ダーク・ファンタジー小説
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- Jet black- Butler&Lady
- 日時: 2020/08/10 15:59
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12710
2020.8.1
知っている方はこんにちは、初めましての方は初めまして、雪林檎と申します。
普段はコメディ・ライト板にて執筆をしています。
ダーク・ファンタジーには憧れを持っていて一度そういうテーマの小説を書いてみたいなぁッと思って投稿しちゃいました。
未熟な小説ですが何卒宜しくお願い致します〜。
————— 見たくないものまで見え、聞きたくもないものまで聞こえる。
それが、現実。
それこそが、“悪夢”。
夢を見続ける君が真実を、知る時、全てが崩れ落ちる—————。
それが夢か、現実か。判断するのは君だ。
*table of contents
・Opening >>1
・Character >>2
・Read all at once >>0-
・chapter One >>3-4
・『Where's the boy whose stomach was torn』事件 >>5-11
*Genre
・シリアス 85%
・ラブ 15%
*Novel information
・執筆開始/2020.8.1
*Author's request
・荒らしコメは一切受け付けておりません。見つけた場合は連絡します。
・不定期更新。
・流血表現が多々あり、死亡表現あり———苦手な方はGo,back!
- Re: Jet black- Butler&Lady ( No.2 )
- 日時: 2020/08/10 16:30
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
【 Character 】
≪私は……誰?≫
◇ベルデ・グランヴィル Verde・Granville
広大な領地を治めているグランヴィル伯爵家・現当主の深緑の髪と紅茶色の瞳を持った少女。物語開始時15歳。
長い髪を耳の下で二つのお団子に結っている、情報仕立て屋が仕立てたゴスロリチックのデザインを好んでいつも落ち着いた色のドレスを着ている。美少女。
細身で華奢な体躯で元々、身体が弱く喘息持ちで猫アレルギー。
内向的で後ろ向きの思考していて何らかの原因から記憶を失っている。
≪こういう時はすぐに呼んで下さい≫
◆キール・アレスター keel・Arrester
黒髪にアメジストの瞳を持った美しい4歳上の青年。高身長。
ベルデとは幼馴染だと言う。品位・教養・武術・料理・容姿など、すべてにおいて完璧。
孤児院育ちらしく見下されることが多いが表情を変えず、耐えている。
彼が表情を変えるのはベルデだけ。
その物腰は柔らかく極めて謙虚でベルデの事を一番に考えているのだが、慇懃無礼に毒舌や皮肉を吐くことがある。
初めての事も卒なくこなすことが出来、少しの事じゃ疲れない。
従順なる守護を執り行う秘書兼執事、燕尾服を着ている。ルーカスを嫌っている模様。
≪褒めても俺からは残念ながら何も出ませんよ≫
◆ルーカス・ノルマンディー Lucas・Normandy
実はベルデの元・婚約者。彼は知られたくなかったよう。
赤みがある金髪に翡翠の瞳を持つベルデと一つ下の少年で従弟。
剣術を得意としている。
軽薄で小生意気な性格だが愚痴をこぼしながらも与えられた役目はきっちりこなす。
交友関係が広く社交的な面もある。
また、幽霊などが苦手。影で歳が一つ上であるベルデを「クソガキ」、「ひよこ豆」と蔑んでいる。
新たに付いた守護を執り行う秘書兼執事。
≪やあ、吾輩は情報仕立て屋だよ〜今後ともどうぞ御贔屓に〜≫
◆情報仕立て屋
グランヴィル伯爵家御用達の情報屋、もはや服の仕立ても何もかも出来るので何でも屋と言った方が良い。
ファッションの事にはちょっと煩い。
自分の事を一切話そうとせず口癖は「御想像に任せるよ」。
独特の笑い方と一人称や口癖、そして特徴的なミルクティー色の髪で目元を隠している。小さな涙ぼくろがある。
≪良かった……心配したのよ、ベルデっ!!≫
◇ルージュ・ノルマンディー Rouge・Normandy
ベルデの伯母であり、ルーカスの母親。肩で切り揃えられた赤レンガ色の髪が特徴的。
非常に厳格で規律に厳しく、惰性と欲を何より嫌う。
噂では、名門ウィリアム寄宿学校時代に見初められ結婚した模様、口々にルーカスを叱っているが家族の事が大切。
結婚後も日々の鍛錬を怠らず、若き日の強さと美貌を保っている。
フェンシングの他に狩猟も得意としている。
一方では「社交界の高き薔薇」とも呼ばれる彼女は両親を亡くしてしまい記憶まで失ってしまったベルデを心底可愛がっている。
≪一応、自己紹介をするわね。英国女王であるヴィクトリアと言うわ≫
◇ヴィクトリア Victoria
英国女王。
ベルデを「姫」と呼び、今は亡きベルデの父・ジョージアのことも高く買っている。
長いオフホワイト色の髪と白薔薇を髪飾りにし、その顔立ちに映えるブルネットの瞳が特徴的な、花嫁のようなドレスに身を包んでいる。
いつも微笑みを絶やさず誰に対してもフレンドリー。無邪気で子供っぽいが、穏やかで包容力があり、心優しい。
しかしながら華やかなその外見と大聖母のような性格とは異なり、自分の欲求を満たせない者への処罰時には厳格で冷酷になる。
薔薇には執着が凄く、白いことにこだわりを持っている。
≪ボクはザーシャ・カルティア。仕事はキール君達と同じかな、ちょっと戦闘が多いだけで≫
◆ザーシャ・カルティア Sascha・Cartia
一人称は「ボク」。
黒髪を三つ編みに結った少年で女の子っぽい緑の蛍光色の猫目に眼鏡を掛けている。
人間の命や進化に異常なまでの興味を抱いている。
いわば変人、あるまじき行為、喋り方をする。対等に女王と会話ができる唯一の存在で守護を執り行う秘書兼執事で白い燕尾服を身に着けている。
《お着替えに参りました、専属メイドのマルシェと申します≫
◇マルシェ・エイリー Marche・Ary
ベルデの専属メイド。
雀斑に栗毛を結ってメイドの服を着こなした陽気な雰囲気が漂う女性。
明るくて優しい、ヴィクトリアを強く支持している。
≪是非、アイビーとお呼びになって下さい≫
◇アイビー・エインズワース Ivy・Ainsworth
茶の混ざった金髪に碧眼と言った純イギリス人。
侯爵夫人でベルデと歳が離れているが仲が良かった模様。
夫を亡くしている。
キールと考えが同じでルーカスを目の敵にしている。
□???(レーヴ)Rave
ベルデが創り出した幻想のような不安定でしかない存在で本人曰く「ベルデの道しるべ」。
鏡を合わせたようにベルデと瓜二つの容姿をして白いワイシャツに身を包んでいる。
少年に見えるが性別を判然出来ないほど美しく華奢。
切って張り付けたような微笑みを浮かべている。
心の中だけでなく現実でも現れることがある。
■ジョージア・グランヴィル Georgia・Granville
故人。ベルデの父親。グランヴィル伯爵家先代当主。深緑の髪に金瞳。
常に穏やかで物腰の柔らかい人物で非常に頭の切れる利益主義者だったらしい。
□ソフィア・グランヴィル Sofia・Granville
故人。ベルデの祖母。
グランヴィル伯爵家初の女当主を務めた偉大なる女性。
- Re: Jet black- Butler&Lady ( No.3 )
- 日時: 2020/08/01 16:35
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
01 「記憶を失くした女当主は」
「……、……夢?」
その内容は起きると同時にあっさり消えてしまっていた。
全身に汗をかいている時点で良い夢ではないことは明白だろう。
はぁっと息を吐いてから眼を開けると、白い大理石の天井、そして床が視界に入る。
家具もまともに置いていない、けれども置いている家具の存在感は大きい部屋をわたしは見渡す。
降りやまない雨が窓と地面を打ち付けているのが見える。どんよりとした雲を見つめた。
雨に寄っての湿気なのか心なしか空気が潤っている感じがする。少し肌寒い、だけど。
雨音が奏でる自然の音楽は私の不安でしかなかった心身を癒してくれていた。
ふかふかの布団の上で雨音をもっと感じようと眼を瞑った直後、辺りを驚きと嬉しさの二つの感情が入り混じった声が響いた。
——————コンコン。
重力に沿って伏せ始めていたわたしの瞼はその直後、筋力で上げられる。
瞼が筋力で上げられたわたしはノック音がして急いで、布団に潜り込む。
何故、このような行動をとったか自分でも解らなかったがとても安らいでいた心は恐怖心に覆われていたのは解った。
「お嬢様、お目覚めになられたのですね……!」
歩いているには凄まじいスピードで誰かが近づいて来る。
そーっと布団を上げて辺りを見回してみると黒い、艶のある服が視界の端に見えた。
「……お目覚めになられて早々、どうしたのですか。子供のように怯えて……グランヴィル伯爵家25代目当主であるベルデ・グランヴィル伯爵……グランヴィル家の中で二代目となる女当主の貴女様はそんなことはしませんよ」
声から男なのだろう、男は厳しい口調でわたしに話し掛ける。
グランヴィルだとか25代目だとか……ベルデだとか解らない。厳しい言葉にわたしは更に体を震わせる。
キュッと下唇を噛み、拳を握り締めた。
「そうですね、お嬢様は言ったら止める御方です。こんなことはしません……貴女は誰ですか、答えないのなら無理矢理でも布団を剥がします」
確認を取った男は身なりを整え、布団のすそを掴むと弧を描くように腕と布団を剥がしとる。
布団が勢いよく剥がされ、わたしは布団を持ってサッと綺麗に畳み込む男を凝視する。
黒い燕尾服を着こなし、胸元には金色のブローチをしていた。
黒髪のアメジストの瞳……随分と端正な顔立ちをした男と言うわりには青年と言った方が良い年頃に見えた。
わたしを凝視する青年は呆気にとられた表情で口を動かす。
「嗚呼、何だ不法侵入者と思ったらお嬢様ではないですか。悪ふざけが過ぎますよ、この“キール”を馬鹿にして面白いですか?」
彼の名前はキールと言うのだろう、自分の事をキールと呼ぶ。
顰めた顔になったキールさんの言っている意味が解らなかった。
悪ふざけでも馬鹿にでもしていない、自分が、キールさんが、此処が、誰かどこか解らなかった。
しがみ付いていたシーツから手を離すように言われて、手を付いて起こそうとすると身体中が軋むように痛んだ。
「……、……ッ!」
痛みで倒れそうになったわたしを燕尾服を着たキールさんは優しく受け止める。
「お嬢様、無理をしないで下さい。二週間も眠っていたのですから」
直後、聞き覚えのあるキールさんの声が吐息と共に耳元に届く。
耳元を彼の吐息が擽られ、ぞくぞくッと虫に這われるように感じた。
何故、わたしは二週間もこの大きくふかふかのベットの上で寝ていたのか、何をしていたんだろう、ということが全く思い出せない。
一人で使うには広すぎる大きな部屋—————まるで崇められているような感じがする。
彼を見つめる。
「……っ此処は……貴方は誰ですか……?」
そう言葉を投げてみると真顔で私を凝視する。
「え。あの、わたし……っ何か変なことを言いましたか?」
唇に指先を当て彼の表情を窺う、絶望に満ちた顔だった。
「っまさか……医者の言っていた通りだな……何か思い出せることはありますか?」
独り言を呟きながらわたしの反応を窺ってくる彼に応えようと必死に眼を瞑るが自分の名前すらも思い出せなかった。
それなのに不安な気持ちなど湧きおこってこなかった。元々楽観主義なのかそれとも今のわたしの思考なのか。
「………わたしは誰なんですか、名前を教えて頂けませんか」
何もわからないわたしにとって目の前の人物だけが情報源だ。
ドキドキと鼓動が速くなる、そして、頬のあたりが興奮しているのか熱くなる。
「さっきも言った通り、貴女様はこの広大な領地を治めるグランヴィル伯爵家25代目当主であるベルデ・グランヴィル様です」
——————ベルデ・グランヴィル——————。
『……グランヴィル家の中で二代目となる女当主の貴女様はそんなことはしませんよ』
あの言葉を思い出す。
それがわたしなのだと息を呑む。ふと彼の顔を見つめるとアメジストの瞳が日光に当たってキラッと光る。
「……キール・アレスター。私の事はキール、とお嬢様は呼んでいました」
シャールは薄い唇を静かに閉じると懐かしむように遠くを見た、そしてわたしを安心させようと思ったのだろう、柔らかい微笑みを浮かべる。
「はい、それで貴方とわたしは————」
どういう関係なんですか、と聞こうとして躊躇した。
とても良い質問ではない気がした。
考えを察したのかキールは口を開く。不自然に途切れた質問を理解し、キールは何とも思わない真面目な顔で答えてくれた。
「幼馴染です」
幼馴染と言うその深いアメジストの瞳には強い光が奥底に灯していた。
思わず吸い付くように見つめてしまう綺麗で宝石の瞳にわたしは思わず、顔を逸らす。
幼馴染とは幼少時から親しくしているという意味の言葉だ。
私はこんな綺麗な人と幼馴染なのか、と感慨深くなる。
そして。
——————幼馴染なのに何故、敬語をわたしに使うのだろう?
と、小さな疑問が胸を過ぎる。
「あの……わたしの幼馴染なのに敬語で話すのは変じゃありませんか」
私の疑問に対し、あっ、と唇を動かす。
自分を指さしながら説明を始めてくれる。
「……私とベルデ様は執事と主と言う関係にあるので気にしないで下さい」
キールはわたしの執事、主従関係にあるという事なのか。
だから燕尾服を着ていたのか。
これまでわたしの身の回りをすべてやってくれていたのかと思うと頭が上がらなくなる。
「記憶喪失の件も医師からの診断は原因不明と言われたんですが心の負担によると推測されたんです……それなのに私という者は今日は女当主など……いっぱい話しすぎて心にも脳にも負担がかかったと思われます、ゆっくり休んで下さい」
原因不明の記憶喪失、それはもしかしたら心の負担……他人事のように思えてしまう。
布団を優しく掛けられ、寝かさられる。
「あとで軽食を持ってくるようハウスメイドに頼みますから、待っていて下さい」
にこりと微笑まれ、わたしは首を縦に振った。
- Re: Jet black- Butler&Lady ( No.4 )
- 日時: 2020/08/03 10:33
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
02 「真っ白の心の中で、一人の少女と道しるべと言う××は」
暗闇。
完全な暗闇の中に、ベルデ・グランヴィル伯爵は立っていた。
その闇を見回し、不安そうな子供の顔つきで小首を傾げ呟く。
「………こ、此処は……どこ……?」
だが返事はない。
記憶を失った、たったの15歳の少女。
溢れるばかりに幼馴染で執事と言うキールから自分はこの歳で広大な領地を治める伯爵だと伝えられた目覚めたばかりの少女。
普通では心が押し潰されてしまいそうな情報に彼女は生きようとした。
彼女には両親がいた、父はジョージア・グランヴィルと言う立派な当主だった。
両親に、家族に愛され続けられてきた彼女は目の前で両親、家族の命を奪われた。
今までずっと独りで生きてきた。
「今……何が起きているの……?」
だが答える人はいない。
質問しても答えてくれる人のない環境で育った。
彼女は知らない。
まだ、何も。
思い出せない頭に殻を乗せた雛鳥のまま。
だから、目覚めてから独りでずっといる気分だった。
黒い霧の中で、独りぼっち。
唯一の救いは執事であるキール、彼はできるだけ傍にいてくれる。
いや、裏をかけばそれが彼の仕事だから傍にいてくれるのだ。
それか、同情から。
今日もそうだ。
自分が此処に来る前の記憶も憶えていない。
目を閉じて、力強く張ってみると周囲の闇が晴れた。
天も、地も、地平線も、見渡す限り真っ白な世界。
「……、極端……」
誰も救いに来ない真っ白な世界。
ふうっと息を吐くと自然と流れてきた涙をそっと拭う。
「此処はどこかくらい……教えてくれたっていいじゃない……」
今までのように返事が返ってこないと思ったところで珍しく声が返ってきた。彼女の疑問に対する答えが返ってきた。
《……おはよう、ベルデ。此処は君の夢の中だ》
どこから響く声かはわからない。頭の中に直接語り掛けられているような声だった。
「誰ですか……?」
訊くと、声は答えた。
《君が創り出した道しるべだよ》
「道しるべ?」
と訊いてから、自分の胸元に手をやる。
「貴方はわたしが創り出したの?」
《嗚呼、そうだよ。記憶を失くした今はか弱い少女の、君の道しるべ》
「姿はないの?」
《あるさ、君が見ようとしないだけ……》
その含みのある言葉にベルデは眉を顰める。
見てみたいと思っているのにも、見ようとしないだけというのはどういうことなのだろう。
「ちなみに、貴方には名前があるの?」
《“今は”言えない、その時が来るまでの名前を君が付けて良いよ》
今は、とは何だと思いながらも問い詰めようとはしなかった。
実際にただ情報を言われるだけで押し潰されそうになった。
「……」
創り出した、夢のような……。
“レーヴ”とはどうだろうか、ふむ、と顎に手をやり考える。
《分かった、“レーヴ”と名乗ることにしようか》
言葉に出してもないのにパッと良い名だと思いついた名前を名乗ると言い出す。
「ど、どうして言葉にもしていないのにわたしの考えが解るの?」
少し狼狽えてしまった、驚いたピッタリと言い当てたことに。
もしかしてこちらの考えが読めるのだろうか。
《うん、そうだよ。僕は君の考えていることが解る……君は僕だからね》
「貴方は私……?」
と、俯き呟いたところで顔を上げる。
するとそこに、いつの間にか自分と瓜二つの少年が立っていた。
少し体の割には大きい白いワイシャツに身を包んで深緑の髪と紅茶色の瞳を持った同い年ぐらいの男。いや、もしかしたら女かもしれない。
彼、もしくは彼女は余りに美しく性別が判然出来なかった。
ただ、これだけは言える。
“彼と、もしくは彼女とは絶対、会ったことがある”
そして。
“彼と、もしくは彼女と私は関係がある”
見覚えのある瓜二つの容姿に聞き覚えのある自分の声を低くしたような甘い声、自分が創り出したのからかもしれないが親しみのある口調。
《嗚呼、そうだよ。そう考えるのは正しい、僕がこの姿なのも君と関係があるからかもね》
楽しそうに妖美に微笑む。
「そう考えるのはって間違っているの?」
そう訊くとさあ、と笑って見せてくる。
考えが読めない。
ベルデはジッとを見つめる。
「ねぇ、さっきの話の続きをするけど私が貴方だから考えが解るって言ってたけどわたしが貴方の考えを知ることって出来るの?」
そう、訊く。
そして心の中で相手の事を知ろうとする。
するとレーヴが笑ったまま、心に防御壁を作るのが判った。壁を高くし始めたことが判り、ベルデの意識が届かないように心を守る。
それにベルデが頷き、
「嗚呼、心を見せないようにするには、そうするんだね」
自分の心にも壁を作る。
自分の心が、はみ出さないように。
レーヴは困ったように微笑み、口を動かす。
《流石だよ、全く侮れないね。記憶を失ったって君はか弱い女の子じゃなかった、前言撤回するよ》
その言葉にベルデは「褒めてくれてありがとう」とにっこり、微笑む。
レーヴは苦笑いをし、はぁっと息を吐く。
《褒めてなんかないよ、女王に頼りにされていた昔の君も冴えていたが今の君も恐いね》
「……急に話を変えるけど此処から目を覚ますと、外はどうなっているの?」
と、ベルデは訊いた。そしてから目線を滑らし、横を見た。しかしやはりそこは、見渡す限り天も地も真っ白な世界だった。此処は自分の心の中だと言っていたが本当なのか。
こんなにも白いのがわたしの心なはずがない気がした。
この白い世界から目覚めると、外は今、どうなっているのだろう。
するとそれに、レーヴが答えた。
《外は晴れているよ、そして、キールが起こしに来た。今日は何だか用事があるみたいだね、ピリピリしてる》
「用事?」
《嗚呼。早く起きてあげないと君は足手まといになる。このままじゃキールが困るよ》
「……え?」
と、彼女は呟く。
それから目を覚まそうとする、は背を向けて、一回、振り返る。
レーヴの声が最後に頭に響き渡った。
《——————周りの人間を簡単に信じちゃ駄目だ、お姫様》
- Re: Jet black- Butler&Lady ( No.5 )
- 日時: 2020/08/12 13:04
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
03 「その執事、女王の思惑に」
「おはようございます、お嬢様。今日は晴れていますよ」
ノックをして入ってきたキールはカーテンをザっと音を立てながら開ける。
優しく微笑んでいるがさっき、レーブが言った通り、少し張り詰めた空気を漂わせていた。
わたしはゆっくり、と起き上がり瞼を擦る。窓から差し込む光に眩しく眼を瞑る。
「………おはよう、キール。今日の予定は?」
ふわぁっと欠伸をしてしまう。
彼はそんなわたしに微笑を浮かべて、モーニングティーを用意しながら答える。
「今日はこの朝食の後、ヴィクトリア女王と会う事になっています、何やら話があるそうで」
難しげに眉間に皺を寄せたキールはわたしに新聞紙とティーカップを渡してくれる。
短く礼を言い、新聞紙を開き、紅茶を一口飲む。
「……これは…アールグレイかしら………?」
匂いを嗅ぎ、紅茶の味を味わう。
そのわたしの言葉に大きく頷いて、洋服をベッドに出してくれる。
「それでは着替えの方はメイドが来るので、外で朝食の用意をして参りますね」
恭しく背を向けて出ていったキールの淹れたまだ温かい紅茶を飲みながら新聞紙を読む。
興味が湧く見出しに息を呑む。
最も大々的に取り上げられていたのはロンドンの至る外壁に『Where's the boy whose stomach was torn』と書かれていた。
直訳すると、腹を切り裂かれた少年はどこだぁ?という文面になる。
奇妙で恐ろしい。
これが至る外壁に、と思うとぞわっとする。
警察が調べてみたところ、その言葉の通り、腹を切り裂かれた少年が死体で発見された。
…………連続少年殺人事件。
いずれも少年は孤児で身元もない、食べるものに困った生活を送っていた、という。
その時。
「お待たせしました〜!お着替えに参りました、専属メイドのマルシェと申します」
専属メイドのマルシェは雀斑に栗毛を結ってメイドの服を着こなした陽気な雰囲気が漂う女性だった。
笑顔を浮かべた彼女は手際よくパジャマを脱がせてくれてしっかり、上から着せてくれる。
黒と赤が基調となったゴシックのドレス。
記憶を失う前のわたしはこのようなデザインが好きだったのか、クローゼットには似たような服が並んでいる。
金がアクセントカラーになった可愛いドレス。
パジャマもフリルのついたものだしファッションには拘りがあったのだろうと思う。
『——————周りの人間を簡単に信じちゃ駄目だ、お姫様』
レーヴのあの日目覚めようとしたときに言われた言葉。
何か彼、彼女の言葉には意味がありそうで何か引っかかる。
含みのある口調に張り付けたような笑みが頭の中に浮かんでくる。
周りの人間、執事で傍にいてくれる唯一無二のキールも、マルシェも?
考え込んでいるとマルシェが目を輝かせて話し掛けてくる。
「今日は女王陛下と会うそうですね!大変にお美しい御方なんですよぉ〜!」
彼女の言葉からは心から支持していることが判った。
本当に素晴らしい女王なのだと、思う程に国民の彼女への支持は厚いようだ。
喋りながらも寝癖のついた深緑の髪をマルシェは優しい手触りで櫛で梳かす。
何回も梳かしているうちにいつもと同じのわたしになっていく。
マルシェは慣れているようで耳の横で二つに結ってからくるくる、と周りに巻き付けていく。
「いつもより高めにしますね、イメージチェンジも良いでしょうから」
親しみのある笑みを浮かべたマルシェに頷き、任せる。
髪型が結い終わった直後、ノック音が響き渡る。
——————コンコン。
「朝食が出来ましたのでお迎えに上がりました、マルシェ。終わっていますか」
マルシェに確認を取ったキールは入ってくる。
わたしに会釈をしてから近付くとフッと微笑んだ。
「いつもと違って団子の位置が高いですね」
結いたての髪型を見て、マルシェに話し掛ける。微量の差も判るのか、と呆気に取られてしまう。
マルシェは頬をほんのりと染めてから、ハイっと頷く。
「キールさんも可愛いと思うでしょう?」
その言葉にキールは表情を緩めて、首を縦に振る。
「はい、とても可愛らしいです…………」
キールの濁りのない言葉にわたしは目を見開いた。
他でもない傍にいてくれるキールに言われるだけで嬉しくなる。
わたしは笑みを溢した。
*
栄養バランスの良い朝食を摂って馬車に乗り、女王陛下の住まう城に到着する。
鼓動が速くなり、頬に血が集まったわたしは込みあがってきた唾を飲み込む。
「……緊張されているのですか?」
わたしの心境を察したキールが心配そうに顔色を窺ってくる。わたしは大丈夫だと、深呼吸をしながら頷く。
キールはそれでも心配そうに端正な顔を歪める。
「大丈夫、どんなことがあってもわたしは此処にいる。記憶を失っても伯爵の位についているから与えられたことはちゃんとする、だから——」
下唇を噛み締め覚悟を決めてから、表情筋を動かす。
「———……キール。貴方だけは絶対に、何があってもわたしの元から離れないで」
わたしはキッと眼を鋭くさせる。
『——————周りの人間を簡単に信じちゃ駄目だ、お姫様』
レーヴ、解ってる。
記憶を失って他人から見たら何もかも信じ込ませることが出来る無防備な子供—————それが私。
胸倉を掴んではぁっと息を吐く。
—————彼だけは信じたい、信じることがしたいんだ————。
一歩踏み出すと同時に誰かが音を立てる。
わたしが振り向くとキールが恭しく頭を下げて跪いていた。
「畏まりました、マイレディ」
その声に、その言葉に。
聞き覚えのある言葉が脳裏を過ぎる。
『—————小さなマイレディ———』
でも、思い出せない。
誰が言っていたのか、それは多分、キールかもしれない。
記憶を失う前によくわたしに言っていたのかもしれない。
多分そうだ、だから聞き覚えのあるんだ。
そうわたしは勝手に解釈する。
踵を返して、城に入っていく。
白が基調となって碧色がアクセントとなる城だった。謁見の間に着くまで芸術作品を見ているような気持ちなった。
顔が映り込む程の大きなドアと塵一つない鏡張りの窓。
謁見の間には白い燕尾服を着た黒髪を三つ編みに結って蛍光瞳で猫目の眼鏡を掛けた少年が立っていた。
「やぁ。“久し振り”だね〜って噂では記憶を失っているんだっけ」
“久し振り”ということは面識があるのだろう。
相手の言葉にわたしは頷き、「記憶がないです」と答える。
「……んじゃ、自己紹介するね。ボクはザーシャ・カルティア。仕事はキール君達と同じかな、ちょっと戦闘が多いだけで」
彼は弧を描くように唇を結ぶ。
後ろで尾いてきていたキールに手を振ると、大きなドアにノックをしてから入っていく。
ザーシャさんの後ろに尾いていく。
煌びやかな装飾のある大きな一室の真ん中には小さな女性が微笑んでいた。
その女性は長いオフホワイト色の髪と白薔薇を髪飾りにし、その顔立ちに映えるブルネットの瞳が特徴的な、花嫁のようなドレスに身を包んでいた。
————嗚呼、この御方だ————。
女王と呼ぶように相応しい気品が漂ってくる。吸い込まれるような赤い瞳に見惚れてしまう。
「…………姫、御身体の方は大丈夫なの?心配していたのよ」
心配げに眉を下げる女王にわたしは頭を下げる。
「御心配の言葉、ありがとうございます……っ陛下」
彼女の顔を見るだけでドキドキした。
緊張を隠せないわたしに女王はくすり、と笑う。
「そんなに畏まらなくて良いのよ、私と姫の付き合いでしょ……一応、自己紹介をするわね。英国女王であるヴィクトリアと言うわ」
ヴィクトリア女王は玉座から身を乗り出して太陽も怯むような笑みを向けて下さってくれた。
その笑みにかぁっと赤面してしまうわたしが一人。
「病み上がりでしかも……記憶を失ってしまった直後で失礼するわ、でも、解決してほしいことがあるのよ」
—————解決してほしいこと?
わたしは小首を傾げる。その様子にヴィクトリア女王は口を動かす。
「まぁ、あのキールが伝えていないなんて信じられないわね………代々、貴女が当主を務めるグランヴィル伯爵家は国王の悩み事や気になることを解決して取り締まってきたの、それがまずグランヴィル伯爵家だけの王から与えられる仕事なのよ」
グランヴィル伯爵家はそんなことまでするのか、と思ってしまう。
「では今回の悩み事や気になることとは……」
そう、と女王は難しい表情と頷く。
「今日の新聞の見出しにあった最近、続いている不可解な少年連続殺人のことよ。犯人は同じらしくターゲットは12歳くらいの少年を残酷な手口で殺害しているみたいなのね…………これが国民の不安の元となっているのよ……」
女王はその白い柔肌に冷や汗を伝わせる。
彼女自身で国民の不安を取り除きたくても出来ない事なのだろう、滅多に外出を許されず国務に励んでいる彼女は外で何が起こっているのか知りえない為、新聞で確かめているのだろう。
それが偶々、今日の朝わたしが読んだ連続殺人。
「危険な事と解っているわ、そして私はこれからもこのようなことを頼むわ。姫を危険な目にも遭わせたくない、矛盾しているって一番解っているの。でも警察も頭を抱えているこの事件の真相が知りたい、だから捜査を行うにあたって姫とキールだけじゃ心配だから……」
そう言いかけた彼女は隣で黙って話を聞いていたザーシャに扉の向こうに行かせる。
「もう一人の守護を執り行う秘書兼執事を遣わせることにするしたわ」
ザーシャの後ろに尾き、入ってきたのは赤みがある金髪に翡翠の瞳を持つ少年。
同い年くらいだと思うがまだ、幼さの抜けていない顔つきにわたしの一つ、二つ下だろうと思う。
「彼は今は亡きグランヴィル家前当主であるジョージア・グランヴィルの姉であるルージュ・ノルマンディーの息子です」
紹介された少年は周りに笑顔を向け、わたしに視線を滑らせた。
—————従弟となるのか、じゃあ、一回くらいは会ったことがある?
ザーシャやヴィクトリア女王に向けられる温かな眼差しとは打って変わってわたしに向けられる眼差しは何故か冷たく見えた。
「ルーカス・ノルマンディーです」
ルーカスと名乗った彼は、キールと対照的な態度を示していた。
黒い燕尾服は少し着崩して面倒臭そうにふうっと息を吐いていた。
次に入ってきたのは扉の向こう側で、待っていたキールだった。
キールは珍しく怒っているように見えた。
栄光のある敬わなければいけない女王をキッと怒りに燃えあがる獣のように睨み付ける。
「どういうことですかッこのルーカス・ノルマンディーはお嬢様の護衛もろくにしようとせず、溜息を吐くような礼儀作法のなっていない無礼な男ですよ!!」
女王にあり得ない言葉の口調で咬み付く。
対してヴィクトリア女王は叱られているのにも関わらず余裕の笑みを浮かべていた。
「不満はそれだけなの?キール・アレスター」
恐ろしく、そして優美な彼女の声に怯むことなくキールはルーカスを睨む。
「不満?そうじゃない、お嬢様は原因不明の記憶喪失で二週間も寝込んでいた。それなのに、殺人事件の捜査に向かわせるだけでなくまともな守護をしない奴を寄こしてくる、ただの足手まといになるだけだと解っていますよね!!!?」
その止めることのできない怒りの炎に唖然としてしまう。
キールはルーカスの事をこれほどまでに嫌がるのか、と小さな疑問が胸を過ぎる。
「それまでだよ、キール・アレスター。流石に聞くに堪えないよ。女王陛下にそんな言葉を言うなんて女王陛下が御怒りになければ、ボクは容赦なく君の首を刎ねていた」
鋭い剣先をキールの首元に向ける。
不機嫌に眉を寄せたザーシャの瞳は砕けた親しみやすさの欠片もなかった。
キールはザーシャを睨み、邪魔だとばかりに剣を剥こう抜こうとする。
そしてキールの怒りの元となっているルーカスは我お構いなしに溜息を吐きながら顔を背けていた。一方の女王は劇でも見るように満面の笑みを浮かべ眺めていた。
しどろもどろに不安がっているのはわたしだけ、という事になる。
ルーカスを見つめて助けを訴えかけるがチラリと見るだけで行動してくれそうにない。
「刎ねれるものなして見て下さい。自分の主はヴィクトリア女王陛下ではなく、ベルデ・グランヴィル伯爵……お嬢様です。自分の命など、これから危ない目に遭いに行くようなお嬢様を思えば棄てられます」
その言葉にザーシャは鼻で笑う。
「へぇ……その揺るがない忠誠心には感嘆の言葉を贈りたいけど、それが反逆心だと見なされ命取りになるからね。キール・アレスター」
交戦を今にも始めそうな張り詰めた空気に耐え切れずに声を上げる。
「止めて!!キールッッ!!!」
キールは石造のように固まって目を丸くする。そして心配そうに眉を吊り下げ、わたしを凝視する。
「……はぁッッはぁッッ……ゴッ、……ゴホッッゴホッッゴホッッゴホッ!!!!!!」
久し振りに出した大声に苦しくなって咳き込んでしまう。
喉が燃えるよう熱く、そして苦しくになって胃酸と唾が一緒になって込み上げてくる。
吐きそう、気持ち悪い。
カタカタ、震える指先を伸ばすと黒い手袋を着けた大きな手が握り返してくれる。
腰の力が入らなくなって倒れそうになるところを支えてくれる。
—————キールだ。真っ先に来て謝ってくれる反省した甘い声、言葉。
安心する。信じられる。
「出過ぎた真似、すみませんでした……お許し下さい、お嬢様、女王陛下」
恭しく跪くキール、それを光のない眼で見つめるザーシャにルーカス。
キールの態度に対して女王は。
「……解ったわ。姫にとって貴方は必要不可欠な存在、夢だと思って水に流すことにするわ」
その寛大で穏やかで包容力があり、心優しい大聖母のような性格に涙ぐんでしまう。
いまだに痙攣が収まらなく口の中いっぱいに広がる酸っぱい味に顔をしかめているわたしを心配して帰ろうとするキールを女王は引き留める。
「キールは残ってくれるかしら。姫とルーカスは帰って良いわよ」
言われるがまま城、謁見の間と出たわたしとルーカスは馬車に乗る。
- Re: Jet black- Butler&Lady ( No.6 )
- 日時: 2020/08/10 16:27
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
04 「その女当主、執事と確執あり」
言われるがまま謁見の間と出たわたしとルーカスは長い廊下を歩く。
あの一人残ったキールの悲しげな顔が瞼の裏に張り付いて離れなかった。
「…………キール」
指を絡め、頼まれた事件を見ると同時にキールの事を考えていた。
廊下を歩く音だけが静かに響く。
ルーカスは口を開く気もない様子だった。
何か話題をつくらなくては、と思ったわたしは恐る恐る声を出す。
「あの………いッ、良い天気ね……」
そう話し掛けてみたらルーカスは目線を逸らして。
「言われなくても判っています。世間話は必要ありません、貴女様は女王陛下の悩みを解決する家の当主様です。国民を不安に陥れるものを取り締まる為、私情を廃し冷徹でいなければなりません」
わたしは目を見開く。
「慣れ合いを求めてはいけません」
突き放された感じがした。確実にいや、突き放された。
——————“関わってくるな”と。
「まぁ。御心配なく誠心誠意、貴女様の護衛を務めさせて頂きます」
わたしは首を小さく縦に振る。
ルーカスは凛と引き締まった表情で私の眼を真っ直ぐに、強く見つめ続けた。
「……、……なんてね。キール君が言えば決まるんでしょうがこのような言葉は俺……私には合いませんね」
はぁっと張り詰めた空気に溜息が漏れる。
「……というかあの異常なくらいに周囲の気配も把握できていた“あの”伯爵様がそれすらも出来なくなっているのですね」
にこっと初めて笑い掛けてくれたルーカスはわたしに手を伸ばす。
腰をグイッと寄せられわたしは声を上げる、そして、守るようにわたしを後ろに隠す。
「護られてるからって油断していたら後ろからグサッと刺されてしまいますよ」
甘い吐息と言葉が耳に掛かり、思わず頬を赤くしてしまう。
そうしていたら鋭い風切り音がわたしの耳元を通り過ぎる。
慌てて振り返ると、若い優しそうな夫人の顔の横に鋭いナイフが突き刺さっていた。
突然飛来したナイフに驚いたのだろうか。
夫人は明らかに不審な動きで廊下の壁に張り付いている。
わたしはナイフを飛ばしたルーカスを凝視する。
少しでもずれていたら夫人は大怪我どころではなかった。
「貴女様が自分の身を自分で護れないから私が居るわけです。私の管轄外であれば何の問題もないですが今何かあれば女王陛下に私の首が飛ばされます故」
そう丁寧に説明したルーカスは夫人に近寄る。
綺麗な微笑みを浮かべながら話し掛ける。
「さてミセス。この区域は立ち入りが制限されているんですが知りませんか?」
夫人は表情を険しくしてわたしの手を握る。
「グランヴィル伯爵の御姿が見えましたから———……伯爵、記憶喪失って本当なのでしょうか?わたくしの事も忘れてしまったのですか?」
わたしは申し訳ない気持ちをいっぱいにして大きく頷く。
そんな、と声を上げる夫人に対し、ルーカスは目を見開いて呆気にとられた表情で夫人を凝視する。
「え……どうして知っているんですか。他言無用と口止めされている筈なのに」
ルーカスの驚きの言葉に夫人は俯く。
そして、口を動かす。
「もう噂になってます。記憶喪失になった伯爵が所有する会社はどうなるのだろう、取引は、と」
顎に手を添えた夫人は絵になった。
ルーカスが傍により、話を真剣な表情で聴く。
「人の口には戸が立てられないってことですね……」
はぁっと溜息を吐くとわたしを見つめる。
暫くの沈黙が続き、わたしは夫人に話し掛ける。
随分と親し気にわたしを話し掛けに来たこの方は誰なのだろう、と思い訊ねる。
「えっと、貴女は……?」
夫人はわたしの質問にあッ、と口を開き、悲し気に眉を下げる。
「わたくしはアイビー・エインズワースです。是非、アイビーとお呼びになって下さい。一応、伯爵とはお茶をしたりショッピングに行ったりする仲でした」
悲しげに微笑む夫人を見てわたしは心が締め付けられた。
前のわたしと仲が良かったのだろう。
「解りました。これから宜しくお願いしますね」
そのやり取りを見ていたルーカスにキッと目を向ける。
「……でもルーカス様が伯爵の護衛なのには納得できません……多分、“キール様”も反対だと思います」
キール、と口に出した彼女をわたしは凝視する。
反対していたのは事実だし何故、そのようなことを思うのか不思議でたまらなかった。
「どうしてこのような男を………やっぱり、伯爵の元婚約者だからですか?」
濁りのない言葉にわたしは声を上げる。
「こッ、婚約者……ッッ!!?」
知らなかったんですか、とでも言うようにアイビーは小首を傾げる。
ルーカスを見ると息を吐いて面倒臭そうに眼を逸らして口を開く。
「元、ですから」
ルーカスは吐き捨てるように呟く。今までのわたしに対するルーカスの行動と反応をつなげてみるとよい関係だと言えなかった、と思う。
わたしが不安げな顔をしているとアイビーは眉を吊り上げる。
「とにかく伯爵、その男を簡単に信用してはなりません。護衛に就く前だってまともに仕事をしなかった男ですから」
と言うと可愛らしく上品なドレスを恭しく翻し去っていく。
「……、……彼女の言う通り、私を信用しなくて結構ですからね。此処で生き残りたかったら他人と深くかかわらない事。信用しているふりをして決して他人を信用しない事です」
笑顔で言う彼の口からはこのイギリスに対する真っ黒な毒が吐き出されたような気がした。
王室に。
わたしに、キールに女王に、ザーシャに。
対する毒。
『——————周りの人間を簡単に信じちゃ駄目だ、お姫様』
突然、あの日言われたレーヴの言葉が脳裏を過ぎる。
真剣で見たことのない笑顔のない表情に声。
そう揃いも揃って同じような言葉を、同じような表情になって言われると黙り込んでしまう。
「記憶を失った貴女様の藁にも縋りたい気持ちは解りますが忠告はしましたから……そのうち、解ることでしょう」
彼の皮肉気な含みのある笑顔にわたしは背筋を凍らす。
此処は彼が見限ってしまうような人間が集まるところなのか。
そんな場所なのか。
何かあったのか、と訊けばルーカスは面倒臭そうにする。
「……全く質問ばかりですね。前の貴女様とはまるで違う、考える事もしないで。私にはそこまで御答える義理も義務もありません、少しは御自分で御考えになってはどうですか?」
そうしてわたしを見つめ、笑う。
「結構、頭の体操になるんですよ……まぁ出来れば貴女様がこの私に話し掛けても良いという権利が無くなって欲しいですね」
簡単に告げる彼から伝わる敵意がわたしを襲う。
以前、わたしは彼を傷付けるような酷いことを言ったのかもしれない。
今のわたしには推測しか出来なかった。教えて貰う事も出来ない。
でも、前のわたしがしたことであって今のわたしは何も知らない。
理不尽だ、前と今のわたしは別人でしかない。
「……ベルデ様。いいえ、聡明なベルデなら答えて下さい。正直に話すと私は貴女様が記憶喪失であることを疑っています、無傷でそれも都合良く記憶を失って……」
一体さっきから何なのだろう、と沸々と煮えあがる怒りの感情が心を覆っていった。
我知らず下唇を噛み締め、爪を立てながら拳を握り、募る怒りを抑える。
「記憶喪失のふりをしてわたしが何を得するの?」
わたしの棘のある言い方に皮肉な笑みを浮かべる。
「楽しんでいるんじゃないか、って私のような者の慌てふためく姿を見て」
楽しむ?
そんな残酷で冷徹な人間だったのか、わたしは怒りに燃えあがる。
アイビーの言葉からはそんな感情は籠っていなかった。
前のわたしはルーカスにだけそのような態度を取っていたのか、疑問は増えるばかりだ。
「……まあ、私はキール君の言う貴女様が倒れて記憶を失う現場に残念ながら立ち遭わせてはなかったので何とも言えませんが」
投げやりな言葉にわたしは呆気にとられる。
そんなわたしの間抜けな顔にルーカスは息を吐く。
「……良いんじゃないですか。そんな些細なことを気にしなくても、貴女様にとって本当に些細なことだと思います」
歩きながら話していて城の門に近づく。
城から出ると黒い馬車が待っていた。
「さあ、乗って下さい。……此処からは世間話ではなく例の事件の話をしましょう」
言われるがまま、わたしは馬車に乗る。
込みあがってきた唾を飲み込み、ルーカスの言葉に頷いた。
今の会話でアイビーとキールがルーカスに反対する理由が解った気がした。
わたしの事を素で疑うルーカスを護衛には、と考えるのには納得した。
疑っているから仕事もちゃんとしないと思う。だからキールがあんなにも怒った。
「……」
反省した。自分を心配して女王に怒鳴り散らしたキールを理由も聞かないで怒ってしまった。
キールが帰ってきたら謝ろう、そう思った。