ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 空響 −VOICE−
- 日時: 2011/12/16 13:30
- 名前: 栗鼠隊長 ◆Q6yanCao8s (ID: aza868x/)
- 参照: 元:旬です。『りすたいちょー』と読みます。
まあここでは初めましての方が多いでしょう,きっと。
では! 初めまして,栗鼠隊長です。〈りすたいちょー〉と読みますw
馴染みの無い名前だって? 当り前でしょう……。元:旬。え,これでも?
では完全に初めましてですね(´・ω・)
僕の作品,目の裏に焼きつくくらいに読んで帰ってくださいね!
……などと贅沢はいいません,はい。
ちょっとでも読んでいただければ嬉しいですw
では! 本編をお楽しみあれ!(——ん? 楽しいのかな、これ……)
プロローグ >>1】
第一章 一話 >>2】 一・五話 >>3】 二話>>4】 >>5】 >>6】
第二章 一話 >>7】 >>8】 >>9】 二話 >>14】 >>15】
■まろうと■
・玖龍様(勉強できると踏んでいます。文才すごいよ)
・凛様 (報告ありがとうございます。お疲れ様でした^^また次回もよろしくお願いしますねっ)
- Re: 空響 −VOICE− ( No.3 )
- 日時: 2011/10/24 20:05
- 名前: 栗鼠隊長 ◆Q6yanCao8s (ID: aza868x/)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs/index.cgi?mode=view&no=15880
*余談 一・五話
この世界には、二つの国と三つの地域が存在する。
ナタリ・アンハーダーがそれを知ったのは、彼女が初等教育を受け終え、中等教育を受け始めたころだった。最初の内は興味を示すこともなく、成績もずば抜けていいわけでもなかった。彼女はいわゆる、平々凡々だったのだ。
そんな彼女にある日、人生を変える教師の一言が届けられた。それはまるで彼女の為だけに紡がれたかのように、ナタリの心をぐっと惹いて離さなかった。
「この世界には果てがある。近日、この記事がトップを飾ったことは知っているな?」
燐寸棒のような細い先生。興奮気味に、言葉を吐き出すように並べ立てる。
質素で貧乏な暮らしをし、食べていくだけでも精一杯な彼女の家は世間話など無論知るはずもなかった。そして世間体もお金にも政治にも興味を示さない彼女にとって、それはどうでもいいことの一つに過ぎなかった。……はず、だった。
「なんと、この世界は球体をしていることが明らかになったのだ。そして空に何があるのかも。まだ本物を見た者は誰もいないそうだが、この広い空のどこかに、浮遊島があるらしい。地上遥彼方に瞬く星どもも、その浮遊島かもしれないとの憶測さえ出始めている。これは人類の進歩であり我々カプタール皇国民の誇るべき発見でもあるのだ。この空には、豊かな浮遊島があるのだ! 喜べ皆! セントグリアーナにも勝る大発見だ!」
ワーッ、と皆揃って歓喜上げ、教室の中は拍手喝采の海になった。だが彼女、ナタリだけは違った。
目にはいつもと違う強い意志の光が宿り、しかと正面から教師を見据えていた。その毅然とした表情は、いつもの彼女からは想像もできないものだった。彼女の瞳は、未来を捉えようとしたかのごとく爛々と輝きを放っているかのようであった。
放課後、ナタリは授業前の『浮遊島』の話が気になって、先生のもとに来ていた。
「コダート先生」
「おぉ、アンハーダー君。珍しいじゃないか。どうしたんだね?」
「今朝の話のことなのですが」
するとコダート先生は、眉間にシワを寄せて言った。
「君の悪い癖だ。どうせ『浮遊島』が見たいのだろう? 君に飛行士は務まらないよ。それに、どこにあるかは分かっていないんだ。偶々、写真に写りこんだだけの気まぐれな島なんだぞ? 何十人の学者が総出して探したって見つからなかった幻の浮遊島は、まだ存在しか明かされていない。イコール、限りなく無理に近い。いや、無理なんだ」
「どうしてですか。やってみないと分かりません。それこそ先生の悪い癖じゃないですか? 私の可能性は、そんなにもありませんか?」
コダート先生には分かっていた。ナタリは『浮遊島』に興味を持ち、見たいと思っているのだと。どうせ空でも飛んで見に行きたいのだろう。
だがそれは、コダート先生にとって良くは思えない事実だ。なぜなのか。理由は簡単で、ナタリには何をやらせても成功したためしがないから。
……彼女に、飛行士は務まらない。
ある意味での教育かもしれない。真実を受け止める心が、ナタリには欠如しているようだったから。
「いや、そういうわけではないよナタリ君。君は……あっ」
「もういいよ、先生っ。私、飛行士になるために飛行士訓練学校に行くことにするから!」
「あ、っちょ……!」
片手を大きく振り切り、ナタリは廊下を駆けていった。
「まったく……。君が入れるところじゃないよ、飛行士訓練学校は」
廊下の窓から入る夕焼けの赤は、先生を染め上げため息をつかせた。
「こんな豊かなところに生まれたというのに、君は——」
先生の瞳には、懐かしさを感じさせる温もりが宿っていた。
*
- Re: 空響 −VOICE− ( No.4 )
- 日時: 2011/10/26 17:52
- 名前: 栗鼠隊長 ◆Q6yanCao8s (ID: aza868x/)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs/index.cgi?mode
第二話 「仕事ですから」
「……なんだなんだ、どうした。なぜ泣いているんだ? 花を尻に敷いたごときで、男というやつは……全く」
茂みに隠れて様子を窺っている彼女、名をナタリ・アンハーダーという。
額には大きな飛行時装着ゴーグルをし、服装は空陸両用の動きやすそうな栗色の飛行服。
「おい、そこの……ええと……」
ジュリオを無害と判断したのか、なんの構えもなしに、彼女は堂々と姿を現した。
名前が分からないためか、少し呼びかけに迷いがあった。
「——う、わ……あっ……あああああ!」
突然だったために、それなりにジュリオも驚いた。
「あ、あのう! ひ、ひひひ、飛行士さんですかかかかかっ?」
気が動転してか、ロレツが上手く廻らない。
「ぶ、ぶぶぶ、無事……ですかっ?」
腰まであろう、長く漆黒の髪を揺らしながら綺麗な瞳が、ジュリオを貫かんとばかりに凝視してきた。
どうやらコクレツカ諸国の民らしい。
「無事もなにも、ピンピンして……あ、そうだ! あなたもしかして、この浮遊島のお方かしら?」
彼女は息を荒げ頬を紅潮させ、ナタリはジュリオとの距離を一気に縮めた。顔と顔の近さに、ジュリオは息を詰まらせた。
「ふぐ……っ。ち、近いです飛行士さん」
「ねえ、どうなの? あなた浮遊島のお方? でなければここにいないはずよ。住んでいるのよね? 浮遊島に」
若干……いや、完全に気おされてしまったジュリオは返す言葉さえ見つけられない。腰が抜けて、いつもの臆病さが増したようにも見える。
「ねえ、ねえってば。アニュメンダ浮遊島の人でしょう?」
「——は?」
アニュメンダ浮遊島……?
「アニュメンダ浮遊島……とは?」
なんのことを言っているのかさっぱりだった。
抜けた腰は相変わらずだが、その表情は僅ながら平常を取り戻している。
「住んでるところの地名も知らないの?」
「は? いや、僕が住んでいるここは、プロンダ空島というところです……が……」
「そう。わかった。あなたたちはここを、プロンダ空島と呼ぶのね?」
「は、はい」
答え終わるが早いか否か、彼女はジュリオから顔を離したかと思うと手帳を相手に必死でペンを走らせた。
「プロンダ空島と呼んでいる……。外見的特徴は……うむむ……」
ブツブツと呟きながら、手帳とジュリオの顔とを交互に睨みつける。なにやら分かったことなどをメモしているようだ。
彼女が忙しそうにメモを取っている最中にも、ジュリオの不安は募る一方で軽減されることなど決してなかった。
「あなた、名前は?」
「……ゅ、りお……」
「へ? るりお?」
子供の言葉遊びのように覚束無い、頼り無い声。そして、この上なく小さくて聞き取りづらい。彼女は「ジュリオ」を「るりお」と聞き間違えた。
普段なら死ぬまで笑うジュリオだが、今はそんなどころではない。
「……ゅり……お……」
「りゅりお?」
こんどは「りゅりお」だそうだ。
聴覚が優れている飛行士の彼女といえど、ジュリオの言葉は聞こえないらしい。
「じゅ、じゅ、じゅ……」
「じゅ? あぁ、ジュリオね」
「はい、そうれふ……。ジュリオ・ミ・サーズン……」
わかった、とだけ呟き、今度は島を見渡し始めた。
「自然豊か……。ふむ、多種生物確認……」
今の内にっ!
ジュリオは逃げの体制に入る。……が、悲しいかな、寝巻の袖を完全に杭で地面に固定されていた。
……チッ、いつの間に。
「ちょっと待って、ごめんね。私はあなたを殺せというような任務は聞いてないから、安心して。大丈夫。ちょっと付いて来てはもらうけどね。……ふむ、羊に似た生物を飼育している可能性が……うむむ」
なにやら難しい顔をしている。が、そんなことはジュリオにとって問題ではない。
今のジュリオにとって最優先されるべき事項は、まず逃げることだ。付いて来てもらうということはジュリオにとって、誘拐されるに等しいことだったから。つまりジュリオの解釈では付いて来てもらうイコール連れて帰るなのである。
この落ちそうな偵察機に乗せられるのだろうか。
「……はいっ、完了! 大まかなことはメモしたしー、さっ、帰ろう! ……って、え?」
ジュリオと名乗った少年がいない。……のではなく、死んでいる。
目は虚ろになり、意思のない光をおも宿さない濁った色をしている。
——ジュリオは、死んでいる?
- Re: 空響 −VOICE− ( No.5 )
- 日時: 2011/10/28 21:47
- 名前: 栗鼠隊長 ◆Q6yanCao8s (ID: aza868x/)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs/index.cgi?mode
「ちょ、ジュリオ? どうしたのっ?」
血こそ流してはいないものの、完全に息絶えているように見える。
「ジュリオ? ジュリオ?」
しかしジュリオは死んでなどいない。
—— 一撃必殺死んだフリ!
心の中で密かに唱えた死んだフリの呪文。効果は……、もちろん無い。息を止めてぐったりするだけの技など、一級クラスの飛行士には通用するはずも無かった。それに息を止めるのにも限界というものがある。
「うぷっ……」
彼女は既に気が付いているのだが、ジュリオは必死に死んだフリを続ける。
合間合間に息継ぎをするのだが、それがまた下手くそで奇声が上がる。
「あの、ジュリオ? バレのよ。そんなに無理しないで。言ったでしょ? 私は殺さないから、って」
……通用しない。
分かったはいたものの、抵抗したくなる気持ちは変わらなかった。
「知ってるよ、さっき聞いたもん。でも行きたくない。……僕を、連れて行かないで」
すると彼女はフッと笑った。
「大丈夫だって、すぐに帰って来られるわ。それに私、帰り道が分からないの。しばらくここでお世話になってもいいかしら?」
浮遊島は位置確認不可能なため、変えるには周到な準備が必要らしかった。それに、と彼女は続け、燃料が必要なこととピアトラを引き上げることもしなければいけないことをジュリオに話した。
「だから、ちょっと手伝ってくれない? 私一人でピアトラなんて、持ち上がらないもん」
「……いや、二人でも無理だと思うけど。それなら——」
「ジュリオ!」
「……?」
ふいに、後方から声があがった。
振り返って見るとそこに、ジュリオの姉のクレロッタが立っていた。
「あ、姉さん!」
「……姉さん? ああ,ジュリオのお姉さんなのね」
ナタリは綺麗な黒髪をワイルドにかきあげ、まだジュリオにもしていない自己紹介を勝手ニ始めた。
「初めまして、ナタリ・アンハーダーと言います。コクレツカ諸国民の一級飛行士を勤めてまして、この度は浮遊島を探すべく飛行していたのでありますが、いや、知らぬ間にここに辿り着いてしまっていたというか……」
ここにきて初めてジュリオは彼女の名を知った。
ナタリは自分でも知らぬ間に、プロンダ空島へと辿り着いていたらしかった。
なるほど、これでは帰り道も分からないはずである。
「ですからその、少しの間でいいんです。こちらにおいていただけませんか」
一級飛行士らしい堂々とした口調で、ナタリは淡々と事を告げる。
「え、あぁ、はい……。どうしても、というのなら」
姉も弟と同様気おされたようで、どう見ても自分より年下のナタリへの返答があまりにも頼り無い。姉弟そろって、ナタリの押しに負けたらしい。
普段は強気な姉も、今回ばかりは小さく見えた。
「あ、私はジュリオの姉のクレロッタと言います。よろしくね、ナタリさん」
「ナタリでいいですよ。ジュリオもそう呼んでねっ」
空戦を毎日のようにしている戦士といえど、笑顔は無邪気だった。
「そういえばナタリ」
「ん?」
気になってしかたがないジュリオは聞いてみることにした。
この疑問はきっと、誰もが思うことだろう。クロレッタも同じことを考え始めていたようだった。
「飛行士って、女の人もなれるの?」
ここの他にある地上と呼ばれる大陸について記した書物に、戦闘士は男性しかいないと書かれていた記憶がある。
地上のことはあまりよく知らないが、齧った知識としては女性は子供を産めばいいのだとかなんだとか。
「あ、うん。えっとね、私の家はその……お金があって、ほら、貴族とかって呼ばれるやつ? なんだ。私が空を飛びたいって言ったから、裏口……でね。本当はだめなんだよ。私は女だから。これも義父さんのおかげなの。ま、そこまで話す必要はないけどね」
「へー、そうなんだ」
ナタリは特別だそうだ。
義父さんの権力があっての今だとナタリは話した。
朝日も高く昇りはじめ、陽射しが強くなってきた。もうすぐ朝ではなく昼になろうとしている。
「そういえばジュリオ、朝ごはんまだでしょ? できてるから一緒に食べましょう?」
「うん。あっ、ナタリもどう?」
「いや、私はいいよ……」
——グウゥ
「あはは、お腹減ってるんでしょ? ナタリも一緒に食べましょうよ」
楽しそうな二人と申し訳なさそうな一人は、会話を弾ませながら小屋へと入っていった。
- Re: 空響 −VOICE− ( No.6 )
- 日時: 2011/10/29 20:13
- 名前: 栗鼠隊長 ◆Q6yanCao8s (ID: aza868x/)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs/index.cgi?mode
日が暮れ、涼しくなってきた頃。
「いい? せーので引き上げるよ? ……せー、のっ、んっ」
「ぬうぅ」
「えいっ」
ズズズ、と鈍い音をたて、偵察機ピアトラは少しずつ持ち上がる。
右翼全体が崖へと乗り出しているため、少々引き上げるには時間がかかるようだ。
ずるずると引きずられ引き上げられ、多少の傷を負うナタリの愛機。
……仕方ない、か。
愛機が傷つくのは嫌だけれど、こうでもしなければ引き上げることは不可能だろう。それに乗って帰ることができれば、偵察機ではなく身の軽い戦闘機に乗れる。
「もうちょっと……。いくよ。せー、のっ、んっ」
「うぐぐっ」
「んぬっ」
ズズリ……。
不快な音をたて、偵察機は引き上げられた。
この頃にはもう日も沈みきっており、傷だらけの偵察機たちを照らすのは月光のみとなっていた。
空を仰げば満天の星空。
「あぁ……、綺麗……。こんなにも沢山の星が……」
初めて見る光景に、ナタリはただただ心を奪われるばかりだった。
故郷ではこんな景色、見られるものではなかった。地上に輝く街明かりが星の輝きを阻止し、一度も見たことがなかった星空である。
「でしょ。夜になるとね、星は、すごく綺麗に瞬くんだよ」
「ほんと、すごく綺麗……」
瞬きするのさえ惜しいくらい、それくらい、ナタリは綺麗だと思った。
「ねえナタリ。一つ、質問してもいい?」
「どうぞ。一つなんて言わないで幾つでも聞いてちょうだい」
三人はすっかり打ち解けたらしく、会話も軽く楽になっている。
「あなたは一体どこから来たの?」
「あっ、それ僕も聞きたいと思ってたところなんだ」
「えー、聞くの? まあいいよ。うん、話してあげる。私が産まれたのはコクレツカ諸国っていう、小さな地域なの。そこでいろいろとあったんだけど——」
三人の語らいは夜更けまで続き、次第に眠気に襲われ始めた頃。
「そうだ、燃料補給しなきゃ帰れない……」
ナタリは帰るという第一の目的思い出し、呟きだした。
「ネンリョウ? なにそれ」
「これを動かすためのエネルギーみたいなものよ。この島にはあるかしら?」
キョロキョロと見回して見るものの、ありそうでない。
「私たちがトラクターを動かすために使っている液体ならあるけど……」
「あるのっ?」
「え、ええ。それで動くかは分からないけど、やってみる価値はありそうだわ」
もしかしたらそのトラクターを動かすために使っている液体とやらが、この偵察機に合う可能性もある。
——欲しい。
「それっ、少しもらえないかしら?」
勢いづいた調子で、ナタリはクレロッタに詰め寄る。
その横では、ジュリオが心地よさそうにすやすやと寝息をたてている。
「いいわよ、まだ沢山あるし」
「ほんと!? あ、ありがとうクレロッタ!」
「ええ……。もう入れる? すぐに準備できるけど」
「お願いするわ!」
跳ねて喜ぶナタリと準備に取り掛かろうとしているクロレッタが、再び顔を出した朝日に照らされた。
- Re: 空響 −VOICE− ( No.7 )
- 日時: 2011/10/31 13:40
- 名前: 旬 ◆Q6yanCao8s (ID: aza868x/)
- 参照: 名前をちょっともどしてみた。だけ。
第二章 強制連行
一話 生き別れ
燃料になるかもしれない液体を補給し、昨夜引き上げられた偵察機に乗り込むナタリ。各箇所の点検などを済ませる。
「ふぅ。ありがとうね、クレロッタ。どうにか飛べるかもしれない」
「そう、それはよかった。気をつけてね?」
「うん、分かってるって」
最早本当の姉妹のごとく仲良しになっていた。
「それと、ジュリオ」
「なに?」
ナタリにはとある任務が任せられていた。空戦については全くと言っていいほどに役立たずなナタリに任せられることといえば、これくらいだからだった。
内容は、浮遊島に生息する生物の捕獲。当初の予定では鳥かなにかを捕まえて帰れというものだったのだが、少し前に通じた多機との無線で人間がいるのならそいつを連れて帰れと言われた。
だからナタリは、気立てのよさそうなジュリオを連れて帰ろうと思った。
本当は臆病者なだけなのだけれど、それもなにかにつけて都合がよさそうだ。
「私と一緒に、地上へ来て」
「……え? ち、地上?」
——連行。
ぴったりだ。ジュリオは身の危険を感じた。
少しの旅だと思えばそんなことくらいどうってこともないのだが、なにせジュリオだ。悪い方向へと臆病な思考回路が道を広げる。
「昨日言ったとおり。すぐに帰ってこられるから、ね? お願い」
これだけ打ち解けた相手だ。願いを聞き入れてやらないほど、ジュリオ姉弟も冷たくは無い。だが、それ以上に、願いにも限度があると思うのだった。
「ごめんナタリ。その願いは、聞けない。クロレッタ姉さんと離れるなんてできない」
「どうして?」
「だから……」
そのときクロレッタが、ジュリオの一歩前へと出た。
「なんの目的があって連れて行こうとするの? ナタリ」
「……そ、それは」
——分からない。
正直言って、一級でありながら知識としては下級流民と大差ないナタリには分かりかねることだった。
憶測して言うならばそれは、
「地上の人たちが、ここのことを知りたがっている」
だろうか。
「そう。あなたの仲間が、プロンダ空島のことを知りたがっいるから連れて行くと言うのね? ジュリオに説明してもらうために」
任務を任されておきながら理解できなかったナタリよりも、クレロッタの方がよっぽど利口である。
その利口さにはナタリも、思わず納得してイエスと言ってしまう。
「そ、そうよ。だからお願い。ジュリオ、一緒に来て」
「え……、でも姉さん」
「私はいいわよ。一人でも大丈夫。それにナタリは信用できるわ。ねえナタリ、ジュリオのことをお願いするわ。でも必ず、一通りの説明を終えたら帰らせてね?」
「うん、分かってる。ありがとうねクレロッタ! じゃあ行こうジュリオ」
「え? え? え?」
引き止めてくれるとばかり思っていたのだが、これは予想外だった。クロレッタはジュリオを連れて行こうとするナタリを止めることなく、条件付で連れて行くことを許したのだ。
「行ってらっしゃい、ジュリオ。私は大丈夫だから心配しないで。あ、そうそう。ついでに地上のことも見てきてくれる? いいの見つけたら教えてね!」
「あ……、はぁ」
地上のことに興味津々だったクロレッタは、ジュリオを使って知ろうとしているようだった。
「じゃあねクレロッタ。また今度、あなたも地上にいらっしゃい」
「ありがとう。いつか行くね! あ、その前にそのネンリョウで飛ぶかどうかだけど……」
「ああ、うん。そうね。きっと大丈夫でしょう。飛ばなかったらまた、しばらくここにいさせてね?」
「もちろん」
左翼に足をかけナタリは搭乗すると、後に続くジュリオに手を貸した。
ジュリオは臆病な性格に似つかわしい体格で、細くて折れそうだったため大変軽かった。
「……もやしっ子め」
「え、なに?」
「い、いやっ? なんにも」
エンジンを起動させる。低い唸り声のような音が、空気から座席から伝わってくる。
「ジュリオ、クレロッタに手を振って」
右側についている無線を使い、手を振るようジュリオへ促す。後ろを向くと無線を探しキョロキョロとするジュリオが見えた。
「いいよ、応えなくても。ほら手を振って」
ジュリオが手を振ったことを確認すると、ナタリは前へ向き直って操縦桿を握る。
「出発します。シートベルトはした?」
「しーとべ……?」
「座席の左下あたりに付いてるから」
「ああ、分かった。うんいいよ出て!」
低いエンジン音を轟かせ、偵察機ピアトラ№4は飛び立った。
「飛べたわ。……ありがとうねクレロッタ」
両翼の先端をパタつかせ挨拶代わりとする。
「えーと、ここから西へ七千五百キロね」
高度計と位置確認機能をフルに使い現在位置を確認した。
雲は一切なく、見晴らしは最高だった。ここは確か見方空域のはずだから、敵に追い回される心配もしなくてよさそうだ。とはいえここは空である。油断は禁物。お頭は下級と変わらないナタリでも、見張りを怠ることは許されないのだということくらい分かる。
「ごめんなさいジュリオ。後ろの空の見張りを頼めないかしら」
「空?」
「うん。敵機が見えたら教えて欲しいの。なにか光るものが見えたら言ってね。追い回されると打ち落とされる可能性の方が大きくなるから」
誰も好んで死のうなどとは思わないだろう。
「うん、分かった。見張ってる」
「よろしくね」
相変わらず無線は使えないものの、近くで話したものだから音声がきちんと届いたようだ。
機の外では、下のほうで海が輝いている。見あげなくても雲が間近にあった。
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