりの気遣いなのだろう。
エリアスと二人きりになると、少し気まずい雰囲気になる。何を話せばいいか分からない。エリアスは穏やかな表情のままこちらを見つめている。だから私も、穏やかに彼を見つめることにした。
- Re: エンジェリカの王女 短編集 ( No.16 )
- 日時: 2017/10/25 21:46
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: AQILp0xC)
エンジェリカの二人 —ジェシカ&ノア編—
1話
桃色のジェシカと薄紫のノア。
天界の王国エンジェリカに暮らす貧しい天使二人組が、アンナ王女に出会うずっと前のお話。
◆
「ノア!行くよっ!」
「待ってー。ジェシカ速いー」
「もう待てないっ!食料持ったから飛ぶよっ!」
「あー。置いていかないでー」
あたしとノアは、幼い頃に出会ってからずっと一緒に暮らしてきた。朝昼の活動も盗みも、夜寝るのだって、全部二人で一緒にする。
あたしたちに男女の垣根なんてない。
食事はいつも店から盗んだパンや果物をちょっとだけ。手に入れた分を二人で半分ずつ食べる。成果によっては、丸一日まともな食事をしない日もあった。
お風呂屋へ行くお金はもちろんないので入浴は主に川で行った。入浴と言っても、軽く体を洗うくらいのものだが。
夜は毎日森で野宿する。冬場は、町のゴミ捨て場で拾ったボロボロの毛布に二人でくるまり、寒さを凌いだ。たまにマッチを盗み、火を起こして温もったりもした。
子ども二人でまともな生活ができるはずもなく——あたしとノアはもうずっと貧しい生活をしている。
「いやーっ、今日は食べ物いっぱい食べられるねっ!やったね、ノア」
今日はパンとリンゴを二つずつも手に入れられた。ここ数日あまり良い成果が上がっていなかったので、こんなご馳走は久々だ。
実はあたしが本当に好きな果物はモモなんだけど、エンジェリカではモモは高価なので滅多に食べられない。そもそも果物全般が高価だ。だからリンゴでも十分嬉しい。
「ジェシカが嬉しいと僕も嬉しいよー。リンゴはジェシカにあげるからねー」
「え、いいの?」
「うん。家族だからねー」
薄紫の髪と羽を持つノアは、まだ赤子のうちに親に売られ、「天使屋」という店で売り物にされていたらしい。
そんな不幸な身の上でありながら、ノアはとてもまったりした性格だ。いつも穏やかにニコニコしているし、口調も動きものんびりしている。
そんな彼は「家族」というものに憧れている。
あたしも小さな頃に母親に捨てられるという経験をし今に至っているわけなのだが、ノアの場合は親の顔を一度も見たことがない。そういう意味では、あたしよりノアの方がずっと不幸なのかもしれないと思う。
もっとも、彼の呑気な言動はそんなことを一切感じさせないが。
「そういえばさ、天使屋にいた頃のアンタはどんな生活をしてたの?」
皮つきのままのリンゴを直接かじりながらノアに尋ねる。
「うーん。普通の生活だよー」
「普通って言ってもよく分かんないじゃん。もっと具体的に説明してよ!」
「具体的ってー?」
「朝起きて何して何して……、夜は何して寝る、みたいな!つまり、もっと詳しい説明をしてってこと!」
特に何の味付けもされていないパサパサで固いパンをかじっているノアは、とても幸せそうな顔をしている。一人でパンを丸ごと一個食べられるのは久々だからだろうか。
「えーと。まず朝五時半に起きて掃除をしてたかなー」
「おぉっ、早起き!」
それからあたしは、ノアから天使屋での暮らしについて話を聞いた。
毎日朝五時半に起きて店の掃除を一時間半。つまり七時まで。その間に与えられた掃除を終えられなかった場合は罰として朝食抜き。
十分間の朝食を終えると、それからは作業。物作りの日もあれば、土木作業や農作業の日もあったらしい。しっかり働かない場合はやはり罰があり、昼食抜きや鞭打ちが主だったとか。それにしても、鞭打ちなんて想像できないな。
午後はお待ちかね、天使販売の時間。労働力を欲している者がエンジェリカ中から集まり、大規模なオークションが開かれる。
「僕は役立たずだから、ずっと売れなかったなー」
ノアはニコニコ笑って言う。
その口は、まだ一口めをモグモグしている。恐るべき食事の遅さだ。
そんな風にまったりと食事をしながら、ノアの昔について話していると。
「いたぞ!紫だ!」
「商品番号2101、発見しました!捕獲します!」
「ふっ、手加減しねぇぜ」
突如、そんな声が聞こえた。驚いて周囲を見回すと、三人の天使の姿が見えた。既に囲まれているというまずい状況だ。
——紫、2101。
それはノアを示す言葉である。紫は髪と羽の色、2101はノアが売り物だった時の番号。
男性二人、女性が一人。ノアのことを知っているということは、恐らく天使屋の関係者だろう。ノアを取り返しに来たのかな。
「もしかしてお迎えかなー?嫌だなー……」
「アンタは下がってて。大丈夫、こいつらはあたしが片付けるから」
「で、でもジェシカー……」
「戦いなら巻かせてよっ。アンタはそこにいたらいいから」
片手を開き、その手のひらに意識を集中させる。桃色をした霧のような聖気が手に集まり、やがて一振りの剣へと変化する。
あたしがその剣を構えると、天使屋の関係者と思われる三人はそれぞれ武器を取り出す。
「紫を連れに来た!渡してもらおう!」
「商品番号2101を渡していただきます!」
「ふっ、手加減しねぇぜ」
でも、あたしからすればこんな天使たちは敵じゃない。
「ふん!三人まとめてかかってきなよ。あたしが相手してやるからさ!」
一度天使屋から脱走したノアがここで連れ帰られたら、どんな酷い目に遭うことか。きっとまた、ご飯抜きだとか鞭打ちだとかされるに違いない。たいして賢くないあたしにでも、そのくらいは簡単に想像がつく。
だからノアは絶対に渡せない——!