コメディ・ライト小説(新)
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- 彼女のためにゆるキャラを作る彼氏の話。
- 日時: 2022/07/16 11:09
- 名前: ふぇのめのん (ID: ovjUY/sA)
全部で6話です。
ひとつの話が大体2000文字くらいです。
- Re: 彼女のためにゆるキャラを作る彼氏の話。 ( No.2 )
- 日時: 2022/07/16 19:03
- 名前: ふぇのめのん (ID: ovjUY/sA)
2話
家に帰った俺は、靴を脱ぐよりも先にまず友利智樹に電話をかけた。
友利智樹という奴は俺の友達で、小説を書いている。ゆるキャラを作ることと小説を書くことは、分野は違えど両方とも創作活動の一種と言えるだろう。だから俺は智樹から何かいいアドバイスがもらえるかも知れないと思い、相談することにしたのだ。
「もしもし、俺、ゆるキャラ作ることにした」
靴を脱いで玄関へ上がり、リビングに直行する。
「えっ、なんで?」
画面越しに困惑の声が聞こえる。
スクールバッグを床に投げ捨て、ソファに勢いよく座った俺は事の経緯を話す。
「……ふーん、でも男がゆるキャラ作るとか聞いたことないし、お前そういうキャラじゃないし、彼女好きになるどころか引いちゃうんじゃない?」
スマホを持っていない方の手で、机の上にあるエアコンのリモコンを掴む。25℃の弱風に設定されているのを確認し、電源ボタンを押す。
「でもゆるキャラを本気で好きなんだぜ?本気で好きなら引かないだろ、むしろ嬉しいだろ」
制服のネクタイを外す。そこまでが今の俺にできる最低限のことだった。明日の授業の予習とか、課題とか、風呂に入るとか、他にもやらないといけないことが頭をよぎるけど、疲れた体が重たい。
「いやその本気っていうのもただのお前の思い込みかもしれないじゃん」
「いーや、あれは本気の言い方だったね」
「お前のことだって本気で好きだろ、彼女は」
「でもゆるキャラに負けてる気がする」
「勝ち負けとかない気がするけど……まあ、でもいいんじゃない?頑張れよ、ゆるキャラ作り」
「ああ、頑張るよ。何から始めたらいいと思う?」
「既存のゆるキャラの模写とかやったら?見てるだけじゃ気づかないことってあると思う」
「へえ」
「あと人に見せる。完璧に出来上がってから見せるんじゃなくて、とりあえず作った奴は人に見せて感想もらう」
「じゃあお前も自分が書いた小説、俺に読ませろよ」
「恥ずかしいから無理」
「お前なー、プライド高すぎんだよ」
「俺のことはいいからとにかく自分のことやれよ、じゃあな」
「わかったよ。ありがとう。じゃあな」
プツッと電話が切れる。明日の授業の予習、課題、風呂がもう一回頭をよぎる。
「やるか……」
俺は重い腰を上げ、スクールバッグを手に取り、自分の部屋へ向かった。
薄暗い部屋のカーテンの隙間から、夏の光が漏れている。電気をつけて、部屋のエアコンも起動させる。
スクールバッグを床に置き、自分はイスに座る。バッグの中からルーズリーフと筆箱を取り、机の上に出す。
スマホでシナ○ロールの画像を検索し、それをルーズリーフの横に置く。筆箱からシャーペンを取り出し、握る。なんとなく耳から描き始める。
だいぶ耳大きいなーとか、顔めっちゃ横に伸びてんなとか、色んなことを思いながら、描いては消して、描いては消してを繰り返す。
智樹が言った、見てるだけじゃ気づかないという言葉はまさにその通りだった。愛嬌があるのに顔のパーツはいたってシンプルだし、キャラを完成させるために必要な線の数はあまりにも少ない。つまり無駄なものが一切ない洗練されたデザインであるということだ。
シナ○ロールすげえな、と俺は感動する。ただの裸の犬だぜ?
とりあえず全身を描き終えたのでペンを置き、他のキャラクターも見てみたいと思った俺は『サ○リオ キャラ 一覧』で検索をかける。
一番上にキャラクターを紹介する公式のページが出てきて、これは助かると思いながらページを開く。
「注目のキャラクター」という文字の下に見覚えのあるキャラクターたちが並んでいる。スクロールすると初めて見るキャラクターがずらーっと出てきて、俺はこんなにあんの!?と驚く。
それぞれ個性があって可愛いけれど、ひとつひとつ模写していったらきりがないと思った。
「んー、共通点探すか」
共通点とはつまり、見た人に可愛いと思わせるための必要条件なのだと思う。だからそれを見つけることが可愛いゆるキャラを作るための近道になるはずだ。
ゆっくりとスクロールしながらひとつひとつ丁寧に目を通す。
そして俺はあることに気づいた。
1つ目は、ほとんどが2頭身であるということ。
2つ目は、ベースの動物に食べ物や職業、物、概念を掛け合わせているということ。
3つ目は、ツインやトリオ、もしくはそれ以上の数で一緒にいるキャラが多いということ。
この3つの点に気を付ければ俺でも可愛いキャラが作れるのでは?早速俺は、ベースの動物を何にするか決めることにした。
「やっぱ兎とか、可愛いよな……猫も、いいな……」
考えている内に、だんだん目蓋が重くなる。頭の中がとろんとしてきて何も考えられなくなっていく。
その日俺は、イスに座ったまま眠りについた。
- Re: 彼女のためにゆるキャラを作る彼氏の話。 ( No.3 )
- 日時: 2022/07/16 19:04
- 名前: ふぇのめのん (ID: ovjUY/sA)
3話
いっけなーい、遅刻遅刻!
俺、緩利ゆずる!どこにでもいる普通の高校2年生!予習も課題も風呂に入ることもせずに寝ちゃってたなんて、も~サイアク!遅刻したら絶対お説教くらうに決まってる!
「おはよー、ゆずる。どしたん?朝帰り?いいなーリア充は」
隣の席の山田太郎がいつものように俺をからかった。
「ちげーよ、てかお前も彼女いるだろうが」
俺は適当にあしらって席につくと、急いで鞄から数学のワークと筆箱を取り出す。どうして今日に限って数学が1時限目にあるんだろう。朝のホームルームの時間も入れてあと25分しかない。
「ごめん、課題見して!ジュース奢るから!」
俺は山田に向かって両手を合わせる。ほとんど課題をやってこない山田でも、数学だけは担任が厳しいのでやってきているはずだ。
「お前が課題やってないとか珍しいな、もしかして本当に朝帰り?カルピスね」
「ありがとう!本当に朝帰りではない」
山田からワークを受け取った俺は、大急ぎで自分のワークに丸写ししていく。
「てか聞いてよー、もうすぐ彼女と1ヶ月記念日なんだけどさー」
「うん」
シャーペンを走らせながら山田の話に耳を傾ける。
「プレゼント何がいい?って聞いても何でもいいよって言うんだよ」
「うん」
1ページ完成させた。あと8ページ。
「だからお揃いのバッグ買おうかなーって思うんだけどどう?」
「1ヶ月でそれは重すぎだろ」
「えー、そっかー。じゃあゆずるは何にしたの?1ヶ月の時」
俺は一旦手を止めて記憶をたどる。1ヶ月記念日はついこの間のことだったのですぐに思い出すことが出来た。
「イヤリングあげた」
答えてから俺は再び手を動かす。
「イヤリングかー。かの子さんイヤリングつけんだ」
「うん、まあ」
「あ、先生来た」
俺が顔をあげるのと同時に、教室のドアが開いて担任の宮内が入ってきた。
「ホームルーム始めるぞー」
宮内の掛け声と共に、教室内のクラスメート全員が立ち上がり、俺も一旦シャーペンを手から離して立ち上がる。
「おはようございます」
「 おはようございます 」
学級委員長の声の後に、全員の声が続く。ガタガタと皆がイスに座り始め、俺も席につくと全速力でシャーペンを手に取り、またワークの上を滑らせていく。
「今日は百合葉が熱で休み。以上。じゃあ今日もみんな頑張れよー」
俺は山田のワークから自分のワークへ目線を行ったり来たりさせながら、宮内が教室のドアを開けて出ていく音を聞いた。
百合葉というのは、かの子と一緒によく行動している大人しい感じの女子である。その百合葉さんが休みということは、かの子が今日は1人になるということだ。そういう日の移動教室やお昼ごはんは大体、俺がかの子の側にいることにしている。頼まれたわけではないが何となくそうしていた。今日も俺はそうするだろう。
しかし昨日の今日でこうなるということは、ゆるキャラ作りのことを彼女に話せという神のお告げかもしれない。
「百合葉さん休みだってさ、かの子さんとこ行くの?」
「うん」
「ラブラブだねえ」
気づくといつの間にか俺は7ページ分を終わらせていた。時計を見ると、長針が数字の9を指している。授業開始が50分だから、つまりあと5分。いける。
「てかなんで今日ギリギリだったの?」
山田の問いに俺は思わずピタッと手が止まる。昨晩の電話で言われた『引いちゃうんじゃないの?』という智樹の言葉を思い出す。
「ゲームしてたら、そのまま寝落ちした」
「あー、ね」
俺はとっさに嘘をついた。果たして彼女には正直に話せるだろうか?
♪
「今日はシナ○ロールのキャラ弁作ってみたんだよね」
「ん、ええ?すごいな!」
「えへへ、簡単なやつだからそんなことないけど……ありがとう」
ある昼下がりの午後、今日はそんなに暑くないからと、中庭で弁当を食べる俺たち。
彼女の手作り弁当は、チーズの上にシナ○ロールの形をした海苔が乗っていて、もうひとつの弁当箱には色とりどりの小さなおかずたちが綺麗に並べられている。
普段の俺ならば青春してるなーとか、平和だなーとか、ずっとこの時間が続けばいいのになーとか、ほぼ反射的に思うのに、今の俺はゆるキャラ作りのことしか頭になかった。
「あと卵焼き、今日は少ししょっぱめにしてみたんだよね。食べる?」
彼女が箸で小さな黄色い卵焼きを掴む。
「うん、食べたい」
俺がそう言うと彼女は卵焼きを俺の口もとへ近づける。
「はい、あーん」
「あーん」
大きく口を開けて待ち構えると、すぐに卵焼きが入ってきた。途端、出汁と塩の味が舌を刺激し、俺は味わいながら咀嚼し、飲み込む。
「どう?」
「めっちゃ美味しい!」
正直な感想だった。ゆるキャラのこともこれだけ素直に言えたらいいのにと思った。
「よかったー。明日、百合葉ちゃんにも食べさせよー」
早く言え。眩しすぎる日差しがそう俺を責めている気がした。
「……あのさ」
「んー?」
俺は意を決して話し出す。
「ゆるキャラ好きって言ったじゃん?」
俺は体を彼女と向き合う形にする。
彼女の後ろには真っ青な空が広がっていて、遠くからはライン引きをしている野球部たちの声が小さく聞こえている。
俺の真剣な気持ちが伝染して、彼女の表情も真剣なものになる。
「……もしかして引いた?彼女がゆるキャラ好きとかやっぱキモいよね?」
突然の彼女の告白に俺は驚く。
「いや違うから!ゆるキャラ好きなのキモいとか全然思ってないから!むしろキモいのは俺の方っていうか……」
声が小さくなっていく。俺は怖くて彼女の目が見れなくなる。代わりに彼女の制服のリボンに向かって話しかける。
「ゆるキャラ、作ってみようかなーって……」
俺は彼女の反応を待つ。しかし何もない。
仕方なく制服のリボンから恐る恐る目線をあげる。すると、
「それってめっちゃ素敵!」
彼女の大きな瞳が、夏の光を浴びてキラキラと輝いていた。
- Re: 彼女のためにゆるキャラを作る彼氏の話。 ( No.4 )
- 日時: 2022/07/16 19:05
- 名前: ふぇのめのん (ID: ovjUY/sA)
4話
「全然キモくなんかないよ!素敵だなって思った!」
「そ、そう?」
俺を見る彼女の瞳が熱い。この反応は、もしかして、かなり俺のことを好きになっているのでは?思わず口角が上がるのを俺は抑えられなかった。
「ありがとう、話してくれて。まさかゆずる君がこんなにゆるキャラを好きになってくれるなんて思わなかった!」
相変わらず彼女の瞳はキラキラと輝いている。
しかしそんな彼女とは裏腹に俺の胸はチクリと痛んだ。
「あ、はは……」
ゆるキャラが嫌いなわけではないが、ゆるキャラを作るのは彼女に好かれるためだ。彼女を騙しているという罪悪感が俺を襲う。
「作ったやつ、見てみたいな」
何も知らない彼女は無邪気にそう言った。
「できたら見せるよ」
「ありがとう!」
彼女がとびきりの笑顔を見せる。
こうして俺の、ある昼下がりの午後は終わっていった。
♪
ドタドタドタ。
家に帰ってきた俺は真っ先に自室へと向かう。床に鞄を放り投げ、片手でネクタイを外し、もう片方の手でエアコンをつける。イスに座ったら鞄からルーズリーフと筆箱を出し、シャーペンを取り出して紙に向き合う。そして、授業中や下校中にずっと考えていたゆるキャラの案を紙に描き起こしていく。
車の走る音がたまに聞こえてくる以外は、何もない空間だった。自分が久しぶりに時間を忘れて熱中しているのを感じた。
楽しい。
体がイスに張り付いたみたいに、そこからもうずっと動いていない。周りが見えなくなっていって、自分についてくる一本一本の線だけが俺の世界の全てになっている。
「できた」
紙から顔を離す。頭がすっと冷静になる。一気に現実に引き戻される。
俺が考えたゆるキャラは、ロールケーキとりすを掛け合わせた、ロールケーキりすというキャラクターだった。りす特有のくるんと巻かれたしっぽをロールケーキに見立て、生クリーム、イチゴクリーム、チョコクリーム、抹茶クリーム、マロンクリームという設定にすることで色違いのりすを5匹作った。
2頭身であること、動物と食べ物を掛け合わせていること、複数人で一緒にいること。この3つを忠実に守りあげた結果である。
しかし俺は、ロールケーキりすをあまり可愛いと思えなかった。
「なんでだ……?可愛くなるはずなんだけどな……」
誰かに見てもらった方が早いと思った俺は、智樹に相談することにした。早速電話をかける。
「もしもし、智樹?ゆるキャラのことなんだけどさあ」
「うん」
俺は紙に描かれたロールケーキりすを眺めながら話す。
「なんか可愛くないんだよ。とりあえず写真送るから感想言ってくんない?」
「了解」
ロールケーキりすを写真に撮り、送信ボタンを押す。
「どう?」
「……普通に可愛いじゃん!りす?だよね?」
「そう。しっぽがロールケーキになってんの。で、生クリームとイチゴクリームとチョコクリームと抹茶クリームとマロンクリームの5種類いんの。」
「なるほどね!え、めっちゃいいじゃん。何がダメなの?」
「だってこれがシナ○ロールとかマイ○ロとかと並んだらおかしいだろ」
「さすがに、いきなりシナ○ロールとかとは並べないけど、でも可愛いよ」
「どうしたら並べると思う?」
「えー……まず、シャーペンで描くのやめた方がいいと思う。アプリとか使って綺麗にした方がいいんじゃない?あと表情かな。なんか顔怖いよこれ」
「なんで?ニコって笑ってるし、シナ○ロールだって実は目に光入ってないよ」
「んー……わかんないけど、とりあえず目にハイライトいっぱい入れてほっぺた描いて笑ってたら、可愛いいんじゃない?てかこういうのは俺じゃなくて彼女に相談しろよー。彼女の方が絶対詳しいだろ」
「いやー、だって、恥ずかしいじゃんね。というか、何か俺がめっちゃゆるキャラ好きみたいに思ってるし……」
「そりゃそうだろ!ゆるキャラ作ってるって言われたら誰でもそう思うよ」
「なんか騙してるみたいで、というか騙してるんだけど、罪悪感あるから彼女には相談できないんだよ」
「だからって俺に相談されてもわかんないよ。ゆるキャラなんて作ったことないし絵も描かないし」
「でもさっきアドバイスできてたじゃん。もっと自分に自信もてよ!」
「お前が言うな!ていうか俺には俺でやることあるんだよ、じゃあな」
「やることってなに?執筆?」
「何でもいいだろ、切るぞ」
「いつか読ませてね!じゃあな」
プツッと電話が切られる。再び部屋に静寂が戻る。
「……よし、やるか」
俺は早速、絵が描けるアプリを探し始めた。
あいつもきっと頑張ってるんだろうな。そう思うと俺もより一層、頑張れた。
ピロリン♪
突然、スマホから通知音が鳴った。同時に画面の上からメッセージが下りてくる。
『話したいことがあるの』
送り主は彼女だった。
- Re: 彼女のためにゆるキャラを作る彼氏の話。 ( No.5 )
- 日時: 2022/07/16 19:06
- 名前: ふぇのめのん (ID: ovjUY/sA)
5話
「な、何?話って」
声がうわずる。心臓が重たく胸を打っている。
誰にも聞かれたくないから、と学校から少し離れた公園に呼び出され、緊張しすぎた俺は待ち合わせの時間より1時間も早く公園についてしまったのに、すでにブランコに乗って俺を待っていた彼女を見て、俺よりもずっと緊張してるんだろうなと思った。
「え、早くない?まだ1時間前だよ?」
俺は彼女の隣のブランコに乗る。
「人のこと言えないだろ」
「まあ確かに」
いつもの会話の雰囲気に俺はほっとする。
7月17日、日曜日、午後4時。その日は運悪く、今年が始まってから今日が一番暑いんじゃないかと思うほどの猛暑だった。
ブランコは日陰のなかに入ってはいたが、それでも暑く、砂の地面に描かれた日陰とそうでない部分のコントラストがやけに眩しい。
「で、話って?」
隣を向くと、彼女は寂しそうな、悲しそうな、何とも言えない、初めて見る顔をしていた。
ゆるキャラ好きを告白したあの時の顔といい、今日といい、最近初めて見る彼女の顔が増えたなと思う。
まあそりゃそうだよな。まだ付き合って1ヶ月と少ししか経ってないんだし。もっと俺のことを好きになってほしいと思っていたけれど、焦りすぎなのかもしれない。
「あのね……」
ただ俺は、言葉の続きをじっと待つ。車の走る音も、鳥の鳴き声も、小学生の遊ぶ声も、なぜかその時だけはひとつも聞こえなかった。
「私、ゆずる君と別れたいの」
どこかで予感はしていた。でもまさかそんなこと、と信じない自分もいた。
「……理由、聞いてもいい?」
ゆるキャラを作るような男だからだろうか。アイスをおごって必ず帰りも送っていくことが重かったのだろうか。それとも、1ヶ月記念日にプレゼントしたイヤリングのセンスが悪すぎたとか?もしくは、本当はゆるキャラが好きだから作っているのではなく、彼女に好かれたいという下心で動いているのがバレていたとか?
「ゆずる君は悪くないの」
じゃあどうして。
喉元まで出かかった言葉を、かろうじて飲み込む。
彼女の唇が動く。
「私ね、女の子が好きなの」
脳がフリーズした。
女の子?女の子って、あの女の子?女の子が好き?女の子が好きだから別れる?それは、つまり、
「ゆずる君がゆるキャラ作るって、勇気を出して言ってくれたから、私も勇気を出そうって思ったの。付き合う前はもちろん、男の子が好きだと思ってた。でも本当は女の子が好きだって気づいたの。騙してるみたいになって本当にごめん!でもなかなか確証が持てなかったし、ゆずる君のことも好きだったから、言うのが遅くなった……でも今はわかるの、ゆずる君のことは友達として好きなんだって。」
「ちょ、ちょっと待って」
「あ、ごめん!いきなりたくさん喋られても困るよね!ごめんね!私、緊張してて……呼び出したのは私なのに本当にごめんね!」
「謝らなくていいよ……」
今何が起こっているのか、俺はだんだんと理解していった。
彼女は、いや、元彼女は、女の子が好きで、俺のことは友達として好きらしい。つまり、鹿野かの子はレズビアンで、俺は男だから付き合えないということだ。
「そっか……」
一体、どれだけ苦労したのだろう。きっと、俺では想像も出来ないくらいに大変だったはずだ。
「大変だったね……」
「え?」
なぜかかの子は驚いている。
「いやだって、同性が好きって簡単に言えることじゃないし、ずっと1人で悩んでたってことでしょ。今まで隠してるつもりがあったってことは、ずっと1人で秘密を抱え続けてたってわけで……それって絶対、苦しかっただろうなって」
「ゆずる君……うっ……」
かの子はその場で泣き出した。目の端から涙が溢れて落ちていく。
「え、ちょ……」
俺は突然のことにどうしたらいいのかわからず、ハンカチも持っていなかったので、とりあえず頭を撫でた。
「ありがとう、そういう風に言ってくれて……」
「別に、むしろ正直に言ってくれてこっちがありがたいよ。」
かの子が泣き止んできたので俺は撫でるのを止める。
かの子の目は真っ赤になっていた。
「私が正直に言えたのは、ゆずる君のおかげなの。ゆるキャラ作るって言うの、すごく勇気言っただろうなって思ったから、私が言わないのは失礼だと思って」
「あー……じゃあ、あの時言ってよかったよ」
かの子はまだ俺が本気でゆるキャラが好きだと思っている。かの子が正直に言ってくれたのだから、俺も本当のことを言うべきだろうか。
俺がそんなことを悩んでいる内に、かの子はブランコから降りて吹っ切れたような表情をしていた。これもまた、初めて見るかの子の顔だった。
「今までありがとう!本当に楽しかったよ。ゆずる君と付き合えてよかったって思ってる。これからは友達としてよろしくね」
かの子が左手を俺に向かって差し出す。
俺はブランコから降りてその手を握った。
「……ああ、よろしくな」
俺たちは日陰から抜けて、太陽の下を歩いていった。
- Re: 彼女のためにゆるキャラを作る彼氏の話。 ( No.6 )
- 日時: 2022/07/16 19:03
- 名前: ふぇのめのん (ID: ovjUY/sA)
6話
「わ、別れた!?」
「うん、まあ」
あの後、家に帰ってなぜか無性に人と話したい気分になった俺は、リビングのソファに座るなり、まず真っ先に智樹に電話をかけた。
「理由は言えないけど、ゆるキャラとは関係ない。これからは友達としてやっていくつもり」
いつものようにリモコンが25℃の弱風に設定されているのを確認してからエアコンをつける。
「へー……お似合いだと思ってたんだけどなあ」
「まじ?お前はそういうこと考えてないと思ってた」
智樹は人の恋愛にも自分の恋愛にも興味がないと思っていたから、そんなことを思われているのは予想外だった。
「なんか2人とも真面目で、意外と自分持ってる感じが似てるなあって」
「あー、俺は知らないけどかの子は確かにそんな感じかもな」
いつも落ち着いていて余裕そうに見えるけど、実は内に熱いものを秘めている。そんな女の子だった。
「続けんの?ゆるキャラ作り」
「え?ああ……」
かの子に好かれたくて始めたゆるキャラ作り。別れた今はもう、やる意味を失くしていた。
「ちなみに俺はやめるけど、小説書くの」
「ええ!?なんで!?」
あまりにも唐突な宣言だったので俺は思わず大きな声を出す。どうして今日はこんなにも驚くことばかりなのだろう。
「単純に飽きた。書くの」
「えー……」
言葉にならない。
智樹が小説を書き始めたのは確か小学5年生の時だった。書き続けて今年でもう7年目になる。
「そんな驚くことか?飽きるなんてよくあることだろ。」
「いや、でも……」
7年間続けていたものが一瞬で飽きるなんて、よくあることではないと俺は思う。
「ていうか、小説なんて3年くらい前から書いてないし。本当はずっと前から飽きてたんだよ、俺」
「……そうだったのか」
誰にでも秘密はあるものなんだな、と俺は今日を通して学んだ。
かの子は、冷めているようで熱いものを持っていた。智樹は、熱いものを持っていると思ったらもうすでに冷え固まっていた。何があるかわからないものだなと、俺は思う。
「で、お前は?」
智樹の問いに、胸がドキッとする。
そうだ、俺は?
「続けんの?」
もうやる必要はないし、智樹だって書くことをやめた。受験も近い。だから辞めた方がいいんだろうなと思う。
「俺は───」
♪
「おーい、写真撮ろうぜ、皆で」
俺の周りには山田と智樹、百合葉さん、そしてかの子の4人が集まっている。
「いや、このメンツ何よ?」
山田が言う。そう思うのも無理はない。不真面目で騒がしい山田と、大人しくて頭が良い百合葉さんはクラス内でも対極の存在だった。そもそも智樹は俺たちとは別のクラスだったし。
「んー、何だろ、俺もわかんないや」
今日は高校の卒業式だ。しかしすでに、式は一通り終わり、各々がぞろぞろと解散し始める雰囲気の中、俺が4人に声をかけたのだった。
「何だよそれ。てかこいつ誰だよ」
「俺は友利智樹、よろしくな」
「いやもう卒業するから!」
俺は自前の三脚カメラを設置し、無人で撮れるように設定する。
「おい、山田。撮るんだからもっと寄れって」
「ういー」
右から順に山田、智樹、かの子、百合葉さんの順で並んでいた。俺はその真ん中に割り込む。
「撮るぞー、さん、」
俺はちらりとかの子を横目で見る。百合葉さんと楽しそうに談笑していた。
後から聞いた話だが、実はかの子は百合葉さんのことが好きだったらしい。百合葉さんがどう思っているのかは分からない。そもそもかの子の思いに気づいているのかも分からない。けれど、どうか2人が行くべき所に行き着けばいいなと俺は思う。
「にー」
俺はというと、結局ゆるキャラ作りを辞められず、今でも描き続けている。理由はわからない。でも描きたいという気持ちが俺の手を動かし続けている。進学先も、美術系の大学に行くことが決まっている。
山田は美容系の専門学校に行くらしい。智樹はお菓子メーカーに就職、かの子は県内の大学の教育学部へ、百合葉さんは某難関私立大学に進むそうだ。
「いち」
パシャッと音をたてて、カメラが一瞬だけ光る。
俺は列を抜けてカメラのもとへ駆け寄った。
カメラには、俺たち5人の写真が映っている。
「うん、撮れてる。ありがとう、一緒に撮ってくれて」
「こちらこそ、ゆずる君たちと最後に撮れて嬉しかったよ。あとで写真送ってね」
かの子はそう言うと、百合葉さんを連れて人混みの方へと向かっていった。俺は2人の背中を見送る。次に会えるのは同窓会になるかもな、なんて俺は考えた。
「じゃあ俺たちもそろそろ帰るか……って、山田と智樹どこ行ったんだよ」
気づいたら山田と智樹は俺の近くからいなくなっていた。意外と気が合いそうな2人だったし、意気投合してどこかで話しているのかもしれない。
俺は3脚をたたみ、帰る準備を整える。すると、どこからか1枚のピンク色の花びらが流れてくる。
ふと顔をあげ、空を見ると、大量の桜の花びらが舞っていた。
「……綺麗だな」
ひらひらと舞う花びらたちが、どこに落ちるかわからないように、人生も何が起こるかわからないものだなと思う。
好きで続けていたものが急に飽きてきたり、彼女に好かれたいという不純な動機で始めたものが意外と続いていたりする。
実はみんなそれぞれ秘密を抱えているし、その人の人生に何が起きていたかなんてそう簡単にはわからない。
『結構、好き』
瞬間、あの夏の眩しさや暑さを、あの声と共に俺はなぜだか思い出してしまった。
俺は、ゆるキャラを作ることを、結構好きになっていたのだと気づいた。
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