ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 破壊者交響曲 〜第二曲〜
- 日時: 2009/12/25 18:46
- 名前: SHAKUSYA ◆K.xLaczcwk (ID: TQ0p.V5X)
——何故消えたしッ!
って事で、また投稿しなおし。トホホ……。
今回もまたまた恒例、注意でございます。
〜注意〜
一 荒らし、誹謗中傷、喧嘩他、読者様やスレヌシの迷惑になる行為はお止め下さい。
二 文中に難しい漢字や表現が用いられている箇所があります。出来るだけ漢字の方は振り仮名をうつよう努力いたしますが、分からない表現等はお知らせいただけるとありがたいです。
三 この小説は世界観やキャラの説明等を作中で行うため、所々で行が詰まっている箇所が多くあります。現在も試行錯誤は繰り返しておりますので、どうか寛大な心で辛抱してください。
四 一部の文中にグロテスク・暴力的な表現が入る可能性があります。グロが苦手な方は用心してください。
五 スレヌシは基本タメOKですが、スレヌシ自身は基本敬語を使います。その辺りをご承知下さい。
六 此処での雑談は禁止です。
以上の注意を良く読み、ネットマナーとモラルを心得ている方はどうぞ、小説を閲覧してください。
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- Re: 破壊者交響曲 〜第二曲〜 ( No.4 )
- 日時: 2009/12/28 20:38
- 名前: SHAKUSYA ◆K.xLaczcwk (ID: TQ0p.V5X)
第四楽章 「刃と槍」
「……で、まあ、御祓如の知るアタシが何でこんな所にいるかって話なんだけど」
澪南が口を開きかけた瞬間、ペテロが「金欠だとか何とか言ってたよな?」と茶々を入れた。澪南は「そ」と軽く流し、続きの言葉を言い放つ。軽く流されてしまったペテロは、やはり小さい声で「流された」と寂しそうに呟いた。
「で、アタシは金欠だからこうやって宿主人の代理の仕事——って事で金稼ぎをしているわけで。ぶっちゃけ、アタシの使う槍って手入れが大変でね、あっという間にお金はなくなっちゃう。あ、ちなみにアタシの槍はあれね」
身振り手ぶりを付けながら、滑舌よく喋る澪南。指は一直線に、暖炉横の壁を指している。
ジェライ他三人は横目で壁に立て掛けられている槍を見つめた。
美しい紅蓮の色をした長い柄に、先へ行くほど幅が広くなり反りの大きくなっている片鎌の刃は、槍と言うよりも薙刀に似ている。刃と柄の接合部分には鮮やかな緋色の布が巻かれており、その上からは飾りのように赤い糸が三つ編みになって垂れている。“赤紅炎槍”と言う異名にふさわしい、まさに炎の槍だ。
ジェライは溜息を零しながら、声を上げた。
「凄く真っ赤な槍だね。溜息が出ちゃうよ」
「まあね。この紅色を保つのに苦労してんだから。この槍はホントに金食い虫だよ、全く」
澪南は相変わらずの豪快な笑みを浮かべて返し、しみじみとした視線を遠くに向けた。それで何かから戻ってきたのか、ペテロが思い出したように声を上げる。声は疑問の中心点を突いていた。
「そういえばさ、アンタなんであの龍杜を知ってたんだ? 明らかに知り合いっぽそうな雰囲気だったけど」
「ああ、御祓如の事? 知り合いって言うか同業者だよね。いや、なら知り合いか。うん、“槍刀七武将(そうとうしちぶしょう)”って言う武士団があるんだけど、アタシその内の一人。御祓如も槍刀七武将の一人だよ」
テーブルに両肘を突き、片方で頬杖を突きながら余った手で自分を指差し、澪南が答える。今度はアティミアが「何それ?」と声を上げ、澪南は「待った」と奇妙な前置きをして話し出した。
「槍刀七武将ってのはねぇ、簡単に言うと、槍使いか刀使いか若しくは槍と刀を同時に使う槍刀使い、その中でも特に強い奴七人を集めて作られた集団の事。この槍刀七武将は槍と刀以外の武器を使う人はなれないのが特徴だね」
「想像はつくけどよ、一体全体何の目的で、しかも槍かその——カタナって奴を使う奴しかなれないような集団作ったんだ?」
間髪いれず上げられたペテロの声に、澪南は「まあ待ちなさい」と再び奇妙な前置きをしてから声を上げる。
「目的は確か——異常事態の鎮圧と技の鍛錬。槍と刀なのは、色々と立ち回りやすいから……って事らしいよ」
「らしい」とは若干どころかかなり不確かな物言いである。ペテロは眉を顰め、今度も小さな声で「らしいって」と静かに零した。耳聡いジェライはその声を密かに聞き取り、「あんまり言ってたら殴り飛ばすぞ」と言わんばかりの威圧を目に込めた視線を向ける。ペテロは感電したかのように一瞬肩を竦ませると、それきり黙りこんだ。
そして、沈黙が続く。
「……で、さ。なーんか変な沈黙の所喋りたくるわけになったんだけど。まあ槍刀七武将って言うのは席次が決まっててね、アタシはまあ第五席くらいの席次な訳なんだけど、御祓如は第二席。ぶっちゃけあの刀一番短いものでも五貫超えてるって言うのに、それを七本もブン回す強力は凄いと思うよ。やっぱり席次第二席なだけあるよね」
早口で話しきった澪南に、アティミアから質問が飛んできた。
「ねえ、あの……カンって何?」
澪南は言葉に詰まる。澪南は純粋に日本で使われる単位しか使った事がなく、他の単位を知らないのだ。すると、ジェライの方から答えが返ってきた。「貫は重さの単位だよ。一貫が大体三キロと端七五」
「ってぇ事はつまり、五貫で大体二十キロか。龍杜は水の入った酒樽を片手で持ち上げてるって事になるのか?」
ペテロが分かりやすい例を差し出し、驚いたような呆れたような声を上げる。ジェライも溜息を零し、「そう言う事になるよ、大体」と静かに言葉を返した。澪南は酒樽の例に目を丸くし、アティミアは「凄い」と目を輝かせる。
ジェライはもう一度溜息を吐いた。
——二階、二〇八号室。閉め切られたドアの向こうでは、綻んだマントの裾を修理するジェライと、備え付けのベッドで布団を抱え、丸くなっている龍杜が話していた。龍杜の顔に血の気は無く、熱があるにも拘らず青褪めている。
「ふぁあっくしぃ! ああくそっ、なんだ、某に今すぐ聞きたい事でもあるのか?」
大きなくしゃみと共に、喉の潰れたような声で訊ねる龍杜。ジェライはくしゃみの声に「口押さえて」と低く発言すると、少しだけ龍杜から距離を取り、マントから目を逸らさずに口を動かす。
「龍杜さんの刀ってさ、一番短い奴でも大体五貫、まあ十八キロくらいなんでしょ? 僕達の国だったら、十八キロなんて大きな樽に水を一杯一杯入れたのと大体おんなじ重さだよ。どうしてそんなに刀を重くする必要があるわけ?」
龍杜が少しだけ沈黙。そして、「そんなことか」と呆れたような溜息混じりの声を出し、言葉を続けた。
「某は刀を魔法の媒体として扱っていることだけ前置きしておく。刀を魔法の媒体にするとき、生半可に軽かったり薄かったりしていては、刀が魔法の負荷に耐えられず折れてしまう上に、反動で刀身がぶれて思わぬ方向へ魔法がすっ飛んで行く時があるのでな。それを防ぐ為に、あの刀はわざと重く丈夫にしてあるのだ」
「ふーん。……でも思った、それだったら、刀は一本か二本でいいじゃん。七本も持つ必要が一体全体どこにあるんだい?」
再度の疑問に、龍杜は頭を抱えて溜息を吐く。ジェライは怪訝な顔で「変な事聞いた?」と若干刺々しい声を上げた。龍杜はただ黙って頭を横に振り、若干の咳払いをしてから、相変わらずの掠れた声を上げた。
「魔法の種類と威力によって、使う刀が違うのだ。低位だけならあの短刀でも大丈夫だが、中位や高位……特に攻撃性の高い雷撃や火炎、力を大きく削る治癒の魔法は各々別の刀を使う。あれはそれぞれ扱える魔法の系統が違うでな。……要するに、刀の痛みを減らす為だ。思えば、最初からこう言えば早かったやも知れんな」
龍杜の声に、ジェライは最後の言葉にだけ頷きながら声を返す。相変わらず、視線はマントの方に向いていた。
「刀の壊れ防止って訳だね、納得はついたよ」
「ならば某は寝る。お主も用が済んだのならば部屋から出てくれんか。頭痛と熱とで死にそうだ……」
龍杜のますます元気の無い声に、ジェライは「ちゃんと休んでね」と言葉をかけ、繕いの終わったマントと借り物の裁縫道具を脇に抱えて部屋を出る。そして、部屋のドアが静かに閉じられると同時、龍杜は七本の刀の内、いつもは背にしまっている四本の刀を両手で持ちあげた。そのままベッドから抜け出し、龍杜は覚束ない足取りでドアの傍まで歩み寄る。
そして、四本の刀が一気に床へ下ろされた。
——盛大に何かが落ちたような、鈍い音。一階の暖炉の傍で和みきっていた四人は、その鈍い音にハッと我にかえった。
「えっ、なななななな何!? 何!?」慌てふためき、手をじたばたと上下に振りながらうろたえるアティミア。ペテロは一瞬驚いた顔で上を見上げたものの、直ぐに興味をなくし、暖炉の火に手をかざす。ジェライと澪南は粗方の予想を付け、暖炉の火に手をかざす。
アティミアだけがうろたえ慌てる中、ペテロは「気にする事じゃねぇよ」と声を上げてアティミアの頭を小突く。アティミアは「だってだってだって!」と「だって」を連呼しながら尚も慌てふためき、結局ジェライの「五月蝿い」に黙らされた。
暖炉の火は赤々と燃え、四人はただひたすら暖炉に手をかざしていた。
雪が振り止み、銀狼がほんの少し白み始めた空に向かって欠伸をする。
遅くまで営業する酒場もそろそろ店じまいの支度をし始め、朝の早い露店は起き出して開店の支度を始める頃になって、ジェライは早すぎる寝起きの中に居た。ジェライ自身が非常に早起きなのだ。
「うー……まだ外が暗いや。でももう眠くないしなぁ……」
若干年寄り臭い溜息と共に声を上げ、窓の鍵を外して引き上げる。外には微かな風すらなく、ただ静かな薄明るい空の色だけが部屋に流れ込んでくる。ジェライは静かに雲の流れる静かな空を眺め、少しだけ笑みを浮かべた。
彼はこの静かな空間を好んでおり、基本的に露店が騒ぎだす一時間前からは必ず起きているのだ。起きた後は基本何もしていないが、苦労ばかり起こる彼にとって、この静けさは唯一の安息時間とも言える。
「さぁーて、露店が開くまでボーっとしとくかな」
威勢のいい独り言と共に、ジェライは窓敷居を跨ぐような格好で座り込み、部屋側の足を窓敷居に引っ掛ける。そして頬杖をつき、そのままの格好で遠くを見つめた。これが、騒がしくなるまでのジェライの格好である。
空は、相変わらず静かだった。
雪の溶けた石畳。堂々と歩く男の影が一つ。
低い位置で纏められた長い茶髪。右目だけをその茶の髪で隠し、露になっている左目は角度によって茶色や緑に見える。顔全体は東方系だが、細かい所は明らかに異人の血が入っているような風貌だ。
紺色の長着を緩く着こなし、寒々しく開け広げられた胸にはなにやら包帯めいたものをまいている。紺色の袖に通っているべき腕は無く、その緩い長着の中に突っ込まれていた。長着の中で腕組みをしているらしい。
灰色の袴の腰には黒い帯で短い棒のような物体が止められ、黒い鞘には刀が入って揺れている。歩みを進める足は冬にも拘らず素足に草鞋履きで、男は平然としているが見ているこちらが寒い。
そんな異人の血混じりの男は、口に猫柳の小枝を携え、笑みを浮かべて歩みを進めていた。
陽気な笑顔で歩いていた男は、ふと足を止めた。それはあの宿屋ロレンゾの目の前で、窓からその様子を眺めていたジェライは怪訝な顔でその様子を見つめている。男はまだ気付いていないらしく、はたと足を止めたまま動かない。
男はまだ暗い空を眺め、それから両手を天に突き出し大きく伸びをする。どうやら欠伸をしたかっただけらしい。
「ふぁー……って、おぉ?」
上を見上げてやっとジェライに気付いたらしく、男の視線は一直線にジェライへ向いた。ジェライは一瞬肩を竦め、それから真っ直ぐ男を見返した。静かな朝の中、そこだけが張り詰めた空気。
暫く無言の時が続く。
奇妙な沈黙の中でかわされた視線は、結局男が折れる事で決着を見たらしい。男は抑えた声で二階のジェライに声を上げた。
「変なとこ見せちまったな。俺は櫻庭源次(さくらばげんじ)、一応こっちらへんの血混じりの武士さ。お前は?」
「僕はジェライ。ジェライ・リヴェナ・フィレイオン。十一歳で既に旅人さ」
ジェライがそう名乗った途端、男——源次の顔が微かに険しい表情を見せた。ジェライはそれを見逃さず、「多分噂くらいは流れてるだろうね」と若干自嘲気味に笑って前置きし、言葉を滑らせようとした。
が、その声は途中で止められた。
「待った、お前のことくらい知ってらーよ。事故とはいえ魔法を暴発させ、竜族の子の首をすっ飛ばしたという珍妙ながら重大な咎負いの少年。が、素性は“あの”神滅ぼしの息子——ジェライ・リヴェナ・フィレイオン、だろ?」
「正解。……っていうか、よくそこまで知ってるね。普段は名前と旅人って言う事以外は口に出さないし、事情を聞くのは仲間以外にいないから普通の人はそこまで知らないんだけど」
ジェライが頷きながら言葉を上げると、源次は顔いっぱいに朗らかな笑みを浮かべ、声を上げ返した。
「まぁな。これでも俺は一応槍刀七武将の席次第一位だからよ、情報には詳しくないとな」
ジェライは一瞬、目の前の人間を疑ってしまった。本当に第一位の実力を持っている人間なのかと。源次は相変わらず笑顔を浮かべ、そして申し分けなさそうに声を上げた。
「あのさあ……俺、平気そうに見えるけどすげー寒いんだよな。もう開いてんのか、宿は?」
「さあ……」ジェライは引きつった顔で、曖昧に言葉を告げた。
続く
書き溜め、書き溜め。
- Re: 破壊者交響曲 〜第二曲〜 ( No.5 )
- 日時: 2009/12/29 13:56
- 名前: SHAKUSYA ◆K.xLaczcwk (ID: TQ0p.V5X)
第五楽章 「復讐の旅路、凍てつく空」
暖炉が赤々と燃える、徐々に暖かくなりつつある一階のある一角。
既に起きて宿の開店準備をしていた澪南と無理矢理叩き起こされテーブルに突っ伏す龍杜、異人混じりの実力を疑われる源次。個性的過ぎる三人の武士に、興味本位で来たジェライとアティミアが揃っていた。
テーブルに突っ伏したまま、龍杜が掠れた声を上げる。その声に力は無く、眠いという感情ばかりが目立っていた。
「それで……何故に来た、“氷槍刀”の櫻庭殿は……」
「いちいち二つ名を一緒に呼ぶな、鬱陶しい」
露骨に嫌そうな顔をし、鬱陶しい感情丸出しの声を上げる源次。龍杜はその声に返す気力すらなく、ただただその場で突っ伏しているだけだ。源次は若干溜息をついて刀に手をかけると、徐にその刀を引き抜いた。そこでアティミアが一瞬「ひッ」と怯えた声を上げ、源次がふと彼女の方へと目を向ける。そして刀とアティミアの顔を交互に眺め、そして笑みを浮かべた。
「安心しな、人を殺められる刀じゃないから。それに俺はアンタみたいに可愛い女の子をホイホイ殺める人間じゃない」
「……だよ、ね……。うん、大丈夫だよ」
一人で納得しながら、アティミアは暖炉の前に座って紅く燃える火に手をかざす。
源次は緩々とした笑みを口の端に浮かべ、刀を完全に引き出した。
それは、あまり見た事のない形状をしていた。ジェライもアティミアも、見た事のない刀に思わず視線を向ける。
大きく反りかえった刀身は細く短く、それでいて厚みが厚い。長い柄には紺色の布がしっかりと巻き付けてあるものの、鍔の部分に使い所は使い込んでいるらしく半ば擦り切れていた。
源次の言うに刀の形は「鎧通し」と呼ばれるものらしいが、ジェライとアティミアにその名の由来は良く分からなかった。
二人の興味津々な視線に小さく笑声を漏らしながら源次は右手に短刀を持ち、左手の人差し指で刀の地をなぞる。瞬間、淡い黄色の光が刀身に宿った。炎の色にも似た光は、今にも消えそうなほどに淡い。ジェライが「は?」と一瞬声を上げ、澪南がフォローするかのように「これが櫻庭流」と簡潔に言葉を纏める。
「ほい」
源次の軽快な声と共に、短く分厚い刀の背が突っ伏した龍杜の肩に載せられる。光は一瞬強くなったかと思うと、直ぐに消えてしまった。拍子抜けしたジェライ他三人は、揃って源次の顔を見る。
「な、恥ずかしいから見るなって。俺はコイツを寝かしただけだ」
短刀をしまうと同時、源次は恥ずかしそうに両手で顔を隠しながら弁解のように声を上げた。恐る恐る澪南が龍杜に近づき、人差し指で突く。微動だにしない。どうやら源次の言うとおり、龍杜は寝てしまったらしい。
ジェライはこの魔法を知っていた。一度だけ使ったことがあるのだ。
——中位鎮静魔法“眠光(ヒュー・ノプス)”。一般人でも呪文と魔方陣を丸暗記し、少々難しい力加減を間違えなければ使えるもので、名の通り対象を寝かせてしまう魔法である。
ともすれば低位ほどにも分類されるこの魔法、「人を眠らせる」と言う奇異な万象を起こす故に、盗賊や泥棒などの間で悪用されることが多い。その為この魔法を知るものが軽々しく教える事は法律によって固く禁じられており、一般人は魔法を教える「魔道教会」と言うところで他のものより高い教授料を払って教えてもらうか、無理を言って僧侶や魔道士などに教えてもらうこと以外に知る手が無いのだ。どちらかといえば簡単なこの魔法が中位に指定されているのも、これが原因だ。
「で……肝心な質問主を寝かせちまったのはちょっとした馬鹿だったけどよ、俺が来た理由は一つだ」
源次の静かな声に、澪南が「何?」と少しだけ鋭い声を投げる。ジェライは何の感情を示す事も無く暖炉の前を陣取り、アティミアはそのジェライの横でほのぼのと和んでいた。
源次はそんな若干ローペースな雰囲気の中で、一人静かな声を上げる。
「竜族がやたらに御祓如を引っ張り出そうと俺に干渉かけてきやがった。無論俺に拒否権は無いし、でも御祓如の行方なんか知るわけないってことで——今回は噂と伝を辿って、この御祓如を探しに来たって言うのが目的だ。が、ここでびっくりはそこのジェライとか言う咎負いの旅人がくっついていたって事。御祓如が竜族に追われてるんかと思ったら、ジェライの巻き添えだぜ?」
「それって僕が悪いみたいな言い方じゃない?」ムッと来たジェライは、思わず鋭い声を投げつけた。
途端、源次はしまったと言うかのように一瞬「あッ」と声を上げると、頭を下げて「御免」と静かに謝る。いつもは上から下まで礼儀正しいようには見えないが、案外礼儀正しい人物ではあるらしい。
ジェライは首を振り、「いいよ」と投げやりに声を返した。源次は少々納得の以下無いような心配そうな表情を顔に残したまま、それでも声を再び上げる。
顔に笑顔は無い。暗く沈んだ、重たい真顔があった。
「こう言うときは二人共連れて行くのが俺の仕事なんだけどよ……ぶっちゃけると竜族は滅茶苦茶に怒ってたんだよな。我等の幼子を殺され、これをどう許せと言うかァッ——って、凄まじい剣幕でさ。このまま連れて言ったら、多分コイツ等二人は地獄を見る。そんな事になったらよ、俺は自分が許せない。そんな事にはさせたくないんだよ」
「……だろうね、アンタのことだもん」澪南が涼やかな声で肯定し、ジェライも少しだけ頷く。
暖炉の火は、微かに音を立てながら燃えていた。
暖炉の火が大きな音を立てて爆ぜ、同時に午前八時を告げる振り子時計の音が大きく鳴り響いた。古風なその音は八回鳴らされると、再び無言で時を刻み始める。
何処か張り詰めたその空間は、不意に響いたマヌケな声でブチ破られた。
「ふぁ……ぁあ……うー、某は一体何をしておったのだぁ……?」
龍杜だ。確かに今の今まで寝ていたが為に状況を全く知らないとは言え、あまりにも場違いでマヌケな声だ。
源次は暫く笑いを堪えるように肩を上下させていたが、ジェライの微かな「ぷっ」と言う声で堰が切れたらしい。
「ふぇあっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
先程大真面目に謝っていたとは思えないほどの凄まじい笑声を上げ椅子から転げ落ちるほどに笑い転げた。ジェライも堪らず腹を抱え、暖炉の前で片手をつき、小さな声で笑い声を上げる。澪南とアティミアは必死で笑いを堪え、龍杜は周りの状況で、自分が笑われている事に気付いてしまった。
「あ、穴があったら埋まりたい……一生の恥辱だッ……」
頭を抱え、顔を真っ赤にしながら、龍杜は無念そのものと言った声を上げた。
相変わらず笑い声は高らかに響きわたり、五月蝿かったのか何なのか、丁度のタイミングでペテロが欠伸と共に降りてくる。そして、今までの経緯をその場の状況で察したペテロは、壁に両手をついて笑いはじめた。
——踏んだり蹴ったり。今の龍杜には、その言葉が一番良く似合っていた。
そろそろ露店が騒ぎ出す頃になり、窒息寸前まで笑い転げた全員もそろそろ波を収める頃。
「で、某を苛めて何が楽しかったかな」
此方まで憂鬱になってしまいそうな、低く沈んだ龍杜の声が響いた。源次は途端に笑いを収め、「すまん」と低く謝る。龍杜は「別にいい」とぞんざいかつ憂鬱な返事を返すと、徐に窓へ視線を向け、そして「ん?」と声を上げた。
全員、何も変わらないはずの街中に「それ」を見つけ、そろって「何?」と声を上げる。
一瞬の静寂。
——次の瞬間、窓ガラスが粉々に砕け散った。
弾かれたようにジェライが粉々に砕け散ったガラスの中を駆け、そして飛び出す。彼の細い右手には既に魔法が紡がれており、窓を飛び出すと同時に、それは発動に至った。
「破ッ!」
短く、力の入った声。
刹那、突き出した右手に宿る燐光は目の眩むような青白い雷撃に姿を変えると、全員が見た「それ」に向かって放たれる。が、雷撃は「それ」の発動した防御結界に砕け散り、影も形も消えてなくなる。
刹那のにらみ合い。そして折れたのは、「それ」の方。高位透過魔法“透滅消(キプロス)”が解除され、「それ」は姿を表した。
短い深紅の短髪に、炎をそのまま映し出したような緋の瞳。黒の貫頭衣に茶のマントを纏う男の姿は、何処をどうと細かく言わずとも、その威厳と重すぎる立ち姿で分かる。
——純粋な竜族だ。しかも、炎を自在に操る炎の支配者「炎竜」である。
アティミアが思わず「ジェライさん!」と金切り声を上げるも、ジェライはそれを「黙ってて」の鋭い声と右手で制した。
風が吹き、再び雪が舞い踊る。その静かで冷たい、張り詰めた空気の中に、竜の声が響く。
「追われる当の本人が出てくるとは、余程に我等竜族を侮辱していると見た。汝等は死にたいか?」
低い声。その凄まじい圧力にジェライは気圧されながらも、静かに声を投げ返した。
「侮辱はしていない。放っておいたら、いずれ町を破壊してでも僕達をあぶり出すと思ったから、僕が出てきたんだ。死ぬ心算はないけど、仲間に指一本触れさせる心算はないよ。相手するなら僕だけにして。それと名前何さ?」
「図々しい咎負い人だな。我の名はレイデンヴィア。我と一人で戦うか……良かろう、面白い。汝の仲間とやらには触れぬが、汝の力を見せてもらおうではないか。咎負いの人族——神滅ぼしの息子、ジェライよ」
炎竜——レイデンヴィアの声と共に、ジェライの足元から血の色をした光が噴きあがる。それは紅い光で描かれた魔方陣で、後ろで「危ないぞ!」と大声を上げる源次は勿論ながら、ジェライ自身もその魔法の威力は重々承知している。
それは、過去に父親のキリアが一度だけ使った火炎魔法だった。
——高位火炎魔法“旋赫焔滅業涛(ヴラッギア)”。
対象の足元に魔方陣と力を宿らせて発動する事により、巨大な火炎を螺旋状に二条発生させる大技である。高位の神官が辛うじて発動できる技であるが、竜族が使うこれは人知を超えた威力を持ち、一撃でレンガ造りの家までも焼き尽くす。十三の魔法を同時に操った彼の父親でさえ、この魔法は一回使っただけで三日寝込むような多大に過ぎるダメージを背負った。
ましてや炎を操る炎竜だ。いかにジェライと雖(いえど)も、炎竜の操る“旋赫焔滅業涛(ヴラッギア)”の威力は分からない。
だが、その半絶望的な状況の中で、ジェライは笑みを浮かべた。絶望に打ちひしがれ、自棄になった笑みではない。方策が見つかった時のような、自信に満ち溢れた静かな笑みだった。
「……何を考えている?」
レイデンヴィアの静かな声。呼応するように、紅い魔方陣が一層強く光を放つ。ジェライは薄ら笑いを浮かべたまま、右手を緩やかに真横へ突き出す。瞬間、レイデンヴィアの顔に「驚愕」の二文字がはっきりと刻まれる。
凄まじい力の波濤。呼応するかのように雪の混じる風が強くなり、容赦なく二人を殴りつける。
「父さん直伝の氷魔法を試してみようと思ってね。威力が落ちちゃうかもだけど」
笑みを浮かべつつ言うジェライの言葉は、何気ないながら恐ろしい宣言。そのおぞましいまでの静かさと自信と力の波濤に、レイデンヴィアは耐えに耐えられなくなり、とうとう魔法を発動した。右手を掲げて、その指を鳴らしたのだ。
瞬間、噴きあがる二条の炎。宿の中で様子を見ていた残る五人はハッと息を呑み、思わず顔を背けた。が、レイデンヴィアの顔に自信めいた表情は無く、「本当にこんな魔法でいいのか」とでも言いたげな表情だ。確かにジェライの影は炎の中に消えていると言うのに、顔に自信が無さ過ぎる。顔を背けた五人に、レイデンヴィアのそんな表情は分からなかった。
「フフフッ」微かな少年の笑声。それは本当に面白い物を見たような笑い声で、炎の燃え盛る音の中でさえ一際に目立つ声だった。
宿の中の五人がその笑声に少しだけ顔を戻した、刹那。
街が凍りついた。
あの業火を一瞬で消し去り、街角さえ凍りついたのだ。これにはレイデンヴィアも驚愕を浮かべ、驚愕のあまり次の魔法を紡ぐ事もできず、その場で固まってしまう。驚愕に満ちたその瞳は、今までジェライの立っていた場所に注がれていた。
そこで待っていたのは、傷どころか服に一片の焼け焦げすらないジェライの姿。少年の足もとには紅い魔方陣に被さるように銀の光を放つ魔方陣が描かれており、魔方陣は徐々に氷へと形を変えはじめる。
ジェライは歳相応の少年の如く満面の笑みを浮かべ、右手を掲げて声を上げた。
「父さん直伝、最強の火炎魔法も弾き飛ばす超絶氷の壁……じゃなくて、本性は氷の槍! 高位氷魔法“赫焔斬滅凍氷槍(トリィ・ダラン)”! ちなみに十七分の一の威力だったりして!」
途端、レイデンヴィアの顔に絶望の色が揺らめいた。
——高位氷魔法“赫焔斬滅凍氷槍(トリィ・ダラン)”。氷の槍を数百本作り出す高等魔法であり、竜族の中でも特に氷を特化して扱う氷の支配者「氷竜」であっても、完全に発動するには五匹の氷竜が必要になるほどの大技である。
その威力は凄まじく、何とか完全発動までこぎつけることが出来れば街が一つ氷の中に埋まるとも言われる。しかし、今までこの技を使役できる存在は龍と龍に宿られたキリアのみであったため、威力の程は竜族ですら知らなかった。
だが、今此処で威力が証明されてしまった。十七分の一の威力しかないと言うのに、炎竜が全力で紡いだ最強の火炎魔法があっさりと打ち破られてしまったのだ。本気を出されれば、間違いなくレイデンヴィアもろとも街が氷の中に埋もれてしまう。
自らの実力を遥かに超える少年の存在に、レイデンヴィアは負けを余儀なくされた。
「……汝に挑むには少々実力が足りぬようだ。出直すとしよう」
諦めたように肩を落とし、ジェライに背を向けるレイデンヴィア。ジェライは技を解除すると、「ちょっと待って」と一声上げる。レイデンヴィアは歩みかけた一歩を空中で止めると、そのまま直立の体勢に戻りながら言った。
「何だ」
「七七番妃級、“闇人”……この番と称号と二つ名を持ってる魔族の事、何か知らない?」
一瞬の沈黙。音を立てそうな勢いで、レイデンヴィアが振り向く。瞳には若干の驚愕があった。気の急いたジェライは刹那の時間だけ刃の視線を飛ばし、驚いたレイデンヴィアは慌てて声を投げた。
「そ、その番と称号ならば、クーライと言う魔族の事だ。顔は十五ほどの青年で黒い短髪に黒の瞳。汝よりも頭半個分ほど背が低く、甲高く奇怪な声で話す。今は確かクロロフィリア連合国にいると噂は聞いた。この魔族がどうかしたのか?」
途端、ジェライは瞳に嵐のような怒りと憎悪を込め、低く声を投げ返した。
「そいつは父さんを、僕の目の前で殺した。僕がこんな旅を続けてるのだって、そいつへの復讐のためさ。居場所、教えてくれてありがとう。これでまだ旅の目処が立ったよ」
「……礼には及ばん。が、いくら低番の妃級とは言え、我等炎竜の歯が立たなかった者だ。気を付けよ」
言いながら、冷や汗が頬を伝う。
ジェライの発する憎悪は本物であり、尚且つ漆黒の闇の如く暗い。今までに復讐をしようとする旅人は何人も見かけたレイデンヴィアでも、彼の発する憎悪だけは恐怖した。
レイデンヴィアは再び後ろを向くと、幾分穏やかになった雪の中を去っていった。
彼の去った後、ジェライは何事もなかったかのように暖炉の前を陣取る。その場で思い思いの動作をする六人全員が何も言わず、何も言えず、ただただその場には沈黙だけがある。
何も言えない静寂の中で、ジェライは静かに呟いた。
「このことは、忘れて」
続く
書き溜めその二。疲れた……。
- Re: 破壊者交響曲 〜第二曲〜 ( No.6 )
- 日時: 2009/12/29 16:46
- 名前: 六梨 ◆JhwESsS8vQ (ID: 6.Riuk1k)
- 参照: 鑑定屋でございまする
鑑定屋の六梨です。
この度は、ご依頼有難うございます。
—鑑定結果—
・少し“——”を使い過ぎかもしれません。
もう少し、控えてみては如何でしょう?
・「」の前は一マス開けなくていいと思います。
————————————————————————————
私が指摘出来る所、ほとんど無いです^^;
惹き付けられて、とても面白いです。
文章の構成もとてもお上手かと。
これからも、頑張って下さいませ!
- Re: 破壊者交響曲 〜第二曲〜 ( No.8 )
- 日時: 2010/01/01 19:22
- 名前: SHAKUSYA ◆K.xLaczcwk (ID: TQ0p.V5X)
- 参照: グロ注意!! 流血・暴力的表現多多!!
第六楽章 「血の路」
「何コレ……」
朝一番、澪南は不気味なものを見つけてしまった。不気味なものには首を突っ込みたがる澪南でも、目の前に落ちているものには不気味さと吐き気を禁じえない。雪の中に半ば埋もれかけたその物を、澪南はしゃがみこんで見つめる。
肘から切り取られた、腕。
しかも似非(えせ)ではなく、正真正銘男の左腕である。腕の周りの雪は深紅の血が飛び散っており、一瞥しただけでも吐き気を催す光景。澪南はそれを凄まじい根性で耐え、静かに雪を退けてみる。
常人なら普通は記憶に固く蓋をするところだが、澪南の責任感の強さと神経の太さは異常だ。どれほど残酷であろうと、一度首を突っ込んでしまった事は脅威の根性で耐え抜く。
しかし、今回ばかりは流石の澪南も無理だった。
腕の傍らに落ちた、血のこびり付いている刀。
それは、他ならぬ源次の鎧通しだった。
「ぎッ————ぎゃぁぁぁぁぁああああああ!?」
疑問符混じりの凄まじい悲鳴が、朝の静寂を突き破る。
何処の路地裏ともつかない路に、彼は座り込んでいた。何者かの突然の襲撃に寝起きで応戦したが、襲撃者は源次すら手を付きたくなる手練(てだれ)で、いかに源次と雖もアレほどの手練を相手にしては惨敗を喫する他ない。それに、何とか気を逸らそうと走った結果、追撃によって左腕と鎧通しを斬り飛ばされてしまった。それでも何とか此処まで逃げ走り、襲撃者は去ったのだが。
不味い、このままじゃ死ぬ。
そう思っていながらも、何も出来ない。生憎と言うべきか幸いと言うべきか腕と鎧戸押しが宿の目の前で吹っ飛ばされたから、見つけた誰かが見つけるかもしれない。しかし、全員朝は早くても五時、見つけられる前にこっちが死んでしまう。
いくら強く押さえても血は手の間を零れ落ち、既に彼——源次の周りは血の海と化していた。限度を超えた大量の失血により体力と気力は削れる一方で、低位の治癒魔法ですら満足に発動できない。このままでは本当に死を迎えてしまう。
「畜生……死んでも死に切れるかよ、三十手前で死ぬなんて在り得るかッ……!」
掠れた声。それは今にも消えてしまいそうに細い。
朝日は昇らず、空はまだ暗かった。
「ぎゃぁああああああああーッ!?」
露店の開く数時間前。ジェライは静寂を突き破る凄まじい大声で我にかえった。驚いて視線を空から地面に向けると、真っ白に降り積もった雪の上に紅蓮色の女性が座りこんでいる。澪南だと直ぐに気付いたジェライは、そのまま腰かけていた窓から飛び降りた。
嫌な予感。彼の嫌な予感は必ずと言ってもいいほど良く当たる。せめて当たらないようにと祈ってみたが、無理だろうと諦める。
「よっ」
ちょっとした軽い声と共に着地したジェライは、すぐさまその状況の異常さに気付いた。
両手で頭を抱え、只ならぬ声を発し続ける澪南。雪の上に飛び散った血。そして、男の左腕と鎧通しの刀。こんな演出を朝から頼んだ覚えはないし、そもそも鎧通しも腕も似非ではない。腕は誰の物か知らないが、鎧通しとかいう刀を持つのは源次だけ。ならば、状況を察するに結論は一つ。
源次の身に何かがあったのだ。
「まさか!」
再び嫌な予感が頭を過ぎり、声と共にジェライは音を立てる勢いで顔を上げた。視線の先にあるのは、点々と続く血の路。半ば雪に埋もれているが、白の中に浮かぶ赤は鮮烈なまでに脳裏へ張り付く。
嫌な予感が一つ当たってしまった。
「澪南さんッ! ちょっと、聞いてる!?」
凄まじい勢いで澪南の肩を掴み、叫ぶジェライ。澪南は思い出したように我にかえると、半ば怒鳴り散らすような声を上げた。
「ね、ぇ。こ、これ、これ、コレどう言う事!? アタシじゃわかんない! 何コレ!?」
「見ての通りの状況さ、どっちも似非なんかじゃない。それに、血があっちに向かって続いてるから、きっと源次さんの身に何か遭ったんだよ。澪南さんは宿の中で待ってて、僕は源次さんを探してくるから」
ジェライは焦る気持ちを抑え、冷静に声を飛ばすと、宿の横で険しい表情をするグライマに叫び声を上げた。
「グライマ! 僕の足じゃ限界があるんだ、背に乗せて!」
「安イ用事だナ。乗レ、ジェライ」
焦りと正反対に至極ゆっくりとした動作で路地に歩みでると、グライマはジェライに対して背を向け、四肢を地についた。ジェライは「ありがと」と短く礼を言いつつ地を蹴ると、そのままグライマの背に飛び乗る。瞬間、グライマは咆哮を上げて立ち上がった。
矢の如き早さで、グライマは地面の血を追って駆け抜ける。
まだ薄暗い空の下、静寂を切り裂くのは、銀狼と言う魔性の獣の咆哮と疾走だった。
路地裏に影二つ。一つは路地に座り込み、一つは立って座り込む影を見下ろしている。
「おい……戦う力の残ってない奴襲って、何が楽しいんだ……」
薄れた意識の中で、喘鳴にも近い声を上げるのは源次。視線は一直線に蒼尽くめの少年の方へ向いており、蒼尽くめの少年はクスクスと小さく笑い声を漏らしていた。笑われる、と言うのはあまりに屈辱的だが、少年と源次との実力差はあまりにも大きい。
「戦う力が無いから襲うんじゃないの? 卑怯だとでも何でも言やいいさ、僕は困らない」
蔑むような半目で源次を見下ろし、蒼尽くめの少年はもう一度小さく笑声混じりの声を上げる。そして、抵抗力皆無の源次の長着を引っ張り上げると、ふら付く体を無理矢理立たせた。それだけでも辛いのか、生気の無い顔には深い苦痛が刻まれている。
少年は徐に長着を引っ張り、自らの方へ源次を寄せた。薄れる意識の中で、源次が苦痛と共に疑問の表情を浮かべる。少年の口もとには笑み、そして、過ぎる嫌な予感。抵抗する力と術は——ない。
「砕けろ」
静かで、殺意に満ちた声。少年の冷たい手は源次の喉を掴む。瞳に殺意の色が揺らめいた、そう源次が感じた瞬間。
力任せに、壁へ叩きつけられた。頭の中で凄絶な音が響きわたり、消えかけた意識をその激痛に呼び戻される。しかし、声を上げようにも喉を掴まれて上げられず、激痛のあまり出す声すら吹っ飛んでしまう。
少年は目を見開き、奇声じみた笑い声を高々と上げると、再び壁に頭を叩きつける。しかも、何度も。幾度も幾度も力任せに叩き付けられ、徐々に壁が血で汚れていく。
それまで辛うじて保たれていた源次の意識は、十回目でついに途絶えてしまった。
それでも少年は叩き付ける力を緩める事は無く、ついには叩き付ける壁が壊れはじめる。血に塗れた壁は叩き付ける度に削れていき、血の海となった地面に積もる。
少年は尚も力を込め、既に生きているかもわからない源次を叩き付けた。
露店が騒ぎ出す二時間前、グライマは地面に残された僅かな血の跡と凄まじい血の臭いを追いかけて、まだ静かな路地裏を走っていた。時々見かける通行人の叫びなど何処吹く風、グライマの疾走は風よりも早い。だが、肝心のジェライが振り落とされないよう出来るだけ動きを抑えているので、この速さでもグライマの走りにしては遅いのだ。
そんな風の早さで通りを三本通り越し、路地裏の角を二十回曲がったその時、グライマはあまりの惨状に唸り声を上げて立ち止まった。それは、今までのどんな惨状をも覆す凄惨な光景。いきなり止まった事にジェライが怪訝な顔でグライマの背から降りると、ジェライは思わず口を手で押さえていた。
大きく崩れ、血に塗れた壁。血の海と化した石畳。うつ伏せに倒れる人影——源次の頭は彼方此方に傷があり、中でも後頭部の辺りは酷く傷付けられて血が流れ、骨まで見えている。酷い惨状にジェライは口を押さえながらも駆け寄り、服が汚れる事も構わず地面に膝を付いた。後少しで吐いてしまいそうな吐き気を必死で堪え、真っ直ぐにジェライは源次に手を伸ばす。
生きているのか死んでいるのか、それさえも分からない源次の肩を叩く。反応がない。だが、これほどの酷い怪我にも拘らず、微かに呼吸だけは繰り返している。瀕死ではあるが、まだ生きているのだ。
ジェライは微かな希望に大きく溜息をつき、そして右手をマントから出した。手には強く輝く純白の光。
それは人類の行使できる治癒魔法の中でも一際高い治癒力を誇る魔法であり、魔法教会の教える魔法の中で最も難易度が高いとされているものの光だった。
——高位治癒魔法“珀蘇賦活(アスグル)”。対象の身体機能を著しく活性化させ、対象の怪我や病を治癒する魔法である。
これ以上の治癒力を誇る治癒魔法は無いとされており、竜族や神、龍でさえもこれ以上の治癒魔法は創造できなかった。竜族でも一苦労する魔法だが、無論人間だと展開するのにも発動するのにも一時間の手間がいる魔法だ。
が、龍の使う氷魔法をいとも容易く発動してしまったジェライにとってこれほどの事は屁でもない。ジェライは手を源次に翳(かざ)し、静かに左手の指を鳴らした。
光が一層強く輝き、徐々に酷い傷が消えていく。しかし、それは非常に緩慢な速度だった。
この魔法ではあくまで対象の治癒力を「活性」させるだけなので、対象の体力が落ちていれば落ちているほどこの魔法を使ったときの治癒速度は遅くなってしまう。特に今の源次のような瀕死だと、術者が匙を投げたくなるほどに治癒速度が遅くなってしまう。
だが、ジェライは苛立つ気持ちを堪えて、更に込める力を強くした。
魔法をかけて二十分、ようやく全ての傷が粗方塞がる。ジェライの右手に宿る純白の光は静かに姿を消 し、同時にグライマがジェライへ近寄る。視線は未だ倒れた源次へと向いており、それに気付いたジェライは疲労した体を叩き起こして源次の肩を叩いた。反応が無い。怪訝に思い、ジェライは強く肩を叩く。まだ反応が無い。不安に駆られ、ジェライは強く頭を叩いた。
「ぐッ!」
強い悲鳴が漏れた。ジェライは慌てて手を引き、引いた手に鎮静魔法を紡ぎはじめる。完治していない頭を強く引っ叩かれた源次は顔に苦痛を浮かべ、唸り声と共に起き上がる。起き上がるだけの動作でも今の彼には大きく響くらしい。
「ごめん、大丈夫?」ジェライの心配そうな声に、源次は微かな笑みを浮かべて頷く。
だが、それは声も出せないほどに辛いと言う感情の裏返しであり、居た堪れなくなったジェライは手に宿らせた低位の鎮静魔法“安息(パル・ティ・アー)”を源次にかけた。途端、苦痛の浮かんでいた顔に少しの安息が戻り、思わず安堵の息をついてしまう。
「すまん、俺が未熟だった」
頭を手で押さえ、悔しそうな表情で声を上げる源次。ジェライは首を横に振り、グライマの頭を撫でながら声を上げる。
「源次さんはただでさえ凄い龍杜さんを押しのけて、槍刀七武将の第一席にいるくらいの実力者だよ。そんな源次さんにこんな酷い怪我を負わせるくらいだもん、襲撃したのは相当の実力者だよ」
「いや、俺の未熟だ。実力者だろうがなんだろうが、惨敗したのは事実なんだよな……」
悔しそうに源次はジェライの声を突っ撥ねると、腰の鞘に入れた黒い棒を右手で引き抜く。
それは腰の収められている時点では龍杜の短刀よりも短い唯の棒だったが、鞘に入っている長さとは裏腹に、引き抜くと源次の身長よりも高い。しかも、その棒の先には両鎌の十文字をした刃が付いている。つまり、源次が腰に納めていた棒は槍だったのだ。
「……それ、槍だったんだ」思わず声が口をついて出る。源次は微かに笑みを浮かべて頷くと、そのまま槍に全体重をかけ、ふら付く体を無理矢理立たせた。が、直ぐに足が縺れてしまい、壁に身を預ける。
「ちょっ、ちょっと! いくら何でも無茶だよ、怪我はまだ完全に治ってないんだから!」
叱咤に近い声を強く飛ばし、ジェライは慌てて源次の体を支える。グライマは徐に二人の元へ寄り、前足だけ折り曲げて上半身を低くする。ジェライはこれ幸いと源次を支えながら背に載せると、自分も地面を蹴って飛び乗った。
微かに唸り声を上げると同時、二人を乗せた銀狼は騒ぎ出した露店の中を走り始めた。
続く
はっはー、超絶グロ。
- Re: 破壊者交響曲 〜第二曲〜 ( No.9 )
- 日時: 2010/01/06 15:59
- 名前: SHAKUSYA ◆K.xLaczcwk (ID: TQ0p.V5X)
第七楽章 「緑焔(りょくえん)の蛇」
二人と一匹が宿へ向かって走り始めた頃、澪南と龍杜は蒼尽くめの少年と対峙していた。騒ぎを聞きつけ龍杜が駆けつけたところ、待ち伏せされていたかのように二人の前へ現れたのである。
藍色にも近い蒼の短髪に、夜の闇で染め抜かれたような蒼の瞳。丈の長い蒼の貫頭衣を纏い、ズボンと靴だけが黒い。まるで人間を藍染めしたかのような蒼尽くしの少年は、軽く右手を掲げて声を上げた。
「や、どもども始めまして。僕は二○五番后級、“黝燕(ようえん)”のセラ。さっきも着物男と相手したけど、今回も着物男女と相手するらしいね。そんで、どうでも良いけど今回は強い人を肉塊にしちゃいましょう、要するにぶっ殺して差し上げましょうって言う特別奉仕! いやーいいね〜!」
「何処か良いのかどう言うことを言いたかったのか、至極普通の武士の某にはさっぱり分からん。兎にも角にも、某と火神殿を殺しに来たという意図だけは掴んだがな、そうそう簡単に肉塊にはされなくないものだ」
呆れたような拍子抜けしたような溜息混じりの声を龍杜は上げ、背に挿した刀の内、一番の長さを持つ刀を手に取った。蒼の少年——セラは可笑しな物を見たような顔で口の端に笑みを浮かべると、爪の先に魔法を灯す。
それは黝(あおぐろ)い光であり、同時に闇でもある奇怪な炎。それをみた龍杜は長い刀を一気に引き抜き、そして構えた。澪南は手に取った紅蓮の槍を構え、切っ先に炎を紡ぎ始める。
視線の拮抗。そして視線が遭った刹那、セラが先に手を出した。
「闇よ、目の前の愚かなる者共を撃ち砕け!」
高らかに叫んだ言葉と同時、殺到する闇色の蛇。低位闇魔法“闇尖蔦(ヘカーティ)”の多重展開による、幾十本もの闇の蔦だった。龍杜は冷静に刀を降ろすと、闇の蔦を刀に絡ませる。セラはそれを笑ったが、次に笑ったのは龍杜のほうだった。
「愚か者、某は炎を操る“蛇焔七刀(だえんしちとう)”の御祓如ぞ」
笑みを浮かべた龍杜が刀身を一振りした次の瞬間、闇の蔦を目の覚めるような緑の炎が喰らいつくしていく。セラは慌てて魔法を解除し、それでも笑みを浮かべて「ちょっと位はやるじゃん」と面白そうに声を上げて見せた。
「やっややや、御祓如!? 何、何何何今の!? 火ッ、火が緑色だったよねよねよね!?」
動揺しまくった声で喚く澪南。その凄まじいまでの動揺ぶりに龍杜は笑声を上げ、「まあ待て」と澪南同様奇妙な前置きをしてから、刀の柄を少し強く握り締める。途端、刀身から空へ向かって緑色の炎が三条巻き起こった。
唖然とした顔で澪南とセラが炎を見つめ、龍杜は黙って緑の炎が宿る刃をセラに向ける。瞳には強い憎悪の感情が見て取れた。
「高位火炎魔法“三頭蛇犬緑炎(ケッル・ベイロース)。父上から伝授されてまだ十年、それほどの威力は持っておらんが……桜庭殿の腕を切り落とした罪は大きい。それに、某とてまだ殺される気はないのでな。此処は一つ、限界を超えて見せようぞ」
瞬間、刀身に宿る炎が一層明るく燃え上がる。それは何者をも滅ぼす地獄の業火の色で、セラは仕方ないと言う風に手を掲げ、浮遊する闇を創り出した。闇は瞬時に一本の槍へと形を変え、セラが手を振り下ろすと同時、澪南へ向かって飛んでいった。
「火神殿ッ!」
猛スピードで突っ切る闇の槍に気付き、龍杜は叫ぶや否や澪南をつき飛ばすと、刀の腹を槍に向かって構える。
闇色の槍は一直線に刀へぶち当たり、耳に張り付くような甲高い音を響かせた。人によってはそれを、鵺(ぬえ)の鳴き声と表すかもしれない。
闇の槍は澪南にこそ当たりはしなかったものの、龍杜の右腕を掠った。途端、龍杜の顔に微かな絶望の色と怒りの色が混じる。
「くっ……某、一生の不覚……!」
刀を左手に持ち替えながら漏らした龍杜の声には、苦痛と後悔の色が濃く混じっていた。
掠った傷自体は浅いしどうにでもなるものだが、闇魔法に限ってはそういうわけにも行かない。闇魔法によって形作られた刃や槍は、少しでも掠れば——壊死(えし)が始まってしまうのだ。こうなってしまえばもう、掠った箇所を削り落とすしかない。急がなければ、壊死は全身に広まり、いずれは……死んでしまう。しかも、闇魔法は壊死を起こすと同時に麻痺を起こすため、物が持てなくなってしまう。
故に、龍杜は慣れない左手で刀を持ち、限界を超えた魔法を発動しなければならない。
「御祓如! アンタもう戦えないよ、止しなよ!」
澪南の裂帛。澪南をかばう位置に立つ龍杜は、その声に黙って首を横に振ると、使い物にならない右腕をぶら下げたまま刀を構えた。やはり使った事のない左手で持つのは辛いのだろう、切っ先は微かに揺れている。それでも龍杜の表情は一変の揺らぎも無く、刀身には恐ろしいとも感じる、鮮やかな緑の蛇がのたうっている。
微塵の揺らぎすら見えない瞳で前を見据え、龍杜は声を上げた。
「さあ、来るがよい。闇を操りし黝燕よ。某は逃げも隠れもせんぞ」
「……へぇぇ、凄い根性。僕吃驚しちゃったー。まあいいや、これで僕も思う存分、人を殺せる」
セラはその蒼い瞳に狂気の炎を揺らめかせ、掌に闇を作り出す。龍杜は切っ先をセラに向けたまま動かず、セラは闇を鎖の形へと変容させながら、一歩ずつ前へと歩み出る。それは凍り付いた数秒で、路地裏の戦闘すら知らずに騒ぎ立てる露店の声も遠い。澪南は二人の張り詰めた糸を切る事などとても出来ず、その場で呆然と立ち尽くすばかり。
刹那。
「破(は)ッ!」
「影(えい)ッ!」
双方の短い声。龍杜は蛇炎(だえん)の宿る刀を横一閃、セラは鎖と化した闇を龍杜に向かって振り放つ。が、龍杜の放った緑炎の蛇は鎖よりも遥かに早く、セラの青い衣服へと燃え移る。訳も分からずセラは一瞬「へ?」と素っ頓狂な声を上げ、そして、燃える炎にのた打ち回った。
——闇を操る者にとって、一番の恐怖は光と炎。セラはそれを、自分が燃える事で痛感させられたのだ。
「ぎぇぁぁぁぁああぁああぁああああああああああああ! 熱ッ、熱いッ! 熱いッ! 熱いィイイイイ!?」
狂ったようにセラが叫ぶ。
蒼い髪は瞬時に燃え上がり、顔を押さえる両手は焼け爛れて骨が見えている。間から覗く眼球は収まるべき所から半ば零れ落ち、叫ぶ口は唇が爛れ、歯が剥き出しになっていた。
しかし、そんな状態になっても龍杜は魔法を解除せず、それどころか更に力を強めた。彼の発動できる魔法の臨界は完全に突破しており、刀を握る左手は大きく震え、煙を上げはじめている。それでも龍杜は彼方を放さない。
「まだ三十手前、某とて死を言うものに恐怖せざるをえない。だが、某は武士だ。同胞を傷付けられ、自らも無傷でいるなどと言うのは、同胞を裏切る事に他ならん! 黝燕よ、この罪……某が断罪してくれんッ!」
気高い宣言と共に、龍杜は刀を振り下ろす。蛇は闇を喰らい、セラの姿が影すら見えなくなった瞬間、その姿を消した。
後には何も残らず、ただ、石畳にだけは凄まじい業火の焦げ跡が残った。
「火神殿」
静かな、しかし苦しげな龍杜の声に、澪南は顔を上げる。酷く苦しそうな顔で、龍杜は刀を背にしまいこみ、右の長着の袖をまくり上げた。——壊死が進み漆黒色に染まった腕が露になる。澪南は思わず一歩後ずさり、それでも龍杜を見据える。龍杜は黙って一つ頷くと、唯一言、衝撃的な言葉を投げた。
「この腕、肩から全て切り落としてくれんか」
「は?」
たった一言、疑問と驚愕に満ちた声が澪南の口から漏れた。腕を切り落とせなんて、無理に過ぎる注文だ。しかし、このままでは龍杜の命の方が危ない。中々覚悟を決められず、紅蓮の槍を持つ手が微かに震える。だが、覚悟は心の中で呟いた一言で、決まった。
——仲間を、見殺しになんかさせない。
澪南は目を閉じ、そして見開くと、「御免ッ!」と言う悲鳴にも近い声を上げ、手の槍を一気に振り下ろした。
「ぐっ!」
一瞬の悲鳴。そして、漆黒に染まった腕は肩から見事に切り落とされた。
騒ぎ立てる露店の声。凄まじい激痛と睡魔に苛まれる意識の中で、唯一つ認識できた音だった。
気休め程度に治癒魔法で傷を塞いだ龍杜は、放心状態の澪南を連れて宿へと上がる。体は一刻も早い睡眠を要求しており、澪南を引き摺って宿まで上がるのにも苦労する有様だ。
「ええい、お主と言う人間はッ……!」
荒い息をつきながら龍杜は毒づき、槍を持ったまま呆然としている澪南に毒づく。澪南は相変わらず放心状態のままで、龍杜が引き摺らなければ指一本すら動かない。よほどに仲間の腕を切り落とした事がショックだったのだろう。
それでも何とか宿まで体を引き摺ると、龍杜はそのまま暖炉の前で倒れこむ。
——もう一歩も動いて堪るか。何を言われてももう知らん。
そんな堅すぎる決意を胸に秘め、龍杜は一秒も立たないうちに現実世界から離脱していた。
そして、その三秒後には、丁度宿の一階へと降りてきたツインテールの少女が凄まじい悲鳴を上げながら宿を飛び出していた。
宿場ロレンゾから通りを四本抜けたところにある、小さな診療所。そこに勤めているのは、『ファルトネシア公国一』と謳われ尊敬される魔法女医、エマ・グリーズ。二十五歳にして天才的な腕を持ち、ファルトネシア中から依頼の殺到する魔法医である。
いつもは出張でいないことが殆どだが、今日だけは一件も出張や飛び入りの患者などがいないので、「退屈ー」と呟きながら机に突っ伏し暇を潰していた。
ちなみに魔法医とは、特殊な力を用いて治癒魔法を発動し、それによって普通の医者には手に負えないような大怪我、重病を治す医者の事である。魔法医は一つの国に数人、世界中を探して数十人程いるが、殆どが宮廷などに使える専属魔法医で、民間魔法医は一つの国に一人か二人いるかいないかと言う少数。エマはその民間魔法医の一人であり、天才魔法医でもあるのだ。
「あーっ、患者さんもこないし今日は閉め——」
「ま、魔法医さん! 早く来てぇー! 大変、大変、大変なのーッ!」
エマの声を遮る、少女の悲鳴じみた凄まじい声。何事かとエマが顔を上げると、今にも泣きそうな顔のツインテール少女——アティミアが玄関口に立っていた。此処まで来る間に何度も転んだのだろうか、服は雪と泥でびしょ濡れになり、頬には掠り傷ができている。
「どうしたの!?」
エマも思わず大声を上げる。アティミアは両手を上下に振りながら「う、腕が! 腕が!」と言葉になりきれない声で訴え、只ならぬ気配を感じたエマは急いで椅子の上に放置してあった僧服を纏い、早く早くと急かすアティミアを先導に走った。
アティミアの案内するその宿場へ入り込んだその時から、エマは暖炉横で寝息すら立てずに眠りこんでいる東洋系の男に視線を向けていた。酷く憔悴している上に、右の着物の袖に通っているべき腕が無い。着物の中に突っ込んでいる風でも無いし、何かが原因で肩から右腕を全て切り落としたのだ。
「う、腕を元に戻せって言う奴ね……一ヶ月ぶりよ、この依頼受けたの。馬車にひき潰されて千切れた腕を戻せって奴……」
「そんなこといーいーかーらー! えーとえーとえーと、何だか朝凄くガヤガヤしてたから何かと思って見てみたら変なのと龍杜さんが闘ってて、そんで龍杜さんが変な奴燃やしたと思ったら龍杜さんの腕が真っ黒になってて、その腕をそこの澪南さんが腕切っちゃったのー!」
エマの顔が一瞬固まる。彼女の声は支離滅裂な証言だったが、それだけでも事態の異常さは良く分かった。
つまり、この龍杜と言う東洋系の男は、右腕が何かで壊死したのを澪南と言う女に切らせたのだ。恐らくは「変な奴」の仕業である。
「……えーと、貴方の名前」エマの一言に、アティミアは憤慨したように「アティミア・ランクリィ!」と名を名乗る。エマはなるほどと手を叩き、アティミアを真っ直ぐ見つめて声を上げた。
「そう、アティミア。今から本気出すんで、窓とドア閉めて、あと澪南さんを後ろ向かせて、良いって言うまで貴方も後ろ向いてなさい。今からやるのは腕の再生だからね、一見じゃちょっと気持ち悪いし、精神的に負担が凄いから」
アティミアは黙って一つ頷くと、窓とドアを全て閉めて放心状態の澪南を強引に反転させ、自らは目を手で塞ぐ。澪南はかすかに龍杜の方へ視線を向けようとしたが、気付いたアティミアが目を華奢な手で塞いだ。そして響く怒号。
「澪南さん、良いって言うまで見ちゃダメ!」澪南は引き攣った笑みを顔に浮かべると、ギコギコと音がしそうなほどに鈍い動きで顔を元に戻し、幽霊じみた声を上げる。「よ、ねぇー。さっきから聞いてたけど、なーんかやばそうだもん……」
「まぁ、確かにやばいっていったらやばいかな。私も何回かこれと似た患者見てきたけど、何時見てもグロテスク」
エマは脅かすように半目で笑みを浮かべ、低く声を上げる。アティミアは「ひょえ〜」とおどけた声を上げ、澪南はアティミアの手に引っ張られ、慌ててアティミアと共に後ろを向いた。龍杜は今から起ころうとしている事も知らず眠りこけているが、エマとしては、龍杜の治療が完了するまで爆睡してくれている方がやりやすい。
エマは静かに膝をつくと、見事なまでに削り落とされた右肩に右手を当てる。自分で気休め程度に治癒魔法をかけたらしく、傷口はそれなりに塞がっている。エマは「これならいいか」と独り言じみた声をあげ、余った左手で右手を軽く叩いた。
瞬間、高位治癒魔法“珀蘇賦活(アスグル)”が発動し、常人とは桁違いの早さで切り落とされた右腕が修復され始めた。アティミアは視界の端で閃く白い光を一瞬見たい気持ちに駆られたが、何とか堪えて目を塞ぐ。
さすが魔法医とでも言うべきだろうか、治癒魔法に於いては、どれほど高位の魔法を使える魔道士でも魔法医には敵わない。
目の前で展開される気色の悪い光景を目の当たりにし、エマは目を逸らしながら右手に込める力を強くする。経験を積んだ魔法医でも腕が再生されるところはみたくないらしいが、それもそのはず。長着の袖で隠れていなければ、今の彼の右腕は筋肉から血管まで剥き出しだ。魔法医だから少しは慣れているが、常人が見れば恐らく一週間は腕を見たくなくなるだろう。
誰か来るんじゃないかと冷や冷やしながら、エマは急いで魔法を完了させた。一応捲くって確かめてみるが、特に異常はない。まずは安堵の溜息をつき、エマは「いいよ」と後ろを向く二人に声を上げた。
「ふぇ……も、めっさ心配したって……疲れた……」水で戻したワカメの如くヘナヘナと床に崩れる澪南と、「やったやったー!」と無邪気に喜ぶアティミア。エマは朗らかに笑みを浮かべて、一言声を上げた。
「魔法医のお礼はお金じゃなくて甘い物なのよ。と言うことで、何かお菓子をくれると嬉しいなあ、なんちって」
「お、お菓子ぃ?」二人の口から、思わず素っ頓狂な声が漏れた。
薬などを使う普通の医者と違い、魔法医は手間も金もかかるような薬等を一切使わない。が、その代わり犠牲になるのが自らの魔力と体力である。彼・彼女等にとって必要なのは金よりも自らの体、よって、魔法医は治療後に体力と魔力を回復するため、金よりも甘い物を要求する。エマはその典型的パターンにはまりこんでおり、根っからの甘党なのだ。
アティミアと澪南が顔を見合わせる。先手を切ったのはアティミアの声だ。
「私作れないよー。澪南さんお願いー」
「まあいいけど……アタシ和菓子しか作ったことないわよ」
「良いの良いの、和菓子洋菓子全部大好きだから」
満面の笑みでいうエマに、澪南は溜息をつくと、「仕方ないよ、全く」と呟きながらカウンターを飛び越え、奥へと消える。すると、丁度龍杜が起きてきた。丁度のタイミングでペテロも階段から降りてくる。
訳も分からず首を捻る龍杜と、興味も無さそうに暖炉の前を陣取るペテロ、二人を見てアティミアは思い切りテンション下落。不貞腐れた顔でふと窓の外をみて、そして驚きに「わっ!」と声を上げた。
龍杜やペテロ、澪南も窓の外を見て、「あ」と短く声を上げる。
窓の外で謀ったように笑っていたのは、昨夜から姿の見えなくなっていた源次だった。後ろには銀狼グライマとその背の上で手を振るジェライの姿。アティミアは慌てて窓を開け、そして大声で叫んだ。
「源次さん! お帰り!」
「ただいま。御免、色々心配かけたな」
朗らかに笑みを浮かべ、掲げられた左腕は——何故か、元のままの形で在った。それを見つけた澪南は驚きのあまりカウンターを飛び越え、アティミアと源次の間にもぐりこんで長着の襟を掴み、前後に揺さぶり声を荒げる。
「アンタ、その腕! 何時の間に復活してんの! 朝っぱらからアンタの腕見つけて、アタシ気が気じゃなかったんだからねぇぇぇぇ!」
「わーっ! ま、待て、こ、この腕はジェライがやったんだよ! 御免、ホントに御免! 頼むから揺さぶるのは止めろ!」
前後に激しく揺さぶられ、源次は大慌てで澪南を突き放す。源次は頭を抱えて「そっちに回る」と短く声を残すと、少し覚束ない足取りで宿の入り口までまわり、そしてふと龍杜と目が合った。奇妙な数瞬が過ぎ、そして二人の口から同じ言葉が告げられる。
「腹減った」
——次の瞬間、その場の全員が思いっきり床へずっこけた。
続く
THE・支離滅裂ッ!
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