ダーク・ファンタジー小説
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- 鏡姫
- 日時: 2018/03/11 15:53
- 名前: 紫乃 (ID: z1wKO93N)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=past&no=33062
おはようございます、こんにちは、こんばんは!
紫乃というものです。
昔々、大昔(といっても5年ほど前)にコメディ・ライト小説(旧)の方で華憐として執筆しておりました。
久々に今度はダーク・ファンタジーを書いてみようと思い舞い戻ってまいりました。
5年間で何が成長したのかはよくわかりませんが、小説を楽しんでいただけると幸いです。
過去の作品URLも参照部分に掲載しておきますのでよろしければお読みください♪
【あらすじ】
ランデル王国ーーそれは世界で最古の王国。
その国では代々最初に生まれた男子が国を治めるしきたりであったが、とうとう女子しか生まれず長年の討論の末にランデル王国の歴史で初めての女王が誕生することが決定した。
次期女王の名はソフィア・ヴァン・ランデル。
現在16歳であり、18歳の誕生日と同時に即位することになっている。
そんな彼女の婚約者は王国内で最も権威のある貴族の長男、ルドルフ・レイ・マクリア侯爵だ。
彼は彼女の2歳年下で14歳ではあるが、稀に見る天才と称され王立学園でもトップの成績を修め飛び級をしたのち、大学に通う。
そして彼は卒業し、いよいよ彼女の女王デビューの準備が始まろうとしていた。
全ては順風満帆のように見える。
しかし、そうではないことを次期女王は感じていたーー。
【登場人物】
ソフィア・ヴァン・ランデル
:次期女王。まっすぐな黒髪にアメジスト色の瞳が印象的な美少女。王家の秘密を抱える。
ルドルフ・レイ・マクリア
:ソフィアより2歳年下の天才。ソフィアの婚約者であり、彼女に心底惚れ込んでいる。
アベル
:ソフィアの執事
マーガレット
:ソフィアの侍女長
メンデル
:ルドルフの執事
ウィズ
:平民から奴隷の身に転落したソフィアと同じ容姿の女の子。主人を殺し、その息子に命を追われる。
主人
:ウィズの所有者。彼女に殺される。
ノーター
:主人の息子。貴族だったが平民となる。父を殺したウィズを探す。
【目次】
第1話 >>1
第2話 >>2
第3話 >>3
第4話 >>5
第5話 >>6
第6話 >>7
【過去作品】
恋桜 【Cherry Love】
- Re: 鏡姫 ( No.3 )
- 日時: 2018/03/07 22:34
- 名前: 紫乃 (ID: z1wKO93N)
- 参照: https://kakuyomu.jp/works/1177354054885314547/episodes/1177354054885314669
第3話 ランデル王家の秘密
【ルドルフside】
思い返してみれば、彼女が僕に対して「好き」や「愛している」という言葉を囁いたことは一度たりともなかった。
ーーいつも僕の一方的な感情だったのかもしれない。
僕は赤扉を遠い目で見つめる彼女を見ながらぼんやりと思った。
「もしかしてあの部屋にはソフィの愛人が?」
言葉にしてしまえば胸が張り裂けそうだった。
ーーそうだ。こんな美しい人を僕が独り占めできるはずもなかったのだ。なんて僕は馬鹿で愚かなのだろう。
生まれて初めて何か熱いものが込み上げてくる感覚を知った。
しかし、僕の発言にソフィは大きな目をさらに大きく見開いてキョトンとしたかと思うと声をあげて笑いだした。
僕はムッとして「何がおかしいのさ」と言うと彼女は「あまりにも見当違いなことを言うから」と笑いがおさまらない様子だった。
「いい加減笑うのはやめろよ」
「あはは、ごめんなさい」
ソフィは目尻に浮かんだ涙を細い可憐な指で拭い取るとまっすぐに僕と向き合った。
「あの部屋には別に愛人なんていないわ。寧ろそうであればどれだけよかったか」
「じゃあ、何が?」
「あそこには・・・鏡があるのよ」
「鏡?」
僕は眉を顰めた。
「そう、鏡。様々な鏡が壁中一面に」
「それがどうかした?」
「鏡は古から畏怖される存在だった。歴史を語り自身を映す。そんな鏡は代々王族や貴いとされる者たちの中でも宝飾品と同じくらい大切に扱われてきたわ。我が王家でもそれは例外ではない。このランデル王国の伝説、あなたは知ってる?」
「神様がこの国を作って、今も王族を通して安寧を見守ってるっていうあれ?」
「ええ。まさにその伝説。実はあれ、あながち嘘ではないの」
「え!ソフィ、君は神様に会ったことがあるって言うの!?」
心底吃驚して彼女の両肩をガシッと掴んだ。
「神様にはお会いしたことはないわ。でも王族を通して安寧を守ってくださっているのは事実よ」
「どうやって?」
「そこで鏡の登場よ」
ソフィは座り直した。
僕もそれに習って彼女の横に座り直す。
「鏡は鏡を授かった者が国を治める資質を備えているか見極めると同時に、困難を乗り越えるための忍耐力や精神力を授けてくれるわ」
「なんだか良いことのように聞こえるけど?」
「そう簡単に鏡が力を貸してくれると?」
「思えないね」
僕は学園にいた数々の先生の顔を思い浮かべて首を降った。
「そこには必ず代償が発生するの。何かを成し遂げるためには試練が存在する」
「それはどんな試練なんだい?」
「裏腹な世界で生き抜き、最大の敵を倒すことよ」
「は?」
思わず訝しげな顔で尋ね返してしまった。
「ここは現世うつつよ。現世を保つためにはその裏の世界が必要となる。ちょうど光に影が必要なように。その裏の世界こそが鏡の世界。全てがこの世と反対になる世界よ」
なんだか突拍子も無いことを言われて久々に僕の頭は混乱していた。
「つまりその鏡の世界で歴代の王たちは生き抜いた末に敵を倒し、神様に認められて国を治めてきたという理解であってるかな?」
「そういうこと。さすがルーね。理解が早いわ」
ソフィは僕の頬に手を当てながら微笑んだ。
「じゃあ、君はいつもあの部屋から鏡の世界へ行って戦っていたんだね」
「そういうことになるわね」
「でも、どうしてそんな秘密を今?」
きっとこのような秘密は僕が正式にソフィと結婚して王族に入ってから知らされるべき事実だろう。
「だってあなたにこれ以上隠せそうになかったから。それに・・・」
彼女は自分の右手を左手で強く握りしめながら俯きがちに言った。
「これ以上私が試練に耐えられそうにないのよ」
その様子は普段の儚さと相まって少し風が吹けば消えてしまいそうに思えた。
だから僕は彼女を力強く抱きしめた。
「大丈夫。ソフィは賢女だ。きっと鏡の試練にも勝って、神様に認めてもらえる」
「・・・違うの!」
違うの、もう一度ソフィはそう言って僕の胸に顔を当てた。
「鏡の世界では全てが反対になると言ったでしょう」
「うん」
「地位や愛も反対になるの」
「つまり?」
「あなたが私を殺したいほど憎んでいるということよ」
僕はその言葉を一瞬理解することができなかった。
理解できた後も何を言っているのか認めたくなかった。
「じゃ、じゃあ僕は鏡の世界では君の命を狙っているっていうこと・・・?」
「そうよ。そして私は王女でも何でもなく奴隷の身分。あなたも似たようなもの」
「そんな・・・」
「だから言ったでしょう。これは試練だって。あなたの愛が現世で大きくなればなるほど鏡の国のあなたの憎しみは増大する。私が現世であなたを愛せば愛すほど、尊敬すれば尊敬するほど私もあなたを憎み、卑下するの」
「もしかして・・・だから君は僕に1度も好きという言葉を言ってくれなかったのか?」
ソフィは曖昧に微笑むだけだった。
恐らく鏡の国への影響を考慮してだろう。
僕は本当に情けないと思った。
彼女は今の今まで全てを一人で背負い、一挙手一投足に気を配って生きてきたのだ。
それを僕は「好きと言ってくれない」という子供染みた考えで彼女の傷を抉ってしまった。
ーーでも、待てよ。考えようによってはこれから彼女に協力できるということではないか?
そう思えば大分気持ちが楽になった。
「君は試練に勝てそうにないと言ったね?」
「ええ。最大の敵が私には殺せそうにないの」
「鏡の国での最大の敵は現世での最大の味方だ。つまり、それは僕のことだろう。僕を殺せそうにないから君は戸惑っているし立ち止まっているんだ。それに僕の愛は大きくなる一方だから鏡の国での僕はさぞ君を脅かしていることだろう。つまり、だ。僕の愛がこれ以上大きくなることを防げばいい。そうすれば君の女王への道は容易くなる。何か間違っているかな?」
「い、いいえ」
「だったら僕がやるべきことは1つだ。暫く僕が自分の屋敷に籠り、君のことだけを考えればいい。ただし、ああ好きだなあとかそういったものではなく、今頃は何してるのかなといった状況確認のようなものだ。僕が君から物理的に離れることにより鏡の国での僕と君の距離は近くなる。つまり、『僕』の首を狙いやすくなる。そして僕が君のことを考えれば考えるほど『僕』は君に無頓着になる。どうだい?」
「とても素晴らしい案だとは思うけれど、あなたに無理がかからないかしら?」
「君のためなら全然苦ではないよ。暫く研究所に篭っていれば月日なんてすぐに経つさ。あと2年我慢すればいいんでしょ?」
「ええ」
ソフィはとても寂しそうに目を伏せた。
「たまには会いたいところだけれど、そうすると愛が溢れそうだからやめておくよ。君が無事女王になる日に迎えに行くから」
僕はそう言って彼女の唇に1つキスを落としたのだった。
- Re: 鏡姫 ( No.4 )
- 日時: 2018/03/07 22:56
- 名前: 紫乃 (ID: z1wKO93N)
- 参照: https://kakuyomu.jp/works/1177354054885314547/episodes/1177354054885314669
<作者からメッセージ>
久々すぎて色々仕様を忘れてしまっている紫乃です(汗)
時が経つのはこんなにも早いのですね・・・。
それはさておき、王家の秘密を知ったルドルフくん。
なかなか大きな決断を下しますね〜。
2年間も好きな人と会えないなど耐えれますか?
私には無理ですね(彼にやらせておいて何を言う)。
これからの展開にも注目していただけると嬉しいです。
そこまで長い物語にはならない・・・はずです笑笑
- Re: 鏡姫 ( No.5 )
- 日時: 2018/03/09 15:46
- 名前: 紫乃 (ID: z1wKO93N)
- 参照: https://kakuyomu.jp/works/1177354054885314547/episodes/1177354054885314669
第4話 過ち
【ウィズside】
隙間風がよく入るあばら屋で今日も今日とて使い古して穴が空いてしまったボロ布に包まって夜を迎える。
自分の向かい側には錆びついた鏡があり、憐れな自分の姿を映している。
その鏡に不思議な力があると知ったのは10年前のことだ。
まだ両親が生きていた頃、私は普通の庶民の暮らしをしていた。
その時に6回目の誕生日プレゼントとしてこの鏡をもらったのだ。
もらった際に鏡を覗いても自分が映るだけだったが、夜中に嬉しくて一人で箱を開けてその鏡を覗いていると突如として王冠を被る自分と全く同じ容姿をした『女の子』が現れたのだった。
お互い訝しげな顔をした後に、それが自分ではないと気づいた。
「ーーあなたのお名前は?」
向こうの『私』が私に話しかけてきた。
とても品のある話し方で貴族のご令嬢か何かだとすぐにわかった。
「私の名前はウィズ。あなたは?」
「私はソフィア・ヴァン・・・いえ、なんでもないわ」
彼女には苗字がある。
ーーきっととても高貴なお方なのだ。
彼女が途中まで言いかけただけで、私は悟った。
「私、誕生日プレゼントとしてこの鏡を受け取ったのだけれど・・・」
「あら、そうでしたの」
そう言った彼女は少し顔を曇らせた。
「もしかして、あなたの身近にルドルフという殿方はいらっしゃる?」
「ルドルフ?」
私は自分と関わりのある男の子を頭に浮かべてみたが、そのような男の子はいなかった。
「ごめんなさい。わからないわ」
「そう」
「私とまだ出会っていないから、彼女も・・・ことなのかしら。いえ、名前が私たちと同じように違う・・・」という独り言が聞こえてきたが、私は聞き流した。
「きっとこれから何度か会うことになるかもしれないわね。よろしくお願いいたしますわ」
彼女は美しく微笑んだ。
同じ容姿なはずなのにここまで違うと羨望どころから強い違和感を感じた。
あれから10年。
私を取り巻く環境は一変してしまった。
彼女と出会ってすぐに流行病で両親が他界し親戚をたらいまわしになった後、心ない者によって奴隷商に売り渡された私は奴隷となった。
主人の気性はとても荒く、何か事あるごとに奴隷に文句をつけては鞭で打っていた。
私も例外ではなかった。
しかし、私が成長していくにつれ、美しくなっていることに気づいた主人は彼の息子の性奴隷にちょうど良いと私にその役割を与えた。
その息子の名前はノーター。
大変美しい銀髪にサファイアの瞳を持つ美少年だった。
彼は私の2歳年下で、私と出会った時はまだ彼も6歳くらいで特に私になんの感情も抱いていないようだった。
そのことに安心していたのだが、彼も成長すると共に私を性的対象としてみるようになった。
私は恐れをなして、夜な夜な逃げ回った。
そのことがバレてとうとう主人に捕まった。
「ウィズ。お前、ノーターの何になるようにお前に言いつけたか覚えているかな?」
主人が鞭の柄を撫でながら聞く。
彼の後ろでニヤニヤと笑うノーターが見えた。
「性、奴隷です。ご主人様」
「そうだ!!そうなんだよ、ウィズ。お前は美しい。奴隷にしておくにはな。だから私のこの自慢の美しい息子と寝る機会を与えてやったんだよ。・・・それなのに編んだお前は」
声が一段と低くなり、鞭が私のすぐ近くで打たれる。
バチっという物凄い音に思わず体がびくりと動いた。
「おお。そんなに怖がらなくていいんだよ?お前の綺麗な体に傷をつけるつもりなど毛頭ないのだから」
いやらしく笑いながら、主人は私の頬を撫でた。
「これからお前が素直にノーターのものになると約束すればいいだけさ。そうすればこの拷問部屋からも出してやるよ」
ひひひと笑う主人は悪魔にしか見えなかった。
私には選択肢が残されておらず、頷くしかなかった。
「良い子だ」と主人はニタニタと笑いながらその部屋を後にした。
ノーターもその後に続き、「今夜は逃げれると思うなよ?」と言葉を残して部屋を出ていった。
私はひとしきり拷問部屋で泣き腫らした後、自分が与えられている奴隷部屋へと戻った。
部屋に戻ると、そこには美しいドレスと下着が揃えられていた。
ノーターの趣味だろう。
これから彼に抱かれると思うと吐き気がしたが私が生き残るには彼に抱かれる他道がなかった。
私は諦めてそれらに腕を通そうと思った時、妙案を思いついた。
今から思い返せばそれは妙案でもなんでもなく最悪な案ではあったが。
その案とは主人に「どのようにすればノーターを満足させられるかわからないので、まずはご主人様に教えていただきたい」と教えを乞うフリをしてお茶とお茶菓子と共に彼の部屋を訪れる。
このお茶とお茶菓子には睡眠薬を混入させておく。
睡眠薬はよく主人が飲んでいるので、すぐ手に入るだろうという見当をつけてのことだった。
そして彼が眠りについた隙を狙ってノーターの部屋に行き、同じ方法で彼を眠らせて屋敷を脱走。
国境を越えて遠くまで逃げるというものだった。
国境を越えて行くまでのお金は主人の部屋にあるへそくりから盗めば十分だろうという算段があった。
いよいよ実行の時。
厨房にて睡眠薬入りのお茶とお茶菓子を用意した。
どれだけ入れれば良いのかわからず、瓶に残っていた分全てを投入した。
そして主人の部屋へ行き、事は私が思った以上に円滑に進んだ。
主人もその息子も眠りにつき、私は盗んだ金で高飛びした。
隣国の教育水準は高く、教育のきの字も知らない私は職を得ることはなかった。
娼婦館に行っても体が貧相なため無理だと門前払いされ、最終的には物乞いになるしかなかった。
そんな折り、街中で聞こえてきた話題があった。
「なあ、お前知ってるか」
「なんだ?」
「やたらと奴隷を従えている嫌な感じの貴族がいたじゃねえか、隣国に」
「ああ、いたねえ」
「そこの主人、死んだらしいぞ」
「え、マジかよ」
私は慌てて口を抑えて声をあげそうになるのを必死に抑えた。
「死因は睡眠薬っぽいぜ。飼ってた奴隷に牙を剥かれたみたいさ。その奴隷は蒸発」
「ざまあねえな。で、あのやたらと綺麗な息子はどうなったんだよ」
「それがあんな家だったもんだから親戚に助けてもらえるわけもなく、奴隷落ちかって噂だぜ!」
「あはは、そりゃあおもしれー!ミイラ取りがミイラならぬ奴隷飼いが奴隷ってな!」
男たちはゲラゲラと笑いながらその場を去って行った。
私はその場で固まっていた。
まさか殺人まで犯すつもりはなかったのだ。
さらに運が悪いのか良いのか息子は生き残ってしまった。
彼は絶対に私を許すはずがない。
ーー私を殺しに来るはずだ。
ブルブルと体が勝手に震えた。
しかし、私には逃げるための金も人脈も何もなかった。
ただただその場でこの国に彼が来ないことを祈るばかりであった。
- Re: 鏡姫 ( No.6 )
- 日時: 2018/03/11 15:54
- 名前: 紫乃 (ID: z1wKO93N)
- 参照: https://kakuyomu.jp/works/1177354054885314547/episodes/1177354054885314669
第5話 キャラバン
【ウィズside】
噂話を聞いてから1ヶ月。
特に私の生活に変化が起こるわけでもなく、相変わらず物乞いで生計を立てる日々が続いた。
逃げる際に捨てきれずに一緒に持ってきてしまった鏡を覗き込みながらため息をつく。
月夜に浮かぶ私のアメジスト色の瞳。
最後に『彼女』と話したのは奴隷に落ちた時だった。
今は少し状況が改善したと言いたいところだが、いつどのタイミングで向こうの世界と繋がるのかは私には不明だった。
「向こうの『私』と入れ替わることができたらどれだけ良いか」
独り言がついつい漏れた。
しかし、それも仕方がないだろう。
なんせ彼女は大貴族のご息女なのだから私のように明日の生死について心配する必要もないだろう。
それに私はノーターに命を狙われる身。
身から出た錆とはまさにこのことだが少しは現実逃避したくなる。
「この鏡を磨けば少しはお金になるかな」
私は鏡の錆を手でなぞりながら考える。
すると、鏡が少し光を反射したかと思うと次の瞬間には王冠を被った『彼女』、ソフィアが現れた。
「お久しぶりです」
「ひ、久しぶり」
「あら、お住いがお変わりになられたようね。奴隷身分から違う身分になられたのかしら?大変喜ばしいことですわね」
ソフィアは顔を花のように綻ばせながら喜ぶ。
「ま、まあそんなところよ。今は平民。国を渡ったの」
ーー本当は不法滞在者でしかないのだけれど。
そんなことは顔にも出さずに彼女の言葉を待つ。
「ああ、そうですのね。・・・お元気でいらしたかしら?」
私は一瞬声に詰まった。
「うん。元気よ」と言えたらどれだけよかっただろうか。
返事の代わりに一筋の涙が勝手に零れ落ちた。
「どこかお具合が悪いのですか!?」
彼女が慌てたようだったので私も慌てて自分の涙を袖で拭った。
なんでもない、と言いかけてさらに大声をあげて泣き出してしまった。
私には頼れる家族も友人も誰一人としていない。
話をするとすればこの子しかいないのだと気づき、孤独のあまり泣き出したのだった。
ようやく涙が流れなくなった頃、心が落ち着きを取り戻したので彼女に今の状況を包み隠さず説明することにした。
全て話し終えると彼女は難しい顔をした。
「なるほど。ノーターがあなたの命を狙っていると。それは確かなのでしょうか」
「本人に聞いたわけではないけれど、彼の性格上私を許すはずがないわ」
「そうですか。きっとルドルフが私に・・・からですわね。厚かましいとは存じながらも私から助言を差し上げるとすれば、ノーターはあなたの現在滞在する国に恐らく来るので次の国へ移動する準備をなさることですわ」
「そうよね・・・」
私は力なく項垂れた。
「でも、お金がないのよ」
「今ご職業がないのでしたね」
「うん」
「それではできるだけあなたの出身国と反対の国境までご移動なさってはいかがですか?その場に滞在するのはあまりにも危険すぎます」
彼女の意見は最もだった。
国を越えるためには様々な手続きが必要だがこの国内であればまだ誤魔化せるだろう。
キャラバンの荷台に隠れて乗ればできるだけ遠くまでは行けるかもしれない。
「ええ、そうしてみるわ」
「あなたの旅に幸運があらんことを」
彼女はそう言って微笑んだ。
私も精一杯の笑みを浮かべたが、瞬きをして目を開けると酷く引き攣った顔をした自分が鏡に映っているだけだった。
「キャラバン、探さなくちゃ」
私はそう決心し、明日の予定を立てた。
翌日、朝早くから私は目的地近くまで行くキャラバンたちが集まる広場を訪れていた。
色とりどりの布やドレス、銀食器やスパイスなどが荷台にどんどん詰め込まれていた。
「おーい。これはお前のとこのだろう。またあの貴族に大目玉を喰らうぞ」
「うわ、すまね。あんがとよ。あ、そこのお前!」
大男2人が大声で話していたが、途中で私に声を掛けてきた。
「おお、そこのお前だよ。今ぼーっと突っ立てる。お前が新人か?とりあえず、これを俺の荷台に積んどけ。あの緑色の布が掛かってるやつだ。壊れないように上の方に置けよ」
彼はそう言って、私に箱を投げ渡した。
ーー壊れないようにと言いながら投げるってどういうことよ?
私は箱を抱えながら緑色の布がかかった荷台の方へと歩き始めた。
ーーでも、とにかく新人と勘違いしてくれたみたいだからよかった。好都合ね。
私は荷台にその箱を積んだ後、辺りを伺って誰も周りいないことを確認した後に荷物の奥の方に隠れた。
ガタン。
馬の鳴き声と共にゆっくりと荷台が動き出した。
運転席の近くまで来ていたせいか、彼らの喋り声が聞こえてきた。
「いいか、お前は顔がいいから女主人の相手だ。女ってのは酷いもんで顔のいい奴には優しいんだよ。まあ、つまりは俺にも優しいってことだけどよ」
「誰がお前に優しくしたことがあったんだよ」
「うるっせ」
男2人の豪快な笑い声が聞こえてきた。
そしてその2人の後に控えめな男の笑い声が聞こえた。
「ははは、親方面白いですね」
私はその声を聞いて背筋が凍る思いがした。
彼のーーノーターの声だ。
よりにもよってこんなところで彼に遭遇してしまうとは運がない。
今ここで荷台を降りるべきか。
いや、こんなところで降りたら列をなしている他の荷台に私が気づかれてしまう。
ーー一旦次の目的地まで待とう。
結論を出し、私は暫しの間荷台に揺られることにした。
「よーし、馬を木に括りつけろ。火起こす奴は薪持ってけー。料理班はこっちだ」
「ノーター、お前は荷物のチェックしろ。これがリストだ」
「わかりました、親方」
荷台が止まり、人々の騒がしい声が聞こえてきた。
私は彼がこの荷台に来てしまう前に逃げようと思ったが、次の瞬間、私が乗っている荷台の布が捲れ上がるのが見えた。
一瞬布をあげただけでは死角で見えないが、少し足を踏み入れると見えてしまう。
ーーお願い、バレないで!
私は祈りとともに自分の服を強く握りしめた。
ミシッという荷台の床が少し沈む音がした。
そして彼の靴先が視界にバッチリ入ったところで誰かが彼の名前を呼ぶ声がした。
「はい、今行きます!」
彼は少し辺りを見渡した後に、荷台から飛び降りるようにして去っていった。
「よかった」
私は殺していた息を一気に吐き出しながら自然とその言葉が漏れ出していた。
去り際に彼が一瞬バカにしたように笑ったことにも気づかず。
- Re: 鏡姫 ( No.7 )
- 日時: 2018/03/11 15:53
- 名前: 紫乃 (ID: z1wKO93N)
- 参照: https://kakuyomu.jp/works/1177354054885314547/episodes/1177354054885314669
第6話 捕縛
【ウィズside】
それからキャラバンの一行は飲んだり歌ったりのお祭り騒ぎだった。
遠くから聞こえてくる陽気な笑い声にいくらかは私の緊張も解けた。
——彼らが疲れて寝静まった頃にここを後にすればいいわ。
私は近くにある適当な食料を薄汚い鞄にありったけ詰めて静かになるのを待った。
闇が深くなった。
木々の揺れる静かな音だけが辺りを支配した。
——そろそろね。
私はそろりと布を開け、辺りを伺って誰もいないことを確認した。
そして音がしないように鞄を下ろして先に自身の体を地面に着地させようとしたその瞬間…
「今度はどこに逃げるんだ?」
「っひ!」
私は驚きのあまり足を挫いてその場に座り込んだ。
目の前に現れたのはノーターだった。
「お前のことだから絶対今のうちに逃げると思ったんだよなあ。よかった。張り込んでで」
ノーターは私の前にしゃがみ込みながら私の顔を覗き込んだ。
彼の漆黒の瞳が残虐な色に染まるのを見た。
「ご、ご主人様のことは意図的ではなくて過失であって…」
「ふーん?」
「ど、どうかお許しを…!」
私がおでこを地面に擦りつけながら土下座をしていると彼は立ち上がり私を見下ろした。
「お前が僕に許しを請う、とな」
彼は面白い玩具を見つけたような声で言う。
見なくてもわかる。
彼は今ニヤニヤとあの主人に似たいやらしい笑顔を浮かべているにちがいない。
「ま、取り敢えず当時の状況を説明してみなよ。それから許すかどうか考えるさ」
彼から降ってきた言葉は意外なもので、思わず顔をあげて彼の顔を伺った。
「それはどういう…?」
「風の吹きまわしかって?嫌なら別にここで殺したっていいんだぜ。親父の仇だーとかなんとか言って」
ノーターは腰に携えている短剣に手を添える。
嘘ではなさそうだ。
「わ、わかりました。あの夜のことをお話しいたします」
私はこうして主人と彼を眠らせて高飛びした夜のことを包み隠さず話終えた。
ある一点を除いて——。
「…話はそれで終わりか?」
「え?あ、はい」
「そうか」
——もしかして私が隠していること、バレているのかな?でも、ここでこれを言ってしまえばさらに彼の怒りを買ってしまう恐れが…
「わかった、お前の話を信じよう。一旦な。お前、飯は食ったのか?飯がそこに残ってるみたいだから食べに行くぞ。ほら」
そう言ってノーターは私に手を伸ばす。
私は信じられないものを見る目でその手を見つめる。
「どうしたんだよ?この手、掴まないのか?」
「あ、いえ」
慌てて彼の手を掴み立ち上がる。
——世の中不思議なことも起こるものだ。
私は能天気にそんなことを考えながら彼のあとについていった。
彼が案内してくれた場所にはたくさんのお酒と飲み物がそこら中に転がっていた。
今盗賊にでも襲われたらどうする気なのだろうと心配なほどに警戒心というものを感じることができなかった。
「ここにあるもの、好きなだけ食っていいぞ」
「いいんですか?」
こんなご馳走ここ10年食べた覚えなどない。
「遠慮するな。俺も平民の身分まで落ちて初めてわかったことがあるんだよ。奴隷だったお前には酷いことをした。そのお詫びと思ってくれ。別にこれは俺が作ったわけではないけどな」
彼はヘラっと笑いながら近くの皿に手を伸ばし、チキンにかぶりついた。
私も彼に倣ってその辺にあった料理に手をつける。
——本当に気持ち悪い。これがノーターだというのだろうか。
私は料理を食べながらも、彼の方をチラチラと伺った。
それに気づいた彼はにっこりと笑うだけで、特に悪意を感じることもない。
私は彼を疑うのをやめて料理に集中することにした。
久々にお腹いっぱい食べた私は幸福感に満たされていた。
このあと私の身に起こることも知らずに——。
翌朝、私は本格的にキャラバンの一員として働き始めた。
「おい、ウィズ。これを持っとけ」
『親方』から短剣を貰った。
「これは?」
「このキャラバンの一員って証だ。昨日は渡しそびれたからな。それにしても、お前昨日はどこの台にいたんだ?小さすぎて見えなかったわ」
わははと豪快に笑い去っていった親方。
私は短剣に目を落とした。
誰かに「一員」と言われたのは初めてのことだった。
なんだか嬉しくて私はその短剣を強く握りしめた。
きっとそんなに高価なものではない。
それはわかっていたが何よりも大切なもののように思えた。
キャラバンとして旅を続けるに連れて、段々と目的地である国境付近に近づいてきた。
しかし、既にノーターと出会ってしまった今、最早目的地は目的地でもなんでもなくなってしまった。
彼と最近よく一緒に過ごすようになったが——同じ新人同士ということで親方に同じ仕事を任されることが多いからだが——、別段彼が私のことを気にかける風でもなく、常にキャラバンの仕事を淡々とこなしているので命の危機を感じることもなかった。
「よーし、皆のども。明日はいよいよ最終目的地の男爵夫人の館だ。彼女は口うるさいことで有名だから心するように。ここで売って売りまくって街へ帰るぞー、いいな!?」
「おおー!!」
キャラバンの皆が奮い立ったように親方に続いて声をあげる。
勿論私も同じように声をあげた。
「さーて、今日は前夜祭。楽しむぞ〜」
夕日に照らされて赤く染まった親方の顔を眩しいものを見る気持ちで私は見つめていた。
前夜祭も終わり、私たちキャラバン一行は目的地の男爵夫人の館まで辿り着いた。
最初は品定めするように私たちを見ていた夫人だったが、ノーターのことを余程気に入ったらしく、屋敷に一晩泊めてくれる運びとなった。
「さすがだなノーター!」
「よ!キャラバン一の色男!」
などと好き勝手に呼ばれていたが、彼は照れ臭そうに頭をかくだけで、私が知っていた頃のノーターは見る影もなかった。
男爵夫人が振舞ってくれた料理は大変美味しく、皆舌鼓を打った。
そして相変わらずどんちゃん騒ぎとなり、私もそれに巻き込まれて歌ったり踊ったりした。
最終的には酒や疲れのせいでその場で眠ることになった。
夜中の1時。
ふと嫌な予感がして目を覚ます。
辺りには同じように疲れて深い眠りについているキャラバンの仲間たちがいた。
——気のせいか。
そう思い直したが、ノーターの姿がないことに気づく。
私はなんとなく彼を探す気になったので大きく伸びをしてから立ち上がった。
——夜風にでもあたってるのかな?
食堂を抜け、バルコニーへ向かう。
すると誰かの話し声が聞こえてきた。
「今日はとても素敵な夜だったわ。ありがとう」
男爵夫人の声だった。
「いえ、こちらこそ」
若い男の声、間違いなくノーターだ。
「これが約束の品よ」
私は見てはいけない気はしたが好奇心が勝ってつい覗いてしまった。
そこには男爵夫人から銀色に鈍く光る美しい剣を受け取るノーターの姿があった。
「これは呪われた剣。あなた、どうするつもりなの?こんなものを欲しがって」
「どうしても許せない女がいるんです。この剣があれば確実に殺められると聞いて」
「まあ」
男爵夫人は驚いたように見せたが、すぐに「そんなところも素敵よ」と猫なで声を出して彼の腕に纏わりついた。
そんな夫人の姿に嫌悪感を抱いたが私はそれどころではなかった。
「許せない女がいる」と彼は間違いなく言った。
——どう考えても私のことじゃない!今まで私を殺さなかったのはあの剣を手に入れるためだったのね!
すぐにこの場を離れなくては、と私は思いくるりと体の向きを変えた。
そして走り出そうとした瞬間、足元にあったバケツを蹴り飛ばした。
けたたましい音が辺りに響き渡る。
二人もその音に気づいたようだった。
「見てきます」
ノーターの声が聞こえた。
——まずい!
私は必死に食堂を目指して走った。
——どうか、どうか!
食堂に着いたら寝たふりをするつもりだったが、思ったより彼の足が速い。
きっと寝たふりをする前に捕まってしまうだろう。
それならば、と私は食堂の奥にある中庭まで走った。
ここの茂みに隠れてやり過ごし、分け与えられた寝室へそっと戻ればいい。
そうすればバレない。
私はそう考えて、適当な茂みに身を隠した。
隠してすぐ、誰かが中庭の芝生に足を踏み入れる音が聞こえた。
ノーターだった。
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