コメディ・ライト小説(新)

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ヨイヤミ
日時: 2022/03/05 18:28
名前: むう (ID: 0Es57R/Q)

 「宿泊料は、『あなたのなかのナニカ』を頂戴します」
 ―--------------
 夜の闇に呑まれた不思議な町、宵闇よいやみ
 提灯の仄かな灯り。頭上に怪しくきらめく星々、そしてどこか影を残す人々。
 あなたもいずれ、この夜の匂いに慣れてくるでしょう………。


 ★自己紹介★
 こんばんにちは、むうと申します。通信制高校に通う1年生です。
 二次創作(紙ほか)版でろくきせシリーズや、コメディのほうでいろいろと書いていた人です。
 ここ1,2年は忙しくあまり小説執筆が出来ませんでしたが、ようやく時間が取れましたのでぼちぼち上げていこうかなあと思っております。よろしくお願いします。


 ★注意点★
 こちらの小説は、自分の1次創作をSNSで参加者様企画にしたのち、主催者である私がそれをもとに小説化したものです。なので、参加者様のキャラクターも数名お借りしてお送りいたします。(事前許可をとらせてもらっています)
 ご覧になる場合は、参加者様のキャラクターおよびこちらの作品に誹謗中傷など、不快な思いをするコメントは控えてくださいませ。

 それでは、愉しい夜の街へ。

 ―-----------------
 ◆本編◆
 □第1夜:ヨイヤミ
 第1話「出会い」>>01>>02>>03
 第2話「対価の支払い」>>04>>05

Re: ヨイヤミ ( No.2 )
日時: 2022/02/24 19:48
名前: むう (ID: Tiq8exr2)

「すみません……先輩はかなり、精神年齢が低いことで有名な方でして」
 一瞬固まった僕の横で、碧芽は大きなため息をつき、気持ちを落ち着かせるために首を左右に振った。

「おしりぺんぺんに、しっぺって……久しぶりに聞いたよ」
「はい、ですからあの、どうか……御許しを………」

 揉み手をしながらおずおずとこちらに歩み寄る少女。本当にコロコロ態度が変わる人だ。
 ようするに自分の気持ちに素直で染まりやすいってことか。感情があまり表に出ず、つねにボーっとしている僕からすれば羨ましいとさえ思う。

「まあ、君が書いたんではないでしょ? なら別に、怒るとかはしないけど」

 まあ最初は聞きなれない単語と文章とのギャップでフリーズしてしまったが、新しい場所で不安な人々たちに向けた先輩さんの思いやりだとこじつければなんとか。
 そしてその先輩さんは、話によると『年齢の割に幼い』らしい。かなりの萌え要素ではないか。おっと悪い、自分の中のロリ反応装置が誤作動したようだ……。

 ちなみに僕は漫画家を目指して絵を描いている。当然、男子キャラも女子キャラも設定を一から考えてデザインしているわけだが、どうしても書き手の好みが入ってしまう。
 僕のタイプは背が低くて可愛い子です。はい。

「ありがとうございます。貴方がもし私の文章だと言ったら、恥ずかしさと先輩への確かな憎悪が産まれるところでした」

 夜の冷たい風に、彼女の髪がふわりとなびく。その顔には爽やかな笑み。
 これにて一件落着かと安堵したくなる展開だが、僕は見逃さない。今明らかに目の前のこいつが、『先輩への確かな憎悪』と口走ったことを。

(え、先輩にそんなこと、大丈夫なの?)(口の悪い子だな)など色々思う所はあるが、これ以上話が進まないのは嫌なので心の中にしまっておく。

「まあ、その文章に一通り目を通していただければ」
「ああ、はい……?」

 この町、宵闇町には朝の時間帯がないこと。一日中空には星が輝き、平均体感温度も低い。
 町の施設は好きに使っていい。中央の交流所にて宿泊と娯楽ができる。他の来訪者や、この町の町民との交流もそこで行う。
 朝7時になると、強制的に元居た場所に帰還されて、ここのことは絶対に喋ってはいけない……か。

「質問してもいい? いくつか気になることがあるんだけど」
「では、交流所に向かいがてら話を伺いましょう。交流所で簡単な手続きをしないといけないんで」

 勝手に人を迷い込ませたわりには、色々と規則が多いなあと僕は内心穏やかではない。
 いくら丁寧に説明をされても、文書を渡されても、信じられないことは信じられないのだ。
 帰還できるのが朝7時ということなら、まだしばらくはこの場所に居なきゃいけない。果たして自分は本当に、ヨイヤミに慣れることが出来るのだろうか。無事でいられるのだろうか。

 先頭を歩く碧芽に続いて歩道に出る。
 外の空気はひんやりとしていて気持ちいい。一歩一歩足を進めるたびに、きりりと顔が引き締まるのを感じる。

 しかし街灯も時計もない場所で、彼らはどうやって過ごしているのだろう?
 懐中電灯、持ってきてないみたいだし。夜目が効くのかな。

「ねえ碧芽」
「どうされました?」
「なんで帰還時刻は朝7時なの? 7時になったらなんかあるの?」

 素朴な疑問だった。時間制限つきという設定には、何かしら裏があるものだ。例えば○○というイベントが起こるから、とか。それはゲームに関してもだいたい同じだったりする。「期間限定で、○○が無料でもらえます」とか。
 碧芽は一瞬こちらを見上げ、直後困ったように、申しわけなさそうに笑った。

「わかりません」
「え?」
「なぜ7時が帰還時刻なのか、それは私にもわかりません。なぜ、この町には朝がないのかも。なぜ、来訪者がやってくるのかも。私は生まれも育ちもヨイヤミですが、未だに何も知らないままです」

 ごめんなさい、と続ける彼女はなにも悪くない。
 案内役ということで、来訪者に正しい情報を伝えるのが目的なのに、今それが出来なかった。そのことを後悔しているのかもしれない。

「じゃあ、あの駅は? 電車はどこへ続くの?」
「………それも、わかりません。私が生まれた時にはもう既に廃車になっていましたから」

 謎の多いヨイヤミ町。これほどまでに与えられるものが少ないと、逆に気になって仕方がない。
 碧芽のあとに続きながら、僕は再三あたりを見回す。
 
 景色は住宅街へと変わる。どうやら、さっき自分が倒れていたところは町の最南にある入り口で、その横が駅だったようだ。
 住宅街は一戸建てが多く、マンションやアパートもちらほらあるが、全体としては少ない。窓から部屋の明かりが漏れているので、人はちゃんといるんだろう。

「良かった、人、ちゃんといるみたいで」
「ほとんどの人は交流所に居られますからね。交流所ではゲームをしたり、図書館もあるので利用者が多いのですよ」

 宿泊もできて遊べて図書館もあるだって? なにその完全設備。
 碧芽の話によるとヨイヤミに迷い込んだ方には二つのタイプがあるそうだ。翌朝7時に元の世界に帰り、以後は自分の世界で暮らし続ける人。もう一つは、ヨイヤミに対しての好奇心から、何度もこの町を訪れる人。

「一度ヨイヤミに来れた人は、次回から念じるだけで来れるようになるみたいですね」
「……今、僕がこうしてヨイヤミにいるじゃない? 元の世界では僕はいないってことかな」

 家族、心配してないといいけど。最悪の場合、警察に届け出てたりして。
 泣きながら捜索願を出した翌朝にひょっこりだなんて、お母さんの心臓ももたない。

「……すみません、それも、その、わからなくて……」
「……………」

 わからないの一点張りに、ついムッとして唇を尖らせてしまう。そんなんでよくこの町が発展出来たな。仕組みも分からないのに駅、交流所、何でもそろっているとは。

「あ、でも、ただ一人だけ、この町の全てを知っておられる方がいます」
「えっ」
 
 つまりその方に聞けば、この不思議な町の謎が全て解明されるということだ。凄い。
 三秒前、しゅんと萎れた僕は今瞳をらんらんと輝かせて彼女の話の続きを待っている。犬の尻尾も多分お尻から生えていた。

「誰なの、その、全てを知る人っていうのは」
「先輩です」

 その一言。その一言が耳の中に入った瞬間、一瞬、目の前が真っ暗になった気がした。
 先輩……? 先輩って君の先輩? あのおかしな文章を書いた? 精神年齢の低い先輩?

 疑いの気持ちをこめて、碧芽を指さす。
 彼女は二度深く頷き、もう一度、今度はより大きな声でその名前を繰り返す。

「先輩………ヨルノメ総司令官・秤屋はかりやすす。彼女が唯一、この町の秘密を知っている人物です」

 

Re: ヨイヤミ ( No.3 )
日時: 2022/02/25 12:34
名前: むう (ID: M1rCldzG)


 場所は変わり、とある地下の倉庫。
 金属製の棚には、不透明な瓶が隅から隅まで並べられてあり、時々注ぎ口からプシュープシューッと変な煙が出ている。
 床には段ボールが高く積まれており、ろくに掃除もしてこなかったせいでとにかく埃がひどい。
 
 そんな倉庫の扉が、バンッッと開け放たれた。
 蝶番ちょうづがいの音をきしませて、とか鍵でガチャリとなんてもんじゃない。足で思いっきり外から蹴られた。
 扉も木製のもので、なんとか破損は逃れたようだが次やればあっけなく壊れるだろう。

「おー。まだ生きてんのかこの扉。 いっつも蹴ってんのに」

 扉を蹴った誰かが、聞き捨てならない言葉を呟く。
 ということはこの人は、今までここに来るたびに扉にキックしていたことになる。そしてそれと同じ回数ぶん、扉はダメージを受けていると言うことだ。
 この人には、鍵で開けるという概念はないのだろうか。

 部屋に入った人物の正体は、小柄な少女だった。
 身長は150センチ前後ほど。袖口部分に目玉をあしらった飾りが特徴の、薄い生地の上着を着ている。下は短パンに、厚底ブーツ。すらっとした手足には包帯。髪色は灰色で、寝癖なのか前髪以外の毛束が外はねしている。前髪はパッツンで、幼い印象。

 少女は棚の近くに駆け寄ってざっくりと瓶の個数を数え、脇に挟んでいたバインダーに何やら記入をし出す。鉛筆の持ち方も基本がなっていないので、字も当然汚かった。

「ったくよー。こんなもん全部私の管理でいいだろうがよ、へるもんじゃないんだし」
とかなんとか文句を垂れながらも仕事を進めていく。

 彼女の瞳は向かって左側が赤、右側が黒の珍しいオッドアイだった。無機質な部屋に、その瞳の色が怪しく輝いている。

「碧芽のやつ、上手くやってんのかな。さっきもダーって部屋飛び出して、ドタドタビューンッて階段降りて行っちまったしよぉー」

 加えて彼女は頭が悪い。いつも語彙力が旅行中なので、簡単な擬音を並べて無理やり説明する癖があった。なお、怒った時は今よりも何を言っているのか分かんなくなるという。

 壁を蹴って室内に入る異常な行動と相まって運動神経はバツグンだった。
 この前も町内でもめていた町民にオーバーヘッドキックを食らわして、しまいにはカップラーメンをパシった。
 脳筋ここに極まれである。頭で考えるよりも即行動する性格なので、色んな人にガサツと呼ばれるのも無理はない。

「おかげでこっちは事務作業だしよぉ。くっそめんどいし……よし、助っ人頼も」

 少女はズボンのポケットから、小さなボタンを取り出した。どこかしら造形がナースコールに似ている。
 上にボタンがあり、指で押すと音が鳴るタイプ。これは彼女が仲間との連絡用に使うものだった。

 さっそく連絡器を左手で持ち、ボタンを人差し指で押す。
 ブ――――ッッというけたたましい機械音が部屋内に響き渡る。あまりのうるささに、少女も両耳を手で覆った。

『あ~~……なんですか?』

 呼び出しに出たのは、けだるそうな若い少年の声だ。
 今現在仕事中だったのに、騒音に驚いてテンション下がった………みたいな感じだろう。

「今から倉庫来てくんね? ナニカの管理」
『は? あんた一人でやれよ。だいたい俺ヨルノメじゃないし』

 声はかたくなに反抗的である。いつものことなので少女はさらりと受け流す。
 引き続きバインダーに鉛筆で走り書きをしながら、通話相手がこれ以上機嫌を損ねないようにわざと明るい調子で尋ねる。

「確かにそうだけど、カタバミはこのスス様の舎弟しゃていだろ?」
『いつから舎弟になったんだよ。 あのね、舎弟って言葉調べてから言ってもらっていいですか』

 残念なことに相手の機嫌はさらに悪化。
 相手の少年はすうっと息を吸い込むと、一息に続けた。

『だいたいね、俺いまその倉庫の入り口につながる二階の階段に既にいんだよ。テメエがかけてくるの見越してな。手伝ってやろうかと思ったんだよ。そんで足を進めた時にかかってきたんです! そのでっけえ音がね!! いつも言ってんだろうがボリューム下げろって! え、なに、あんた言われたことも守れないんすか3歳ですか何なんですか、そんな奴に舎弟呼ばわりされたくねえよっっ』

 長いセリフをノンブレス。流石最後になるにつれて息は上がっていき、言い終わったころにはゴホゴホとせき込む音も聞こえて来た。
 通話相手―カタバミと呼ばれていた少年は、無意識に人を見下す癖があった。根は素直なのだが、一度怒らせてしまうと面倒なのである。

「碧芽が新参者んとこ行ったから呼んだんだ」
『だとしても自分の仕事を他人がやるのはおかしいでしょ』

 確かにそうだが、後輩の碧芽は頭脳が優秀で計算も得意。なのでいつもこういった仕事は彼女と二人で………いや、彼女に押し付けていた。
 真面目な碧芽は嫌とも言わずに凄い速さで仕事をこなしてくれていたっけ。

「お前も頭いいんだからいいだろうがよ千景ちかげくん」
『はっ。嫌だって言ってんのに無理やり押し付けるの、上司としてあるまじき行動だ拡散に値する』

 もう一度言う。カタバミ少年は、一度怒らすと面倒なのである。とことんつけあがりネチネチと上げ足をとるので、ススはここで白旗を上げることにする。

「待て待て待て待て。悪かった。悪かったからやめろ。ドーンしてお尻ぺんぺんするぞ!」
『なんすかドーンって。ついにヒトの言葉も喋れなくなったんですか。おしゃぶりから始めますか?』

 顔は見えないが、脳裏に高らかに笑っている彼の姿が映し出される。
 上から目線で偉そうな、あの憎たらしい表情を思い出し、ススの方にも怒りが蓄積されていく。

「ったく……。それだからテメーはダチが少ないんだよ」
『あんたには関係ない。 ……仕事進んでます? 今からそっち行くからバブバブしなから待ってて』

 言葉に品がないのも、人との関わり方が分からないのもお互い様。いつもこうやってお互いがお互いをいじり、弄ぶことで話は進んでいく。彼女たちなりの交流の仕方である。
 まあススとは違って、少年のほうは仲良くなるつもりなどさらさらないけど。

 ススは連絡器の電源を切ると棚に置かれた瓶の一つに手を呼ばす。他の瓶が全部黒色なのに対し、これだけはくすんだ赤色をしていた。
 若干目じりを吊り上げながら、注ぎ口に右手をかざす。
 すると、噴出していた灰色の煙が一点にあつまり、ビー玉のように丸く固まり彼女の手のひらへと吸い込まれて行く。なめなかな動きは、声を上げる暇もない。

「………嫌になるよなぁ……」

 という、含みのあるセリフは誰にも届かずに空気の中へ霧散していく。

 自分の右手を軽く振り、異常がないか確かめたところで扉が二回ノックされる。
 嫌だいやだと叫んでいたのにも関わらず来てくれる彼に苦笑がもれた。

 しかし自分の立場上、いかなる場合でもモットーと尊厳は崩さない。
 ススは両腰に手をあてて、自信満々に言い放つ。少女はいつも気まぐれで、わがままだった。
 
「お、来たか舎弟ちゃん。早速だけどスス様は腹が減った。売店のソーセージ弁当が欲しいのだ」
『…………あんた、ぶっ殺しますよ』

Re: ヨイヤミ ( No.4 )
日時: 2022/03/04 14:34
名前: むう (ID: LGYhX5hV)

 結局僕こと田中平たなかたいらは、成り行きに任せて交流所というところに連れてこられた。 
 交流所と言ってもその外装は田舎のホテルのような感じであり、窮屈そうな印象。しかし入り口のガラス扉やベランダの柵の装飾はきらびやかでしっかりしてあった。
 
 建物は3階建て。
 1階はロビーと図書館。ロビーで受付を済ませ滞在届的な紙を提出すると、、あとは町内で好きなように行動することが出来るらしい。
 図書館にはカフェが併設されてあり、勉強をしながらコーヒーをすすることも可能。優雅なひとときを過ごせる。

 2階は交流所。僕みたいにヨイヤミに迷い込んでしまった人や町のリーダー的組織「ヨイヤミ」のメンバー、ヨイヤミ町民……全員が使える場所である。
 漫画やゲーム、エアホッケー台や卓球台なんかも充実している。来訪者の中には、家からゲーム機とカセットを持ってきて、交流所でプレイする人も一定数いるとのこと。

 3階はお客様用の宿泊施設になっている。主に来訪者たちが泊まるスペースだ。
 部屋は完全個室で、シャワー付き。出入りする時は専用の鍵を用いる。ちなみに朝食・昼食・昼食は出ないので、町の北にある商店街で自分で買って食べなきゃいけないとか。

 (修学旅行じゃん)

 受付をするのでここで待っていてと言われた丸イスに腰かけて、僕は虚空をぼんやりと見つめる。
 ロビーあり。娯楽あり。寝室あり。専用の鍵あり。それはもうアレと呼ばずして何と呼ぶ。

 (修学旅行じゃん!??)

 つまりお風呂から入ったらエアホッケーや卓球が出来るってことでしょ。温泉卓球じゃん。ホテルじゃん。修学旅行じゃん。
 
 実は僕はこれまでの人生の修学旅行をあまり楽しめていない。
 小学6年生の時は、雨天決行でせっかくの遊園地がパァ。夜の旅館だって、クラスメートがめいめいに騒いだせいで一睡もできなかった。幼稚園の卒園記念の遠足は、インフルエンザで行けなかったし。

 さっきまでの警戒心と疑惑は、好奇心によりあっけなく霧散してしまった。
 心の中で「こんな場所に来れる自分超ラッキー!」と真剣に考えるほど、僕の頭は飽和仕切っている。

 頭上に垂れ下がるシャンデリアの豪華なこと。おまけに、外から見た時には狭いと感じたが、意外と中は広い。
 暖房も快適で、ただ椅子に座ってるだけで欠伸が漏れる。

「平さん」
「ふわっっっっ」

 突然の声に、落ちかけた瞼が一気に開かれる。
 顔を上げると、用事を終えた碧芽が相変わらずの無表情で立っていた。
 手には沢山のプリントをかかえている。どこから取り出したのだろうか。さっきの受付でもらったものかな。

「受け付けは済ませてきました。すみませんが、私は次の仕事があるのでここでお暇させてもらいますね」
「えっ!?」

 彼女の爆弾発言に声が裏返る。
 知らない場所で一人でいろなんて鬼じゃないか。まだ全然ここの地理にも詳しくないのに。一人で一晩過ごせと? 無理があるだろう。

 僕は慌てて碧芽のパーカーの裾を掴んだ。全てが突然すぎて。

「待ってよ。置いて行かないでよっ。僕、ほんとうに訳が分かんないんだよ」
「大丈夫ですよ。私の代わりに先輩が来られますので」
「…………え」

 今度は違う種類の『え』が口から漏れた。さっきのは心からの驚き。今のは心からの呆れである。
 彼女は満足そうな顔で笑っているが、こっちは引きつった顔を浮かべるのみ。
 いくら先輩がこの町のことを知っていても、あんなおかしな文章を書く人だ。不安しかない。

「心配なさらずとも、人を取って食ったりはしませんからご安心を」
「どこの世界線だよ」
「………まあ、オーバヘッドキックと、足技と、右ストレートを繰り出すことはありますが」
「碧芽さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!??」

 どこぞのヤンキーだよ、と心の中で突っ込む。
 もしかして先輩、ガチガチの金髪の方じゃありませんよね。特攻服を羽織って原付バイクで来たりしませんよね? 金出せと命令されて僕が飛んでも、何も出ませんよ??

「嫌だっ。そんな暴君と会うの嫌っ。待って碧芽っ。置いていくなよ!」
「すみませんこのあと資料をまとめなきゃいけないので。先輩が上手くやりますから」
「信用できねえぇよぉおおおおぉ」

 慌てて手を差し伸ばすも、足の速い碧芽はすぐにガラス扉の奥に消えてしまう。
 彼女の青色のフードが陰に隠れ、僕の右腕は空をなでた。
 視線が碧芽から自分の指さきへと移った瞬間、サッと背中から冷たい汗が湧きだす。

 (どうしよう)
 
 せめて地図くらい渡してくれればよかったのに!
 知らない場所、知らない土地、知らない世界。そんなところで何をしろと。
 お金も持ってない。何も持っていない。ああ、つんだ。どうすればいいんだ。

 周りを見渡す。ロビーには沢山の人がいて、そのほとんどが中学生から高校生くらいの子供だった。
 色んな服装の子がいる。学校か何かの制服を着ている子もいるし、私服の子もいる。巫女装束を着た珍しい子もいた。
 それぞれが3,4人くらいのグループを作って楽しそうに話し込んでいる。

 と、僕のいる場所のすぐ隣に座っていた丸メガネの男の子が、チラッと一瞬こっちを振り返った。
 パチッと目が合う。合わせてしまった、という表現が正しいかもしれない。
 
 人の顔をジッと見ることになれていない僕はすぐに顔をそらしたが、男の子は何故かパアァァと笑顔になって、なんと席を立って側へやってきた。

「こんにちは!僕はジニア! 君ももしかしてヨイヤミに来たの?」


 
 



 
 

Re: ヨイヤミ ( No.5 )
日時: 2022/03/05 18:27
名前: むう (ID: 0Es57R/Q)

 ジニアと自己紹介した男の子は、絶えずニコニコしている。
 ピョンピョン跳ねた黒髪のくせ毛。服装は白いワイシャツにズボンというシンプルな物で、脇に植物図鑑を挟んでいた。

「………えっと、うん」
「そうなんだ~。僕も一週間前にここに来たんだ。よろしくね」

 と右手を差し出され、僕は握るかどうか迷った。
 知らない人に躊躇うことなく話しかけるのはハードルが高かったし、相手の目をしっかり見て話す人がもともと苦手だったのもある。
 ただ、せっかくの握手を断ったら相手を傷つけるかもしれない。

 僕は彼の指に自分の指を絡めた。
 ジニアの手はすべすべしていて気持ちいい。

 一つ気になるのは、その名前である。
 じにあ、という文字並びから推測するに、多分カタカナだろう。それかキラキラネーム。いや、キラキラネームにしては珍しい。
 外国生まれということか? ならどうして会話が聴きとれる? 帰国子女で日本語ペラペラだから、普通にお喋りができているのか?

「きみは外国生まれなの?」
「ガイコク……?」

 気になって尋ねる。
 ジニアは、僕が発した言葉の意味が分からず首を傾げる。眼鏡の奥の瞳がゆらゆらと揺れた。

「いや、分かんない」
「分かんない!?」

 今度はこっちが驚く番だった。自分の生まれた国を知らないのは、自分の首を自分で締めるようなものだ。
 目を見開いて信じられない気持ちを表した僕に、眼鏡の男の子は「ははは」と乾いた笑みを返した。

「ここには色んな人が来るからね。僕みたいにカタカナの名前の子もいれば、漢字の子もいるよ。もう全部ごちゃまぜ状態」

 元々名前がカタカナなのか、それとも違う国生まれなのか、表記でたまたまそうなのか。それは確認していないからと彼は続ける。
 目の前に居る相手の髪色や瞳の色が自分と違おうが、知識が異なろうが、特に支障はない。仲良くなれば気にも留めない些細なこと。

「だから出身とか、言う必要ないかなぁって思ったり。気を悪くしたらごめんね」
「………こちらこそ、なんか、ごめん」

 ふふふふ、とジニアは笑顔になる。屈託のない笑みは僕の心の悩みを軽くしてくれる。

 一週間前にここに迷い込んだ。つまり僕たちは同じ立場。閉ざされた希望の光をようやくつかめた。
 知らない場所で一人ぼっちが避けれた。これは素晴らしいことである。広い空間にぽつんと座っているだけでも居たたまれなかったから。

「僕、たいら。今日ここに来たんだ。分かんないことだらけで、ちょっと疲れてる」
「ははは。僕も初日はそんな感じだったよ。宿泊所でも全然眠れなかった」

 その言葉だけ切り取れば、明日遠足でワクワクしている小学生みたいだけど、こちらの置かれている状況はもっとシビアだ。
 
「でも仲間がいるからね。その存在は大きいよ」

 確かにヨイヤミには交流所という、人と関われる場所がちゃんとある。お客様と町の住民のコミュニティを広げるという面では、この施設はとてもいい役目を担っている。

「……ところで平くんは、ススさんに何を差し出したの?」
「え?」

 突然ジニアの表情が真剣になったので、僕は口をあんぐり開ける。
 さっきまでの雰囲気がガラリと変わり、重々しい空気が流れる。

「平くんは、なにを失ってここにいるの?」

 ジニアの曇りのない純粋な視線が、真っ直ぐ僕に向けられた。

 


 
 

Re: ヨイヤミ ( No.6 )
日時: 2022/03/06 16:11
名前: むう (ID: 1ybF72nZ)

 ヨイヤミを訪れた者は、無料で宿泊が出来るわけではない。町の施設や衣食住を得るには、ヨイヤミの警備を行う『ヨルノメ』という組織のリーダーである秤屋雀はかりやすすに、【あるもの】を差し出さなければ宿泊権は得られない。
 碧芽は所詮書類での手続きを済ませただけで、宿泊権を来訪者に与える権利はない。その役目はススにあった。

【あるもの】は『自分の中のナニカ』と言い換えられることが多い。ナニを差し出すかは自分で選ぶこともできるが、ほとんどの場合はススによってランダムに決まる。その詳細はススにしか確認できない。
 来訪者はどこかしら欠けた状態で町での暮らしを始める。ジニアもまた、そのうちの一人だった。

「僕は、何も差し出してない。このあと、そのススっていう先輩が来られるみたいだけど……。それは絶対に差し出さなきゃいけないの?」

 そうだよ、とジニアは深く頷く。
 ナニカを差し出さなかった人間は食事をすることも、寝ることもできない。ずっとこのロビーで右往左往するだけだと彼は説明した。

「ジニアもナニカを差し出したの?」
「うん。でも、僕もナニを失ったかは知らないよ。知ってるのはススさんだけ。側近の碧芽ちゃんですら何も知らない。秘密主義なんだよ。まるでラナンキュラスだ」

 ヨイヤミに関するありとあらゆる謎を知っていながら、かたくなに情報を黙秘するリーダー。彼女の素性についても明確な記録がないため、その存在ですら謎に包まれているそうだ。
 碧芽からは、年齢の割に幼い言動をとるヤンキー気質ということしか話してもらえなかったし。

「ラナンキュラス?」
「キンポウゲの英名だね。オレンジ色の綺麗な花を咲かせるんだ。『秘密主義』っていう花言葉もあったりする」

 ジニアは大事そうに抱えていた植物図鑑を開き、ラナンキュラスが載ったページを広げてみせた。いくつもページに付箋の貼られた図鑑は古びていて、それほど大事に使っているのが分かる。

「植物、好きなんだね」
「うん好き。花が好きでさ、ここに来た時もこの図鑑を読んでたんだ。僕の宝物」

 本の表紙をそうっとなでるジニアの声は若干上ずっていた。
 好きな物があるって素敵だな。僕の好きな物はなんだろう。絵は描くけど、心から好きと感じるのはまだない。これが好きと友達に自慢出来たら、僕の世界も変わるのだろうか。

「ススさんはどんな人なの?」
「………教えてやろうか。この私が」
「ひゃあほゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ」

 背後からポンッと肩に手を置かれ、冗談じゃなく僕は20㎝ほど飛び上がった。生まれて初めての発した言葉にならない叫びが、喉の奥から飛び出す。
 高鳴る鼓動をなんとか落ち着かせジニアと共に振り返る。
 後ろにいた人物はニヤリと意地悪な顔になって、今度は僕の頭を右手でガシッとつかんで上下に揺さぶった。

「うわっ うぉううぉううぉ。目がぁぁ」
「んだぁ。ずいぶんと弱っちいガキじゃねえか。ひょろっひょろじゃん」
「やっっ やぁぁぁめぇぇぇてぇぇぇ」

 何とか頭の上に置かれた手を引き離す。ひょろひょろという単語が僕の中の戦意の引き金になった。
 ゲホゲホとむせ返りながら、失礼極まりない声の主を精一杯の鋭い目つきで睨む。

 相手は女の子だった。灰色の髪は毛先が外はねしていて、前髪はパッツン。
 首元が隠れる黒いパーカーを身にまとい、腕には包帯が巻かれてある。
 何より目を惹くのは彼女の瞳の色だ。右目が黒、左目が赤のオッドアイ。

 日本人でオッドアイってなるものだっけ。

「ススさんっ。あんまり平くんにいじわるしないでください!」
「おージニア。お前もいたのか」

 ジニアが僕の前にさっと移動する。両手を広げて、僕を後ろに追いやる。
 女の子は憮然とした態度を崩さない。めんどくさそうに首を回してから、人差し指をジニアに向けた。

「どけよ。私は後ろの奴に用があるんだよ。そいつ新入りだろ? 相手をしないといけない」
「ぼ、僕が逃げたら、ススさんまた彼を虐める気がっ」
 
 震える声で返すジニアに、ススと呼ばれた女の子は眉間にしわを寄せた。彼の言ったことが呑み込めないようで、ぽかんと口を開ける。

「そんなことしねーよ。さっきのはただの挨拶だ」
「あ、挨拶であそこまでするんですか………」

 突っ込みたいのは僕も同じだ。危うく首がもげるところだった。
 外見は小柄で貧弱だが、このススとかいう少女実際かなり力が強い。右ストレートもオーバーヘッドキックも、小さい体系を生かして華麗に決めたんだろうなあ……。

「細かい話はやめやめ。カタバミみたいにグチグチ言うやつは好きじゃない」

 ススさんはパンパンと手を叩く。話を切り替えるための所作だ。
 かなりさばさばした男勝りの性格。大人しい僕にとって、ズバズバと物言いをする人は苦手なタイプだった。

 僕は次は何をされるのかと内心ヒヤヒヤしながら、ススさんの話に耳を傾ける。
 流石に軍服を着てたりや原付バイクで来たりはなかったけど、町を統べる組織のリーダー。ゲームでいえばラスボス的なポジション。
 緊張しないはずがない。

「私の名前はススだ。碧芽から聞いてると思うけど、いちおうこれでもヨルノメの偉い奴である」
「リーダーってことですか?」
「そう。スス様は、このでっかい場所を守っているりーだーである」
「でっかい場所って……ヨイヤミのことですか?」
「そ、そう。このヨイヤミ町を守っているリーダーである」

 三回目になる言いなおしに恥ずかしくなったのか、彼女の頬が赤く染まる。せっかくの腰に手をあてるポーズも形だけになってしまって、まことに残念だ。
 残念なのはリーダーの語彙力もだが。


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