ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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【短編】お題:桜【アンソロジー】
日時: 2011/03/29 13:16
名前: スレ主 ◆rOs2KSq2QU (ID: uHvuoXS8)
参照: http://www.kakiko.cc/bbs2/index.cgi?mode

▼詳しくは、参照からどうぞ。参照の注意事項を読んでから書き込んでください(`・ω・´)



☆今のお題(3月4日金曜日〜)は『桜』です



■お題一覧■
・指先の冷たさ(3月4日金曜日〜)
・桜(3月14日火曜日〜)

■短編そして執筆者様■
お題:『指先の冷たさ』
指先の冷たさ — るりぃ様 >>1
『恋される人形、恋する肉塊』 — 深山羊様 >>4
『冷たい指先は温かかった』 — 神村様 >>5
-Recall- — 朔様 >>7
『望まれない』 — ヴィオラ様 >>8
『さよなら、とか言わないよ』 — 黒鳩様 >>9
指先の冷たさ — peach様 >>10
綺麗に濁った雪 (…私の心と、良く似ていて。) — くろ様 >>12
素直じゃない — N2様 >>13
——「翼」——  — 朱音様 >>14
【心臓に住む蝶々】 — るりぃ様 >>15-16 

お題:『桜』
【さて、さて。此処で立ち話でもしようではないか】 — 朔様 >>18
【大好きでした、歪んだ彼女が】 — 紫様 >>19

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 綺麗に濁った雪 (…私の心と、良く似ていて。) ( No.12 )
日時: 2011/03/07 21:26
名前: くろ ◆1sC7CjNPu2 (ID: OK6L9khJ)
参照: リク依頼の所では「ひふみ。」です。紛らわしくてすみません。



 唐突に、指先がとても冷たいと思った。顔の前に手を持って来てじっと見つめてみると、ほんのりと指先が赤く色付いている。ちょっと遅れた紅葉みたいだと一人で笑ってみたり。息をはあーっと吹きかけると、じんわりとした温かさの次にぴりぴりした痺れが来た。いってぇと呟く。
 首に巻いたマフラーを口の上まで持って来て口をすっぽり覆う。吐く息でじんわりとマフラーが湿っているのが分かった。

 ……あれ、わたし、何で手がこんなに冷たいんだろうか。記憶をたぐっても、どんな豪雪の日でも霜焼けとかになった覚えは無い。カイロでも持ってたんだろうか。それとも、ずっとポケットに手を入れていたとか? 無いな。
 それとも、手が冷たい人は心が温かいからだろうか。ああ、きっとそれだ。
 ちょっとだけ笑ってマフラーをまた上げた。無理矢理な冗談でごまかしたのは、きっとわたしが真実に気付いてしまったから。
 さくさくと踏みしめる雪は人の足跡で濁っていて、とても悲しそうだった。



( 指先が冷たいのは )( 手を握ってくれる貴方が居ないから )

Re: 【短編】お題:指先の冷たさ【アンソロジー】 ( No.13 )
日時: 2011/03/08 16:02
名前: N2 (ID: 2de767LJ)

初めまして、N2(えぬのに)と言います。
素敵な企画ですね、駄文ですが参加させていただきます。


 
         素直じゃない


三月八日、火曜日。天気はくもり…あいにくの悪天候。
三月だというのに体を刺すような風の冷たさは一向に去りそうもない。
そんなどんよりとした日。気が重い委員会がある日だ。
生徒会役員の私は代表として会を進行したり、書類を運んだりと
大忙しな放課後を過ごした。
書類を職員室に運ぶ途中、丁度図書室の前を通りかかった。
明かりが消えている。—いつも一緒に下校している友達は
図書委員なのだが、もう会は終わって帰ってしまっているらしい。

(しょうがない、今日は一人で帰ろう)

書類を職員室に届け終え、ふと、廊下の窓から外を眺めた。
灰色の綿をしきつめた空。木々が首をかしげるような困った格好で風に揺られている。

(…寒そうだ)

そう心で独りごちて、スカートをひるがえし足早に自分の荷物を取りに生徒会室へと戻った。



仕事もようやく終わり、重い足取りで下駄箱へ向かう。
この1時間だけで1日分のエネルギーを使ったような気がした。
…大きな役割だったから、体力的にも精神的にも疲れたのだろう。
ほとんどの生徒が下校したようで、いつも賑やかな玄関には
風が駆け抜ける音だけ。
私は一人でゆっくりと靴を履き、マフラーを念入りに巻いた。

玄関から出ると、予想通り—というか予想以上に寒かった。
さっきまで暖房の効いた部屋にいたから余計だ。
帰るのが億劫おっくうだ、と顔を顰めた(しかめた)とき、

「お、来た来た」

玄関の物陰に持たれている…あいつがいた。
あいつとは小学校からの幼馴染。ご近所さんだから尚更だ。
今日の空とは対照的な笑顔でこちらを見ている。

「何やってんの?こんなところで」

私はあいつに変な物を見るような視線で問いかけた。
あいつを見たのは高校に入ってから随分と久しぶりだ。
いつもなら男友達ととっくに帰っているであろう時間。何の用事だろうか。

「いや、委員会があってさ。さっき終わったばっかだけど
皆先に帰っちまった。んで、おまえが残ってたから、
久々に一緒に帰ってやろうと思っただけ。」

…えらく上から目線だ。
けれど、私も帰る友達がいない。
久々に昔話に花を咲かせるのも悪くないか。
よく考えると、あいつも委員会だったようだ。

「そういや、あんたって何の委員会だっけ?」

「何って…図書委員だよ、…仕事少ないから楽」

そう答えるとあいつはマフラーを口まで覆った。
あいつも寒いらしい。



…図書委員?
図書委員なら結構前に委員会が終わってたような。


考え事にふけっていると、急に手を掴まれた。

「何ぼけっとしてんだよ、とっとと帰るぞー」

あいつは私の手を掴んで歩き出した。あいつの手は凍えっきっていた。
例えるなら、かき氷の中に素手を突っ込んだ感じ。


(こんなになるまで、私を待っててくれたのか)



「…何ニヤついてんだよ、気持ち悪いな」

あいつは私の顔を覗き込んで苦笑いして見せた。
私は頬が緩んでしまっているらしい。
…無理もない、素直じゃないあいつが悪い。

「…ありがと、ね」



寒空の下、氷のような〝不器用〟な冷たさのあいつの指先。
私が〝嬉しい〟の暖かさで、その氷が水になるまで、にぎっていよう。

Re: 【短編】お題:指先の冷たさ【アンソロジー】 ( No.14 )
日時: 2011/03/08 17:30
名前: 朱音 ◆c9cgF1BWc. (ID: JYHezvC8)
参照: ケフカちゃーん ケフカーちゃーん 細すぎーてもやーしーみーたーい

 参加します。……あ、迷惑とか言わないで。




 空を飛んでみたかった。鳥のように自由に、何にも縛られず、あの透き通るような大空を。
 


      ——「翼」——



 僕たちは双子だった。どちらが兄でどちらが弟かなんていちいち気にしてなかったけど、僕は兄のことを「にいちゃん」って呼んでた。兄は僕のことを「君」って呼んでた。双子の兄弟だったのに何故か距離があって、周りからは「おかしい」って言われてたらしいけどあんまり記憶にない。

 「翼、欲しいと思わない?」

 兄は抜けるような大空を見上げて言った。

 「にいちゃんは欲しいの?」

 ベンチから身を乗り出して兄の顔を見た。夢を見ている少年の顔だった。いや本当に夢を見ている少年だったんだけど。

 「欲しいよ、とっても」

 呟いた後、兄はこっちを見た。僕の前に細い腕を広げて見せて、

 「僕はこの手が翼になればいいと思う。そしたらいつだってあの空に飛んでいける。君はどう思う?」

 うーん。僕は少し考えた。
 手が翼になる……そしたらご飯はどうやって食べるんだろう。お風呂にはどうやって入るんだろう。髪の毛も体も洗えないんじゃないかな。

 「僕は背中に翼を生やしたい。天使みたいでカッコいいし、飛んでる時にも手が使える」

 「そしたら、寝るときに邪魔じゃない?」

 「横向きに寝たら気にならないんじゃないかな」

 翼についてあーだこーだと議論をしていたら、いつの間にか日が暮れていた。急いで帰ったらお母さんにものすごく叱られた。その日の夜ご飯はハンバーグだったんだけど、二人で一つしかもらえなかった。
 その夜も同じ話をした。二段ベッドの上と下で、相手の声だけが聞こえてくる。なんだか不思議な感じ。

 「じゃあさ、」

 兄の声が聞こえた。遠足前日の子供みたいに、わくわくした声だった。



 「二人で翼を生やそう。大きくなったら。それで二人で飛んでいくんだ。あの空の向こうまで」



 眠かった僕はその言葉の半分くらいまでしか聞こえてなかったけど、曖昧に返事をして眠りについた記憶がある。
 次の日から兄は、鳥を捕まえて色々調べ始めた。
 兄の部屋からは毎日鳥の鳴き声が聞こえていた。たまに苦しそうな声も聞こえてきたから、もしかしたら解剖とかそんなのをしてたのかもしれない。部屋から出てきた兄の顔には血がついていたから、多分それであってると思うけど。
 お母さんが止めなさいって言ってからも、兄はそれを続けてた。多分中学校卒業くらいまで続けてたんじゃないかな。
 理系だった兄と、文系だった僕は別々の高校に入った。兄はそこで生物か何かの研究をしてたらしい。「らしい」っていうのは兄の通ってた高校が他県にあって、あんまり連絡を取れなかったから。

 いつしか、お母さんがやつれはじめた。

 ある日、僕の携帯に一通のメールが入った。件名は「久しぶり」。兄の名が入っていた。
 勉強で疲れているはずの目は実に自然にメールを追った。どうやら久しぶりにこっちに帰ってくるらしい。メールの最後に「見せたい物がある」と書かれていた。場所が何故か自宅ではなく、ずいぶん前に潰れた工場の跡地だったのが少し気にかかったけど、久しぶりに兄に会えると思った僕は部活で汚れた服を着替えもせず、手早く運動靴を履いて家を飛び出した。

 工場までどれだけ時間がかかったのかは分からない。
 こなごなに砕かれたガラスを踏みつけて、僕は工場の中に入った。機械の部品が乱雑に置かれて、というよりは放置されている上に、埃が多い。ごほごほと咳き込みながら、僕は兄の姿を探した。
 見つけた。
 兄は崩れかかった二階部分にいて、ガラスのはまってない窓から外を見ていた。多分そのときは夜だったから、兄の姿は月光に照らされてすごく綺麗だったと思う。

 「にいちゃん」

 僕は一回から声をかけた。兄はこちらを向いた。

 「君か。早いね」

 「走ってきたから」

 僕は膝に手をつき、いかにも酸欠です、というように肩を上下させて見せた。兄の笑う声が聞こえて、階段を下りる音がした。

 「見せたいものって?」

 「ああ、」



 「これ」



 兄は自分の腕を僕に見せた。

 それは白い羽に覆われていて、全く人間の手には見えなかった。小さいころ兄が言っていた翼——それに酷似していた。
 以前腕だったであろうところは、まるで骨がそのまま見えてるみたいに角ばってた。そこからふさふさした暖かそうな羽がいっぱい生えてたけど、どうしても触る気にはなれなかった。

 「まだ空は飛んだことないんだ。君の目の前で飛ぶところを見せたかったから」

 「…………にい、ちゃん?」

 「腕自体が羽毛だからあったかいんだけど、問題があるんだよね。ほら、ここ」

 もふもふとした羽毛の中から、人間の手とは思えない色をした手のひらが姿を現した。兄はそれをふりふりと振ってみせて、

 「羽ばっかりに血が行っちゃうから、手のひらの感覚がなくなっちゃったんだ。これじゃあお風呂にも入れないし、箸が握れないからご飯も食べられない」

 僕は兄の変わり果てた手のひらを握った。
 氷のように、もしかしたら氷以上に冷たかったその指先。かつて人間の指だったとは到底思えなかった。

 「これから、僕は飛ぶ。人間が機械の力も借りずに飛ぶんだ」

 そう言うと、兄は再び階段を上がりはじめた。僕の足は自然に兄を追いかけていたけど、「やめろ」とも「止まれ」とも言えなかった。
 兄は階段を上り続けて、とうとう屋上まで来た。ボロボロになった柵の上に飛び乗った兄は、

 「見ててね。絶対飛んでみせるよ」

 と、少年のように笑っていた。
 ビルが立ち並ぶ大都会の中。もし落ちたら確実に命はない。

 にいちゃん。やめて。人間は飛べないんだよ。飛べるくらいの筋肉を持ってないんだよ。落ちたら死んじゃう。だからやめて。

 必死に止めようとする僕の手を振り払い、



 兄は、飛んだ。

Re: 【短編】お題:指先の冷たさ【アンソロジー】 ( No.15 )
日時: 2011/03/11 06:55
名前: るりぃ ◆wh4261y8c6 (ID: SHYi7mZj)
参照: トリップ変更しました

【心臓に住む蝶々】

私の心臓には、蝶が住んでいる。
生まれて初めて植物園に行くことになった。蝶や鳥もいる、綺麗な所らしい。
誰かと一緒に外出することも、これがはじめてだった。
それは私が生まれつき心臓が弱くてずっと入院生活をしていたから。
両親も小学生の頃に死んでしまったし、後見人になってくれた親戚さんは優しい人だけれど世界中を飛び回っている人だった。
私の心臓は移植でもしない限りいつ発作が起こるとも知れない欠陥品で、不用意に外出もできず、一緒に外出する人もいなかったから外に出たのは片手で数えても足りるくらい。
そんなわたしを、植物園に誘ってくれたひとたちがいる。
彼らとの出会いはそれまで私の世界だった病室で、奇跡的に見つかったドナーの人から心臓移植を受けた手術のあとだった。
そして私に心臓をくれたその人は、彼らの大切な家族だった。
名前を、大杉 富之さんと言う。

「桜、準備はできた?」

「あ……博さん、なんだかすこしはずかしいです」

「大丈夫。僕の見立てに間違いはない。」

博さんが漆黒の瞳をきれいに細めて笑った。
瞳にささやかに落ちるのは、色素の薄いまつげの陰。
髪型を崩さないようにやさしく頭をなでられる感覚は、小さいころお母さんにして貰った以来だったので未だに慣れない。
富之さんの心臓をもらってから過ごせるようになった外の世界は初めてのことばかりで、現に今だって病院着ばかりだった私には縁のないような可愛らしい服を着ることは初めてだった。
カーディガンもワンピースもやわらかくて清潔な白。
だけどリボンがついているパンプスだけは鮮明に赤かった。
博さんの目にはわたしがこういうイメージで映っているのだと思うとなんだか恥ずかしい。
恋とか愛じゃなくて、くすぐったい感じだ。
博さんに手を引かれて出た外には大きな車が待っていた。
傍らで誠さんが手を振っていて、今日の運転手さん役はどうやら誠さんなのだとわかった。
博さんは当然その助手席に座るのだろう。

「すみません、お待たせしました!」

「そんなことはない。気にするな、桜」

「わ、わわわ……!」

「誠、それじゃあ折角の髪型がぐしゃぐしゃになるよ」

「あ、すまない。」

先ほど博さんになでられた頭を、誠さんの大きな手がぐしゃぐしゃとなでて。こんどはお父さんがそうしてくれたように、飾り気のない愛情をこめたような手つきだった。
そのあと後部座席に座った私に声をかけてくれたのは翔さん。

「ふん、毛並みくらい整えておけ」

「………はい」

つめたいような言葉だけれど、翔さんは櫛で髪を梳いてくれた。
すこし驚いたけれど、されるがままに髪を梳いてもらう。
頬が赤くなりそうだなぁと思いながらパンプスにあしらわれているリボンをじっと見つめてみる。
やっぱりかわいらしかった。


植物園のなかの一角にある飲食OKエリアのなか。
ここには鳥はいないけれど、さえずりの音は透き通ってよく聞こえている。
いっぱいの緑と色取り取りの花に囲まれて、植えられている背の高い木と木の間から零れ落ちる光がとても優しいと思った。
両手に収まるくらいの大輪の白い花は中心に向かって淡く色づき、控えめだけれど甘い香りを漂わせている。
試しに目を瞑ってみても、そこは綺麗な世界のままだった。
今まで病院のなかの真白な世界しか知らなかった私には、全てが全て鮮烈で、だから記憶に焼き付けたいと思った。
すると目を瞑った私を心配してくれたのか、誠さんの声がした。

「疲れたのか、桜」

「いえ、今日は沢山の物を見せて貰ったので記憶に焼き付けたいと思ったんです」

見たこともない草木や花、鳥、蝶。
知らない名前に、知らない種類。
それを博識な博さんが丁寧に教えてくれて、迷子になりそうになったら翔さんが手をひっぱってくれた。
誠さんはこうして体力のないわたしを気遣ってくれる。
それはとても幸せなことに思えた。

「ああ桜、よく似合うリボンだね」

博さんのやわらかい声がする。
リボンは靴だけなのに、と思って首を傾げれば、視界をひらひらとなにかが横切っていった。
蝶だった。
その蝶はわたしの目の前をひらひらと舞って、試しに片手を差しだしてみれば指先にとまる。
翅を伸ばして、安心しきったように休んでいた。
淡い光のなかに翅が透けて、とてもとてもきれいだった。
すると翔さんが雰囲気をやさしくしてわたしを見つめていることに気がついたので、視線を送ってみれば、やはりやさしい声で答えてくれたのだ。

「富之もこうして蝶に懐かれていた」

今の桜のように指を差しだせば必ずとまったものだ、と。
誠さんも博さんもどこか懐かしいような表情でいるものだから、それに泣きたくなってしまった。
いたたまれなくなってしまった。
そうだ。この場所は本当は富之さんの場所なんだ。
富之さんがながいながい時間と信頼を積み重ねて勝ち得た場所。
そこに、私なんかがいることは許されるのだろうか。
私は、富之さんの代替品なのだろうか。
それならどうして、こんなにも優しくしてくれるのだろうか。
私の手のなかにあるグラスの氷がぴしりと亀裂を生じさせた。透明ななかに歪に走る白い線は、私に入ったそれにも似ていた。

Re: 【短編】お題:指先の冷たさ【アンソロジー】 ( No.16 )
日時: 2011/03/11 06:56
名前: るりぃ ◆wh4261y8c6 (ID: SHYi7mZj)
参照: トリップ変更しました

>>15の続き


「疲れたのか」

翔さんにいきなり顔を覗き込まれてびっくりした。
そういえばあのあと、植物園から帰ってきて誠さんや博さんに家まで送ってもらったんだっけ。
翔さんの家は私の家から割と近い位置で、誠さんや博さんの家とは反対方向だったから私と一緒に車を降ろしてもらったんだ。
それをハッと思い出してしまうくらいに、私の頭は真白だった。

「つ、疲れてないです! ぜんぜん平気です!」

「嘘をつけ。その顔のどこが平気だと言うのだ」

「そ……そんな顔、してますか」

不安になって顔を触ってみたけれど、勿論自分自身なので鏡でも見ない限りどんな顔をしているのかわからない。
どんな顔をしているのかと訊ねれば、翔さんは眉間に皺をよせて苦々しそうに答えてくれた。

「泣きそうな顔をしている」

「……ごめんなさい」

……泣きそうな、顔。
もしかしてこの顔のままずっとあの時間を過ごしてしまっていたのだろうか。
だとしたら翔さんたちにはとても失礼なことなのに。
広がった世界に戸惑っていた私に手を差し伸べてくれた、翔さんたちの傍にいるのがとても幸せになってしまった。
ずっと一人だった私にはあまりに暖かくて、柔らかくて、なんとも優しくて。
こんなにも眩しいのだから、間違いないと断言できる。
眩しさに、ここが自分の居場所だと錯覚してしまいそうになった。
一瞬でも、富之さんの代替品でもいいと思ってしまった。
それは許されないことだ。
その心地よさに心を熔かされてしまったら、私は一人に戻れなくなってしまう。
一人になったときに寂しくなってしまう。
暖かいその居場所は、富之さんの場所、なのだから。
けれど、謝った私に翔さんはこう言ってくれた。

「体調が悪いなら言え。具合でも悪くして桜も富之も死んだらどうしてくれるのだ」

「富之、さんも……?」


「そうだ」

誠さんが頷くとその手が持ち上がり、細くて長い、冷たい指先が私の胸のうえにトン、と触れる。
でも、冷たくても、やましさのない、やさしい指先だった。
———……ちがう。ふれたのは心臓のうえだ。

「此処に、桜と生きている」

誠さんは言った。
富之さんが助からないと知って翔さんたちは絶望したのだと。
けれど、その心臓は私のなかで生きていると知って嬉しかったのだと。
私は心臓がしくしくと痛かった。
それは友達だった翔さんに反応する富之さんの感覚なのか、それとも彼のドナーとして許された私の感覚なのかはわからなかった。
もしかしたらそれは両方なのかもしれない。
富之さんの心臓をもらっても、私はまったくと言っていいほど拒絶反応や後遺症がなかった。
けれど気がついたら好みが変わっていたり、何かを見て懐かしいと思ったり。
それは私のなかで生きる富之さんで、そうして私と交じりあっていく。それに気がついたそのときに、ああ私はもう一人じゃなくなったんだ。そう思って、
自分が寂しかったんだって、やっと気がついた。

「富之は私や誠、博たちとは家族のようなものだ。子供のようで、兄のようで、弟のようで、双子のような。だからもう、桜も充分に私たちの家族だ」

出かけるときに整えてくれた私の髪を、翔さんはぽんぽんと撫でた。
それはお兄さんが妹にするような、誠さんや博さんの手とおなじ、家族にふれるような暖かい手。
灰色のコンクリートの上に、私から零れた涙がぽろぽろと色の濃い染みを作っていった。
哀しくはなかったけれど、嬉しくって涙がでた。

「ありがとう、」

私は、命をくれた富之さんがだいすきです。
私は、家族をくれた富之さんがだいすきです。
私は、幸せをくれた富之さんがだいすきです。
これからも一緒に生きることを許してください。
せまくてちっぽけな体のなかだけれど、ずっと一緒にいてください。
私と一緒に、生きてください。
つめたい両手の指をからめて、目を閉じた。


すると私の心臓の上に、どこからか蝶がとまった。


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