ダーク・ファンタジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- オリクターズ!
- 日時: 2015/11/10 01:11
- 名前: 石河原 鋼 (ID: H65tOJ4Z)
世界を織り成す心の力。
持ち主の精神に応じて様々な武器へと変化し、超常的な力を齎す鉱物。
それ即ち”心鋼(オリクト) ”が採掘されてから、世界の軍事地図は大きく変わっていったという。
心鋼を手にし変化させた武装を手にし、戦場を駆ける者。
人は彼らをこう呼んだ。
——”心鋼使い(オリクター) ”、と。
身銭0、行くアテ零。
自由気ままに旅をするオリクターであり、傭兵の青年ディーア・ヴァーチャーは必死の思いで、富豪の護衛任務を請け負った。
それは何でも無い護衛任務のはずであり、何事も無く無事に終わるはずであったが、異質な襲撃者によって茨の道へと変貌する。
心鋼を両手に”融合 ”させた謎の少女により、あっさりと護衛対象を殺害されてしまい、そして自身もまた倒されるディーア。
今までに確認されたことのない形態の調査、そして汚名返上と言わんばかりに彼は少女を追うが——。
これは。
文無し家無し根無し草の傭兵が世界の闇を知る物語。
これは。
自らの運命を捻じ曲げられた少女が世界に復讐する物語。
これは。
そんな彼らの運命が交錯する物語。
◆挨拶◆
もしかしたらはじめましてかもしれません。
しばらく来ていなかったのですが、リハビリがてらこの度連載を行わせていただきます。
ごゆるりとごらんくださいまし。
◆目次◆
- 第一話「始動」 ( No.7 )
- 日時: 2015/11/16 23:55
- 名前: act:5 (ID: TgGWH1it)
——で、現在、俺は子供達と戯れている。
どうしてこうなったと思うだろう。俺もそう思う。
それより俺がそのことを聞きたい。
世間話して茶を飲んでから、ちょっと孤児院の様子とかを見学して戻るつもりが、いざ孤児院に立ち入ってみればやれ珍しい来客だどっから来たのとかエルリーネおねーちゃんの彼氏だのとか、お手伝いとして働いていると思われるシスターにすら好奇の視線で見られる始末。入った時に間単に質問された際、要約すると「色んな所行って仕事してる便利屋みたいな人」と馬鹿正直に答えたのがまずかったか。
そこでエルリーネも悪乗りして「そうよ、この人は色んな所へ行った旅人さんだから、みんないっぱい質問してね」だのと言うものだから、急慮「特別! 外部講師のおにーちゃんディーアによる旅の土産話!」が開催されてしまった。
「……でな、そのジジイが言ったワケよ。『金を払えとは何事じゃ! こっちは心鋼使い(オリクターズ)と見込んで貴様に命じたのじゃぞ! 払う義理なんでないわぁ!』って。だから、俺は言い返すわけだ」
もったいぶるように溜めて、子供達を引き付ける。
キラキラとした眼差しが俺の方へ向けられる。
溜めて、溜めて、溜めて溜めて溜めて——言ってやった。
「『契約書にサインしたんだから、金を払うかさもなくばトイチで借りやがれファッキュー!』ってな」
おおおおおお! という感心と、爆笑に満たされる。ちょっと大人びている子供は周囲に合わせて笑う程度だが、それでも笑ってくれている。最も、大多数の子供達がこの話の面白さを分かって笑ってくれているのかは分からないし、第一無茶振りされた当人でさえこの話の何が面白いのかは実は分かっていない。とりあえず何か話さなくてはなるまい、と思って出したネタなのだが、まさかこの程度でウケるとは思ってもいなかった。
「にいちゃんすっげー!」
「おじいちゃんヘンなのー!」
あははは! と無邪気な爆笑。
「ねぇねぇ! ほかにはないの!?」
もっと聞きたーい! 面白い話聞かせてー! わーわーわー! 子供達が身を乗り出さんばかりの勢いで話の続きを迫ってくる。何だ何だ、先の話はそんなに面白かったとでも言うのか。ええい、もう自棄(ヤケ)だ。とことんまで付き合ってやる。
「よし! 分かったお前ら。じゃあ次は——」
それから、どれ位時間が経ったことだろうか。
珍しい宝石を求めて炭鉱に潜ったら盗賊に追われた話をした。
未発見の遺跡かと思ったら、軍の秘密基地で大変なことになったとか。
忘れ物を届けにいった先が、実はその土地の領主様だったとか。
山賊を退治して娘さんを助け出したとか。
冒険憚を話した、英雄憚を話した、格好いい話からどうしようもない話まで実に様々なことを話した。
思い返せば、あの時話をした数は俺の人生の経験のうちの大半はいっていたかもしれない。
本当に色々なことを話している内に、陽はすっかり落ち、夜の帳が降りてしまっていた。辺りは真っ暗になって鎮まりかえり、夕方には聞こえていたはずのカラスの鳴き声も何時の間にか聞こえなくなってきている。色々と、大袈裟とも言える位アクションを起こして俺の話を聞いてくれていた子供達も疲れ果てたのか話の後半になるにつれて欠伸をしたり、挙句疲れ果てて眠ってしまう子もいた。エルリーネが「そろそろみんな歯を磨いて、寝ましょう?」と言うと、は〜いという緩みきった輪唱と共に各々眠る用意を始める。そんな彼らを見送ってから、エルリーネは宿直室らしきところへ戻ろうとする傍ら、俺を招き寄せた。
「疲れたでしょう?」
「……流石にな」
「お茶、また淹れますから」
「じゃ、遠慮無く」
ずっと喋りっぱなしで喉も渇いてきたので丁度良かったのでありがたくいただくことにした。
「いやしかし、子供達は元気だな。ありあまってるっつーか、持て余してる位っつーか」
「珍しいんですよ、外の人は。ほら、この村のことは知っていても、外の世界は本等でしか学べないから」
リラックス効果のあるレモングラスティーを提供される。
香りで心を落ち着ける。うん、落ち着いた。先程まで話すネタで頭をフル回転させ続けていたために脳味噌が異様に疲れており、そのせいか全身も疲れているような感覚を覚えていたので余計に心地よかった。
ふと、気になることが浮かんだ。昼間は慌しかったので聞けなかったが、いい機会なので聞いてみることとする。
「しかし、随分多いんだな。何でこんなに」
気になっていたのは、孤児院にいる人数。特に周辺地域で何かが起きていたとは聞いた事が無いし、戦火とは縁遠いはずである。しかし、話している最中などざっと見る限り入居者の数は20人弱。特に経済に困る家が出てきてる様子などは無いと思っていたが、意外にも多かった。その辺のちょっとした事情も聞いてみたいと、紅茶に口をつけてから彼女の顔を見た時、何処か物憂げな表情をしていることに気付く。
「どうした?」
- 第一話「始動」 ( No.8 )
- 日時: 2015/11/20 22:34
- 名前: act:6 (ID: TgGWH1it)
「……いえ。……隠すようなことでもありませんし、今教えますね」
そう言って彼女がポケットから取り出したのは一枚の写真。
そこには幼い頃のエルリーネらしき人物と、燕尾服に身をつつんだ初老の男性が映っている。父親……にしては少々歳を食いすぎているような気がしなくもない。
「アンタの隣にいるコイツは?」
「祖父です。優しい人だったんですけど」
苦笑。
「元々、この村ではなく離れの街に住んでいたんです。でもある日、賊に押し入られ、父と母は、殺されました。
私は助かった後に、祖父の所にいったんですけど。色々と、面倒見てくれたんです」
だけど、と少女は陰鬱な面持ちのままで言葉を続ける。
「祖父は、絶対外に出ちゃいけないって言ってたんですよ。でも、散歩がしたくて出かけた。そしたら、石を投げられたんです。
この悪魔! 悪魔の娘! って」
「……」
この喉かな村で、そんなことが起きていたとは到底信じられない。過去のことを語る彼女には嘘を付いているような様子は一切見られないから、本当のことなのだろう。ぽつり、ぽつりと彼女は語る。
「その後、知ったんです。祖父……ヴォルガルフ=サントがこの土地に圧政を敷いていて、村の人たちを苦しめていたことを。
……だから、あの後から私はちょっとずつ抜け出して、こっそり村のお手伝いとかをするようになりました」
「……で、もしかしてアレか? 爺さんが死んだ後に、色々と改革をやったりだのなんだのってあれか?」
「そうなんですけど……。私の功績ではありません。クロアがやってくれたんです。他にも、色々とやってくれて」
ということは、恐らくクロアはエルリーネよりは年上だ。雇われたか、もしくは前の祖父と繋がりがあったかのどちらかだろう。
「……これで、立ち直れると思った。そんな時でした。
——異形の集団が、村を焼いたのです」
「あ……?」
それは地獄であったと彼女は語る。
「腕を足を、頭を眼を、化け物のようにした集団が村を荒らしまわりました。男も女も子供も老人も、皆、構わず殺されてゆきました。略奪とか、話に聞くような”酷いこと ”はなかったのですが」
「は? 賊じゃねぇってことか?」
てっきり、戦争に巻き込まれるか、その辺を根城にしてる山賊にでも襲われたものだと思っていた。だが、ただ"殺すだけ"で終わらせることが出来るような連中ではないはずだ。宗教戦争の類も考えたが、この村が特殊な宗教を信仰していたり、何処かと対立しているなどという話は聞いたことがない。
それよりも、彼女は今何と言ったか。この世界ではありえない外見であろう”身体が異形 ”である連中が村を荒らしまわったと言わなかったか?
「……まさか」
「お察しの通りです。ここ最近多発している、人体と武器を融合させたような怪物と同じでした。最も、私が見た時はそれよりも酷いものでしたが。
そして、祖父は——彼らに、殺されました。私はクロアと一緒に隠れていたのですが、全てが終わった後の村は惨い有様だったのは覚えています。
親を亡くした子が親の死体の前で無き、無残に家を潰された男が立ちすくむ。そんな光景でした。
だから、私はクロアに頼んだんです。村を、再建したい。お爺様がやったことの罪滅ぼしをしたい、と。すると、彼は言ったのです」
『……エルリーネお嬢様。過去をなかったことにすることは出来ません。割れた壺を直したところで、割れたという結果は変わりません』
『じゃあ、どうすれば』
『ですが、直したという努力は認められます。——大人からは認められずとも、このまま捨てられる子供たちを救えば、少しは見方も変わるかもしれない』
そして、彼女は家を継ぎ、同時に村にいたシスターの協力も得て教会を改築。子供たちを養える孤児院としての機能を持たせ、今に至る。所詮彼女のやったことは打算尽くめの罪滅ぼしでしかない。しかし、村をある種の形で再建させたのは事実であり家が持つ過去の汚名などたった一年そこらでほとんど消えてしまっている。俺は彼女の話が欺瞞に満ちていると感じた。だが、その行動を批難する理由は無い。
彼女は、本気なのだろう。だから、依頼内容を自分ではなくあくまで子供達としたのだ。
窓の外にはたった今聞いたような話の有様は一つもなく、その面影すらも残されていない。何もかも、傷跡の上にかさぶたを貼り付けたように元通りになっている。当時を見た人間の記憶からは未だに消えていないものの、余所者から見ればそんな血塗れた歴史など感じさせない。
「長いこと、話してしまいましたね」
「いや、サンクスってとこだ。色々聞けたしな」
そう言われると、彼女は驚いたような顔をしながらもふふっと可笑しそうに笑う。
「間違ってもありがとう、だなどと言われる程教訓になる話ではないと思っていたのですが」
「そういうことじゃない。ただ、まぁ、それを話してくれたってことは、仕事相手でもこっちを信用してくれてるってことだろ。生憎と家無し根無し目標無しで生きてきたんでな、ここまで信用されたことはないのさ」
その言葉を聞いて、更に彼女は目を丸くする。それから窓の外を見やった。
「——そうですね、信用できるから、なのかもしれません。だから、私は貴方に仕事を頼んだ。……ただの勘かもしれませんが、私は貴方なら仕事を全うしてくれると思った」
「そこまで言われると照れるぞオイ」
わざとらしく、頭をぽり、と掻く。だが、この目は捉えて話さない。窓から差し込む月明かりに照らされた彼女の目からは憂いが抜け切っていないことを。
・・・
「だからこそ託したいのかもしれない。最期を——……」
・・・
「最後を?」
その先の言葉は本当に小さく呟かれたので、聞き取ることはできなかった。いや、彼女があえて小さくしたのかもしれない。聞かれたら困ることなのか、それとも無意識に聞かせてはならないとしたのか。
だから、聞き返す。しかし、反応はなかった。ただ一つ、ぽつりと呟かれた「何でもありません」のみであった。
「もう、帰りましょうか。後はシスターがやってくれますから」
そう言うと彼女は部屋の戸を開け、外へと出ていく。俺も外へ出る傍ら、ふと窓より月を見上げた。空には真っ白な月が浮かんでいる。
明日はきっと、満月だろう。
すっかり日も暮れたどころか人間の活動時間が終了しつつある現在。クロアは心配していないのか?と聞くと彼女は別に大丈夫です。孤児院にいった時は、帰りが遅くなることは彼も承知済みですよと意地悪く微笑んで返した。虫も鎮まりかえった夜中、月明かりに照らされた舗装路をとりあえず誰かの気配でもしたら飛び掛ってやろうと警戒して歩いていたが結局何者の襲撃も無かった。満月の晩に、というものだけは案外キッチリと守る連中なのかもしれないと嬉しいような悲しいような気分に浸りながら屋敷へと帰還する。
- 第一話「始動」 ( No.9 )
- 日時: 2015/12/01 19:43
- 名前: act:7 (ID: HtS8ZtHP)
深夜。
草木も眠る丑三つ時。
帰宅するなり諸々の支度をし、エルリーネは寝てしまった。出迎えも含め、クロアの姿を見かけることはなかったものの恐らく何処かで寝ているのでしょうと言うエルリーネの言う通りなのだろうなと思い一先ずこちらもベットに入ることにした。……のだが、妙に寝つきが悪い。いや、そういう体質というわけではなく、ほんの少しだけ、耳をよく澄まさないと聞こえない位の小さな木の軋む音が聞こえるのだ。それは、なまじ音が無い世界だった故に余計なのかもしれない。今夜は風がなく、余計な音が聞こえないせいもあるのかもしれない。心鋼のネックレスを首から提げ、他の皆を起こさないようにそっと自室から出る。
やはり、聞こえる。ほんの僅かだが、自分以外の誰かによって引きおこされている木の軋む音が。それはエントランスに近づくにつれて段々、段々と、少しずつではあるが大きくなっていく。
誰かいる……——。
人の気配がする。それも複数。
エルリーネか? いや、彼女なら先程寝たのを確認したし、第一彼女の部屋はディーアの部屋から出て真っ直ぐいって右手にある。もし部屋から出てエントランスへ向かおうものなら足音は遠ざかるし、こちらへ来ていたのなら出くわさない方がおかしい。ではクロアか? だが、今感じている気配は複数人。
エントランスに差し掛かった所で壁に張り付いてそっと顔を出して——そして、気付いた。
黒いローブに身を包んだ連中が三人。
足音、そして僅かに痛んだ木の音を立ててしまっているのがこちらに聞こえてくるため少なくともプロではないのは確かだが。彼らは三人、互いに顔を合わせ何かを話している。が、それが何かかは聞こえてこない。もうしばらく様子を見る。
”……行動開始…… ”
聞こえてきたこの言葉を合図に彼ら三人は散開せんとした。
駆け出す。
二階から飛び降り、彼らの前へ着地して待ったをかけた。
「——不法侵入ご苦労さん。……で、誰の差し金だ?」
答える声はない。彼らも流石に”出来る人間である ”ということは一瞬で理解できたためか、突然目の前に現れたディーアに対し動揺の小声があがる。誰だ何者だ用心棒か——だが、一応は仕事で来ているという自覚なのだろう。切り替えも早い。
「答えるつもりはない。我々は彼らに対する鉄槌を下しにきた」
「予告状の時刻を破るとは感心しないな。満月なら明日のはずだぜ?」
その言葉を聞いた黒フード達は一斉に顔を見合わせた。
「何を言っている?」
「……予告状出したんじゃねぇの?」
——違和感。両者の間に流れる微妙な空気。相手はこちらの質問に対しては全く答えることなく、しかししきりに仲間内でひそひそと話している。その様子にこちらは更に不信を募らせる。
「だんまりか。まぁ、いい——ぶっ飛ばして色々喋ってもらう必要があるな」
瞬間、空気が張り詰めた。
賊とディーアとの間に漂う空気が変質する。ピンッ——と痛い位に張り詰めた空間、緊張が走る。互いに武器は取り出さない。しかし間合いは両者共に分かっている。逃げるか、戦うか。運命を分かつ二つの選択肢が揺れ動く。賊はこちらが得物を持っていないことを認識すると、ヘヘ、と下卑た笑いを浮かべて各々の武器を取り出した。ナイフ、ナイフ、ナイフ、ありきたりすぎて驚きもなにもない。どうするか、騒ぎにならないようにするには。賊はやる気、というよりかはこちらが何も出来ないと踏んで武器をちらつかせ逃げるつもりだろう。得物があるわりにはこちらに攻撃しようとしてこないことから、それは伺える。
では、どうするか。
答えは一触即発の空気が弾けてから提示された。
ダッ、と賊の三人が入ってきた扉から逃げ出す。彼らが目指す先は恐らく森。
すかさず追う。走って、追う。生き死にを預けてきたこの足で追いかける。その道中、心鋼のペンダントを握り締めその名を告げた。
「来いよ、理不尽な道理をぶっ壊しやがれ——!」
手にしたペンダントが闇夜の中に一瞬の輝きを魅せる。暗き世界を照らし出す解放の光が、一瞬だけ闇を明るく染めた。
「なっ……!?」
「クソッ、まさか——!」
賊の表情に驚愕が走る。ディーアの手に握り締められていたペンダントが、光と共にその形状を変えてゆく。同時に漂うのは冷気、噴出するそれらに包まれ一つの剣のシルエットが浮かび上がる。それは氷の刃、刀身も柄もなにもかも凍てつく冷気を纏った剣。ディーア・ヴァーチャーが発現する心鋼(オリクト)である「爆氷アイスブレーカー」がここに顕現した。感触は——特に問題はない。何時も通り、振るえそうだ。
「コイツ、心鋼使い(オリクター)か!?」
「くそっ、聞いてねぇぞ!」
男達から驚愕の声が上がる。
心鋼(オリクト)。それは持ち主の意思と共鳴し、その姿を変える鋼。
それを自由自在の形へと変化させ、この世ならざる力を発揮する道具として発現させることを可能とする戦士達。人は彼らを心鋼使い(オリクター)と呼んだ。その武器は並みの武器では傷一つつけられず、所持者が一人戦場にいれば百人分もの働きを見せる超常の代物。しかし持ち主の意思の強さによって発現できるかが決まるため、先天的な才能か何十年にも渡る修行をこなさなくては扱うことすら出来ない。ディーアもオリクターの一人であり、彼が傭兵業を長年続けていられる一つの理由であった。
展開を確認した後、強く踏み込んでから更に加速。冷気が尾を引く中まずは後方を走っていた賊へと切り掛かる。
狙われた賊も逃げられないと感じたのかすかさず反応。手にナイフを構え、こちらの刃を受ける。
早いっ——!
重いっ——!
両者の刃で火花が散る。だが、すぐに異変は起きた。ピシり、と何かが”凍りつくような音 ”。夜の闇に紛れ最初は分からなかったが、賊が手にしていた刃が突如氷に包まれはじめた。
「んなっ……!?」
薄く、しかし触れるもの全てが凍てついてしまうような冷気を放つ氷が刃を覆ってゆく。すぐに刃を放そうとするも、ディーアの氷の剣とくっついてしまっているため放すことが出来ない。すぐにナイフを手放して逃亡を図ろうとして——その顔面へ、ディーアの拳が放たれた。
「逃がすかよ」
顔面直撃。一撃でノックアウト。鼻血を吹き、何本か前歯をへし折られた賊がその場に崩れ落ちる。フードが剥がれる。ツルッパゲのオッサンみたいな面だ。毛根が絶えてやがる。次の瞬間、ナイフが一気に氷につつまれ砕け散った。鋼の雪が舞う。幻想的な情景。
だがそんなものに見惚れている暇もなく、すぐに彼は遠く遠く先へ逃げた賊の追跡を再開する。
- 第一話「始動」 ( No.10 )
- 日時: 2015/12/15 23:23
- 名前: act:8 (ID: sRcORO2Q)
距離は離れていなかったのか、意外とすぐに追いつく事が出来た。
だが、散開して逃げられたせいか一人としか遭遇することが出来なかったが。
森を駆けること三十秒かそこら、後ろ姿が見えてくるのと同時に全力ダッシュに切り替え、賊の男もまたこちらが来てるのを見るのと同時に全力ダッシュする。距離は詰まる。詰まる。詰まる。詰まる一方。流石に追いつかれると分かり賊も観念したのか、開けたところに出るなり急停止。くるりとこちらへと振り返りナイフを構えた。ディーアもまた停止し、アイスブレーカーを構え対峙する。再び走る痛い位の緊張。緊張、緊張、張り詰めて膨張を続けるそれら。片や捕らえるか逃がすか。片や捕らわれるか逃げるか。
「観念したか?」
「いいや?」
男はフードから獰猛な顔を覗かせ不気味に笑う。
ディーアも不気味に笑う。
どちらの態度も一見すれば飄々として、余裕そうに見える。
ただし心の奥底までも余裕なのはディーアであり、賊の方はあくまでぶっているのみ。内心はがけっぷちに立たされ冷や汗がダラダラと流れ出ている。獰猛な顔は強がりの証でしかない。
「大人しく武器を捨てて投降するつもりは?」
「ない——なぁっ!」
ナイフを投擲する男。——ヒュンッ! 風を切り、細身の刃がこちらへと飛んでくる。命中、それ即ち”死 ”。
死の予測。
当然の如く、体を捻り回避。そのまま左足を軸にして空中で回転しつつ男を切り付ける。回転斬り、遠心力に任せたベイゴマの如し攻撃。男に迫る刃。ナイフで受け止めるも、力はディーアの方が強い。だが、彼の対応もまた早かった。
ナイフが弾かれる。いや、男はあえて”弾かせる ”。飛んでゆくナイフ。手の痺れに悶えながらも後方退避に成功。
「チッ——」
舌打ちしながらディーアは追撃に移る。だが、それより早く——逃げ足だけは一人前——男は脱兎の如し勢いで逃亡を開始した。当たり前だ。捕まえなければ勝利とは言えないディーアは必要とあらば戦わなくてはならない。だが、男の方はわざわざ戦わなくともよいのだ。妨害こそすれど、姿を見失わせるまで逃げれば勝ちなのである。そして、ディーアよりも男の方が”そういった道 ”のプロフェッショナルであることは間違い無い。
(……リーダー格か)
他のフード達よりも身体能力、判断能力が高い。
それ即ち実力がある。即ち——リーダーであるかもしれない。一人捕まえている以上ディーアもディーアで拘る理由がなかったが、そう予測が立てられれば話は別だ。全力であの男の後を追う。
走る男。
追うディーア。
その向こうに見える池。その傍で休んでいる一人の少女の影。暗い夜であったせいか顔は分からない。
それを見た瞬間、先をゆく男からわずかに下卑た笑みが漏れたことに気付いた。マズい——。嫌な予感。男の考えが読めたディーア。だがそれより早く、男は少女へと襲い掛かり半ば不意打ちの形で少女へ掴みかかるようにしてその首へナイフを突きつけた。
「おいっ……。小悪党にでもなったつもりかよ、悪いことは言わねぇからそのナイフをとっととしまいやがれ」
「嫌だね……これ以上近づいてみろ、コイツの首を切るぞ」
男の声は震えている。
だが、人質にされた少女は異様なまでに冷静だった。首にナイフを突きつけられても全く動揺する様子がない。それどころか——冷やかな声で告げるのだ。
「やれば?」
これにはディーアも男も驚くしかない。そんな二人の様子を気にする事なく、少女は更に言葉を紡ぐ。挑発気味に、紡ぐ。
「人間は嘘を付く。でも殺す時はウソつけないんでしょ? ならやれば」
「お、おい」
この時、当事者男二人の心情は一致していただろう。
——命が惜しくないのか、コイツ。
だが、同じ心情であっても行動は違う。癪に障る物言いを繰り返された男は流石に我慢の限界が来ているのか、ナイフを持つ手が震え始めていた。ヤバい、見覚えがある。立て篭もり事件の犯人を刺激した時が多分こんな感じになったはずだ。
そして案の定、それは起きた。
「さっきから黙ってりゃウソつきか……テメェこの状況分かってんだろうな!? これ以上無駄口を叩くとテメェの首飛ばすぞ!」
「やれば? 殺すってわざわざ伝えてくれるなんて親切な人もいるものね」
これが、契機となった。
「テメェェェェ……。もういい、人質としては駄目だお前は。死んどけ!」
——男のナイフが、少女の首をかっ裂こうと動いたその瞬間。少女がそのままの体勢から男を勢いよく”背だけで持ち上げた ”。
「うぉぉっ!?」
息をつかせる暇も与えない。
そのままの勢いで男を地面に叩きつけるように前方へと飛び込み、転がる。丁度天地となるように、地面に叩きつけられた男の上を転がるようにして少女はそこから脱出した。
それだけではない。
少女の顔を見た時、男の顔が青ざめた。少女は冷酷な殺意を持って、目の前の自分を殺そうとしていることに気付いてしまった。
「……ほんっと、馬鹿しかいないのね。——《黒拳バリアクラッカー》、せっかくだからこれで殺してあげる」
・・・・・・・・・・
少女の両腕が輝きに包まれる。
そして収まるころ、ディーアからはシルエットしか見えないものの、少女の腕は機械染みたものへと変貌していた。
——心鋼(オリクト)か!
気付いた時、ディーアの体は動いていた。
同時、悲鳴を上げる男の胸に少女の拳が振り下ろされる——!
ガキン! 寸での所でそれは何かによって止められる。全力で滑り込ませたディーアの心鋼が少女の心鋼を食い止めていた。だが、あまり持ちそうにない。重い、とにかく重い。
「おいアンタ、とっとと逃げろ!」
ディーアの怒声。瞬時に、目の前の悪夢から逃げ出すようにして男は夜の闇へと走り消えていった。
刃を収める。
拳が収まる。
「——あなた」
「やりすぎだ。相手がビビってる時に刃向けるのは卑怯者の行為だって相場が決まって——」
刹那。
雲の合間から月が顔を覗かせた。
森に差し込む月明かり。
ディーアは、そこで意外なものを見ることとなる。
少女の顔と姿が月明かりに照らされた時、奥底にあった記憶が蘇ってしまった。
それは、両腕を漆黒の鉄に変化させる少女。
それは、ついぞこの前に起きた貴族襲撃事件の首謀者。
「……テメェ」
「……生きてたの。てっきり、死んだと思ってたのに」
- オリクターズ! ( No.11 )
- 日時: 2017/02/08 20:00
- 名前: act:9 (ID: mXt9My6w)
間違い無い、無表情を貼り付けたような面とは対照的に悪い意味で感情豊かな声色。そしてその姿。ぼろ布を纏っていれどその両腕の義手のような何か。漆黒に染まった拳。金属で出来ているのかと言わんばかりの煌めきを放つ武装。《黒拳バリアクラッカー》、彼女自身がそう告げた心鋼(オリクト)。
だが、疑問を呈さざるを得ない。ディーアが見てきた中で、これはありえないのだから。通常心鋼は確かな形状を持たないただの金属<心鋼>だ。傍目から見ても特徴はない。それが呼びかけ(コール)に応じ、武器として、あるいは小道具などといった適性に応じた形状へと変化する。
だが今何が起きた? どう考えても人間の腕としか思えないそれが、コールと同時に心鋼武装へと変化した。
色々と聞きたいことはある。
だが、真っ先に知るべきなのは。
「——何者だ?」
「何者でもないわ。強いて言うなら“反逆者 ”」
「はぁ?」
考えるそぶりも見せず、ごまかす様子もなくまっすぐに答えてきた。
「何にだよ。ふざけてんのかアンタ?」
「——“人類に ”よ。ロクでもない技術で発展してきた、あなたたちへのね」
そこまで来て初めて気づいた。その目に宿るは憎悪。鉄仮面のような表情でこそあれど、瞳の奥で燃え上がる怒りの焔を抑え切れていない。対峙しただけで吹き荒れる殺気、ダダ漏れでこそあれど刃のように磨かれた闘志。
間違い無い。
今、彼女は考えている。俺をどう殺そうか、どう渡り合い、どう追い詰め、どうトドメを刺そうか。じりじりと気づかれぬように後退を開始する。すり足一つ、二つ、三つ、音を立てぬよう逃げることを悟られぬよう。
「なぁ」
「なに」
「見逃してくれたりは?」
「無理。それに」
「それに?」
そこまで来て、俺の逃亡策がいかに彼女にとっては姑息でしかなかったことを思い知ることとなる。
「——私に傷をつけたオリクターであるアンタを、みすみす逃がすわけないじゃない」
疾駆。少女が爆せた。大地を蹴り上げ、土塊を散らしながらこちらとの距離を詰めてくる。溜まらず《アイスブレーカー》の腹で受け止める。二の轍を踏むことはしない。ただまっすぐに、こちらをぶんなぐって吹き飛ばすことさえ分かってしまえばいくらでもやりようはある——!
だが、とことんまで考えが甘かったらしい。氷の刃と鉄の拳が打ち合う。甲高い金属音が鳴り響き、火花が散り宵闇を照らす。このままいけると思っていたが、次の少女のコールによって簡単に覆された。
「点火(ファイア)!」
「なっ……!」
幾つもの火薬が同時に近くで爆発したような轟音。火花を吹き上げる<少女の拳>。感じる重みが増す。拳の勢いが瞬間的に増幅し、たまらず吹き飛ばされる。靴底を磨り減らしなおも飛ばされ、宙へ浮き、枝をへし折りながら飛ばされ地面へと転がされた。
「がっほっ……んだよそれ!」
受け身はとったが全身が痛い。一体どれだけの力で吹き飛ばされれば骨と筋肉と内臓をミキサーされかねない衝撃が体に伝わるだろうか。
だがそれ以上に、違和感を感じる。あれが彼女の心鋼使い(オリクター)としての力なのだろう。心鋼の中に最初から仕込まれていたであろう火薬が炸裂したことは、先ほどの光と周囲に立ちこめる硝煙、煙の臭いからして明らかだろう。問題は何故自分の肉体の一部であるかのように振る舞えているかだ。——いや、今は考えていても仕方がない。元より両腕が変質する心鋼(オリクト)が存在していることすら初めて知ったのだ。そのメカニズム、内部機構、技術、理論、ありとあらゆる知識が不足している。
故に今行うべきことはただ一つ。この場をどう凌ぐかにある。
「《アイスブレーカー》ッ!」
心鋼(オリクト)をコールし、地面を一閃する。見た目と名前通り、触れたものを凍てつく冷気によって氷点下まで下げるディーアの心鋼使い(オリクター)としての力。地味だが、頭さえ回れば応用性には長けていると自負している。
これで空気中の水分を凝固、並びに拡散。字面の草むらには霜が降り、力を解除して溶け水浸しに。そして、《アイスブレーカー》の力で再び凍り付く。
これで焼け石に水だろうが機動力はある程度制限出来ただろう。
森の向こうより彼女が躙り寄ってくる。そのまま走ってぶん殴りに来ればいいものを、余裕のあらわれかそれをしてこない。こちらのチャンスだ。
彼女の正面になるように。ディーアは一目散に駆け出す。ワンテンポ遅れて、それに気づいた女が走り出した。
だが案の定だ。凍り付いた地面に少女が踏み込んだ。
「——っ!?」
スリップ。まさか自分が今通ろうとしていた場所がピンポイントで氷の道になっていることなど想像もついていなかっただろう。冬道になれていない観光客が如く、氷の上で滑った彼女の体勢は大きく崩れた。
しめた、この隙に距離を稼いで森の中へ。
ざまあみろ、引っ掛かったな。そのまま見失え——。
「——はああああ!?」
振り向いたとき、それは居た。
いや、正確には違う。その場でへし折ったのだろうか<大木>がこちらへと向けて飛ばされてきていた。冗談じゃ無い。どんな馬鹿力だ。流石にこれを《アイスブレーカー》で叩ききるわけにもいかず、受け止めて強引にバットで撃ち返す要領で横に逸らす。
逃げる、逃げる更に逃げる。
振り向く。まだ追ってきている。
相手が一向に諦める様子を見せず、体力も無くなってきている様子は見受けられない。まずい、非常に不味い。こちらも相当鍛えているとはいえ、先に行われた数々の暴虐のせいで体力が限界に達しようとしていた。
逃げ回っていても埒があかない。
待てよ、あれは金属の拳だ。……いいことを思いついた。これで、一か八かで追い返す。立ち止まる。くるりと振り返る。少女が迫ってきた。立ち止まり剣を構えたこちらを好機だと感じたのか、その拳はぐっと握り固められ殴りつけようとしている方の腕は軽く引かれている。
迫る。待ち構える。迫る。待ち構える。まだだ、まだだ、まだだ、まだだ、まだだ、まだだ——少女が肉薄する。その拳が放たれた。
今だ。
アイスブレーカーで受け止める。
「無駄よ! <点火(ファイア)>!」
来た。炸裂音、奔る光、重すぎる衝撃。少女はやった、吹き飛ばしたと確信し……そこで初めて異常に気づいた。確かにディーアは少女の拳に押されていたが、彼が押されると同時に引っ張られるように自分の肉体も動き始めていることを。そして気づいたときには遅すぎた。拳がディーアの剣から離れない。引いて戻すことが出来ない。
「何を——」
「——ゴートゥーヘル!」
吹き飛ばされるディーア。形成逆転し、己の放った勢いが仇となって振り回されることとなった少女。勢いのままにディーアは吹き飛ばされながらも、片足で踏ん張って駒の容量で回転。引きはがせなかった少女はそのまま振り回され、その先にあった木に叩き付けられようやくその動きを止めた。同時に、勢いで拳と剣が離れた。
小学生でも分かる理屈だ。極低温まで低下した《爆氷アイスブレーカー》に対し、結果的に勢いよく鉄が押しつけられたことで水分が凝固し氷となってくっついた。成功するかどうかは半分賭けであったが、上手くいった。
そうして少女を木に叩き付けることに成功する。それも何を考えているのか全く分からないその頭をだ。
「ぐっ……お、のれ……!」
恨み節を吐きながらよたよたと立ち上がろうとするが、待ってやるほど馬鹿ではない。その隙を突いてあばよとっつぁん、そう言わんばかりに逃げだそうとした矢先のことだった。
がさごそ。
木々と草むらを掻き分けて現れる影。
「あっ……やっと、見つけました」
「——エルリーネ? お前、なんで……!?」
それは、寝ているはずのエルリーネ・サントであった。