ダーク・ファンタジー小説

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プランZは潰えない
日時: 2016/04/13 21:08
名前: Kita-Kogane (ID: /Pgfhgg6)

 1.君を呼ぶ


 春が来て僕は大学生になった。
 入学から一ヶ月経ったころ、キャンパスを歩いているとあずさから電話があった。
 
 「約束、覚えているよね?」
 彼女の一言目はそれだった。

 湧井あずさとはこの大学で知り合った。図書館で本を読んでいると声を掛けられたのだ。それ以来、僕らは時たまこうして連絡を取り合い、一緒に出歩いたりする仲になった。
 他に親しい友人は多くいるが、あずさとは気が合うし、何より住んでいるところが近いということもあり、僕の大事な友達になったのだ。

 彼女の言う約束とは、おそらく四日前に交わした会話のことだろう。最初、僕らはあずさの家で、テレビのニュースで流れている連続少女失踪事件の話をしていたのだが、どういうわけか来週の土曜、僕があずさに夕食を作るということになっていた。
 会話の中で僕は一度も「うん」と言った覚えはないのだが、どうやらあずさはそれを「嫌だとは言わなかった」という風に自分勝手に解釈してしまったらしい。

 とにかく、そういうことだった。

 今日あずさは大学には来ていないらしい。来ていれば電話などせず直接言ってくるだろう。そもそも、この曜日のこの時間は、あずさはいつも学校に来ていないから当たり前だった。
 返事をしない僕に抗議の声をあげたので、今から行く、と告げて電話を切った。
 仕方なく僕は遊びに行こうと誘ってくる友人たちと別れ、近くのスーパーへ向かった。

 適当に食材を買い込むと、ビニール袋はけっこうな重さになった。あずさを呼びつけて荷物持ちに、とも思ったのだが考え直した。彼女が力のいる仕事の戦力になるとは到底思えなかったからだ。

 いつもの倍の時間をかけてようやくあずさの家に到着した。
 ドアにかぎはかかっていない。無用心な、と思ったが、施錠されていないのはいつものことだからよしとする。
 チャイムを押し、鍵のかかっていないドアを開ける。いつもそうだった。チャイムを押してもあずさは返事をしない。居間でテレビを観ているか本を読んでいるか。どちらにしても居間のふすまを開けるとようやく僕が来たことに気づくのだ。

 僕は家の中に侵入し、立ち止まった。

 「・・・」

 様子がおかしかった。
 奥にある居間のほうからテレビの音が聞こえる。いつものように玄関の鍵はあいていたし、彼女がよく履いている靴もきちんと揃えられていた。特に変わった所はないはずである。

 果たして自分が何に注意を引かれたのか、自分自身でもわからない。
 根拠のない疑念を抱きながら、靴を脱いで奥へ進む。

 居間へと続く廊下をゆっくりと歩きながら、両手に持っていた二つのビニール袋を右手でまとめて持った。もしものとき、両手がふさがっていては対処できないからである。

 引き戸に手をかける。
 僕の頭の中では、荒らされた部屋の中心であずさが凄惨な姿でうつ伏せに倒れている光景が再生されている。
 こういう予感というものはわりと当たるのだけれど、さて今回はどうだろう。         

Re: 君を呼ぶ ( No.1 )
日時: 2016/04/09 12:22
名前: Kita-Kogane (ID: w3T/qwJz)

テレビのある居間のふすまを開けると、僕の予想は半分だけ当たっていたことがわかった。

 まず彼女の死体はそこにはなかった。血に染まったナイフも、謎のダイイングメッセージも見当たらない。ふう、と安堵の息が漏れる。
 
 ただその部屋は荒らされていた。
 いつもあずさが座ってテレビを見たり本を読んだりしているソファはあらぬ方にずれている。本棚は無事のようだが中身の本は床に散らばっており、隣に置かれたサイドテーブルは試合に敗れたボクサーのように力なく倒れている。その上にあったのだろう、メモ帳やボールペンなども落下したときの衝撃で散乱している。

 僕はそこに立ち尽くした。常に整然としているこの家が、これほどまでに荒れているとまるで別の部屋のようにしか思えなかったからだ。
 念のため他の部屋も見回ってみたが、この部屋以外はきれいなままだった。隠れるような場所はない。鬼ごっこというわけではないようだ。
 
 あずさの携帯に電話をしてみる。コールはあるが、出る気配がない。僕は十回ほどコール音を聞いたところで一度切り、しばらく待ってもう一度電話してみた。しかしやはりコール音だけが響いた。

 彼女はこの部屋でテレビを見ていたのだろう。つけっぱなしの状態であることからそれが窺える。あずさはテレビっ子で、帰宅すると真っ先にテレビをつけると以前話していた。また、靴が玄関にあったので、単にむしゃくしゃして自分で部屋を荒らしたあとに外出、ということもない。もっとも、彼女がそんな短絡的で幼稚なストレス発散をするとは思えないので、考えるまでもない。

 テレビでは夕方のニュースが流れている。連日世間をにぎわせている連続失踪事件についてのようだ。
 そういえばこの事件は、この近くでも行方不明者が出ているらしかった。年齢は小学生から大学生までと幅広い。そして、ついさっき最初の行方不明者が路上で発見されたとの続報をニュースキャスターが早口にまくし立てている。
 行方不明になってからちょうど一週間。最初の行方不明者の少女は、両親と警察に連れられて、ようやく自宅に帰ることができたのだ。いや、自宅に帰るのは警察と病院を何往復かしてからなのだろうか。もしそうなら、すぐに帰宅というわけにもいかないのだろう。
 娘の発見をうけて両親は、インタビューに涙を流しながら応えていた。
 
 早く犯人を捕まえてください。娘を殺した犯人を捕まえてください・・・。

 「無言の帰宅」とはまさにこのことか。
 これで失踪事件ではなく、犯人が絡む殺人事件に発展したわけだ。
 これから次々と行方不明者が物言わぬ状態で発見されていくのだろうか。
 
 そしていずれはあずさも?

 僕はまず台所に向かった。そこに手がかりがあると思ったわけではない。単にお茶を飲みたくなっただけだ。それから、買ってきた食材が痛まないよう、冷蔵庫に保管しておく。
 竜巻の去ったあとのような居間で、茶を啜りながら思考をめぐらせる。テレビはつけたままにしておいたが、ニュースは終わってしまったらしく、見る意味はなかった。  

 僕がなぜこんなにも落ち着いているのかというと、それは彼女に対する感情が関係しているのかもしれない。
 僕にとってあずさは友達であると同時に、殺害の対象でもある。
 従って彼女が遺体となってしまうことに関しては、例の事件の犯人と同様に、特に悲しみを抱くことはないと思う。
 ただ彼女の死は、僕の手によって迎えられるべきだと、そう思うのだ。

 普段僕らは非常に仲がいい。一緒に買い物に行くこともあるし、暇なときは電話やメールで雑談を交わす。そういった日常は、僕にとって温かなものであり、失いたくない宝物とも言えるものだった。
 けれども、そうした時間のある一瞬。たとえば特に会話もなく二人でテレビを見ながらくつろいでいる時。ブラウン管から発せられた光を受けている、美しくて華奢なその首筋をナイフで引き裂く。僕はその空想を、これまで何度繰り返したかわからない。
 あるいは僕に背を向けて本を読んでいるあずさを眺めている時。気の緩んだ格好で座布団に腰を下ろし、じっと活字を目で追っている様を、僕は凍えるように冷たい瞳で捉える。すなわち、僕のすぐそばにあるずっしりと重い彫刻の置物を、その無防備な頭頂部めがけて振り下ろす情景を夢想しているわけである。

 何度も、何度も、僕はあずさの死をイメージしてきた。ゆえに、今さらそれが現実のものとなったとしても、僕はそれほど驚かないにちがいない。

 しかしある意味で犯人に対して負の感情は抱くだろう。つまり、僕がやるはずだったのに、というような嫉妬である。

 そこまで考えて、ふと床に目をやった。何か細い糸のようなものが、きらりと光ったように見えたのだ。
 腰掛けていたソファから立ち上がり、散らばった本をまたいで、その正体を確認する。
 それは毛だった。よく見ると、それは部屋のあちこちに落ちている。
 自然に抜け落ちたにしては少々本数が多い気がする。
 そして髪の毛は一種類ではなかった。
 ひとつは黒く、かなりの長さがある。その美しい艶には見覚えがあった。おそらくあずさの毛髪だろう。
 もう一種類は金色でわりと短髪。どうやらカラー剤で染めたものではなく、天然の金髪のようだ。整髪料か何かを使用しているのだろうか、触ってみるとあずさのそれより随分硬さを感じた。ちなみに僕は、彼女に外国人の友人がいるという話は聞いたことがない。
 
 純金を引き伸ばしたかのような煌きを放つ髪を、僕は掌に乗せた。
 ドクリ、ドクリ、と鼓動のようなものを感じる。まるで落としていった者の心臓を手にしているような感覚だった。無論それは僕の気のせいでしかないのだが、この金色の毛髪はどこか野生的な強さを感じさせた。
 普通、髪の毛に触れたぐらいでそんなことはわからないだろうが、禍々しく輝くその金の髪は、一目見ただけでわかるほどに非人間的な香りを放っているのだ。

 この二種類の髪には、どのような意味が込められているのだろうか。


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