コメディ・ライト小説(新)
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- 神雪を踏みしめるように。
- 日時: 2019/07/09 16:31
- 名前: モンキー★ファング (ID: eW1jwX0m)
新雪を踏みしめる。足元の雪が沈んだ。十勝地方の片隅、帯広から離れたこの村は、田舎と呼んで仕方の無い場所だった。とはいえ、人恋しさを嘆くほど住人に困窮している程でもない。僕とて役所に勤めているが、こうして通勤する際には一人としてすれ違わないというのに、戸籍の上ではそれなりの人が住んでいた。
振り替えれば、一人分の足跡だけが伸びている。もう少し、他の人の通った痕跡を目にしてもいいような気がするのだけど。それは毎朝思っている事だった。仕方ないか、バスの時間の都合上、僕が六時台には家を出なければならないのは。だからか、ただでさえ閑散としている町で、僕だけがこんな時間帯に出歩いているのは。
同僚の内、この辺りで暮らしているのは僕くらいのものだ。だからバス停で待つ時もやはり一人だ。バスに乗り込めば高校以来の知人も居るし、数件先のバス停からは同僚達も乗り込んでくる。
今日もまた、寒空の向こうからヘッドライトが二つ近づいてきた。爛々と光を放つ小型のバスは、夜目の効く大きな猫のようだった。ずんぐりむっくりとしていて、どたどたと近づいてくる。僕の足跡の隣に、タイヤの跡が二本並んだ。僕の姿を運転手のおじさんが認知し、静かに止まる。開いた扉からそそくさと僕は素早く乗り込んだ。背後で扉が閉まる。わざわざ冷たい外気を車内に取り込ませる必要なんてないだろう。
乗客は、僕の他にはたった一人女性がいるばかりだった。傍目に見れば、熱心に予定を確認しているように映る。彼女は擦りきれた手帳に書かれた内容を、懇切丁寧に読解している最中であった。
「今日は」
その人の隣に座り、俯いた顔を覗きこむ。急に話しかけられて戸惑ったのか、一拍遅れて彼女はびくりと肩を震わせ、僕の方を見た。それは当然の事だ、見ず知らずの人間に馴れ馴れしく話しかけられて驚かない人なんていない。
「あの、何方様ですか……」
「すみません、初めまして。私、古芥子という者でして」
自己紹介すると同時に、彼女は合点がいったとばかりに目を輝かせた。毎度の事ながら、いい反応だ。僕という人間は、やはり彼女という人間のこういった仕草に弱いのだろう。ずっと前から、何にも変わっていない。
いつからだったろうか。僕はふと、白葉高校時代の記憶を、掘り起こすことにした。
続き
>>3 >>6
- Re: 神雪を踏みしめるように。 ( No.2 )
- 日時: 2019/06/30 21:26
- 名前: モンキー★ファング (ID: hgzyUMgo)
>>1
四季様
コメントありがとうございます。
それなのに返事が遅れてしまい申し訳ありません。
なにぶん遅筆な者でして、ゆっくりとしか書けないのですが素敵な文だと言われるととても嬉しいです。
自分も、学友に聞いた十勝地方のイメージから類推しながら書いています。
でもおそらく、自分の住む地域も似たような土地なので大丈夫かなぁと割りきっているのですが。笑
次回の更新分も少しずつ書き溜めていますので、またお目に止まりましたら開いてみて下さると嬉しいです。
- Re: 神雪を踏みしめるように。 ( No.3 )
- 日時: 2019/07/03 15:16
- 名前: モンキー★ファング (ID: eW1jwX0m)
僕の初恋の相手は、朝機嫌が悪い一人の級友だった。出席番号順に並んだ時、要するにテスト座席では僕の左隣に座っていた。僕よりも窓に近い座席だから、初めて見た時には太陽の光が後光のように映ったものだ。とても綺麗な顔立ちをしていて、彼女は入学から数日経つ頃には学年中の注目を集めていた。
僕という人間には、致命的に女性を褒める語彙が足りていない。綺麗だとしか言えないのだ。それは何も、人を評する時に限った話ではない。例え絶景を目にしようとも、名画を鑑賞しようとも、僕は胸の内に湧いたこの感動を、言語化できた試しがない。
だから、驚くほどに短くて味気ないけれど、綺麗だという言葉は僕の発することのできる、最大限の賛辞だった。確かに、お人形さんみたいだとか、長い睫毛だとか、ありきたりな言葉で説明することはできる。でも、『だから』『どうして』美しいと思えるのかなんて、誰にも言い表せられないのではないかと、そう思う。
そう、美しかった。綺麗だった。可愛いという言葉は似つかわしくなくて、流麗という言葉が似あっていた。詩のように掴みどころがなくて、小説のように明瞭なイメージを突き付けてくる。彼女が口から発した声が、それだけで音楽に思えるような、不思議な女性だった。
それでもやはり、どれだけ同学年中にその美貌が伝わっていたとしても、僕の第一印象は朝だけは機嫌が悪い人だった。初めて話しかけたのは入学式の日だった。それも、下心など一片も持っていなかった。
彼女は一心不乱にメモ帳に目を走らせていた。日焼けして、表紙の一部が擦り切れ、年季の入ったメモ帳だった。大人びた容姿の彼女が、おそらくは幼い日に買ったのであろう、昔から女児に人気のあるキャラクターが表紙を飾る、古ぼけた手帳。
何が書いてあるのか、それはよく分からなかったけれど、血走ったような瞳で、周囲の視線にさえ目もくれず、自分の世界は其処だけに広がっているのだと声高に主張しているような、そんな姿だった。
俯いていたせいで、その時はよく顔が見えなかった。しかし、そんな風に他者の干渉をものともせず、自分一人で完結している姿勢が羨ましくて、僕はほとんど反射的に声をかけていた。
「あの、何を読んでるんです、か……?」
随分と、人付き合いを避けてきた僕だ。そんな僅かな問いかけでさえ、酷く怯えながらしか口にできなかった。声も震えていた。万全の体調なのに、声が掠れるかと思った程だ。
なるようになれ。そう胸の内で己を鼓舞した。半分自棄だったと言ってもいい。殻にこもっているような彼女も、自分が呼びかけられていると気が付いたようで、ナイフのような視線を僕の方に寄越した。その、刺されてしまいそうな眼光よりも僕は、その存在に目と意識とを奪われた。
呼吸さえ忘れていたかもしれない。雨上がり、灰色の雲の隙間から差し込んだ矢のような日差しに、虹がかかっていた景色を目にした時と同じだ。美しいと感じた時、人は、一瞬何もかもを忘れてしまうのかもしれない。
正直なところ、無鉄砲以上に無神経で、悠長だったような気がする。その不機嫌に気づいていなかったのは。暴れる心臓が、胸を突き破らないようにと宥めながら、僕は初めて彼女の声を聞いたものだ。
今だからこそ言える。最初の言葉からして、起きてすぐの彼女は、常ならぬ言動をしていた。
「ごめんなさい、朝は覚えることが多くて忙しいの」
また後で相手をするから、邪魔しないでくれる?
それが、神田(かんだ)さんの高校生活初めての会話だったという。
- Re: 神雪を踏みしめるように。 ( No.4 )
- 日時: 2019/07/01 20:04
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: E616B4Au)
はじめまして、友桃(ともも)と申します。
四季さまもおっしゃっていますが、とても素敵な文章だなぁと思いながら読ませていただきました。
1文1文じっくり読みたくなるような文章で、気づいたら全部読み終えていました…。
内容も謎めいた感じで、静かな気持ちで読んでるんだけどちょっとだけドキドキしてる、みたいな、とても心地いい気持ちで読ませていただきました。
続きも気になります。
更新頑張ってください^ ^
- Re: 神雪を踏みしめるように。 ( No.5 )
- 日時: 2019/07/09 15:20
- 名前: モンキー★ファング (ID: eW1jwX0m)
友桃さん
コメントありがとうございます。
何分書き進めるのが遅いものですが、そのせいか褒めて頂けると努力を認められたような気がして嬉しくなります。
ちょっとこの神田さんには謎めいた言動が多くなると思うのですが、どういった秘密があるのか、明かされる時を気長に待っていただけたらなと思います。
- Re: 神雪を踏みしめるように。 ( No.6 )
- 日時: 2019/07/09 16:30
- 名前: モンキー★ファング (ID: eW1jwX0m)
「よっ、見てたぜさっきの。おっかないよなー、あの子」
用事でもあったのだろうか。隣に座る神田さんが席を立つと同時に、反対側のお隣さんが僕に話しかけてきた。僕よりもずっと背の高い、日焼けをした男の子だった。肩や胸のあたりの制服の布地が、腹の辺りと比較してみると少し窮屈そうで、よく鍛えられた健康な体らしかった。
卵みたいに綺麗なまんまるの坊主頭は、撫でてみると心地よさそうだった。身体と同じようにごついエナメルが足元に置かれていて、棒状の何かを細長いケースに収納していた。安直に野球部なのだろうかと考えてしまった。しかし、その時は当然、まだ一年生は部活動に所属していないので予測は外れた。一週間後にはそれが正しかったと肯定された訳ではあるけれど。
お世辞にもその顔立ちは恰好いいという言葉は似あいそうになかったが、快活で裏表の無さそうな、楽しそうな人だった。話しかけてきた時からずっと笑っていて、そこに一切の嫌味が無かった。僕が嫌いだった、かつての級友たちとは大違いだ。それだけで、僕が彼に心を許す充分な理由となった。
「ちょっとびっくりしちゃったけどね。何か大変そうだったし、不意に話しかけた僕が悪いよ」
「良い奴だなー、そう言うなんて。ま、別に俺もそこにいた子を悪く言うつもりは無いけど」
成程、どうやら感想の共有というよりむしろ、手ひどく拒まれた僕を慰めようとしてくれた訳だ。相手のことも考えず、衝動的に話しかけた僕なんかとはまるで違う。僕という人間は、言ってしまえば、顔色を窺った結果として打算的に言葉を口にしているものだが、この人は感情に身を任せてなおそう言える人間なのだと分かった。
「いやでも、ちょっと冷たい印象だけど凄い美人だよな、そこの子。かん、かん……」
「神田さん、だね」
やはり、彼女が綺麗だと感じるのは僕だけに限った話ではないのだと、この時知ることができた。早いうちにその裏付けがとれたのは僥倖と言えただろう。でも、僕が彼女に話しかけた理由はそんな軟派なものではないとだけは言い訳してもいいものだろうか。僕が耽美したのはあくまで、彼女に声をかけ、顔を上げてもらった時に目が合ってからのことだ。
僕はあくまで、彼女の姿勢に惹かれただけだ。纏う雰囲気が、彼女そのものを世界から隔絶する膜となっているような、その立ち居振る舞いを羨んだせいだ。
どうしたら、そんな風に在ることができるのだろう。どんな思考をしているのだろうか。知りたい。そう、願っただけの話だった。
この時間違いなく恋心は無かった。この時の僕が抱いていたのは、崇拝にも近い憧れだった。自分にはできないことを、できなかったことを、平然とやってのける存在に羨望と憧憬を向けた。ただ、それだけ。
僕は泥臭いスポーツマンなどではなくて、とても卑屈な人間だった。要領よく課題を終わらせるようなタイプでは無くて、小賢しく解答を盗み見ようと企て、他人の答案を覗く自己の卑怯を寛容できる凡人だった。
努力なんて一つもしたくなくて、他人にあやかって甘い蜜だけ啜りたい。そんな、どこにでもいるような一般人。言うなれば村人Aだった。
目の前にいるこの男子、名前を寺田といっただろうか。彼ならどう思うだろう、そんな卑しい僕の信条を。間違っている、そう断じることはないだろう。それはむしろ、彼の優しさに由来するものだ。僕が間違っていないのではなくて、彼が正誤を気にしない人間だという事実に起因する。
もし彼が僕の立場ならば。そう仮定し、シミュレーションを行うべきだろうか。とすればきっと、僕という人間との違いが如実に表れることだろう。尤も彼は孤独と名付けられた殻の中に引きこもろうとはしないだろうけど。それでも、彼が自分の世界に没頭しようとする時、その必要十分条件をカンニングしようとは思わないだろう。愚直に、正直だからこそ、自分だけの道筋を探し出すのだろう。
そんな彼のことも、僕は羨ましかった。僕が羨ましいと思えるような立派な人間に挟まれた僕は、白の石に挟まれた、オセロの黒石とは違って、反転することはない。変わりたいならば、自分から変わるしかない。
そうして、改めて僕は僕が嫌いだと再確認したところだった。ぐちゃぐちゃととりとめもないことばかり考えていたものの、僕の肉体はというと寺田くんの言葉に適宜相槌を入れていた。何を言われたかは、覚えていない以前に聞いていなかった。そんな折に、席を発っていた彼女が戻って来たのだった。
その横顔に、クラス内の男子が見惚れていた。世界そのものは確かに色とりどりだったけれど、彼女の周りの空間だけが、より鮮やかに照らされているように思えた。事実、そう見えたのだ。
誰も彼女に話しかけない。話しかける訳にはいかないと、暗黙のルールが秘密裏に締結されたようだった。足早に、しかし一定のリズムで歩を進める彼女は、寄り道することも無く自分の座席に帰るものだと、誰もがそう思っていた。
しかしその予想は裏切られる。ぴたりと、彼女は自分が据わるべき座席の一歩半手前で停止した。見下ろされる様な気配を感じたため、振り返ってみれば、なぜだか彼女は僕を見ていた。
目線が合った。かと思えば、向こうから逸らされた。その後落ち着きなく目が泳いでいるようであった。両手の指先を胸元の辺りで合わせて、所在なさげに佇んでいる。
本当に同一人物なのだろうか。その美貌が僕の疑問を解消してくれたのだけど、中身に関しては全くの別人が憑依したのではないかと思った程だ。
口を開く。先ほどは感じた、氷の刃のような鋭利で冷ややかな印象は、全て春先の雪のように融けてしまっていた。
「ごめん、朝はちょっとイライラしがちで……その、さっきは少し言い過ぎた。本当に、ごめん」
そういう訳で、僕から見た彼女の第一印象は、朝だけは機嫌が悪い人間であると登録されたのだった。
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