ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 飴色怪談
- 日時: 2011/09/21 22:31
- 名前: sakura (ID: ar61Jzkp)
都市伝説と怪談。
それらが二人を結びつけた。和泉一族の周りを取り巻く怪奇な事件。山木博孝は否応なしに、そんな事件に巻き込まれていくのだった……。そして、山木が知る事になる真実とは……?
ホラー系のお話です。
よろしければ、感想などいただければと思います。よろしくお願いします。
不定期のんびり更新です。
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- Re: 飴色怪談 —僕と君と逢魔が時と— ( No.2 )
- 日時: 2011/09/11 21:58
- 名前: sakura (ID: ar61Jzkp)
*
まったく、と、弥生は革製のカバンを背中にしょって息を吐き出した。
七月。
もうすぐ夏休みに入る。
強い日差しに縁に黒いフリルのついたピンク色の日傘を開いた弥生はまぶしそうに空に浮かんでいる太陽を見上げた。
「……目に悪いから太陽はあんまり見てるなよ」
昇降口でスニーカーをはいている少年が、彼女の背後から声をかける。
「わかってるわよ」
くるりと弥生が少年を振り返った。
白い変哲のないプリーツスカートが印象的だ。
白い髪と、クリーム色の瞳、そして色素を忘れてきたような白い肌はいっそ病的なほどだ。
少年は少女よりも頭一つ分ほども身長が高かった。
「そういえば、さっきの話、本当か?」
「……さっきの?」
爪先でとんとんとタイルの床を蹴りながら立ち上がる。
少年の問いかけに弥生は首をかすかにかしげた。
「ほら、保健室の幽霊の話」
「あぁ、それか」
どこの学校でもあるように、彼らの学校にも七不思議の話がある。
「七不思議にはないよな」
「七不思議なんて嘘っぱちよ」
身も蓋もなく一蹴されて、少年は面食らう。
「……そうなのか?」
「そうよ」
彼女は他の生徒のようにランドセルを背負っているわけではない。まるで中学生のような革製のカバンを背中に背負っている。
どこか昔のイギリスの小学生を連想させた。
とはいっても、そんなものは少年の勝手な想像でしかない。
「まぁ、この学校で殺人があったわけじゃないから安心しなさいよ」
よくある怪談は、その事件の根底に物騒な話がある。しかし、弥生はそうではないと少年に言った。
「明衣子は、見えてないのか?」
「……さあ? わたし、明衣子とはその手の話をあんまりしないからどうだかなんて知らないわ」
肩をすくめた彼女の物言いに、少年は不審の光を閃かせた。
明衣子というのは、弥生の従姉妹にあたる少女のことだ。
いつも一緒にいるかと言うとそうでもない。そして仲が良くないのかと思うとそれも違う。
ふたりはどこか不思議な距離感を保っている。
ゆっくりと二階にある昇降口から階段を下りていく弥生は黒いセダンが停まっていることに視線を止めて足をとめた。
運転席から男が出てくる。
隣を歩いていた少年も、弥生の反応に思わず足を止めた。
「……」
すっと両目を細めた弥生は小さく舌打ちした。
サングラスをかけたスーツ姿の男だ。
じっとりと肌に張り付くような暑さの下で異様な出で立ちだ。
クリーム色の瞳が嫌悪に染まる。
「小学校にまでご出勤なんて、どういうつもり?」
細い手足が印象的な少女は、そうして再び歩きだす。
「お迎えに、あがりました」
「電話くれれば勝手に向かったのに」
階段を一番下まで下りた彼女は横目でサングラスの男を眺める。器用に目玉だけが動いた。
ぎょろりと。
「そうはいきません、本家からのご命令です」
そう言って、男は少女の腕に手を伸ばす。
「東京で権限を持っているのは、本家じゃない……!」
不意に少女が叫んだ。
周りにはクラスメイトの少年と、スーツ姿の男、そして少女しかいない。
男の腕を強く振り払った弥生の手がなにかに触れてぱしりと渇いた音が鳴った。
「……知っています」
静かに、男が告げる。
低く響く声が心地よく響いた。
落ち着いた大人の男。そんな印象の彼に、少年は目を奪われた。
「嫌な男ね」
もう一度聞こえるように少女は舌打ちする。
「わたし、車には乗らないわよ」
眉をひそめた彼女の様子に男はどこか優しげに笑った。
「承知いたしました」
日傘をくるくると回しながら歩きだす彼女に、少年はなぜか圧倒されたように立ち止まったままで男と彼女を見ていた。
「……山木、行くわよ」
少女の声が響いた。
彼女の声に気がついたように歩きだした少年は背後にすることになったスーツの男を振り返る。
「……弥生ちゃん、あの人は?」
「親戚」
短く答えた彼女はつんと顎を上に軽く上げた。
それ以上の追求をまるで許さないとでも言いたげな彼女の様子に、少年は黙り込む。
「気にしなくていいわ、あんたたちに関係あることじゃないから」
どこかつんつんとした印象の彼女の声は怒りに満ちている。
「……?」
あんたたち、という彼女の言葉に少年が首を傾げる。
「山木、あんたも無駄に目に見えないものを怖がるその癖、どうにかしないとただのオカルト好きになって、そのうち呆れられるから注意しなさいな」
説教じみた彼女の言葉に、少年は眼差しを彷徨わせる。
山木博孝、それが少年の名前だった。
ちなみに野球の時にボールをぶつけた張本人でもある。
整った容姿と明るい性格を持つ彼女と最も親しい男子児童だ。
「ボールぶつけたことまだ怒ってんのか?」
「……はぁ?」
しばらくの沈黙の後、山木博孝がそう言えば弥生は思い切り眉を引き上げて彼を見上げる。
野球をしていてボールがぶつかって昏倒したのは半月以上も前のことだ。どうして未だにそんなことで怒っていなくてはならないのだろう。
呆れたような彼女の瞳に少年はバツが悪そうな顔をする。
「なに言ってんのよ? あんた男のくせにいつまでもじめじめそんなこと考えてたの?」
顔の横でひらひらと手のひらをふる弥生は「今さら、あんなこと気にもしてないわ」と声を放った。
「そんなことより、あんたたちどうせ夏休みになったら肝試しとかするつもりなんでしょうけど、保健室なんて行くんじゃないわよ」
彼女が言う。
「なぁ、弥生ちゃん」
少年の言葉に少女が振り返る。
「……なに?」
「……あ、いや、なんでもない」
なにか言いかけた言葉を飲み込んだ山木に少女は肩をすくめて見せた。
「なによ、言いかけたんなら言えばいいのに」
にこにこと笑っている明るい性格の彼女。
クラスで一番の人気者と言ってもいいだろう。
「今度さ、俺の母さんがケーキ焼くって言ってたから食いにこないか?」
しどろもどろになってでた言葉に、弥生はぷっと吹き出した。
「やーね、わたしを豚にでもするつもり?」
白い髪の、クリーム色の瞳の少女は笑っている。
「おまえ、あれだけ運動してて豚もなにもねーだろ」
彼女の運動量を知っている。
男子児童と同じくらい動くのだ。
その癖、食事量は特別多い方ではない。
「そうね、お母様によろしくね!」
弥生はそう言うと自宅へ続く道へと歩きだした。
どこか古風な、どこか不思議なクラスメイトはピンク色の日傘をさしながら歩いきさっていく。
もうすぐ梅雨があけて夏がくる。
山木博孝と、少女の最初の事件が幕を開ける。
- Re: 飴色怪談 —僕と君と逢魔が時と— ( No.3 )
- 日時: 2011/09/12 20:24
- 名前: sakura (ID: ar61Jzkp)
すでに夏休みを前にして授業は午前中だけの短縮授業となっていた。
その日もひどく暑い日だった。
事件は、小学校に通っている児童たちが知らないうちにひっそりとはじまった。
それを子供達は知らない。
知るべくもない。
なぜなら、大人たちが子供達に知らせないように隠蔽するからである。
「……あ」
「……?」
明衣子と弥生がほぼ同時に独り言のような声を発して顔を上げた。
さりげなさすぎる彼女らの反応に、気がついたクラスメイトはほとんどいなかっただろう。
彼女らの周りの席の数人が「どうしたのか」という眼差しを向けるが、二人の少女達はひらひらと手を振るばかりでそれらの言葉に応えようとはしない。
互いに顔を見合わせることもしなかったから、見ようによっては「たまたま」同じタイミングになっただけにも見える。
それを見ていた山木だけが違和感を感じた。
もしかしたら他にも気がついた者がいたのかもしれないが、誰もそれを口にすることはない。
オカルトなどにも興味津々の年齢である。興味がないわけではないかもしれない。しかし彼らは口になどできなかった。
もしかしたら肌で彼女らの異質さを感じていたのかもしれない。
弥生と明衣子の姓は和泉と言う。
ファミリーネームとしては特別変わった名前ではない。
「……ねぇ、明衣子」
ふと弥生が従姉妹の少女に声をかけたのはその日の放課後だった。
「……うん?」
和泉明衣子と和泉弥生。
二人は従姉妹でしかないので、もちろん住んでいる家も異なる。
そもそも、どうして和泉弥生が小学四年生と年若くありながらひとり暮らしであるのかも謎めいている。
彼女の幼なじみの親たちは、そんな彼女に見かねて時折家に招くこともあったらしいが、弥生がひとり暮らしをしている事情を知る者はひとりとしていない。
おそらく彼女と同じ一族である明衣子は知っているのだろうが、それを明衣子が語ることは一切なかった。
口を開きかけた弥生を、明衣子は片手を上げて制する。
そして自分の口元に人差し指をたてた。
「弥生、わかってるだろうけどその話は電話ででも」
「……」
言われて弥生は睫毛を伏せた。
和泉明衣子は黒い巻き毛の印象的なはっとするような美少女であるのに対して、和泉弥生はクリーム色をさらに薄くしたような白い頭髪と同じ色の瞳のどこか病的な白い肌の少女だ。
一般的にアルビノ、と言われる先天性の色素欠乏症で先天性白皮症と呼ばれている。
もっとも、それはあくまで一般的な話だ。
とりあえず、弥生の同級生たちや大人達は彼女が「ただの先天性白皮症」だと思っていた。
クリーム色の頭髪はきれいにショートカットにされて、どこか謎めいた印象を与えている。
彼女が活発な子供でなかったならば、深窓の令嬢と勘違いされるかもしれない。しかし、彼女は男子児童と野球やサッカーをやっているような活発な少女で、そんな明朗快活な彼女はミステリアスな容姿と相まってクラスでも飛び抜けた人気者だった。
他のクラスの男子児童から何度か恋の告白もされたことがあるらしいが、余りそういったことに興味がないらしい彼女があっさりと一蹴したとかしないとかという噂があった。
放課後、男子児童と一緒に野球をするためにバットを片手にクラスを飛び出そうとしていたところを呼び止められて、女子児童から学年で一番の人気があるハンサムなハーフの少年に告白されたことがあったのだが、これをクラス全員の前で見事に振って見せたものだから、一部の児童から恨まれる羽目になった。
「悪いけど、わたしの本当のことを知ったら、あんたはわたしのことなんて嫌いになるでしょうから、その話はなかったことにしておいてくれない?」
弥生は日本人とドイツ人のハーフの少年にそう言った。
彫りの深いはっとするような美少年だった。
そう言い捨てた彼女に、廊下の向こうから同級生の少年が叫んだ。
「おーい、弥生ー! 早く来いよ!」
「すぐ行くわ」
- Re: 飴色怪談 —僕と君と逢魔が時と— ( No.4 )
- 日時: 2011/09/12 20:24
- 名前: sakura (ID: ar61Jzkp)
告げられて弥生は廊下の向こうに視線を送った。
華麗に自分の面目を潰された美少年がその後に自分の取り巻きである少女たちと共に嫌がらせをするようになるのだが、そんなことを弥生は意に介したりはしなかった。
ちなみに、相手にもされなかったことに失笑したのは同級生の男子児童たちだ。
「なんだ、弥生の気をひきたいならあれだろ、とりあえず最初に山木を亡き者にしないとな」
和泉弥生が小学校に入学してから、その周りにいるのは二人。
幼なじみの従姉妹、明衣子と、山木博孝だ。
山木博孝は単に自宅が目と鼻の先と言うだけで、ただの幼なじみである。
もっとも、幼なじみであるからと言って彼女の事情の全てを知っているわけではない。
「亡き者って、人のことなんだと思ってんだよ……」
呆れたような山木の言葉に、恋の告白を受けた少女はなんでもない顔をしてバットを持って校庭に走っていった。
廊下の途中で教師とすれ違って「廊下は走っちゃいけません!」と注意をされた。
そんなことがあったのは一年ほど前のことだ。
「……明衣子と弥生って、あんまり仲良くなさそうなのにね」
教室の隅でクラスメイトの女子児童たちが話をしている。
もちろん、悪気があっての会話ではない。
そんな会話が聞こえて、明衣子と弥生は顔を見合わせた。
「そうねぇ、そんなにべたべたした関係じゃないから」
同じ年頃の少女達のように、彼女らはいつも一緒に居るわけではない。どこか不思議なドライな関係を二人は保っていた。
「弥生、そういうの嫌いだしね」
「そうね」
明衣子の言葉に弥生は相づちを打った。
明衣子はごく普通の女の子であったが、弥生はそんな明衣子と比較するとどこか冷めた眼差しで世間を見つめている。
特にいじめられているわけではないが、一緒にトイレに行こう、と言われても断るという有様だ。
「なんでトイレなんてみんなでぞろぞろと行かないといけないの?」
そんな彼女の弁である。
「じゃ、帰ったら電話する」
日傘を持って立ち上がった弥生は。一瞬だけなにか言いたそうな顔をしてから帰りの会が終わってもざわめいているクラスメイトたちに背中を向けた。
「なんだ、今日は野球やらないのか?」
放課後にいつも一緒に野球をやっている少年に声を掛けられて、弥生は肩越しに振り返った。
「うん、今日は用事があるから帰る」
そう言って歩きだした彼女に「そっかー」と肩を落とした。
「振られて残念ね……」
くすくすと笑う明衣子を、少年は睨み付けた。
しかし、明衣子は動揺しない。
からかわれているのをわかっている少年は、明衣子に反論しようとはせずにミットを持ったままで廊下に出て行った。
茶化した雰囲気の明衣子の瞳の底。
その奥になにかひっそりとした光を見たような気がして、山木博孝は片目を細めた。
「さ、わたしも帰ろうかな。お母さんがシュークリーム買ってきてくれてたし」
そう。
ひとり暮らしをしている弥生と違って明衣子には両親がいる。
そもそも両親どころか兄弟もいる。しかし、親戚であると言っていながら、彼女の両親は弥生を引き取ろうとはしないのだ。
その理由を、なにも知らない子供達は勝手な憶測することしかできない。
娘と同年齢の親戚の少女。
そんな子供が近所にいるならば引き取ってやればいいのに、と思うのは勝手な子供達の考えでしかない。
「め……」
明衣子、と呼びかけた山木に、少女ははっとするような笑顔を向けた。
「帰るね! またね……!」
静かな控えめな美少女が弥生であるなら、明衣子は大輪の薔薇だ。
言い置いて彼女は教室を駆け出した。
「こら! 和泉明衣子さん! 廊下は走らない……!」
担任教師の声に明衣子は「ごめんなさーい」と叫んで走り去っていった。
和泉姓を持つ二人のクラスの人気者の少女達が帰宅すると、「今日はどんな話があるのかと思って楽しみにしてたのに」とクラスメイトたちは散っていく。
「ほらほら、親御さんが心配するから早く帰りなさい」
両手を打ち鳴らした担任教師に、クラスメイトたちは「はーい」と覇気のない返事をする。
弥生と明衣子。彼女らがなにを思っていたのか、山木にはわからなかった。
彼には、彼女らのことなどなにもわかってはいなかったのだ。
それを思い知らされることになるとも知らない。
- Re: 飴色怪談 —僕と君と逢魔が時と— ( No.5 )
- 日時: 2011/09/14 23:00
- 名前: sakura (ID: ar61Jzkp)
「子供というのは、オカルト話が大好きですからね」
どこか見覚えのあるセダンが和泉弥生の自宅の前に停車していた。
長身の二十代半ばの男が煙草をくゆらせながら、日傘をさす相手に話しかける。
「……そうね、本当にくだらない」
聞き覚えのある声に、山木少年は首を伸ばした。
少年の手にはケーキの箱があった。
母親が焼いたケーキのお裾分けに彼女の自宅を訪れたところで、そんな場面に遭遇したわけだ。
「ほとんどは集団ヒステリーとか、思い込みでしかないわ」
「……確かに」
「ところで、昨日の一件はどうなったの?」
「昨日は、智寿子さんが出て行かれまして、一件落着したとかしないとか」
聞き慣れない名前。
植草智寿子とは誰だろうか、と山木は思った。
会話の腰を折る気にもなれずに山木博孝が立ち尽くしていると、ややしてから青年と少女が振り返った。
「……山木、どうしたの?」
弥生の声が飛ぶ。
「あ、その、母さんがケーキ焼いたから、お裾分け行ってこいって……」
「あら、そうなの? ありがとう」
にっこりと弥生が笑う。
先ほどまでの険しい声の気配はない。
「そういえばそろそろ夕飯の時間ですね」
青年が腕時計を見やった。
「じゃ、俺、これで帰るから」
慌ただしく弥生にケーキの箱を渡して踵を返そうとした少年に、少女は大きなため息をついた。
「待ちなさいよ。せっかく来たんだから、夕飯でも一緒にどう?」
「でも、母さんが……」
夕飯を作って待ってるから、と言いながら歩き出しかけた彼の首根っこを少女がわしづかむ。
「電話ならいれてあげるし、あんたのお母様はあんたがうちで夕飯食っていっても文句なんて言わないわよ」
あきれ顔の彼女の言葉に、少年がじたばたともがく。
彼女の言う「夕飯」というものの恐ろしさを彼は知っていた。
「いや、俺、こんな格好だし……」
「心配なんていらないわ、誰も来ないし、あんたの格好なんて知ったこっちゃないわ」
逃れようと暴れる彼の肩に手をかけた青年が穏やかに笑いながら黒塗りの高級車に誘導する。
抵抗もむなしく車の中に拉致されてしまった山木は緊張気味に少女と青年を見やった。
そうして、三十分程車で走ってから日本庭園の豪勢な高級料亭に連行される。
なぜか、彼女の食事に強制連行されるときはいつもこうだ。
世間一般的な「夕飯をご一緒に」というわけにはならないのである。
緊張気味の山木を伴って離れの座敷に通された三人は他愛のない会話を交わしながら食事をすすめた。
「久しぶりですね、山木君」
にこにこと青年が笑っていた。
サングラスをしていると強面に見えるが、実は結構なイケメンだ。
弥生曰く、彼は結構な頻度で和泉家を訪れるのだという。
「……お、お久しぶりです」
カチコチに固まっている少年に対して、青年は大人の余裕で二人の少年と少女を見つめていた。
食事の内容は、決して料亭のそれと言うよりも、育ち盛りの子供のために作られたものと言った印象を受ける。要するに、一ヶ月で何度も弥生がその料亭を利用している証拠だった。
「そういえば、保健室で不穏な噂がたっていると聞きましたが」
山木がこの青年に会うのは実に一年振りだ。
昨日、学校に訪れた男は誰だったのだろう、と目の前に並べられた食事をつつきながら彼は思った。
「……昨日、敏久が来たけど、なんだったの? あれ」
「敏久さんですか?」
青年の言葉を遮るようにして、弥生が言った。
「珍しいですね、敏久さんは今は本家にいるはずでしたが」
「それよ、それ。どうして本家にいるはずの敏久が東京にいるのよ。だから智寿子がでたんでしょう?」
弥生と青年は、山木を置いてけぼりにして会話を進めている。
「あぁ、それで……」
なぜか納得したような青年は箸を持ったままで考え込んだ。
「本家が動いたということは、それなりに厄介な事件だと踏んでいたというわけですよね?」
「そういうことになるわね、でも結局、智寿子が行って解決したわけだから、本家の当てが外れたって言うことになるんだろうけど」
「……そうですか」
言葉を返しながら青年は考え込んだ。
「わかりました、敏久さんに確認してみます」
しばらく考え込んだ後に青年はそう言った。
「そうしてくれるとありがたいわ」
弥生は彼の言葉に肩をすくめた。
歳の離れた兄と妹、と言うには顔立ちが全く違う。
時折、弥生の自宅の前で見る顔ではあるが、山木博孝はその正体を知らない。
二人の関係は、そもそもどんな関係なのだろうか。
恐らく、彼が考えるよりもずっと高い料亭であり、美味な食事であるはずなのだが、緊張したままで食事をする山木にはその味の善し悪しがいまいちわからなかった。
「……山木?」
少女の声に我に返った。
「あ、いや……」
「あんまり年頃の男の子をいじめてはかわいそうですよ、弥生さん」
朗らかに笑う青年の声に、山木は顔が熱くなるのを感じる。
彼にとって自分はその程度の存在でしかないのかと思うと、なぜか羞恥に駆られた。
「いじめてんのはどっちよ」
弥生の声が飛んだ。
まるで政治家の接待のようだと彼は数少ない知識で考える。
そんな彼らの耳に、女将の声が響いた。
「失礼します」
「どうぞ……」
青年が応じた。
山木の母親が焼いたケーキを丁寧にカットして持ってきたのだ。
「デザートをお持ちいたしました」
その女将のことも、山木は知っている。
年に何度か料亭に強制連行されているのだから当たり前と言えば当たり前のことだった。
三枚の皿が各自の前に置かれた。
とても美味しそうなチーズケーキ。そして、麦茶のコップが二人の小学生の前に、そしてコーヒーのカップが青年の前に出された。
手早くあいた皿を下げる女将の鮮やかな手さばきに山木が見とれていると、控えめに会釈をして部屋を去っていった。
- Re: 飴色怪談 —僕と君と逢魔が時と— ( No.6 )
- 日時: 2011/09/21 21:55
- 名前: sakura (ID: ar61Jzkp)
女将が去ったのを確認してから、弥生は麦茶のコップに口をつける。
こういうところで、ストローなどを使わないところに性格のずぼらさが伺える。
実際のところ、大人びた印象は少なからず受けるものの、彼女は年相応の子供である。
「族長が、心配しておりましたよ」
ややしてから、青年が彼女に告げた。
「……ふーん?」
族長がねぇ、と独り言のようにつぶやきながら、弥生はわずかに首を傾ける。
青年と少女の会話を聞くとはなしに聞いている山木博孝はどこか時代錯誤な単語に目を白黒させるばかりだった。
「でも族長、こないだ会ったけどなんにも言ってなかったわよ?」
「……それは弥生さんが頑固だからですよ」
言いながら青年が笑う。
「あなたがまだ小学一年生の時でしたか、ひどく頑固でひとりでやっていけると言いつのるものだから本家が折れただけですよ」
「なによ、そんなことまだ引っ張るの? だいたいそれからずっとこうやって頻繁に本家の息がかかったあんたがくるんでしょ」
「息がかかっているとは失礼ですね、わたしは東京の人間ですよ?」
どこまで行っても平行線になっているような二人の会話は山木には意味不明だ。
聞いているだけで、話の内容など理解できない。
「そうね、一応わたしとも遠縁だしね」
「……遠縁と言えば、今度東北のほうから薫さんという女性が、弥生さんの所にお手伝いとして入ることになるそうです」
「それって、わたしが京都を嫌っているから、東北から人選が成されたってこと?」
顔色ひとつ変えることもなく弥生が問いかけた。
「簡単に言うとそうなりますね」
あれでも一応、本家は弥生さんのことを心配しているんですよ。
彼はそう続ける。
「あっそ……」
本家だの、族長だの、東北だのと。
正しく日本語ではあるのだが、その意味は本来の意味を指しているとは考えられない。
そもそも、江戸時代の公家の家でもあるまいし、本家だの族長だのとはどういうことだろうか。
「薫って、いくつなの?」
「確か、わたしと同じくらいでしたね」
「そうすると二五前後ってこと?」
自分よりも年上だろう人間たちを平然と呼び捨てにする彼女の眼差しはどこか厳しげなものだった。
山木がケーキをつつきながらしきりに首をかしげていると、スーツ姿の青年が彼を見やってから優しげな瞳でにっこりと笑った。
そういえば、この青年ともなんだかんだで四年のつきあいになる。
確か弥生が小学校に上がる前までは両親らしき人と暮らしていたはずだというのに、いつのまにか和泉家の表札は「和泉弥生」とされていた。
それが意味するところを、子供であった彼は四年前は知りもしなかった。
もちろん、全てを理解することはできないが、あれから四年たった今ではなんとなくわかる。
要するに弥生が小学校に上がった頃に家の持ち主が、彼女に移ったということになる。そして、それとほぼ同時に「和泉弥生」の家から両親らしき大人の姿が消えた。
「……そういえば、朝子と一樹は元気?」
「元気ですよ、鹿児島に戻ったらしいです」
朝子と一樹。
また知らない名前だ。
「力の再調整に時間がかかったんだ?」
「そりゃそうでしょう。あなたと六年も生活していれば自分たちの力のほうが失調して当たり前です」
「再調整は本家で?」
「そうらしいです、噂ですが二年ほどかかったらしいです」
静かな男の声に、弥生はフォークでチーズケーキを刺したままで口の中で「ふーん」とつぶやいた。
「いちいち各地方で家長相当の人間が生まれた時にあんなことやってたら、そのうち一族全員が発狂でもしそうよね」
素直に感想を述べるような彼女の言葉に、青年は「仕方がありません」とほほえんだ。
「あなたのご両親が、白凰の呪いを受けた子供を受け入れられるような力を持っていなかったのですから」
そう告げられて、少女はフンと鼻を鳴らす。
「家長は家長でも白凰の呪詛を受けていたら、また話は別ってこと?」
「あなたもわかっていらっしゃるでしょう?」
ため息混じりに言われて、弥生は不機嫌そうにフォークの先のチーズケーキを見つめた。
「そうなると、今度その東北から来るっていう薫っていう人は、それなりにそれなりだってことだ?」
「話が早くて助かります」
そう言われて弥生は目を上げる。
「一応、本家と東北本家の報告書がありますが、ご覧になりますか?」
青年はそうしてアタッシュケースのなかから二通の封筒を取り出した。
「いらない」
短い言葉で一蹴した彼女は、困惑した表情で青年と弥生を見つめている山木に視線を戻した。
「ごめん、つまらない話だったわね」
「あ、いや、別に……」
もごもごと要領を得ない言葉を返す山木に弥生が笑う。
「いいのよ、つまんなかったらつまんないって言ってくれて。わたしもこいつと話すの久しぶりだったから、ついどうでもいいことを話し込んじゃったわ」
そう言って、弥生はいつものように屈託のない笑顔でにこにこと笑った。
彼女の性格などを知らない人であっても、弥生の笑顔はかわいらしいと思うだろう。
実際、和泉弥生は従姉妹の明衣子と同様に美少女なのだ。
「……あのさ」
小さくつぶやいた山木に、和泉弥生は口元だけで笑った。
かわいらしい彼女の、どこか意味深な微笑。
「そのうち話すわ。……そのうちにね」
ゆったりと彼女は言う。
まるで、言い含めるように。
「ところで、弥生さん。そろそろ七時半ですが」
「あら、本当」
時計を指し示されて、弥生は声を上げる。
そろそろ帰りましょう。
そうして弥生は立ち上がった。
女将と手短な会話を交わして、彼女と青年は山木を伴って料亭を後にした。
今にして思うと、彼女が会計をしているところなど見たことがなかった。
「お気をつけて」
女将が料亭の前で深々と頭を下げた。そんな中年の女将に、弥生は一瞥もしない。
至極当たり前でもあるかのように。
彼女は青年の運転する車に乗り込んだ。
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