ダーク・ファンタジー小説

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6ペンスの唄と死神の囁き【完結】
日時: 2020/07/19 21:45
名前: シェルミィ (ID: FWNZhYRN)

 こんばんは!そして、初めまして!シェルミィと申します(*^_^*)
友人から小説カキコを勧められ、このサイトを訪れる事となりました。
小説は書き始めたばかりの素人ですが、皆さんに追いつけるよう努力を尽くします。
主にシリアスや猟奇サスペンスをテーマにしております。
と言う事で、どうぞよろしく!


 ※本編を投稿する前に注意をいくつか


 ※私のジャンルは異質であり、違和感を感じる事が多いかも知れませんが、温かく受け入れて下されば幸いです。

 ※誹謗中傷や荒らしは絶対にやめて下さい。

 ※この作品はフィクションですが、現実の世界が舞台となっております。
 不謹慎な内容があるものの、その国や国民性、及び文化を侮辱している事などは一切ありません。


 それでは、物語の幕を開けようと思います・・・・・・


—————————————————————————————————————————————


 あなただけの美味しい特性のパイはいかが・・・・・・?

 1903年のロンドン。
人々が行き交う路上で、お菓子を売る1人の男の子。
彼は恩人が営むパイの店で住み込みで毎日働く、内気な少年。
おや?お菓子を欲しがる人間が、また1人やって来たようだ。
6ペンスを貰い、チョコやラスクを配る。

 ・・・・・・でも、お菓子だけじゃ物足りないでしょ?
僕が住んでるお店で売ってるパイは格別に美味しいんだ。
きっと、気に入ると思うよ?だからおいで?
君だけのとっておきのパイを作ってあげるから・・・・・・




Re: 6ペンスの唄と死神の囁き【短編小説】 ( No.2 )
日時: 2020/04/29 14:14
名前: シェルミィ (ID: FWNZhYRN)

 商店街の外れにフローレンスの店は存在した。
外見は大して派手なデザインでもなく、至って普通で2階建ての構造だ。
下階はベーカリーとなっており、窓を覗けば種類豊富のパイの列が商品として並ぶ。
上階は恐らく住人が生活を過ごすための居住エリアだろう。
扉の上に『Sing A Song Of Sixpence(6ペンスの唄)』と書かれた看板が大きく飾られ、煙突からは少し鼻を刺激する香ばしい香りが漂う。

「ここがフローレンスさんのお店。2階は住宅で、そこで食事をしたり寝泊まりしてるんだ。フローレンスさんはとても優しくて、僕に1つの個室を丸ごと貸してくれたんだ」

 ユリシーズは看板を指差し、少々自慢気な言い方で店を紹介する。

「いい匂い!ここにいるだけでお腹が空いてきちゃいそう!」

 エミリーも楽しそうに素直で可愛い感想を口にする。
少年も笑みを返し、表情を合わせた。

「ねえ、入っていい!?」

「勿論。だって、そのために連れて来たんだから」

 そう言って扉を開け手招きし、親切にもエミリーを先に店内に立ち入らせる。
ユリシーズも後に続き、外の路地を交互に見渡すと、何かの確認を済ませて扉を閉ざした。

「うわぁ・・・・・・!何だかお菓子の世界にやって来たみたい!」

 エミリーはすっかりとパイの世界に魅了されていた。
持っていたクマのぬいぐるみをユリシーズに預け、興味深々にガラスの展示ケースを覗いたり、窓際に売られた商品に鼻を寄せ香りを味わう。
そして、"これは何?これは何?"と店内を行き来し、質問の雨を浴びせる。

「これ皆、フローレンスさんが1人で作ってるの!?」

「まあね、僕もたまに手伝っているけどフローレンスさんほど、上手くは作れないな・・・・・・焼き加減が分からなくて・・・・・・」

「こんなにもたくさんのパイが、どうやって作られるのか知りたい!どこで作られてるの!?」

「え?」

 頭を掻き、恥ずかしい顔をしていたユリシーズの手が止まった。
無邪気な面持ちをやめ、急に嫌気がさしたような眼差しを俯かせる。

「どうしたの?」

 彼の暗い反応にエミリーが首を傾げ、おもむろに聞いた。

「あ、ううん・・・・・・何でもない。パイが作られるところを見学したいんだよね?こっちだよ・・・・・・」

 2人はレジの後ろにあった入口を通り、厨房へと足を踏み入れた。
部屋には調理用の台がいくつも点在しており、中心は生地をこね、象られた作りかけのパイがずらりと並ぶ。
その隣にはチョコのクリームが詰まったボウル、様々な果物の盛り合わせが。
重なったアルミトレーに乗せられ、焼かれたパイと焼く前のパイが綺麗に分けられていたのだ。
多くの数を作るだけあって、オーブンも何台も必要としていた。

「ここが厨房、店で売られてる商品は全部ここで作られてるんだ・・・・・・」

 ユリシーズがやる気を感じさせない、疲れ切った声で言った。

「これ全部1人で・・・・・・嘘みたい・・・・・・!」

 ここでもエミリーは驚愕の反応を示し思った通りの感想を述べる。
しかし、彼女は何かの違和感に気がついた。
一回り厨房を見渡し、ユリシーズの方を振り返ると

「ねえ、ユリシーズ?この厨房、誰もいないよ?フローレンスさん・・・・・・えっ・・・・・・?」

 彼を視界に捉えた途端、エミリーの瞳がピクリと一瞬、大きく開く。
どういうわけか、ユリシーズは泣いていたのだ。
涙で顔をぐしょぐしょに濡らし、彼女をここに連れて来た事に激しい後悔を抱いているように。

「ぐすっ・・・・・・フローレンスさんならいるよ・・・・・・"君の後ろに"・・・・・・」

 その一言にエミリーの背筋に鋭い寒気が走る。
嫌な予感を募らせ、おそるおそる頭を横に捻ると彼女は絶句した。
背後には背が高くサイドテールに髪を結った若い女性が。
光のない目、獲物を狩ろうとする殺意の形相で小さな少女を見下ろしていた。
かざした右手には肉切り包丁の太い刀身が光を反射する。

「・・・・・・あ」

 それがエミリーの最後の言葉となった。
ただ、呆然と見上げていた少女の頭部に刀身が落ちる。
包丁の形をした斧は頭蓋骨を割り、脳をぐちゃぐちゃに粉砕した。
吹き出した血しぶきが返り血としてコックコートを汚し、床を赤く染める。

 ドサッと死体が倒れる音。
逃げるという単純で簡単な術すらも浮かばず、1人の少女は死んだ。
命尽きる寸前に作った顔が地面に横たわり、その目からはようやく涙が零れた。

「ぐすっ・・・・・・ごめん・・・・・・エミリー・・・・・・えぐっ・・・・・・こうするしかなかったんだ・・・・・・許して・・・・・・」

 ユリシーズは悔やんでも悔み切れず、言い訳がましい謝罪を述べて両膝を跪かせる。
良心の呵責に苦しみながら、クマのぬいぐるみを胸に抱きしめた。

「・・・・・・」

 フローレンスは頭に刺さった肉切り包丁を力任せに抜き取る。
傍で泣いている少年に同情する兆しすらもなく

「お菓子、今日はどれくらい売れたかしら?」

 と冷静で少し鋭い声で聞いた。

「えぐっ・・・・・・ぐすっ・・・・・・!」

「もう一度聞くわ。どれくらい売れたの?」

 ユリシーズは鼻を啜り、ぬいぐるみを落とすと鞄を漁った。
僅かなペンス硬貨を乗せた手の平を、彼女に差し出す。

「あら、今日はいつもより売れなかったのね。子供に物売りを任せた私が愚かだったわ」

 フローレンスは非情にも皮肉を漏らし、お菓子の売り上げを回収する。
それをポケットにしまい、今度はその手をユリシーズの頭に手を乗せた。
肌の感触は冷たく、顔は笑っていない。

「でも、よく小さな女の子を連れて来たわね。子供の肉は柔らかくて、私の"特性パイ"には重要な素材になる。よくやったわ」

「ごめんなさい・・・・・・ごめん・・・・・・なさい・・・・・・」

「その"肉の塊"を解体するから、裸にして台の上に置いてちょうだい。床の血は残らず拭き取って、服は焼却炉に捨てて。いいわね?」

 フローレンスはそれだけ頼みを告げると、エプロンを外して厨房から去って行く。
1人残されたユリシーズは涙を拭い、その場を立つ。
そして、エミリーの死体を引きずり台まで運ぶと、上着と下着を取り除いた。

Re: 6ペンスの唄と死神の囁き【短編小説】 ( No.3 )
日時: 2020/05/08 18:28
名前: シェルミィ (ID: FWNZhYRN)

 その日の夜、ユリシーズとフローレンスは2階の住宅で夕食を囲んだ。
丸いテーブルには、きのこのスープにチーズ入りのサラダ、炒められた羊のロース肉が並ぶ。
そして、殺したエミリーの一部を材料に作られたパイも・・・・・・

 ユリシーズは既に泣き止んでいたが、犯した罪に落ち込んだ顔を俯かせる。
例え、空腹を感じても食欲なんて出るはずもないだろう。
人間の肉を喰らう晩餐も、殺した者に対しての祈りも、目の前にいる女も・・・・・・全てが地獄に思えた。

「6ペンスの唄を歌おう。ポケットにはライ麦がいっぱい、24羽の黒ツグミ、パイの中で焼き込められた。パイを開けたらその時に歌い始めた小鳥達、なんて見事なこの料理・・・・・・」

 フローレンスはマザーグースの詩を口ずさんで、スープをかき混ぜる。
鳥のさえずりのような美しい声だが、表情は曇り、楽しそうな様子はない。

「王様いかがなものでしょう?王様お倉で金勘定、女王は広間でパンにはちみつ。メイドは庭で洗濯もの干し、黒ツグミが飛んで来て、メイドの鼻をついばんだ・・・・・・どうしたの?食べないのかしら?」

 詩を一通り終えたフローレンスが声の形を変え、ユリシーズに問いかける。

「・・・・・・」

 ユリシーズは答えない。

「冷めてしまうわよ。早く食べなさい」

「・・・・・・だ・・・・・・」

 その時、ユリシーズは何かを短く呟く。首を傾げる相手に、今度ははっきりと

「もう、嫌だ・・・・・・人殺しの道具されて・・・・・・食べたくもない人間の肉を食べさせられて・・・・・・こんな生活、耐えられない・・・・・・」

 彼の本心を耳にした途端、フローレンスの陰気な表情は更に曇り、ユリシーズを睨んだ。
その優しさの欠片もない形相は殺意意外の何ものでもない。
彼女は手に取ったナイフの切っ先を、テーブルにトントンと叩きつけながら

「・・・・・・忘れた訳じゃないわよね?私の店に盗みに入って、殺されるはずだったあなたの命を救った恩を。その時からあなたは一生、私だけの物。これからも働いてもらうわよ。愚かな奴隷さん」

「お願い・・・・・・許して・・・・・・もう誰も殺したくない・・・・・・」

 フローレンスはいきなり、鋭い銀食器をテーブルに叩きつけ、勢いよく席を立つ。
ユリシーズは思わずビクッと体を痙攣させた。
恐怖と背筋の寒気に震えが止まらず、無意識にその身を縮こませる。

「そう・・・・・・なら、あなたはもう必要ないわ。特性パイの材料にしてあげる。奴隷がいなくても人間の調達くらい、私1人でも事足りるから」

 ユリシーズは椅子から倒れ落ち、逃げようと地面を這いつくばった。
だが、すぐに首の襟を掴まれ、強引に引きずられる。

「いや・・・・・・嫌だ嫌だ!!お願いだからやめて!!殺さないでっ!!」

 少年は泣き叫んで抗うが、女はその命乞いを無視する。
しかし、死にたくない思いは強く、その腕の皮膚に爪を立て拘束を振り払った。

「・・・・・・っ!このガキ!」

 フローレンスは痛みに歯を噛みしめると、怒りに任せてユリシーズを突き飛ばした。
少年の背中がテーブルにぶち当たり、上に乗っていた夕食や食器が降りかかる。
頭にスープが零れ、白いシャツに汚れが色づく。
そして、フローレンスは再びユリシーズに掴み掛ろうとした。

 その時、手元に偶然、硬く冷たい感触が伝わった。
ユリシーズはとっさにそれを掴み、自分を殺そうとしている狂人の頭に振り下ろす。

「がっ・・・・・・!!」

 硬い物がぶつかり合う鈍い音。
ガラス瓶を頭に叩きつけられ、フローレンスは顔を覆い引き下がった。
痛手を負わせた事にほんの一瞬だけ救われた気がした。
しかし、その感情は深い後悔へと変わっていく。

 フローレンスは手を退かし、再び少年に視線を戻した。
髪は血で染まり、深紅の体液は涙のように目を伝う。
顔を触った指にも血は付着していた。

「・・・・・・っ」

「あ・・・・・・ああ・・・・・・」

 取り返しのつかない過ちにユリシーズは謝ろうとするが、喉が塞がれたように声が出ない。
頭上に椅子を叩き落とされたのは、その直後だった。

「あああああああ・・・・・・ぐむっ!?」

 フローレンスは外に悲鳴が漏れないよう、ユリシーズの口をタオルで塞いだ。

「うぐうー!!むぅー!!」

 暴れる少年に跨り、強引にねじ伏せるとロープで体を縛りつけた。
右手を腰にやり腹部に括り付け、両足の自由を奪う。
左手だけは縛らず、関節を真っ直ぐに押さえつける。

「・・・・・・むぐっ!?」

 嫌な予感を募らせたユリシーズは横顔で上を見上げ、真っ青になった。
フローレンスは肉切り包丁を振りかざし、殺してやると言わんばかりの形相でこちらを見下ろしていたのだ。

「うぐー!!ぐむっ、ぐむぅー!!」

 憎悪がこもった力任せの肉切り包丁が、腕の関節に叩きつけられる。
刀身は肉を断ち切り、骨に裂け目を入れる。その深い傷は神経に響き渡って、気が遠のく激痛を生んだ。
跳ねた黒い血が、至る所に点々と降りかかる。

「ぐむううぅぅぅぅっ!!」

 体を切られる感覚にユリシーズは悲痛の叫びを上げた。
目線を上にやり、赤子のように顔を涙と唾液で溢れさせる。

「う・・・・・・ぐふっ・・・・・・ごふぇ・・・・・・!」

「今のは痛かったわ・・・・・・凄く痛かった!!」

「ぐおぁぁぁぁ!!」

 狭い部屋に響く怒鳴り声と悲鳴、容赦ない2回目の刃が落とされる。
幼い腕はほとんど切断され、輪切りにされた肉と骨が剥き出しに。
千切れてしまいそうな薄い皮膚が唯一、関節を繋ぎ止めていた。

「がっ・・・・・・あ・・・・・・あああ・・・・・・」

 フローレンスは荒い呼吸を繰り返し、ユリシーズの腕をもぎ取った。
片腕を失い、大人しくなった少年をキッチンから連れ出す。
廊下を引きずり、寝室の扉を開けると乱暴に放り込んだ。

「うう・・・・・・ぐっ・・・・・・!」

「お肉の数は十分だから、今夜だけは生かしておいてあげるわ。明日の朝、喉をゆっくり掻き切ってあげる。逆らったりしなければ、生き永らえていられたのに・・・・・・哀れな子。死ぬ時が来るまで、そこで反省してなさい」

 無慈悲な死刑宣告を告げると、血だらけのフローレンスは扉の隙間を閉ざし、外側から鍵を掛けた。
だんだんと遠のいていくリズムの乱れた足音。
頭に負わされた傷が応えたのか、"うっ・・・・・・"と短い唸り声が微かに耳に届く。

Re: 6ペンスの唄と死神の囁き【短編小説】 ( No.4 )
日時: 2020/05/15 18:22
名前: シェルミィ (ID: FWNZhYRN)

「はあ・・・・・・はあ・・・・・・ここから逃げなきゃ・・・・・・明日になったら殺される・・・・・・」

 ユリシーズは念のため施錠されて開かない扉を確認した。
何をしているのか知らないが、あの女が様子を覗きに来る気配はない。
安堵の息を漏らして、すぐに向き直ると部屋の隅へ行き、窓を開けた。
外は激しい雨が降っている。止む気配のない夜の土砂降りの音。冷たい水しぶきが上半身に降りかかる。

 ユリシーズは手すりに手を乗せ、1階の地面を見下ろした。
すると、上階との間にカバーが広げられている。
一旦、あそこに乗って着地すれば・・・・・・地面に降りても怪我をしなくて済むかも知れない。
早速、手すりに足をかけ、慎重に身を乗り出す。しかし・・・・・・

「・・・・・・うわっ!」

 片腕のない体はあまりにも不慣れなもの・・・・・・
足を滑らせたユリシーズはバランスを崩し、2階から派手に落下した。
手すりに手を伸ばしたが間に合わず、下階に脚を強打してしまう。
骨が折れる音、下半身に衝撃が伝わる。

 張り上げた悲鳴さえも雨音に溶け、かき消される。
雨は容赦なく降り注ぎ、哀れな少年に無数の水滴を叩きつけた。

「・・・・・・ああ・・・・・・あ・・・・・・し、死にたくない・・・・・・こんな所で・・・・・・!」

 ユリシーズは生き延びたい思いを歯を食いしばって立ち上がった。
折れた脚を引きずり、人肉のパイを作る店から逃げ出した。
後ろから肩を掴まれそうないるはずのない気配。
振り返ったらあの女がいる。そう想像しただけで心臓が裂けそうなほどに痛む。

 朝とは違う夜の街に普段の明るい景色はなく、世界そのものが異なっていた。
建ち並ぶ明かりの消えた家々。黒く聳えるまるで自分を監視しているような、まわりの全てが害をなす存在に思えた。
大量の出血と激痛、そして命を殺されかけるという、精神の錯乱が悍ましい幻覚を生み出すのだ。

 ユリシーズは雨に濡れながら、助け求められる場所を必死になって探した。
すると、遠くの位置に微かに灯った灯かりが視界に映る。
それは丘の上に建つ一軒の教会。
絶望に溺れた気持ちが和らぎ、宿った希望に救われた気がした。


 ユリシーズが見た教会の明かりは幻覚ではなかった。
彼は門をがさつに開き、丘の坂道を駆け上っていく。
濡れた地面に足を滑らせ、派手に転んでもすぐに起き上がり、走る事をやめなかった。

「はぁ!・・・・・・はあ!誰かっ・・・・・・!誰かいませんかっ!?・・・・・・お願い、助けて下さいっ・・・・・・!」

 ユリシーズは教会の玄関に辿り着き、扉にぶち当たった。
倒れても扉に寄り添い、必死に助けを求める。
ドンドンと硬い音を響かせる力強い片手だけの拳。
皮膚や骨を打ち付けるその痛みさえも次第に薄れていく。

「・・・・・・お願い・・・・・・誰か・・・・・・」

 遠のく意識に限界を感じた時、扉が開く。
中から現れたのは顔がしわだらけの老婆。
彼女は扉の隙間から顔だけを覗かせ、外を誰もいない事に不可解さを感じたが、足元を見下ろすとユリシーズの存在に気づく。

「どうして、こんな夜遅くに子供が・・・・・・っ!!まあ酷い!何があったのっ!?」

 老婆は腕のない少年を見て唖然とした。
無意識に驚いた口を覆い、哀れとしか言いようがない姿に涙が滲む。
彼女はとっさに弱り切ったユリシーズを抱き上げ、教会の中へと連れ込んだ。

「ああ、神よ!ロザンナッ!すぐに医療品を持って来なさい!急いでっ!!」

 奥の祭壇から様子を窺っていた若い修道女が、突然の勢いに言葉を詰まらせる。
簡単な返事も返せぬまま、頼まれた物を取りに別の部屋へと走った。

「神よ・・・・・・どうか、この子に救いの手を差し伸べて下さい・・・・・・!」

 老婆はユリシーズを椅子に寝かせると、自身のローブを引き千切り、黒い布切れで関節から先がない腕の傷を塞いだ。
少年は沈黙し、細い目蓋の間から光の消えた目で彼女を見つめる。
霞んだ視界が黒く色づき始め、自分を救おうとする声も、まるで向こう岸にいるように遠く・・・・・・

「死んじゃ・・・・・・め・・・・・・まだ、神・・・・・・せ、か・・・・・・い・・・・・・べ・・・・・・いわ・・・・・・!」

Re: 6ペンスの唄と死神の囁き【短編小説】 ( No.5 )
日時: 2020/05/24 19:10
名前: シェルミィ (ID: FWNZhYRN)

20年後・・・・・・


1923年 8月12日 午前10時44分 ロンドン商店街 オックスフォード・ストリート

「あ、いらっしゃいませ!」

 店に入ると1人の青年がいて、笑顔で客を出迎える。
彼の手前にはどれも甘くて美味しそうなケーキがずらりと並ぶ。
青年は短いボサボサの髪を生やし、大きな目と精悍な顔を持つ。
チェックのスカーフを撒いたコックシャツを着ていた。

 どこにでもいそうな、平凡な若々しい成人男性。
違和感がある部分を挙げるとすれば・・・・・・長袖の先からあるはずの手が出ていなかった。
そう、その青年には右腕がなかったのだ。

「こんにちは、オリビアさん。また来て下さったんですね?いつもありがとうございます」

 オリビアと呼ばれた老婆は青年と感情を合わせ

「可愛いユリシーズくんのためだもの。毎日でも来ちゃうわ」

「ははっ、ありがとうございます。今日はどんなお菓子をお求めでですか?」

 ユリシーズは照れ笑いし、オリビアに買い物の話を持ち掛ける。

「チョコレートショートとブルーベリーのミルフィーユを2つずつ。あと、モンブランを1つお願いするわ」

「畏まりました」

 彼は笑顔のままこくりと頷き、肯定の返事を返すとケーキ棚のケースを開いた。
頼まれたケーキをプラスチック製のトングを用いては、丁寧に手際よく箱の中へと入れていく。
蓋を閉ざすと、商品を来客に差し出す。

「お待たせしました。5ペニーです」

 オリビアは"はいはい、ちょっと待ってね"と少々焦り気味に財布を探した。
ようやく支払いを済ませ、自身が注文した商品を受け取る。

「ユリシーズくんは本当に働き者ねぇ。右手がない時点でかなり大変なのによく頑張るわ。うちの主人もあなたを見習うべきよ」

「ははっ、そんな事ないです。こういう生活にはもう慣れましたし、大切な人達がいるから僕は幸せですよ」

「何かあったら、遠慮なく私達を頼っていいのよ?この街の人達は皆、あなたの味方なんだから」

 オリビアは優しい言葉を別れの挨拶代わりに、上機嫌な面持ちで店を後にした。

「お買い上げありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 静かになった店の中で1人、ユリシーズは爽快な吐息を吐き出す。
そして、左手だけを天井に向け、うんと背伸びをする。
ふと、彼の視線は偶然、レジの傍に置いてあった写真立てに重なった。
写真には老いた修道女と、その隣に小さな少年が写っている。

「あれから20年か・・・・・・この人がいたから、今の僕があるんだ。救われた恩は一生忘れない。そういえば、もうすぐ彼女の命日だったね。その日が来たら、お墓に花束を添えてあげよう」

 ユリシーズは手に取った写真立てを元の置き場に戻した。
次に下の棚から、くしゃくしゃになった古い新聞を取り出す。
柔らかい顔を真剣な顔に一変させ、

「地獄だった・・・・・・あの時の生活は絶望でしかなかった。体と心に負わされた傷は生涯、消える事はないだろう・・・・・・そして、僕が犯してしまった罪も・・・・・・僕が助かった後、警察はあのパイ屋に家宅捜査を行った。だけど、店に人の姿はなく人肉のパイだけが大量に発見された。犯人のフローレンスも未だに見つからないまま・・・・・・」

 これで何度目か・・・・・・書かれた記事を読み直すユリシーズ。
眉をひそめ、その手を小刻みに震えさせる。

「パパァ!」

 その時、背後からユリシーズを呼ぶ可愛らしい声が。
はっと我に返り、振り返ると幼い子供が立っていた。
好意に満ちた表情で父親を見上げる。

「どうしたんだ、ジェームズ?おいで・・・・・・」

 ユリシーズは膝まづくと自身の我が子の髪、頬を優しく撫でた。
そして、五体不満足な体でそっと抱きしめる。

「パパ!僕ね、絵を描いたんだよ!パパとママ、それと僕が作ったケーキでたくさんの人を幸せにする絵!」

「そんな素敵な絵を描いたのか。じゃあ、父さんにも見せてくれないか?」

「うん!」

 ユリシーズは我が子に手を引かれながらレジを離れようとしたが、その時に店の扉が開いてベルの音が鳴った。

「あ、いらっしゃいませ!」

 ユリシーズは少し焦って姿勢を正すと、訪れた来客にいつもの態度で挨拶をする。

「・・・・・・誰?お客さん?」

 人見知りしたジェームズは父親の脚の影に隠れ、顔半分だけを覗かせる。

 やって来た客人は、どこか違和感を覚える異様なものだった。
日差しが強い真夏の季節だと言うのに、どうしてか厚着の格好をしていたのだ。
茶色の冬用のコートを羽織り、ロングスカートにタイツで素足を隠している。
フードで頭部を覆っているため、口元以外は影でよく見えない。

「ジェームズ、先に部屋に戻ってなさい」

「ええ〜!?せっかくパパに僕の絵を見せたかったのにぃー!」

 期待を裏切られ、機嫌を損ねるジェームズにユリシーズは柔らかく微笑んで

「これが済んだら必ず行くから。約束する」

「分かった・・・・・・約束だよ」

 父子は指切りを交わし、ユリシーズは再び店員の役割につく。
風変わりな客人は物静かな雰囲気を漂わせ、店の隅にあるチョコとラスクをじっくりと眺めている。
しかし、彼女は何かを買おうとする兆しはなく、何故かその場を動かない。

「何をお求めでしょうか?」

 ユリシーズはその怪しさに微かに寒気がしたが、普段通りの接し方を心掛ける。
すると、女性は目の前のお菓子を指差し

「チョコとラスク・・・・・・1個ずつ頂けないかしら?」

 と力のない声で聞いた。

「チョコとラスクですね?畏まりました」

Re: 6ペンスの唄と死神の囁き【短編小説】 ( No.6 )
日時: 2020/06/04 21:29
名前: シェルミィ (ID: FWNZhYRN)

 ユリシーズは客の元へ行き、手前にあったお菓子を手に取る。
箱に詰め、会計しようとレジの方へ戻ろうとした時

「うわっ・・・・・・!?」

 突如、女性はユリシーズに後ろから抱きついた。
予想だにしなかった行為に彼は無意識に驚きの声を上げる。
その弾みでお菓子を床に落としてしまう。

「お、お客様・・・・・・?」

 ユリシーズはおそるおそる、問いかけると

「6ペンスの唄を歌おう。ポケットにはライ麦がいっぱい、24羽の黒ツグミ、パイの中で焼き込められた。パイを開けたらその時に歌い始めた小鳥達、なんて見事なこの料理・・・・・・王様いかがなものでしょう?王様お倉で金勘定、女王は広間でパンにはちみつ。メイドは庭で洗濯もの干し、黒ツグミが飛んで来て、メイドの鼻をついばんだ・・・・・・」

 女性はユリシーズの耳に顔を寄せ、6ペンスの唄の口ずさんだ。
それが何を意味しているのか悟ったユリシーズの背筋が凍る。
瞳孔が開いた目、震えが止まらくなり、心は絶望の色に染まっていく。

「しばらく見ない間に大きくなったわね・・・・・・?見違えたわ・・・・・・あんなに小さかったのに、今では子供思いの立派なお父さん・・・・・・」

「あ・・・・・・ああ・・・・・・」

「あなたのせいで、私は何もかも失った・・・・・・大好きだったパイ作りも生き甲斐だった仕事も・・・・・・殴られた頭の傷もまだ痛むわ・・・・・・」

 頭が死の確信に埋め尽くされる中、ユリシーズはどこにでもなく叫ぼうとした・・・・・・けれど、"助けて"という簡単な一言すら出せなかった。
逃げる術さえ思いつけないまま、喉に肉切り包丁の刃が触れる。

「あの時、言ったはずよ?喉をゆっくり掻き切ってあげるって・・・・・・!」

 フローレンスは語尾の台詞に憎悪を込め、肉切り包丁を食い込ませた。
薄い皮膚が裂け、刃に深みを抉られ、黒い血が一気に溢れ出る。
そして言葉通り、ゆっくりと硬い肉筋を強引に切断していく。

「ごぇ・・・・・・げっ・・・・・・があああ・・・・・・」

 声帯をも千切られ、ユリシーズは枯れた唸り声を上げた。
目線をぐるりと上にやり、舌が垂れた口から大量の吐血をきたす。
抗おうとしていた力も次第に弱くなり、やがて左手は真下にぶら下がった。

「ふ、ふふ・・・・・・あはははっ・・・・・・!」

 血に塗れたフローレンスは報復を果たした事に歓喜し、狂気に満ちた笑みを浮かべた。
光のない細目を開き、動かなくなったユリシーズを押し倒す。
死体は横たわり、首から流れ出た血が床に真っ赤に染めて広がる。

「もう子供との約束は果たせないわね・・・・・・さようなら、可哀想なユリシーズ・・・・・・」

 フローレンスはクスクスと永遠の別れを言い残し、店から立ち去って行った。


「ねえ、パパァ!まだ〜?」

 待ちくたびれたジェームズが再び売り場へとやって来た。
退屈そうに呼びかけるも返事はない。
彼の視界に映ったのは店の隅で倒れている父親の姿。

「パパ・・・・・・?」

 ジェームズは画用紙を落とし、ゆっくりとユリシーズに近づく。
ぴちゃんと水が跳ねる音に気づき、足元を見下ろすと血の池を踏んでいた。
そして、初めて父の身に起きた悲劇を知り

「・・・・・・ママァ!!ママァ!!パパがっ・・・・・・!パパがぁっ・・・・・・!!」

 悲鳴のように叫んで泣きじゃくった。
ただ事ではない我が子の声に母親が血相を変え、駆けつける。
"どうしたの!?"と声をかけようとした矢先、子供の傍で横たわる夫を目の当たりにしてとっさに口を手で覆った。

「え・・・・・・う、嘘よね?ああ、そんな・・・・・・どうして!?あ、あなた、あなたぁぁっ!!」

 母親も泣き崩れ、夫の死体に覆い被さる。
まだ体温が残った生温い体を何度も何度も揺すった。
大切な人はもう、起き上がらない事も返事を返さない事も分かっていた・・・・・・しかし、死を受け入れられない感情が無意味な行為をやめさせてはくれなかった。

「起きてっ!起きてよぉ!!お願いだからぁ・・・・・・!!」

「パパァァァ!!うわあああん!!」

 哀しみに誘われるように空に立ち込めた暗雲・・・・・・
淡々と降り注ぐ水は、幸せを失った母と子の絶望の叫びさえも掻き消した・・・・・・
ユリシーズの抜け殻は血を吐いて倒れているだけ・・・・・・愛しい家族に囲まれても二度と笑顔を繕う事はなかった・・・・・・


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