ダーク・ファンタジー小説

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隻眼の御子【短編小説】
日時: 2023/01/07 19:12
名前: 金時計の償い (ID: FWNZhYRN)

    ――――どうしても、許してほしい・・・・・・?なら、この実を食べてごらん・・・・・・――――

 夏休みの訪れを機会に故郷を発った女子中学生の"深瀬 心(ふかせ こころ)"。彼女は過去の過ちを償うべく、幼馴染みの"葦名 瑞貴(あしな みづき)"が住む"蟲崇(ちゅうすう)の集落"へと足を運ぶ。しかし、贖罪の願望が誘うのは、悪夢の絶えない連鎖だった。  

    ――――1人の少女は誘われる。その村に伝わる悍ましい秘密を知らずに・・・・・・――――

Re: 隻眼の御子【短編小説】 ( No.2 )
日時: 2023/01/10 21:04
名前: 金時計の償い (ID: FWNZhYRN)

 格好が異なる私を見て、通りがかりで出会う村人達は決まって私に珍しい視線を浴びせた。
途中で畑を耕す老婆に声をかけられ、"お嬢ちゃん、あなたはどこから来たの?"と尋ねられた。
私は隣の県から足を運んだ事、幼馴染みに会いに来たと理由を告げた。

「あら、そんな遠い所から来たの?しかも、1人で?偉いわねぇ」

 老婆のお世辞臭い褒め方に単純な私は少し照れながら肯定する。
ついでに瑞貴くんの家はどこかと尋ねた。

「あの?葦名 瑞貴くんという人をご存知ですか?その子の家に行きたいんですが?」

 すると、また老婆は驚いた反応を示し

「あら?幼馴染みって、瑞貴くんの事だったの?知っているも何も、あの子はこの村にとって大切な人間よ」

「大切な人間・・・・・・?」

 その言葉の内容を私はどうしても聞き流せなかった。
詳細を知りたくてたまらなくなったので問いただすと

「あの子はね?この村で年に一度に行われる奉祀祭の"巫子"を務めてるの。前任者の子がいたんだけど家族共々、行方不明になってしまってね」

「――行方不明?」

 その件については老婆は暗い顔をし、理由を語らなかった。
あまり詮索されたくないらしく、強引に話を逸らして瑞貴くんの話題に戻す。

「あの子の家ならこの道を真っ直ぐ歩いて行けば着くわ。神社のような大きな屋敷だから、行けば分かるわよ」

 私は親切に"ありがとうございました"と告げ、"どういたしまして"を別れの挨拶代わりに返した老婆は鍬を抱え、再び畑を耕し始める。


 老婆の案内に従い、言われた通りの道を歩んでいくと瑞貴くんの家へと辿り着く。
階段の脇にある斜面には無数の水仙が植えられ、見事な竹柵の内側に屋根が浮き出ている。
中を把握できないここからでも、古風な印象を強く受けた。

「・・・・・・」

 私は階段の頂上を見上げ、沈黙した。
この先にあの子がいる・・・・・・そう考えるだけで胸の底から溢れ出てくる。
怖気づき、無意識に視線を向き合うべき正面から逸らしていた。すると・・・・・・

 石垣の上に1匹の百足がいたのだ。
その百足は頭から体半分を浮かせ、無数の脚とハサミのような顎をウネウネと動かしていた。
まるでこっちを見て、何かを言っているような気味の悪さを感じさせられる。

「――ひっ・・・・・・!」

 生々しいその姿に私は新たなトラウマを覚えかけた。
気持ちの悪い気分にかられ無意識に声が出る。 
私は苦い顔を更に強張らせ、目の前の蟲から逃げ去るように階段を上った。
決して、振り返らずに。

 瑞貴くんが住んでいる家の門を潜ると、広大な敷地が私を出迎えた。
生い茂った緑々しい自然の美術館、松の木の真下にある池の水辺で鯉が自由に泳いでいる。本物の筧(かけい)だって始めて見た。
そこはとても風流で和の風景が心を落ち着かせるのだ。

 私は、ここに来た本来の目的を忘れ、少しの間だけ美しい庭園に魅了された。
でも、その心酔は夢の終わりのように覚めてしまう。

 私と同じ年頃の背の低い少年がいた。
格好は洋服とは異なり、古臭い和服で身を包んでいる。
後ろ姿で顔は見えなくとも、物静かな雰囲気だけで私は彼が瑞貴くんだという事を確信した。

 とうとう、会えたんだ。
あの日の事件以来、ずっと忘れられなかった彼に・・・・・・

 私は口を噤ぎながら、そっと近づく。
砂利を踏む事で足音が伝わっているはずなのに、瑞貴くんこっちを振り返らない。
それが余計に恐怖心を煽る。

 私は時間を掛けて瑞貴くんの横に並ぶと、その横顔をおそるおそる覗き込む。

 10年近くぶりに再会した彼の容姿は昔と全く違っていた。
彼は長い髪を白い紐で結って、背中まで垂れ下げている。
体は細く痩せて顔色も悪く、肌は雪のように白く染まっていた。
前に降ろした髪で左目を覆い隠している。そう、私が潰した左目だ。

 瑞貴くんは巫女装束の格好で手に包んだ花をじっと、見つめている。まるで心を通じ合わせているかのように。
私の事なんか目にも暮れず、顔を合わせようとすらしない。

「――ね、ねえ・・・・・・?」

 引き締まった感情に抗い、話しかける。
でも、緊張で喉が詰まって思うように声が出ない。

「――あ・・・・・・あの・・・・・・」

 もう一度・・・・・・すると

「――何?」

 瑞貴くんが初めて口を聞いた。
表情と視線はそのまま、花に執着している。

「――瑞貴くん・・・・・・だよね・・・・・・?」

 私は互いに分かり切った事を言ってしまっていた。

「そうだけど・・・・・・?」

 瑞貴くんは当然、そう答えた。

「久しぶりだね・・・・・・元気にしてた・・・・・・?」

「まあね・・・・・・」

「私・・・・・・瑞貴くんに・・・・・・」

「ねえ・・・・・・」

 私は言いたかった事を伝えようとした。でも、その台詞を途中で遮り、今度は瑞貴くんの方から私に話しかける。

「どこかに行ってくれないかな・・・・・・?」

「――え?」

「君が近くにいると、僕は怨恨で頭がどうかしてしまいそうなんだ・・・・・・」

 瑞貴くんは冷静だった。でも、その震えた声には底知れぬ憎悪が感じ取れる。

「――えっと、その・・・・・・私・・・・・・」

「住んでる所に帰れ・・・・・・二度とこの村に現れるな・・・・・・」

 やっぱり、瑞貴くんは私を恨んでいたんだ・・・・・・無理もない。
目を潰されて、許せる方がどうかしている。
もし、逆の立場だったら、私も絶対に同じ感情を抱いていた。

 私はこれ以上、何も言わなかった。
落ち込んだ顔を俯かせ、トボトボと去る後ろ姿を瑞貴くんは見送ったりはしなかった。
胸を失望という痛みで膨らませ、上ったばかりの階段を下る。

Re: 隻眼の御子【短編小説】 ( No.3 )
日時: 2023/01/15 15:51
名前: 金時計の償い (ID: FWNZhYRN)

「おいっ!」

 最後の石段を降りた時、怒鳴り声に不意を突かれる。
1人の少年が物凄い剣幕で迫って来た。
興奮しているのか荒々しく吐息を吐き出し、明らかに敵意を剥き出しにしている。
そして、右手に大きな鎌を握っていた。

「お前が深瀬 心か・・・・・・!?」

 少年が尖った口調で聞いて、疑問が過る。
どうして、この子は私の名を知っているのか?

「――う、うん・・・・・・」

 私は威圧に負けて、真実を正直に述べてしまう。その肯定が彼の敵意を更に煽った。

「お前が瑞貴さんに何をしたか知ってるぞ!このクソ女!」

 少年は暴言を吐いて更に詰め寄り、容赦なく罵る。

「お前があんな事したせいで、瑞貴さんがどんなに苦しんだかっ!麻酔のない治療で治らない目を抉られ、一生忘れられない苦痛だって味わったんだ!お前が村から逃げ出した後、あの人は何てわめいていたか分かるか!?あいつが憎くてしょうがない!誰か、あいつを殺してくれってな!」

「――ご、ごめんなさい・・・・・・」

 私は無意識に目の前の窮地から逃げ出すために違う相手に謝っていた。

「ふざけんじゃねえ!!あれだけ酷い目に遭わせといて、ごめんの一言で済むと思ってんのかっ!!瑞貴さんの仇だ!!今、ここでお前がした報いを受けさせてやる!!」

 振り上げられる鎌。一線を越えた暴力。開いた動向に映る鋭い刀身に命の終わりを感じた。


「やめるんだ」


 どこからか聞こえた落ち着いた声。
誰かが少年の手首を掴み、血が流れていただろう凶行を止めた。
少年は振り返った途端、憎悪は鎮まり、強張った形相が緩んだ。 

 現れたのは、背が高くて体格のいい男だった。
髪が首元まで長く、堂々とした精悍な顔を持つ。
富豪の雰囲気を漂わせるきっちりとした洋風の格好は田舎の背景には全く似合ってなかった。

「――あ、"杏里"さん・・・・・・」

 少年は浅ましい姿を目撃された途端、急に恐縮して私を助けてくれた人の名を呼んだ。

「鎌をその子に突き刺してしまえば、君は犯罪者になってしまう。そうなったら、君の家族や友人は悲しむんじゃないか?」

「そんな事言われなくても・・・・・・で、ですが!こいつはっ!」

「殺したいくらい怒りを募らせる気持ちは分かる。だが、この村の一員として君を非行に走らせるわけにはいかない。少し、この子と2人だけで話をさせてくれないか?私が君の代わりに、この子を叱っておいてやろう」

 納得いかない心地悪さを抱えながらも少年はしぶしぶと承知した。
一度だけ許す気のない視線を私に向け、大人しく立ち去って行く。
苛立たしい歩き方をする後ろ姿はやがて、視界に映らなくなった。

「危なかったね。怪我はしてないか?」

 杏里と呼ばれた男は安堵の吐息を吐き出し、言っていた事とは真逆に身を案じてくれた。

「――あ、ありがとうございます・・・・・・あなたがいなかったら私は・・・・・・!」

 恐怖で揺れる心臓の痛みを残しながら、私は泣きかける寸前の状態でお礼を言った。

「気にする事はない。子供同士がいがみ合う光景は、いつの時でも心地が悪いものだからね。人として当然の行いをしたまでだ」

 男は自身の人徳に賛美を望まず凛とする。真剣な表情を崩さず、丁寧に名を名乗った。

「名は"細谷 杏里(ほそや あんり)"。故郷を離れ、社会活動をしながら各地を回っていた。数ヶ月前にこの蟲崇の集落に行き着き、第二の故郷として定住を決めたんだ。村人達は私を歓迎し、過去に神父をしていた経験が買われたためか、今はこの村の神社の神主を任されている」

「――神主さん・・・・・・なんですか?」

「ああ、その神社は元の一家がいたらしいんだが、ある日を境に全員が姿を消し、行方を眩ましたんだ。村人達の間では、神隠しにあったのだという噂が流布している」

 そこでまた、私は"行方不明"という言葉に耳がピクリと動いた。
ひょっとして、さっきの老婆が言っていた人達の事なのかな?
この場所に因縁があるせいか、妙な不気味さが寒気となって肌に伝わる。

「それはそうと、君が心だったのか・・・・・・」

「――え?どうして、私の名前を・・・・・・!?」

 次から次へと私の名を当てる不可解な現象。
何故、知っているのかと問いかけると、杏里さんは実に残念そうに俯き、理由を話した。

「君の事はさっきの子やこの村の住人達から聞いているよ。そして10年近く前、君と瑞貴くんとの間で何があったのかも・・・・・・」

 その発言に私のショックは更に深いものとなった。
幼い頃に犯した事件はこの村で伝承のように語り継がれていたのか・・・・・・

「しかし、君の立場からしても、この村は二度と訪れたくない縁起の悪い場所のはずだ。何故、わざわざ足を運んだんだ?」

 訝し気に問いかけられ、私は冷静さを欠きながらも、全て説明した。
幼い頃にしでかした罪とトラウマ・・・・・・拭っても落ちない後悔。
あれから、ずっと忘れられなかった瑞貴くんに対する償いのためなど。

「なるほど。その心意気は大義に等しいものだが、悪く言えば無謀な行いとも言える。今のところ幸い、村人達は瑞貴くんに一生の傷を負わせた張本人が来たとは気づいていない。だが、いずれ君の存在を知られ、村中は大騒ぎになるだろう。事が大きくなる前に早く、この村から出た方がいい」

「――私は・・・・・・!」

 呆れ目切れない私は 反抗しようと何かを言おうとした。
けど、その衝動的な発言に先がないと自覚した途端、言葉が枯れてしまう。
喉が声を塞いだ私を、杏里さんが黙って見つめている。

「そう・・・・・・ですよね・・・・・・」

 やっと言えた台詞がその一言だけだった。
観念したように私は失望した顔を俯かせ、村の出口へと歩みを進める。
分かってくれた嬉しさに微笑み返した杏里さんの笑顔を知らずに。

Re: 隻眼の御子【短編小説】 ( No.4 )
日時: 2023/01/23 20:13
名前: 金時計の償い (ID: FWNZhYRN)

 私は元来た道を戻らず、違う山道を歩いている。
偶然、綺麗な小川を見つけ、そこでゆっくり考える事にした。
靴を脱いで露出させた裸足を冷たい水面に浸す。

「・・・・・・」

 さっきは強がって、あんな事を言ったけど・・・・・・やっぱり、心のモヤモヤは晴れないままだった。
全部、私が悪いんだ。瑞貴くんの憎しみも、名の知らない少年の怒りも、村が私を悪者にしたのも・・・・・・あれだけ、過ちを正そうと誓っていたのに・・・・・・責任を捨てて、おめおめと逃げ帰るのか?
私はまた、泣きそうになる。あまりにも無力で、"ごめんなさい"も伝えられない自分がたまらなく悔しかったから。

 葛藤に苦しむ最中、ふいに人の声が耳に届く。声はだんだんとこっちに近づいて来ている。
慌てた私は急いで靴を履いて、木の下に茂みに身を潜めた。

 声の主は1分も経たないうちに、隠れた私の居場所へと追いついた。
やって来たのはついさっき、私を襲おうとした少年だった。
隣に瑞貴くんを連れていて、横一列に並んで歩いている。

 2人は足を止め、奇遇にも川に立ち寄る。
さっきまで私が休んでいた場所に腰を下ろすと川の水に素足を浸し、持参してきた昼食を食べ始める。

「――しっかし、あの女がこの村を訪れるなんて・・・・・・どういう風の吹き回しなんだ?」

 ふと、少年が私についての話題を語り始めた。

「そうだね・・・・・・僕も流石に驚いたよ・・・・・・」

 瑞貴くんも正直な感想を述べ、水の流れに黄昏る。

「ねえ、一也くん・・・・・・ちょっと、いいかな・・・・・・?」

「――ん?どうしました?」

 一也と呼ばれた少年は礼儀正しく聞き返す。

「心ちゃんを・・・・・・あの子をこの村に歓迎しようと思うんだ・・・・・」

 その発言を聞いた一也くんの驚愕は相当の物だった。
少年は少しの間だけ怪訝になった後、言いたい放題に反発した。

「――な、何を言っているんですか!?あの女がどれだけあなたに苦しい思いをさせたか、あなたの体が1番、よく分かってるはずですよ!?あんな奴がここにいていいはずがない!杏里さんが邪魔させしなければ、とっくに八つ裂きにしていたのにっ・・・・・・!!」

 一也くんは乱暴な口調で拾った石を川に叩きつけ、八つ当たりする。

「何を勘違いしているの・・・・・・?」

 瑞貴くんが普段通りの口調で言った。
その一言を発した直後、少しだけ、彼の表情が微妙に変わる。

「誰もあの子を許すとは言ってないよ・・・・・・?この村であの子を1番殺したいのは僕だもの・・・・・・でも、もっといい考えが浮かんだ・・・・・・あの子をこの村の"特別な家族"にしたいと言ったんだ・・・・・・」

「え?・・・・・・あ~、なるほど。そういう魂胆ですか。あいつにはこの村の"貴重な一員"になってもらうんですね?それなら、否定する理由なんてありませんよ」

 怒りで我を忘れそうになっていた一也くんも興奮が冷め、瑞貴くんの提案に意地悪そうに破顔する。

 特別な家族?貴重な一員?
それが一体、何を示しているのか私には知る由もなかった。
しかし、再び瑞貴くんの姿を目にしたお陰で私の迷いが晴れ、決心がついた。もう一度、瑞貴くんに会って謝ろうと私はこの村を出ないと決めた。


 午前の時刻がとっくに過ぎて空が夕方が近づき始めた頃、私は村へと立ち入った。
向かった先は当然、瑞貴くんの家だ。面倒くさい階段を踏んで、屋敷の門を潜る。

 予想を裏切らず、瑞貴くんは庭にいた。
庭園を一望できる部屋の廊下に腰かけ、のんびりと寛いでいる。 
邪魔が入らず、2人きりになれるチャンスはこれっ切りかも知れない。

「瑞貴くん・・・・・・」

 私はたじろぎながらも、再び彼との対面を果たす。

「――まだ、いたんだ・・・・・・」

 瑞貴くんはがっかりした言い方で、短く言い放った。
不機嫌な面持ちがこちらに向く。

「瑞貴くん。私、瑞貴くんにどうしても伝えたい事があるの・・・・・・」

 私は最初に用を告げて、瑞貴くんの隣に座った。
彼は蔑みの表れしかない苦い面持ちを浮かべ、人と人の間を開ける。

「?」

 床に手をついた時、何かが指に当たり、くすぐったい感触が伝わった。
瑞貴くんがいる反対側を見下ろすと、手元に1匹の百足がいたのだ。さっきいた同じ百足だろうか?
聳える私の事を見上げる赤い頭部、ウネウネと触角を揺らしている。凄く、気持ち悪い・・・・・・

「――ひぃっ!」

 百足に再び、驚かされた私は情けない声を漏らした。
逃げようと必死になって遠ざかると瑞貴くんにぶつかり、気がつけば大胆に抱きついていた。

「――離れてくれないかな・・・・・・?」

「え?あ・・・・・・!ご、ごめんなさい・・・・・・」

 私は平常心を取り戻し、おそるおそる、振り返りたくもない背後を見た。
始めからいなかったように百足の姿はない。

「――私、あの時からずっと後悔してた。瑞貴くんには取り返しのつかない事をしてしまったんだと・・・・・・あの日の事を一度も忘れた事はない。瑞貴くんが今日までずっと苦しんで、悔しさと痛みを抱えて生きている事を想像しただけで・・・・・・本気で死んで償おうとも考えた・・・・・・私が死ねば、瑞貴くんは少しでも楽になってくれるんじゃないかって・・・・・・!」

 伝えたい言葉を次々と誠意にして吐き出す。
自分を許せない息苦しさと、癒えないであろう悲しみが心を蝕んだ。
思いが深まるほど、声は涙声に変わり、目から涙液が零れ落ちて止まらなくなって。

「・・・・・・」

「許してもらおうなんて思ってない・・・・・・!だけど、私は平気な気持ちなんかじゃなかった。せめて、それだけは分かってほしくて・・・・・・!」

 そして、私は10年近く自分の中に封じ込めていた事を伝えた。

「本当に・・・・・・本当にごめんなさい!」

「そこまで反省していたんだね・・・・・・」

 瑞貴くんは優しく言って、初めて後ろ向きな顔を和ませてくれた。
でも、その優しさは直後に裏を返した。

「僕が味わった地獄は、君のちっぽけな想像よりもずっと、痛くて苦しかったんだ・・・・・・君は僕に許してほしいだけでしょ・・・・・・?自分が楽になれれば、それでいいから・・・・・・だから、必死に反省の台詞を頭に浮かべてるんだ・・・・・・」

 瑞貴くんの一言一言が容赦なく胸に突き刺さる。
ただ、心から悔いている。その偽りのない真実を分かってほしかっただけなのに・・・・・・
それさえも伝わらない惨めな結果に私はとうとう泣き出してしまう。

Re: 隻眼の御子【短編小説】 ( No.5 )
日時: 2023/01/28 16:51
名前: 金時計の償い (ID: FWNZhYRN)

 たまらなく悔しかった。無力な自分に腹が立って。
行き場のない苛立ちを孤独に抱える事しか、為す術がなかったんだ・・・・・・

 瑞貴くんは私の悲哀を抱く私に心をかける事はなく、座るのをやめて庭の中心へと歩く。
立ち止まった彼の先にあるのは、黄色く色づいた柿の実がいくつもなった低木。
どれでもいいその中の1つをもぎ取り、元いた場所へと戻って来た。
泣きじゃくった顔を上げる私の目の前で果実を差し出す。

「どうしても、許してほしい・・・・・・?なら、この実を食べてごらん・・・・・・」

 その言葉に私は、はっと我に返り、一瞬だけ幻聴を疑った。

「――ゆ、許してくれるの・・・・・・!?」

 言われたばかりの事を夢中で聞き返す。

「この実を食べてくれたら・・・・・・考えてあげてもいい・・・・・・」

 私は手の平で包んだ柿の実をじーっと眺めた。
そっと、口に運んで皮ごと実に噛りつく。

 その柿はとても甘かったんだ。
お菓子に更に大量の砂糖を塗したような味覚が口の中に染み渡る。
この世の物とは思えない甘味に魅了された私は他の事なんか忘れ・・・・・・夢中になって貪っていた。

 やがて、私は柿を食べ尽す。
果汁でドロドロに濡れた口元を手で拭い、ヘタは捨てた。
もっと、食べたい・・・・・・そんな依存症とも言える意欲に駆られながら、満足そうに息を吐く。 

「美味しかった・・・・・・?」

 瑞貴くんは、私の子供染みた姿を面白そうに眺めながら、にっこりと薄く微笑んだ。

「うん。渋い味がするのかと思ったけど、お菓子より甘くてびっくりしたよ」

「この柿はね・・・・・・この山地にしか、生えていないんだ。"蟲憑柿"って言うんだよ・・・・・・」

「――蟲憑柿?不思議な名前。どうして、蟲憑柿っていうの?」

「教えない方がいいかも知れないな・・・・・・多分知ったら、心ちゃん・・・・・・また、泣いちゃうよ・・・・・・」

「えっ?余計、気になっちゃう。お願いだから、教えてよ」

 興味津々な問いに瑞貴くんは鼻で笑い、話を逸らした。

「今日はね・・・・・・年に一度に行われる奉祀祭の日なんだ・・・・・・僕が御子として、儀式の主役を務めるんだよ・・・・・・よかったら、見て行かない・・・・・・?」

 唐突な誘いに私は戸惑う。
あれだけ、私の事を恨んでいたはずなのに急に優しくなるなんて妙だ。 
よりを戻せた気がして嬉しい・・・・・・でも、その反面、大きな不安が渦巻いていた。

「本当に?でも、私はこの村では犯罪者扱いされてるの。この村の人達が私がお祭りに参加したら、大変な騒ぎになるんじゃ・・・・・・?」

「心配しなくていいよ・・・・・・村の人達には僕の方から説明する・・・・・・あと、一也くんにもね・・・・・・あの子、僕の言う事だったら素直に聞いてくれるから・・・・・・」


 日が沈み、日没の闇が蟲崇の集落を山々ごと包み込む。
聖夜の村道には松明が灯され、年に一度の奉祀祭が始まろうとしていた。
数時間前の約束通り、奉祀祭に私は招待された。
儀式の間という特等席で瑞貴くんの神聖な御子の披露を拝見するのだ。

 私は立派な祭壇がある広い部屋の隅で大勢の人達と共に列を成して座っていた。
瑞貴くんが前もって伝えていてくれたのか、皆、この村の一員のように接してくれている。
向かいには、私が素直に帰らなかった事に失意を覚え、首を垂れる杏里さんの姿が。
その隣には今にでも、殴りかかって来そうな一也くんが鋭い形相でこちらを睨む。

 ふいに太鼓の音が鳴り、村人達は一瞬の歓声を上げて静まり返った。
龍笛の音色が流れ始め、和の演奏が幕を開ける。
しばらくしないうちに外から瑞貴くんが現れ、儀式の間へと足を踏み入れる。

 格好は会った時と変わらず、巫女装束を羽織り、その右手には大きな鎌を手にしている。
彼は堂々とした振る舞いで観客に挟まれた中心の廊下を歩いて行き、祭壇の前で止まった。
鎌の鈎柄を下部を三度、床に叩きつけて、跪く。

「・・・・・・」

 瑞貴くんは膝を伸ばし、元の姿勢を正す。
儀式用の大鎌を両手に持ち、背中を反って刀身を振り上げた。
次の瞬間、刀身を祭壇の前に置かれた人形に叩きつけたのだ。

 鋭利な先端が、何度も突き刺さる。
原形が留まらないほど、頭部は砕け、人形はやがて首なしになった。
瑞貴くんは鎌を振り下ろすのをやめ、人形の首に手を突っ込んで模型の体内から何かを引きずり出した。
形、姿、本物と区別ができないほどリアルな百足の人形だ。

 この行為が何を意味し、何を表してしているのか、よそ者の私にはさっぱりだった。
ゆっくり考察する暇もなく、大勢の拍手喝采が騒々しく巻き起こる。
私も場の空気を読んで皆がやっている仕草の真似をした。

 最後に瑞貴くんが祭壇に百足を捧げ、両腕を広げながら一礼する。
二度目の拍手喝采が止んだ際、村人達が立ち上がってその場を去ろうとした事で儀式の終わりを知る。

 その直後、お腹の中で何かが蠢いているような不思議な感覚に苛まれた。気のせいじゃない。
その違和感は数秒後に激しい吐き気へと変わる。
気持ち悪さを抑え切れず、胃の物は喉を逆流し、口から溢れ出る。

「うぇ・・・・・・おえええ!」

 私は派手に嘔吐して苦しさのあまり、床に倒れ込む。
でも、どうしてだろう?異常な事態が傍で起こっているのに村人達は全くの無関心だった。
事の惨事を認識してないように放置し、外へと立ち去って行った。

 頭に殴られたような衝撃が走り、激しい頭痛に見舞われる。
痛い!痛くて、頭が割れそうだ!助けを呼ぼうとしても動けない・・・・・・!

「い・・・・・・痛い!頭がっ・・・・・・がぁぁ・・・・・・!」

 頭部を抱え、バタバタと転げ回った。痛感は鎮まるどころか、より酷く増していく。

Re: 隻眼の御子【短編小説】 ( No.6 )
日時: 2023/02/01 20:31
名前: 金時計の償い (ID: FWNZhYRN)

 私は少女らしからぬ声で泣き叫んだ。
すると、誰かがこっちに近づいて来る足音が木霊して聞こえた。
細目を開けると、瑞貴くんと一也くんが良識のない人相で見下ろしている。

「た、助けて・・・・・・」

「――ようやく、始まったか・・・・・・」

 始まった・・・・・・?瑞貴くん・・・・・・あなたは何を言って・・・・・・?彼は囁くように、静かに告げた。

「君の体に百足が入り込んだんだよ・・・・・・"毘沙百足"と言ってね・・・・・・この山地にしか生息していない珍しい寄生蟲なんだ・・・・・・この時期になると彼らは柿に卵を産み付ける・・・・・・君が病みつきになって食べた・・・・・・あの蟲憑柿だよ・・・・・・」

 それを聞かされた時、不可思議の全てが繋がった。
瑞貴くんが急に優しさを抱いた事も。一也くんが言っていた貴重な一員の事も。柿を食べさせたのも。儀式の謎も。全貌を知った時にはもう、手遅れだった・・・・・・

「卵は数時間で孵化する・・・・・・そして、幼虫は脳に入って宿主を乗っ取るんだ・・・・・・」

 私はここで死ぬの・・・・・・?

「嫌・・・・・・死にたくない・・・・・・!お願い、助け・・・・・・て・・・・・・!」

 私は女々しくて、必死になって命乞いをする。
でも、彼の殺意は慈悲に移り変わる事もなく、形のない謝罪の発声なんて所詮、無駄な足掻きだった。

「僕は来る日も来る日も、君にこういう目に遭わせる事を望んでいた・・・・・・憎悪が重なる毎日に頭がおかしくなりそうだった・・・・・・でも、ようやく楽になれそうだ・・・・・・」

「ごめ・・・・・・んなさい・・・・・・ゆ・・・・・・許して・・・・・・ぇ・・・・・・」

「許してほしい・・・・・・?だったら、そのまま百足に命を乗っ取られて・・・・・・?死ねば、許してあげるから・・・・・・」

 瑞貴くんは慈悲の欠片もない非情な台詞を吐き捨て、平然とその場から立ち去って行く。儀式の間には私と一也くんだけが残った。

「残念だったなあ?死ぬ時が来たんだよ。お前もバカだよな?最初からここに来なけりゃ、こんな最悪な人生の終わり方、避けられたのになぁ?」

 一也くんは私の苦しむ様を面白そうに眺め、皮肉を吐き捨てる。直後に乱暴な蹴りが私の腹部にめり込んだ。

「げふぅっ・・・・・・!ううっ!おぇっ!」

「自業自得だ。お前はもう家にも帰れないし、家族にも会えない。痛みに悶えながら、孤独に死んでいくんだ」

「い・・・・・・やだ・・・・・・」

 私の霞んだ視界を移す細目が、一也くんのあり得ない行為を捉えた。
彼はズボンと下着を脱ぎ、下半身を露出させたのだ。
淫らでだらしない格好のまま、嫌いなはずの私に覆い被さると、逃げられないよう強く抱きしめ、唾液が滴る舌で首筋をなぞっていく。
生温い感触が気持ち悪く、ゾッとした寒気が敏感に伝わる。

「へへっ!めでたくこの村の奴隷になった祝いだ。記念にお前の処女膜ぶち抜いてやる!」

「――い、いや!やめて・・・・・・!そ、それだけはっ・・・・・・!」

「お前だって死ぬ前ぐらいは、いい思い出作りたいだろ?遠慮すんなって」

 一也くんはわざとらしく言って、私のスカートに強引に手を入れると指で陰部に触れる。

「――やっ!・・・・・・いやああああああ!!」



「――うう・・・・・・ん・・・・・・」

 悪夢すらも映らなかった暗い無意識から呼び覚まされる。
ほとんど服を剥ぎ取られた恥じらいの格好のまま、私は儀式の間で横たわっていた。どれくらい気絶してたんだろう?

 誰もいない。私を乱暴に犯した一也くんの姿も。
ボーっとして思考は、はっきりしないけど、今までの事は鮮明に覚えていた。
私は死んだの?百足に体を乗っ取られて・・・・・・でも、意識は間違いなく、私本人だ。

 生きている実感を味わった途端、無性に腹が立ってきた。
こんなにも運命を呪ったのは初めてだ。
私は初めて、懺悔の意しかなかった瑞貴くんに胸の奥底から殺意が湧いて出た。

 黒い本性が芽生えた時、カサカサと音がした。
その正体は床に這いつくばる私の目の前に現れる。
百足だ。どうして、相変わらず私の元へ寄りつくのだろう?蟲の癖に、さっきから馴れ馴れしくて鬱陶しい。

「――何なのっ!もう!!」

 蟲につきまとわれる事にうんざりした私はガバッと身を起こし、百足を潰そうとした拳が叩きつけられる事はなかった。
虫を殺すなんて容易い事だ。だが何故か、どこからともなく芽生えた無性な憐れみに遮られ、暴力に躊躇いが生じる。
変かも知れないけど、私に降りかかった悲劇に同情しているような妙な気がした。

「二度と私につきまとわないで。森にお帰り・・・・・・」

 硬い拳を解き、人生最後の情けをかける。
私の想いが通じたのか、百足は素直に小さくて黒い視線を私から逸らし、モゾモゾと外の方へ向かっていく。

 ふいに、私はその百足の異様な様子に気づく。
百足は一定の距離を進んで、立ち止まっては振り向く。その動作を何度も繰り返していた。
その現実味のない光景を黙視しているうちに1つの確信に辿り着く。

「――もしかして、"ついてきて"って言ってるの・・・・・・?」

 半信半疑はやがて、想像もつかない展開の予感へと繋がっていく。
居ても立っても居られなくなった私は急いで服を着直し、ふらふらと立ち上がる。
とにかく、この百足がどこに行くつもりなのか、後を追って確かめる事にした。


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