ダーク・ファンタジー小説

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プランZは潰えない
日時: 2016/04/13 21:08
名前: Kita-Kogane (ID: /Pgfhgg6)

 1.君を呼ぶ


 春が来て僕は大学生になった。
 入学から一ヶ月経ったころ、キャンパスを歩いているとあずさから電話があった。
 
 「約束、覚えているよね?」
 彼女の一言目はそれだった。

 湧井あずさとはこの大学で知り合った。図書館で本を読んでいると声を掛けられたのだ。それ以来、僕らは時たまこうして連絡を取り合い、一緒に出歩いたりする仲になった。
 他に親しい友人は多くいるが、あずさとは気が合うし、何より住んでいるところが近いということもあり、僕の大事な友達になったのだ。

 彼女の言う約束とは、おそらく四日前に交わした会話のことだろう。最初、僕らはあずさの家で、テレビのニュースで流れている連続少女失踪事件の話をしていたのだが、どういうわけか来週の土曜、僕があずさに夕食を作るということになっていた。
 会話の中で僕は一度も「うん」と言った覚えはないのだが、どうやらあずさはそれを「嫌だとは言わなかった」という風に自分勝手に解釈してしまったらしい。

 とにかく、そういうことだった。

 今日あずさは大学には来ていないらしい。来ていれば電話などせず直接言ってくるだろう。そもそも、この曜日のこの時間は、あずさはいつも学校に来ていないから当たり前だった。
 返事をしない僕に抗議の声をあげたので、今から行く、と告げて電話を切った。
 仕方なく僕は遊びに行こうと誘ってくる友人たちと別れ、近くのスーパーへ向かった。

 適当に食材を買い込むと、ビニール袋はけっこうな重さになった。あずさを呼びつけて荷物持ちに、とも思ったのだが考え直した。彼女が力のいる仕事の戦力になるとは到底思えなかったからだ。

 いつもの倍の時間をかけてようやくあずさの家に到着した。
 ドアにかぎはかかっていない。無用心な、と思ったが、施錠されていないのはいつものことだからよしとする。
 チャイムを押し、鍵のかかっていないドアを開ける。いつもそうだった。チャイムを押してもあずさは返事をしない。居間でテレビを観ているか本を読んでいるか。どちらにしても居間のふすまを開けるとようやく僕が来たことに気づくのだ。

 僕は家の中に侵入し、立ち止まった。

 「・・・」

 様子がおかしかった。
 奥にある居間のほうからテレビの音が聞こえる。いつものように玄関の鍵はあいていたし、彼女がよく履いている靴もきちんと揃えられていた。特に変わった所はないはずである。

 果たして自分が何に注意を引かれたのか、自分自身でもわからない。
 根拠のない疑念を抱きながら、靴を脱いで奥へ進む。

 居間へと続く廊下をゆっくりと歩きながら、両手に持っていた二つのビニール袋を右手でまとめて持った。もしものとき、両手がふさがっていては対処できないからである。

 引き戸に手をかける。
 僕の頭の中では、荒らされた部屋の中心であずさが凄惨な姿でうつ伏せに倒れている光景が再生されている。
 こういう予感というものはわりと当たるのだけれど、さて今回はどうだろう。         

Re: 君を呼ぶ ( No.2 )
日時: 2016/11/03 07:44
名前: Kita-Kogane (ID: j1c653Hp)

 話を戻すことにする。

 彼女は現在、どこにいるのだろう。そもそも、どうして彼女はいなくなったのか?

 仮に巷を騒がせている連続失踪事件に巻き込まれたとする。それならばなぜ、犯人はわざわざ自宅に侵入してまであずさをターゲットに選んだのかという疑問が生じる。
 拉致が目的ならば路上で狙うべきではないだろうか。このあたりは人通りも少ないのだから人さらいにはうってつけだ。
 事実、報道によると被害者はいずれも学校からの帰り道の途中で消え去ったとされている。それをどうして自宅に帰ってからというタイミングで犯行に及んだのか。ターゲットが家に入ったあと、鍵を掛けられてはやっかいなはずだ。
 あずさが家の鍵を空けた瞬間に後ろから襲い、家の中に連れ込む、というのならば納得できる。だがそうはしていない。荒らされていたのは居間。しかも金品を探しているとは思えない荒れよう。つまり、犯人とあずさが接触したのは居間。テレビがついていたというのもそれを裏付ける証拠だ。あずさは外出するときにテレビをつけっぱなしにすることはない。犯人がテレビをつけたとしたら、と考えてみたがどうも腑に落ちない。この部屋の荒れようと床に散っている髪の量からして、二人が興奮状態にあったのは間違いない。その状況でテレビ鑑賞をするとは思えない。

 つまりこういうことだ。
 犯人はあずさが自宅に帰り、玄関に鍵をかけなかったのを見て侵入。居間でテレビを見ていた彼女をさらおうとしたが、抵抗された。だが結局彼女は連れ出されてしまった。

 辻褄は合っているが、やはり色々と謎が残る。
 もう一度、床に落ちた黒と金の髪に目をやる。よくわからないが、この金の毛髪の主は間違いなく部屋を荒らした犯人だと思う。

 僕の心に根深く腰を下ろした、暗黒の色をした野獣が舌なめずりをする。
 そいつのざらざらした舌で舐められたかのように、僕はひとり身震いをした。

 「・・・」 

 しばし再考する。
 荒らされた部屋。つけっぱなしのテレビ。残された金髪。きちんと揃っていたあずさの靴。
 そして先ほど気付いたのだが、犯人らしき足跡が居間のカーペットと廊下に残っていたのだ。そしてその形状はある回答を僕にもたらした。

 そして待つことにした。犯人は必ず現場に舞い戻る。今回ばかりは確信がある。
 更に言うと、彼女は生きているだろう。まったく、幸いなことに。

 十分ほど待つと、この家の主である湧井あずさがやってきた。ソファに座ってくつろぐ僕の背後に立つ彼女の横で、金の髪をした犯人がこちらを窺っていた。

 「そういうことなのか?」

 振り向きながら僕は問い掛けるが、彼女は答えない。質問の意図がわからない。そういった表情だ。
 この部屋の荒れ具合を目の当たりにして、状況説明を乞うのは当然な気がするのだがどうだろうか。
 大人しくあずさの背後に控えているゴールデンレトリバーに視線を移す。
 大型犬の中でも随分と育ちが良いようで、小熊ぐらいの体格がある。その割に性格が穏やかなのか単に人馴れしているだけなのか、鳴き声一つあげない。
 あずさはその鼻先をよしよしと撫でながら言った。

 「何かあったと思った? よかったね、私が無事で」

 面白いことを言う。
 彼女は僕が心配をしていたと思っているらしい。けれどそれもあながち間違いではない。
 つまり犯人に先を越されてしまったのでは、という心配だ。

 僕はそうだな、と頷きながら少し呆れていた。

 彼女が死を迎えるように布石を打ったこと数回。そのいくつかは非常に大胆だったように思う。
 解りやすく言うと、ある種の罠。百パーセントではないにしろ、かかる可能性のある危険な道を彼女に歩かせる。いわゆる未必の故意、というやつだ。

 けれどあずさはそのことごとくを無意識のうちに回避した。故に彼女が、時に氷点下を記録する冷酷な僕の心に気付くことはなかった。


 あずさは美しい。
 異性としてそう感じるのではない。人間という個体として、僕は彼女を愛でている。

 ではそんな彼女が鮮血を迸らせながら死を迎えるとしたら?
 あるいは友人と信じていた者によって死を迎えるとしたら?
 そんなことを考えながら、僕はあずさと学校の授業について他愛なく会話をする。

 ぼんやりとする僕の意識を、あずさは強引に引き戻す。

 「どうしたの」

 「心配したよ」

 素直な感想を述べる。僕が彼女を殺害するチャンスが、一時は潰えたかに思えたのだから。

 くぐもった水音を鳴らしながら年代物の洗濯機が回る。あずさは居間の片づけをしているはずだ。部屋の様々なものが散らばっていたが、幸いにも破片が飛び散るようなものはなかったので、元の状態に戻すのにさほど時間はかからないだろう。
 洗濯機のディスプレイによると、犬の足跡がついたカーペットがきれいになるまで残り三十分ほどかかるようだ。単調な回転を見つめるのに飽きて振り返ると、先ほどあずさが連れてきた大型犬が姿勢よく座っているのが見える。襖越しにあずさを観察しているようだ。

 「あずさ」

 彼女を呼ぶと、犬の耳がピクリと反応する。

 「君じゃないよ」

 あずさが頭をひょっこりのぞかせた。

 「洗濯終わったの?」

 「あと三十分かかる。それよりその犬の説明をしてくれない?」

 うーんと言いながら居間の方を見やってあずさは悩む。

 「片づけてからにしたいんだけどなあ・・・」

 「なら片づけながらにしよう。手伝うから」

 僕らのやり取りを、犬は興味深そうに鼻をひくひくさせながら聞いていた。

 居間は思ったより片付いていなかった。掃除していたんじゃないのか、と彼女を見る。
 「まずは落ちているその子の毛が先でしょう」

 彼女が指差す先には、粘着性のテープをロール状にした器具が立てかけられていた。あらかた処理し終わっているようで、ごみ箱には多数の金髪がくっついた粘着性の紙が捨てられている。
 僕はとりあえず納得して、床に散乱しているもののうち、重そうなものから順に片づけることにした。

 「その子ね、知り合いのおばさんからあずかったの」

 本を棚に差し込みながら唐突にあずさは話し始めた。
 
 「すごく大人しくて賢いの。だから安心して連れて来たのだけど、お風呂に入れようとしたら急に暴れだしちゃって。裏庭に大きいタライを出して洗い場にしようと思って、勝手口を開け放していたからいけなかったのね。外に飛び出したから追いかけていたというわけ」

 勝手口。なるほど、それなら玄関に靴が残されていても何の不思議でもない。

 「どうして居間に入れたんだい。足が汚れているから洗ってやろうと思ったのなら、カーペットのある居間ではなく、外か廊下で待たせればいいのに」

 何だかあてがはずれて少し頭に来ていた僕は、そんなどうでもいいことを問い詰めた。まるでそうしていれば変な想像をせずに済んだのに、といわんばかりの突っかかりである。

 「廊下で待たせていたのに、急に居間に駆け込んで走り回ったんだってば。ひとしきり追い掛け回したあと、勝手口から外出ちゃって。大きなタライを落っことしたから、その音にびっくりしたのかも」

 そのタライなら見たことがある。銀色の巨大なやつで、確かにあれを落下させたらものすごい音がするだろう。できそこないのシンバルを金属バットで殴りつけたような衝撃に近いのではと想像する。

 聞いてみれば何ともあっけないストーリーである。色々と推理をしていたが、それを先走って披露しなくてよかった。そんなことをすれば一
笑に付されて恥をかいたに違いない。
 しかし驚いた犬が一目散に勝手口から外へ逃げるならともかく、なぜ音源のあった居間に来て、走り回った上で外へ出たのかは謎である。

 「その知り合いのおばさんは旅行にでも行っているのかい」
 
 彼女にそんな知人がいたという話を、僕は聞いたことがなかった。
 本を片づけた後、ソファの下に転がり込んだリモコンに取り掛かったあずさは曖昧に答える。

 「そんなものかな。ねえ、この子、うちにおいてもいいでしょう?」
 
 いいもなにも、ここは僕の家ではないので許可をする権限などない。しかしながら経済学部生的見地から、それらしい忠告を述べる。

 「犬を飼うとなるといろいろ揃えないといけないから…それなりにお金がかかるぞ」

 「お金の心配ならいらないわ」
 
 若い女の子が言うセリフだろうか。

 「それだけじゃない。動物とはいえ命を預かるんだから、その死を看取る覚悟はある?」

 どうなんだ、ともっともな質問をすると、そんなものないよ、とあずさは答えた。

 しばらくして、あずさは犬の名前を考えようと言い出した。

 「預かっているのだから名前ならもうあるんだろう?」

 「いいの。この子は賢いから名前が二つあっても混乱しないわ」

 だとしても、わざわざ名前を増やす必要もない気がするのだが。
 …何か、前の名前で呼びたくない理由でもあるのだろうか?

 しばらくして洗濯機が自分の仕事を終えたとの声をあげた。
 遠心力でへばりつくカーペットと格闘しながら、助けを求めようと居間にいるあずさの名前を呼んだ。

 雑巾を持ったまま廊下に出できたあずさより先に来たのは、従順で聡明な目をしたメスのゴールデンレトリバーだった。

Re: プランZは潰えない ( No.3 )
日時: 2017/01/26 23:05
名前: Kita-Kogane (ID: .X/NOHWd)

2.ハウス

  彼女は美しい。
 僕と彼女は学校の図書室で出会った。以前から顔は知っていたが、話をする機会はなかった。だが、今では毎日のように顔を合わせている。

 確かに僕らの年は離れている。けれどそれがなんだというのだろう。

 人間が人間を愛でるのは当然のことであり、年齢などというくだらない概念は二人の障壁にすらなりえない。

 その愛が、例えほんの少し、いびつで異常だとして、誰が止められるだろう。
 法律や道徳は学校で学ぶことができるが、それが絶対的な物でないことを僕はよく知っている。

 よって僕は彼女のすべてを手に入れる。比喩ではない。本当にすべてだ。




 朝七時半。大学へ行こうと玄関から外に出ると、斜め向かいの家の窓からあずさが顔を出してこちらを見ていた。何をしているの、と言う前に向こうから声をかけられた。

 「今日は何の授業なの」

 「おもに経済系かな」

 僕は経済学部なので、授業の半分近くは経済系である。

 「ちょっと相談したいことがあって」
 「金の無心なら他をあたってくれ」
 「そういえば、この前百二十円貸さなかった?」
 「………話を戻そう」

 夜六時、公園にて、とのことだった。
 こういったことは時たまあった。大抵はくだらないことだった。それでも聞いてやるのは、あずさという人間を測る資料を入手するためである。
 僕はいつかあずさを殺す。その為の計画を本気で練るのであれば、彼女に関する知識や弱点は多いに越したことはない。
 ちなみにあずさは現在十一歳、小学五年生である。

 あずさがどうして僕の通う大学の図書館を愛用しているのか不思議に思ったことがある。学生や職員がほとんどのなか、十一歳の女の子が一人本を読んでいれば一際目立つ。そもそも図書館の入り口にはゲートがあって、関係者以外入れないようになっているはずである。
 その疑問をあずさにぶつけてみると、
 「それは秘密」と言ったきり教えてはくれなかった。

 きっちり授業に出席したあと、約束まで時間があったので隣町のホームセンターに向かい、カナヅチを購入した。ぶん、と振り下ろしてみる。これならば無用な手間がかからなくて済む。思ったより値が張ったが、用途を考えれば安物はかえって不安である。

 なにせ、振り下ろすのは一撃だけでない。

 工具コーナーには電動ノコギリやグラインダーもあった。
 適切な大きさにバラす必要があることを考えると、こういった道具もあったほうがいいのかもしれない。けれどどうだろう。周囲へ漏れる音のことを考慮すると、ノコギリならば電動でないほうがいいのではないだろうか。ノコギリはたしか持っている。今のアパートに越してきてすぐ、端材を集めて小さな本棚を作ったことがあるのだが、その時に友人からノコギリを借りたままになっているはずである。

 他にもいくつか必要なものを購入して、駅へ急いだ。
 公園には、誰もいない。奥には茂みのような場所もある。周囲の道路に人影はなく、なんと公園を囲むように大きな木がたくさん植えられていて、塀のようにここを隠している。 
 なかなか悪くない場所である。
 たとえばだが、解体作業なんかにはもってこいではないか。

 しばらく待っているとあずさがやってきた。無論、先ほどまで弄んでいたカナヅチはカバンに忍ばせてあるので心配無用である。

 「やあ」

 お互いに軽く手を挙げて挨拶をするのは、いつからか恒例になっていた。

 あずさが切り出したのは、それから少しどうでもいい話をした後だった。

 「きみはいじめについてどう思う?」

 いじめときたか。
 自分より少し上の世代の話では、校内暴力やたちの悪い不良の存在はめずらしくなかったらしい。漫画やテレビの影響が大きいというが、本当のところはどうなのだろう。
 だが事実、今でもいじめ問題は収まっていない。つい先日もイジメを受けていた中学生が自宅マンションから飛び降りたというニュースを観た気がする。
 自分は今までいじめの被害者にも加害者にもなったことはないが、中学の時にちょっとした事件があったと記憶している。たしか同級生に対する恐喝とか暴力とか、そんなようなものだと思う。だが正直、当時は自分のことが手一杯でよく覚えていない。

 「社会にはびこる病理だと認識しているよ」

 曖昧すぎる回答のような気がするが、他に明確な意見を持ち合わせていなかった。

 「体験したことがないということだけは解った」

 冷たい視線を向けながらあずさは漏らすが、ちっとも納得していない表情に見える。

 「いじめられているのか」

 「私じゃなく友達。それほど仲が良いわけでもないのだけれど」

 いまさらだが、カナヅチというものは重い。ベンチに腰かけると、あずさもそれに倣った。肩から掛けたカバンは、あずさから見えない方に置いた。ちなみにこのカバン、留め具を外せばものの二秒で中身を取り出せる、便利仕様である。
 あずさの話をまとめるとこうだ。あずさの友人に川合レナというのがいて、少し前から軽いイジメにあっている。その内容は鉛筆をバキバキに折られたり、物が盗まれたりといった単純なもの。
 そんなことをして何が楽しいのだろうか。他人を傷つけるなんて、本当に最低である。僕の左手は無意識にカバンの上からカナヅチを撫でていた。
 担任や仲のいい友達には相談したらしく、クラスで話し合いも行われたが、おさまらなかった。……救いなのは担任のフットワークが良いことだろうか。事態の発覚から数日で、話し合いの場を設けているとのことである。生徒と普段からコミュニケーションをとっていないとこうはいかないだろう。

 「その子の親は何て言っているんだ」

 「両親には秘密にしているって。言いたくないんじゃない?」

 ま、そうだろう。

 「しかし話し合いをしてもやめないとは気合が入っているな。それで、イジメの原因は?」

 「さあ?」

 「さあ、って…クラスで話し合いをしたんだろう」

 「犯人が見つかっていないんだから、イジメの理由なんて聞けないでしょう」

 「……」

 話し合いをして犯人が見つからない。確かにクラスの前で、イジメを自白するやつも少ないだろう。
 面倒なことだが、もう少し詳しく話を聞く必要がありそうだ。
 彼女の所属するクラスについても知識を持っておいて損はない。交友関係や教師の情報を掴んでおくことは、彼女に手を下す計画を具体的に練る材料になるかもしれなない。人質などという非効率な手段を選ぶつもりはないが、何か他の一手として利用価値があるかもしれない。
 
 「そのいじめが始まったのはいつ?」

 「二週間ぐらい前だね」

 何かきっかけがあったのだろうか。それともただ何となく始まったのか。
 仮に後者だとするとかなりやっかいだと思う。日常の暇つぶしでからこのような行為に及んでいるのなら、無理にやめさせたところでターゲットが変更になるだけではないか。それでは何の意味もない。
 何はともあれ、一度川合レナから話を聞く必要がありそうだ。

 この展開に僕は少々残念に思った。
 すなわち、せっかく買ったカナヅチを振るうのは、少し先になりそうだからである。

Re: プランZは潰えない ( No.4 )
日時: 2016/04/28 15:37
名前: Kita-Kogane (ID: h3QJSg8H)

 翌日の夕方、僕はあずさの家を訪れた。
 玄関で靴を脱いでいると、奥の部屋からテレビの音が漏れて聞こえてきた。それに話し声もする。レナはすでに到着しているようだ。

 リビングの扉を開けるとあずさと、川合レナと思われる少女がソファに座っていた。ちなみにイメージの中で僕があずさを殺すときの犯行現場は、たいていはこのリビングだった。なにせ凶器となり得る鈍器が多い。 ここならば、たとえばカナヅチなどの得物を用意する必要がないのである。

 「こんばんは。あずささんのクライスメイトの川合レナです。今日は、何ていうか、お世話になります」

 僕は疑問を持った。こんなに礼儀正しい挨拶のできる小学生がいていいのだろうか。
 
 「こんばんは。役に立てるかわからないけど、よろしく」
 
 それにくらべてなんとも締まりのない返しである。育ちの悪さが忍ばれた。


 「ぼんやり立ってないで座ったら」

 七つも上の大学生に対する接し方とは思えないあずさの態度だが、それについては今更なので、素直にスツールに腰を下ろした。
 
 川合レナは大人しい印象はあるものの、ごく普通の小学生だった。
 ただし身につけているものは違った。

 学校指定の鞄にストラップでつながれたパスケースはハイブランドのものだし、地味に見える腕時計も六桁の値がつく高級品である。
 彼女たちの通う神崎川小学校は、学費と教育レベルの高さが日本一と言われている私立小学校と聞く。レナも当然、例に漏れず経済的に豊かな家庭で育っているに違いない。
 小学生がこんなものを持っていたらクラスで浮いてしまいそうなものだが、そこは天下の神崎川。この程度の装備は自慢でも何でもなく、当然のことなのだろう。

 どうも僕とは住む世界が違うらしい。
 そこまで考えて、僕はそっと部屋を見回して凶器を探した。
 
 あずさとは違う意味で、レナを殺したくなったからである。

Re: プランZは潰えない ( No.5 )
日時: 2016/06/11 15:17
名前: Kita-Kogane (ID: MvDA3keJ)

 気を取り直して、である。
 本題に入ることにした。川合レナへの嫌がらせの原因とその犯人を突き止める。そのためにはあまりにも情報が少ない。
 
 「そうそう、昨日言われていた物、持ってきたよ」

 そう言ってあずさが通学鞄から四つ折りにしたペーパーを取り出した。
 ありがとう、と受け取って開くとそれはあずさとレナのクラスの配席図だった。事件の中心いるレナを取り巻く人間関係を整理するには、こういう物があると便利なのだ。
 配席図には二十九の机と教壇が四角形で描かれており、該当する座席に児童の名前が記載されている。教壇の四角形には「担任 狩野重雄」とある。
 男子十四名、女子十五名。よくある名前の五十音順ではなく、完全にランダムに名前が散っているのが気になった。

 「君たちの学校では座席をどうやって決めているんだい」

 僕が通っていた公立の小学校では男女混合の五十音順で、窓側の一番前から座席が決まっていたと記憶している。
 
 「五年生になった始めの頃は五十音順だったよ。六月に入ってくじ引きで席替えしたの」

 あずさの答えに、なるほどと納得した。言われてみればそんなイベントもあったかもしれない。紙切れに番号を書いてそれを引く。座席に振られた番号と一致する場所が、自分の机となるわけである。
 しかし六月頭に席替えをした、か。今は六月二十日で、レナのいじめが始まったのは約二週間前のこと。もしかしたら何か関係があるのかもしれない。

 「嫌がらせが始まったのは席替えの後?」

 二人のどちらにともなく聞くと、彼女らは同時に頷いた。あずさが補足する。
 
 「席替えは六月一日で、筆箱の中が荒らされたのが二日だった
 はず」
 
 「ふうん。席替えをしたときに、何か変わったことはなかった?」

 あずさではなく、レナに向き直って問いかける。

 レナは少し考えたが、何も思いつかないらしく首を横に振った。

 「何でもいい、たとえば席替えに不満を持っている子がいたとか、君の右隣の・・・」
 ちらりと机上の座席表を確認する。
 「・・・半田拓実君のことが好きな女子が、君に席を替わるよう言ってきたとか」
 
 座席表によるとレナの席は一番前で両隣が男子である。
 小学生とはいえ、痴情のもつれがないとは言えない。五年生ともなれば、好いた好かれたの出来事があっても何らおかしいことはない。

 「半田君を好きって子は聞いたことないし、それに堺君も・・・」

 空中に視線を泳がせながら答えるレナの頭の中では、心底興味のない男子生徒の顔がぼんやり浮かんでいるに違いない。
 堺君とは、半田君と逆側でレナと隣になっている男子である。
 どうやらこの男子二人は、クラスの女子の間であまり人気がある方ではないらしい。
 子供の静謐で不可侵な淡い世界の一端を、無理にこじ開けてしまった気がした。
 ここにはいない男子二人が、なぜか少し不憫になって、心の中で陳謝した。

 「ちょっと整理をしたいんだけど」

 僕は言いながらスツールを引いてテーブルに体を近づける。テーブルにはメモ用紙の束があったのでそれを一枚ちぎる。
 
 「レナ。思い出したくないかもしれないけれど、なくなった物・壊された物がなんだったか答えられる?それに日付と時間も」

Re: プランZは潰えない ( No.6 )
日時: 2016/06/24 09:43
名前: Kita-Kogane (ID: UgN/I8x0)

 「大丈夫。全部覚えていると思う」

 さすが優等生は記憶力もいいらしい。

 レナの話をもとに、僕は時系列通りにメモをとっていく。

 六月二日(火) シャープペンシルの芯が折られる。昼休み後の五時間目に気付く。

 六月四日(木) 上履きが左右ともになくなる。下校時に気付く。
 
 六月九日(水) レナの机が前後逆に置かれている。登校時に気付く。

 六月十日(木) 体育の授業時に着用する赤白帽がなくなる。四時間目の体育の時間に気付く。

 六月十四日(月) 机に落書きをされる。登校時に気付く。


 六月十七日(金) 机に落書きをされる。登校時に気付く。

 以上の六件が、レナが受けた被害のすべてである。
 

 なんとも短期間に色々な嫌がらせを行ったものであると感心した。
 大胆というか、これはもう問題になることを前提に事件を起こしているとしか思えない頻度である。

 ここで僕は動機の推測を行うことにした。このような事件が起きるにはどのような原因があるのか。どのような思惑でレナに危害を加えたのだろう。
 
 まず一つ目。単純ないじめ行為。
 ターゲットが最初からレナだったのか、それともランダムに選ばれたのかは不明だが、とくにかく誰かを不快にさせることが目的で行われたいじめ。小学校で起こる事件の原因としては一番メジャーで解決が困難な部類と思われる。僕一人で収束させることは不可能だろう。

 二つ目。クラスに混乱をもたらすことを目的とした行為。
 学校内で生徒の持ち物が損壊・消失するといった事件が起きれば、必ず話し合いの場が設けられる。その多くはホームルーム等の授業とは関係のない時間に割り当てられるのだが、それでも解決に至らない時には通常授業をつぶすことも考えられる。何らかの理由で授業を受けたくないために今回の事件を起こした可能性。

 三つ目。レナに好意を持った誰かによるもの。
 いじめ行為と似て非なるもので、対象に何らかの苦痛を与えることでその反応を鑑賞し、楽しむ。狂っているように思われるかもしれないが、これは「好きな子に対して悪口を言う」行為の応用版であり、何ら珍しいことではない。

 それから・・・

 一番可能性が高く、けれどそうであって欲しくない四つ目の仮説を、僕は話した。


              


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