ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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彼岸花と甘い誘惑
日時: 2011/12/09 18:59
名前: 柚 ◆LOO4aW5XfQ (ID: vWi0Ksv5)
参照: 元美紗です。ギルフォード荘をよろしく




人間が作り出す世界は我々には、理解不能。
されども、生を受けたからには世を生き抜くと死が訪れる。
それを、逝くべき処へ迎える使者がいる。


死神。



死神が参る時、
人生に幕を閉じた時、
生命の炎が、消えた時、




逃げ惑っても、逃げられない。

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Re: 彼岸花と甘い誘惑 ( No.2 )
日時: 2011/12/10 17:56
名前: 柚 ◆LOO4aW5XfQ (ID: vWi0Ksv5)




二十代くらいの愛らしさが残る爽やかな笑顔で杏を出迎える。職員室の若い女教師が、杏に分かりやすく学校と教室を説明する。机は整理整頓され、可愛い小さなくまのぬいぐるみのキーホルダーが飾られている。華奢な彼女を見据えながら、教室の案内をする為、椅子から立ち上がる。それと同時にチャイムが鳴った。女教師は笑いながら言った。

「あ、そうそう。私は小林恵子と言います。是非これから、よろしくお願いしますね。さあ、行きましょうか。皆さん、待っているころでしょうし」

職員室を出て廊下を歩く。数名の生徒とすれ違う時、視線を感じたが、彼女は顔色変えず、そのまま過ぎて行く。教師の愛らしい笑顔が薄暗い廊下の中、白くぼんやりと浮かんだ。




問題児が多いと悪名高き教室、視線が集中した空気で教師は紹介する。教師は事なかれ主義だから、生徒達の蠢く闇を見て見ぬふり。新たなターゲットになるだろう彼女の名を述べた。

「月本高校から引っ越してきた、水沢杏さんです。ほら、ご挨拶して」
「水沢杏です」

席を言われ、人々の間をぬって座る。隣の人間がターゲットだった。

「おい、お前」

振り向くといかに不良という感じの青年が不敵に笑う。短い茶髪に銀のピアスが威圧感を出した。制服の下に着た黒の英字のTシャツが痛い。流行りのスマートホンを机に置く。

「そんな、無愛想な顔をしてんじゃねーよ。笑えよ、笑え」

卑しく笑った。しかし、杏は無視し前を見る。空気が一変した。教師は何故か引きつった笑みで彼を注意せず、他の生徒に授業の始まりを告げた。杏を一瞬、睨んで黒板に前を向く。道徳の時間に相応しくない始まりであった。
休み時間。誰も杏に近づかない。理由は隣の不良の所為だろう、先程から執拗に嫌がらせをする。他のクラスの取り巻き達も下品に笑いながら冷やかす。けど、微動だにしない彼女に苛立ちを募らせる。しまいには八つ当たりで教室のドアを蹴ったりして何処かへ消えた。
昼休み。屋上へ呼び出されるが無視して教室に居残っていると、彼の取り巻きが無理やり連れて行こうと腕を掴んだ瞬間、青年が宙を浮いた。黒板の下に激突し、上から黒板消しが落ちて青年の顔と頭を白くして、周りが沈黙になる。他の取り巻き達も本能的に危険だと感じ、青年を置いて教室から出て行く。青年も慌てて雅哉や愛奈など名前を呼んで、教室を出て行った。周りの視線が集まる。それでも、杏は表情一つ変えなかった。既に同級生の名前を憶えていた。




「………ったく、何だよ。あの女!」

校舎へ入る入り口の壁にもたれる青年が、吐き捨てた。長めの茶髪の髪が風で揺れる。屋上は冷風を容赦なく吹きつける。厳しい寒気が襲ったと天気予報の言葉を思い出す。取り巻きの一人、宮部綾は寒くてもミニスカートをやめない。薄いベージュ色のカーディガンの袖に手を引っ込める。先程、転校生にやられた青年だ。

「ダッセーな、海斗。俺が仇を取ってやるよ」

転校生の隣席の青年が笑う。彼等は他の軽い関係の奴等と違い、幼馴染で互いの生涯の大親友だ。隣席の青年はリーダー格で海斗はサブリーダー。彼を見捨てた奴等が取り巻きだ。

「でもよ、直人。舐めない方が良い。一瞬でやられたし」
「油断したんだろ、油断。今度はそうといかないぜ」

吸った煙草をコンクリートの地面に落とす。踏みつけると屋上を後にした。取り巻き達も続いて校舎内へ入る。残った煙草の吸殻から、白く細い煙が風で吹き飛ばされた。発電機の建物の影から出てきた人影。
杏だった。

「リーダー格が神沢直人。サブリーダーが大西海斗。取り巻きの宮部綾と鈴木愛奈、川原雅哉に北出佑太、氷室憲治の以下七名を冥界へ送るのか、それと担任教師の小林恵子も」






何かが、荒れる気配。血の匂い、涙の後。

Re: 彼岸花と甘い誘惑 ( No.3 )
日時: 2011/12/10 22:51
名前: 柚 ◆LOO4aW5XfQ (ID: vWi0Ksv5)




放課後。教壇で互いに向き合う二人の姿。愛嬌ある笑顔で出迎えた時と違い、表情が神妙だ。神経質そうに何度も自分の指先で教壇を叩く。教師は杏の全身を見据える。そして頬杖したかと思えば、言葉を投げた。

「神沢直人君はこの学校の理事長、神沢晴彦さんの御子息なんです。もしも、あなたが平穏に暮らしたければ神沢君に逆らわない事ですね、それと部外者に一切の事実を話さないでください。学校の名誉が全てあなたに掛かってるんです。……分かっているのですか!」

両手を教壇に置いたまま、立ち上がった。皺の寄ったスーツの乱れを直し、彼女は纏めているポニーテールを結び直す。椅子で腰を降ろした。白い薄っぺらな数十枚の書類を鞄の中へ詰め込みながら、目も見ないで続ける。

「とにかくお互い平穏に過ごす為にも後一年の辛抱です。一年で神沢君は卒業します。くれぐれも問題を起こさないでくださいね。佐藤さんみたいな事はごめんですので」

思わず出た言葉に口を噤んだ。目を逸らしながら、口にする。

「それだけです。早く帰りなさい。それと部活も見つけるんですよ」

教師は不愉快な顔で出て行く。杏も続いて出る。するとドアの前で神沢直人等がいた。誇らしげで嫌味な満面の笑顔で、にやにやと笑ってる。長い茶髪のメイクが濃い宮部綾。黒色のカーディガンを羽織り、セミロングの黒髪でナチュラルメイクと垂れ目が特徴の鈴木愛奈。ショートヘアの黒髪で一部、茶髪の北出佑太。赤毛に染めた赤髪の川原雅哉と隣にクロワッサンを食べている、長めの癖毛で黒髪の氷室憲治。以下六名が、にやにやと笑っていた。

「お前さ、調子に乗ってないか?」

腰に手を回し、傍へ寄らせる。

「お詫びに体で詫びろよ、あんたにぴったりじゃん!」

愛奈が手を叩いて笑う。間近まで顔を近づけた直人が耳元で囁く。

「なあ……。ちゃんと、全身で……ぐっ!」

肘で胸内を打った。足元に崩れ落ちる直人に取り巻き達は焦って杏に襲いかかる。けれど華麗に交わして全て返り討ちにした。最後に愛奈の手が杏の太股に触れた。無表情な冷たい瞳で払い、その手を踏みつける。床に散らばった六名の間を抜けて、教室を後にした。

「てめぇ………」

呻くような声。振り返れば直人の憎悪に満ちた目と合う。

「ふざけ、んなよ、親父に頼んで、お前を退学にしてやる!」
「それは、どうかな」

初めて喋った。甘く澄んだ声で、思わず直人も引き込むくらいの美声。艶やかな黒髪のシニヨンと切れ長の鋭く大きく冷たい瞳。雪も劣るきめ細かな色白の肌と桃色の唇で見る者を魅了する容姿端麗で直人の目が揺らぐ。

「佐藤花世みたいに僕はならない。覚えておけ」

彼の顔色が変わった。表情が震えている。取り巻き達も息をのんで、身体を震わせて怯えている。前を向くと場を後にした。直人等はようやく立ち上がった。痛みを堪えて曲がり角を曲がった杏の後を追ったけれど杏の姿は何処にもない。諦めきれず直人達は校舎内を延々と捜した。



彼岸花の立ち並ぶ通り。桜の宮へ通じる道を歩く。下校時刻だったので冥界へ帰ったのだ。赤い花の成せる美しさ。下駄が静寂な道に響く。前を仰いだら、目に入った姿は長い黒髪の黒目で十代後半の外見の平等王だ。冷たい瞳と冷たい感情が彼の評判は悪く。冥界の住人に嫌われていた。

「そなた、来るのが遅い」

冷たい声だった。冷涼な雰囲気を纏う表情が、冷たく無表情だ。

「申し訳ございません」

頭を下げた。直人等に余計な時間を潰されたのだ。

「まあ、良い。閻魔大王様に伝えよ。晩餐会に出席せぬと。私はそんな事で時間を潰すよりも、屋敷で読書した方が良いから、と。では用が済んだので早く戻られよ」

背を向けて元来た道を戻る時に牛頭馬頭の二人組と出会う。互いに避けて通った。狭い道だからだ。牛頭馬頭は常に二人組の地獄の兵士で、十三王の屋敷で見回りの途中だろう。彼等は彼岸花の道を皮肉っていた。
赤い花が立ち並ぶ通り。現世では気味悪がられている彼岸花。金木犀を好む閻魔大王のように、平等王は彼岸花を好んだ。冥界からも人気がない、赤い花。ふと振り返ると愛おしそうに彼岸花を撫でる平等王の姿が映った。三途の川の一部が流れている通り。彼岸花は常に咲き誇り、赤い空間を生み出す。最後に平等王の声が聞こえた。

「誰からも愛でられぬ花。まるで私と同じだ。こんなに綺麗なのにな、何故そなたは人気がないのだろう。綺麗な赤い花を川辺で咲かせてる、綺麗な花だ。馬鹿にされ気味悪がれ陰に咲く花だ。私と同じだな」

その時、薄く笑った。彼も笑えるのだな、と感じた。








赤い花。川辺に咲く陰の花。花を愛でるのは王一人。

Re: 彼岸花と甘い誘惑 ( No.4 )
日時: 2011/12/17 17:13
名前: 柚 ◆LOO4aW5XfQ (ID: vWi0Ksv5)

閻魔に伝言を伝えた。聞いた閻魔は苦笑いと交えながら、落ち込んだ。本棚から本を取り出す。分厚い本で古典だ。埃を手で払うと題名が見え日記、と題名に付く難しい感じのする本。開くと旧漢字が使われてる字で辞書も引っ張り出した。

「難しい漢字があるだろう。読めるか」
「読める」

根気あると読める。椅子に座った時、閻魔は口を開く。

「あ、そうだ。人間界の学校は如何した」
「神沢直人とその取り巻きと教師を冥界へ送る。まだ佐藤花世についての情報がない。何か、書類みたいなのないか」
「ある。これを見よ。そなたの水沢という名字、なかなか似合うぞ」

書類の一枚が置かれ、紐で束ねながら言った。受け取った杏は書類に目を通しながら、言った。

「別に」

佐藤花世の履歴書を机に置く。

「寂しい事を言うでない。そなたは、愛らしいのに愛想がない奴だな。笑顔の一つ、見せよ」






笑わない死神。感情を知らぬ子。

Re: 彼岸花と甘い誘惑 ( No.5 )
日時: 2011/12/17 18:25
名前: 柚 ◆LOO4aW5XfQ (ID: vWi0Ksv5)



夕方。自殺した〝佐藤花世〟の自宅を訊ねた。白髪が目立つ髪の両親が待ち構えんばかりの勢いで出迎えた。母親は白いハンカチを握り締めて双眸から流れる涙を拭う。玄関へ入って靴を脱ぐ。洋風の真新しい造りで、洒落た白い下駄箱の上に薔薇が活けられ小物がきちんと置かれた、整理整頓の几帳面さが窺えた。
家の奥は細長く少し広い廊下が一本道でリビングに続いており、玄関の脇にニ階へと続く階段がある。夫妻は娘の部屋があるだろうニ階の階段で立ち止まると通り過ぎた。未練がたっぷりとある動作。母親のハンカチを握り締める手が少し強まった。



広いリビングのソファーが大きくて体が沈む感じ。ふわふわの白い毛が心地好く客人の丁寧なもてなしを現している。イギリスで作られた紅茶、ダージリンと有名店の洋菓子が出された。洋菓子を一口食べた。
甘くとろけるような味で一気に口に詰め込む。紅茶しか飲んでなかった母親が、重く閉ざした口を開く。

「花世もそのお菓子が好きでしたの。貴女を見てると花世がそのお菓子を食べてるようですわ。あら、ごめんなさい……」

また潤んだ瞳をハンカチで拭う。脇で黙っていた父親が話を続けた。

「本題に入ろう。私達は花世が自殺したのは、あの不良グループの苛めを苦に自殺したと確信している。何より花世が自殺する一分前。少し話が長くなるが、私は画家だ。それなりに売れている。その画家仲間達と忘年会が正しいかな、酒を飲みに外出していたんだ。妻も高校の同窓会で家に花世一人しかいなかった………。話を戻して花世は自殺する前、妻にメールを送った。内容は今までありがとう。その一文だけだった」

声を上げて泣き出した母親を宥める。老いた夫妻が妙に寂しい感じだ。父親もうっすら、と目を潤ませている。切ない雰囲気が漂った。

「花世が自殺して四十九日が過ぎた時、ある匿名の手紙が来たんだ。送り主は書いてなく内容は自分は女子であること、花世の自殺の原因を知っていること、事情で絶対に身元を明かせず匿名で送った事が記載されており、花世の自殺はあの不良グループだと知った。神沢直人は神沢晴彦理事長の息子だから、誰も逆らえない。当然、学校へ訴えても無駄。名門校だからマスコミへ訴えても圧力で………」

言葉が詰まる。次の言葉を紡ぐ口は閉じてしまい、続きは聞けない。顔を俯く夫妻。残りの紅茶を一口啜って飲み干した杏が言った。

「ありがとうございました。辛いお話を喋らせてしまい、すいません。ですが、佐藤花世さんのことについて良く分かりました。大人しくて優しい子だったそうですね」
「えぇ………。あんな奴等に花世が殺されたと思うと………」

これ以上、長居するつもりでない。適当に別れの挨拶を告げ、家を出る。帰り道、夕日が早く沈んで外が暗闇に包まれていた。昨日から、冷たい風と白い粉雪が住宅街で舞い散っている。

Re: 彼岸花と甘い誘惑 ( No.6 )
日時: 2011/12/24 15:22
名前: 柚 ◆LOO4aW5XfQ (ID: vWi0Ksv5)

真夜中。別の意味で華やぐ通りを我が物顔で青年達は歩く。無駄に派手で煌びやかなネオンが輝く歌舞伎町。飲食店が並んで娯楽施設も揃っている。あと〝大人専用〟の娯楽施設もある。が、未成年の彼等は当然利用できない。マックで小腹を満たしたあとコンビニに寄ろうと一人が言い出した。

「親父に小遣い、無駄に貰ったんで俺が奢る。逆にありすぎると財布がぱんぱんになるし。お前ら欲しいの言えよ」

リーダー、神沢直人が言った。コンビニで取り巻き達は思い思いの品物を買って入り口付近にたむろう。コンビニの従業員たちは何も言わない。彼が有名私立高校の理事長の息子だと皆知っているからだ。車止めに腰掛けて、メイク直しする綾。地面にあぐらをかく愛奈と以下数名。クロワッサンを一口ずつ齧る憲治を見遣って海斗が笑い始めた。

「お前さ、どんだけ食ってんだよ!クロワッサン。そんなに好きなの?マジ受ける!さっきもお前、食ってただろ!」
「2個目。……結構イケるぞ」

無口な憲治の返した言葉で他の人間は爆笑する。直人が缶コーヒーを啜りながら、曇ってる夜空を見上げて呟いた。

「もうすぐ雨、降りそうだな。……おい、俺の家に来いよ」

初めて直人の家に招待する言葉で彼等の目に浮かぶ、神経質そうな両親の嫌みが籠った表情。彼等は言葉に詰まる。見透かしたように直人が得意げな顔で言った。

「俺の親父とお袋、俺を溺愛して何でも信じる馬鹿だから大丈夫だって!この前も〝直人お前は頭が良いから学校で遊んでても父さんが他の奴等に何も言わせないからな〟って馬鹿だから、そんなこと言うし!」

と父親の真似をし、毒を吐く。不安げな彼等を余所に直人は立ち上がった。空になった缶コーヒーを放り投げる。ゴミ箱へ命中しないで缶コーヒーは固いコンクリートの下に転がった。取り巻きも慌てて食べ終えてゴミを捨てないで彼の後を追った。






周囲の家と違って、意外と狭く代わりに灰色の洒脱な細長い家だった。銀色の門を潜ると金属特有の音を立てて開く。敷地は広く.草原みたいなふさふさした感じの芝生と白色のガーデンテーブルなど置かれている。小さな池もあり、中で泳ぐ色とりどりの鯉が涼しげでも今は寒々しい。玄関のドアは白で銀色のドアノブを回す。ネームプレイトがローマ字で〝KAMISAWA〟とあった。家に上がると白を基調とした内装、ピカピカに輝く埃一つない床、ラックの上に綺麗でも洋風の家と合わない和風の生け花の強い香り。直人は黙って靴を脱ぎ家の奥に進んでいく。リビングに続いて入った彼等を待っていたのは両親でなく居るはずのない冷たい瞳をした、水沢杏だった。

「お前……!なに、人の家に上がってんだよ!」

テレビの前にある、ソファーに腰掛けて閉じてた目をゆっくりと開く。ぱっちりと目が合った。服装も制服から黒色の蝶柄の振袖で桜の髪飾りが煌びやかに光る。怒る直人等を構わないで立ち上がって言った。

「こんばんわ、死んで頂きます」

彼等が反応するより早く。蔦を絡ませた柄の短刀を綾の首に突き刺す。勢い良く血が飛沫と共に飛び散って彼女は口をぱくぱくと動かしながら息絶えた。愛奈も雅哉も同様の手口で鮮血が飛び散っていく。佑太は動きが素早く。彼の頭に短刀を振り下ろす。更に新鮮な血が飛び散ってフローリングが血で汚れる。次々と仲間が死んでいくなか、残ったのは直人と海斗の二人だった。後退りして壁に背を着くと絶望感が深まる。逃げ場などもうない。何故か返り血を浴びても少しもその後がない杏が、こちらへと近寄ってくる。その背後に血塗れで惨殺された、ただの〝軽い関係の仲間〟の死体が並ぶ。

「あ、あ………。愛奈、……ゆ、た……綾…………、けん、じっ……!雅哉も。………何でだよ、何でだよ。俺が何かしたって言うのかよっ!何にもしてねぇのに、死んでたまるかよ!」

直人は駄々をこねる子供のように泣き喚く。海斗は恐怖に身を縮ませてがくがくと膝が笑いだした。杏の冷たい視線が二人にじっくりと降り注ぐ。白い壁が冷たく。冷や汗で二人の背中がじっとりと滲み込む。二人の顔の間近で血に濡れた刃が光る。

「何故お前らが殺されるのか、まだ分からないのか?まあ、良い。した方は忘れてもされた方はいつまでも覚えている。忘れたくても記憶がそれを許さず、死ぬ間際まで蘇る。その苦しみを逃れたいから死を選んだのだ。死に追い込んだ罪でお前らを殺す。僕は冥府から遣われた死神」

二人の顔が凍りつく。冷水を浴びせたかのように血の気が顔から引いて病的なほど青白い顔が、二人と死んだ数名の犯した罪の自覚を窺える。世間は知らないけど彼等のした罪。遺族に晴らせない深い恨みを残し、生き地獄を味合わせたのだ。

「………あ、あ!ひぃっ………!嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だっ!」
「助けてくれ!親父に頼んでお前には絶対、留学させないからっ!」

目から涙と鼻水も溢れて見苦しい顔で命乞いする二人が泣き叫ぶ。しかし、杏は冷静に言葉を返した。二人の涙で濡れた瞳がどん底に見開く。わなわな、と体中が震えた。

「僕は死神。そんなもの関係ない」

その言葉を合図に、海斗の首に血で光り輝く刃が深く刺し込んで引き抜く。大量の禍々しい鮮血が飛び散って白い壁の大半を汚した。海斗の亡骸がフローリングに広がる血の海に沈んでいく。







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