ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 「始末屋」
- 日時: 2010/04/04 14:03
- 名前: 海 ◆.5KpgfM/dM (ID: MQ1NqBYl)
——どんな理不尽なことでも、始末します——
古臭い看板に立て掛けられていたのは、粗末な一言だけだった。
その看板目当てに、次々にいろんな思いを抱えた客が入って行く。
それは、止まることを知らずに。
足を運ぶものは、それをこう言っている。
お願いをしたら何でも始末する「始末屋」だと——。
- Re: 「始末屋」 ( No.8 )
- 日時: 2010/04/05 11:45
- 名前: 海 ◆.5KpgfM/dM (ID: MQ1NqBYl)
茶髪にあごひげの男と共に……。
「ったく。本当にこんなところに居るんだろうな? 力の持ち主が」
背丈は高い、二十代から二十代後半と言ったあたりか、若い。肩まで垂れている少し長い茶髪に、男らしく見えるあごひげが特徴的だ。
服装はとてもラフで、Gパンに真っ白なTシャツ。チェックのパーカーを腰にくくり付けている。
その男の頭には、前に来た黒猫の顔が見える。
「……誰よ」
不満げに男を睨みつける燕。
あの黒猫だけで癒されるのに、なんで無精ひげをはやしたオッサンまでもがついてくるのかと、心の中で毒ついていた。
「あんなオッサン、来なけりゃいいのに」
「誰があんなオッサンだって?」
「うわっ!」
急に視界が暗くなった。
燕は、思いっきり後ろに倒れる。
そこには、さっきまで塀を睨んでいた男が、窓から燕を覗き込んでいる。
頭の上の黒猫が、鳴いた。
「な、何するのよ!」
燕は赤面しながら男に向かって吼える。
「何するのよはこっちの台詞だよ! お前か? 俺のクロに手を出したのは」
「手を出した?」
燕の視線が頭の上の黒猫に注がれる。
「そうだ! 俺のクロを俺以外の人間が可愛がりやがって! しかも、可愛がった相手は、ある力を持ってるって話じゃねーか」
椿の肩が小さく跳ねた。
力……椿の肩が跳ねたのは、この言葉だった。
椿の瞳に鋭い光が宿る。
「大丈夫だって。俺は、別にあんたの力を欲しがってる盗賊団じゃねーよ」
ホールアップをする男だが、油断しない燕。
「なんでここに来たの? あなたは誰? どうやって猫みたいに塀に忍び込んだの? 猫や小動物以外は、警報装置がなるようになってるんだけど?」
「そうだな……。まぁ、しいて言うなら俺は猫みたいな人間だからな」
男の返答に、顔がゆがむ燕。
この男は一体何を言っているのだろう。
「まずは自己紹介をしよう。お互いにな。俺の名前はトンボ! みんなからはそう言われてるぜ」
「何でトンボなのよ」
「昔はよくトンボメガネっていう丸メガネが流行ってな。俺もサングラスでそれを掛けてたんだが、目が悪くなっちまうということで、やめた。その時のあだ名が今も生きてるんだよ。あんたは?」
その時、トンボの頭から降りた黒猫は、燕の膝に座った。
燕が嬉しそうに頭に手を置く。黒猫も、嬉しそうに喉を鳴らした。
「ちぇ。偉く気にいってんじゃねーか、クロ。俺しか全然懐かなかったくせに」
その時、睨むような視線をトンボに向けた燕。
まるで、うちの子猫ちゃんに気安く話し掛けないでとでも言っているようだ。
「私の名前は言えないわ。なぜなら、言っちゃだめってお父様やお母様に言われているから」
「俺はちゃんと言ったぜ?」
「別に私から言ってくださいなんて一言も言っていないでしょう?」
トンボが、こりゃ参ったとでも言うように手を肩の位置まで広げた。
「そりゃ、しょうがねえ。でも、俺はお前さんの名前が知ろうが知らまいが関係ねぇー。なんつったって、あんたには力があるからだ。その力のことを、俺は伝えにきたんだ。まぁ、半ばクロが連れてけってうるせーからな」
トンボが、心地よさそうに燕の膝に座っている黒猫を指さして言った。
「さっきからあなた何を言ってるの?」
眉をひそめて言う、燕。
「は?」
「だって、この子は黒猫よ? なのに、あなたまるで人間としゃべってるみたいに……言うんですもの」
燕が言うと、トンボは低くつっかえるような笑い声を洩らした。
「これはこれは失礼。あんたは、まだな—んにも知らないのか」
「知らないって何が?」
疑心を抱き、怯えるような視線を投げかける燕に向かって、トンボは覗き込むように言った。
「俺もお前さんのように力を持っているんだよ」
- Re: 「始末屋」 ( No.9 )
- 日時: 2010/04/05 10:38
- 名前: 暗刻の導き手 ◆MCj.xXQAUE (ID: yL5wamFf)
気になる展開ですね。
こんにちは、海さん。
早速読みました。
クロが可愛いです!
頑張ってくださいね!!
- Re: 「始末屋」 ( No.10 )
- 日時: 2010/04/05 11:36
- 名前: 海 ◆.5KpgfM/dM (ID: MQ1NqBYl)
ありがとうございます!
更新、頑張ります!
- Re: 「始末屋」 ( No.11 )
- 日時: 2010/04/05 11:59
- 名前: 海 ◆.5KpgfM/dM (ID: MQ1NqBYl)
トンボは蛇のように舌をちらつかせながら言った。
「俺の力は、いろんな動物と話せる能力だ」
……沈黙が続く。
「あり? なんでびっくりしねーんだ?」
「だって、絶対ウソじゃない」
疑心見え見えの目で、燕が呟く。
「今は昔じゃないのよ? 最先端科学が発達しているこの現代で、そんなおとぎ話みたいなことがある訳ないじゃない」
「いいか?」
トンボが、精一杯窓から顔を突き出す。
そして、燕の瞳を見詰めた。
「この現代が、本当にどこまでも科学が発達していると思うか?」
「は?」
「お前さんの膝に寝ているクロの首輪のワッペンを見てみろ」
燕は言われたとおりにワッペンを見てみる。
「表じゃない、裏だ」
裏返して見ると、前のように住所が書いてあった。
「そこの番地、お前さんは見たことがないだろう?」
燕はゆっくりと顔を上げる。
「ええ……ないわ」
「だろう? その番地が証拠さ」
「どういう事なの?」
「今のこのご時世、確かに科学が発達して平均寿命も延びただろう。ただし、それはほんの一部の都市にしかない。そこの番地は、いまやもうない場所になってしまっているだろうね」
「ない場所?」
「ああ。もう政府がそこは存在しない場所として造り上げてしまっているんだ。本当は、ちゃんと住民もいるさ」
燕は、いきなり現れた男にそんな事実を言われたって、信じることが出来なかった。
「なんで政府はそんなことをするのよ」
「政府は、のけもの扱いをしたのさ。大体、居ない場所に住んでいるような輩は、危ない奴ばかり。俺もその危ない奴の一部」
トンボが言い終わると、黒猫と共に、椅子を一歩下げる燕。
その目には、「不審者」として認識される冷酷な目だ。
「なんで下がったんだよ?」
「だって、あなただってその危ない輩の一部なんでしょ? 私達善良な市民が下がる理由なんてそこしかないわ」
燕の言葉を聞くと、軽くため息をついた。
「俺達がこうやってしゃべってる間に、もうお前さんはやられてるよ。もし、俺が本当に危ない奴ならね。でも、実際どうだ? 何もなってないじゃないか。お前さんは生きてる」
それでも燕は警戒態勢を解かない。
「それじゃぁ、聞くけど……あなたは何者なの?」
燕が聞くと、トンボの目がキツネのように釣り上がって笑った。
「よくお聞きになりました。私がクロのワッペンに書いてある『始末屋』でございます!」
- Re: 「始末屋」 ( No.12 )
- 日時: 2010/04/05 16:57
- 名前: 海 ◆.5KpgfM/dM (ID: MQ1NqBYl)
心地よい風が燕の栗色の長髪を揺らした。
太陽は少し西に傾いている。
ここから、段々と気温が上がってくる時間帯だ。
「あなたがこの黒猫のワッペンに書いてある始末屋なの……」
燕がゆっくりと一言一言噛み締めるように言った。
「いい加減、黒猫の名前を言え。クロだ。綺麗な何色にも混じっていない黒だろ? だからクロ」
「それくらいわかるわよ」
「なら、良かった。これからクロって言ってやってくれ」
トンボが笑った。
燕は、膝で心地よさそうに寝ているクロに目線を落とす。
こんな変な奴がご主人様だなんて、運が悪かったわね……クロ、と哀れむような目で見る燕。
「始末屋の仕事は、まぁ厄介事を始末する仕事だな」
「そのまんまじゃない」
「ああ、そうだぜ。だから、報酬はそんなに安くはない。安くても一千万だ」
「一千万!?」
多額のお金に、声が高くなる燕。
「報酬で一千万って……どれだけ取るのよ!」
「取る? 人聞きの悪い。取るんじゃなくて、報酬なんだから貰うんだよ。それくらいの価値の高い仕事じゃねーと受け入れねぇ」
「へぇー……」
燕は簡単に相づちを打つ反面、こんなぼったくり業者は見たことがないと軽蔑する。
「今回は、別に仕事の依頼で来た訳じゃねーよ。力の持ち主が誰かも分かったし、俺はその力がどんなのかなんて詮索しない。ただ、一つ忠告しに来たんだ」
その時、トンボの長い手が伸び、膝の上にあるクロを掴んだ。
「ああ! 何するのよ!」
「こいつは俺の猫なの。変に甘やかすと帰って来ない時があるから、コイツは」
「もうちょっと触らせてよ!」
トンボの目が鋭くなった。
その目で睨まれた燕は、足がすくむ。
「いいか? これは俺の猫なんだ。お前さんにあーやこーや言う権利なんてない。近寄られても、触るんじゃない」
低く殺意のこもった声で言った。
「な、何でよ……」
震えながら燕が言う。
「俺の大事な商売道具だからだ。変に懐いてもらっちゃ、困るんだよ」
トンボは、そう言い残すと燕に背中を向けて猫のように塀を飛び越えて出ていった。
これが、始末屋と出会った最初の物語である。
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