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- ミスティ
- 日時: 2011/02/05 22:56
- 名前: 南諏野 (ID: 84ALaHox)
今日の海にはめずらしく風がなかった。
波がおだやかによせてはかえっていく。
男は静かに目を閉じた。
##
殺し屋の話なので、
一部暴力的な表現があります。
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- Re: ミスティ ( No.2 )
- 日時: 2011/02/05 23:23
- 名前: 南諏野 (ID: 84ALaHox)
アルが自分のコーヒーを持って、ミトスの向かいに座ると、ミトスは姿勢を正してアルのことをじっとみつめた。その瞳はひとつの決意に燃えているようだった。ミトスは頭を下げると、強い声音で言った。
「俺を、殺し屋にしてください」
しばらく、だれも何も言わなかった。
てっきり怒鳴られるか追い返されるか、と考えていたミトスだけに、そのアルの反応はとても予想外だった。アルはかわらぬ様子でコーヒーを飲んでいる。表情も出会ったときと同じく、眠そうなままだ。不安になってミトスがアルに声をかけようとすると、アルが口を開いた。
「俺は、一般市民だよ」
アルは新聞を広げる。
「そんはず……。俺、ちゃんと聞いたんです」
「聞いたって、なにを」
鋭い眼光がミトスを貫いた。
しかし、ミトスにもそれなりの覚悟と理由がある。震えるからだを叱咤して、ミトスは言った。
「ミスティのこと」
ガシャンッ、とカップが音を立てた。アルは面白くなさそうに立ち上がると、煙草を持って窓の外をながめはじめた。ミトスは恐ろしさのあまり何もいえなくなってしまって、ソファにちぢみあがっている。そんなミトスには目もくれず、アルはもくもくと煙草をふかしはじめた。
- Re: ミスティ ( No.3 )
- 日時: 2011/02/05 23:36
- 名前: 南諏野 (ID: 84ALaHox)
三本ふかしおえて。アルはようやく、ミトスの顔を見た。
「殺し屋にしてやってもいいぜ」
ただし。
アルが付け加える。
「それなりのテストをこなしてもらおう」
「あり、ありがとうございます! 俺、がんばります!」
テストの内容もきかないミトスに、アルは苦笑いしながら四本目の煙草に火をつけた。一瞬にして部屋が煙たくなっていく。緊張で気づかなかったが、部屋は男の一人暮らしにしてはモノが多く、しかし、男の一人暮らし相応にちらかっていた。誰かと住んでいるんだろうか、というミトスの思考を読み取ったかのように、アルは一つ目のテストの内容を話しはじめた。
「同居人をさがしてきてほしい」
それは殺し屋のテストとは思えない、やさしい内容に思えた。
「えっ、それがテストですか?」
「ああ。特徴は今から、一回しか言わないからな、しっかり聞けよ」
ミトスは慌てて背筋を伸ばす。
「ど、どうぞ」
「まず、そうだな、背は普通。お前よりちょっと小さい。体は華奢に見えるが案外筋肉がある。髪は黒で短め、ぼさっとしてるからすぐわかる」
「そ、それだけ、ですか……」
「甘えんな」
有無を言わさぬアルの口調に、ミトスは席を立った。忘れないように必死に特徴を頭の中で繰り返す。
絶対戻ってくるなよ、というアルの言葉を耳にしながら、ミトスは部屋を出た。
- Re: ミスティ ( No.4 )
- 日時: 2011/02/05 23:51
- 名前: 南諏野 (ID: 84ALaHox)
部屋を出てすぐに、ミトスは壁にぶつかった。
「女か、男か、はたして」
さらにはどこにいるかも聞かなかった。この近くにいるかもしれないが、アルのことだ、この町どころか国にすらいないかもしれない。ミトスは途方に暮れたが、今戻ってはそれこそ望みを捨てることになる、と自分に言い聞かせ、とぼとぼと市場に向かった。
町の市場は大勢の人々でにぎわっていた。休日ということもあって、普段より人が多いようだ。ますます気が重くなるミトスであったが、もう一度自分を奮い立たせ、人の波に押し入っていく。
しかし、飛び交う声や、食欲をそそるにおいに、ミトスはすぐに元気になって、本来の目的も忘れて買い物を楽しみ始めた。ミトスはこの町の出身ではなかったが、取り柄でもある愛想の良い笑顔で市場を歩いていると、すぐに店主に声をかけられて、の繰り返しで、ミトスはすっかり気をよくしていた。
すっかり満腹になって、ミトスがテラスで休んでいるとき、急に怒号があたりに響いた。
「てめえ! くそがき、骨がおれちまったろうが!」
「ちょっとぶつかっただけだろうが!」
人だかりの中心では、少年が柄の悪い男二人に因縁をつけられていた。野次馬の話を聞いていると、男どもは最近この町に現れたごろつきらしく、因縁をつけて暴行する悪党と名が知れているらしい。
(助けなきゃ)
ミトスの強い正義感が、体を突き動かした。ミトスは温厚な青年で喧嘩など滅多にしない。勝てる根拠などどこにもなかったが、少年をかばうように、ミトスは悪党どもに立ちふさがった。
「なんだよ、てめえは?」
「優男くんは怪我するぜぇ?」
ヒャハハハハ、と下品な笑い声が響き渡る。ミトスを、少年を馬鹿にする笑い声だ。
ゴキッと鈍い音がした。ミトスの拳は、男の頬へめりこんでいた。
- Re: ミスティ ( No.5 )
- 日時: 2011/02/06 00:11
- 名前: 南諏野 (ID: 84ALaHox)
突如として男たちの顔が変貌し、ミトスの拳は軽々退けられた。
「許せねえ! 殺す、殺してやる!」
男の拳が握られた。ミトスは動けない。恐怖がよみがえる。幼いころの凄惨な記憶。圧倒的な力でねじふせられる恐ろしさ。正義感などとうに打ち砕かれていた。殴られる、目を閉じることもできないまま、ミトスはやがてくるであろう痛みに歯を食いしばった。
「しゃがめ!」
その言葉が誘導したように、ふっと、ミトスの体の力が抜けた。しゃがんだ、というよりは、腰が抜けたに近かった。しかしその予想外なミトスの行動に、男は驚いてからだをのけぞらせた。
そのとき、颯爽と、ミトスの前に影があらわれた。その影はだれにも、声を上げる暇も与えずに、拳を打ち抜いた。
「──あっ?」
殴られた男自身、なにがなんだかわからない、といったように目を見開きながらひざをつく。息ができない。そう自覚したとき、男ははじめて、その影がだれなのかを思い出したが、声を出せないまま男は倒れた。
「みら……」
ミトスの後ろにいた少年が、呆けたように呟いた。それが名だったのか、二人を守るように現れた影は、笑顔で振り返った。
「無茶するなよぉ、危ないから」
癖っ毛の黒髪が風にそよぐ。そこで、ミトスはやっと自分の使命を思い出していた。
- Re: ミスティ ( No.6 )
- 日時: 2011/02/06 00:18
- 名前: 南諏野 (ID: 84ALaHox)
「……あっ、て、てめえ、よくもやりやがったな!」
思い出したように、もう一人の悪党が言った。倒れていた男もゆっくりと立ち上がる。まだずいぶん辛そうではあるが、悔しさを顔ににじませて、ミラをギロギロ睨み付けている。ミラは男二人に向き直ると、困ったように言った。
「骨、折れてないじゃん」
男は怒りと恥ずかしさに顔を赤くする。
「ミラァ、今日こそはゆるさねえ! ぶっ殺してやる!」
今日こそは、という言葉をきくに、ミラと男どもは知り合いで、おそらくミラが毎回蹴散らしているのだろう。ミトスはミラの華奢な体をながめた。どこからそんな力が湧くのだろう、と考えながら、ミラの動きを追った。
男たちは力強い拳を振り回すが、そのどれもがミラにはあたらない。ミラの体はまるで水のように流れていく。そうして時折、鋭い蹴りを入れる。その動きを、ミトスはどこかで見たことがあった。
(あとすこし……!)
なにかのきっかけがあれば、今すぐにでも思い出せそうだった。そしてようやくミトスがその糸口をつかみかけたとき、
「あっ」
という誰かの声とほぼ同時に、流れ弾もとい拳が、ミトスの顔面に炸裂した。
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