ダーク・ファンタジー小説
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入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 第2の人生を得た俺は、恵まれたスキルで快適生活を過ごす
- 日時: 2024/05/02 20:28
- 名前: 柔時雨 (ID: ..71WWcf)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13011
どうも!初めましての方は初めまして、既知の方は御無沙汰しております、柔時雨です。
同掲示板で他の方と一緒にリレー小説をしているのですが、他の方の作品を読んだり
実際に販売されている漫画を読んでいるうちに、少しソロで物語を始めてみようかな……と思い
今回こちらを立ち上げさせていただきました。
物語は世間一般で言われる『異世界転生物』になります。
作中に出て来るキャラクター名は、リレー小説の方で登場しているキャラクターと同じ名前を使用しますが
純粋に、俺のネーミングセンスとバリエーションが無いためと、予めご了承いただけると幸いです。
あと、会話文主体で情景描写が少なく、読みづらい箇所が殆どですが、御了承いただけると幸いです。
それでは、数ある作品の中からこちらを覘きに来てくださった皆様
どうぞ、ゆっくりしていってくださいね。
【 お知らせ 】
誠に勝手ながら、タイトルを変更させていただきました。
( ちょっと、人間に敵対するだけのストーリー展開が思い浮かばないかもしれなくなったので…… )
【 圧倒的 マジ感謝! 】
閲覧数 500 到達!
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~✝ キャラクター Profile ✝~
>>1
【 物語 】
~✝ 1章 ✝~
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10
~✝ 2章 ✝~
>>11 >>12 >>13 >>14
- 再会 ( No.5 )
- 日時: 2024/05/02 21:08
- 名前: 柔時雨 (ID: ..71WWcf)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13011
アルガスの町で俺とシルヴィアは観光と買い物を楽しみ……街道から外れたところにある
1軒の宿屋を訪れた。
建物内は全体的に薄暗く、御世辞にもあまり繁盛しているようには見えない。
「いらっしゃい……」
受付カウンターで、覇気の無い爺さんが出迎えてくれた。
「1泊させてほしい。部屋は空いてるか?」
「あぁ……見ての通りさ。昔は栄えてたんだけどねぇ……人が大勢この町に来るようになって
大通りの方にも新しい宿屋が増えてね。客は皆そっちに行っちまった。」
そう言いながら爺さんは、俺達を見て言葉を続ける。
「えっと……お客さん、別々で宿泊するのかい?それとも同じ部屋かい?」
「そうだな……じゃあ、別べ……」
「同じ部屋で!お願いします!」
俺が別々の部屋を頼もうとした横から、シルヴィアが袋から銀貨を10枚取り出し、カウンターに
威勢良く叩きつけて力強く発言した。
「お……おぉ……エルフのお嬢さん。生憎ウチでは食事の提供をしてないんだ。儂も見ての通り
歳だからね。それで1泊、同じ部屋だってんのに、こんな大金受け取れないよ。」
そう言って爺さんはカウンターに置かれた銀貨を3枚だけ手に取り、棚から鍵を取り出して
カウンターに置いた。
「2階の1番奥、向かって右側の部屋の鍵だ。好きに使うと良いよ。」
「あ……あぁ、世話になる。」
俺は鍵を受け取り、シルヴィアと一緒に指定された部屋へ向かった。
外装やフロアとは違い、部屋は綺麗に掃除されていて、荷物や衣服などを収容できる箪笥が
設置されており、風呂もあればベッドはダブルベッドという……なかなか良い感じの部屋だった。
「まぁ……良い部屋……なのでしょうか?人間の宿を利用するのはこれが初めてですので、
よく判らないです……」
「いや、充分豪勢な部類に入ると思うぞ。」
ただ……部屋に置いてあるベッドが、シングルベッド2つじゃなくて
ダブルベッドかぁ……
他の部屋を知らないから、此処だけダブルベッドなのかどうかの判別はできないけど
もし、俺達を見て、いらん気を回してくれたのだというなら、あの爺さんには説教が必要だ。
「さてと……飯は出ないみたいだから、何か食べに行こうか?」
「はい。参りましょう、主様。」
俺は受付の爺さんに、外食に行く旨を伝え、シルヴィアと共に夜の街に繰り出した。
戻って来た後のことは……未来の俺の自制心に期待しよう。
◇◇◇
『 夜は静かに過ごすもの 』という考えを、この世界の人達は持ち合わせていないようで
酒場がある大通りは普通に賑やかだし
宿のある裏通りも……宿の中に酒場があるのだろうか?寝る人も居るはずなのに、建物の中から
複数の豪快な笑い声が聞こえてくる。
「なぁ、シルヴィア。」
「はい。」
「俺が前に住んでいた世界では、酒は20歳になってからじゃないと飲めなかったんだ。だから、18歳で
死んだ俺は、酒を1度も飲んだことが無い。それで話を戻すんだけど……この世界って、何歳から
酒が飲めるんだ?」
「そうですね……さすがに幼少の頃は無理でしょうが、冒険者として1人立ちができたら……
15歳からでも飲めたはずです。」
この世界ではだいたい中学3年生頃から酒が飲めるのか……進んでるといえばいいのか
規制が緩いといえばいいのか……
「どうします?主様。私と一緒に、人世で初めてのお酒を体験しますか?」
「魅力的な提案だけど……それは別の日に、どこかの店で酒を買った後に楽しもう……あっ!
ちなみに……シルヴィアって、お肉とか魚は食べられなかったりする?」
「そうですね……以前はまったくと言って良いほど無理……臭いを嗅ぐのにも抵抗がありましたが、
この姿になってからは抵抗を感じてませんね。この町に来た時点で実感しました。」
「そっか。そういえば、朝食に出した動物の乳製品であるチーズも、問題無く食べてたもんな。
じゃあ、これからも俺と同じものを食べられるな。」
「はい!」
酒場や宿屋に居る男女入り交ざった賑やかな笑い声を聞きながら、俺達は夜の町を宛も無く歩いていると
宿屋のある区域とはまた別の意味で華やかな建物が並んでいる場所に出た。
「あの建物は……?」
「大勢の女性が、男性を誘っているようですが……」
「まさか……ここら一帯全部、娼館なのか!?」
「娼館……以前、人間の里に出向いたエルフから聞いたことがあります。確か、お金を払って女性と
如何わしいことをする施設がある……と。そうですか、此処が……」
「俺も存在は知ってたけど、まさか現物を見るとはな……」
「興味があるのですか?」
目は口程に物を言うとは、よく言ったもので……
シルヴィアが何か、もの言いたげな視線を俺に向けてくる。
「えっ!?いや、その……」
「ふぅん……そうですか。まぁ、主様も男性ですしっ!あぁいう場所に興味を持っていたとしても、
それは健全というものでしょうから、えぇ!私は何とも思いませんよ。思いませんともっ!
ですが、せっかく入手したお金をあぁいう場所で浪費するのは、いかがなものかと……」
「大丈夫!行かない、行かない!その……そういうことをヤって病気になる恐れもあるし、ぼったくり……
えっと、無駄に高い金額を支払わされる可能性もあるし、何より……シルヴィア程の美人が、
あぁいう場所に居るとは思えないからな。」
「主様……うふふ。ありがとうございます。」
町の散歩を続けるため、誘惑する女性の甘い囁きと、それに吊られて建物へ入っていく男性を横目に通りを歩いていると
宿とも娼館とは逆に、重い空気を放っている建物が目に留まった。
「ん?」
「どうしました?主様。」
「いや、前方の、あの店は何だろうと思って……」
「前方の………あの看板は……主様。此処はその……奴隷を売買する店の様です。」
「奴隷!?」
シルヴィアに言われて軒にぶら下げられた看板を見ると、首輪……足枷?と長い鎖の絵が描かれていた。
「マジか……やっぱり、そういうのも存在するんだな。」
「主様が以前住んでいた世界には、奴隷という制度は無かったのですか?」
「あぁ……俺の住んでいた町の周辺では無かったけど、同じ時代の別の国や、俺が産まれる前の時代では
戦争があり、敗戦国の人達を捕虜に……ってことがある、あったらしい。」
「そうですか……物の考え方というのは、どこの世界でもあまり変わらないのかもしれませんね。」
「シルヴィア。奴隷ってのは俺の身近には居なかったけど、書物を読んで大体の扱いは理解しているつもりだ……
けど、この世界の奴隷って、どういう扱いを受けるんだ?」
「そうですね……私も文献で読んだり、里に居た年上のエルフ達から聞いた話でしか知らないのですが……」
シルヴィアが言葉を続けようとしたとき、奴隷を売買する店の扉が開き、1人の屈強な男性と……
ボロボロの布の服を着た美人な女性が1人、店の中から出てきた。
「ん?何だぁ?兄ちゃん。隣に居る綺麗な姉ちゃんをこの店に売りに来たのか?」
「まさか!彼女は俺の大切なパートナーだからな。絶対に!誰にも譲る気は無いよ。」
「大切なパートナーって……主様……❤️ 」
「俺達はただ、この店が何なのか気になって見ていただけだ。」
「なんだ、そうかい。この店は良いぜ!エルフやリザードマンみてえな亜人種なら人間よりも高値で
買い取ってくれるし、同じような店の中では比較的リーズナブルな値段で買えるからなぁ。」
そう言いながら、屈強な男性は自分の後ろに居た女性を親指で指し示す。
「へぇ……それはちょっと、貴重な情報だな。」
「奴隷売買の値段に関しては他の店を存じ上げませんし、実際に売買の契約手続きをしたことが無いので
何とも言えませんが……私のような妖精種や亜人種など、人間以外の種族の方が高く売れるというのは
彼の言う通りでしょう。私達は人間よりも遥かに長生きできますから。」
「なるほど……その分、労働力として長期間運用できるんだもんな。そう考えると、爺さん婆さんよりかは
若い奴の方が高く売れるってことか……」
「えぇ。そういうことになりますね。」
俺が見た漫画の奴隷の中には、明らかに少年少女の姿も描かれていたが……そっか。
そりゃ成人よりも若ければ、主に奉公する時間も長くなるわな。
「奴隷を購入する予定は無いけど、お兄さんとシルヴィアのおかげでまた1つ知識が増えたよ。
ありがとうな。」
「いえ。少しでも主様の御役に立てたのでしたら、私は……」
「シルヴィア……?シルヴィアですって!?」
それまで男性の背後で黙っていた女性が、急に声を荒げて男性の後ろから俺達の前まで
やや慌て気味で現れた。
「そうですが……貴女は?」
「何言ってるのよ!?貴女、親友の顔も忘れたっていうの!?」
女性がそう言って、俺はそこで気付いた。
周囲が夜で暗いのと、今まで男性の体で隠れて良く見えなかったけど……この女性
シルヴィアと同じ耳をしている。
それでシルヴィアを『 親友 』と呼んでいたってことは、彼女はシルヴィアと同郷のエルフなのか。
「何だ?兄ちゃんトコのエルフはダークエルフだぞ?お前の仲間なワケねえだろうが。」
「この子は私達の里の掟を破って、禁断の書という物を読んだ副作用でダークエルフになっただけよ!
元は私達の仲間なんですから!ねぇ、シルヴィア!お願いっ!私を助けて!私達、親友でしょ!?」
必死な形相と作り笑いが合わさり、傍から見ると半笑いのような笑みを浮かべながら
男性の奴隷というエルフがシルヴィアに詰め寄る。
「…………どうする?シルヴィア。お前の好きにしていいんだぞ?」
「そうですか?……私があの時、禁断の書を読み、里から追放されたのは事実です。私自身、それは
仕方がないことだと思っています。代償は大きかったですが、この力のおかげで一時的とはいえ里を
守ることができましたし、それに……こうして私の生涯を懸けて、心から尽くしたいと思える殿方に
出会えたのですから。後悔など、微塵もしておりません。」
そう言ってシルヴィアは微笑みながら俺の左腕を引き寄せ、その豊満な胸の谷間に挟み込んできた。
おぉう……凄く柔らかい。役得、役得。
「そのことに関してはもう、本当にどうでも良いのですが……私が里を守ったあの日、この姿を見て
『 掟を破ったエルフ! 』と言いながら、それまで親友だった私の話を一切聞かず、少しも庇って
くれることもなく、それどころか他のエルフと一緒に石を投げて、『 里から出て行け! 』と
言っていた貴女を……どうして、私が助けると思ったのですか?」
「ぇ……?」
『 シルヴィアなら助けてくれる 』
……そう思っていたのであろう女性エルフの表情が一瞬で絶望の物へと変わり、顔面蒼白になる。
「たとえ追放が待逃れないものだったとしても、少しでも優しい言葉をかけてくださっていれば
私も今の貴女に対して、何とかしてあげようと思った……かもしれませんが、残念です。
残りの生涯を懸けてそちらの殿方に尽くしてから……地獄に堕ちなさい。」
俺の腕を引き寄せて先程まで微笑んでいたシルヴィアが、めちゃくちゃ冷ややかな視線を元・親友の
女性エルフに向ける。
「そ……そんな………嫌っ!嫌よっ!何で?ねぇ、何で!?何で里の掟を破った貴女が
そんなにも幸せそうで……里の掟を守り続けてきた私達がこんな目に遭わなくちゃいけないのよっ!?
おかしいじゃない!?」
「それに関しては私も同感です。うふふ。本当に……人生、どうなるか分からないですね。」
「そこの貴方!本当にシルヴィアと一緒に居て良いの!?その子、12歳までオネショをしていたような
残念な娘なのよ!?」
「なっ!?」
女性エルフの爆弾発言に、夜だというのにシルヴィアの顔が一気に赤くなったのが判った。
「あっ、あぁあ、貴女!何てことを言うのですか!?よりにもよって、主様の前で!
しかも、残念だなんて!」
「シルヴィア、今の話って……」
「主様!?まっ、真に受けないでください!そっ……そそそ、そんなこと、するワケないじゃないですか!」
めちゃくちゃ動揺してるな……おそらく、本当のことなんだろうなぁ
「まぁ、過去のことはどうあれ、俺はシルヴィアのことを大切にするって決めたんだ。
そういう揺さぶりをかけられても、彼女を見限るような真似はしねぇぞ。
たとえ、オネショをするような娘でもだ!」
「主様っ!最後のその一文は、余計ですっ!」
「話は済んだみてえだな。おらっ、行くぞ!ぐへへ……たっぷり可愛がってやるからな。」
「嫌ぁっ!奴隷は嫌ぁぁぁぁぁぁっ!くっ……覚えていなさい、シルヴィア!絶対に……絶対に
許さないんだからぁああぁぁぁっ……!!」
屈強な男性が持つ鎖の先に繋がれた鉄の首輪が引かれ、シルヴィアの親友と言っていたエルフは
泣き喚きながら、ズルズルと引き摺られて……路地裏の方へ消えていった。
「シルヴィア。さっき、聞きそびれちまったけど、この世界の奴隷の扱いって……」
「いろいろありますが、主に男性なら肉体労働が基本になります。それか冒険の荷物持ちや……
戦闘の際には最前線に立たされることもあります。女性の場合も戦闘に駆り出されることもあるでしょうが
主な役目はその……男性の性処理の相手だったりします。パーティに組み込まれることもあれば、
飽きれば路地裏に捨てられたり、先程見た娼館へ売られることも……」
「そ……そうか……じゃあ、さっきの子も……」
「おそらく……ふぅ。このようなことを言うと、性格が悪いかもしれませんが……少しだけ、
胸の内がスッとしたような気がします。」
「そっか。よかったな、思わぬ形でスカッとできて。」
「はいっ!」
俺の左腕に寄り添ったまま、可愛らしい笑みを浮かべるシルヴィアと、夜の街の闊歩を再開した。
- 行商人と半人半馬 ( No.6 )
- 日時: 2024/05/02 21:09
- 名前: 柔時雨 (ID: ..71WWcf)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13011
翌朝。
俺とシルヴィアは宿屋の爺さんに挨拶をして宿を後にし、門を守る衛兵さんにも軽く挨拶をして
アルガスの町を発ち、平原に造られた石レンガの街道を、この未だに名前も知らない大陸の
南へ向かって歩いている途中である。
「なぁ、シルヴィア。」
「はい。何でしょう?主様。」
「スキルの習得はさ、先日経験してるから良いんだけど……シルヴィアが使った
【 Absolute Zero 】みたいな魔法スキルって、どうやって習得するんだ?やっぱり、シルヴィアが
そうしたように何かの魔導書を読んだり、誰かに教えてもらわないと無理かな?」
「そうですね……その方法でも習得できますし、自分で『こんな技が使えたらなぁ』と思うだけでも
習得できると思います。私も『 回復魔法が欲しい 』と、ふっと思った時に、スキルを習得した時と
同じようなメッセージが表示されましたから。」
「ほぅ。」
「おそらくですが、スキルと同じで、主様が『 自分はこうしたい・こんなことができたらいいのに 』と
思えば習得できるのではないでしょうか?申し訳ありません。曖昧なことしか言えなくて。」
「いや、充分だよ。ありがとな、シルヴィア。」
「はい。」
そんな話をしながら平原を歩いていると
「のあああああああぁぁぁぁぁあ”あ”あ”!?」
静かな平原に、男性の悲鳴が響き渡った。
「何だ?今の野太くてちょっとハスキーな声は?」
「近かったですね……行ってみますか?」
「あぁ。」
俺とシルヴィアは時々聞こえる男性の悲鳴と、シュー……シュー……という音を頼りに平原を駆けた。
声を頼りにしばらく走ると、俺達よりかなり歳上っぽい小太りな男性がアフリカゾウと同じくらい巨躯な
双頭の蛇に睨まれていた。
男性は腰を抜かしながらもそこそこ大きな荷馬車を背にして、護身用の短刀を蛇に向けて突き付けている。
「へぇ……双頭の蛇か。突然変異ってヤツかな?」
「ツインヘッドヴァイパー相手に短刀とは……無謀と言っても過言ではない所業です。」
「確かに……唯一の護身用の武器なのかもしれないけど、相手が悪すぎるな。」
アフリカゾウ級のデカさの蛇相手に短刀って……皮膚とか鱗のことも考えると、刺さるかどうかさえ
怪しいぞ。
とりあえず、【 超解析 】で目の前の双頭の蛇のステータスを確認してみる。
【 ツインヘッドヴァイパー 】 Lv・38
種族・モンスター
年齢・-
性別・♂
移動ユニット・【 歩 】
属性・土
【 使用武器 】
—
【 ステータス 】
HP・9700
MP・0
【 STR 】・300
【 VIT 】・680
【 INT 】・50
【 MND 】・210
【 DEX 】・2
【 AGI 】・400
【 スキル 】
-
「へぇ……さすがにゴブリン共よりは強いな。」
「主様、どうされますか?このまま見殺しにするという選択肢もございますが。」
「……そうだな。正直、人間と極力関わりたくない。けど……此処であのおっさんを見殺しにするってのも
寝覚めが悪くなりそうだ。仕方ない……助けるぞ!シルヴィア!」
「はい!主様、先行してください!私は【 Absolute Zero 】でツインヘッドヴァイパーに攻撃を
仕掛けます!」
「おうっ、了解!」
俺が蛇に向かって走る背後から、冷たい風が追い風となって吹き荒れ、双頭の蛇に襲い掛かった。
変温動物の性なんだろう……頭や長い胴体に雪を積もらせた蛇の動きが目に見えて鈍くなる。
すぐに矢での援護ではなく、まずは氷の魔法で援護してくれるあたり
本当にシルヴィアは頼りになるな……と、改めて実感する。
「そういや、蛇って食べると鶏肉みてえな味がするんだっけ?いや、蛙だったか?」
そんな独り言を呟きながら、俺は構えたツヴァイハンダーを振り下ろして、双頭の蛇の右首を斬り落とした。
同時に蛇の金切り音のような悲鳴が周囲に響き渡る。
「何だ?鮮度の良いバターを切るみたいに手応えが無かったぞ。……なぁ、シルヴィア!」
「はい!」
「こいつ……ヒュドラみてぇに、首の断面から新しく2本の首が生える……なんてことは無いよな?」
「あら?主様はヒュドラを御存知なのですね。とりあえず、問いに対する答えは、いいえです!
ツインヘッドヴァイパーにそのような能力はありません。首を斬り落としたら、そのままです!」
「それを聞いて安心した。なら、安心して左の首も斬り落とせるな。」
俺はツヴァイハンダーを構え直し、蛇がこちらを向いた瞬間……横に薙ぐように振って、一閃で蛇の
左の首を斬り落とした。
「……討伐、完了。おい、そこのおっさん。立てるか?」
「お……おぉぉお!ありがとうございます!貴方達は私の命の恩人です!」
へたり込んでいた男性がゆっくりと立ち上がり、近くに居た俺の両手を掴んで深々と頭を下げてくれた。
「いや、たまたま近くに居ただけだから……」
「貴方……見た感じ、行商の方の様ですね?目的地はアルガスですか?」
「えぇ。此処から南にある『 ユルギア 』って町から商品を積んでね。アルガスのお得意様の処に
商品を卸に行くところだったのです。すいません、あなた方のお名前を御聞きしても?」
「ん?あぁ……俺はユーヤ。」
「私はシルヴィアと申します。」
「ユーヤさんにシルヴィアさんですね。ありがとう!本当に助かりました。あっ、私は『 グレン 』と
申します。以後、お見知りおきを。」
「……なぁ、グレン殿にちょっと訊きたいことがあるんだが……」
「はい!何でしょう?」
「俺はそのユルギアって町に行ったことないから、この大陸のどの辺りにあるのかは知らないけど……
こんな荷馬車で大事な商品を積んで移動するんだ。この蛇然り……モンスターや賊から、あんたの
命や商品を守ってくれる護衛は雇わなかったのか?」
「それは……」
「まさか、その短剣を携えて御1人で此処まで来られたわけではないのでしょう?その……
失礼かもしれませんが、先程の様子を見る限り、主様や私のように武術や魔法の心得があるとは
とても……」
「はい。シルヴィアさんの仰る通りです。私に武術の心得は全くありません!私にあるのは良い
商品を見極める【 鑑定眼 】とか、商談を上手く纏めるためのトークスキルくらいです。
はっはっは!」
「まぁ、商人には必須スキルだな。」
たぶん、俺に商売や貿易の才が無いからよく判らないけど、この荷馬車を見る感じ……
たぶん、グレン殿はそれなり……かなり?優秀な行商人なんだろう。
「先程、ユーヤさんが私に訊いた質問の答えなのですが……確かに最初、ユルギアを発つ前に、
ユルギアの冒険者ギルドに依頼を出していました。アルガスまでの護衛依頼を……」
「まさか、依頼しても誰も引き受けてくれなかったから、依頼を取り下げて御1人で……?
無謀すぎますよ。」
「いえっ!依頼を引き受けてくれた4人の冒険者チームが居たんです。これで私も安心して
アルガスまで行けると思っていたのですが……」
「安心していたところに、この蛇か。もしかして……その冒険者共は、この蛇の腹の中か?」
「いいえ。そのツインヘッドヴァイパーが出現した途端、その冒険者達が……えっと、逃げ出したのです。」
「「逃げ出した!?」」
グレン殿の発言に、俺とシルヴィアは思わず声を合わせて驚いてしまう。
「依頼を途中で放棄して逃げ出すとか……戦士としても、人間としても終わってるな。」
「まったくです!私達は冒険者ギルドに所属していませんから、冒険者ランクというものはありませんが……
ちなみに、グレン殿が雇ったという冒険者の方々のランクは?」
「えっと……確か、Bランクって言ってたような……」
「ランクとやらが低い冒険者達なら依頼放棄しても……いや、許されないな。護衛っていう人命に
係わる依頼を放棄してるんだから……しかも、『 Bランク 』っていう、そこそこの修羅場を
乗り越えてきたと思われる連中がだもんな……クソがっ!」
「グレン殿。この依頼の報酬は?まさか……」
「はい……実は、依頼を引き受けてくれた時点で……ギルドの紹介でしたし、信頼できる相手だと思って、
前渡しで……」
「何てこった!それじゃあその連中、金だけ前もって貰っておきながら、仕事の途中で
逃げちまったってコトか!?ふざけんなっ!」
「まったくです!そのようなこと……盗人と何も変わらないではありませんか!」
「この際、お金のことは良いのです。見抜けなかった私の落ち度ですし、与えた分のお金はまた
稼げばいいだけですから。ただ……今、困っているのは……」
グレン殿はそう言って、荷馬車の方を見る。
「そうだ。荷馬車があるってことは、それを引く馬と馭者が居たはずだ。そいつ等はどうしたんだ?」
「馭者は私がしていました。ただ……馬はツインヘッドヴァイパーから逃げている途中で、手綱が
切れてしまって……」
「そのまま逃げてしまったのですね。」
「はい……」
「それで荷馬車だけが此処で立ち往生してるワケか……」
「仕方ありません。荷馬車は此処で捨てて、アルガスの取引相手の皆さんに謝罪に行かなくては……」
「(このまま此処に荷馬車を放棄か……グレン殿にとっては、今回かなり大損することになるんだろうな。
気の毒に……馬さえ居れば……)」
俺が声に出さずに頭の中で考えていると、俺の目の前にふっとメッセージが表示された。
【 スキル『 Soul of Centaur ( ソウル オブ セントール ) 』を習得しました。 】
「え?」
「どうされました?主様。」
「何か、新しいスキルを習得したみたいだ。」
俺はステータス画面を開き、今覚えたばかりのスキルの詳細を確認する。
〔 使用魔法 〕
〇 Soul of Centaur ( ソウル オブ セントール ) 『 補助魔法スキル 』
属性:闇
消費MP:5
攻撃威力:-
攻撃範囲:-
射程距離:-
*自分の下半身に闇を纏わせ、腰から下を馬の身体と脚にする変化魔法。
*このスキルが使用されている間、発動者の【 AGI 】の値が5倍になる。
*移動中に闇で作った馬の身体、足に当たった敵に、威力・500のダメージを与える。
*発動者の任意のタイミングで馬の身体を構成している闇を掻き消し、人の姿に戻ることができる。
「なるほど……ちょっと発動してみるか。【 Soul of Centaur 】!」
俺が技名を宣言すると、何処からともなく漂ってきた闇が俺の腰から下を包み込み……西洋の騎士が
ジョストという競技の選手が跨るような、黒い鐙で完全武装された黒馬の半身が完成した。
自分もある意味乗馬しているようなものなので、物の見える位置が少しだけ高くなる。
「おぉぉ……格好良いですね、主様!ですが、これ……今、主様の元々の人間の足は、どのように
なっているのですか?」
「ん?あぁ。正座したみたいに、胴体に折り曲げて入れてるよ。移動するときは、正座をしたまま
滑空する感じになるんだと思う。」
俺はそう言いながら上半身を少しだけ曲げ、手を伸ばして馬の身体に触れてみた。
「……うん。ちゃんと触れるな。シルヴィア、今来た道を引き返すことになるけど……構わないか?」
「もちろんです!急ぎの旅をしてるワケではありませんから。それに、そのケンタウロス状態……
試してみたいのではありませんか?」
「ははっ、まぁな。グレン殿、手綱の方は……」
「確か、積み荷の中に新しい物が……ですが、本当に宜しいのですか?」
「あぁ。俺のこのスキルの習得と発動を無駄にしたくないんで。」
「主様のスキルの練習に付き合うと思って、私達に任せていただけませんか?」
「はっ、はい!本当にありがとうございます、御二方。」
数分後
俺は補強された手綱を持ってシルヴィアとグレン殿、たくさんの商品を乗せた荷馬車を引き、
馬の脚で力強く補正され街道を踏みしめてアルガスの町へと向かった。
俺の元々のSTRと、馬が持つパワーが合わさっているのか……荷馬車を引くことに疲労が伴わない。
「うおおぉぉぉぉ!気分は赤兎馬、心はスレイプニル!馬の半身ってのも悪くねぇな。今ならいつまでも
どこまでも走って行けそうだ!あっははははっ!」
「主様。楽しそうなのは一向に構いませんが、安全走行でお願いします。グレン殿の商品を
駄目にしてしまったら、意味がありませんので。」
「うっす!気をつけます……ん?」
「どうされました?ユーヤさん。」
「いや……アルガスの関所に、何か人だかりが……」
「おや?本当ですね。いつもの様な整理の行列でもないようですし……」
「何かトラブルでも遭ったのでしょうか?主様、このまま速度を落としつつ、関所に向かってもらえますか?」
「おう。わかった。」
俺は荷馬車を引いて関所に近づき、門の所に居る衛兵さんの前で変身を解き、話しかけた。
「あの、何か遭っのか?」
「ん?あぁ。彼等はユルギアから来たBランク冒険者なのだが……何でも、この近くに
ツインヘッドヴァイパーが出たみたいでね。護衛対象だった商人は丸吞みにされ、自分達も奮戦したが
力及ばず、危険を知らせるために此処へ駆け付けてくれたんだ。それで今、我々衛兵で討伐隊を
編成しようとしているところだよ。」
「へぇ……連中が……」
俺の目の前で、4人の男女混合チームの冒険者達が真剣な表情で、護衛対象が蛇に丸呑みされたことを
『自分達はその護衛対象を助けるために必死で戦ったが、結局力が及ばなかった!』
『護衛対象を助けられなかったことが無念でならない』
……等ということを、口々に話していた。
まったく……反吐が出る。
「それより、君は……確か、今朝方、ダークエルフのお嬢さんとこの町を発った方……だよな?
町を出る時は、そのような下半身ではなく、荷馬車も所持していなかったはずだが……まさか、
彼等の言う商人の遺品を見つけて来てくれたのかい?」
「ん?あぁ。その前に衛兵さんに会ってもらいたい人が……」
「私に……?」
「お~い。出てきて良いぞ。」
俺がそう言うと、荷馬車の中からシルヴィアとグレン殿が降りてきた。
「おや!貴方はグレン殿ではないですか。本日も商品の卸で?」
「はい。そうなのですが、その前に……衛兵さん。あの4人は虚偽の報告をしています。」
「虚偽の報告……ですか?」
「はい。なぜなら、彼等に護衛の依頼をお願いしたのは、他でもないこの私ですから。」
「何ですって!?」
衛兵の声に、周囲に居た人がざわめき始め……こちらを見た4人の冒険者達の顔が一気に青白くなっていく。
「グレン殿から聞いた話だと、ユルギアの冒険者ギルドでそこに居る連中を紹介してもらって……信頼して
報酬を前金で支払ってたんだと。」
「そこまでは良かったのですが、このアルガスに来る途中でツインヘッドヴァイパーと遭遇した際に
彼等は護衛対象であるグレン殿を置き去りにして、敵前逃亡をされたそうです。」
「ちなみに、そのツインヘッドヴァイパーは討伐しておいた。」
俺は【 アイテムボックス 】を発動し、ギルドで売れると思って収納しておいた蛇の胴体と
2つの頭を、グレン殿の荷馬車の隣に出現させる。
「衛兵さん。御二人の言っていることは本当です。ユルギアの冒険者ギルドで手続した書類もこちらに。」
そう言ってグレン殿は衛兵さんに1枚の紙を見せた。
「大体さ、衛兵さん。連中をよく見てみろよ。そこの4人の防具、『 必死に戦いました! 』って
言うわりには、まるで昨日新調したのかってくらい綺麗だぜ?」
「確かに……グレン殿から頂いた書面はちゃんと受理された本物ですし、それに、君とダークエルフの
お嬢さんが討伐してくれたツインヘッドヴァイパーという物的証拠もある。どちらが虚偽の報告を
しているのかは一目瞭然だな。」
そう言って衛兵や周囲に居た人達が4人の冒険者達に冷ややかな視線を送る。
「商品だけなら仕方ないで済ますこともあるが、今回は人命に係わる依頼だったうえに途中で放棄した挙句、
『 対象者は死に、自分達は必死に戦った 』という虚偽の報告……これは立派な犯罪で
重い罰に処される!おいっ、この者達4人を縄で拘束しろっ!」
「「はっ!!」」
威勢良く返事した他の衛兵達が、抵抗する4人の冒険者達を縄で縛り、そのまま詰め所へと
連行していった。
「なぁ、あの4人はどうなるんだ?」
「とりあえずは、この町の冒険者ギルドとユルギアの冒険者ギルドに今回の件を報告するよ。少なくとも……
いえ、確実に冒険者としての地位を剝奪され、ギルドから追放されるだろうな。」
「ん?それって、追放されたら俺とシルヴィアみたいな自由な旅人、冒険者になるだけなんじゃ……?」
「そうですね。処罰としては少々軽いのではないかと……」
「ユーヤさん、シルヴィアさん。ギルドに加盟したということは、彼等はそこの職員と同じ扱いに
なるのです。そんな職員が仕事を放棄したのですよ?しかも人の命に係わる内容の仕事を。」
「あぁ~……そりゃ、確かに上の立場の人……特にギルドマスターとか呼ばれる人は本気で怒るだろうな。
そのギルドの看板に泥を塗ったようなモンだろ?」
「そういうことです。あの4人もギルドを追放された後、かなりの額の賠償金を請求されることに
なるでしょう。」
「しかし、それでも……主様と私がしてるみたいに、偶然遭遇したモンスターを討伐して、素材を
ギルドで買い取ってもらえば……あっ、そうか。追放ということは、そのギルドに出入りすることも
できなくなるのですね?」
「はい。この町のギルドやユルギアのギルドから、他の町の冒険者ギルドに彼等の情報が伝達されることに
なるだろう。虚偽情報の申告、正義感の欠如など……おそらく他にも余罪があると思われますが、
それ等全てがこの大陸の冒険者ギルドの中で共有情報として扱われることになるんだ。そして、
その情報はギルドから我々のような関所に居る衛兵にも回ってくることになっているのだよ。」
「つまり、俺達や他の人達がこういう関所を通る時にやっているステータス画面表示の他に、
取り調べ内容が増えるのか。」
「その通りだよ。どこの関所でも身分証明の後、持ち物・身体検査が加わります。男性、女性問わず
全裸になってもらい、所持品をくまなく検査したうえで、町や村に入る許可を得ることになるね。」
うわっ!予想以上にキツい処罰だぞ!
確か、刑務所に入った犯罪者達が最初にする内容もこんな感じだったハズ……薬物とか脱獄に
使えそうな物とか……何かそんな感じのアイテムを持ち込んでいないかを確認するために、
お尻の穴や、女性なら大事な場所の穴の中も、くまなく調べられるんだっけ?
「そんな検問を終えて町に入っても、ギルドの建物にすら入ることが許されないから素材を売ることが
できない……じゃあ、国外へ行って新たな土地のギルドに入ろう!ってなっても、そもそも他国へ
行くための路銀もまともに稼げないってことか。」
「そういうことになりますね。それにです、ユーヤさん。こういうお話は広まるのが速いし、
人はなかなか忘れない。私もこの町や他の町のお得意様に、今回の件を話すつもりですから。
そもそも、私達商人の間にはギルドからギルドに登録されている冒険者達のリストが出回っているんです。
護衛として雇う冒険者を決める基準にするためと……絶対に雇ってはいけない、ブラックリストに
登録されている冒険者を知るために。」
「そうですよね。自分の命と商品を守る護衛を依頼するのです。グレン殿のような商人の方々は、
事前に知る権利があって当然でしょう。」
「シルヴィアさんの仰る通りです。ギルドの登録は当事者がギルドを自ら脱退、今回のような追放、
依頼を受けた冒険者が何らかの理由で命を落としてしまっても記録として永遠に保管されます。
ですから、また冒険者として活動しようと思うなら、先程ユーヤさんが仰ったように、今回の件が
絶対に伝わらないような遥か海の向こうの異国の地でスタートし直すしかありません。しかも、
また1から……もしかしたら、マイナスからね。」
「厳しいな……けどまぁ、それもこれもあいつ等の自業自得か。」
「その通り。君達が同情するようなことは、何も無いよ。」
まぁ、今後の連中の処罰に関しては納得したし、俺達は( たぶん )衛兵の隊長さんに挨拶をして
アルガスの町に入った。
再び下半身に闇を纏わせて馬の形にして、グレン殿の荷馬車を取引先の相手の店の前まで運んだ。
「本当に、本当に何から何まで、ありがとうございました!ユーヤさんとシルヴィアさんのおかげで
大事な商品を無駄にしないで済みました。」
「どういたしまして。」
「しかし、グレン殿。私達が行った後、どうするのですか?言い方に語弊が出てしまいそうですが……
馬役の主様が居なくなってしまっては……」
「そうですね。今回の売り上げで新しい子を1頭買うか……此処の商談相手さんに譲ってもらえないか
話してみます。」
グレン殿は微笑みながらそう答えた。
「それより!ここまでお世話になったんですもの。何かお礼の1つでもしたいのですが……」
「ん?別に何か欲しくてやったわけじゃ……なぁ、シルヴィア。」
「そうですね。これから私達もツインヘッドヴァイパーを売って、幾らになるかは判りませんが、
報酬を貰うつもりですし……」
「それでも!何かお礼をしないと私の気が済みません!何でも言ってください。何か欲しい物とか
ありませんか?」
「ん~……欲しい物……あっ!じゃあ、グレン殿。地図を売ってもらえないか?」
「地図を……ですか?」
「あぁ、この大陸の地図と世界地図を1枚ずつ……この大陸の地図は、簡略化された物じゃなくて、
軍隊が所有するような本格的な物を……って、商品にあるかな?」
「もちろんでございます!少々お待ちを。」
そう言ってグレン殿は荷馬車の中に戻り……しばらくして、筒状に巻いた紙を2本持って出てきた。
「お待たせしました!ちゃんと中身を確認して来ました。赤い紐で巻いてある方がこの大陸の地図、
青い紐で巻いてある方がこの世界の地図でございます。」
「ありがとう、グレン殿。それじゃ、お代を……」
「とんでもない!お代は結構でございます。いろいろ助けてもらったお礼なのですから。遠慮しないで
受け取ってください。」
「良いのですか?地図という代物は、かなり高価な物だと聞いたことがあるのですが……」
「そうですね。ですが、問題はございません。正直に申しますと、そちらの地図は先月仕入れた
物なのですが、ずっと売れなくて……その間に他の商品が売れて、そちらの地図を仕入れた分の
お金は、既に他の商品を売ったお金で賄えてしまいましたから、お金のことはあまり気にしていません。
それに……必要とされている方に提供してこその商売ですからね。はっはっは!」
「そっか、そういうことなら……ありがたく受け取らせてもらうとするか。悪いな、グレン殿。」
「いえいえ、お礼を言うのは私の方です!本当に何度お礼を言っても足りませんよ。私はこの大陸の
町をあちこち廻りながら商売しています。機会があったら、またどこかで会いましょう。」
「そうですね。その時は、また。」
「この後の商談、上手くいくといいな。」
「はい!ありがとうございます。では、これにて失礼します。」ニコッ
俺達とグレン殿は握手を交わし、笑顔で手を振り合ってこの場で別れた。
- 待ち時間の小騒動 ( No.7 )
- 日時: 2024/05/02 21:12
- 名前: 柔時雨 (ID: ..71WWcf)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13011
アルガスの町・冒険者ギルド
俺とシルヴィアは売りに出したツインヘッドヴァイパーの査定が終わるまでの間、ギルド内にある椅子に
座り、テーブルの上にグレン殿から貰った世界地図の方を広げていた。
「それでは、主様!お勉強の御時間です。」
「うっす。よろしくお願いします、シルヴィア先生。早速なんだけど、俺達が今居る大陸ってどこだ?」
「その前に、主様。まず世界地図の方をご覧になって、気付いたことはありますか?」
「ん?そうだな……」
俺は広げられた地図に視線を落とす。
「東西南北にいびつな形の大陸がそれぞれ1つずつ……ひし形を描くように存在してるってコトかな?
それと、大陸と大陸との間隔がかなり広い……移動は長い船旅になるんだろうな。」
「はい!正解です。そして、今私達が居るのは、こちら。西の『 ヴェルスティア大陸 』です。」
そう言ってシルヴィアは地図の左端に描かれた縦長の島を指差す。
「なるほど。しかし、随分とちゃんとした地図が存在するんだな……測量がしっかりしてるっつうか……
そういうのを調べる組織ってのがあるのか?」
「確か王都に、魔法でそのようなことをする人達が居るという話を聞いたことがあります。ただ、私は
まだ王都に行ったことがないので……仮に行ったとしても、そういう仕事現場みたいなのは
見せてもらえないでしょうから、どこまで信じればいいのか?と訊かれると……返答に少し
困ってしまいますね。」
「そっか……いや、シルヴィアが謝ることなんて無いよ。とりあえず今、自分達の居る大陸が
どこか判ったし、そうだな……南西の方角の何処かに……」
「ん?何だ?この町のギルドには珍しい、美女が居るじゃないか!」
ギルドの扉が開き、金髪の優男が入って来るなり、シルヴィアを見つけたようだった。
絵に描いたようなちょっと馬鹿っぽい貴族風の男性は腰に長剣を携えており、背後に侍らせている
女性2人も
1人は細身の長剣と小さな丸い盾を、もう1人はハルバートを所持している。
「ごきげんよう、お嬢さん。本日は何用でこちらに?」
「主様。この後はいかがいたしますか?」
男性の話をガン無視して、シルヴィアが対面に座っている俺に話しかけてきた。
なので、俺もシルヴィアの問いに答える。
「そうだな……査定がいつ終わるか分からないし、また夕刻になったら昨日と同じ宿に泊まるか。」
「ふむ……では、必要な物の購入は、明日の朝でも問題無いですね。」
シルヴィアに華麗に無視され、ギルド内の所々でクスクスと笑い声が漏れる中、横目でチラッと見た
キザな男性の顔は、目に見えて真っ赤になっていた。
「こっ……このっ!僕を無視するなんて……大抵の女性は、僕が話しかけるだけで好意の視線を
向けてくるというのに……」
随分な自信だな。
自分で自分のことを格好良いと思える自信があるのは、純粋に凄いと思う……俺には、自分をイケメンと
言えるだけの度胸が無いからな。
「はぁ……先程から煩いですよ、下郎。貴方には微塵も興味がございませんので、どうぞ。
お引き取りを。」
シルヴィアは心底うんざりといった表情で深い溜め息を吐き、親友だったエルフに向けたような
絶対零度の視線で男性を睨みつける。
「なっ!?げ……下郎!?この僕を下郎だって!?」
「ははっ。言うねぇ、シルヴィア。」
「私は事実を言ったまでです。特に!軽薄で誠意の欠片が微塵も感じられないような男など、スライムの
ようなものですので。」
「シルヴィア……そいつぁ、スライムに失礼だろ。」
「あっ、そうですね。私としたことが。」
シルヴィアが地図を丸めながらそう言った直後、男性が携えていた長剣を抜き、テーブルを叩き斬った。
「ふざけるなぁぁぁっ!ここまで馬鹿にされて、駄目っていられるか!」
「おいおい。お前は既に2人、女を侍てるじゃねえか。あいつ等とヨロシクやってろよ。」
「うるさいっ!……ところで貴様、このダークエルフの美女を幾らで買ったんだ?」
こいつ、何を……って、そうか。
俺がシルヴィアを奴隷商から買ったと思っているのか。
無理もないか。シルヴィア、俺の事『 主様 』って呼んでくれるからな。
「…………その値段を言ったら、てめぇはどうするつもりなんだ?」
「倍以上の金額を用意してやる。だから、彼女をこの僕、『 ユーレウス 』に譲ってくれないか?」
「断固拒否するっ!」
まぁ、そうだろうと思ったので、俺はユーレウスの申し出を即答で断った。
同時に、至近距離に居るユーリウスのステータスを【 超解析 】で覗き見た。
【 ユーレウス 】 Lv・45
種族・人間
年齢・21
性別・男性
身長・182cm
クラス・ウォーリア
Range・前衛
職種・冒険者
移動ユニット・【 歩 】
属性・光
【 使用武器 】
〇 エストック
全長 : 80cm
重量 : 0.7kg
武器適正 : 剣術
【 ステータス 】
HP・190
MP・170
【 STR 】・120
【 VIT 】・90
【 INT 】・10
【 MND 】・60
【 DEX 】・80
【 AGI 】・150
<< 適正 >>
【 歩兵 】 A 【 騎兵 】 A 【 弓兵 】 D 【 海兵 】 A 【 空軍 】 F
【 魔導師 】 F 【 工作兵 】 F 【 商才 】D 【 間諜 】 F
【 軍師 】 G 【 築城 】 F 【 統率力 】 E
【 剣術 】A 【 短剣術 】A 【 槍術 】E 【 弓術 】D 【 格闘術 】F
【 銃撃 】G 【 投擲 】E 【 魔術 】F 【 召喚術 】G 【 防衛術 】C
【 生産職 】G 【 罠工作 】F 【 機械操作 】G 【 交渉術 】D
【 推理力 】G 【 軍略 】G
【 スキル 】
〇 魅惑のフェロモン 『 パッシブスキル 』
属性:-
消費MP:-
*【 MND 】の数値が500以下の異性を口説いた際、100%成功する。
* 異性の敵から受ける攻撃、魔法攻撃系スキルの威力を全て半減する。
「(弱っ!これが、この世界に活きる人間の基本的なステータスなのか……それとも、コイツが
特別弱いのか?【 INT 】なんて……ぷっ!ゴブリンと同等の数値じゃねぇか!後は……
なるほど。コイツが女性を侍らせているのはスキルの効果で、シルヴィアの【 MND 】が
コイツのスキルが示している数値よりも高かったから、効果が無かったのか。)」
ということは、ユーレウスと一緒に居るあの女達は、あんまり【 MND 】が高くないんだな……
「はぁっ!?なぜ断る!?彼女を手に入れた時の倍の金額を出すと言っているのに……」
「どれだけ金を積まれたって、俺はシルヴィアを誰にも譲るつもりはまったく無い!世の中には金で
解決できねえことだってあるんだよ!」
「ちっ……!ならば、強硬手段だ!既成事実さえ作ってしまえば……来いっ!僕無しじゃ
生きていけない体にしてあげるよ!」
そう言ってユーレウスがシルヴィアの手首を掴んだ瞬間……いや掴むって判っていたんだろうな。
気が付いた時には既に立ち上がっていて、ユーレウスの右頬に拳を叩きこんでいた。
「ぶるぉああああああああぁぁぁぁぁっ!!」
奇声を発しながらユーレウスが錐揉み回転しながら吹っ飛び、ギルドの壁に叩きつけられた。
今のでHPが0になったのでは?と思ったが、ピクピクと痙攣しながら何とか起き上がろうとしている。
どうやら、今のは『 戦闘 』と見做されなかったようで、HPのやり取りも発生しないようだった。
「てめぇ……俺の、大切な女性に、汚い手で気安く触れてんじゃねえぞ、コラァ!」
「主様……♥」
俺は何とか座り込んだユーレウスの金髪を掴み、グイッと引き上げる。
「うぐっ……」
「今度同じ真似をしてみろ。俺のツヴァイハンダーで、てめぇの両手と、その両足の間に
ぶら下がってる粗末な棒を斬り落とすぞっ!大層な女好きみてぇだが……二度と生殖活動が
できねぇようにしてやるっ!」
「お……お前、僕にこんなことして……ただで済むと思っ……」
殴られて尚、大口を開けて抗議するユーレウスの口に、俺の隣に立ったシルヴィアが弓矢を構えて狙いを
定める。
「ひっ……!?」
「主様に抗議されるのですか?下郎の分際で……」
シルヴィアに睨みつけられ、咽の奥に銀色に光る矢で狙いを定められているユーレウスのズボンの股の間が
変色し、そこからゆっくりと黄金の液体が染み出してきた。
「あら?粗相ですか。」
「公衆の面前で女性に脅されて失禁か?……ぷっ、くく……無様だなぁ、おい。」
俺は掴んでいたユーレウスの髪から手を離し、シルヴィアと一緒に距離を取る。
「見ろよ。お前と一緒に居た女2人もドン引きしてるぜ。」
「まったく……一体、この者の何に魅かれて、一緒に居たのでしょう?理解に苦しみます。」
「さぁ?財力とかじゃねぇか?……さてと、もう充分醜態を晒したみてぇだし。今回はこれで
見逃してやる……とっとと俺達の前から消え失せろ!」
「ひっ!ひぃぃぃぃぃぃ!!」
ユーレウスは四つん這いの状態で手足をバタつかせながら建物から出て行き、一緒に居た女性達も顔を
見合わせた後、彼に続くように静かに建物から出て行った。
「ははっ、絵に描いたような小物っぷりだな。」
「うふふっ、そうですね。」
「ユーヤさん、シルヴィアさん。査定が終わりましたよ。」
名前が呼ばれたので、シルヴィアと一緒に受付カウンターへ向かう。
俺達がカウンター前に立つと、前回も担当してくれた受付嬢が笑顔で対応してくれた。
「悪いな、騒動を起こすつもりは無かったんだが……床も汚しちまって……」
「お気になさらないでください!実は、私も何度かアイツに言い寄られていて、迷惑していたんです。
なので今日、アイツの無様な姿が見られてスカッとしました!ありがとうございます。」
アイツ、女を見ると見境なく言い寄っていたのか……あんまり評判は良くなさそうだな。
「まぁ、アイツの粗相したものは後でモップで掃除するとして……こちらが、今回の報酬になります!」
そう言って受付嬢さんはパンッパンに膨れ上がった前回よりも大きな麻袋を1つ置いた。
「危険度Aランクモンスターであるツインヘッドヴァイパーの素材提供ということで、今回は
金貨3000枚で買い取らせていただきます。」
「「金貨3000枚!?」」
俺とシルヴィアは思わず声を上げて驚いてしまった。
前世で遊んでいたRPGでは3000円は初期費用だったり、読んでた漫画では主人公に金貨1000枚くらい
支給されていたし
『 1000 』という単位は割と良心的な枚数なのか?とも思えるけど……
確か、この世界の金貨1枚で10000円の価値があるから……30000000円だと!?
「ほっ……本当に貰っていいのか?コレ……」
「もちろんです!御二人はそれだけのことをしてくれたのですから。正当な評価と報酬です。それに……」
受付嬢の視線が、奥で豪快に酒盛りをしている冒険者達の方へ向けられる。
「あの人達はウチのギルドに加入している冒険者さん達なのですが……『 俺達に合った仕事が無い 』とか
言って、昼間からお酒を飲んでばかり。実績を積まなければ冒険者ランクは上がらないのに、
危険度の高いモンスター討伐がしたいなんて言っているんですよ。」
「まぁ……自分達の生活が苦しくなったら、本気を出すのではないでしょうか?それに、私達に
支払ってくださるような出費を頻繁にしないで済むと考えれば……お酒代の方は、笑って済ますことが
難しそうですけど……」
「シルヴィアさんの仰る通りかもしれませんね。あの人達が仕事に成功したときにでも、お酒代を纏めて
請求しようと思います。」
「お……おぅ。あのおっちゃん達のことは置いておくとして……本当に良いのか?ギルドに登録していない
冒険者の俺達がモンスター討伐をして、こんなに報酬を貰って……あのおっちゃん達だけじゃない。
他の冒険者の仕事を奪ってるような気が、今更ながらに思っちまって……」
「大丈夫です!仮にそのような事態になったとしても、依頼した冒険者達はクエスト失敗という事に
なりますが、罰則も何もありませんし、手数料が支払われます。その後、こちらで受けていた依頼を
取り下げ、依頼主に成功を御伝えするだけです。」
へぇ……この世界のギルドのシステムは、そんな感じなのか。
「その代わり!その内容が今回のモンスター討伐のような内容だった場合、なるべく早くギルドに
ちゃんと報告してくださいね。あと、虚偽の報告はいけませんよ?まぁ、素材の買取りに関しましては、
物的証拠を提示していただきますので、そのようなことは滅多にありませんが。」
「あぁ、もちろんだ。それじゃ……今回もありがたく、この報酬を貰って行くよ。」
俺はカウンターに置かれた麻袋を受け取った。
「またいつでもいらしてくださいね。御二人なら大歓迎です。」
「あぁ……今は懐が温かいから、自分達から進んで狩りをするつもりはないけど……」
「冒険の途中で仕方なく何か討伐した際には、また買い取りをお願いしますね。」
「はい!お待ちしております!」ニコッ
- 壁越しの語らい ( No.8 )
- 日時: 2024/05/02 21:13
- 名前: 柔時雨 (ID: ..71WWcf)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13011
ツインヘッドヴァイパー討伐の報酬を受け取り、これからどうしようかと
シルヴィアとアルガスの町をブラブラと歩いていた。
「ふむ……俺はあんまり、食材の鮮度に関しては疎いんだけど……その……市に並んでる野菜の鮮度は
あまり良くないのかな?」
「そうですね。主様、地図をご覧になっていただければ解ると思いますが、このアルガスの町は
ヴェルスティア大陸の内陸にある都市の1つです。森や山に囲まれた内陸に位置した場所にありますので、
どうしても物流の面で不足……滞りがあったりするのかもしれませんね。」
「なるほどなぁ。悪いな、シルヴィア。分からないことがあったら、すぐお前に質問して……」
「そんな!全然気にしていませんよ!むしろ、頼っていただいて嬉しい限りです!」
「そうか?そう言ってもらえると助かる……ん?」
「どうされました?主様。」
ふっと視線を上げると、『 Bath 』と書かれた看板を下げた、現実世界だと古民家くらいの大きさの建物が
目に入った。
「Bath……へぇ!この町には風呂屋があるのか。」
「風呂?」
俺の言葉に対し、シルヴィアが可愛らしく首を傾げる。
「あれ?知らない?」
「入ったことはありませんが、どういう物かは……確か、人間が汚れた体をお湯で洗う場所なのですよね?
私達は泉や川で、水浴びをしていましたので。」
「あぁ、なるほど。そういうことか。……せっかくだし、入ってみるか?」
「はいっ!」
扉を開け、シルヴィアと店に入ると、銭湯でいう番台に位置するであろう受付カウンターにいた爺さんから
それぞれ石鹸とタオル、そして鍵が手渡された。
「え?鍵?」
ふっと爺さんの後ろを見ると、奥の壁にそれぞれ1つずつ扉が設けられている。
「へぇ……個室なのか。」
俺が思っていたスパワールドっていうのか?公衆浴場とはちょっと違うみたいだ。
どちらかというと、サウナに近い施設なのかもしれない。
「主様、一緒に入りますか?」
「ぐっ……!おぉぉ……魅力的な提案だけど、変に欲情してシルヴィアに幻滅されたくないからな……
その提案は、いずれ自分達の拠点を手に居れた時の楽しみにしておくよ。」
心の中で血涙を流しながら、俺はシルヴィアの提案を何とか断った。
「うふふ。分かりました。それでは主様、また後程。」
「おう。」
シルヴィアと別れて目の前の扉を開けて、個室に入って内側から鍵をかける。
脱衣所でスキル・【 影の鎧 】を解除し、服を脱いで浴室へ入る。
店がそれほど大きくなかったので内装はあまり期待していなかったが、実際目の前に広がっているそこは
洗い場もしっかり設けられていて、1人で入るには充分大きすぎる浴槽が用意されていた。
「おぉ……こいつは、思ってたより凄いな。」
とりあえずまずは身体を洗い、その後浴槽に深々と入り、深々と溜息を漏らす。
同時に、俺は浴槽内に視線を向け、怪しい亀裂が無いか探してみた。
……まぁ、案の定そんな物は無かったわけで。
「仮にもし、こういう浴槽の何処かに亀裂が遭って、そこへ流れ込んでいくお湯に巻き込まれたら……
某テルマエ技師のように、別の世界、別の時代へタイムスリップできたりするんだろうか?」
俺の場合は、前に居た世界に帰ることになったりして……まぁ、帰りたいとは微塵も思ってないんだけどな。
仮に戻れたとして、どこかの銭湯の中ならともかく、俺が身投げしたあのビルの前なんかに
裸で戻されたら……
すぐさま、猥褻物陳列罪で捕まっちまうだろうなぁ。
『主様。どうですか?ちゃんと温まってらっしゃいますか?』
「シルヴィア?」
浴槽に亀裂が無いかを確認していると、壁の向こう側から、シルヴィアの声がハッキリと聞こえてきた。
洗い場や浴槽は立派だけど、男湯と女湯を隔てる壁は、俺が思っていた以上に薄いのかもしれない。
「あぁ。堪能させてもらってる。まさか、この世界でこんな立派な風呂にありつけるとは思わなかったよ。」
『うふふ。私も驚いています。温かいお湯というのも良いですね。この石鹸も凄く泡立って……!』
薄い壁の向こう側から、とても楽しそうなシルヴィアの声が聞こえてくる。
『はぁぁぁ……気持ち良いです……それにしても、そちらとこちらを隔てる壁が薄いですね。主様の声が
すぐ傍に居るかのように聞こえます。』
「あぁ、それに関しては俺もちょっと驚いた。たぶん、お偉いさん達が他人に聞かれたくない大事な内容を
話し合ったりするのにも使われてるんじゃねぇかな?良い感じに個室なわけだし。」
『なるほど……では、主様。せっかくですし、この機に少しお話ししませんか?』
「話?それは良いんだけど……俺が話せるようなことは、シルヴィアと初めて出会った時に、
殆ど話しちまったからな……」
『ん~……それでは、私がする質問に答えていただけますか?』
「あぁ、それなら。俺に応えられる範囲なら、何でも答えるぜ。」
『うふふ。ありがとうございます。では、えっと……主様が以前、生活されていた世界は
どのような感じの場所だったのですか?こういうお風呂屋さんはあったのですか?』
「おう!あったぞ。ただ、こういう個室の風呂屋はあんまり知らないな……どっちかというと、
公衆大浴場……大勢が一緒の浴室に入って、皆で裸の付き合いをするっていう風呂屋の方が
一般的だったかな。もちろん、男女は別れてるけどな!ただ、俺が生まれるよりずっと昔は、
混浴……男女一緒に入るのが当たり前だったらしい。」
『なるほど……他には?主様が居たその世界には、どのようなモンスターが……』
「いや、俺の前居た世界にモンスターは居なかったよ。まぁ、兎やイノシシは居たけど……それでも
この世界の物よりもっと小さいし、角は生えてない。」
『モンスターが居なかった!?そうなのですか……それは、随分と平和だったのですね。』
「う~ん……そうでもないかな。他の国では未だに戦争や内乱なんてものがあったし……
俺が住んでいた国でも『 キノコとタケノコ、どっちが好き? 』とかいう、そこそこ大きな
論争があったり……」
『待ってください。申し訳ありません、主様。キノコは存じておりますが、タケノコというのは?
キノコと比較されてるくらいですから、食材だとは思うのですけど……』
「あっ、あぁ!そうか。この世界にタケノコは無いのか。わかった。それじゃ、【 創造 】のスキルを
試してみて上手くいったら、今度出して見せるよ。」
『はい。楽しみにしています。』
「まぁ……話を戻して、今挙げたのが俺の居た世界で、割と有名な論争だんだけど……他にも、
大小の区別関係無く犯罪は少なからずあったし、俺が受けたような迫害みたいなモンもあったよ。」
『あ……申し訳ありません。嫌な事を、思い出させてしまいましたね……』
壁の向こうから聞こえてくるシルヴィアの声が、少しだけ気落ちしたように思えた。
「いや、シルヴィアが謝ることなんて何も無いよ。確かにイジメは辛かったけど……それまでの過程は
どうあれ、この世界に来ることができて、シルヴィアとも出会えて良かったと思ってるんだからな。」
『主様……うふふ。そう言ってもらえて、私も嬉しいです。はぁぁぁ……それにしても、
お風呂という物がこれ程までに良い物だとは……主様、拠点購入の際には、是非お風呂付きの
物件をお願いします。』
「そうだな。まだ試してないから何とも言えないけど、もし、自分で拠点を作れるってようになったら、
ちゃんと風呂を付けることを約束するよ。」
『ありがとうございます。』
「さてと……」
俺はゆっくりと立ち上がり、浴槽から出る。
『もう出られるのですか?』
「あぁ。ちょっと逆上そうになったからな……シルヴィアはどうする?もう少し入ってるか?」
『ん~……では、お言葉に甘えて、もう少しだけ。』
「わかった。それじゃ、先に出て待ってるけど……俺のことは気にしないで、好きなだけ
堪能してくれていいからな?」
『うふふっ……では、お言葉に甘えさせていただきますね。』
***
それからしばらくして……
公衆浴場の建物から出て外で待っていると、シルヴィアがゆっくりと出てきた。
「ふぅ…………申し訳ありません、主様。かなり待たせてしまいましたよね?」
「いや、全然気にしてねえよ。それより……ホラ。これを飲むと良い。」
俺はそう言ってシルヴィアにキンッキンに冷やした牛乳瓶を手渡した。
「きゃっ!冷たい!主様……これは?」
「フルーツ牛乳っていう俺の元居た世界の飲み物だ。今さっき、【 創造 】のスキルで出してみた。
上手くいって良かったよ……とりあえず、何も訊かずに、その紙の蓋を開けて一口飲んでみな?」
「え?あっ、はい。」
シルヴィアは少し手こずりながらも紙の蓋を開け、フルーツ牛乳を口へ運んだ。
「んっ!ごくっ……ごくっ………ぷはぁっ!何ですか、コレ!?もの凄く甘くて美味しいですっ!」
「だろ?他にもコーヒー牛乳ってのもあるんだけど、フルーツの方が甘いからな。ついでに、
フルーツ牛乳を初めとする、瓶に入った牛乳の正しい飲み方ってのを教えてやるよ。」
「正しい飲み方……ですか?」
「おう。まずは、こうして!」
俺はシルヴィアの目の前で両足を肩幅に開き
「こうして!」
左手を腰に当て
「こうだ!」
頭を45度の角度に傾けると
「ごくっ……ごくっ……んっ…………ぷはぁっ!」
右手に持っていたフルーツ牛乳を一気に飲み干した。
「おぉ~!凄い、凄いです!なるほど、そうやって飲むのが流儀なのですね。」
「まぁ、男女差別するつもりは無いけど……シルヴィアは女の子だしさ、無理して一気飲みしなくてもいいぞ。
ただ、こういう飲み方があるってだけだからさ。」
「そうですね。ですが、いつかは主様がやったように飲んでみたいですね……うふふっ。」
「ん?どうした?」
「いえ……別にお酒なんか飲まなくても、私達にはこれで充分ではないか……と、思いまして。」
「あぁ。確かに、そうかもしれないな。」
「それにしても……主様の以前住んで居られた世界は凄いですね。このような物があるだなんて……」
「最近見かけなかったけど、今でもある所にはあるんだろうな。ちなみに、今の物価が
どうなってるのか知らないけど、ちょっと値上がりしてるのかな?でも、だいたい銅貨2枚で、
その牛乳1本買えるぞ。」
「御冗談でしょう?こんな美味しい物が銅貨2枚で買えるわけが……銀貨1枚は必要でしょう?」
「その辺はやっぱり、文化や価値観の違いだろうなぁ。」
「主様の世界の物ですから、おそらく主様が仰っていることは本当なのでしょう。ですが、う~ん……」
そんな話をしながら俺の隣を歩くシルヴィアから、ほんのりと微かに石鹸の良い匂いが漂ってきた。
かなり気に入ってくれたみたいだし、風呂付きの拠点を手に入れたときには
要望に応えて出してやるとしよう。
- 盗賊殲滅戦 ( No.9 )
- 日時: 2024/05/02 21:15
- 名前: 柔時雨 (ID: ..71WWcf)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13011
一夜明けて……【 創造 】のスキルで出した懐中時計で時間を確かめたところ、現在午前7時。
宿の主と衛兵さんに挨拶してから、少し遠出してそこそこ広い森へ、レベルアップがてら
モンスター討伐に訪れていた。
「森を訪れると、シルヴィアと初めて出会った時のことを思い出すな。」
「うふふ。そうですね。あのとき、主様が誘ってくださったときのこと、今でもハッキリと
覚えていますよ。」
一瞬断られた記憶もあるが、今、こうして仲間として隣を歩いてくれているんだし、
そのことをわざわざ口に出すこともないよな。
そんなことを思い出しながら歩いていると、前方の茂みが大きく揺れ動いた。
「ん?モンスターでしょうか?」
「あの叢の揺れ具合……仮にモンスターだった場合、そこそこ大きなモンスターか、
群れでの襲撃かもしれないな。」
俺とシルヴィアが戦闘態勢を取った目の前の叢と、周囲の叢から厳つい男性達が姿を現した。
殆どの男性がボサボサに髪を伸ばし( 中にはスキンヘッドやモヒカンヘッドの奴も居るが )無精髭を
生やして、ボロボロの衣服や防具を着用している。
そして……男達の手には、剣や鉞、短剣が握られている。
「おうおう!此処は俺達『 グラウザム盗賊団 』の縄張りだ。通りたければ、通行料として有り金を
全部置いていきな!」
いきなり出て来て、アホな要求をしてくる盗賊達を目の前に俺とシルヴィアは同じタイミングで
溜め息を吐く。
「なぁ、シルヴィア。」
「はい。」
「この世界で賊に襲われた際の対処法っていうのは、あるのか?」
「賊の扱いというものは、害獣やモンスターに襲われた時と同じです。私達の判断で処断して
構わないです……が、主様。先日、アルガスの町で少し話題に出ましたが、この世界には奴隷制度が
存在します。相場というものは詳しくないので判りませんが、関所などで引き渡すと、それ相応の
報酬が支払われる制度があったはずです。」
「なるほど……ただ、生け捕りにしたら、討伐した際の経験値って手に入らないよな?」
「そうですね。」
「おいっ!いつまでグダグダ喋ってやがる!有り金全部置いていくのか!?いかねえのか!?」
俺とシルヴィアが話していると、痺れを切らした盗賊の頭と思われる男が怒鳴ってきた。
「置いていくわけねぇだろ。何が悲しくて、俺達の大事な生活費をてめぇ等賊共にくれてやらなきゃ
ならねぇんだよ?」
「交渉決裂だな……おいっ!野郎共!!」
一際厳つい賊の頭が短く発した声を合図に、武器を持った数人の賊が俺達に向かって走り出す。
「ぎゃははははっ!!死にやがれぇぇぇっ!!」
「はぁ……」
俺はツヴァイハンダーを片手で持って横一閃に薙ぐように振り、先頭を横一列になって走って来ていた
3人の賊の腹部に等しく同じ斬り傷を刻みつけた。
「「「ぎゃあああああああああぁぁああぁぁぁぁぁっ!!」」」
血が噴き出た腹部を抑えながらその場で蹲ってしまった3人の賊の肩や腕に
俺の背後からシルヴィアが放った矢が突き刺さった。
追撃を受けた盗賊達が、更なる痛みに地面の上をのたうち回る。
「シルヴィア。」
「何でしょう?主様。」
「以前、シルヴィアと一緒にゴブリン共と戦った時も思ったんだけど……この世界の連中は、
弓の重要性を知らないほど、馬鹿なのか?」
「どうなのでしょう……?ですが、遠距離攻撃は攻撃系の魔法スキルがあれば事足りると思っている節は、
あるかもしれませんね。それに……私はまだ見たことありませんが、弓と同じように、
遠距離攻撃ができる『 銃 』という武器が、少しずつ世に出回っているそうですよ。」
「そっか……」
それでも魔法は呪文詠唱中は仲間に守ってもらわないと隙だらけになるし
この世界の銃のレベルがどれほどのもんかは知らない……ライフルやショットガンとかなら
どうかは知らないけど
もし、戦国時代の長篠の戦いで猛威を振るった火縄銃レベルなんだとしたら……
弾1発を撃った後、次弾を装填・発射するまでに時間がかかることを考えると
やっぱり、弓の方が強いんじゃないかと……どうしても思ってしまう。
「くそっ……おいっ!てめぇ等!何を怖気付いてやがる!こうなりゃ数で押し切れ!!」
「「「「「へいっ!!」」」」」
盗賊の頭の背後に居た賊達が武器を握りしめ、正面から俺達に向かって突っ込んでくる。
「ちっ……馬鹿の一つ覚え見てぇに。」
「しかし、正面から来てくださるのはありがたいです。主様、先程と同じように、確実に対処して
いきましょう。」
「あぁ、そうだな。」
俺とシルヴィアが身構えた直後、盗賊達は足を止め……俺の少し後方から短い悲鳴が聞こえた。
「きゃあぁっ!」
「っ!?シルヴィア!?」
勢いを付けて後方へ振り替えると、森の中の離れた茂みから迂回してきたのか……賊の仲間と思われる
屈強な男が1人、シルヴィアを羽交い絞めしていた。
全然気づかなかった……
シルヴィアも……気付いていたかもしれないけど、弓の弦を引き絞っている最中で、
対処できなかったのかもしれない。
移動しているわけでもなかったから、彼女のスキル【 森林の先駆者 】の【 隠密効果 】も
発動しなかったのだろう。
ただ正面から突っ込むだけの賊かと思っていたど、隠蔽魔法かスキルを使えるくらい賢い奴も居たのか……
くそっ!人数が多かったからって、最初に【 超解析 】を使って連中のステータスを見ておかなかったのが
裏目に出た!
「頭ぁ!やりやしたよ!」
「おうっ!よくやったぁ!!」
「くっ……このっ……!触らないでください、下郎っ!」
「ぐっへっへ……ダークエルフってのを初めて見たが……めちゃくちゃ可愛い顔してるじゃねえか!
胸も尻もデカいし……頭ぁ!俺、何だかムラムラしてきやした!」
「馬鹿野郎!そんなに上玉なら、まずは俺に楽しませろやっ!その後、お前にもヤらせてやるからよぉ!」
「へぇい……」
「まったく……おいっ!そこの黒鎧のお前!その嬢ちゃんは頂いていくぜ!俺達無しじゃ
いられない身体に調教してやるよ!けどまぁ、俺も鬼じゃねぇ。どうしても離してほしいってんなら、
まずはその武器を捨てやがれ!!」
「…………」
俺は賊の頭に言われた通り、握っていたツヴァイハンダーを地面の上に落とした。
「がっはっは!金の時とは違って、えらく素直じゃねぇか!」
「金はてめぇ等にくれてやるのが嫌ってだけで、無くしてもまた稼げばいい……けど、シルヴィアは
替えの利かない、俺の大事な女性だからな。シルヴィアの身の安全を約束してくれるなら、
俺は喜んで自分の武器を捨ててやるよ。」
「主様…… 」
「そうかい、そうかい。まぁ、何にせよ……そこを動くなよ!野郎共!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」」」
賊の頭の声を聞き、一時的に足を止めていた賊達が俺に向かって再び走り出し、手に持っていた
剣・短剣で、俺の影の鎧で守られていない箇所を刺してきた。
HP 86000 → 85360
当然だけど刃物で突き刺されたことによりHPが減少し、同時に刺された場所と、口の右端から血が
流れ出てきた。
「ぐふっ!」
「主様っ!!」
「大丈夫……俺はまだ、大丈夫だ……この程度、シルヴィアを危険な目に遭わせちまった自分への
罰だと思えば……問題無い、耐えられる。」
羽交い絞めされながら悲痛な声を上げるシルヴィアに対し、俺は口の端から血を流しつつも、
優しく答える。
それと同時に
【 スキル『 Revenge the Nightmare ( リベンジ ザ ナイトメア ) 』を習得しました。 】
というメッセージ画面が、目の前に表示された。
「新しいスキル……なら、この状況を打破できるかどうか……早速使ってみるか……」
俺は説明文を見る前に、魔法を使用してみた。
すると、俺の全身を紅と黒が混ざった色のオーラが包み込むと同時に、猛々しい馬の嘶きが周囲に
響き渡り……
オーラと同色の闇で作られた馬が、俺に剣を突き刺している賊の人数と同じ数出現し、賊達の腹部に
突進して……そのまま駆け抜けて行った。
「「「「「ぐはああああああああぁぁぁぁぁっ!!」」」」」
闇で作られた馬の突進を受けた賊達が、外傷は無いのに腹部を抑えながら後方……俺から見て前方へ
大きく吹っ飛んだ。
「なっ……!?何だ!?今の黒馬は……?てめえ!一体、何しやがったんだ!?」
「さぁな……俺だって、初めて使ったんだから……」
俺は自分に突き刺さった剣を引き抜きながら、たった今習得した魔法の内容を確認する。
〔 使用魔法 〕
〇 Revenge the Nightmare ( リベンジ ザ ナイトメア ) 『 特殊攻撃スキル 』
属性:闇
消費MP:10
攻撃威力:-
攻撃範囲:G ~ SS++
射程距離:G ~ SS++
*自分の全身に闇のオーラを纏わせ、自分にダメージを与えた敵に向けて馬型のオーラを放って反撃する
カウンター系魔法スキル。
*馬型のオーラは自分にダメージを与えた敵に当たるまで戦場を駆け巡り、敵に与えるダメージは
自分が受けたダメージを3倍にしたものになる。
*近距離でダメージを受けた直後に発動した場合のみ、カウンター効果が適用される。
魔法攻撃、矢や銃弾などの遠距離攻撃をカウンターする場合は、事前にオーラを展開しておく必要がある。
*効果は1度オーラを展開してから、1分間持続される。
3分のクールタイムの後、再度使用することができる。
「なるほど……やられたらやりかえす……倍返しだ!ってヤツか……それも、3倍返し……」
1刺し、1刺しの威力は判らなかったけど、俺に剣を突き刺した盗賊達は俺が受けた痛みを3倍にした
痛みを受けたんだ。
外傷は無いけど、もしかしたら、体の内側からダメージを受けてショック死してしまったのかもしれない。
「さてと、次は……」
俺はスキル・【 影の鎧 】の効果を発動し、自分の身体を影の中へと沈ませていく。
「なっ!?何だ、アイツ!!人間のはずなのに、影の中に溶け込んでいきやがる……!」
「何だ?もしかして、自分の仲間の女を置いて逃げるつもりなのか!?がはははははっ!
とんだ腰抜け野郎だな!でもまぁ、これで……俺達は上玉の女を手に入れることができたってわけだ。」
盗賊共の笑い声を無視して、完全に体を影の中に潜ませて、ふっと顔を上げると……地面の中から
地上の様子がぼんやりと透けて見える。
あれ?これって……女性のスカートの中身、覗きたい放題なんじゃね?
「( それはいずれ楽し……考えるとして、そんなことよりも今は…… )」
俺は地上の様子を確認しながら、シルヴィアを羽交い絞めしている賊の背後まで移動していく。
「ひっ!あいつの影が、俺の影と同化しやがった!!」
賊がそう言うってコトは、俺の影は見えている状態ってことなんだよな?
地上に居る奴等から見ると、俺の影だけが蛇行して移動しているように見えてるんだろうか?
「( まぁいいや。あいつの影と同化したってんなら…… )」
俺はシルヴィアを羽交い絞めにしている賊の背後から、わざとらしくゆっくりと頭だけを出現させる。
「てめぇ、コラ……いつまでもそんな汚い手で、俺の大事な女性に触れてんじゃねぇぞ……」
「主様!」
「ひっ!ひぃぃぃぃぃっ!?」
「悲鳴を上げる前に、早く離せっつってんだよ!【 我流東雲家護身用体術・三千年殺し 】!!」
地中を蹴って勢い良く影の中から飛び出し、合わせた両手から突き出した計4本の人差し指と中指を
シルヴィアを羽交い絞めにしていた賊の尻の穴に……ズボン越しに突き刺した。
「ぐっほぉぉぉぉ!!お……俺は、アブノーマルじゃ……ねぇ……」
世間一般にいう『 カンチョー 』をされた賊が、シルヴィアから手を離し……尻を突き出すような
姿勢でうつ伏せに倒れた。
「シルヴィア、すまない。助けるのが遅れたな。」
「そんなっ!私なら大丈夫です。主様なら、必ず助けてくださると信じていましたから。」
「はは……期待に応えられて、安心した。」
「それよりも、主様……こちらを。」
「おう。ありがと。」
俺はシルヴィアが拾ってくれたツヴァイハンダーを受け取り、シルヴィアは俺に剣を渡した後、
弓に矢を番え
そして……ほぼ同時に残りの賊達を睨みつける。
「くそっ!仕切り直しか……野郎共!何が何でもあいつ等を始末しろっ!」
盗賊の頭はやや怒気を含めて発言したが、残った盗賊達が少しずつ後ずさりを始める。
「あ……あれ?おっ、おい!お前等!?何で後退を……」
「冗談じゃねえ!今回は相手が悪かったんだ!」
「俺達はまだ死にたくねえ!これ以上続けるなら、御頭1人でやってくれ!」
「はぁっ!?ふざけるな!そんな勝手な真似、許さねえぞ!!」
俺達の目の前で、盗賊達がしょうもない口論による仲間割れを始めた。
「私達そっちのけで口論ですか……どういたしますか?主様。」
「このまま連中を放っておいても、『 盗賊団 』は解散するだろうけど……俺達が許してやる義理も、
見逃してやる義理も無いよな?」
「えぇ、まったく……その通りです。」
そう言いながらシルヴィアが放った5本の矢が1本ずつ、逃げる5人の盗賊の肩や背中、足に突き刺さった。
「なら……俺もスキルを発動させるかな。」
俺もシルヴィアの隣で【 Soul of Centaur 】を発動させ、闇で馬の身体と脚を造形する。
「……先程のナイトメアといい、そのケンタウロス状態といい……主様の魔法系のスキルは、
馬絡みの物が多いのですね。」
「確かに。今のトコロ、そうだな。これから先、違うモンスターの力とか借りることになるんだろうか?
まぁ、今はそんなことよりも……乗れ、シルヴィア!一緒に目の前の連中を粛正するぞ!」
「はいっ!私達に挑んできたことを、泣いて後悔するが良いですっ!」
質量のある闇で作った馬の身体にシルヴィアが乗ったのを確認し、勢い良く地面を蹴って
統率がグダグダになった盗賊達との距離を一気に詰める。
「……ん?おいっ!何だ!?あれ!」
「やべぇ!あいつ、あんなこともできたのかっ!?」
「逃げろっ!殺されちまう!!」
「おっ、おい!お前等落ち着け!!あんなの、ただの見掛け倒しだ!逃げてねぇで、戦いやがれっ!」
「連中、逃げ出したか……シルヴィア!俺のツヴァイハンダーから逃れた連中を頼む!」
「承知致しました!」
俺はツヴァイハンダーを『 ∞ 』の形を描くように振り回しながら、通り抜け様に剣の軌道上に居た
賊達を斬りつけていく。
「ひいぃぃっ!やっ、やばい!アイツが来たぁぁぁ!」
「狼狽えるな!あいつに対して直角に逃げるんだ!」
そう言った1人の賊が、俺の正面から向かって左側にある叢へと駆け込もうとした。
「そうさせないために、私が居るのです。うふふっ……残念でしたね。」
「しまっ……」
叢に駆けこもうとした賊の背中に、シルヴィアが放った3本の矢が突き刺さる。
矢を受けた盗賊が、短い苦痛の声を上げながら、ゆっくりとうつ伏せに倒れた。
「くそっ!あいつ等、好き勝手やりやが……ひぃっ!」
仲間を見捨てて逃げようとしていた賊の頭の目の前に回り込み、ツヴァイハンダーの刃の
先端を喉元に突き付ける。
「てめぇ……さっき、シルヴィアが羽交い絞めにされていた時、自分で何て言ったか……覚えてるか?」
「え?さっ、さぁな……」
「そっか。なら、記憶力は0点っと……安心しな、てめぇが覚えてなくても、俺が覚えてる。
『 そんなに上玉ならまずは俺に楽しませろや! 』『 俺無しじゃいられない身体に調教してやるよ』
だっけか?クソがっ!そんなふざけたことを言っちまった時点で、てめぇの末路は決まったんだよ!」
俺がツヴァイハンダーを振り上げた瞬間……
パンッ!という破裂音が聞こえたのと同時に、俺の鎧に何かが当たったのかチューンッ!という弾き
飛ばす様な音が聞こえた。
「…………っ!」
「何ですか、今の音は!?主様、お怪我は!?」
「あぁ……問題無い。さっき剣でめった刺しにされたところ以外の傷は無いよ……でも、今のは……」
ふっと視線を盗賊の頭より遠くの方をへ向けると、賊が1人、銃を構えていた。
銃口からは白い煙が立ち昇っている。
「おっ!おいっ!お前!銃を使うなら使うで、ちゃんとあいつを仕留めやがれ!」
「へっ……へい!すいやせん、御頭!」
「あれが銃ですか……初めて見ました。」
「あぁ……俺も実物は初めて見た。」
ただ、FPSとか呼ばれる銃火器でドンパチするようなゲームに出てくるような最先端な銃ではなく
賊が持っているのは、歴史の教科書や戦国時代をモデルにしたゲームをしている時に見た、
火縄銃……ならば
「シルヴィア。今のうちに賊本人でも銃本体でもどっちでもいい、好きな方を射抜いてくれ。」
「えぇっ!?大丈夫なのですか?反撃されてしまったら……先程の弾というのですか?目視できなかった、
あの攻撃を回避できる自信はさすがに……」
「あのタイプの銃は次の弾を撃つまでに時間が掛かる。たぶん、シルヴィアが弓に矢を1本番えて放つ方が
断然早い。」
確か、1発撃ったら、あの筒の中を掃除して、火薬を詰めて、弾を詰めて、火縄に火を点けて……みたいな
次弾を発砲するまでに、かなりの手順を踏まないといけなかったはずだ。
「大丈夫、俺を信じてくれ。」
「主様……承知致しました!」
俺の馬の背中の上でシルヴィアが弦を引き絞っているのだろう。
キリキリという微かな音が、俺の耳に入って来る。
「この臭い……火薬という物ですか?失礼ながら、私はこの臭いを好きになれそうにありません。
このような危ない臭いを放つ代物……二度と使えなくしてさしあげますっ!」
シルヴィアはそう言いながら放った1本の矢が、賊が次弾を装填しようと立てていた銃を粉々に砕きつつ
そのまま貫通して銃を所持していた賊の膝に突き刺さった。
「なっ!?ぐあぁぁぁっ……!」
「なっ……何てことしやがる!?俺達の全財産をはたいて、やっと……やっと、この1丁を買うことが
できたってのに!!」
「あら?そうだったのですか。なら、それが使えなくなった今、貴方達に遠距離から主様を狙う手段が
無くなったということですね。主様!」
「おうっ!処刑……執行!」
「は?え?しまっ……おいっ!待っ……!」
俺はツヴァイハンダーを振り下ろし、何か言おうとしていた盗賊の頭の首を刎ねた。
刎ねられた賊の頭の頭部が宙を舞い……切断された首から血を噴出させた身体が先に
ドサッと倒れた後
ドシャッと音を立てて賊の頭の頭部が落ちてきた。
「断罪……完了!ふぅ……やっと終わった。」
「そうですね……では、主様!今すぐ鎧を解除して服を脱いでください!先程受けた傷の手当てを
致します!」
「あ……あぁ、そうだった。忘れてた。」
俺はまず【 Soul of Centaur 】を解除し、次に【 影の鎧 】を解除して、最後に服を脱ぐ。
「あぁぁ……酷い刺し傷……」
「まぁ、見た目の割にそこまでダメージが無かったけどな。HPもそんなに減ってない。」
「そうなのですか?ですが……少なからず痛みは感じたはず。申し訳ございません……
油断をしたつもりはなかったのだが、私のせいで……」
「気にすんな。えっと、その……ちょっと違うけど、憧れてた『 身を挺して好きな女性を守る 』
みたいなことができて、実は満足してたりする。」
「そう言ってもらえるのは、とても嬉しいです、が!その度に主様が傷を負う光景を見せられていては
気が気ではありません!今後はできるだけこのような真似を控えてください!私も、注意散漫に
ならないよう、気をつけますので……」
「シルヴィア……わかった。約束するよ。」
「えぇ!約束です。それでは……【 Perfect Cure 】!」
シルヴィアが俺が傷を負った箇所にそっと手をかざしたのと同時に、緑色の光がポゥ……と小さく灯り
俺が受けた傷が消え、HPが回復していくのが感じられる。
「お……おぉ。傷が癒えていくのが分かるよ。」
「そうですか。良かった……」
「シルヴィア、ありがとな。これからも、頼りにさせてくれ。」
「主様……はいっ!もちろんです。遠慮せず、私に頼ってくださいね。」ニコッ
俺が軽く頭を撫でると微笑み返してくれたシルヴィアに感謝しながら、西の地平線に日が
沈んでいくのを視認した。