ダーク・ファンタジー小説

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理想郷の通行証
日時: 2015/01/21 21:02
名前: 御砂垣 赤 (ID: UIcegVGm)

 はじめまして、だと思います。御砂垣赤です。
 至らないところが多いと思いますが、宜しくお願いします。

※以下注意事項
・あらし、パクリ等やめてください。
・更新が遅いです。週一程度を目指して頑張ります。
・全体的に文章が拙いです。文才欲しいナ。

目次

 legend>>1

0,only orthodox story>>2
1,nice to meet you>>5->>8
2,the ignorance is a crime>>9->>12
3,foreign person>>13



memo
番外,455・2
0,1069・5
1,7138・24
2,11575・41
3,2552・9

total,22334・79

Re: 理想郷の通行証 ( No.6 )
日時: 2014/03/27 09:56
名前: 御砂垣 赤 (ID: Bl6Sxw0v)

「……は、はぁ。──酷い目にあった」
 つい先ほど幼馴染を酷い目に合わせた奴が言うセリフではないが。
 リスタレク表街の端で、一人の男が息を整えていた。
 ここの表街は港から始まり、東西に伸びる形をしている。男が立ち止っているのは西端、裏街に続く路地の入口だった。
 黒いロングコートのフードを目深にかぶり、手袋と軍用のブーツを備える。手荷物、背負い荷物らしきものは一切見えなかった。
 どう考えても一般家庭に住まう人間ではなく、かといって旅人にも見えない。宿の人間が一番信用できないこの世の中で荷物を置いてくることなどありえなく、旅の道連れがいるという訳でもなさそうに見える。何より若いのだ。
 彼の名はギルヴィート、呼び名はギル。
 見目は十八前後だが不明確であり、目元まで隠れているため人相もわからない。そのうえで動きやすいように選ばれた服装、抜かりなく顔を隠す格好。
 全身全霊で怪しい者だった。
「しっかし、よく釣れるな。元は俺が餌になるつもりだったが……」
 存外に適役がいたか。
 これからの計画は見直さねばなるまい。
 ギルは誰ともなしに呟いて寄りかかった状態から背を浮かせ、表街に歩を向けた。
 何の重量もないような独特の軽々しい歩調に、厚底のブーツが殊更大きく高く鳴る。水晶と紅い紐を組み合わせた首飾りが鈴のような音を立てる。彼の知り合いが聞けば十人中十人がギルの音であると判断できる、彼たらしめる音だった。
 コートの右ポケットの中には紙片がいくつか入っている。ギルはそれを手触りで判別し、一枚を取り出して確認した。
「えーっと? ……"異形"のノルマは八十か。カウンター、カウンター……」
 数字の確認の次は現状確認。
 ギルは懐から黒布張りの手のひらサイズの分厚い本を取り出した。
 木造の表紙に布が貼ってあるので高級そうに見えるが、中身はどこにでもある"カウンター"である。無駄に高級感を出したのはライブラリの悪ふざけなのだ。
 ギルはそのなかで青い付箋のついた一ページへ器用に飛ぶと、そこに浮かんだ数字を見て安堵した。
 題目は『港街リスタレクに入ってからの"異形"の討伐数』
 筆記体で綺麗に綴られたその文字の下には、同じく流麗に描かれた『六十二』の文字。
 表街の大通りに差し掛かり、ギルは九十度進行方針を変えて街の中心に向かう。
 くるりと踵を返したときに、コートが大きく揺れた。
「あと十八か。上々」
 あの時は確認する前に限界がきて倒れてしまったが、どうやら自分が想像していたよりは片づけていたらしい。
 この分なら出会う"異形"を片っ端から始末すれば日を跨がずこの街を離れられるかもしれない。山育ちのギルにとって、四六時中潮の香りのするこの街はあまり好きではないのだ。
 それでもこの仕事を引き受けたのは、この街に"ライブラリの喫茶店の支店"があったことと、始末しなければならない"異形"の数の割に報酬が大きい事が要因だ。そうでもなければ、ライブラリ程でないにしろ仕事は選ぶ質のギルがこんなところに来るわけもない。
 やりたいことはやり、やりたくないことはやらないが判別はつく面倒な奴。とはライブラリの評。
 大通りの想像以上の人垣の中を進む。
 ギルの出立は異常であり、真正面から対峙したら数秒は首を傾げながら見つめてしまうだろう。器用に立ち回り人の間を縫いながら、異常ながら彼が人の目に留まることはなかった。
「簡単じゃねぇか。あのやろう」
 ギルは依頼を受ける前に止めに入った幼馴染を思い出す。
 あの時はお互いさして切羽詰る事もなかったのと、ライブラリが俄かに笑みを抑えていたのに腹が立ったので引き受けたが、案外簡単だ。寧ろ拍子抜けだ。
 この程度に苦労すると思ったのだろうか? 他に何か嫌がらせでもあるのか?
 どちらにせよあの仕事嫌いに言われたことが心底むかつく。自分はいくら積まれても何も引き受けないくせに、人のやるこのにばっかり口出しやがって。
 悔しいが、あいつの実力はギル以上だ。真面目に仕事を受けさえすれば確実に"一文字"になれるだろう。しかもギル一個人だけの見解でなく、噂のかけらを知る人間であれば全員がそういう。
 ライブラリは何故かそういうやつなのだ。
 が、やらない。
 こうなればあいつの想像以上の働きをして個人的に見返す他ないだろう。
 相も変わらない仏頂面を前面に出して報復を誓う。
 その見返し方が餓鬼らしいなどと、ギル自身が気付くことはないだろう。

 すれ違うたくさんの人々の中で、白い日よけをさした優雅な貴婦人。
 人ごみの中で綺麗な喫茶店が目に留まり、顔をほころばせたときに──、
 ふっと香った蜜柑の香りに足を止め、振り返った先に黒いロングコートを見た。

Re: 理想郷の通行証 ( No.7 )
日時: 2014/03/27 10:01
名前: 御砂垣 赤 (ID: Bl6Sxw0v)

 長閑な港街リスタレク表街中心近くの人ごみの中で、一人の少女が顔を歪めて立っていた。
 通りの端の煉瓦造りの冷たい壁に体重を預け、途方に暮れたような面持ちで人波を眺める。
 それなりの荷物の入ったリュックを両手で支えており、軽やかで動きやすそうな旅装に身を包む。それらすべてが値のかかるものだとは、少し見てわかる程度にかつ如実に表れていた。
「──迷いました」
 少女の名はラーキフィート、呼び名はラキ。
 長いブロンドの髪をすっと流し、同色の瞳には疲労が色濃く伺える。十五程に見える彼女は大きく息を吸い、知らない街の知らない空気を肺いっぱいに溜め込んで——ため息として消費した。
 親の急逝した年幼いラキをつい昨日まで世話をしてくれた祖父とはのっぴきならない事情で別れ、現在新居もしくは職、取りあえず先しばらくの居場所を探しにこの街へとやってきたのだが──。
「ええ、ええ、わかっていますとも。……計画性が全くなかったことくらい」
 目的も絞られないままにうろついていたラキはもの見事に迷い、思慮に暮れていたのだった。
「どうしましょう。まさか昨日の今日でこんなことになるなんて……」
 思っていなかった。全くの想定外だ。等とはのたまうつもりはない。
 順風満帆、謳歌謳歌とはいかないだろうと思ってはいたが、まさかこれほどまでとは……。
 落ち着こう。落ち着いて反省でもしてみよう。
 ます、何がいけなかった?
 外の世界をなめてかかったこと? "名前"の効力なんて端から期待なんてしていなかったけれども。
 碌な準備もせずに出発したこと? 働き口の融通くらい聞かせてやるといったお爺ちゃんの厚意を受け取っておくべきだったか。
 一人でいること? そういえば頼れそうな人を見つけて、たとえその人が嫌がってもどうにかして着いていけば大抵のことは何とかなるとお爺ちゃんは言っていた気がする。
 持ち合わせが少なかったこと? どうせ誰のものでもないのだからと言った両親のへそくりは受け取るべきだったか。
 外へ出てきたことを後悔すべき?
 いや、待て待てラーキフィート。私はあの屋敷から出てきて一番初めに感動したはずだ。ならばあの時に感じたように生きるべきではないか?
 楽しそうだと思ったのだろう。ならばその楽しみのために自分自身で生きていかなければならないのでは? 人の手など借りずに。
 少々古めかしい思想の中で育ってきたお嬢様らしい決断を心中で下し、反省会を閉じる。
 ともすれば、必要になるものも決まってくるのではないか。方針が決まってくれば、おのずと道は開かれていくものではないだろうか。
 が、そんなわけにもいかず、これから窮地に立たされるのだった。
「宿さがしと、仕事探しと、……そういえば、お爺ちゃんが"仲介人"を探せとも言ってましたね。さがさ──」
 ないと。
 その言葉は出てはこなかった。
 意思を決めただけのただの少女の、
 その少女の右目をめがけたように何かが飛んできて、その瞬間本能に従って傾げた首の隙の壁に何かが飛来したのだ。
 だこんっ!
 と大きな音を立てて、肉厚の大ぶりなサバイバルナイフがラキのすぐ隣の壁に刺さる。
 ラキは一瞬目を見開いてそれを見た。
 煉瓦の筈だ。そこには不自然なほど深々と刺さったナイフが、ラキの目線のすぐ近くで鈍く光っている。慣れない光景だった。
 握りこめるように持ち手を工夫された布張りの柄に血が滴る。洗練され、鏡のように磨き上げられたそれは驚くほど軽薄にそこにあった。驚くほどあっさりと視界に入った。
 こんなもので人を殺せるのだ。と。
 ぽたり、
 と鍔にたまった滴が落ちる。
 そうだ、血が。誰かが怪我をしている。
 ラキは怒涛のような思考回路にはまったことを感じた。
 ──怪我を、──血が、──人が、──無事か、──誰か、──誰が、──どうにか、──生きて、──死なないで、──私が、──助けに、──?
 知らない誰かが怪我をしている。
 何があるのかは知らないが、何かがあるのだ。そして、そこに行って手助けをするくらいの力を、今、自分が持っていることを知っているのに──。
 いかなきゃ。
 どうにか歩くための力を足にいれた、その時。
 路地の向こう、裏街の方から信じられないスピードで黒い塊が吹っ飛んでくるのが見え、竦んでしまった。

Re: 理想郷の通行証 ( No.8 )
日時: 2014/03/27 10:04
名前: 御砂垣 赤 (ID: Bl6Sxw0v)

「────がっ!」
 着弾と表してもいいくらいの勢いでギルは煉瓦の壁に突っ込んだ。背中から打ち付けたために息の詰まる嫌な音がしたが、何かが折れた感覚はない。
 まだいけるか、
 と心中で即断し、"一般人"のすぐそばに刺さっている自らのナイフを引き抜いて構えた。
 相棒は昨日メンテナンスしたばかりだ。物足りないとばかりにぎらぎらと輝いてさえいる。上々。
 ぐわん。
 瞬間視界が歪んで嫌な汗が噴き出る。ひときわ大きく息を吐いて落ち着けようとするが、そんな物でどうにかなるような物では無い事くらい自分が一番よく知っているのだ。
 嗚呼、こんなことならやはりライブラリの下でもう少し休むべきだったか。否、どちらにせよあの後での襲撃はあったのだ。同じことか。
 一巡した思考を落ち着けて今自分が吹っ飛んできた方向をにらんだ。未だここには現れていないが、ここにたどり着くのも時間の問題だ。
 中途半端に目の前で"餌"を演じ、予想外の反撃に吹き飛ばされてしまっただけなのだから。幸いここは狭い路地。一気に多数を相手取らなくていい分、労力も少なくていい筈なのだ。
 あと七。
 カウンターを最後に見てからの自分のカウントを信じるならばあと七体。
 そこまで達してしまえば、あとは尻尾を巻いて逃げてしまっても構わないのだ。なんとも、気が楽な話じゃないか。
 と、そこまで考えて、誤算も打算も全てをひっくるめた脳の中に──、
 あまりに破壊力の大きい言葉が入って来て全てが吹っ飛んだ。
「あの、──大丈夫ですか?」
 構えはそのままに間抜け顔で固まったギル。
 頭の中で反芻し、その言葉の意味を。ひいては言葉が届くという意味を理解したギルは大きく目を開いていた。
 そこには十五程に見えるブロンドの少女が呆けた顔で立っている。年に似合わない旅装の合間から除く長く直射日光を知らなかった様な白い肌が路地裏に酷く不釣合いで、一瞬どこのお嬢様かと思ったほどだ。そんな者が、旅装でこんな路地に何の御用か。
 ではなく。
 瞠目すべき部分はそこではなく。
 少女、ラキは間違いなくギルを見て安否を尋ねた。この路地にいるのはラキとギル以外にありえなく、彼女の祖父も彼の幼馴染も人語を理解しない黒い"異形"もいない。
 つまり。
 そう、つまりこの少女には、
「み、え……ているのか?」
 今のギルが。
「み、え……ていますが、どうしました?」
 何も知らないような顔で尋ねる。
 どうしました? じゃない。心の底からどうもしないがどうもしない故に不自然で仕方なくどうしようもないのだ。今のギルは、
 一般人に見えるはずもないのに。
「……もしかして、"暗運あんうん"さん、ですか?」
 又聞きの特徴点を継ぎ足して初対面の人間に確認をとるように、少女は尋ねた。
 その問いの意味を分からんとした瞬間、"異形"の気配を感じて少女を抱えて裏街へ飛び込む。ナイフを持ったままの右腕に抱えられている体のラキは気が気でないが、その瞬間今までたっていたところが霧散して絶句する。
 そのめには、しっかりと"異形"が写っていた。
「おまえ、"名前"があるのか?」
 額に脂汗を浮かべたギルに問われ、一瞬言葉に詰まったラキは祖父の言葉を思い出して口を開いた。
 裏街の壁に背をつけ、壁越しに伺うようにしゃべるギル。その眼はラキを見ないが、今ラキが襲い掛かっても伸されてしまう妙な自信はあった。
 祖父の言葉が繰り返される。
 曰く、『"暗運"はいいぞ。あいつは仏頂面で無表情で何を考えているかわからん奴だが、仁の文字を持っている。あれにあうことが出来たら、頼るのも一つの手だ』と。
「は、初めまして。"銀製飾器ぎんせいしょっき"です!」
「聞いたことないな。新入りか? もしかして"引き摺り"……俺らの代でやめろって言ったのに──」
「"引き摺り"? なんですか、それは」
「無理やり"名前"をつけることだよ。生き抜くために、な!」
 いつの間にか警戒していた眼前に"異形"の姿はない。小さな"異形"達はうごめいているが、所詮それまで。
 おかしい。そう思った時にはすでに、一際大きな"異形"が頭上に迫っていたのだった。
 ギルはまたもナイフを持ったままラキの襟をつかんで飛ぶ。そして勢いのままにラキを放ったのち、自分は反対に突っ込んでナイフを一閃し"異形"を吹っ飛ばしていた。
「"銀製飾器"!」
 ギルはナイフを懐にしまいながら駆け足でラキに近寄る。
 伸ばされた腕に頼りつつ立ち上がったラキを見て、真面目な顔をしたギルはすこし固く問いかけた。
「足に自信は?」
「え? そこそこならありますが……」
「そうか。なら──」
 言葉をつづけようとするギルの背後。
 瓦礫の雨の止んだ路地の奥が疼き、吹き飛ばされただけだった大きめの"異形"がぽよんと起き上った。
 なにやら御怒りのご様子。
「ちょっとマジで死ぬかもしれないから本気で走れ」
「え」
 先ほどからラキを放っても手放さなかったナイフをしまった意味が分かった。
 つまり、本気で逃げるために。
 その日ラキは、こんなもんいつ必要になるんだと思いながらも渋々従ってきた祖父の体力作りの特訓に初めて感謝した。


    nice to meet you=初めまして

Re: 理想郷の通行証 ( No.9 )
日時: 2014/03/27 10:13
名前: 御砂垣 赤 (ID: XMukwujP)

 2,the ignorance is a crime


 "掃除"を一通り終え、一息ついたところにそれは訪れた。
 "異形"を一先ずは追い払って綺麗になった街並みを窓越しに眺めて満足そうに手を動かす。──そんな時、
 かろんと和やかな音を引き連れて喫茶店『pandramdall(パンドラムダル)』の扉が開いた。
 それは紛れもなく客の来店を告げるものだが、あいにく今は閉店中だ。その旨を伝える札は出しているはずなのだが、どういうことか──。
「ごめんなさい、今日は開いていな──、馬鹿だなぁ。おまえも」
 ちょうどコーヒーを入れていたライブラリがその手を止めて伺いに行くと、そこにいたのは見慣れないブロンドの少女と引きずられる幼馴染だった。
 少女は肩を貸しているだけの状態なのだが、如何せん身長差というものがあり、ギルの両足がコートを巻き込んで引きずるようになっている。どうも見る限り、ギルの方は完全に意識がないと見える。
「あ、あの。……ライブラリさん、ですか?」
「え? 嗚呼、そうだよ。ここまで運んできてくれてありがとう。預かるよ」
 しばし固まったままでいたライブラリに疑念を持ったのか、少女は恐る恐るといった風にライブラリに声をかける。それに気付いたライブラリは重り付きの扉を足で一際大きく開け、ギルを受け取った。
 預かる、といった言葉に偽りはなく、ひょいとコートをつかんで落ちないようにだけする。
 それを見て人道とは何かという瞑想に入りかけた少女を、一言かけて引き戻すのだった。
「ありがと。つかれたでしょ? お茶出すから入って」
 人懐っこいと形容できそうな子供のような笑顔が入店を促す。
 現実味を感じれないと思いながらも、ラキはおとなしく従って『pandramdall』に足を踏み入れるのだった。

 名はライブラリ。偽名のため呼び名はなし。
 喫茶店『pandramdall』のオーナーであり、ギルが"暗運"、ラキが"銀製飾器"であるのに対し"盗書館司書としょかんししょ"である。
 今が一年で一番暑い海月であるので白い半袖のワイシャツに疑問を持つことはしない。が、彼の浅葱色のマフラーには異議を唱えたい。
 まぁ、暑苦しい黒コートの人もいるし、かくいうラキも長袖の出立なのだが。
「へー。僕のこと知ってんだ?」
 ライブラリはキャスケット帽のつばをはじいて楽しそうに言った。
 二階の居住スペースにギルを押し込み、意識を取り戻して逃げようとしたギルを物理的に眠っていただいたりした頃にはすでに日が傾いていた。どうにしろ今のギルは外を出歩けるような状況ではないとして、なし崩しに同伴することになったラキ共々ライブラリの家に留まることになった。
 そして一息ついて紅茶をすすり始めたころにやっと自己紹介だ。
「"盗書館司書"と言えば、"暗運"や"りゅう"に並ぶ有名人ですよ。真面目に仕事さえすれば"一文字"は間違いないのにいつまでたっても仕事ひとつやろうとしないごくつぶしって」
「え、ホント?」
 後半は嘘です、と言外に告げて紅茶をすする。あ、おいしい。
「……じゃあ"盗書館司書"についての説明はいらないか。あらためまして、ライブラリだよ。偽名だから呼び名はないんだ。上で寝てる"暗運"はギルヴィート。呼び名はギルだよ。ギルちゃんって呼んであげて」
 なんて、本人がいたら不調を押してでも殺しに来そうな戯言を吐く。
 こんなこと、本人がいないこんなときじゃないと言えないしね、といったライブラリに苦笑してラキもならう。
「"銀製飾器"、ラーキフィートです。呼び名はラキ」
「ラキちゃんか。よろしくね」
「よろしくお願いします」
 簡単簡潔な自己紹介だけが終わり、自分の分を入れていたライブラリがコーヒーを注ぐ。静かに口をつけてから口を開いた。
「"銀製飾器"って聞かないよね。新入りさん?」
「はい。昨日から……」
「きのう?!」
 かちゃんと音を立ててカップを乱雑に置く。カップに被害はないが、カップの下の皿が少し浮いてから落ち着いた。
 昨日からということは、きっと仕事もまだしたことがないだろう。少し走っているみたいだが、この調子じゃ細かい制度等は知らないだろう。
 ライブラリは、じゃあ君が……と小さくつぶやいたが、それが届くような距離ではなかった。
 っていうことは……
「血縁者に"名前"持ちがいるな。"二文字"、"一文字"級の」
「は?」
 自分の思考を先取りされたライブラリが再びカップに口をつけようとしてやめた。
 はじかれたように顔を上げ、声のした方へぐりんっと向くと、階段からちょうど降りてきたギルが目に入った。まだ顔色は悪いが、足取りはしっかりしている。
 もしやさっきの自己紹介文が聞こえていたのだろうか、と冷や汗をかきながらライブラリが尋ねる。
「い、いつからそこに? どっから聞いてたのさ?」
「さっき。 昨日の下りから」
 眠そうに答えるギルを見て安堵のため息を吐く。
 ギル自身聞かれたく無い事でも話していたのかと顔をしかめるが、そんなことよりとのろのろとライブラリの隣に座って要求を繰り出した。
「甘いもん」
「…………はいはい」
 まあいい。こんなふてぶてしい幼馴染でも、首と胴体を離さんとする態度よりかはいくらかましなのだから。
 おとなしく従うライブラリを目で追いながら、ラキはギルが甘味を求めたことに瞠目していた。
「二人とも、お互いの名前知らないでしょ? 自己紹介しちゃえば?」
 カウンターに引っ込んだライブラリが棚を開けながら言う。開いた瞬間に香る調味料の混ざった匂いに顔をしかめながら目当てのものを取り出す。甘党の幼馴染のために切らさないようにしているものだ。
「ギル、ですよね。"銀製飾器"のラーキフィートです。呼び名はラキです」
「ラキ、か。あの馬鹿が言ったと思うが、"暗運"のギルヴィートだ」
 存じています、と紅茶を置いて頷く。
「一番"一文字"に近いといわれる"二文字"ですよね?」
「そういわれてんのか? 初耳だが」
「言われてるよ。おまえは知らないだろうけど」
 少し離れたところからも会話には入ることはできる。
「ギルは情報なんかどうでもいい人間だからね。全く、情報やとしての僕の有効活用なんか頭の隅にすらないやつなんだ」
 それってかなり駄目なんじゃないですか? と視線で話しかければ、面倒だと言わんばかりに頬杖をついて遠くを見る。
「話は戻るが──おまえ、血縁者に実力者がいるんじゃないか?」
 そうでなければ昨日の今日で"四文字"などありえない。
 かなりの権力者か、実力者か、ただものでない誰かがラキの背後にいるのは確実なのだ。
 が、そこでラキは困ったような顔をした。
「その、昨日入ったばかりなので、表面的なことは知っているんですが細かいことは知らないんです」
「「…………」」
 そうだよね、とカウンターからのぞき込んでいたライブラリが引っ込んで、その手にマグカップをもって再登場した。
 ココアだ。
「制度については?」
「いいえ」
 すすりながら目を閉じる。誰だこれの教育者は。せめて基盤だけでも叩き込んでから放り出せ。
 説明が長くなりそうだと直感で感じたギルは、呑み込みが悪かったら途中放棄することも視野に入れて話し始めた。

Re: 理想郷の通行証 ( No.10 )
日時: 2014/03/28 09:11
名前: 御砂垣 赤 (ID: mazIWFF0)

「まずはね、僕ら“名前”をもっている人たちがいる世界を“理想郷”というんだよ。そして、その“理想郷”を出入りするためにあるものがいる。なんだかわかるかい?」
「出入りするために? ……わからないです。パスかなにかですか?」
「あながち間違いじゃないよ。大事なのは──」
「──“理想郷の通行証”。つまり俺達の“名前”だ」

「通行証、ですか」
 さくっと焼き菓子を咀嚼する音が響く。
 噛み締めるように重く呟いたラキの声は、緊張感の欠片もないギルによって消された。
 だが、そんな横暴一歩手前の態度ですらどうでも良くなる。今はそんな話をしているのだ。
「……そもそも“名前”があるとどうなるんですか? あるのとないのって何が違うんですか? あとあの黒いの……昼間に初めて見ました」
 顎に当てていた手を離したラキが顔を上げる。
 応じたのはギルだ。
「“名前”はさっきも言った通り“理想郷の通行証”だ。“名前”さえあれば“理想郷”、つまり俺らやあの黒い“異形”のいる世界に干渉できる。昼間のあいつら、あれは一般人には見えてないんだ」
「え、そうなんですか?」
 ギルはココアに口をつけて言葉を切る。
「初めて見たんでしょ? 今まで“名前”が無かったからさ。ついでにいうと、“異形”の相手をしてスイッチの入ってる僕らも一般人には見えてない」
 ライブラリの補足がはいる。
「じゃあ、“異形”ってなんですか?」
「“異形”は、“理想郷”の住人さ」
 椅子の背もたれにくっと体重を預けてライブラリが言う。
「“理想郷”にしかいない黒い有害物質。自我もあるし小狡い所もあるし、なにより言葉をしゃべるやつもいる。そしてあいつらは、──人を食べて進化するのさ」
 ラキが顔をしかめる。
 引っかかった部分は人を食うと言う所なのか、進化するというところなのか。
 だがどうでも良かった。
「“異形”が進化した形のことを“人形”と呼ぶ。見た目は五、六の餓鬼程度で大人しい奴らだが一度暴れだしたら手が付けられないし、何よりあいつらは現実世界にも干渉する。スイッチがあるなしに関わらず、生きる全員が危険って事だ」
 ギルが補足を入れるが、しかしラキはわからないという顔をした。
「スイッチってどうやって入るんですか? 入れた覚えはないけど見えましたよね?」
「あえば入るのさ」
 作用ですか。
 それ以上でもそれ以下でもないと言う説明に渋面を作りかけた。
「昼間のは、スイッチの入った俺とあったから入ったって感じだな。他に質問は?」
 静かに挙手する。寧ろ質問しかなくて困るのだ。
「建物とか遠慮なく壊してましたけど、あれっていいんですか?」
「あれはいいの。壊れたのは“理想郷”の建物だから」
 出入りする度何事もなかったかのように元に戻っているらしい。修理費もいらないから、ギルなんか偶にストレス発散に知り合いを連行してガチバトルだから。と肩をすくめて両手のひらを天に見せて見せる命知らず。
 しかし、“理想郷”の定義は割とよくわかっていないらしい。だから、あまりに突っ込んだ質問には答えられないとか。
 じゃあ、と質問を変える。
「“一文字”とか“二文字”ってなんですか?」
「あ、嘘。そこも?」
 苦笑に顔を歪めてライブラリがぼやく。ココアのカップを落としそうになったギルを申し訳なさそうに見てからカミングアウトした。
 知ったかぶって話していました。
「“名前”持ちには階級があんだよ。下から“五文字”、“四文字”、“三文字”、“二文字”、“一文字”、“名無し”。人口はピラミッドになってて、“名無し”は一人、“一文字”は五人、“二文字”は十人と決まってる」
 “理想郷の通行証”として受け取った“名前”に法則性がある。
 五文字から一文字の漢字で構成された“名前”があり、その単語の一文字を捻って名付けられる。“暗運”であれば、本来ならば暗雲、“盗書館司書”であれば、本来ならば図書館司書と言ったふうに。ちなみにラキの“銀製飾器”は元は銀製食器で、名付けたのは祖父だ。
 仕事の達成割合などで昇格、降格するらしい。それらを纏めているのは“中央国ちゅうおうこく”の女王なのだとか。
「えっ、国を跨ぐんですか?! ──ぃいった!」
「君ならそんな反応をしてくれると信じてたよ」
 立ち上がりそうになってがだんっと勢いよく机に足をぶつけた。静かに悶絶するラキを見て何故か満足そうに頷くライブラリ。
 この人とは趣味があいそうにないと心の底から思った。
 今三人がいるのは大陸北東端に位置する“山海国さんかいこく”。巨大な大陸が一つと小さな島が三つあるだけのこの世界で、間違いなく最大の国。大陸の中心に位置するのが“中央国”なのだ。
「つったって異人いじんが入国することなんざ滅多にない。あるとして、仕事でかち合う程度だろ」
「へ、へー……」
 少し異人に会えるかもと期待したラキは、数秒を要し平生を取り戻した。
 続けるぞ、とギルが前置く。
「はっきり言って“四文字”以下は雑魚だ。階級分けはしているが、最低階二つに実力の差なんざ全くない。そして身の危険が多い」
「ど、どういうことですか!」
 主にそしてと補足された部分にぎょっとして立ち上がる。
 焼き菓子を銜えたままのギルは切迫したラキから逃げる様に頭を引いた。
 今回応えたのはライブラリだ。
「“四文字”や“五文字”は捨て駒として扱われることが多いからね。どう考えても達成不能だけど体裁として対処しておかなきゃいけない案件とか、長期戦の場合の特攻隊編成とかの仕事が多く来るんだよ」
「けど“二文字”以上になると下克上狙いの下級の奴等が道場破りみたいにしょっちゅう来るから、一番安全なのは“三文字”だな。あとは“名無し”か……」
 顎に手を当てて思案する二人。それに引っ掛かりを覚えたラキはストップをかけた。
「そう言えば、さっきから言ってる“名無し”ってなんですか?」
「あ、そうか。えーっとね。“名無し”っていうのは──」
「ただのあだ名だ」
「……………………」
 ライブラリが紅茶のカップ片手に無言でギルを見る。見ないふり知らないふりでしらりと目を外したギルは、いくつか目の焼き菓子に手を伸ばした。
「あだ名、ですか?」
「そう。“一文字”の中で最強の奴につけられるあだ名。実際そんな階級はないんだが、結構な人数が……少なくとも国内の“名前”持ちはそう呼んでるな」
「いつからそんな風に呼ばれてたかは分かんないんだけどね。“名無し”も昇格、降格があるよ」
 今の“名無し”は……と思案を始めて数秒。
 ライブラリはギルのように顔を青くして考えなきゃ良かったと机に伏せた。
「え、え? ライブラリ?」
「気にすんな。ただの自業自得だから」
 後悔と自責の狭間で揺れてるだけだとなんでも無いようにギルは言うが、この人にそんな繊細な心があったのだろうかと半ば本気で心配になるラキ。
「な、“名無し”ってどういう人なんですか?」
「……大酒飲みで博打大好きで詐欺師で世界の中心を自称するおばさん」
「うきゃあああああああっ!」
「うきゃあ?!」
 頭を抱えて奇声を放つライブラリ。その叫び声に思わず声が出てしまった。
「す、凄まじい人ですね」
「嗚呼、凄まじいぞ。年中博打やってんのに借金とかの話が出たことなんて一切ねぇし、the マイペースでやりたい仕事しか引き受けねぇし、詐欺師としてやらかしてっから年中警官に追っかけ回されてっし、噂じゃあ“中央国”の王室から金品巻き上げたこともあるとかで…………序でに言えば、ライブラリはカモられたことがある」
「……あー、それで」
 ラキは頭を抱えてのたうちまわるライブラリを視線で追い、無言で黙祷を捧げた。
「はっきりご愁傷様って言って! 虚しくなるからぁ!」


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