ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- その少女
- 日時: 2011/12/08 20:56
- 名前: 立目 里 (ID: btsyIDbw)
【子ども時代】
彼女は頭が良すぎた。それは、天才などという言葉では表現しきれないほどであった。
彼女は家で宿題や課題以外の勉強などした事が無かった。必要なかったのだ。かといって、家で読書ばかりしているかというとそうでもない。テレビや漫画の大好きなごく普通の中学生に見えた。しかし彼女の才能は他の友達とくらべものにならないほどずば抜けていた。
彼女は一度聞いたことを決して忘れなかった。帰宅後、「今日一日の授業は?」と聞くと一言一句間違えること無く原稿用紙に書き出すだろう。それを死ぬまで忘れないのだ。友達は、彼女が授業中に私語をしているのを見た事がない。先生に質問することもない。ただ黙って、黒板を見つめていた。先生は言った。「吸い込まれそうだ」と。彼女は本当に、話の端から端まで、黒板の隅から隅までを残す事無く吸い込んでいたのかもしれない。
そもそも彼女がこんなふうになったのは、小学一年生の時だった。彼女は入学祝いに金魚を飼う事にした。動物を飼いたいと言っていた彼女にとって、それは初めての「ペット」だった。話はおろか、触れる事すらできないその魚達を彼女は愛していた。餌も欠かさずやった。黙って見ていた。金魚の赤と、水草の緑が交わるのを。鱗が光っていた。美しいと思った。しかし、永遠のようなその時間は、金魚の寿命を少しずつけずっていた。
ある日彼女は、物悲しそうに水槽を見ていた。一匹の年老いた金魚が、痩せ細って仰向けになっていた。まだ死んではいなかった。えらが微かにひくひくと動いていた。命に終わりがある事を、七歳の彼女は悟った。目の色が濁り、尾が不自然に曲がり、鱗に輝きを失ったその瀕死の金魚をずっと見ていた。ふと目の色が変わった。七歳の少女はある衝動に駆られた。この金魚の上に餌を置いたら?仲間ほそれを見て、またいつものように食らいつくのだろうか。やってみたい。餌を乗せてみたい。この病的な白に変わった腹の上に。人間ではまずありえない。瀕死の人間の腹の上にある食べ物など食べる気も失せる。しかし魚はどうするのだろう。常識などまだ無い七歳の少女は、その衝動を行動へと移した。小さな指で、一つまみ餌をとると、無作法に水槽の中へとつっこんだ。瀕死の魚の三センチほど上までくると、その指を離した。餌は魚の腹や尾やその周りに降り注ぐようにして落ちた。えらしか動いていなかったその金魚は、くずぐったいのか嬉しいのか、身震いするように激しく動いた。びくっとした少女は素早く手を水槽から出した。胸が高鳴っていた。金魚はまた、えらだけを動かす動作に変わっていた。つばを飲んだ。そして次の瞬間、自分がした事の残酷さを知った。周りの金魚がその餌に食らいついた。いつもと変わらぬ様子で。それは、瀕死の仲間をむさぼっているかのようにも見えた。時々体が擦れあっても、彼らには関係ないようだった。ただ瀕死の魚だけが、体に電気を流されたように激しく震えるのであった。彼女はそこに何を見たのだろうか。おそらくそれは、死んでゆくものと生きようとするものが同時に存在する事の残酷さである。彼女は思った。「可哀想だとは思わないの?」と。そして答えはいとも簡単に出た。「彼らは魚だ」可哀想など思うわけがない。
その時の事は七歳の少女には衝撃が大きすぎた。それの何が彼女に影響を与えたのか、彼女の記憶力がとび抜けて良くなったのはそのわずか数日後の事だった。食卓でいきなり『二台のピアノのためのソナタ』を鼻歌で歌い始めたのだ。見事に最後まで。
「どこで聞いたの?」
母は驚きを隠せずに聞いた。
「昨日のテレビ」
「一度だけ?」
「うん」
それだけではなかった。彼女はテストで百点しかとらなかった。一度見た景色を三年後に絵に描いたり、図書室へ行って読んだ小説を家に帰って暗読したり、気持ち悪がられても仕方がないくらいの才能であった。
- その少女 ( No.1 )
- 日時: 2011/12/17 08:40
- 名前: 立目 里 (ID: btsyIDbw)
【少女に恋した少年】
僕は恋をした。これを恋というのだろうか。中学一年の一番最初の定期テスト。五教科で五百点満点のテスト。その子は見事五百点だった。驚いたのは僕だけじゃない。教師も友達も彼女に注目した。その両親たちも一目置くようになった。
角度によっては美人な子だった。たいして色白と言うわけでもなく、背がすらっと高いわけでもなかったが。賢さ以外はごく平均的な少女、休み時間には友達と笑ってしゃべる普通の子、その子に僕は心を貫かれたのだ。
四月。授業中に発表をするわけでもなく、家での勉強時間はゼロ、そんな隣の席の女の子を僕は完全になめていた。「高校行けねえぞ」と見下していた。あまかった。彼女は吸い込むような眼差しで黒板を見ていた。機械的にノートを取っていた。奇麗な字だった。覗こうとすると内巻きの長い髪からふわりと甘い香りがした。「違う。他の女子と...明らかに違う。何が?分からない」僕は彼女が気になって仕方がなかった。
定期テストで五百点は前代未聞だ。彼女の記憶力は半端ではない。僕の心に火がついた。次は勝ってやる。
僕は地味な男だった。流行の音楽より洋楽を好み、部活には入ってなかったし、背は低くなかったけど他の男子に比べると筋肉が少なくひょろっとした感じだった。前髪が少し長く、声が低くて読書が好きな、どのクラスにも一人はいそうな静かな奴だった。だけど勉強は負けない自信があった。理数に力を入れた進学塾に通い、家でもいつも勉強していた。いつしか、これが自分の唯一のとりえとなっていた。そこに彼女は現れた。
一番最初に彼女の才能を知ったのは、枕草子の暗記の時だ。
「来週にテストします」
先生はそう言ったのだ。来週と...。僕は焦って覚えようとした。なのに彼女は言った。
「今ではいけませんか」
普段授業中には絶対しゃべらない彼女が声を出した事にも驚いたが、内容にはもっと驚いた。
「かまいませんけど、以前読んだ事でもありますか?」
「いえ」
「読めますか?」
「はい」
「ではどうぞ」
淡白なしゃべり方だ。そのしゃべり方が頭の中でぐるぐると回る。そして彼女は見事に読み上げた。たった一度、授業で読んだだけだ。皆あぜんとした。
「よろしい」
先生のその声には驚きと焦りの反面嬉しそうでもあった。こんな生徒,出会った事がない。教師としての喜びが見えた気がした。それが悔しかった。僕だって...。枕草子くらい塾で覚えておくべきだった。この時の僕の気持ちは、執着と言った方が近かったかもしれない。
彼女は、人気者だった。話がいつも面白く、地味な子も、不良も皆彼女と友達になりたがった。
中学二年のある日、僕は哲学書を読んでいた。カーネギーは素晴らしい人だと知っていても、中学生の僕には少々難しく、飽きてきたところだった。ふと耳に気になる話が聞こえてきた。
「...君、あんたが好きなんだって」
あんた?彼女の事だ。誰が彼女を好きだって?耳がその会話を捉えようと神経を使っているのが分かった。
「吉山はやめときなよ」
吉山か。あいつなら、バスケットができて、おしゃれで背が高く、男前だから、彼女は好きになってしまうかもしれないな。......嫌だな。もし付き合ったりしたら...。彼女が普通の女になってしまいそうで。
家に帰っても考えていた。男と付き合う彼女の姿を、僕は想像できなかった。一方的にライバル視しながらも、密かに抱いていた恋心がふくらみ始めた。嫌だな嫌だな嫌だな..............。そして考えついたのが、僕にしては大胆で、馬鹿な行動だった。
次の日の掃除中。机を全部西側に寄せ終えたところで僕は彼女の肩を掴んで叫んだ。
「好きかもしれない。君の事......、いや、好きだ!付き合ってくれないかな」
僕と彼女の間に、冷たい風が吹き通った。静かだった。皆が見ている。僕は彼女を見、彼女は僕を見ている。吉山も、彼女の友達も、僕の友達も。自分の行動の恥ずかしさに気がついた。いつも物静かで、どちらかと言うと陰気な僕を、こんなふうにしてしまったのは君だ。君には、誰のものにもならず、ここに、いつものように、特別な君でいてほしかったんだ。ただそれだけなんだ。純粋な男心と、意味不明なこのばかげた行動が、自分を混乱させていった。赤面しているのが分かった。手は肩を掴んだまま、頭だけをかくりと垂れて、誰にも顔を見られないように努めた。まだ静かだ。掃除の時間が終わるのを待つしかないのか......?その沈黙を破ったのは彼女だった。彼女は助け舟を出してくれた。
「あんたってさ、地味で暗いし、弱そうだけど、かっこいいよね」
何?そんなこと...かっこいいなんて言われた事がない。
「何が?」
しくじった。何がかっこいいかなんて聞かなくてもいいんだ。恋愛下手なのがもろ見え見えだ。僕はアホか。赤かった顔が青くなっていくような気がした。せっかくの助け舟を......。
「顔」
彼女は答えてくれた。
「か、顔?」
僕が二年間密かに恋心を寄せていた彼女は、僕の顔しか見てなかったのか?あんなに勉強を頑張ったのに。君に勝ちたくて。
「あー、イケメンかも」
彼女の友達も言った。そ、そうなのか?僕は「イケメン」だったのか?いや、そんな事どうでもいい。僕の中で何かが崩れていくような音がした。と、また彼女はしゃべりだした。
「でも付き合ったりしない。彼氏がでて、嬉しそうにしてた友達も、みんな泣いて別れたわ」
その声が、とても淋しそうだったのを覚えている。
- その少女 ( No.2 )
- 日時: 2011/12/17 08:44
- 名前: 立目 里 (ID: btsyIDbw)
【高校生】
地元の進学校に入学した私。
そろそろ入試や、模試や、定期テストといったものに飽きていた頃だった。机に置かれた白い紙。そこにある問に、悩んだ事など一度もない。私にとってその問たちは、「犬の足は何本?」と聞かれているようなものだった。勉強に関して、周りの皆のように必死になった事が無かった。後悔もした事が無かった。恋もした事が無かった。付き合い始めて幸せそうな顔をしていた友達も、皆泣いて別れた。受験とか喧嘩とか、理由はそれぞれだったが、私はどれ一つとして忘れた事は無かった。泣いて目が腫れた顔、唇を尖らせてうつむく顔、別れてせいせいしたという顔、どれも私には、幸せそうに見えなかった。当然である。そして知った。始まった瞬間から、終わりは近づいているのだと。いや、もっと昔から知っているような気がした。別れた彼女たちを見ていると生まれるその感情は、いつも既視感を与えた。
私の隣にはあいつがいた。
背が三年前より二十センチも伸び、雰囲気もあか抜けたあいつ。すごく頭が良かった。点数では負けた事などない。私はいつも満点だったから。だけど勝った気は全くしなかった。むしろ、私より低い点をとって悔しがるあいつを見て私は負けた気がしていた。私はあんな感情を持った事がない。私にこの記憶力が無かったら、どうなっていたのだろうといつも思う。やる気を出せ、悔しくないのか、プライドは......、教師はよく、そんなことを言うがはっきり言って私にはない。皆無だ。記憶力がこれほど優れていなければ、私にはやる気も悔しさもプライドもあったのだろうか。考え続けても答えは出ない。がむしゃらな自分なんて想像できない。ゲームすら、私には簡単だった。二度同じ失敗はしないから。
あいつは静かで、地味で、勉強以外全て平均的だった。人前で話す時、恥ずかしそうに低い声でぼそぼそとしゃべり、いつも哲学書や、分厚い小説を読み、せっかくの男前を少し長い前髪と、うつむくことで隠していた。だけど私は知っていた。あいつはテストが終わる度に私の三けたの答案用紙を見て下唇の左側をきつく噛みしめていた。そう、彼のこの行動は......「執着」という感じだ。しかしあいつは私に恋心を寄せていた。私の何が好きだったのか分からないが、「好きだ」と言われたとき、胸の奥にふわりと灯りがついたようだった。それを隠すのに、あまり努力はいらなかった。だけど、そのとき、私はあいつを「人間だ」と思った。「そして私も人間だ」と思った。そのときは......。
ある日数学の授業で先生が数式の答えを間違えた。進学校となれば誰ともなくつぶやく。「そこ、ちがいます」と、すると先生も何事もなかったかのように「お、そうか。すまない。人間は誰でも間違うもんだ。間違わんやつは人間じゃない」屁理屈にも聞こえるが、私はその言葉にどきっとした。私は、人間ではなかったのだろうか。何度かそう思った事はある。だけど七歳のあの瞬間まで私は人間だったはずだ。他人が、人間らしいとかそうじゃないとか、人間だから当然だとか言うと、私の中の不安はふくらむ。
またいつものように、不安を抱えながら理科室に向かっていた。
「どうしても彼女が気になるんです」
あいつの声だ。彼女......私の事?階段の踊り場で足を止めた。この階段を下りて少し行ったところにベランダがある。窓からそこの会話が聞こえてきた。相手は担任の先生だ。
「どうしてそうあの子にこだわるんだ」
「彼女の記憶力は半端じゃないし、授業中以外は気が抜けたような目をしてる」
「いつもの事だ」
「中学生の時はもっと明るかったんです」
「ほう」
「休み時間は、友達としゃべって、漫画が好きでテレビも好きで」
「......」
「彼女は......」
「確かにあの子の能力は並ではない。しかもああいう症状の子は大体、自閉症だったりする。しかしあの子は違う。極めて稀な才能だ。しかしな、そんな心配する時間があるなら勉強しろ。何しにこの高校へ来たんだ?」
「はい」
私は、振り返るあいつに気付かれないようにこそこそと理科室へ向かった。今もそんなに私に興味があるのか。三年間、ずっと私しか見ず、よくもまあ飽きないものだ。私なんかテストにさえ飽きているというのに。あいつは私の何なんだ。
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