ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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ザクロ
日時: 2012/02/21 15:18
名前: 虚仮 (ID: Hsu/pkT7)

父母は誕生日に失踪してしまった。
いくら探しても、帰ってくることはなかったーーー



父母が村長の決定で「死んだ」ことにされてから
ある日、少年トキは父母の墓前である少年に出会うーーー

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Re: ザクロ ( No.2 )
日時: 2012/02/12 20:40
名前: 虚仮 (ID: Hsu/pkT7)

トキの家から墓までは一本道で、草原の中にひっそりとある。パリッカはこの道が嫌いだと言っていた。寂しい、活気が無い、からだそうだ。道に活気なんてあるの? 聞くと、あるよ、と自信に満ち溢れて言い「私の家の前の道は皆がおしゃべりしながら楽しそうに歩くけど、ここは静かで誰も歩かないから」と僕の方を見ないで言った。僕は毎日歩いているし、パリッカも偶には歩くだろう、と聞き返すと、パリッカはそれは用があるからよ、と地面と睨めっこしながらぽつりと言った。
 パリッカには言っていないが僕はこの道が大好きだった。誰の気配も感じない代わりに、自然の音がよく聞こえるからだ。耳を澄まさないでも聞こえる草のざわざわとさざめいている音。森から聞こえる動物の声。人がいる方に行くと全く聞こえなくなるので、僕は此処が重要な場所だと思っている。

「ねえトキ。ザクロ、ちょっと食べていい?」
「何言ってるんだよ。お供え物だろ? 綺麗なものを渡さなくちゃ」
「ええー。でも、ちょっとくらいいいじゃないの」
「だめ」

 僕が言い聞かせるようにして言うと、パリッカは諦めたようだった。パリッカは素直で聞き分けの良い子なので、約束を破ったりはしない。だから僕は安心してパリッカから目を放し、墓のある森へと目を向けた。墓がある部分だけぽっかりと穴が開いているので見つけやすい。
 その場所から少し奥を見る。おばさんから行くなと禁止されている場所だ。特に何かあるわけでもなく、周りと同じように木が覆っている。
 何があるのだろう。パリッカと同じように、気になることは気になるのだ。でも、おばさんの言いつけを破ってまでは見ようとは思わない。

「今日は風が強いね」

 パリッカは強風に髪を乱れさせながらそう言った。
 確かに今日は一段と風が強い。森の緑が横に傾いている。人間をよろけさせるほどの力は無いが、物を飛ばすのには充分だ。何か飛んでくる可能性もあると判断し、周りに目をやりながら慎重に行くことに決めた。パリッカは目を細め、僕の腕を掴んで歩き始めた。
 数分歩いて、森の中に入ろうとしたときだった。今まで体験したことの無いほどの風が僕達を襲った。

「きゃあ!」

 パリッカはよろめき、尻を思い切り地につけた。腕を掴まれていた僕もパリッカがこけたことにより巻き添えを食らい、どすんと尻餅をついた。

「痛い……」

 尻の痛みに呻くと、パリッカはこちらを向いて状態を把握した後、申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめんね、トキ……」
「いや、いいよ。大丈夫だから。それよりパリッカは大丈夫?」
「うん、平気! でも、ザクロ、ちょっと潰れちゃった……」

 見るとパリッカの手はザクロの液体でべたべたになっていた。木から落ちてくるザクロは、落ちた衝撃で真っ二つになっていたので、パリッカが尻餅をついた時に強く握り締めてしまい、中にある沢山の実を潰してしまったのだろう。
 パリッカは手から滴り落ちる赤い液体をもったいなさそうに見ている。

「汚くなっちゃったけど、お供えしていいかな……」

 パリッカはそろそろと僕の様子を窺いながら泣きそうな顔で、ごめんね、と何度も謝った。僕はふるふると首を振りながら立ち上がると、パリッカの腕をとって起き上がらせた。

「これは不幸な事故だったから、きっと許してくれるよ」

 これはしょうがないことだろう。わざとじゃないんだし、怒ることはない。だから責めるべきではない。パリッカに微笑むと、パリッカはぽかんと口を開け、きらきらと目を輝かした。

「……うん!」

 パリッカは花が開いたように満面の笑みになって、墓まで走り出した。慌てて僕も走り、その時にじんじんと尻が痛み出したので、目の前のパリッカに思わず目をやった。だがパリッカは痛みなんてもう吹き飛んでいるようだ。足の速いパリッカは生き生きと走っている。
 墓について、パリッカは急に真面目な面持ちになって、小さな池の中にある大きな石を渡って墓前へと音も無く歩いた。墓の前でざくろを両手に持ちかえ、そっと墓前に置いた。赤い汁がその間も手の隙間から落ちていた。パリッカは合掌をしてからこちらに来て、トキはしないの? と聞いた。

「朝もやったんだけどね。もう一度しておこうかな」

 パリッカはまた池の周りを歩き出し、その間に僕は今までの出来事を話し終え、墓から離れた。
 帰ろうか、と言おうとしたところで、口を噤んだ。パリッカが禁止されている場所をじっと眺めていたからだ。
 そろりと気付かれずにパリッカの背後に立ち、パリッカが見ている方向に目をやる。いつも霧で立ち込めているの場所が、強い風のせいかはっきりと見えた。ぼんやりとだが、ここから遠い場所に何か小さな、僕の膝くらいまである石のようなものが立っているのが見えた。それが何個もあり、僕はぶるりと震えた。

「……トキ」

 パリッカがこちらを向かずに僕を呼んだ。僕はその声にもびくりと体を震わした。

「……何?」
「早く、帰ろう」
「うん……」

 パリッカは静かにそう告げた。僕も大人しくそれに頷き、パリッカが手を握ってきたので、それに応えるように握り返した。
 帰りはずっと無言で、パリッカは無表情で、僕は嫌な気持ちで家路に着いたのだった。覚えていることといえば、握った手がべたべたとしていたことくらいだ。

Re: ザクロ ( No.3 )
日時: 2012/02/14 20:02
名前: 虚仮 (ID: Hsu/pkT7)

 階下に降りると、僕はそのままテーブルへと一直線に向かった。パリッカはザクロの果汁で汚れていることを知るとすぐさま手を洗いに行った。僕は赤く染まる掌を暫く眺め続けた。
 昨日はとてつもなく大切なものを見てしまった。あれが何かはわからなかったが、でも、きっとこの村の重要なものに違いない。あそこは村の掟で禁止されている場所だから。
 忘れたほうがいい。僕が最終的に決めた結果がこれだった。あれは僕が見るべきではなかった筈だ。だから、忘れる。何日も掛かるだろうけれど、それが最善の策だ。
 気持ちを入れ替える為に一先ず手を洗おうとしたとき、おばさんがこちらを見ていることに気がついた。
「な、何?」
「ううん。何でもないのよ。ただ、昨日何してたのかなって思ってね」
「え、き、昨日? パリッカと墓参りして、それから寝ただけだよ」
 僕は無意識のうちに赤い手を背に隠していた。じんわりと掌が汗で滲む。
「そう……」
「む、村で何かあったの?」
「何も、ないわ。何でそう、聞くのかしら?」
 今度はおばさんがたじろぐ番だった。いつもと様子の違うおばさんに僕は不快な気分になった。
「別に……。特に意味はないよ」
「……そう。ねえ、今日は学校がある日よね? 早く墓参りをして行かないと、遅刻しちゃうわよ」
「うん……」
 急に明るい態度になって、おばさんは白々しい笑顔で僕に朝食を差し出した。それを受け取って、僕は汚れた手を使わないようにして食べ切った。食べ終えると同時に洗面所に駆け込み、手をごしごしと痛くなるほどに洗った。パリッカはまだ洗面所にいて、僕の手が洗い終わると「ねえ」と話しかけてきた。
「どうしたの?」
「昨日のこと、お母さんに言う?」
「言わない」
 反射的に答えた。パリッカもうん、と頷き下を向いた。
 僕もパリッカも、あの場所にはもう近づいたことを大人に知られたくないのだ。禁止されている場所をわざとではないとは言え、見てしまったのだから。
 考えないようにしようと決めた途端に、こうも直ぐに思い出してしまった。嫌になって、僕はパリッカを置いて家を飛び出した。
 いつもは軽い足取りが重かった。墓まで続く一本道も、いつもは楽しいのに全く楽しくなかった。空も曇っていて、なんだか陰鬱としている。
 いつもならもうとっくに着いているはずの時間に、今日はまだ墓の数十メートル前にいた。これでは学校に遅刻してしまう。僕は全力で走り出した。
 次第に息が荒くなって、目を瞑って思い切り最後のラストスパートを走った。木の陰が無くなって、目を瞑ったままでも視界が明るくなったのがわかる。雲の合間から太陽が顔を覗かせたのだ。そっと目を開けると、墓前に黒い影があった。暗がりから明るい場所に出たのもあって、目が眩み、その人物が誰なのかはわからない。目をぎゅっと瞑り、明るさに慣れるのを待った。
 父母の墓には僕とパリッカ以外には誰も来ない。では、誰? 明るさに慣れてきた目を開けると、そこには見たことのない男の子が墓前の前で立っていた。髪も、服も、全てが真っ黒だった。何か民族的衣装を着ていて、この村の祭りなどで着る服によく似ていた。
「やあ」
 男の子は僕の気配に気がつくと、振り返り軽い挨拶をしてきた。男の子の口から赤い液体が零れていて、僕はびっくりして、少し後退ると男の子はくすりと笑った。
「ごめん、ごめん。これはザクロの汁だよ。血と思った?」
 男の子は冗談を言って、親指でその赤い液体、ザクロの汁を拭った。
「だ、れ?」
「誰って言われても、ここに住んでいる者さ」
 男の子はぐるりと一回転して、こちらに向き直った。
「それ……」
「ああ。お供えしてあったから食べちゃった」と男の子はさも当然かのように言った。
 僕は男の子の手にあるザクロを指差したまま「それは僕の父さんと母さんにあげたものだ」ときつく言った。
 男の子はザクロと僕をちらちらと見比べ、ザクロを豪快に食べ始めた。
「な! 何してるんだ!」
「何って、食べてるのさ」
「それは父さんと母さんのものだ!」
「いやいや……。それはイコール僕のものになるんだよ。ううん。ちょっと語弊があるのかな?」
 男の子は赤く染まった唇を歪めて僕をちらと見た。僕は腸が煮えくり返っていて、男の子の方へずんずんと近づいた。
「返せっていってるだろ!?」
 男の子からもうほとんど実の無いザクロをひったくると、男の子は急に怒った顔つきになった。
「返せ、は私が言う側だ。何故私と同じ立場でもないお前に言われなくてはならない? どうしておまえが私に命令をするんだ」
 今まで誰にも向けられたことのない、殺意に満ちた顔だった。怖くなって一歩後退すると、ぼちゃんと池に足を突っ込んだ。そしてそのまま池の中の泥にバランスを崩し、そのまま後ろに倒れこんだ。
「うわっ!」
 今度はもっと大きな音を立て、池に波紋を作った。頭を打たなかったものの、背中や肘に大きな衝撃を受けた。
「く……っ」
 痛みに呻いていると、いつのまにか池の中に入って近づいてきた男の子が上から見下すように僕を見ていた。
「何だ、よ……」
「いや、哀れだと思って」
「!?」
 男の子はしゃがみこむと服が濡れるのも気にしないで、悲しそうに笑った。
「何も、知らないんだ」
 男の子の底なしの黒い目が僕を映しこんでいるはずなのに、その目にいるはずの僕は映っていなかった。男の子は僕の隣に沈んでいたザクロを取って立ち上がると、それを墓前に置いた。
「この墓には君のお父さんとお母さんがいるんだね」
「……」
「僕にはそうは見えなくてね、つい食べてしまった」
 男の子は墓を触り、その部分を見ている。
「君はこの奥に行ったことはあるかい?」
 男の子がこちらを向いた。僕は昨日のことを思い出した。今男の子が触っているものと同じものが、確かに奥にあった。
 そう、あれは墓だった。
 墓はここと、村のはずれにしかない筈なのに、あんな場所に、あるわけないのだ。
「ないの?」
 こくこくと、水面に映る自分を見ながら何度も頷いた。込み上げる吐き気と嗚咽を、必死に殺した。
「そう……。いずれ、わかることだと思う。きっとね。そういう仕組みなんだ。でも、君は見たほうがいいかもしれない」
 見た。見たよ。
 唇を噛締めるだけじゃ抑えきれなくなった悲痛な声に、今度は両手で息を止めるように押さえた。
「もしかして、見たの?」
 男の子は僕の異常な程の脅え方にそう尋ねてきた。僕が膝を抱えて丸くなると、肯定だと言う風に捕らえたのかそれ以上は何も聞かなかった。
 暫くして、僕が落ち着いてくると男の子は僕を池から引き上げた。
「秘密を知った以上、後戻りは出来ないと思うよ」
 男の子は僕を逃がさないようにぎゅっと腕を締め付けた。
 男の子は「一緒に行くかい?」と、ひっそりと耳元で囁いた。

Re: ザクロ ( No.4 )
日時: 2012/02/18 19:10
名前: 虚仮 (ID: Hsu/pkT7)

 僕はその誘惑にも近い言葉に惑わされてしまった。極限に恐怖を抱いてしまって、思考回路が正常ではなかったからだと思う。
 僕は、前を歩く男の子の後を追いかけ、時差よろめきながら行ってはならない森の奥へと進んでいた。男の子は僕が呻いても、つまずいても振り向くことはなかった。男の子は最初の冗談を言う明るい男の子ではなくなっていて、厳格な少年へと変貌をしていた。
「うわ……」
 大きな木の根に足を捕られてこけてしまった。
「……痛た」
 これで三度目。木の根っこにつまずくのは。
 慌てて前を向くと、少年は初めてこちらを見ていた。でもその表情は無機質で怖い。早く立ち上がらないと駄目なのはわかっていた。でも、精神的な疲れと、これからの恐怖になかなか立ち上がることは出来ない。情けなくて、僕は唇を噛締めた。
「僕は君に見てほしいんだ」
「え?」
 少年は森の出口を見て、そう言った。
「今まではこんなこと、なかったんだ。でも、君には見てほしいと思ったんだよ」
 言っている意味が一ミリたりともわからなかった。でも大切なことを言われている気がして、何も聞かずじっと少年を見ていた。
「酷なことだと思う。でも、何を見ても騒がず、冷静でいてほしい。僕だって、無理なことだとはわかっているんだよ。でも、そうしてほしい」
 少年は空を見上げ、ゆっくりと視点を下に向けた。強く握り締められた拳が腰の横で震えていることに気がついて、僕は立ち上がった。
「そんなに力を入れると血が出ちゃうよ」
「血……。大丈夫。血なんて出ないよ。……だって僕は非力だから……」
 少年はそう言うとふっと微笑んで、また歩き始めた。
「あ、待って」
 呼び止めても少年は振り返らなかった。
「君の名前、なんていうの?」
 肩が一度大きく揺れた。少年の強く握っていた手がやんわりと開いていき、僕は握り締めていた手と、肌の色が変わらないことに気がついた。少年はとても白かった。
 どうして今の今まで気付かなかったのだろう? 多分、頭が混乱していて、注意深く見れなかったせいだろう。冷静な今では彼のことをもっと知れる気がした。
「ユマ」 
 微かな声が聞こえた。耳を澄ませないと聞こえないくらい、小さい。
 森が揺れた。大きな風が吹いて、辺りを包み込む。
 今にも日の光に消え入りそうなほど白い少年、ユマ、は再び歩き始めた。

Re: ザクロ ( No.5 )
日時: 2012/02/18 20:12
名前: 虚仮 (ID: Hsu/pkT7)

 ユマは時差後ろを振り返っては「大丈夫?」と声を掛けるようになった。先程とは打って変わって優しくなった。僕も大分緊張が解けて、木の根っこにつまずくこと無く、しっかりとユマの後ろを着いていっていた。もしかしたら、ユマも緊張していたのかもしれない。
「もうすぐだよ」
 顔を上げて遥か前方を見るが、霧で見えなかった。
 それから数歩歩いたところでユマが立ち止まった。着いたんだ。僕はすぐさま理解した。
「霧で、よく見えないね」
「うん……」
「霧の中に入ると、もう、戻れないよ」
 ユマは下を向いた。僕は顔を上げてユマの腕を取った。
「僕は、もう見ることしかできないよ」
 全く反対の立場になっていた。今度は僕がユマを導く側になっていたのだ。
 僕はその腕を握った。

Re: ザクロ ( No.6 )
日時: 2012/02/22 15:17
名前: 虚仮 (ID: Hsu/pkT7)

 息を整えて、ユマの細い腕を握りなおすと、勇気を振り絞って霧の中へと入った。目を瞑って勢いよく入ったものだから、腕を掴んでいたユマが反動でつんのめってしまった。そのよろめいた体が僕の背中にぶつかり、僕はその衝撃に耐えられずそのまま前に傾いた。
 どすん! と地を揺るがす音が聞こえて、背中に乗っているユマが呻いた。
「重い……」
 僕がそう言って起き上がろうとする振りをすると、ユマは状態を把握して慌てて起き上がった。
「ごめんよ、強く引っ張られるとは思ってなくて」
「ううん、大丈夫。僕も何も言わず引っ張っちゃってごめんね」
 ユマは気遣う視線を体中に向けている。それが嫌で、僕はそっと体を起こした。
 僕はまだ気にしているユマに、何か気の利いた言葉を言おうと、口を開いた。でも、それは叶わなかった。一瞬の出来事に気を捕られていた。目の前に、苔でほとんど覆われてしまっている一つの墓を見てしまったからだ。
「あ……」
 ついにこんなに間近で見てしまった。さっきまで怖がっていたそれは、不思議とそんなに怖くはなかった。むしろ、可哀想だと思った。
 僕は立ち上がって辺りをぐるりと見回した。バラバラにそれは沢山点在していた。ざっと数えて、十数個あった。ゆっくりとそれを一つ一つ確かめていきながら、あることに気がついた。墓石に、何も刻まれていないのだ。
「ねえユマ。墓石には何も刻まれていないね」
 普通なら名前とか、没年とかが刻まれているはずなのだ。村から離れた場所の墓地には皆刻まれている。なのに、何故?
「トキ、君のお父さんとお母さんの墓には、何か刻まれていた?」
「……え?」
「何も、刻まれてないよね」
 ユマがしゃがんで、一番近くにあった墓を撫でると、少しだけ土がぱらぱらと取れた。
「そういえば、何も……」
「うん。ここらの墓はね、名前も、死んだ日も、刻んじゃだめなんだ。誰にも知られないようにしないとダメな決まりでさ」
 ユマは、僕は全て知っている、だから静かに聞けというように、しゃがんだまま僕の手を握った。
「何でかわかる? 誰かが、もし、この墓を見てしまったときに、復讐を企ててしまうかもしれないから。決定した村長に、それに同意した村の大人たちにさ」
「それって……、どういうこと?」
 ユマは僕の手を頼りに立ち上がると、奥へとまた歩き始めた。
「ねえ、どういうことなの?」
「これを見て」
 ユマは真っ直ぐに一つの墓を指した。その指の先を見ると、僕が最初に見た墓よりも苔に覆われていて、石の部分が見えにくくなっている墓があった。
 ユマがごくりと生唾を飲み込んだ。それを合図に、ユマは口を開けて、話し始めた。
「昔、隣村とは不仲で、闘いが絶えなかった。その闘いが長いこと続いてね、時にはこちらが優勢になったり、あちらが優勢になったりもした。その闘いも数年経って、終止符が打たれようとしていた。その時、こちらの村はもうぼろぼろで、後一つ手を打たれたら負けるという所まで追い詰められていた。それでも敗北宣言を出さないのは村全体で決めたことだった。今更止められる訳がないと、村の誇りに懸けて我々は屈しないと、皆口々にそう言っていた。そんな時、村長はある提案を秘密裏に相手側の村長へ持ち出していたんだ。……こちらが負けを認め、傘下に入ろう、その代わり、村の利益は手を出さないでくれ、と。その提案を隣村は快く呑んだ。普通なら農作物の謙譲を求める所を、隣村は傘下に入るという利益に目を付けて、本当に村の利益には手を出さなかった。村の人々はその事実を知ると怒った。村長の家を取り囲んで、火を点ける者までいた……。でも、隣村の警備達に捕まり、村には一度も帰ることがなかった」
 所々、詰まりながらもユマは一区切りを付けた。
 僕はいきなり、何を言い出すの? とユマに問いかけたかったけど、今は話せる雰囲気でも、そういう気力も無かった。
 ユマは話し疲れたのか、嫌な気分になったのか、ぐったりとして、近くの木を背もたれにして座り込んだ。
 僕は、ユマが指差した墓の前から動けなかった。
「それからも、村内で反発がまだ起こっていた。闘いが終わって一ヶ月が経っているのに、まだ皆は隣村を倒す計画を密かに立てていたり、武器をこっそりと調達したりと、反乱を起こそうとしていた。その時にはもう村長は死んでいた。……、村の誰かに殺されたことは明らかだった。隣村もこうなることは予想していたのか、面倒くさかったのか、何も解明しないまま、その事件は闇に葬られた」
 ユマは三角座りをして、自分を守るようにぎゅっと縮こまった。
「そして、隣村の村長が村に来て、言ったんだ。生贄を用意しろ、と」
 僕はびっくりして、その場から数歩後ずさった。温度が一気に下がった気がする。鳥肌がぶつぶつと立ち、寒さを紛らわすように肌を擦った。でも、全く擦れなかった。力が全然入らなかったのだ。結局腕を撫で付けるだけで終わった。
「反抗ばかりする村人を大人しくさせる為だ。皆は最初こそ怒鳴り散らして隣村を襲いに行ったものの、その闘いを仕掛けに行った者達が死んだと手紙で伝えられると、大人しくなった。それで、嫌々ながら村の大人達だけで緊急会議が開かれた。誰も生贄になんてなりたくなかった。だから、話し合いなんてしても無駄だった。そこで、大人たちは弱いものに目を付けた。親のいない、一人の少年だった。親は闘いで亡くなってて、姉と二人暮らしだった。大人たちは、親がいないのではこれから生きていくのには難しい、だから生贄にして楽にさせてあげよう、という言い分だった」
 滅茶苦茶だ。僕は親がいなくても、楽しく生きている。おばさんが世話をしてくれるから、生きていくのが難しいなんて思ったことなんてない。この大人達は最低だ。自分たちは少年に何もしてあげることもなく、可哀想だと言って逃げている。
「大人達はその少年の家を訪ね、一斉に襲い掛かった。少年と姉は布に乱暴に包まされて、紐で縛られて、無理やり隣村へと連れて行かれた。隣村に着いて、あっちの村長は生贄は一人で充分だ、と言い出したので、二人を連れて来た村人は困った。どちらかを選ばなきゃダメだ。でも、どっちにしよう? と。そんな時、少年が布の隙間から手を出して、村長の腕を掴んだ。村長は少年の顔を覆っている部分を剥ぎ、何だ、と問うた。少年は、僕は一つの罪を犯した。だから、僕を生贄にしてください、と涙ながらに伝えた。村長はその言葉を聞いて、少年を生贄にすることに決めた」


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