コメディ・ライト小説(新)
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- いちごミルクに砂糖は要らない。
- 日時: 2018/04/21 16:00
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: NGqJzUpF)
君がいなくなって、もう七年も経ったよ。
でも、まだ、君を忘れられないんだ。
□■□
◆ 一ノ瀬空
◇ 当麻えな
◇ 佐藤奈々
◆ 香坂日向
◇ 白石小夜香
初めてこの作品を書いたのは私が中学一年生の時でした。つまらない授業を受けつつ、隠れてノートに小説を書いていたあの頃のことを思い返してみれば、今ではとても懐かしく感じます。それこそこの物語のように七年近くの時間が経ち、また書き直しをしようと思ったのは、この作品をちゃんと完結させてあげたいと思ったからです。七年の間にプロットはどこかに消え、覚えていたのは彼らの下の名前だけとなってしまいました。あの頃に書いていたような作品をもう一度書く、ということはできませんが、七年後の自分が彼らのハッピーエンドを描けたらなと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
いちごミルクに砂糖は要らない。だって、甘すぎるから。君の、その嘘も。
- 5 ( No.5 )
- 日時: 2018/07/10 23:29
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: BBxFBYlz)
あたしの彼氏には好きな人がいる。
「なにこれ、空から」
スマートフォンに反映されたメッセージは「世界が壊れた」という短いものだった。正直意味不明で、さっき別れたばっかの彼氏から連絡が来たことにも驚いたけれど、内容が不思議すぎてそんな感情吹っ飛んでしまった。
最初はあたしと別れたことがそんなにショックなことだったのか、と少し嬉しかったけれどすぐに現実が突きつけられる。そんなわけないじゃん、だって彼には。
そして、一つの結末が私の脳裏に浮かんで、ゆっくり消えていった。
「そっか、再会できたのかな。好きだった、ヒトに」
付き合いだしたのは高校一年生の夏。あたしのひとめぼれだった。格別格好良かったわけでもないけれど、さりげない優しさや気遣いに惹かれて出会って三か月足らずで告白して付き合うまでにこぎつけた。付き合い始めてもうすぐ三年の大台も見えそうだねって最近話したばっかだったけれど、あたしはもうこんな関係は終わりにして彼には幸せになってほしいと思った。それくらいに、彼は、一ノ瀬空はあたしのことを好きじゃなかったのだ。
高校三年になって将来を考えるようになって、あたしとの未来を考えてくれる空とこの先もずっと一緒にいたいと思った。だから、彼の本音を聞きたいと思って、あの日、ほんのちょっとずるをした。子供っぽいことをした、馬鹿なことをした、今になってすごく反省している。あんなことをしなきゃ、このままあたしたちは何も知らずに幸せな未来を描けたのに。
あたしの誕生日に家に招いて、彼に内緒で酒を飲ませた。ジュースって言って嘘をついて、たくさん。酔いが回ってきたのか、調子が悪いと顔を赤らめた空を介抱しながら、あたしはゆっくり空に抱き着いた。このままあたしが空のものになれると、信じて疑わなかったから。
ゆっくりあたしの腰に腕を回した空はあたしの耳元でぼそりと何かを囁いた。あたしは驚いて声が出なくて、何で、とバクバク煩い心臓の音を押し殺そうと必死で笑って見せた。涙はでなかった。
「小夜香」
あたしの名前じゃない。彼が抱きしめて愛を囁いて一緒に眠りたかったのはあたしじゃなかったのだ。
最初は浮気してるって疑ったけれど、すぐに違うってわかった。空はそんな器用なことできない。あたしに好きっていうのも恥ずかしがるぐらいの不器用なあの空が他の女に乗り換えるなんて、できるはずがない。
もしかしたら、昔好きだった人、なんじゃないかなって思ったら、あたしの体に勢いよく鳥肌が立ち、彼を拒絶した。あたしじゃない。あたしじゃない。
本当に彼が好かれたかったのはあたしじゃなかった。その「小夜香」という女に少しだけ嫉妬して、その時に早く別れようって思った。でもそれから何か月たっただろう、踏ん切りがついたのがちょうど今日。
恋人たちが幸せに過ごしている聖夜に、あたしはやっと言えた。君の幸せを一番に願っている。だから、さようなら。本当は大好き、空のことが。だから、空が本当に好きな人と幸せになってくれることを只管に願います。
- 6 ( No.6 )
- 日時: 2018/08/12 00:47
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: BBxFBYlz)
「なんで、ないてるの?」
クリスマス当日。恋人たちが行き交うイルミネーションが綺麗な街並み、からは遠く離れた近所の公園であたしはブランコに座って空を見上げていた。散りばめられた星の屑はきっとこの宇宙の塵なのだろう。自然と溢れてきた涙はきっとこの夜空が綺麗だから、綺麗すぎたからだと、そんな言い訳をしていたところだった。
「……えっと、あの」
ブランコの前で立ってこちらをじいっと見つめている少女は、あたしよりはきっと年下、百五十センチくらいしかない小柄な女の子だった。真っ白なワンピース一枚のとっても寒そうな格好で、あたしのほうが身震いした。
「あなた、「奈々」さんでしょ? 空のかのじょだった」
「え、っと。うん? 空の知り合い?」
「ねえ、あなたはもう空のことすきじゃないの?」
「え、だから、あなたは誰!?」
「ねえ、どうして空のことふったの? きらいになったの?」
不思議な女の子だった。というよりはとっても変な女の子だった。
あたしの話を全く聞かず、ぐいぐい空のことを聞いてくる。空の知り合いってことは正解っぽいけれど、それしかわからない。
「わたしもだよ」
突然、彼女が微笑んで、突然、彼女が言った。
「わたしも、空がすきだったんだよ。あなたとおなじ、きっと」
でも、「小夜香」には敵わない。彼女の口は間違いなくそう動いた。
あたしの心臓はさっきよりもバクバクと喧しいほどに鳴り響き、頭はぐるぐると意味もなく高速回転を始めた。あたしは何も知らない。だけど、空のことは知っている。空の好きだった人の名前が「小夜香」であったこと、それはあの日、あたしの心が折れたきっかけだった。
「だからね、ほんとうはずっとくるしかったんだよ」
「え、だからあなたは一体……」
「ずっとずっとうそをつきつづけるのは、きっと、」
人を殺すくらい、悲しいの。女の子はまたにっこり笑って、あたしの手をとった。
「はじめまして、わたし、空のおさななじみの「えな」っていいます」
星の綺麗なクリスマスの夜。当麻、えな――彼女はそう名乗った。
- 7 ( No.7 )
- 日時: 2020/07/02 02:13
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)
えなは不思議な女の子だった。不思議っていうか、変わっているっていうか、うん、なんだかどこか異世界からきたお嬢様みたいな。クリスマスに彼女に出会ってから、あたしは毎日彼女と出会った公園に足を向けた。えなはいつもその場所にいて、あたしに空の昔話を聞かせてくれた。えなと空の出会いは病院だったらしい。しかも、空のお父さんが入院していた病院。
思い出すのはあまり踏み入られたくないんだろうなって、空がいつも避けてた話題。お父さんのことは絶対に彼は口にしなかった。
「空はねえ、うん、げんきなおとこのこだったよ。うるさかった」
「へえ、意外。今の空ってどっちかっていうと、クールっていうか無口? な感じだし」
「うざかったよ、ふつうに」
えなが思い出し笑いみたいにふふっと声を出して笑った。少しぎこちないえなの喋り方も慣れてきた。今日も雪が降っている。それなのに彼女はマフラーも手袋もしていない。あの日から毎日あたしは彼女のためにお古のコートを持ってきてえなに着せた。えなはあたしと同い年というわりにとって小柄で、小学生と言われればそんな気もしなくないくらい顔も姿も幼かった。
「空のともだちに日向っていうやつがいてね」
「ひなた?」
「日向といっつもわるいことして、なーすのおねえさんにおこられてた」
「悪戯っ子だったんだね。ほんと、想像できないや」
彼女から空のことをたくさん教えてもらうけれど、いくら経っても彼女から「小夜香」の話は出てこなかった。一番気になる話題を、わざと避けているみたいにも思える。
「ねえ、じゃあその時に出会った子、なの? その、小夜香って子」
どもりながら、あたしは勇気を振り絞って聞いてみる。えなはにこやかに笑ってた顔で静止して、ちらりとこちらを見た。それ聞くの? とまるで目で訴えかけられたみたいだった。ぞくっと背筋が凍り付いたみたいに、その表情から目が離せなくなった。ようやくえなの口元が緩んで、あたしは安心して息を吐くことができた。
「そうだよ。小夜香はびょういんでであったの。もうすぐ死ぬんだよ」
冷たいその瞳に、ようやく彼女の本当の姿を見た気がした。
*
でも、奈々はなにもしらいないほうが、いいとおもう。
当麻えなは一体何者なんだろう。疑問はゆっくり彼女に飲み込まれていった。好きな人が好きな人は、もしかしたら。
空が本当に好きだったのは、彼女なんじゃないかって、そう気づいた時には遅かった。あたしはいつの間にかえなに食われていたんだ。
二話 「 真冬の、優しい、それは幻想 」
- 8 ( No.8 )
- 日時: 2020/07/02 02:16
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)
当麻えなには秘密がある。それは誰も知らない絶対極秘なものではなく、一部の人間ならだれでも知っている、限られた人にだけ隠された「真実」である。
***
「ごめんね、えなちゃん」
男の人が泣いていた。大好きだったあの人が泣いていた。
私の頭をぽんっと撫でて、ぐしゃってして、青くなった唇を噛んで「さよなら」と。私をおいていった。私に大きな大きな重荷を背負わせて、いなくなった。その時に、私はまた思い出す。私のいる本当の意味を。
「ばいばい、和彦さん。私がちゃんと、背負うから」
約束はちゃんと守る。そのための私。私の存在意義は。
うまく演じる。私ならできる。私しかできない。そう思うと胸がすっきりした。
「ちゃんと演じるよ。あなたを殺した最低な「当麻えな」って女の子を私は演じるよ」
どこにでもいる十歳の女の子。当麻えなは作られた存在で、私じゃない。本当の私は必要ないから。だから、私は大好きな彼と、彼の奥さんと、彼の息子のためにしっかり演じ切るのだ。
「和彦さん、和彦さん……私ね、ほんとうはね」
当麻えながもう一度、空の前に現れることによって何が変わるんだろう。空のお母さんから電話がかかってきたときに、私は一度考えてみた。けど、何もわからなかった。死んだ人間が、もう一度戻ってくるなんて彼にとったら、ただのホラーなのに。
でも、なんでか久しぶりに会いたいと思った。七年ぶりぐらいになる。高校生になった空にもう一度会いたいと思った。私は不意にあの病院での日々を思い出した。いつもいつも、空と私と小夜香と日向と、四人でずっとずっとお話してた。どんな時もずっと一緒で。私から関係を壊した。みんな壊さないように自分たちの感情を上手に隠していたのに。私が最初にずるをした。
そのせいで、私たちはバラバラになって。空の恋も。小夜香の恋も。日向の恋も。全部泡になってきえていった。私のせいだった。
「オレは知ってたよ」
病院を出る日。日向が私を追いかけてきて言ったあの言葉を思い出す。死んだといわれた少女を見ても、表情ひとつ変えなかった少年は、泣きそうな顔で言い放つ。
「お前が空のために用意された人形だって」
人形は失礼だよ、と私が言うと、彼は顔を真っ赤にして「好きなんだ」とぼそっと呟いた。
「小夜香が可哀そうだよ」
「あいつは一生オレのことを好きなんて言わない」
「小夜香が死ななかったら、日向はあの子を愛せるよ」
「そうじゃない。オレは……」
みんな一方通行で。みんな失恋する運命だった。私たちは、だから友達である選択肢しか選べなかった。
私のことを好きな日向を、
日向のことが好きな小夜香を、
紗耶香のことを好きな空を、
風呂敷にぎゅうぎゅうに詰め込んで隠した。ばれて苦しみたくなかったから。
空が好きだった私の心は、偽物だと自分に言い聞かせて、私は彼の人生から死んだ。だからもう二度と、会う気なんてなかったのにな。
久しぶりの再会で、空の彼女に会った。この子の人生もぶっ壊したら、きっと空は私のことを今以上に憎んで、私のことを一生忘れないだろうなって。ずるいやつだった。私は昔からずるいやつだった。
詐欺師の仕事は人をだますこと。依頼者の望みを遂行する。何も知らない息子に、何も気づかれないように上手く騙してほしい。和彦さんの望みは、空のための優しい優しい嘘だった。
- 9 ( No.9 )
- 日時: 2020/07/02 02:18
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)
生まれた時から私の近くには「詐欺」という文字が溢れていた。結婚詐欺師だった私の母親が愛したのは警官の父で、彼自身も犯罪者を騙し上手く操って捕えるプロだった。結婚詐欺で近づいた父に逆に騙されて檻の中にぶち込まれた母親は自分よりも技術が巧みだった父に惚れてアタックしまくった。結果、結婚して私が生まれたらしい。と、いう惚気を小さいときから何度も聞かされて、私はいっつも甘ったるい生クリームを無理やり口の中にぶち込まれた感覚に吐き気が止まらなかった。
両親の影響か、生まれた時から私は平気で「嘘」をつく女の子だった。それも絶対にばれないように上手く演技もできるらしい。それに気づいた両親が喜んで私を子役タレントが活躍する事務所に入れたのは、きっと私のこの不幸のはじまり。当麻えな、という名前こそ「嘘」だというように、私は演じることだけを、自分じゃない誰かになることだけを強要された。あなたはいらない、と言われているような感覚だった。
大きな仕事がきても私に喜びはなかった。小学生の中学年になることには仕事も減ってきて、事務所の人からはこのまま続けるかやめるか、その二択を選ぶように言われた。どうでもいい、と答えたのを今でもよく覚えている。子役をやめたのは八歳のときだった。
そして数年後に一枚の手紙が届いた。宛名は子役時代の私の名前だった。
わたしは、あなたの演技がとても好きです。とても素晴らしいと思っていました。
こんな手紙をあなたに宛てて書くのは本来、いけないことなのかもしれません。でも、わたしには時間がありません。どうか、あなたの力を、貸してほしいのです。
一人の男性からの手紙だった。漢字がところどころ読めなくて、母親に読んでもらって私はその手紙の内容を知った。手紙の主は息子を持つとある父親から。もうすぐその父親は死ぬらしい。それをどうしても息子には言えなくて、どうにか息子が傷つかないように死ねるよう、彼の息子を騙してほしい、と。手紙にはそんな馬鹿なことが書かれていた。
「ねえ、おかあさん。どうして私がそんなこと、頼まれるの?」
「あら、私はこの人よく見てたなって思ったけど」
「どういうこと?」
「あなたは、ヒトを騙す適任なのよ。しかもこの息子ってあなたと同い年らしいし。この数か月だけ、あなたはこの子に好かれればいいの。この子のお父さんは死んじゃうから、そばであなたが励ましてあげるの。できるでしょ、えなちゃんなら」
母親がにやりと笑った。見たことのないその表情に、私は思わずどきんとした。
これがいろんな男を騙してきた女の顔なんだろう。美しい、三十歳になったにも関わらず相変わらず母親は綺麗だった。
「友達になればいいの?」
「そう、えなちゃん」
あなたならできる、と魔法の言葉を私に囁いた母親はまたにっこりと口元を緩めて私の頭を撫でた。
これが、十歳になる数か月前のことだった。