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- 森の住人と少年
- 日時: 2010/09/13 22:48
- 名前: 凪久 (ID: BEAHxYpG)
なぐひさといいます。
全部で五話になる予定です。
よろしくお付き合いください。
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- Re: 森の住人と少年 ( No.6 )
- 日時: 2010/09/24 21:43
- 名前: 凪久 (ID: zhi/K9qX)
寝室の窓からは温かな日差しが射しこんでいた。
室内には一組の布団が敷かれ、その中で一人の幼い少女が本を読んでいた。
明るい日の光で本を読んでいた少女は、玄関の引き戸が開いた音で本から視線を外す。
足音が彼女の寝室に向かってくる。少女は視線を出入り口の襖に向けた。
さらりっと肩の上で黒髪が揺れる。青白い肌の儚げな雰囲気を持つ少女だった。
服は襟元に花の刺繍がされた白いパジャマで、一層彼女の白さを際立たせた。
「萩、起きてる?」
「うん。入ってきていいよ。双樹兄さん」
スッと襖が開いて泥だらけの兄が姿を現す。
手を洗わず、服を着替えず、玄関から直接この部屋に来たようだ。
「双樹兄さん、泥だらけよ」
咎めるように言うと、兄は笑って頭を掻く。
兄である双樹は、妹の苦笑する姿に安堵し、ほっと溜息を吐いた。それは自分にしかわからない小さな溜息だった。
「じゃあ、風呂入ってくるよ」
「そうして」
パタンッと襖が閉じる。
萩は読んでいた本に再び視線を戻したが、読むことはなかった。
彼女の寝室に別の影があったからだ。
「誰……ですか?」
萩がいつの間にか窓辺に腰かけていたその影に尋ねた。逆光になっていて、顔がわからない。ただし、髪の長い女性だということは、そのシルエットでわかった。
「あら、忘れちゃったの」
「! ……よ、蓉子姉さん?」
聞き知った声。
数か月前まで普通に会話し、数日前に死んだ従姉妹。
雲が太陽の日差しを遮り、今度ははっきりと女性の全体像が見えた。
白いワイシャツに紺色のベスト。同じ紺色のスカートを着ていた。腰まで届く長い茶髪。色白の肌に茶色の瞳。鼻筋の通った整った顔。
まぎれもなく、従姉妹の赤林蓉子の姿だった。
「ど、どうして……死んだはずじゃ………?」
萩は動揺して震える声で呟く。
蓉子の姿をした女性は、そんな萩の様子を見て人の悪い笑みを浮かべた。
「初めまして、萩。わたしは貴見。あそこの住人だ」
貴見と名乗った女性は、窓から見える森を指さした。
それは立ち入りを禁じられた、怪物が棲むと噂される『還ラズノ森』だった。
- Re: 森の住人と少年 ( No.7 )
- 日時: 2010/09/22 11:02
- 名前: 凪久 (ID: zhi/K9qX)
予定より、あと一、二話続きます。
- Re: 森の住人と少年 ( No.8 )
- 日時: 2010/09/23 01:37
- 名前: 凪久 (ID: zhi/K9qX)
「じゃあ、貴方が『森の怪物』?」
萩が貴見に尋ねる。
まだ声は震えていたが、幾分ましになったようだ。
村人が噂する『怪物』———それが今、こんな近くにいるなんて。
心を持たず、人を喰らって生き続ける生き物。いつ頃から現れ、噂されるようになったかは知らない。
でも、怪物は人の願いを一つだけ叶えてくれる。
それと引き換えに何かを差し出さなければいけないけど、きっともう覚悟はできているのだ。
あの森に入った時点で———
「そうだ。お前の兄が、わたしに願いを叶えて欲しいと」
「双樹兄さんが? 一体、何を願ったというの?」
怪物が萩から顔を逸らし、掛け時計の針に視線を向ける。チクタクと振り子が揺れて、時を刻んでいた。
「———妹に生きて欲しい、と」
萩の瞳が揺れた。瞳孔が収縮し、そして広がる。
ぎゅっと両手を握りしめた。それは祈る姿に似ていた。
「わたしは……そんなこと望んでない」
「そうか。だが関係ない。わたしはお前の兄と取引したのだから」
萩の顔に影が落ちる。
怪物に願いを叶えてもらうには———
「兄に、何を差し出すように言ったの?」
手が力無く下がり、膝に置かれた本に当たった。
本は畳の床にずり落ちた。パラパラとページが捲れ、挿絵が載ったページで止まる。
そこには自分の胸を剣で貫いた少年の絵が載っていた。鮮血が胸から溢れ、剣に血が滴っている。
少年の周りには膝を落とし、泣き崩れる二人の少女が描かれていた。
怪物は口を開く。
「心だ」
「………こころ?」
萩はわからないと首を傾げる。
「『わたしたち』には心がない。欠けているなら、埋めたいと思うだろう?」
「きっと、最初から必要なかったのよ」
「そうかもな」
萩は顔を伏せ、静かに尋ねた。
「いつですか? 心を取るのは」
「双樹が死んでからだ。そう長くないだろう。あいつも病にかかっている」
「ああっ!」
ぐしゃりっ。
叫んで、髪を掻き毟る萩。
「ああ、ああ、知ってたわ! それなのに、それなのに………」
手で顔を覆う。
それから螺子の止まった人形のように動かなくなった。
窓から秋風が入り、貴見の長い髪を揺らす。
「……どう……して……」
小さな声が音の止んだ世界で響く。
それは萩の声だった。
肩が震え、何か呟く声が聞こえてくる。けれど、貴見にはわからなかった。
「……どうして泣くんだ?」
返事はない。
「わたしも心を持ったら、お前のように泣けるだろうか? 」
貴見はそっと目を閉じ、萩の嗚咽を聞きながら傍にいた。
———泣いたら、何も言わずに傍にいる。
それしか、怪物は人を慰める方法を知らなかった。
- Re: 森の住人と少年 ( No.9 )
- 日時: 2010/09/24 22:03
- 名前: 凪久 (ID: zhi/K9qX)
補足。
赤林双樹(あかばやしそうじゅ)
中学一年生。十三歳。男子。
短髪黒髪。体型は痩せている。
家族は現在、妹だけ。
病に罹っており、余命はあと三年。
だが、二十歳まで生きた。
赤林萩(あかばやしはぎ)
双樹の妹。十二歳。女子。
肩の上で切り揃えた黒髪。色白。
読書家でいつも本ばかり読んでいる。
生まれつき体が弱く、学校には通っていない。
双樹が怪物と取引したため、病から回復。
八十歳まで長生きした。
貴見(きみ)
赤林蓉子の体を借りた、怪物。
双樹の心と引き換えに萩を助ける。
彼が死んだ後、心を貰って森に戻った。
赤林蓉子(あかばやしようこ)
高校二年生。十七歳。女子。
赤林兄妹の従姉妹。
村で、才色兼備と評判だった女性。
双樹とは婚約関係だった。
- Re: 森の住人と少年 ( No.10 )
- 日時: 2010/09/25 12:31
- 名前: 凪久 (ID: zhi/K9qX)
全六話。
これにて終了です。
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