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黒いうつつ
日時: 2012/01/21 12:37
名前: 凪久 (ID: SG7XrUxP)
参照: http://ameblo.jp/fuyuukann/

 【登場人物】


 1.そろばん塾の講師……僕、または黒塚、先生

 2.女子高校生……わたし

 3.男子高校生……俺、または生島

 4.『黒いうつつ』

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Re: 黒いうつつ 「僕の視点」 ( No.1 )
日時: 2012/02/10 18:27
名前: 凪久 (ID: SG7XrUxP)
参照: http://ameblo.jp/fuyuukann/

 夜の校舎は昼間と顔を変える。
 どこか不気味で、響く静寂が辺りを包む。冬の時期になると冷たい空気が入り込んで、どこもかしこも満たす。

 廊下の電気を点けることが億劫で、僕は警告灯や非常階段の明りを頼りに、薄暗い中を歩いていた。
 帰り際のことだったので、マフラーを口元まで引き上げポケットに手を入れ、暖房の切れた寒さを乗り切る。

 時計の針はすでに八時を超え、生徒や教師の下校時間を過ぎたことを示していた。
 僕の場合は大事な忘れ物をしたので再び戻ってきた、という訳だ。
 コツコツと廊下に足音を響かせ、三階の長い廊下を歩く。家庭科室や資料室がある階で、生徒が常時使っている教室は一部屋しかない。

 今日はその教室で、そろばんについて教えた。

 僕はこの高校の教師ではなく、講師として呼ばれたそろばん塾の先生だ。担当の停年まじかの数学教師とは旧知の仲であるため、そろばんの授業を行う月日に、毎年うちの塾が呼ばれる。
 本来なら兄が行くはずが、ぎっくり腰で動けず今回ばかりは僕の出番、となった。

「………電気が点いてる」

 角を曲がった先にある教室。そこから仄かに明かりが洩れていた。頼りなげな小さな蛍光灯の光だった。
 
 教室の戸を開き、足を踏み入れると蛍光灯は教壇の回りだけ照らしていた。大抵、教室の電気は右、左、前とスイッチにより照らされる場所に制限がある。
 今回は前方のみ。誰かが消し忘れたのだろう。

 僕は教壇の辺りで腰を落とし、床に視線を走らせる。忘れ物を落としたのは多分、この辺だ。だが———

「…………っ」

 ハッとして顔を上げた。
 
 照らされていない教室の左右。その暗闇から声が聞こえた。女の子のものだ。
 闇の中を凝視していれば、何か黒いものが机の上に覆いかぶさっている。
 立ち上がって声がした方へ進んだ。窓際の席に誰かが座っていた。

 カタッと靴先が机の足にぶつかった。寝ていた少女に振動が伝わる。
 机の上に無造作に散っていた長い髪が、ゆっくりと持ち上がった。

Re: 黒いうつつ 「僕の視点」 ( No.2 )
日時: 2012/01/22 21:04
名前: 凪久 (ID: SG7XrUxP)
参照: http://ameblo.jp/fuyuukann/

 瓜実顔で色白の肌が、闇の中でぼんやりと見えた。
 その女子高校生は眠そうな顔で、僕の顔を物思いに耽るような目で見返し、何度か瞬いた。そうやって意識を淵から戻そうとしているのだろう。

「あ……黒塚先生」

 そろばんの授業を受けていたため、彼女は僕の事に思い当たったようだ。指を差し、名前を呼んだ。
 僕はぎこちない笑みを浮かべた。

「や、やあ」

 顔の普段使われていない筋肉が酷使され、痛い。擬音を付けるなら、ギコッと錆びれた歯車のようだ。

「もう下校時間を過ぎているよ。門が閉まる前に、早く帰った方がいい」
「それは先生もでしょう……?」

 いまいち夢から覚めたような顔をしない彼女が、首を傾げた。
 ここに来た理由を告げるべきだろうか。

「僕は忘れ物をね。とんぼ玉の根付なんだけど」

 そう言った瞬間、彼女はピンッときたのか机に掛けていた鞄を引き寄せ、ジッパーを下げて中からある物を取り出した。

「もしかして、これ?」
「そう、それだ」
「帰りに落し物として事務に届けようと思っていたんです」

 けれど待っていた友人が姿を見せず、そのまま眠ってしまったそうだ。だから受付に行っても届いていなかったのか。

「ありがとう。さあ、君の友達も帰ってしまったんだろう。昇降口まで一緒に行こう」
「そうですね。もうこんなにも暗い」

 窓に視線を向ける彼女。丁度カーテンに隠れるかたちで、鏡のようになった硝子には、僕一人しか映っていなかった。

「それじゃ、廊下で少し待っててくれますか、先生。身支度をしてから……」
「ああ」

 頷いて、先に教室から出る。
 その後に焦げ茶色のコートを着た彼女が、教室の電気を消して現れた。ふっと暗い闇が落ちた。
 僕達は来た時同様、警告灯と非常階段の明りを頼りに昇降口を目指した。

Re: 黒いうつつ  「僕の視点」 ( No.3 )
日時: 2012/01/21 17:05
名前: 凪久 (ID: SG7XrUxP)
参照: http://ameblo.jp/fuyuukann/

 螺旋を描くスロープを降り、中等部と高等部のクラスが混じった階の廊下を歩く。
 コツコツと二つの足音が響き、光沢を放つ黒い廊下に影を落として過った。受付の横を通る際は、彼女はおじぎ草の葉をちょいっと触れ、葉が首を垂れるのを眺めた。

 僕は通行禁止と紙が貼られた看板を退け、高等部のクラスが連立する廊下に突入した。戸にはめ込まれた硝子の向こうに、無人の暗い教室が見えた。

「———黒塚先生?」

 ん、と首を向ければ彼女が上目遣いにはにかんでいた。

「よかった、先生が一緒で。一人だと怖い思いをしていました」
「それは僕も同じだよ」

 苦笑いを浮かべ、言葉を返す。

「先生は成人男性でしょう。それでも怖いんですか?」

 彼女は後ろ手に組んで、首を傾げた。癖なのかもしれない。きょとんっと大きな瞳で見返してきた。

「当然だよ。誰だって苦手なモノや怖いモノの一つや二つ、あるものさ」
「でしたら、この校舎についての七不思議について話したら駄目ですね。無駄話程度に、教えてあげようかと思ったんですが」

 七不思議?
 どこの学校にも、そういうものがある……らしい。最近では七不思議としなくとも、幽霊の噂話しくらいは耳に挟んだことがある。
 この高校では確か……。

「先生? どうしたんですか?」

 少し長く思案していたせいか、彼女の声に我に返った。
 
「いや、そういう話しはまた今度にしてくれ」
「案外怖がりなんですね、先生は」

 彼女はうふふっと可笑しそうに笑った。

「呆れたかい?」

 尋ねると首を横に振った。呆れられては、いないようだ。
 揺れた長い髪が、暗闇の中で踊った。

「あら……」

 先に気付いたのは彼女の方だった。寒風が頬を撫でる。
 どこかの窓が開いているのだろう。
 冬の冷たい風が、廊下をひやりとさせていた。

 風の流れを辿れば、中庭を覗く窓の一つが開け放たれている。

「警備員さん、戸締りを怠ったのかな」
「わたし、閉めてきますね」

 彼女は僕の横から、窓に駆け寄った。長い髪が揺れる。
 その時、九時を知らせる時計の音が、ゴ—ンッゴ—ンッと大きな音をたてて鳴った。

Re: 黒いうつつ 「わたしの視点」 ( No.4 )
日時: 2012/01/22 21:08
名前: 凪久 (ID: SG7XrUxP)
参照: http://ameblo.jp/fuyuukann/

 ガタッという振動で、わたしは目を覚めした。
 意識はまだ夢の淵を彷徨い、しっかりと覚醒していない。ぼんやりと焦点の合わない視界に、誰かの顔が映った。
 
 黒いコート姿の男性。一昔前の俳優みたいな整った顔立ち。
 彼の背後では、教壇を照らす蛍光灯が仄かに明るくわたし達を包んでいた。男性は逆光に見えたが、ハッと息を飲む気配を感じた。

 わたしは何度か瞬きを繰り返し、その男性を思い出そうとした。
 そう、会ったことがある。この人は確か………———

「あ……黒塚先生」

 数学の授業で行った、そろばんの実習。この先生は数学の教師に呼ばれた、そろばん塾の先生だ。
 毎年どの学年でも行われ、いつもなら中年の渋い男性が教えに来る。だがどういう訳か今年は違った。

 わたしは思い当たった名前に、彼を指差した。

 先生は固い表情をぎこちない笑みに変える。

「や、やあ」

 どう考えても笑筋を普段使っていないな、この先生。
 ギコッと油を指していない歯車が出す音が聞こえそうだった。彼は言葉を続けた。

「もう下校時間を過ぎているよ。門が閉まる前に、早く帰った方がいい」
「それは先生もでしょう……?」

 寝ぼけた頭で、微妙に論点の合わない質問をしてしまった。
 先生はくすっと苦笑いを浮かべて、

「僕は忘れ物をね。とんぼ玉の根付なんだけど」

 とんぼ玉の根付………ハッと頭上に電球が灯った。
 机に掛けていた鞄を引き寄せ、ジッパーを下げ、中を探る。
 掃除の最中に見付けた、綺麗なとんぼ玉の根付があったはずだ。玄関に行く途中にある事務で、忘れ物として届けようと思っていた。

 わたしは鞄の内側にあるポケットから根付を取り出し、掌に乗せた状態で彼の前に差し出した。

「もしかして、これ?」
「そう、それだ」
「帰り際に落し物として事務に届けようと思っていたんです」

 盗もうと思われたら悲しい。わたしは持っていた理由を述べた。

Re: 黒いうつつ 「わたしの視点」 ( No.5 )
日時: 2012/01/21 12:57
名前: 凪久 (ID: SG7XrUxP)
参照: http://ameblo.jp/fuyuukann/


 ゴミ出しに行く友人を待ち、わたしは自席で物思いに耽っていた。だが長い授業時間に疲れが溜まり、いつしか寝てしまった。
 友人はどうやらそんなわたしを残し、先に帰ってしまったのだろう。

「ありがとう。さあ、君の友達も帰ってしまったんだろう。昇降口まで一緒に行こう」

 先生は根付を鞄のフックに結び、そう言った。

「そうですね。もうこんなに暗い」

 わたしは相槌を打ち、窓の外に視線を向けた。
 雪が積もっているはずの外は、黒い色に塗りつぶされ容易に眺めることはできなかった。
 先生の姿だけが、鏡のような硝子に映る。

「それじゃ、廊下で少し待っててくれますか、先生。身支度をしますから……」
「ああ」

 先生は快く頷き、先に教室を出た。
 その大きな背中が暗い廊下に消えたあと、わたしは焦げ茶色のコートに袖を通した。

 その瞬間、チャリンッと何かが滑り落る。
 床に視線を向けると、先生が持っていたはずのとんぼ玉の根付が落ちていた。

 また本人の鞄から取れてしまったのだろうか。

 わたしはコートのポケットにそれを入れ、学生鞄を持って教室の戸口に向かった。最後に電気のスイッチを切る。

 ふっと暗闇が落ちた。
 目が暗順応するまで時間がかかり、黒一色の世界が視界に広がる。先ほどまでの光の加減か、虹色の線がふよふよと過った。

 何度か瞬きを繰り返すうちに、目が慣れてくる。

 わたしは教室の戸を開け、廊下に顔を出した。連なる窓に寄りかかる先生の横顔が見える。
 暖房が切れている為か、白い息を吐いていた。
 だが、その横顔は赤い警告灯に照らされ何かに悩んでいる風にも見えた。

「———先生」

 弾かれたように、彼がこちらに視線を向ける。

「行こうか」
「はい」

 わたし達は、警告灯の赤い光と非常階段を示す緑の明りを頼りに、昇降口を目指した。


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