ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 感情の切断<コメント御願いします>
- 日時: 2011/01/03 19:40
- 名前: karigyura (ID: WnNKWaJ3)
プロローグ
もう、戻れないのだな。
あの日常に。
ああ、なんと惜しいことだ。
この体尽きようとも、私は探し続けるぞ。
後戻りはできないのだ。
あの時、お前は聞いたな。
「どうしても、行くのですか」
ああ、なんと優しき子よ。
我が憂き目を変わりに受け入れてもなお、あいつを許すというのか。
私はあいつを探さなければならない。
どうしても。
あの残虐な殺人鬼を、生かしておくわけにはいかない。
…そう、思っていたさ。
いつからだろうな。
怒りの矛先を向ける先が違っていた。
なあどうすれば良い?私は何がしたいんだ?
分かっているとも。矛盾していることなんて。
だがどうすればいい?
鬱陶しい感情が付きまとって、とめられない。
これが、人間というものか。
感情に左右されるのが人間だというのか。
…いや、違うはずだ。
違うと私は信じている。
…ああ、でもだめなんだ。
どうしてとめられない…
人を、殺してしまう。
Page:1 2
- 感情の切断<第一話> ( No.2 )
- 日時: 2011/01/03 19:29
- 名前: karigyura (ID: WnNKWaJ3)
第一話
ヨーロッパ北欧諸国、北海帝国(ほっかいていこく、1016年 - 1042年)は、カヌート(クヌーズ)大王がイングランド・デンマーク・ノルウェーの3国の王に就いたため成立した国家連合。
現在のスウェーデン南部もその支配下に置いた。
そしてその中の、デンマーク。
1219年、ヴァルデマー2世がエストニアを征服し、国内は湧き上がっていた。
- 感情の切断<第一話>Ⅱ ( No.3 )
- 日時: 2011/01/03 19:33
- 名前: karigyura (ID: WnNKWaJ3)
道路わきに所狭しと立てられた、高さがある家々。
入り組んだ路地に、人が行き交う。
たくさんの歴史的地域に、恵まれた食料。
そして、かつて栄華を極めた王達。
時に苦しみ、時に泣き…
それもまた、歴史の一部。
国民がそうなれども、それもまた歴史の一部。
どんなものでも、個人の歴史がある。
…そう、国民にも、さまざまな苦労や努力がある。
広大な草原の片隅で、小さな影がひとつ。
月明かりに青々と輝く草原には、今はその影しかない。
大きな岩場に寄り添うように
…その影がもぞりと動いた。
一回大きく揺れた後、もぞもぞもぞと細かく揺れる。
と、
バサッ!
静かな空間に盛大な音がした。
影があった場所に、一人の人間がいる。
まるで何かを警戒するように辺りを見渡したあと、さっきまでかけていた毛布の奥に手を入れ、何かを取り出した。
それは、サバイバルナイフ。
全長30cm、刃渡り約15cmの凶器にもなりうる物。
それを持った右手を前に構え、もう片方の手は手前に引き腰に添える。
それからの、静寂。
風が吹き草が揺られる音が数回。
「ふっ」
小さく呼気を吐いた瞬間、草むらの影から大きな動物が飛び出してきた。
鼻息を荒くし、涎を地面に滴らせる。まるで獲物を待っていたようないでたち。
次の瞬間、ナイフを構えた人間に飛び掛る。
「…」
ぎりぎりまでひきつけたあと、わきによけながらナイフの刃をその動物の肌に沿わす。
刹那、ナイフでえぐられた部分から血がにじみ出る。
悲鳴ともなんとも言えない鳴き声をあげる猛獣。
休むまもなく、ナイフが猛獣を襲う。
叩き上げるようにに刃を刺し突き上げ、青々しい草花に血を飛ばす。
手首を捻らせて刃のほうを上に向けると、飛び掛ってきたのをよけてその隙に下から猛獣の首の辺りを突き刺した。
一瞬ビクリと痙攣して、盛大な音を立てて地に落ちる猛獣。
…しばらくしてからその猛獣の生死を確認した後、人間はそれを担いで岩場に持っていった。
仰向けにさせ腹にナイフを入れる。
横向きに一周切れ目を入れた後、皮を両側に引っ張る。
少し力を入れると、簡単に中のピンク色の肉が現れた。
「…」
よく見ると脂肪がいい具合についていて、筋も少なそうだ。
まだ若いやつなのだろう。
「……上出来だ」
呟いた声は、割と低かった。
男声と言ってもなんらおかしくはないが、すこし華奢な声質。
顔つきもそれと同じく、男性らしい顔つきなのだが、どこか繊細過ぎる。
身長は高め。女性というには少し高過ぎる。
女性なのか、といわれるとなんとも言えない。
容姿だけでは男性なのか女性なのか皆目見当も付かない。
そのまま皮を剥がれたもう猛獣でもなんでもないピンクの肉の塊の腹を開き、内臓を丁寧に取り出して下に向け、血を抜く。
全ての血を抜き終わるまでにはかなりの時間がかかる。
それまで、サバイバルナイフの手入れをすることにした。
野宿で狩りをする—
この生活を始めてから、もう何年もたつ。
初めはもちろん、怖かったし、辛かった。
しかしこれまでやってこられたのは、それより別の感情のほうが勝っていたから。
…「憎しみ」
この感情が大きすぎるせいで、それどころではなくなってきたときのことを覚えている。
まあ実は言うと、それで甘ったれた自分に鞭を打って頑張ってこられたのもあるが。
そんなことを考えながら、だいぶ前にどこかの市場で高値で買った絹布でナイフを磨いていると、
「…!」
少し遠くのほうから足音が聞こえてくる。
サクサクと地を踏みつける音。
足運びからして、どうやら襲ってくる気配はない。
なだらかな丘を越え、その姿が見えた瞬間、あちらはいきなり目を見開いた。
「?」
一歩踏み出そうとすると、
「ひっ…」
と小さく声を上げた。
まだ初老の男だ。大きな荷造りを背中にしょっている。
はて、どうしたものか、と考えてみると、
そういえばさっきのことで服が血塗れになっていた。
きっとそれに驚いているに違いない。
それは誰だってこんな所で血塗れの人間がいたらびっくりする。
「驚かしてしまってすまない。安心してくれ。こいつを解体していただけだ。」
血抜きの真っ最中だった肉の塊を指差す。
すると男はどこか安心したように胸を撫で下ろした。
「ああびっくりした。こんな所でそんな格好してる人間がいるとは思わなかったから」
「すまないな」
「いやいや……しかし、」
男は肉の塊をまじまじと見つめる。
「これ、あんたがやったのか」
「ああ」
「はあー…すごいなあ。こんな凶暴なのをやっちまうなんて」
男はそう言ったが、自分はいままでもっと厄介な奴等を相手にしてきた。
「一番凶暴なのは人間だ」
そう呟くように言った声は、男には聞こえなかったようだ。
「ところで、見たところまだ若いが…」
「19だ」
「そうかそうか…俺、お前さんぐらいの娘がいるんだよ。
旅に出る時に嫁さんと一緒に置いてきちまったけど…」
どうしてるかなあ、と懐かしそうに空を見上げる。
「あんたも大変だな、兄ちゃん。ま、どんな理由があってこの生活を始めたのかは深く検索しないが…お互い頑張ろうや」
満面の笑みで男が言う。しかし、もう一人の顔は引きつった。
「私は…」
唸るような声を発す。
「ん?」
不思議そうに男が問う。
そして、どこか威厳のある声で
「私は、女だ。兄ちゃんではない」
そう言った。
「……」
「……」
しばらくの沈黙の後、男が物凄く慌てながらしゃべった。
「す、すまない!てっきり男だと…!」
「いや、慣れている」
「そ、そうか……にしてもずいぶん男前なお嬢さんだな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「お、言うねえ。まあ顔が綺麗なのは事実だけどな」
今までいろんな人間と出会ってきて、今日も同じだ。
女と分かった瞬間、皆二言目には綺麗だの美人だの。
しかし自分は何故こんなにも男に見られてしまうのか…
顔つきが凛々し過ぎるせいもあるし、生まれつき低い声域のせいもある…
考えていくと、何故か自然に自分の胸に視線が行った。
この年になっても僅かにしか大きくなっていないこの胸のせいで男に見られるのだったら、これはもう神様の嫌がらせに違いない。
「なあ」
「ん?」
「私にもう少し胸があったら、女に見えるのか?」
「え!?そ、それは……まあ…うん…分からんなあ…」
歯切れの悪い返事をした男。
不思議と重い空気と沈黙。
男は耐え切れなくなったのか強引に話題を変えた。
「ここで出会ったのも何かの縁だ!名前教えてくれねえか?」
「名前?」
「ああ」
「…トリス・フォート。デンマーク生まれだ」
「デンマーク…」
当時のデンマークといえば、何かと揺れている国家だった。
国王が健在なのが少々普通ではない国でもあった。
「しかしこんなときにスウェーデンの国境にいて大丈夫か?
いくらデンマークがエストニアを支配したからって、エストニアの国民たちは不満でいっぱいなはずだ。
見つかったりしたら…」
「いや、その辺は大丈夫だ。
服でよく狙われるが…デンマークのものではなくきちんとエストニアのものを着ているからな。
王が支配したおかげで、あちらの文化や特産品なんかが入って来やすいんだ。
服だってそのひとつ。
それと、ひとつ考えてみてくれ。
敵国に支配され、政府のお偉いさんはどうなってる?」
「…デンマーク政府に捕まって……あ」
「そう。上の人間が捕まっているなら、国境を守っている兵もすべて雑用で呼び出される。
というわけで、国境はフリー状態だ」
「そりゃまた危ねえ状態だな」
顎を撫でながら男は言う。
トリスは久々に人としゃべる感覚に、少し酔っていた。
いくら国境守護兵がいないからと言っても、わざわざ危険な国境を通るものはそうそういない。
人など通らないと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「…ところであんたはどこの国の人間だ?
国境が危ないと分かっているのにわざわざ来たんだろ?」
「ああ。俺はノルウェーの人間だ。北海帝国のおこぼれ貰ってなんとか頑張ってるみたいだよ」
「そうか、ノルウェーの人間なら北海帝国の名でどうとでもできるか…」
「ま、そいうこった」
…と、
トリスの鼻先に冷たい何かが落ちた。
「…雪…?」
空を見上げると、いつの間にか雲が低くなって雪が降ってきていた。
「やばいっ、雪降ってきやっがた!早いとこ首都についとかねえと!」
慌てて荷を背負う。
そしてトリスの手を握ると、
「楽しかった!ありがとうな!」
と破顔して駆け足でどこかへ走り去っていく。
挨拶する間もなかったほど急いでいたのでさよならは言えずじまい。
「…」
ただ握られた手を見つめながら、再び空を見る。
「……人のぬくもり…か…」
そして血抜きが終わった肉の塊の解体を始める。
- 感情の切断<第二話>Ⅰ ( No.4 )
- 日時: 2011/01/03 19:35
- 名前: karigyura (ID: WnNKWaJ3)
第二話<Ⅰ>
トリスが旅に出たのは、約5年前。
幼い頃から、ひとつだけ絶対に信じていたことがあった。
「家族は死ぬまで一緒にいる」…
その夢想が覆されたのは、7年前のとある冬の日。
あの日も、今日のように雪が降っていた。
オーフスは、コペンハーゲンに続くデンマーク第二の都市である。現在人口は約29万人。
トリスは、そこに母と二人で住んでいた。
「トリスー?」
台所から声がする。
庭で草をむしっていたトリスは、急いで近くの井戸で手を洗って家に戻った。
当時トリスは12歳。
そして、来週13歳の誕生日を迎える。
トリスの家では誕生日がすごく派手だ。
親戚全員を呼んで、パーティーを開いて、盛大に生誕を祝う。
「何ーお母さーん?」
「これ、晩御飯できたからテーブルに運んでちょうだい」
「はーい」
この頃のトリスは、食べ盛りが過ぎたせいか少し太り気味だった。
身長がそこそこ高いので何とか違和感は無いが、近所の人間からはよくごついごついといわれていた。
しかしトリス自身、好きなものをたらふく食べての幸せ太りなので、そんなことは気にしない。
「わあ、シチューだ」
今日の献立は、トリスの大好きな角豚肉のシチューに街角の出店で買った魚のパイ。
飲み物はザクロとクロイチゴを使った果汁。デザートにはとダリオールよいうアーモンドクリームを詰めた折りパイ生地を小さな型に入れて焼いた菓子がある。
当時のヨーロッパでは衛生上の懸念や医師の助言、飲み物の中で相対的に低い位置づけにより水はあまり好まれず、むしろアルコール飲料が好まれた。
しかしトリスはアルコールが飲める年ではないので、母が絞ってくれる果汁をいつも飲んでいる。
パイは、イチジク・干しブドウ・リンゴ・ナシ・インシチチアスモモと子タラがパイ皮の中で渾然としている。
「じゃあいただきまーす」
胸の前で十字をきって手を合わせから、スプーンを手にする。
美味しそうに料理をほおばる彼女を見ながら、母も食事を始めた。
「そういえばお母さん、どうして今日はこんなに献立が豪華なの?
いつもならパンと果汁とサラダだけなのに」
トリスがなんとなく聞いた瞬間、母の顔が少し引きつった気がした。
「?…お母さん…?」
「トリス、あなた来週誕生日でしょ?だからそれまでカウントダウンとして作ろうかなって」
「じゃあ、誕生日まで毎日この料理なの?」
「ええ」
「やったあ、ありがとうお母さん!」
「当日はもっと豪華な料理にしなくちゃね」
幸せそうに料理を食べ続けるトリス。
しかし母のスプーンを持つ手は止まり、表情もあまり晴れない。
まあ何かあって一時的なものだろう、とそのときは思っていた。
日が経つにつれ、母の行動がおかしくなっていった。
いきなり何かを考えるように黙り込んだり、ふとしたことですぐに落ち込む。
今日も家事をする以外は部屋にほとんどこもっていた。
しかし、料理はきちんと作ってくれた。
毎日具材を変え、飽きないように味付けも変えてくれた。
いつも通りに対応は優しく穏やかだ。
…いや、いつもより、優しすぎる気がする。
悪く言えば気持ち悪いぐらいにだ。
「どうしたんだろうお母さん…」
一人で呟きながら庭の草むしりをする。
母の変化が始まったのが最近いきなりなので、トリス自身、彼女が大丈夫なのか不安だ。
「うーん…何だろうな……野菜は上手に育ってるし…家畜たちも問題ないし…」
ただ目の前に広がる雑草を一心にむしりながら呟く。
…と、
「何を一人で呟いてるんですかー?」
自分の頭上で声がした。
振り向くと、見知った顔が覗きこんでいた。
「モニカ姉さん…」
近所に住んでいる15歳の親友、モニカ・ウィッティンだ。
兄弟がいないトリスにとって、姉のような存在である。
モニカの家は宗教上の問題でかなり規律が厳しいため、年下でも敬語を使わなければならない。
だから、小さいころからトリスと喋る時も敬語だ。
「あ、うん…お母さんがね、最近変なんだ‎」
「お母様が?」
「うん。なんていうか…こう、優しくなったというか…」
「あなたのお母様はいつも優しいでしょ?」
「あ、いや、そういうことじゃなくて…変に優しすぎるんだ」
「変に優しすぎる?」
「うん…」
俯きながらトリスがうなずく。
するとモニカはうーんと一回唸って
「…何か隠していらっしゃるのかしら」
「え?」
トリスが顔を上げる。
「何か隠そうとすると人って不自然に優しくなりません?」
「隠し事…」
母が隠し事…
そんなこと、今まで一度もなかった…
確信はないが、モニカの仮定が本当ならば、説明がつく。
- 感情の切断<第二話>Ⅱ ( No.5 )
- 日時: 2011/01/03 19:36
- 名前: karigyura (ID: WnNKWaJ3)
第二話<Ⅱ>
「…何か隠していらっしゃるのかしら」—
モニカにそう言われてからというもの、トリスの頭の中はおかしな感情でいっぱいいっぱいになってしまった。
どこかしら恐怖が入り混じった、奇妙な感じ。
心臓の音が普段より大きく跳ね上がるように波打ち、呼吸が震えてもどかしい。
モニカにそう言われてからというもの、トリスの頭の中は何かよく分からない感情もし、母が何かを隠していたのだとしたら…
それはなんだろうか…?
(もしかして…)
死に関係することだとしたら…
「トリス」微笑みながら言う母。
「トリス!」怒りながら言う母。
「トリス?」いぶかしそうに言う母。
「トリス…」寂しそうに言う母。
病気や自殺で…
…これらが全て、もう一生見れなくなるとしたら…——
「ッッ!」
意味もなく、座っていた椅子から勢い良く立ち上がってしまった。
衝撃でテーブルの上のろうそくの火が揺れる。
「はぁっ、はぁっ…」
きゅっと唇をつむぎ、胸の前で両手を握り締める。
「…お母さん…っ!」
翌日—
「おはよう…」
トリスが起きてくるころには、もう日が真上まで昇っていた。
「あら、ずいぶん遅かったじゃない」
母が、テーブルを布切れで拭きながら破顔しながら言う。
「…うん…」
明らかにいつもより様子がおかしいトリス。
目の下のくまが、凄く目立っている。
「…ねえトリス。昨日眠れなかったの?」
「うん…」
「なにかあった?あなたがそんなになるまで寝ないなんて珍しいわね」
「……」
「ほら、なにか悩んでることがあったらお母さんに話してみなさい」
優しい笑顔で顔を覗き込んでくる。
しかしトリスには、どうしても作り笑いにしか見えない。
そう思ったのが引き金のなったのか、昨日一晩中考えていた恐ろしい仮想がよみがえる。
「…あ…」
「ん?」
「あ…ああ…あ…あ…」
「…トリス?」
母がトリスの肩に触れた瞬間、彼女の中でなにかが切れた。
「あ゛あ゛あ゛あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ほとんど声になっていない奇声を発し、その場に崩れ落ちる。
「トリス!!?」
「いやだあ゛ッッ!!そんなの…っ!!い、い、いやっ、ああ、ああああぁいやああああああああああああああッッ!!!」
「ちょっとトリス!!!ちょっと!!ねえどうしたの!?」
必死に肩を掴んで揺らす母。
トリスは狂ったように叫びながら、床を大量の涙で濡らしていく。
「トリス!!トリスぅ!!!しっかりしなさい!!トリス!!!」
思い切り抱きしめ、のどをほったような声で呼びかけ続ける。
すると次第にトリスはこわばった体の力をすぅっと抜いてった。
「ふーーっ…ふーーっ…」
まだ息は荒いものの、だいぶ落ち着いた様子に母は胸を撫で下ろした。
「…ちょっとトリス、本当にどうしたの?」
いまだにぼろぼろと涙を流し続けしゃくりながら立ちすくんでいたトリスは、僅かに聞き取れるか細い声で
「だっ、だって…!お母さんの…!ヒック…様子が…最近おかしいからぁ…!!
わたっ私、ヒッ、お母さんが死んじゃうんじゃない、か、ってヒクっ」
「トリス…」
赤く腫れ涙で濡れた目元を拭ってやりながら、母は語りかけるように、宥めるように、トリスの目をまっすぐに見据える。
「いい?トリス。そんなことは絶対にないわ。お母さんは死なないし、どこにも行かない。
ずっとそばにいてあげるから」
「っ…お母さん……ヒっンぐ」
「ああもう、顔中べたべたにして…鼻水までたらしちゃって…
女の子の名に傷が付くわ」
「う…」
「ほら、おもてで顔洗ってきなさい?こんな顔であったらあの子もがっかりするわよ?」
いきなり母が言った「あの子」という言葉。
トリスはかなりいぶかしげな顔をする。
「あの子…?」
「ええ。あの子。もうすぐ来る予定なんだから」
頭の上に?マークを浮かべているトリスに母は小さく笑い、
「あなたがとっても喜ぶ子よ。楽しみにしてなさい」
「え、う、うん…」
状況が全く掴めないまま、ぎこちなくうなずく。
そして、母が小さく声のトーンを落として言う。
「お母さんがどうして落ち込んでたのかは、あとで話すわね。その子も一緒に」
- 感情の切断<第二話>Ⅲ ( No.6 )
- 日時: 2011/01/03 19:37
- 名前: karigyura (ID: WnNKWaJ3)
第二話<Ⅲ>
コンコンッ。
扉のたたく音がした。
自室にいたトリスは、母が今畑の世話をしているので変わりに対応するために階段を降りる。
「はーい…」
キィ、と小さな音がしてドアが開いた。
刹那、トリスの目が驚きで思いっきり開かれる。
「……お…兄ちゃん…?」
「久しぶり、トリス」
そこにいたのは、自分の兄だった。
名前はロレンス・ウィルトン。14歳。
苗字が違うのは、トリスとは生き別れの兄弟だからだ。
ロレンスが生まれ、そしてトリスが生まれたとき、フォート家は2人の子供を養えるだけの金がなかった。
そこで母は、これからもっと金が必要となってくるであろうロレンスのほうを、親戚の養子として引き渡したのだ。
ロレンス自身は、そのことについてはなんら不満は持っていない。
家が貧乏なら、そうなってもおかしくない運命だと受け入れている。
しかし、実の妹トリスと会えるのはごくほんの少しなのである。
ロレンス側の家族が仕事が忙しいせいで、なかなか会えない。
こうして対面したのも、約3年ぶりだ。
「ロレンスお兄ちゃんっ」
いきなりトリスが飛びついたものだから、ロレンスは後ろに倒れそうになりながらもなんとか受け止める。
「元気にしてたかい?」
「うんっ」
愛おしい妹の笑顔を見て、おもわず顔がほころぶ。
…と、
「あらあら、もうきてたのね」
後ろから、声が。
二人一緒に振り向くと、エプロン姿の母がいた。
今まで畑仕事をしていたので、あちこち泥だらけだ。
「うわっ、母さんひどい格好」
ロレンスが顔をしかめながら言うと、母は頬を膨らませてわざとらしく笑う。
「あら失礼しちゃう。いつもこうよねートリスー」
「ねー」
「まったく…」
つられて破顔したロレンス。
すると、いきなり母が何かを思い出したように「あ」と声を上げる。
「ねえロレンス、チューロさんは来てないの?」
チューロおばさんとは、ロレンスを養子として引き取ってくれた、母のいとこにあたる人だ。
「おばさんは今日は大事な商談があるとかで…一人で行ってきなさいって」
「そう…それは残念」
肩をすくめながら言う母。
そして二人の仲の悪さを知っているロレンスとトリスは、二人で視線を合わせて小さく笑う。
「…さて、こんな玄関先で話しててもらちが明かないわ。さあさ、二人ともお座りなさい」
母に促され、リビングの椅子に座る二人。
すぐに、母がハーブティーをテーブルに置く。
「ロレンス、今日来てもらったのは大事な話があるのよ」
「大事な、話?」
「ええ。トリスもよく効いてちょうだいね」
「うん…」
急に深刻な表情になった母に、二人は凄くいぶかしげな表情を浮かべた。
トリスはあのことがあってか、母の表情に凄く敏感になってしまう。
そして、
「…これからは、あなたたち二人だけで暮らしていってほしいの」
Page:1 2
この掲示板は過去ログ化されています。