コメディ・ライト小説(新)
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- 騎士にはなりません!!
- 日時: 2017/10/31 00:32
- 名前: いろはうた (ID: Fjgqd/RD)
エマ・パティーニョ、十八歳。
もとは、女子大生やっていました。
どハマりしていたほのぼの生活系ゲームに気付けば転移していました。
めっちゃハマっていたからいちいち身体能力は高いけど、
私がやりたいのはお料理なんです!!
騎士なんてめんどくさそ……じゃなくて、
かっちりした職業なんてまっぴらごめんです!!
騎士にはなりたくない平民お気楽少女と、
誤解を解きたい堅物騎士サマの攻防をめぐる話。
- Re: 騎士にはなりません!! ( No.2 )
- 日時: 2017/10/31 21:05
- 名前: いろはうた (ID: CkpTUGPA)
四季様!!
こんばんは。
そうですそうです。
新作でございます。
もういろはうたの好きなものを
つめこんだ、かるーい感じのラブコメです。
もう今まで重いテーマのものしか書いてこなかったので
たまにはかるーくてゆるーいのもいいかなって……
端的に言うと、ゲーム世界トリップものの
グルメラブコメって感じですかね……
端的にまとめられない……語彙力……
コメントありがとうございます!!
- Re: 騎士にはなりません!! ( No.3 )
- 日時: 2017/11/04 23:09
- 名前: いろはうた (ID: n4UdrwWp)
アレックス・クラフは騎士だ。セルロイド王国騎士団の若き一員である。騎士団に属する者の日々の任務はそれほど難しいものではない。王国の治安の維持と王宮の警護だ。城の北にある森に出向き、一般市民もよく入るダンジョンのモンスターを程よく一掃するのが主な仕事だ。そうすることでダンジョンのレベルを一定に保ち、王国の民も安心して森でベリー摘みやダンジョンでのレベルアップに励めるのだ。この地道な任務をこなして初めて一人前の騎士となることができる。アレックスは誇りをもって騎士としての地道な任務に励んでいた。
「あの……。」
不意に横から声を掛けられ、はっと我に返る。見れば年若い娘が剣と籠をもってそこにいた。相手に敵意がないことを確認し、反射的に手をかけていた剣の柄から手を放す。二人は、北の森にある中級レベルのダンジョンの入り口に立っている。おそらくこの娘もダンジョンの探索にいくつもりなのだろう。籠を持っているところを見ると、ベリーかキノコの採取が探索の目的に違いない。しかし、アレックスの目はまたも娘の剣に吸い寄せられた。この王国の民ならば、少女が護身用に剣を持っていてもおかしくない。しかし、護身用にしてはいささか立派すぎる剣だった。ほっそりとした銀色の刀身はレイピアに似ている。
「騎士様、ですよね?」
「あ、ああ。」
剣に気をとられて、返事がおろそかになってしまった。それだけ見事な剣だった。アレックスの大剣とはまた違った美しさだった。もしかすると、この娘は将来、騎士になりたいのかもしれない。アレックスは昨年の騎士志望者トーナメントでの激戦を思い出し遠い目になった。騎士などの武闘派の職は、個人の経験値がものをいう。つまり、長年かけて積み上げた膨大な経験値をもつ老人などが有利になる。老人とは思えぬ素早さに加え、卓越した技術に何度も苦戦を強いられたのは、苦い思い出だ。アレックスは今年、二十五歳となる。たった二十五年しか生きていない人間が、六十数年かけて積み上げてきた経験値をもつ者達と戦うのだから、当然血のにじむような努力をしてきた。幼いころは、学校が終わるなり延々とダンジョンにこもり、修行に明け暮れものだった。ちらりと娘の細腕を見やり、内心うなってしまう。騎士となるにはあまりに華奢すぎる体型だった。
「今から、ダンジョンに行かれますか?」
「ああ。」
「もしよければ、ご一緒してもいいですか?」
一般国民が武闘派の職に就いている者と一緒にダンジョンに行くのはごくごく普通のことだ。そのほうが、円滑かつ安全にダンジョンの探索を行えるからだ。このような申し出を受けたのは、初めてではなかった。
「もちろんかまわない。」
国民の安全を守るのも騎士の役目だ。娘に自分から離れないように言い、アレックスは娘を守り導けるように娘の少し前を歩いた。このダンジョンは中級者向けのダンジョンだ。しかし、時折ゴーレムのような手ごわいモンスターが迷い込んでくるので油断はできない。娘は見たところまだ成人したばかりのようだし、剣が立派なものだとはいえ、それほど経験値がなさそうに見える。足手まといなどにはならないだろうが、同行を頼まれたからにはきちんと守り通さねばならない。油断なく周囲に気を配りながら進むと、娘が小さく声を上げた。素早く後ろを振り返ると、娘がしゃがみこんでいるところだった。具合でも悪くなったのかと思わず手を差し伸べかけたが、娘の顔には喜色が広がっている。どうやら、倒木に少し珍しい種類のキノコを見つけたようだ。大喜びでキノコを採取している姿はなんだか可愛らしく、見た目の年齢相応のものだった。ああいう華奢な娘に剣はどこかちぐはぐに見えて、似合わない。不意に、藪が不自然に揺れた。視線を娘から前に戻すと、ポッコという鳥型モンスターが現れたところだった。ポッコは子供でも簡単に倒せるような初級モンスターだ。あまりこういうモンスターを倒しすぎるとダンジョンのレベルが易しすぎるものになってしまう。アレックスは、そのポッコの後ろに薄茶色の雛鳥たちがいることにも気づいていた。母ポッコは翼を広げて、鳴き声を上げている。おそらく、母が子を守るために、侵入者を威嚇しているのだろう。アレックスは剣を抜くと、それを軽く振って追い払うことにした。しかし、アレックスの鋭い耳は、背後からの唸り声をとらえた。血の気が引く思いで振り返ると、娘から少し離れたところに、上級狼型モンスター、ヴォルフラムが二体もいた。二体ともよりにもよって娘に目を付けたようで、姿勢を低くしとびかかる体勢に入っている。
「え……?」
キノコ採取に夢中だった娘も、さすがにヴォルフラム達の存在に気付いたようで目を丸くしている。こういう上級モンスターは一般国民立ち入り禁止区域、禁断の森周辺にしか現れない。普段目にすることもないから驚くのも無理はなかった。しかし、混乱している状態では、モンスターから逃れるための適切な行動を取れないのが問題だ。アレックスが駆けだすよりも早く、ヴォルフラム達が地面を蹴った。
「姿勢を低くし……!?」
間に合わないとわかったアレックスは、持っている剣をヴォルフラムに向かって投げようとした。しかし、ありえないものを見て、その言葉と足は途中で止まってしまった。それはまさに閃光だった。薄暗い森の中、銀光が二度走った。数秒後には重たい音と共に、ヴォルフラム達の体は地面に横たわっていた。
「あー、びっくりしたー。」
全然驚いていないような間の抜けた声とともに、娘が立ち上がった。その手にいつの間にか握られている剣の刀身から赤い雫が垂れているのを見て、アレックスはようやく娘がヴォルフラム達を倒したのだと認めた。
「キノコは……よし、無事だね。」
己の心配よりキノコの心配をする娘に、言葉が出ない。ヴォルフラム達の死体を見れば、それぞれを一撃で仕留めたのがわかる。細い刃で的確に喉笛を掻き切られていた。
「あ、騎士様?めちゃポッコに足つつかれていますけど。」
足元を見れば先ほど追い払ったはずのポッコが、猛烈な勢いでアレックスのブーツをつついていた。衝撃冷めやらぬ体で、剣を緩慢に振るうと、勢い余ってポッコに剣の切っ先を当ててしまった。甲高い鳴き声を上げてッポッコが逃げていく。その姿を見送りながら、アレックスは唇をかみしめた。今の自分には、この娘のようなこまやかな剣技は不可能だ。
「よし、キノコも程よく採れた。騎士様!次に進みましょう!」
なかば、娘に引きずられるような形で、ダンジョンを進み続ける。その間遭遇したモンスターは、アレックスが手を貸す必要もなく、娘が軽やかな動きでさくさくと倒していく。しかし、その剣技は軽やかでいてどこまでも的確。騎士としての尊厳は、もはや影も形もなかった。
「んー、オルベリーは、見つけられなかったなー。ジャム作りたかったのに……。」
なにやらぶつぶつ言いながら、最後のモンスターの血糊を、びゅっ、と剣を振るうことで払う姿は妙に様になっている。気づけば、ダンジョンの出口についていた。娘がくるりとアレックスに向き直る。
「同行してさせていただいてありがとうございました騎士様。おかげでキノコ採取がはかどりました。」
いや、こちらは何もしていないし、はかどったのはダンジョン探索ではなくてキノコ採取なのか、と言いたいことが多すぎてアレックスは無言になってしまった。
「じゃあ、私はこれで。帰り道、モンスターに気を付けてくださいねー。」
アレックスが言うべき台詞まで娘に言われ、もはやなんと声をかけていいのかわからない。ぺこりとお辞儀をすると、娘は籠の中身を確認しつつ歩き去っていく。声をかける気力もなく、せめて相手がどのような人物なのか確認しようと、娘のステータスボタンをタップする。アレックスはそこに提示された情報に今度こそ言葉を失った。
『名前:エマ・パティーニョ 性別:女 年齢:18 職業:平民 レベル:920』
- Re: 騎士にはなりません!! ( No.4 )
- 日時: 2017/11/05 10:03
- 名前: 上瀬冬菜 ◆P8WiDJ.XsE (ID: PEAhTxoX)
こんにちは! 上瀬冬菜と申します。
前に拙作にコメント頂きありがとうございましたm(__)m
まず最後の文章、オチっていうのかな、それを見てびっくりしました。
うん、レベル高い。レベルがものすごく高い。とにかく高い……!
所謂トリップものって言うのでしょうか、普通にステータスボタンなどあるんですね……! なにそれすごいロマン!
エマさんとポッコが可愛らしいと思いました。アレックスさんちょっと不憫……(失礼)
いろはうた様の文章を見た途端脳内アニメーションができあがりました。
老人がものすごく強いこともある設定を見て瞬時に、こう、こう……いかにもな老人がシュバッて駆け回る姿を想像して腹筋がやられました。
乱文失礼しました!
- Re: 騎士にはなりません!! ( No.5 )
- 日時: 2017/11/14 19:11
- 名前: いろはうた (ID: 1Wv97BoS)
上瀬冬菜様!!
きてくださり、ありがとうございます!!
とても嬉しいです!!
そうですね…
ステータスボタン、老人の経験値云々については
次の投稿で明らかになるかと思われます…
エマさんのプロフィールも軽く明らかにされます…
乞うご期待!!
コメントありがとうございました!!
- Re: 騎士にはなりません!! ( No.6 )
- 日時: 2017/11/15 23:32
- 名前: いろはうた (ID: Rj4O5uNk)
エマの朝は早い。まずは、食料の買い出しから始まる。市場に日が昇る前に出かけ、新鮮な、肉、魚、乳製品などを仕入れ、それをロバに乗せて、来た道を戻る。料理に使う食材を全部仕入れるわけではない。ハーブやキノコ、ベリーなどの食材は自分でダンジョン探索の際に、自分で採取したりする。野菜は無農薬の新鮮なものを自分の畑から収穫する。それを家に持って帰ったところで、朝食の調理を始める。鍋で温めた牛乳にチョコレートを数欠片入れ、かき混ぜる。その片手間に、大きな白パンをナイフで切り分け、そのうちの一切れを軽く火であぶる。表面が茶色になったところで火から外し、自家製バターを一塗り。チョコレートが完全に溶け、ホットチョコへと化した牛乳をマグカップに移し、パンを皿にのせ、ようやく一息つける。椅子に腰かけ、さっそく、ホットチョコに口をつけた。
「ふはぁ……。」
気の抜けたような声と共に息を吐き出す。カカオ独特のかすれたほろ苦さと牛乳のコクが口の中いっぱいに広がる。続いて勢いよくパンを口に運ぶ。火で炙ったため、さっくりとした触感と、小麦の味が引き立っている。
「うっまー。」
もはや顔面の筋肉など役割を果たしていない。あっという間に朝食を食べ終わってしまった。うららかな日差しが窓から入り、空には青空が広がっている。小鳥のさえずりが心地よく耳に響いた。最高な一日の始まりだ。
「本当、この世界、最高……。」
エマ、いや定塚恵麻はそうつぶやいた。この世界は恵麻が夢中に遊んでいたスマホゲームの世界だ。『ボックスガーデンキングダム』というほのぼのした日常生活系のゲームだ。プレイヤーは自分好みのアバターを作り、そのアバターを王国内で自由に生活させるライフアドベンチャー型ゲーム。アバター以外にも他の住人が百人程度おり、その住人と自由に交流でき、時には恋に落ちたりもする。畑仕事に精を出したり、発掘調査に携わったり、料理を作ったり、自分の店を持ったり、何をしても自由なうえに、生活しているだけで王国からお金がもらえるシステムなのだ。現実世界ではありえないレベルの暮らしやすさだ。その自由さとのんびりとした世界観にやみつきになり、課金をするほど入れ込んでいたこのゲームをいつものように寝る前に遊んでいたら、気づいていたら寝てしまっていた。目が覚めたら自分のアバターとそっくりな容姿となってこの世界の草原で爆睡していたのだ。今思い出しても、あれは乙女的に死ねる経験だ。
「こんなことになるのなら、アバターの見た目にも課金しておけばよかったなぁ……。」
テーブルに頬杖をついて、透き通るような青空を眺める。新緑の牧場に白い雲とのコントラストが目に眩しい。恵麻は、ここに来てしまった日から最初の三日間は死に物狂いで元の世界に戻る方法を探していた。しかし、王立図書館の文献を探っても、道行く人に片っ端から聞いてみても、何一つ手掛かりは得られなかった。そして、気づいてしまったのだ。この世界が元いた世界よりもずっとずっと暮らしやすいことを。もともと課金するほどこのゲームに夢中になっていたのだから当然と言えば当然だ。順応能力の高い恵麻は、現在はエマとしてこの世界で生活している。この王国の民として生活しながら、のんびり元の世界に戻るための手掛かりを探せばいいか、と今日もお気楽なエマはのんびりと椅子から立ち上がった。向かう先はまたもキッチンだ。ここにまぁまぁの額のお金をつぎ込み、小さな一軒家にはふさわしくないほどの立派な設備が整っている。包丁とまな板を手に取り台座に置くと、エマは貯蔵庫のあたりでごそごそと何かを探し出した。
「あった、あった。」
それは昨日採ったばかりのモリーユとホワイトマッシュルームだった。独特の土臭い香りが鼻孔をくすぐる。森のルールに従って、全部を根こそぎとるのではなく、その場に生えているもののうちの七割がたを採取してきた。それと一緒ににんにくも手に取ると、エマはその場を後にした。鼻歌を機嫌よく歌いながら、キノコを細かく刻み、ニンニクも小さく刻む。熱したフライパンにバターを一固まり落とすと、ニンニクをさっと炒める。
「うー、この時点でもうおいしそうだわ……。」
まだ具材をろくに調理していないにもかかわらず、既によだれが垂れそうだ。まだまだこれからだと慌てて気を引き締め、キノコもフライパンに投入し焦げないように炒めた。部屋の中いっぱいにキノコの豊潤な香りが広がり、エマの顔はさらに緩んだ。続いて今日手に入れたばかりの新鮮な生クリームと、とっておきの白ワインを加え、とろみが出るまで炒め続ける。その間に、いつ使おうかとため込んでいたパイシートを取り出した。それを皿の上に広げると、出来立てほやほやのキノコクリームを落とした。さらにその上に削ったチーズをパラパラとまいた。クリームの熱でとろけたチーズが白いソースと絡み合っていく。それを確認した後、卵を割り、卵黄のみをパイ生地の余った部分に塗り付け、別のパイ生地を上にかぶせる。包丁で飾りの切れ込みを入れ、もう一度卵黄を塗ったら、オーブンに投入だ。
「焼きあがるまでの間に、洗濯物を洗っちゃおうかな……。」
オーブンの温度を調節すると、エマは寝室に向かった。小さなベッドから白いベッドシーツを引きはがし、両腕に抱えて玄関を目指した。今日は良く晴れているから洗濯物もよく乾くに違いない。玄関の扉を開けようとドアノブに手をかけた瞬間、それは勢いよく外に向かって開いた。
アレックス・クラフは、騎士服の襟を正すと、コンコンと礼儀正しく木製の扉をたたいた。しかし、返事はない。気を取り直して、再度叩いてみたが、やはり返事はなかった。返事がない理由を頭の中で考える。本人の不在か。それとも物盗りにあったか。あれだけ剣の腕の立つ娘だ。その可能性はないとすぐに打ち消す。もしくは、部屋の中で倒れているのかもしれない。娘の華奢な体つきを思い出し、自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。無礼を承知でドアノブを引っ付かみ、勢いよく扉を開いた。途端に、部屋の中から真っ白な塊がぼふっと胸の中に飛び込んできた。剣を抜く暇もない、一瞬の出来事だった。得体のしれない物体に一瞬身をこわばらせてしまったが、その中に埋もれている見覚えのある小さな頭を見つけて目を丸くした。
「エマ……殿?」
名を呼ばれた少女は、ぷはっと声をあげて物体の中から顔を出した。そして、すぐにこちらの存在に気付き目をぱちくさせた。何度もまばたきを繰り返している様子は小動物のようだ。昨日の勇猛果敢な姿が嘘のようだった。
「……騎士様?」
どうやら、覚えてもらえていたようだ。しかし、アレックスは、さらに体をこわばらせた。先ほどの発言で、自分が彼女に名乗ってもらっていないというのに、名前を知っていることを示したことに気付いたからだ。これでは、無礼にも勝手に女性のステータス欄を覗いたことを知られてしまう。しかし、少女はそれには気づかなかったようで、よっこいしょ、と掛け声をかけると姿勢を正した。それによって、彼女が埋もれているのは、腕いっぱいに抱えた白い布なのだと気づいた。
「よければ、てつだ……。」
「え、本当ですか!?助かりますー!!」
遠慮のない動作でぼふっと音を立てて腕いっぱいに布を載せられた。見た目よりもあまり重量はなかった。なんだか花のような石鹸のような良い香りが布から発せられているが、あえて気にしないように努力した。少女に導かれ、家の外に置いてある大きなたらいに布を入れる。
「ありがとうございます騎士様。本当に助かりました!!」
「いや、大したことはしていない。」
「お礼にお茶でもどうぞ!!」
「え、いや……。」
妙に押しの強い娘にぐいぐいと背中を押され、家の中に通される。こじんまりとした部屋は、程よく整頓されているが、生活感の感じられるものだった。家具などから見るに、どうやらこの家に一人で住んでいるようだった。しかし、それよりも部屋に足を踏み入れた途端に、香ばしい香りが鼻孔をくすぐった。半ば強制的に木製の小さな椅子に座らされ、アレックスは落ち着きなく視線をさまよわせた。あまり女性の部屋を無遠慮に眺めるのも失礼だと分かっているのだが、どこに目を向ければいいのかわからないのだ。
「騎士様、キノコは食べられますか?」
「き、キノコ……?」
キッチンでごそごそとなにやら準備している少女に突如声をかけられ、動揺した声音で返答してしまう。キノコと言われても特に好き嫌いはなかった。
「特に好きでも嫌いでもない。」
「じゃ、食べられますねー。よかったー。」
どっこいせ、という掛け声とともに、少女がオーブンの取っ手を下に引いた。途端に部屋いっぱいに香ばしい香りが充満した。その匂いに、唐突に空腹を覚えてしまう。そんな自分に戸惑いを覚えた。今まで自分は食べ物に固執するような人間ではなかったからだ。この匂いは人間としての本能を直接的に呼び覚ますような強いものだった。
「はい、どうぞ。熱いうちに食べてくださいねー。」
ことり、と小さく音を立てて、皿がテーブルに置かれた。皿の上には切り分けられた一切れのクリームパイがのっていた。思わずごくり、とつばを飲み込んでしまう。パイの表面は黄金色に照り輝き、切れ目からはとろりとした白いクリームが零れ落ちていた。気づけば、自分の手が勝手にパイを掴み口に運んでいた。さくり。軽やかな音が響いた、じゅわり、と口いっぱいにキノコとバターの豊かな風味が広がる。シコシコした歯ごたえのキノコとサクサクとしたパイ生地が食感にアクセントを添えて何とも言えない。はっとして手元を見ると、もうパイはなかった。今の一瞬で、自分がすべて食べてしまったというのか。
「お口に会いました?」
にこにこと少女がこちらを見つめている。それに対し、空になった皿を見つめ、もごもごとおいしかった、と伝える自分が情けない。まさか、食欲に負けてしまう日が来るとは思わなかった。
「これ、昨日ダンジョンで採ったキノコを使って作ったんです。」
その言葉にはっとした。そうだった。ここに来たのは、パイを食べるためなどではない。彼女に用があってきたのだ。その場で姿勢を正すと、少女はきょとんとした表情を見せた。
「エマ殿。貴女にお願いがあって今日はここに来た。」
少女は戸惑いながらもこくりと頷いた。こんなイベントこのゲームにあったっけ?などと少女はぶつぶつ呟いているが、それどころではない。アレックスの額にぶわりと汗が浮かぶ。何を隠そう、人生で初めて恋に落ちてしまったのだ、この少女に。今まで自分よりも強い女性に会ったことのないアレックスは、その可憐かつ凛々しい勇姿に一目ぼれをしてしまったのだった。いてもたってもいられず、使える人脈をすべて使ってエマの家を探し当て、こうして尋ねたというわけだ。唇が震えそうになるのを抑え、口を開く。
「エマ殿。」
「は、はい……?」
「き、騎士……」
(などという堅苦しい役職の男に思いを寄せられるのは嫌かもしれないが、恋人に)
「……に、なってくれないだろうか……!!」
少女はぽかんとしている。その表情を見て己の失態を悟った。緊張しすぎて、言いたいことの半分も言えなかった。もう一度言いなおそうとしたら、それよりも早く少女が口を開いた。
「わ」
「わ……?」
「私、確かに、能力値は無駄に高いですけど、それは料理の材料を無料で採ってくるために、ダンジョンに行きまくっただけです。」
「え……?」
「ダンジョンに行きまくっていたら、勝手に身体能力が高くなっただけです。剣とかも我流だから、私、超弱いです。」
少女は青い顔でまくし立てた。なぜかはわからないが必死の表情である。
「騎士だなんて、面倒くさ……じゃ、なくて、そういうかっちりした仕事、私みたいなちゃらんぽんな人間には無理です。絶対に無理です。世界終わります。」
「勝手に世界を破滅に導かないでくれ。い、いや、落ち着いて……。」
「とにかく!!騎士にはなりません!!」
だんっと勢いよく少女がテーブルをたたいて啖呵を切った。アレックスは己の犯した間違いの大きさにようやく気付きだしたところだった。