ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 黒いうつつ
- 日時: 2012/01/21 12:37
- 名前: 凪久 (ID: SG7XrUxP)
- 参照: http://ameblo.jp/fuyuukann/
【登場人物】
1.そろばん塾の講師……僕、または黒塚、先生
2.女子高校生……わたし
3.男子高校生……俺、または生島
4.『黒いうつつ』
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- Re: 黒いうつつ 「わたしの視点」 ( No.6 )
- 日時: 2012/01/21 16:26
- 名前: 凪久 (ID: SG7XrUxP)
- 参照: http://ameblo.jp/fuyuukann/
校舎の中央に位置する、螺旋を描いたスロープを降りる。
コツコツと二つの足音が仄かな闇の中で、溶けるように消えていった。
警告灯の光や非常階段の明りで、床が光沢を放ち人影を映す。その歪んだ光線を踏み、影は光の当たらない闇の中に消えた。
半二階の脇には受付があり、中央玄関がある。だかそこにお互いの靴は置いておらず生徒玄関まで降りなければならない。
わたしは受付に飾られた黒いおじぎ草に触れ、葉は首と垂れた。
長い廊下を歩く。
高等部の教室が左右に連なり、嵌め硝子の向こう側に無人の暗闇が広がっていた。
わたしは何だかそこに引き込まれそうな気分になり、目を逸らした。
「———黒塚先生?」
わたしは自分と同じように教室に目を向けていた先生に、声をかける。先生の視線がわたしに向けられた。
先生のような二枚目な男性をまじかに見、わたしは何だか心がくすぐったい気持ではにかんだ。
「よかった、先生が一緒で。一人だと怖い思いをしていました」
「それは僕も同じだよ」
先生は苦笑いを浮かべて、言葉を返した。
何だか意外な気分で、わたしは彼に尋ねる。
「先生は成人男性でしょう。それでも怖いんですか?」
後ろ手に組んで、首を傾げた。
「当然だよ。誰だって苦手なモノや怖いモノの一つや二つ、あるものさ」
その応えに、わたしは思案していた考えを却下した。
「でしたら、この校舎についての七不思議の話したら駄目ですね。無駄話程度に教えてあげようと思ったんですが」
七不思議。
わたしも全て知っている訳ではない。だが下校時間にまつわる一つの噂話を知っていた。
『黒いうつつ』と呼ばれる存在だ。
いつどこで聞いたのかは、覚えていない。だが脳裏を過ったのは少年のような男性のような、顔の見えない相手だった。
ふと横を見れば、先生は何か考えている。
「先生? どうかしたんですか?」
- Re: 黒いうつつ 「わたしの視点」 ( No.7 )
- 日時: 2012/01/21 16:48
- 名前: 凪久 (ID: SG7XrUxP)
- 参照: http://ameblo.jp/fuyuukann/
わたしの声に彼はハッと顔を上げた。
「いや、そういう話しはまた今度にしてくれ」
「案外怖がりなんですね、先生は」
何だか可愛く思え、うふふっと笑いが零れた。
「呆れたかい?」
先生が肩をすくめ、訊いてくる。
わたしは首を横に振り、彼の尋ねた事を否定した。
自慢にしている長い髪が揺れる。
そういえば、先生に根付の事を訊いていなかった。わたしは自分のコートのポケットを探った。
だが根付はなく空だ。どこかで落としてしまったのだろうか。
「あら……」
冷たい手がわたしの頬を撫でたかと思った。
顔を上げ、視線を彷徨わせると中庭を望む窓が一つ、開け放たれていた。
「警備員さん、戸締りを怠ったのかな」
わたしの横にいる先生が、そんな事を呟いた。
「わたし、閉めてきますね」
窓辺に駆け寄り、サッシに手を伸ばす。
その時、九時を知らせる鐘の音が、ゴ—ンッゴ—ンッと大きな音をたてた。
わたしはその音に気付き、一抹の恐怖が足元をすくい、肩を震わせた。
- Re: 黒いうつつ 「俺の視点」 ( No.8 )
- 日時: 2012/01/22 14:37
- 名前: 凪久 (ID: SG7XrUxP)
- 参照: http://ameblo.jp/fuyuukann/
月明りを頼りに、俺は長い廊下を歩く。
携帯の画面を覗きながら、三階に消えた先生の後を追っていた。
先生というのは、今日の数学の授業で呼ばれたそろばん塾の黒塚先生だ。
うちの学校は息抜きというべきか、そろばんの実習を行う。その際、数学の教師ではなく、実際にそろばんを教えている塾の先生が呼ばれる。毎年のことで、ただし今回は若い先生が来た。
いつもなら渋い紳士的なおじいちゃんが来て、そろばんを教えてくれる。だがどうやらぎっくり腰で療養中とのことで、代わりに来たのがその人の次男坊、という訳だ。
俺はその人が教えるそろばん塾の塾生であるため、黒塚先生のお世話を言い渡された、ということだ。
現在は忘れ物をした彼を待ち、しびれを切らせて探している最中。
「先に帰るべきだった……」
パチンッと携帯を閉じると、溜息に似た声が零れた。
三階に上がる階段を探し、二階の廊下をうろつく。正直この校舎は増築を繰り返したため、少し入り組んでいる。
新しく赴任してきた先生など迷っている姿を見かけた。
「先生、ほんとどこ行った……迷ったわけじゃないよな」
無為な呟き。
途中まで送り届けたが、お手洗いに行ったあと不安になってきた。
角を曲がり、中庭に面する廊下に辿りつく。
遠くから話し声が聞こえてきた。一瞬驚いて足を止めたが、どうやら先生と別の誰か……少女のもののようだ。
はあっと安堵の溜息を洩らし、俺はそこで待つことにした。
昇降口に向かっているなら、この道を通る。俺は壁に凭れ、中等部の戸を眺めていた。
だが窓枠がカタカタッと揺れる音が鼓膜に届く。
顔を向ければ中庭に面する窓が一つ、開け放たれていた。
- Re: 黒いうつつ 「わたしの視点」 ( No.9 )
- 日時: 2012/01/22 22:29
- 名前: 凪久 (ID: SG7XrUxP)
- 参照: http://ameblo.jp/fuyuukann/
ゴ—ンッゴ—ンッと九時を知らせる鐘が鳴る。
わたしはハタと足を止めた。
眼前に、月明りに横顔を照らされた少年が窓硝子に手を付いている。中庭に面する窓の一つだ。
彼を見た瞬間、ドキンッと心臓が脈打った。
「………っ」
何かが脳裏を過る。黒い鴉が一斉に羽ばたくように、不安が押し寄せてきた。
深く息を吸い、心臓を落ち着かせる。無意識に心と呼ばれるものがある、心臓の上で手を握った。
隣にいた黒塚先生が少年の名を呼んだ。
「生島くん」
「先生、遅いっす。どこまで行ってたんですか。しかも女同伴て……」
嘆きなのかぼやきなのか分からないことを言う。少年ははあっと溜息を吐いて肩をすくめた。
中性的な顔に見合わず、口調は荒い。
「いや、彼女は……」
先生が躊躇った様子でわたしを横目で見る。
わたしは一歩前に出て、月明りの光を浴びた。これなら少しは見やすいだろう。
生島と呼ばれた少年が、先生の視線に釣られ視線を向けた。
その顔に驚愕の色が浮かぶ。
「あんた……っ! 確か先生の……!?」
わたしは首を傾げた。
何の事を言っているのだろうか。先生というのは、もちろんこの場にいる黒塚先生のことだろう。
だが彼とわたしの間に何かあったろうか。
「やめろっ! 生島くん!」
ビクッと思わず体が震えた。半歩後ろにいた先生が叫んだからだ。
まるで少年の言葉を遮るように怒鳴った。
「ですが、先生……」
「怒鳴ったりしてすまない。だがこればかりは奇跡に頼ってしまいたい自分がいるんだ……」
先生は泣き崩れるように片手で顔を覆った。
声音が震え、ひび割れている。
「先生?」
わたしは彼を下から覗き込んだ。心配だったのだ。
暗い闇夜の中で、彼の表情を見るのは容易ではなかった。
だが彼が何か言った。それだけははっきりと鮮明に聞こえた。
「黒いうつつめ……」
それは呪咀を呟く低い声だった。
- Re: 黒いうつつ 「最後」 ( No.10 )
- 日時: 2012/01/22 23:58
- 名前: 凪久 (ID: SG7XrUxP)
- 参照: http://ameblo.jp/fuyuukann/
先生は耐え切れなくなったのか、膝を付いて嘆いた。
嗚咽を堪え、両手で顔を覆う。彼の弱々しいまでの姿が月明りに照らされ、その体が僅かに震えていた。
「先生、先生……泣かないで。わたしまで泣いてしまう」
何故だか悲しい気持ちで胸が苦しくなる。
先生の頬に手を触れようと伸ばした。瞬間、ほろりっと紐の結び目が解けたように、わたしの瞳から涙が零れた。
「えっ……?」
自分でも理解できず、手の甲に伝う涙の滴を凝視してしまった。
わたし、どうして泣いてるのかしら———?
チャリンッと自分のポケットから何かが滑り落ちた。
視線で追えば、それはあのトンボ玉の根付だ。
これは先生の———いや、これはわたしの物。だから当然、わたしが持ってるべき物。
「先生………わたし……」
そうだ。
何故だ。何故だ。何故だ。何故、忘れていたのだろう。
『わたしの名前』が思い出せないことを、何故忘れていたのだろう。
それだけじゃない。
先生が教えてくれた授業。あれは1998年の出来事で、この黒塚先生じゃなかった。長男の黒塚先生だ。
月明り、何て最初はなかったじゃないか。
教室で今の黒塚先生にあったとき、カーテンの影に隠れていたんじゃない、あれはわたしが窓硝子に映っていなかっただけ。
何度、こんなことを繰り返してきたのだろう。黒塚先生は。
わたしは急激に甦ってきた記憶によろめき、窓硝子に背中を打ちつけた。ガタンッと音をたてる。
そうだ、七不思議を教えてくれたのはこの黒塚先生。まだわたしと同じ年頃だった彼が、生島くんのように学生服を着て、わたしに耳打ちしたのだ。
『この校舎は夜の九時になると、気を付けた方がいい。九時の鐘が鳴っている間、外に出ちゃいけないんだ。黒いうつつに出会って食べられてしまうんだって』
『———食べられたら、どうなるの?』
『いろんなものを失って、影だけの存在になるんだよ』
そんな話しを過去にした。
そしてわたしはあの日、黒塚先生の授業があった日。
遅くまで残っていたわたしは墨を零したような夜に、昇降口に向かうため校舎を彷徨い、中庭に面する窓辺に出た。
一つだけ開け放たれていた窓。それを閉めようとして、黒いうつつに襲われたのだ。
「わたし……」
ピシッと窓硝子に亀裂が入る。まだ鐘は余韻を残し、鳴っていた。
ガシャンッと音をたて窓硝子が割れ、わたしは体勢を崩して背中から窓の外に放り出された。
先生と少年が手を伸ばす。
だが這入り込んできた黒いうつつが、わたしを包みこむ。
わたしは最後の力を振り絞り、叫んだ。
「忘れないから! わたし、忘れないから! だから貴方はわたしのことを忘れていいから!」
ひらりっと先生の懐から一枚の紙が落ちた。
わたしは手を伸ばし、それを掴む。頭がぼんやりとし、視界が霞む。体が鉛のように重くなる。
だがそれは色を持ち、くっきりとわたしの視界に映った。
わたしと先生が笑う、最初で最後の一枚きりの写真。
ぎゅっと宝物のように胸元に抱え込む。大丈夫……これがある。大丈夫……。
もうきっと忘れたりしない。
世界が暗転した。
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