ダーク・ファンタジー小説

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その復讐、翻訳アプリにて。
日時: 2017/05/03 06:48
名前: DAi (ID: VHURwkNj)

妹を失った、愛華。
親友を失った、雛瀬。
そんな彼女らの元に、
『相手の嘘を、真実に翻訳できるアプリ』
が現れる。
彼女らはそれを以って、妹を、親友を死に追いやった者達に復讐することを誓う。
狙うのは、犯人らの最も大切にしているものを奪うこと。
そして、事件の真相を知ること、だ。

Re: その復讐、翻訳アプリにて。 ( No.3 )
日時: 2017/05/03 06:53
名前: DAi (ID: VHURwkNj)


「お姉さん!」

 先程、万引き扱いを受けた女子高生。ブラウスのボタンを上から数段はずして大きな胸を見せつけつつ、あまりに短いスカートがギリギリその役目を全うしつつ、去っていく愛華を追っていた。
 駅周りであり人通りは多く、彼女を思わず注目してしまう男性諸君を掻き分けていく。

「あら。先程はご迷惑おかけしました」
「お姉さんからかけられたわけじゃないしー。全部、あのセクハラテンチョーのせいっしょ? でも意外じゃん! 明乃のお姉さんと、こんな所で会うなんて!」
「ああ、どこかで見たことがあると思えば、妹の……」

 この女子高生、比奈川雛瀬《ひながわ ひなせ》は、愛華のことを知っていた。なぜなら、愛華の妹である明乃と中学からの同級生で、親友だったからである。

 中学は3年間同じクラスで、同じ高校に進学している。残念ながらそこで同じクラスにはならなかったものの、登下校を共にするし、休み時間はよくおしゃべりをした。
 派手な見た目と軽い話し方の雛瀬と、引っ込み思案の明乃はあまりにアンバランスではあるが、互いに互いを、親友だと認識していた。

 中学の時、軽いイジメを受ける明乃と、気まぐれで助けた雛瀬。中学から目立ち教師に目を付けられることが多かった雛瀬と、成績が良ければ大丈夫だよと勉強を教えた明乃。仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

「お姉さん……愛華先輩か。先輩、あんなことして大丈夫なわけ? バイトに戻れるの?」
「もう戻らないから問題ありません」
「マジ!? まあ先輩くらい美人なら、どのバイトだって簡単に入れるよねー」

 にこりともしない愛華に、雛瀬はケラケラと笑った。

 だがそんな雛瀬も、内心では笑ってなどいない。ウチがあのクソ変態店長を陥れようとしていたのに横取りしやがって! と、悔しがっているからだ。

 雛瀬が今日、あの書店を訪れていたのは、明乃にちょっかいを出していたらしい店長に復讐をするためだった。

 雛瀬もまた、明乃は事故死だと思っておらず、必ず犯人がいると考えているのだ。その先駆けとして、わざと万引きを見せ付けて店長に裏に連れて行かれ、なんなら胸を触らせる……それを隠したカメラで撮影して警察に届ける予定でいた。

 しかしそれを実行する前に、愛華が行動を起こしてしまったために、何も出来なくなってしまったというわけだ。

 
「ねえ先輩。明乃のこと……残念だったよね」

 どうやら帰りの方向が同じだったらしい2人は、そのまま共に歩く。雛瀬は常に軽い口調で軽い話題を話すだけであったが、ついに死んだ明乃のことを切り出した。この時ばかりは、軽さも笑顔も雛瀬にはない。

「そう、ですね。本当に。……えっと、雛瀬ちゃん、でしたっけ。あなたは何か、ご存知ないでしょうか? どうしても、妹の件が事故死だと思えなくて」
「え、先輩もそう思ってるわけ? ウチもじゃん! だから先輩も、何か知ってることがあったら教えて欲しーんだけど! あれは他殺? 自殺? 犯人って誰だろうねー?」

 けれど、愛華も自分と同じ考えだと分かると、飛び上がって手を広げ、愛華に抱きついていた。愛華は、やめてくださいと言いつつ雛瀬を剥がすと、

「それは分かりません」

とだけ。それは悲しさなのか、憎しみなのか、無感情なのか。雛瀬には分からない。

 だが、そのまま歩みを止めない愛華を、雛瀬は追うことが出来なくなっていた。その時見た愛華の表情があまりに読みとれず、困惑したからではない。先程一瞬横目で見ただけのスマホを、今は凝視し、何度も読み返しているからだ。

 彼女の持つスマホには、


【原文】
 それは分かりません。
【訳文】
 犯人は私。


と、映し出されていた。

 これは、雛瀬が愛華に対してアプリを……翻訳アプリを使った結果である。

「お、おいおいおい……!」

 愛華の姿が見えなくなると、人目もはばからず、雛瀬は声を上げていた。

 愛華のことは、明乃からよく聞いていた。美人で何でも出来て、胸が小さいことだけがコンプレックス。たまにきついことを言うけれど、私のことを一番に考えてくれるお姉ちゃん。
 一人っ子である雛瀬には姉妹の間柄というのは分からなかったが、明乃の様子から、“良いお姉さんなのだ”と思っていた。だから今翻訳アプリを使ったのも、一応、程度のものだったのに。

 この翻訳アプリ。雛瀬もまた、気付いたらスマホにインストールされていたものである。

 これを使うには条件があり、①相手の発言を電話などではなく直接聞かねばならない、②1人に対して1日1度しか使えない、というものだ。
 さらに言えば、このアプリは決して、“相手の心を読める”わけではない。あくまで“相手の発言を真実に翻訳する”だけ。要は、相手が発言しないと意味がないのだ。

 だから雛瀬は先程、明乃に対する質問を愛華にぶつけて、回答させていた。その前に、自分も同じ意見を持っていると共感したのは、ちょっとした仲間意識を持たせて口を滑りやすくするためでもあるのだ。
 それ自体は上手くいっていなかったのだが……雛瀬が得たのは、事件の真相と言っても良いものだった。


「大ボスがこんなに早く分かるなんてね……ついてるじゃん!」

 雛瀬はスマホを胸ポケットに滑り込ませると、舌をペロリと出す。

 彼女の目的は、明乃の死の真相を知ることと、その復讐。その最大の敵が分かったのだから、雛瀬の目は爛々と輝いている。しかしその奥底にあるのは、明乃を死に追いやった最低最悪の犯人に対する憎悪の眼差しだ。それが向くのは、とうに見えなくなった、犯人が去った先である。

 もっとも、雛瀬が敵として見ているのは、他にもいる。愛華は最も落とさねばならない相手ではあるが、大ボスは最後に取っておくに限るだろう。


 こうして、死した藍山明乃の姉である藍山愛華と、親友である比奈川雛瀬の、翻訳アプリを使った復讐劇が始まったのである。

Re: その復讐、翻訳アプリにて。 ( No.4 )
日時: 2017/05/03 06:55
名前: DAi (ID: VHURwkNj)


「権藤《ごんどう》先生! これはいったい、どういうことですか?」
「あ……藍山!?」

 愛華が昨年まで通っていた高校の、始業ベルが鳴る前。

 朝礼を行うべく己が受け持つクラスに入ろうとした教師、権藤吾郎《ごんどう ごろう》を、愛華が呼び止めてその肩を掴んでいた。肩を掴んでいないもう片方の手には、封筒が握られている。その愛華の声は、騒がしい朝の教室達を黙らせ、学生達は窓や扉からその様子を伺っているようだ。

 愛華は白いワンピースに黒いタイツと清楚な井出達で、普段あまり表情を顔に出さない質だ。声を荒げた今でさえ、元々ツリ目の彼女がさらにツリ目となっている程度。
 だがその内心は、明らかな黒く燃える憎悪を、その30代前半程の若い教師に……権藤に向けていた。


 愛華が高校を卒業して以来、ここを訪れたのは2度目。

 1度目は、明乃の死を告げられた時。そして今、再び愛華がここを訪れたのは、当然明乃の死の真相を知るためである。

 愛華の妹であり、色々なことをよく話していた明乃ではあるが、家族だからこそ話せない話題というのは当然ある。例えばイジメ、例えば彼氏との嫌な別れ。これらを知るには、その舞台たる高校に来ることは必須だった。

 しかしながら、愛華にとっての最大の問題点はそこにある。すでに愛華は、ここを卒業してしまっている、ということだ。

 ゆえに、妹から聞いた以上の当時の情報はないし、あまりに気落ちした妹の死を知った当初は、他の学生に何か聞くということも出来なかった。なら今から聞けるかと言えば、1ヶ月前の話を掘り返しても当事者以外はいい迷惑だろうし、不審者扱いされてしまうかもしれない。

 もし、もっと早く翻訳アプリを手にしていたのなら事態は違ったのかもしれないが。

「権藤先生! とにかく説明を求めます!」

 そもそもいくらOGとはいえ、部外者の愛華。そんな彼女がそう易々と高校に来るわけにもいかず、実際今も、突如乱入しなおも叫ぶ彼女の後ろには、それを止めようとした警備員や他の教師もいた。

「あ、藍山、まずは落ち着け。先生方も警備員さんも、もう大丈夫です。この子、昨年の卒業生ですから」 

 権藤は愛華の両肩を掴んで、今まさに飛び掛らんとする彼女を嗜める。他の教師達は、恐らく突然の乱入者にその素性も確かめることが出来なかったのであろう、権藤の声で彼に任せることにしたようだ。


「いったいどうしたんだ、藍山。話なら、とりあえず朝礼が終わってから……」
「いえ! 今ここで!」

 権藤は愛華を前に溜息を吐く。

 彼は、愛華のかつての担任であり、今年度は明乃の担任でもあった。見た目が爽やかで教え方も上手く、どの学生にも朗らかに接すると評判な教師である。端的に言えば、“良い先生”であった。

 しかし、愛華は気付いている。彼のそんな態度は、ごく一部の学生にしか見せていないことを。

 愛華は両親の死を受けてからというもの、あまり群れず1人でいることが多かった。だが見た目と頭の良さもあって、スクールカーストでいえば中位程度だ。
 愛華は冷静にクラスを見ており、権藤が、カースト上位の学生ばかりと接触していることは、高校1年の段階で分かっていた。つまり、学生のご機嫌取りをする教師ということだ。

 そんな彼が、カースト上位以外で起きた事象に対して興味を示すだろうか。そしてその事象が、上位から中位や下位に対して行ったものであれば、上位のご機嫌取りのための見て見ぬフリをするだろう。要するに、イジメがあっても黙認していた可能性が高い。

「先生、私にあまり強く出られないようですね。何か、私がここに来た理由に心当たりが?」
「い、いや……」

 そして実際、先程から愛華と目を合わせられていなかった。愛華は、やはり、と思いつつ、封筒から1枚のA4用紙を取り出して権藤に見せ付ける。彼はその文面を読もうと顔を近付けた。

「これは、昨夜私に届いたメールを印刷したものです。差出人は分かりません……が! ここには、妹の死は事故ではなく、イジメを苦に自殺したと書かれています! 学校側の説明とまるで違う……どういうことですか、先生!!」

 だが、愛華がそれを放り投げてしまい、しかもそれは1枚ではなく、他にも印刷しており辺りに散らばっていく。

 差出人は、ポータルサイトの乱数的なメールアドレスをしており、信憑性なんてあったものではない。だがその内容は、愛華にとって見過ごせないものだ。


「お、おい!」
「それだけじゃありません!」

 権藤はそれを回収すべく床に這い蹲る。しかし、愛華は言葉を止めず、そして紙をバラまく手も止めない。

「先生! この写真、いったいなんなのですか!? イジメの黙認だけではなく、妹に手を出していたのだとしか思えないのだけれど!!」

 そして次に散らばっていったのは、メールを印刷したものではなかった。

「え、何これ!」
「見て見てー、これ先生だよ? サイアクー」

 すでに学生達は、教室から廊下へと飛び出ている。たった1人で数十枚の紙を回収するなど出来なかった権藤も、ようやくもう1種類のそれを見れば、

「な……なんだこれは!?」

回収など諦めて、凝視することしか出来なくなる。

 愛華がばら撒いたもう1種類の紙。それは写真であり、そこには権藤の顔があった。そして教師の横には女子高生が淫らな姿で映っている。愛華の元にメールと共に届いたその写真は、権藤吾郎が売春しているとしか思えないものだったのだ。

「今から私は、校長先生の所にこれを持って行き、直談判します。明乃について本当のことを、知りたいのです!」
「ま、待ってくれ! メールは誰から来たのか分からないのだろう? そんな情報を鵜呑みにするなんて……だいたいこんな写真、俺は知らん! とにかく落ち着いて、あちらで俺と話しを……」
「メールの差出人が誰かなんてどうでもいいと思うのだけれど! それにどこかに連れ込んで、妹と同じ目に遭わせる気ですか!?」

 周りで騒ぐ学生達に掻き消されぬよう、権藤は訴える。しかしそれ以上に愛華の言葉は響き、学生らは権藤に対する不信感を募らせていった。

「あ……あああ! み、見てくれ! こ、この首元をよく見てくれ! 俺の顔と身体、繋がりがおかしいだろ!? 素人でも分かるレベルのお粗末なものだ!」

 だが、権藤は引き下がらなかった。最初は動揺し、よく見なかったその写真。それを今は舐めるように見れば、明らかに、合成写真なのだ。確かに顔は権藤のものではあるが、身体と肌の色が違うし、よく見れば首のサイズも違っていて違和感しかない。
 周りの学生らの一部にも気付いていたらしく、くすくすと笑い声も聞こえてきた。

「……え?」

 そこで愛華は、1枚の写真を拾い上げて言われた部分に注目する。すると、あれだけ声を上げていた彼女からは間抜けな声が漏れたかと思えば、怒りの表情も抜けていった。

「い、言われて見れば……。少々取り乱してしまいました……大変申し訳ございません。であれば、やはり妹は事故死で、イジメなどが原因の自殺を黙認したわけではないのですね?」
「あ、ああ……そうだ、そうだとも! 藍山明乃は事故死で間違いない……イジメなんてなかった!」

 ここで、未だ地面に這いつくばっていた権藤が、ようやく顔を上げる。周りも、なんだもう終わりかーと残念そうな声とともに、教室に戻って行った。

 しかし、愛華はそれに手を差し伸べたり、笑顔を向けたりすることはない。彼女の冷たいツリ目を、さらに冷たくさらに尖らせて、下の彼を見るだけ。

「ですが……こんなメールが何者かから届くということ自体が問題かとも思いますので、改めて妹の死について調べてみます。もし知っていることがあれば、どうか私に教えてくださいね。権藤、先生」

 そして、散らばる紙をそのままに、踵を返して玄関へと向かう。その手には、スマホを握り締めて。

Re: その復讐、翻訳アプリにて。 ( No.5 )
日時: 2017/05/03 06:58
名前: DAi (ID: VHURwkNj)


「ったく、なんで帰宅部のウチが休みに……」

 愛華が高校に乗り込んだ3日後。雛瀬は、土曜で学校は休みにも関わらず、権藤から呼び出されて登校していた。向かうは職員室横にある進路相談室で、進路のための面談がしたいと言われている。

「うぃーっす権藤センセー」

 雛瀬がノックもせずに扉を開くと、すでに中にいた学生達が、雛瀬に注目した。どうやら権藤から声をかけられたのは雛瀬だけではないようだ。

 周りを見渡せば、雛瀬のクラスメイトや、明乃と同じクラスだったバスケ部1年の3人組、誰かは知らない上級生。そして、男女ともにブレザーのこの高校で、私服を着ている愛華を始めとしたOBOGまでもいるではないか。

 赤本などの過去問や、これまでの進学実績などが飾られているため、通常の教室よりも広い作りであるこの部屋。10数人がいても圧迫感は感じないが、土曜に集まるような部屋でもないため、雛瀬は違和感が拭えなかった。

「あれ。皆さんこんにちは、僕だけじゃなかったんだね、ここに呼び出されたのは」

 そこに、ノックが響いたかと思えば、1人の笑みを浮かべた男が新たに現れた。いや、その後ろには2人の男女を従えるような形で連れているので、合計3人か。

「あ! 京哉《きょうや》先輩!」

 その中心となる男を見た雛瀬は、思わず声を漏らして駆け寄る。

「やあ、雛瀬。今日もかわいいね。露出度がやたら高い個性的な制服の着こなしもまた素敵だよ」
「照れるじゃん先輩!」

 雛瀬は、その男……桐谷京哉《きりたに きょうや》の肩を叩いて、からからと笑う。


 京哉は3年であり、ひとことで言えばなんでも出来る男、である。
 髪は染めず長すぎず、着衣の乱れもなければアクセサリーなど当然ない。勉強もスポーツも出来る上、常に眩しい笑顔を携えた彼は、この学校の女子全員からの憧れであると言って良い。
 それでいて両親ともに弁護士で権力を持ち、京哉自身もこの学校内で多くの取り巻きがいる、学校内でカースト最上位の存在なのだ。

「ちょっと〜、いつもいつも取り巻きでもないただの後輩が〜、京哉に慣れなれしいぞ〜」

 そしてそんな取り巻きの1人が、彼の後ろにいた3年の女、間宮真奈美《まみや まなみ》。
 髪はその話し方同様にふわふわとパーマがかっており、サイドでは軽く巻いて、いつもそれをいじっている。取り巻きであることはつまり、京哉に好意があるということで、雛瀬の存在が邪魔で仕方ないのだ。

「えー、京哉先輩が嫌がってたらやめるけどー、真奈美先輩に言われるのは違うじゃん?」
「はは、仲良くしてくれると嬉しいな」
「はーい京哉先輩!」

 雛瀬は真奈美などには目もくれず、京哉対して先月からアピールをしている。

 しかし実のところ、どうにも彼は気味が悪く、笑顔以外を見たことがないし、翻訳アプリを使用してもいっさい京哉の発言に嘘はないのだ。

 ではなぜそんな京哉に、雛瀬がアピールをしているかといえば、京哉は明乃の元彼氏だからだ。明乃は彼を振ったのだが、それから少しして、明乃は亡くなっている。ゆえに、雛瀬は復讐すべき相手だとずっと考えており、彼への攻撃の算段を立てているのだ。


「皆、休みの日に集まってくれてありがとう」

 程なくして、権藤が現れた。いつものスーツでビシっと決めてはいるのだが、先日の愛華乱入事件以降、目の下に濃い隈が出来ており覇気が感じられない。

 そして追い打ちをかけるように、

「なんで休みの日にー?」
「進路相談じゃなかったんですかー」
「私達、変態教師に変なことされるんですかー?」

学生達からブーイングが起きていた。
 それも当然のことで、いかに人気教師といえど、学生の休みを部活以外で奪うとは。加えて、先日の事件も表向き何もなかったとはいえ、学生の間で良くも悪くもネタにされているのだ。

「藍山、お前じゃないよな、あのメール?」
「メールとは、先日私が印刷していたあれですか? 自分で自分にメールし、それを印刷して持ってくるなんてありえないと思うのだけれど。だったら、先生に直接メールした方がいい」
「その話じゃ……いや、なんでもない」

 しかし権藤はそれに弁解もせず、愛華に近付き、そしてすぐ去った。

 2人の会話は全員には聞こえなかっただろうが、たまたま出入り口の側にいた雛瀬には、はっきりと聞こえていた。ゆえに、質問する。

「センセ、そのメールって何ー? まさか、この前愛華先輩がばら撒いたメールの差出人から直接メールが来たとかー? どんな内容なんですかー?」
「なんでもない! メールなんて来ていない!」

 そして権藤の回答を聞いた上で翻訳アプリを使用した結果、こう翻訳された。


【原文】
 なんでもない! メールなんて来ていない!
【訳文】
 先日藍山愛華が持ってきたメールと同じメアドから脅しのメールがあった! こうして学生を集めて真相追及をしろと!


 それを見た雛瀬は、どうも権藤は相当焦っているらしいと気付く。
 通常アプリを使っても、あんな短い回答に対してここまで長い翻訳はされない。あくまで発言した内容に対して翻訳するだけだから。なのに出た結果は、心で何度もその脅しを反芻していたからに違いない。つまり確実に権藤は、何か隠している。

「ねー愛華先輩。この前の事件見ていたんだけどさー、ホントに先輩が自分に送ったメールじゃないわけ?」
「ですから、違うと言っているのだけれど」

 そして愛華に対する質問にも、アプリを使用した。


【原文】
 ですから、違うと言っているのだけれど。
【訳文】
 ですから、違うと言っているのだけれど。


 結果は、一言一句愛華の発言と違わぬものが出る。

 この、翻訳アプリの効果は絶対。よって、愛華が例のメールを送信したことは100%ありえないと、雛瀬には分かった。

 ならば、愛華も権藤も、その差出人に操られているという可能性もある。もっとも仮にそうだとしても、明乃殺しの犯人だと分かっている愛華に対し、雛瀬は油断するわけにはいかないのだが。


「さて、ここに皆に集まってもらった理由を話そう。先日、藍山が俺に、妹の件を話しに来たことを知っているだろうか? あれを経て、俺は改めて事件について調べようと思ったんだ。亡くなった、藍山明乃のために」

 明乃のため。権藤の口からそれを聞いた雛瀬は、思わず権藤を殴り殺してやりたい気分に駆られる。かつて担任として何もしなかった彼の言葉として、あまりにふざけたものなのだ。

「だから悪いが、俺が順に声をかけるから、質問に答えてくれないだろうか。まずは……比奈川雛瀬」
「ウチかっ」

 そんな権藤は、まず雛瀬に声をかける。

「藍山明乃との関係性は? 事故死についてどう思う? 自殺なら原因は何だ? 他殺なら犯人は誰か?」

 権藤が話している途中でも、またブーイングが起きた。だが、彼はそんなものを掻き消すために、どんどんと声を大きくして雛瀬に質問をぶつける。

「めっちゃ質問してくるじゃん……。ま、答えるけどー。ウチと明乃は親友。事故死だと思っていないから色々調べようとしているじゃん。自殺なら原因はイジメっしょ。犯人がいるとすれば……意外なところで明乃のお姉さんかなーとか言ってみたり?」

 そして雛瀬は、文句を言うこともなく、そこに嘘偽りを加えることもなく、権藤の問いに答えていた。そうして、一同に振り返る。

 雛瀬の視線に入った彼らは、もうブーイングなどしていない。その目線は、雛瀬が冗談めかしく名前を挙げた、愛華の元へ。とうの愛華は、そんな視線など気にしていないかのように、凍り付いた表情を変えることはないのだが。

「次は君、頼む」

 後ろでは、権藤が次の学生に、雛瀬に対してと同じ質問をしていた。先程まで不平不満の嵐だったのに、雛瀬が答えて以降はそれが消えるばかりか、権藤に従う空気へと変貌を遂げているのだ。

 こうなること、雛瀬は分かった上で、はっきりと権藤に対して回答をしていた。

 スクールカーストは、目に見えないが強力なもの。
 その上位にいる雛瀬が答えることを選んだのであれば、右へならえをすることは当然なのだ。雛瀬は1年であるためそれは同じ1年に対してしか効果はないものの、1人2人と答えれば、日本人の気質で、部屋全体が権藤に従う空気を作るのである。

 そして雛瀬がそれを作り上げたのは、この状況をラッキーだと捉えているからだ。

 こうして雛瀬自身が事件について質問しなくても、権藤が勝手にし、それを学生達が答える状況。これは、翻訳アプリを使うのに持ってこいの場面なのだ。
 しかも権藤は、一挙に質問をするから学生らはそれら全てに答えるしかなく、1人に対して1日1度しか使えないアプリの力を最大限に引き出せるのである。

 雛瀬にとっての最大の敵は愛華と京哉ではあるのだが、他にもいるであろう明乃を死に追いやった犯人達。ここにいれば、それを明らかに出来るかもしれない。

 このチャンス、必ず活かしてやろうじゃん! そう考える雛瀬は、権藤が質問する相手を注視するのだった。

Re: その復讐、翻訳アプリにて。 ( No.6 )
日時: 2017/05/03 07:01
名前: DAi (ID: VHURwkNj)


「次、三和《みわ》みくり。質問内容は同じだ」

 権藤による質問が進む中、愛華は彼らが回答する都度、翻訳アプリを使用していた。

「藍山明乃さんは! ただのクラスメイトで! 事故死だと思う!!」

 回答をしたポニーテールを揺らす元気っ子、三和みくりは、二神富美《ふたがみ ふみ》と一之瀬衣音《いちのせ いおん》とを合わせた、バスケ部1年3人組のうちの1人だ。一文字一文字に“!”が付きそうな勢いで言葉を放っている。

 彼女らは、1年でありながらバスケ部レギュラーの座を勝ち取り、そのコンビネーションが目を見張る存在だ。バスケ部ともあり、この中にいる女子学生達の中ではみくりが最も背が高い。衣音だけは低身長だが、3人ともスポーツが出来て三者三様の可愛さや美人さを持ち合わせるため、スクールカーストは高位である。

「先生、私も同じ意見、です」

 みくりが答えた後、質問をされる前に答えたのは富美。妙にボソボソと話すが、学級委員長だ。メガネに黒髪セミロングで、あまりに委員長という肩書きが似合うものの、話し方だけが頼りない。

 愛華が2人の回答を翻訳すると、2人とも『もしかしたらイジメが原因の自殺かもしれない』という結果だった。

 これまでの学生らの翻訳結果を見て、愛華は確信していく。明乃はやはり、事故死ではない。自殺なのだ、と。

 そして表情は変えないが、先日の乱入は成功だったと思い返していた。


 あの行動の目的は、ひとつ。

 すでに1ヵ月前の明乃の死は、風化して話題にするのもはばかられた。だが、新たなそれに関する事件が起これば、また学生らの話題はそこに集中する。愛華はあの差出人不明メールを受信してそれをばら撒いたことで、全員に事件を思い起こさせたのだ。

 どの学生も、イジメに関しては隠しているが、イジメが原因の自殺かも、と口にするのを躊躇うのは分からなくない。

 むしろ、人はそのプライドを守るためか、自分を正当化するためか、ただの虚勢か、様々な理由で嘘を吐き続ける。ひとつの発言に、少なからず嘘はつき物なので、この程度の発言と翻訳結果の相違など、大した問題ではないのだ。

 しかし、雛瀬だけはその回答に嘘はなく、愛華は彼女を少しだけ注目している。もっとも、犯人ではなさそうな彼女を、そこまで重要視することもないのだが。

「では次、一之瀬衣音、どうだろう?」
「あ、あたしも富美とみくりと同じっす。自殺じゃないから、イジメなどなかったっす」

 次の回答者衣音は、タレ目をさらにタレ目にして、金髪ショートの前髪が目にかかるのをかきあげて防ぐ。バスケ部としてはかなり身長が低く、長身の富美とみくりの影に隠れてしまう。

「!」 

 それを聞いた愛華は、鼓動が早くなるのを感じていた。加えて、今すぐ衣音に問い詰めたり、見つけたと叫んだりしたい思いも表れるが、小さく深呼吸してどれも押さえつける。ここで目立った行動をしてはいけない。たとえ犯人の1人が、見つかったのだとしても。

 衣音の翻訳結果は、こんなものだったのだ。


【原文】
 あ、あたしも富美とみくりと同じっす。自殺じゃないから、イジメなどなかったっす。
【訳文】
 原因は、あたしがしたイジメかもしれない。


 代わりに愛華は、衣音を背後から強く冷たく睨む。先程の逸る気持ちを留めることが出来たのは、先のメールをきっかけに生まれたこの状況なら、1人は犯人がいると思っていたからだ。

 ただ、これが事件の真相に辿り着ける一撃か、といえば、NOだろう。衣音の訳文を見ると、“かもしれない”と、仮定形が残っている。本当に全てを知るものならば、そんなものなど残さないだろう。

 もっとも、衣音がイジメをしていたのは確定。イジメをしていたその他大勢の1人だとは思われるが、復讐すべき相手には違いない。

 さて、奪うべき衣音の“大事なもの”はなんだろうか。


「次は……桐谷京哉、どうだろうか?」
「僕ですか」

 しかし。次の京哉により、その思考は妨げられる。

「先生、休みの日なのにこんなことをされて、大変ですね。亡くなった方に対する想い……学生達に対する想い、伝わります。
 ですが。僕ら学生にだって、休みの日を自由に使う権利はあるはずです。でも僕は3年……進路指導と言われたら、来ないわけにはいきませんよね。なのにこの状況、いかがなものでしょうか?」

 京哉は、最初は権藤のみに、そして振り返って他の学生達に対して、演説するかのように手を広げる。顔には笑顔、言葉は柔らかい。放たれるカリスマ性で、愛華さえも惹き付けられてしまった。

「トモキと真奈美は、どう思う?」

 質問を質問で返された権藤も言葉を発せなくなると、京哉は彼の取り巻きに目を移す。
 まず答えたのは鳥越《とりごえ》トモキ。茶に染めた髪をツンツンと尖らせて、ワックスの臭いが漂っている。

「これ、軽い軟禁じゃねーか? 大人からの脅しじゃ、俺達か弱い子供は従うしかないでちゅー」

 トモキは、おしゃぶりをしているジェスチャーをした。目つきが鋭く、不良、という単語があまりに当てはまる彼から出るそれでは、子供っぽさなど感じられるはずもないが。

「しかも、OBOG様方さえも集めて〜。もしかしてこの後〜、怪しいから残れなどと言って誰か女性を襲うつもりではないです〜? 先日藍山先輩がおっしゃっていた〜、妹さんに先生が手を出したというのもあながち〜……」

 次いで真奈美も、軽く巻いたふんわりとした髪をいじりながら答える。

「おっと、それは名誉毀損だよ、真奈美。トモキも、そのいかつい顔を仕舞って」
「顔を仕舞うなんて出来ねーよ!」

 気付けば、権藤の左右を2人の取り巻きが、正面を京哉が、囲うように立っていた。トモキこそ攻撃的な表情をしているが、真奈美はくるくると髪を弄び、京哉は菩薩のような笑みを浮かべているだけなのに、権藤はたじろぎ後ろに倒れそうになっているように見える。

「大丈夫ですか、先生? あ、先生といえば……うちの両親が弁護士なのは、ご存知ですよね。もし困ったことがあれば……ご相談を」
「あ、ああ……ありがとう」

 京哉の言葉にも、権藤は声を震わすだけで。本来権藤がすべき質問も、彼は出来なかった。

 愛華は京哉の背中しか見えないものの、その優しさしか感じないような言葉の裏に、触れただけで死する毒が塗られたような棘を見た気がした。“ご相談を”が、“失態があれば許さぬ”に聞こえてしまったからで。

 もっとも、その言葉の翻訳結果は、一言一句違わぬもの。ゆえに、権藤からこちらに振り返った京哉の、眩しい笑顔は本心なのかもしれない。しかし、犯人としての怪しさは感じないが、今すぐ嘔吐しそうな気持ち悪さを感じてしまっていた。


「後は私だけなのですね」

 だが、愛華はそんな瘴気にあてられて怯んでいるわけにはいかない。むしろ、この全員が押し黙ってしまったこの場面を利用して、愛華のすべきことをするだけだ。

「先生。質問があります。先生は最初に、メールをしたのは私ではないか、とおっしゃいましたよね。
 ですが、私が先日乱入した時に持ってきたメールの話をすれば、一瞬それを否定しかけた……。であれば、雛瀬ちゃんが言ったように、先生の元にもメールが来たのでは? そうして脅されて人集めと犯人探しを……。それに素直に従っているということは、何か後ろめたいことがあるとしか思えないのだけれど」

 引け腰になっていた権藤。それに構わず近付いた愛華は、腕組みで疑惑を突きつける。何か言いたげな権藤だが、それが口を開く前に続け、

「では、その後ろめたさとはなんでしょ? 例の合成写真のようなことを、実際にしている?」

今日も印刷して持ってきていた、粗悪な合成写真を見せ付ける。

「後ろめたいことは何もない!」

 さしもの権藤もそれには反発するが、目元の深いクマのせいなのか、どうにも勢いがない。

 もっとも。

 愛華は最初から、権藤の持つ後ろめたさの正体を知っていた。それは、先日乱入した際、翻訳アプリを使用した結果によるものだ。

 あの時権藤は、明乃は事故死でイジメなどないと語っていた。だがそれを翻訳すれば、全てが分かる。


【原文】
 藍山明乃は事故死で間違いない……イジメなんてなかった!
【訳文】
 藍山明乃はイジメによる自殺だが、俺が学校側に伝えなかった。もし伝えれば、イジメの犯人探しが始まり、学生達から嫌われてしまう。


 自分が嫌われたくない、失敗を隠したい。それは人として当然の思考ではあるが、担任としては言語道断。担任としての存在価値が、ない。どうも後悔があるようだが、後悔があれば許されるというなら、裁判所など不要だ。

 愛華も、乱入した当初から完全に権藤を疑っていたわけではない。だがその結果が出てしまえば、黒確定。


 愛華にとって権藤は、大事な物を奪うべく、復讐する対象となったのだ。


 もっとも、その結果が出たからとはいえ、ただその事実を告げたところで意味がない。こんなオカルト的なアプリなど、持っている本人でないと信じられないからだ。信じさせるために何度も力を行使しても良いが、最悪没収されてしまうかもしれない。

 よってアプリは、あくまで情報を得るための手段でしかない。しかしながら、その手段としては最強といえるだろう。

「他の皆さんは、この合成写真のようなこと、先生がしていると思いますか? 私には、こういったことを本当にしていて、メールの相手から脅されているために今日私達を集めたとしか思えないのだけれど! ということは、やはり明乃は……妹は……!」
「だ、だから違っ……!」

 愛華は権藤に、手にした写真を奪われるが、さらに1枚出して雛瀬や京哉らの方を振り返る。愛華の方を見るのはその2人だけで、それ以外の面々は真偽を問うためざわざわとしていた。


「……あら? これは……」

 と。少しずつざわめきが大きくなってきた時、簡素な電子音が響いた。それは、愛華のスマホによるもの。

「先生……これは一体、どういうことなのですか!?」

 愛華の声で再度そこに注目が集まる。

「なっ……!」

 まず愛華は、その画面を権藤に見せると、彼は驚きの声を上げる。

Re: その復讐、翻訳アプリにて。 ( No.7 )
日時: 2017/05/03 07:04
名前: DAi (ID: VHURwkNj)


「メールは、例の差出人からです。写真が添付されていて、本文は、『集まっていただき、時間稼ぎにご協力ありがとうございました。権藤吾郎の隠していた写真は発見いたしました』というもの……。
 そして写真が、これです!」

 次いで愛華が学生らを振り返ってスマホを掲げつつ、全員を見渡すようにしながら、スマホの写真と先日の合成写真とを見せ付ける。

「先日の写真は、確かに合成でした……ですが! 今送られたものは、どう見ても本物です! どうやら私達は、このメールの差出人に利用されたようですが、その結果答えが得られた!!」

 全員が全員、スマホのそれと印刷されたそれを見比べる。権藤に至っては、愛華から奪い取り血眼だが、先日のように合成であると指摘は出来なかった。

「ま、待て……おかしい……おかしいだろ!? 俺はこんなことしていない、するわけない!!」
「まだ言い張るのですか? メールの差出人に脅されるがまま私達を集め、合成でない写真が出てきてしまった。状況証拠も、物的証拠も出ているのに。終わりでしょ? 明乃を追い詰めた犯人さん」

 未だ権藤は、愛華のスマホを顔に押し付けんばかりの勢いで見やる。対して愛華は、そのあまりに滑稽な姿に僅かだけ口元に笑みを浮かべ、すぐに収めて冷たい目で見下した。


 愛華は、理解していた。このメールの意図を。

 先日の写真は合成で、では今回のものはどうかと言われれば、これも合成写真だろう。権藤が真に売春行為をしていたかは、翻訳アプリによって否であることは明らかである。しかし、それが合成であることを、すぐに見破ることを出来まい。

 なぜなら、今愛華に送られた写真の合成クオリティは、先日のものよりあまりに高いからだ。もちろん、見る人が見れば見破れるかもしれないが、権藤らは素人。さらに、クオリティに差がある2枚の写真があることで、より看破を難しくしていた。

 1枚目の写真は、わざとクオリティを落としている。だが2枚目は、そんな粗悪な1枚目と比較して美麗な上、A4用紙に印刷されたそれとは違いスマホの小さな画面でしか見せていないのだ。
 中の上程度の女が、合コンで横にブスを並べて自分を上の中程度の美人まで引き上げるように、2枚目の合成写真を本物に昇華させたのである。


「……とまあ、こうして明乃を裏切っている証拠が出てきたわけです、が」


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