ダーク・ファンタジー小説
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- No_signal
- 日時: 2023/03/07 20:31
- 名前: 叶汰 (ID: 5R9KQYNH)
こんにちはこんばんは叶汰です!
今回は初めてのシリアス多めギャグ多めのお話です!
序章「与えられし何とかの」>>1
人物>>2
アンティキティラの展望台編
第1話「キラー」>>3
第2話「賢者の刺客」>>4
第3話「完璧主義者」>>5
第4話「願い」>>6
第5話「黎明」>>7
第6話「花束の代わりに」>>8
第7話「凱旋」>>9
第8話「ただいま」>>10
第9話「復活祭」>>11
第10話「捨て駒」>>12
第11話「むかしむかし」>>13
第12話「」>>
第13話「」>>
- Re: No_signal ( No.5 )
- 日時: 2023/02/26 22:10
- 名前: 叶汰 (ID: 5R9KQYNH)
第3話「完璧主義者」
太陽が燦々と照りつける昼下がり、ハルトは一人中庭で黄昏れていた。
流れる雲は見方によって色んな形に見え、混乱する思考を落ち着かせてくれた。
「...」
静寂。音すらも忘れるほど、彼は思考を奪われていく。
後ろから目を覆う真っ白な肌。
「だーれだ?」
「コルニア」
「ごめーとー♪」
コルニアはハルトの前に出て、笑顔を見せた。
「俺の邪魔をしに来たのか?」
溜め息をつきながらハルトは問う。
「違うよ!術式の模擬戦闘があるから、ペア探しにきただけ」
「はぁ...あのな、大体俺は不完全で使用にはかなりの負担がかかるんだ。俺は模擬戦なんてやだね」
この前の謎男との戦闘がハルトにとって10年ぶりの使用だったため、負担が大きすぎた。
しかしコルニアは諦めない。
「お願い!今度美味しいご飯屋さん連れてってあげるから!」
「いつまでそこに突っ立ってんだ、さっさと連れてけ」
先ほどの態度とは一変し、中庭を出ようとした。
食べ物とはここまで人を変えるのだと、コルニアはまた一つ学んだ。
「コルニア・アストレーリア、ハルト・ヴァースタインペア対ユリウス・アーガイル、バルト・ホーネットペアの模擬戦闘を開始します」
今のハルトには勝ったら美味しいご飯というご褒美がかかっている。これが何を意味するかと言うと、今のハルトは無敵である。
「行くぞ」
「うん!ポリゴンミラー!」
コート内を囲むように、無数の立方体が日光を反射する。
しかし相手ペアはそれを防御する。が____
「コントロール・タイプソル」
反射した日光が光のカーテンとなり、コートの地面をえぐった。
そこで大型液晶に-GAME SET-と表示された。
「コルニア、ハルトペアの勝利です」
一気にギャラリーが静まり返った。
それもそのはず、試合時間わずか17秒で決着がついたからだ。
「ふぅ...コルニア」
「ひゃ、ひゃい!」
ハルトはがっしりとコルニアの肩を掴んだ。
「...飯、行こうぜ」
「...え?う、うん」
なんか思ってたのと違う。もっとロマンチックな展開が起こると思ってた。
まあこれで模擬戦闘には勝ったので、特に言うことはないが、何故か奢るという行為に対してこのときだけ憎悪に似た感覚になった。
「んぅ!!うまっ!」
「そんな急いで食べなくても、ご飯は逃げないよ」
「んぐっ...!?」
「あー、言わんこっちゃない...はいお水」
食には貪欲なハルトなので、こういうことは日常茶飯事というかなんというか。とにかく世話の焼ける男だ。
コップ一杯の水を飲み干し、真っ赤だった顔が徐々に元の透き通った白に変わっていく。
「ぷはぁ!はぁー...死ぬかと思ったぁ...」
「ハルトくんは相変わらずだね...」
「どういう意味だそれ」
「ん?なんというか、食べ物に対してすごく貪欲というか」
「そうか?それなら先輩の方が貪欲だと思うぞ。あの胸、脂肪の塊だから食べ過ぎでああなったんだろ?それに比べてコルニアは慎ましいサイズで、少食で」
殺気に気づいたハルトは席からすぐに離れた。
「...うん、それで?私の胸が?」
目が笑っていない。
ハルトは隙を見て、飛行術式で逃げようと____
「どこ行くのかなハルトくん。私とゆっくり話をしましょうか...」
逃げられなかった。
「ハ、ハルトその怪我どうしたのよ!誰かにやられたの?」
「えーっと...」
「ハルトくん?」
「...技能試験で怪我しました」
「...っぷ、ははははは!!!あんたバカみたい!」
果たして名家の次期当主であろうお嬢様がそんな下品な笑い方をして大丈夫なのだろうか。
まあ、ハルトにとって今の脅威はコルニアだ。
「ただいまー...って、なんでハルトは正座してるの?」
「訊くなクリス、察しろ」
「と、言われても...」
「察しろくそイケメン野郎!」
「なんか今日ハルトいつになく辛辣ぅ!?」
「またサボりですか?いい加減にしないと進級させませんよ?」
「先生か、邪魔しに来たならお帰りください」
ルカは表情を若干歪ませる。
「全く、少しは授業に出席しなさ___」
ドゴンッ!!!
轟音と共に、図書室の壁が破壊された。
土煙が晴れると、そこには異形の人形が浮いていた。
頭部は放射状に潰れ、皮膚は黒く焼きただれ、かなりきついビジュアルだ。さらに謎の言葉のようなものを発声し、こちらに近づいてくる。
「なんだ、こいつ...」
「ハルトさんは下がって。ドラゴニックスケール!」
背後から青い龍の形の炎が人形に直撃したが、それには全く効かず、人形は怒り狂うように暴れた。
「一体何がしたいの...?」
「@&#*#!37#?-#*#6$^"¥8¥+3<>_^^+^.{+^|}!!」
脳に突き刺さる甲高い声で喋り続け、ハルトはその場にうずくまった。
ルカはハルトを庇うように術式を展開し応戦するが、歯が立たない。
「ハルト!はっ!これは...」
異変に気づいたクリスが図書室まで駆けつけた。
「クリスさん!危険です!下がって!」
「一人じゃこれはどうにもなんないでしょ!ディープブリザード!」
強烈な吹雪を人形に向けて放つが、二人がかかっても足止め程度にしかならない。
___君はこのままでいいのかい?
(だ、誰だ!)
___強いて言うならば、君の中の怪物さ。
(怪物...?)
___まあ、とにかくこのままだと彼らは死んでしまう。
(...助けたい)
____分かった。お望み通り助けてあげよう。
「ストライク・タイプストーム」
黒く雷を帯びた竜巻が人形を呑み込み、バラバラにしていく。人形の紫色の体液や内臓、四肢などが辺りに飛び散り凄惨な光景になった。
たちまち人形は動かなくなった。
「す、すごい...すごいよハル___」
「クリエイト・タイプウォール」
「え?」
クリスの四方を瓦礫でできた壁が囲んだ。
「プレス」
壁がものすごい勢いで中心に集まっていく。
「っ!チェンジ!」
クリスとルカの位置が入れ替わる。
そのまま壁は中心でぶつかった。
「あ、あ...」
「...俺は何を...」
「...人殺し」
クリスは拳を握りしめた。血が滲むほど、血が滴るほど強く。
ルカを殺したのだ、ハルトは。
「...ふざけるなっ!なんで先生まで殺したぁぁ!!」
「ち、違う...俺はただ、助けたかっただけで...」
「答えろぉぉ!!!」
氷の槍をハルトに向け、クリスは怒鳴る。
そして突き刺そうとした。
「アサルトソーラー」
緑色の熱光線が氷の槍を溶かした。
アイナ・フィオス・カーテナル。
「あんたら血気盛んすぎでしょ...先輩の手を煩わせんなっつー...の!!」
クリスとハルトに向かって本気の顔面パンチをお見舞いした。
どちらも後方に吹き飛び、そこで倒れたまま唖然としていた。
「はぁ...仲間内での殺し合いは禁止されていたはずよ。あんたら今日は自室で反省しとけ」
ハルトの暴走、異形の人形、次々と起こる異変。
残るのは残酷な未来か、はたまた...。
- Re: No_signal ( No.6 )
- 日時: 2023/02/27 19:08
- 名前: 叶汰 (ID: 5R9KQYNH)
第4話「願い」
「はぁ...」
「どうしたんだよ、先輩らしくないよ?」
「あのね、先輩には敬語で話しなさいよ。まあいいけど...」
アイナは午前からずっと溜め息をついていたのだ。
それを不思議に思ったハルトが声をかけた。
「それで?話ぐらいなら聞くけど」
アイナの隣に座り、コップに入ったコーヒーを渡す。
「大した話じゃないけどね...。私、また親と喧嘩しちゃって」
「なんだいつものことじゃないか。そんな頻度で喧嘩って、生理?」
「このっ...!はぁ...殴る気にもならないわよバカ...」
ここまで落ち込んだアイナは見たことがない。
こんなにも弱々しい目付きを、覇気のない彼女を。
「どうせ、お父さんとの後継ぎの喧嘩だろ?言われなくとも分かる」
「察しがいいわねほんと...そうよ、父さん私が帰ってくると、後継ぎとかの話すぐするから」
「なるほどねぇ...ま、自分の気持ちを全部吐き出せばいいんじゃないか?先輩そういうの得意だろうし。それにあんただけの人生だから、その...困ったら俺とか頼れよ」
少し恥ずかしそうに言うハルトの姿は、アイナにとって好印象の姿だった。
「たまにはいいこと言うじゃん!ありがと、あんたのお陰で元気になった」
「う、うるせえ...」
「ったく、素直じゃないなーハルトは」
「そういうのは柄じゃねえ...」
「家の娘の花婿だ」
「カーテナル家の一員として婿になれるなんて、この身に余る光栄です」
アイナは聞いてしまった。
自分の結婚相手を勝手に決められてしまうなんて、そんなこと父親がするはずもないだろう。
「ふざけないでよ!私の結婚相手って...勝手に決めないでよ!」
「...盗み聞きとは感心しないぞ、アイナ」
父親であるレコニスはゆっくりと立ち上がる。
「なんで、なんで勝手に全部決めるのよ!」
「この家の名誉を守るためだ。お前も知っているだろう、カーテナル家は御三家だ。この家系は貴族、決して恥じる行為はしてはいけない。だから___」
「だから私の未来を奪うの!?...いい加減にしてよ...!どうして縛られる生活を強いられるの!?」
アイナは怒鳴る。
「はぁ...埒があかない、彼との家に連れていけ」
「承知しました」
「な、なによ!離して!離せ!こんなの、アサルトソーラー!」
術式は使用できない。
「先輩遅いね...」
「大丈夫だよ、きっと」
時刻は既に19時を回った。
門限の時刻はとっくに過ぎているので、余計に不自然だ。
「...ちょっと行ってくる」
「え?ハルト、もう門限は...」
「黙れ。俺がどうしてもやりたいことだ、口を出してんじゃねえ」
ハルトはクリスを睨み付ける。が、クリスは退かない。
「僕も行く。ハルトが不機嫌な時って、大体何かあるから」
「なら私も行く。二人だけに任せられない」
「ちっ...好きにしろ」
「っふふふふ...こんなに最高の発育具合、綺麗な肌。ああ、本番までが楽しみだ...」
不気味に笑い、裸体のアイナを舐め回す男。
婿であるフラナ・サークロム。
「...っは!?ちょ、何これ!ひやっ!?」
「なんだ起きたのか...。これから僕の子種を植え付ける儀式をするのさ...楽しみだろ?」
「は!?ふざけないでよ!!誰があんたみたいなクズと___」
パチンッ!!と乾いた音が鳴り響き、フラナは怒鳴る。
「高貴な人間にそんなこと言っていいのか!?僕は元王家のサークロム家の人間だぞ!まあいいさ、そんな生意気な顔も大好きさ。大丈夫、挿れるときだけだよ痛いのは...」
「やめて...いや...助けて...!」
___ハルト!
ドゴォン!!
「...よお、フラナ・サークロム」
「だ、誰だお前は!」
額に血管が浮かんでいる紫髪の少年。
「俺?名乗るほどのもんじゃねえ...強いて言うなら、その人の後輩だよ」
ハルト・ヴァースタイン。
「僕とアイナの子作りの邪魔をするのか!!許さんぞ!!!」
飾ってある大剣を鞘から抜く。
「...その粗末なもん仕舞った方がいいんじゃねえか?」
「死ねえ!!」
眼前を緑色の熱光線が横切った。
アサルトソーラー。
「ハルトくん一人じゃないからね!」
「全く、ハルトは突っ走りすぎだよ」
「コルニアに、クリスまで...」
フラナは三人の覇気に狼狽え、後退りする。
そして負け犬のごとく吠える。
「さ、三対一は卑怯だぞ!!」
「はぁ...呆れた。そんなに卑怯だって言うなら俺と戦うか」
そう言うと、コルニアとクリスは頷き後ろに下がった。
「うおぉぉぉ!!!死ねぇぇぇぇ!!!!」
長く大きな刃が振り下ろされてくる。
「...っ!!」
パキィィィィン!!
甲高い音を響かせ、剣は折れた。というより、折った。
「こんなもんかよ...こんなもんかよぉぉ!!!」
全体重を右拳に乗せ、力のままに殴った。
フラナは血を撒き散らせながら、後方に吹っ飛んだ。
「あがっ...」
「てめえの粗末なもん出してんじゃねえよ、さっさとしまえ」
「い、いた___」
鈍い音とともにさらにフラナは吹き飛ぶ。
「しまえぇぇぇ!!!てめえが、アイナ先輩に手を出してんじゃねえ!!!俺らの、俺の大切な先輩をキズモノにしてんじゃねえよ!!!」
「っ!」
アイナはこんなに怒り、怒鳴り散らすハルトを見たことがなかった。
自分を守るために怒ってくれる人を、見たことがなかった。
アイナは涙を流した。
「アイナ先輩を利用したのは性欲処理のためにか?地位を築くためか?」
「ひっ!?せ、性欲処理のためです!!」
「くせえ口を閉じろよ、クズがうつるだろ」
頭を掴み上げ、フラナの腹部を思いっきり殴った。
ドゴォン!という快音が鳴った。
「おえぇぇぇ...」
「ゲロ撒き散らしてんじゃねえぞ。...もういい、用済みだ。失せろ」
ハルトの手には光の剣が握られていた。
「今ここで死ぬか、俺らの前から失せるか。選べ。5、4、3、」
「き、消えます!!」
フラナはその場から立ち去った。
「...かひゅっ!?」
ハルトの口から血が溢れ、拘束を解かれたアイナが走って向かう。
「ハルト!!」
「はぁ、はぁ...。言ったろ先輩、頼れって。こんな不様な有り様だが」
「そんなことより、ハルトが...」
「俺はいいよ、俺は。お父さんに言ってこいよ、自分のしたいこと。もう一度、しっかり話せば分かってもらえるはずだ」
「お父さん」
「...」
アイナは深く息を吸って吐く。
「私、後は継がない。学園の仲間たちと一緒に過ごしたい」
「...」
父は黙ったまま。
心拍数は上昇し、呼吸が荒くなる。
「...今まで押し付けてすまなかった。お前の好きなようにしなさい。お前の人生だ。私は応援している」
「っ!!ありがとう、父さん!」
「上手くいったみたいだね」
「...お前らもついてきたのかよ」
「そりゃ先輩のことだもん気になるだろ?ハルトが一番気になってたじゃないか」
「...うっせ」
素直じゃないなぁと二人は笑い、星降る夜に親子の絆が芽生えた。
娘の願いは、しっかりと父親に届いた。そう願う。
- Re: No_signal ( No.7 )
- 日時: 2023/03/01 17:32
- 名前: 叶汰 (ID: 5R9KQYNH)
第5話「黎明」
「は!?サラが来る!?」
教室で大声をあげ、ハルトは注目の的となった。
サラとは、ハルトの妹であるサラ・ヴァースタインのことだ。
「な、なんであいつが」
『なんかあっちの方で色々あったらしくて、』
「それで俺らのところかよ...勘弁してくれ...」
どうやらハルトの実家で問題が起こったようだ。
実家にはもう5年も帰っていない、というか帰れない。
家を出ていくときに父親と喧嘩をしてしまい、そこから気まずくなって帰れていないのが理由だ。
「はぁ...憂鬱だ...」
「どうしたのよ、そんな暗い顔して」
「...サラが来る」
「あー...まあ、なんというかご愁傷さま」
アイナは知っている。彼の妹が、サラがどんな人物か。
ハルトが憂鬱である理由が____
「お兄さまぁぁぁぁぁ!!会いたかったですわぁぁぁぁ!!!」
「うわぁぁぁぁ!!!飛び付いてくるんじゃねぇぇぇぇ!!」
____サラは重度のシスコンなのである。
毎回会うたびにこのように抱きつかれる。
「お兄さまお兄さまお兄さま♪」
「やめろぉぉぉ...!」
「相変わらず仲いいわね...」
「うるせえ!!見てねえで早く剥がしてくれ先輩!!」
アイナはその場から静かに消えていった。
「おい!待て!い、いやぁぁぁぁぁ!!!」
「うぅ...ぐすっ...」
「まあ、そのさ...ハルトくんいい加減泣き止んで...」
「俺の貞操が...貞操がぁ...」
「未遂だったんだからいいだろハルト。みっともないぞ」
「ズズズズ!!みっともなくていいよ!俺の初めてを奪われかけて、好きな女性に捧げる初めてを...うぅ...実の妹に奪われそうになったんだぞ!!」
何があったかは説明するまでもないだろう。
大号泣する兄を尻目に、妹はここに来た理由を説明し出した。
「今日急に押し掛けてしまって申し訳ございません。実は、両親が____」
____何者かによって殺害されました。
急な発言に、一同は凍り付いた。
「こ、殺されたって...」
「...そうか」
ハルトとサラは冷静だった。
というか冷静にならなければいけなかった。
「そうかって...ハルトくんたちのお父さんとお母さんが殺されちゃったんだよ!?」
「コルニア、彼らだって相当辛いけど、仕方のないことなんだ」
「クリスさんは知っていると思いますが、私たちはヴァースタイン家の掟に沿って生きておりますわ。その中に、親族が死んでも感情を出してはいけないという掟がありますの」
ヴァースタイン家は武家の家系なので、親族が死んでも泣いてはいけないなどの決まりがある。
そもそもヴァースタイン家は一時期殺し屋の有名な家系だったため、狙われる立場でもあった。そのため、親族が死んでも悲しんでいる暇はないという、当時の考え方が掟として残っている。
「じゃあ、これからどうするの?」
「敵討ちをしたいところですが、恐らく今の私では歯が立ちません。そこで協力してほしいんですの」
「...サラ」
「分かっていますわ、この方々を巻き込んではいけないことぐらい。でも私たちの力では奴らに復讐はおろか、見つけることすら不可能なんですわ」
ヴァースタイン家の持つ情報網では確かに特定することはできない。だが、クリスたちを巻き込むなど、絶対にあり得ない行為だ。
お願いしますと、サラはクリスたちに頭を下げる。
「...分かった、可愛い後輩の妹ちゃんのためだもの。一肌脱ぎますか」
「私も!困ってるときはお互い様でしょ?」
「僕もやらなきゃね。ハルトよりはかっこよくないけど、少しだけかっこいいところを見せなきゃ」
「みなさん...!ありがとう、ございます...」
サラは深々と頭を下げる。
ハルトはそれでも素直になりきれない。仲間の手を借りるなど、かっこ悪いと思ってきたからだ。
それが自分で、サラは自分より先に大人になってしまったようだった。
コンコンコンと3回ノックが聞こえた。
「お兄さま、」
「...」
返事はない。
サラはドアを開ける。
「っ!」
そこには目の周りが赤くなった兄の姿が。
泣いていたのだ。一人で隠れて、泣いていたのだ。
「...あぁ、サラか。もう寝る時間だから早く寝ろよ?」
「...お兄さまのバカ」
「え?」
サラはハルトの肩を抱いた。
そして頭を撫でた。
ふわふわで柔らかい感触と、確かな温もりを感じた。
「...なんで、なんで、言ってくれなかったのですか」
「...」
「一人で抱え込まないでよ、私だって居るんだから。泣きたいときは一人で泣かないでよ。そんなの苦しくなるだけじゃん」
分かっていた。自分が一番分かっていた。
だから一人を選んだ。自分を置いてどんどん周りが大人になっていくから。
だから興味のないフリをした。子供の自分を隠したかったから。
だから素直になれなかった。助けを求めることは恥だと思ったから。
だから、だから。
気づけば頬を一筋の涙が伝っていた。
「掟なんてどうだっていい。泣いたっていいじゃん。私が傍に居るから」
「っ...」
妹の胸で泣いた、情けない兄。
そう思っているのは自分だけで。
「すぅ、すぅ...」
気がつけばハルトは深い眠りに落ちていった。
「ここまでよく頑張ったね、お兄ちゃん」
いつもの口調が外れてしまうが、今は二人きりなので関係ない。
妹は知っていた。兄がなぜこんなにも一人で終わらせようとしたか。
強くなって、認めてもらいたいから。
「もう十分お兄ちゃんは強いよ」
いつもより星が美しく見えた。
- Re: No_signal ( No.8 )
- 日時: 2023/03/02 18:52
- 名前: 叶汰 (ID: 5R9KQYNH)
第6話「花束の代わりに」
ハルトは今日も今日とて図書室に居た。
壁は穴が空き、規制線が張られ、瓦礫の下から滲んだ血液。
全て自分がやってしまったのだ。自分が、ルカを殺した。
「...意味、わかんねえよ」
____でもこれは結果だ。あのまま君が何もできずに居たら、辿る結末は最悪だということが分かるはずだ。
あの時の声。
「要望に答えた相応の見返りが、誰かを殺すことだったのか」
____失礼だなぁ。殺すなんてそんな物騒なことじゃない、ただ邪魔だったんだ。しかしあの女のせいであの男に退場してもらえなかった。
「ふざけやがって...!っ!?」
____うるさい口だなぁ。少し黙っていてくれ。
朦朧とする意識のなか、必死で足掻こうとしてもそれは叶わなかった。
次に目が覚めたとき、高く昇っていた太陽もすっかり落ちていた。
紫色の空と朱色の空が分かれた、不思議な空だった。
「なんだよ、これ...」
割れたガラスの破片に写る自分を見ると、紫色のはずの頭髪がつむじから黒に変わっていて、さらに目の色も白から若干黄色みがかっていた。
とにかく気持ちを落ち着かせようと、走って住居まで戻った。
「あれ、ハルトおかえりって...その目とその髪...」
「ああ...なんか変わってた」
「変わってたって...何も知らないのか?」
「ああ、気付いたらこーなってた...」
原因が分からず、頭を抱えていると奥からピンク色の頭髪であるサラが出てきた。
「抜け出す準備はいつでも...って、お兄さま!?なんですのその頭と目は!!」
なんというか、予想通りの反応というか。
ハルトはクリスに言ったことをそのまま言った。
「訳が分からないですわ...まあ、お兄さまはかっこいいので関係ないですが」
「妹からもかっこいいって言ってもらえるなんて、最高じゃないかハルト!」
「...うるせえよ」
顔が熱くなるのが分かって、余計に恥ずかしくなってきた。
というか、さっき抜け出すとか言っていたような...。
「抜け出すって...」
「ああ、抜け出すのよ。ここを」
「うわぁ先輩!?どっから出てきやがった!」
「あのね...まあいいわ。今夜20時から学園を抜け出して、敵討ちしに行くのよ」
なにそれ初耳。
とにかく、敵討ちは別に今じゃなくてもいい気がするのだが。
「と、いうことなので早速行こう!!」
「まだ18時だけど」
「えぇー!?クリスくん時間ぐらい飛ばせるでしょ!?」
「そんな禁忌術式できるわけないでしょ...」
とはいえ流石に急すぎるので、何も準備していないのだ。
ハルトが珍しく焦っているのを見て、アイナは不適な笑みを浮かべた。
「ハールト♪早く早くぅ」
後ろから勢いよく抱きつき、ハルトはバランスを崩しながらもなんとか立て直した。
「ば、バカ!!危ねえだろ!!そ、それにその...」
「その?」
ハルトはどんどん赤面していき、アイナはハルトの言いたいことを察したのかニヤニヤが止まらない。
「む、胸が...」
「胸が?」
「うるせえなぁ!わかってんだったら察しろよ!」
「はいはい、先輩その辺にしといてください」
クリスの制止が入り、ようやく解放されて安堵した。
アイナは悪戯な笑みを浮かべ、さーせんとだけ言った。
「はぁ...一気に疲れた...。行く時間になったら起こしてくれ」
「!!私もお供しますわ!!」
「やめろぉ!!お前が一緒に寝るとか言ったら、俺は追われる身になるんだぞ!?勘弁してくれぇ...」
「なら私と一緒に逃げましょう!」
サラは学園内ではかなりの美人で、ハルト自身もそれなりに可愛いとは思っている。
さらにスタイル抜群で成績も優秀、文武両道の完璧人間だ。
それゆえに男子からは絶大な人気を誇っており、今まで告白された回数は100を超えているだろう。
ただそんな彼女にも重度のシスコンという欠点を持っており、ハルトの存在は、影が薄いのでバレてはいないが、その内ハルトは追われる身になるということをなんとなく覚悟している。
「...あの二人ほんと仲いいよね」
「そうだね。小さい頃から結構遊んでいたイメージだけど、気付いたらあんな口調になってたなんて」
「あれが13歳だとはとても思えないわよ...スタイルよすぎ」
「おーい、二人とも起きろー」
「うーん...もう行くのかよ...」←結局一緒に寝た
時刻は19時54分、少し早いが先生に見つからないように行くにはこの辺りの時間帯がちょうどいい。
部屋の電気を消し、二グループに分かれて駅まで全力疾走する。ちなみに駅まではAグループが林を直線的に突っ切るルートで7分。Bグループは学園街を通るルートで6分。
まあ、Bグループは誰にも遭遇しなかった場合だが。
「よし、出発しよう」
「うん」
それぞれ出発し、闘いの火蓋が切って落とされた。
- Re: No_signal ( No.9 )
- 日時: 2023/03/03 18:18
- 名前: 叶汰 (ID: 5R9KQYNH)
第7話「凱旋」
Aグループであるクリスとコルニアは、予行演習通り順調に駅へと向かっていた。
このままのペースなら、Bグループよりも先に到着ができることになる。
「よし!このままのペースだ!」
「うん!」
体力的にもかなり余裕がある。
体に当たる風は少し冷たいが、それが火照った体に気持ちよく当たって、冷却を効率よく行えている気がする。
「止まれ!!」
「っ!?」
突然の制止に思わず体を飛び上がらせ、地面を削りながら止まった。
防弾チョッキを着たガタイのいい男。
魔術特殊部隊A.I.M.Sだ。
よりにもよって駅を目前にして足止めされるとは、最悪の事態だ。
「君ら、こんな時間帯に何してるんだ?」
「え、えっと、ランニングです」
「ほー?にしてはこんな不安定な林道、それも結構なスピードでよく走ろうと思ったね?」
「た、体力作りの意味合いで...」
冷や汗が滝のように流れ、心臓の音がやけにうるさい。
A.I.M.Sの男は、表情ひとつ変えずに何かをタブレット端末に打ち込んでいた。
「そういえば、セントラル学園から抜け出した生徒5人が居るって聞いて、ウチに依頼が入ったんだけどさ、」
完全に我々である。
「君たちじゃないよね?」
思わず動き出したくなる足を必死で抑え、普通に受け答えようとする。
「そんな人たち居るんですね...僕らではないですよ」
「ふーん...ならなんでそんなに落ち着きがないんだい?クリス・ガルフェナンドくんにコルニア・アストレーリアさん」
「...逃げるぞ」
ついに正体までバレてしまったとなると、逃げるしかない。
クリスとコルニアは先程の倍の速度で走った。
「逃げられると思うなよ!ローズウィップ!」
背後から刺のついたツルが伸びてきて、ギリギリのところで回避した。が、ツルは動きを止めずぴったりクリスたちの背後に迫ってきている。
「コルニア!コンボ!」
「分かった!」
コルニアは指示のあと親指を立てながら、近くの木に上った。
「コールドカノン!」
クリスの右腕から絶対零度の青みがかった光線が放たれる。
光線はツルに直撃し、凍らせ動きを止めることができた。
「それを止めたぐらいで、勝った気になるなよ!」
結界破壊弾の装填されている銃をこちらに向け、トリガーに指をかけた瞬間クリスは叫んだ。
「コルニア!今だ!」
「ミラージュサテライト!」
頭上から降る無数の光の矢の雨が、A.I.M.Sの男に直撃し、男は気絶し動けなくなった。
クリスは動かなくなった男を見て、殺してないかと心配になった。
「大丈夫、この程度じゃ死なないよ」
一方Bグループは街に出た瞬間追われ始めている。
というのも、学園側から捕縛依頼が出されたため、警戒がかなり厳重になっていた。
「このまま駅まで走るぞ!」
「は!?無茶言わないでよ!この量かわしながら走るとか無茶の極みよ!」
「お兄さま!後ろはお任せくださいませ!コントロール・タイプルナ!」
刹那、月明かりが屈折し、追手に直撃した。
「バカ!強すぎんだよ!」
「でもこれでだいぶ減ったわよ!」
「結界オーライじゃねえんだよ!怪我とかさせたら大変なことに____」
突如轟音とともに視界が土埃で覆われた。
土埃が去ると、そこには疑似魔獣がこちらを睨んでいた。
「...私たちを殺しに来てますわね、これ」
「...あー、俺ら死んだかもしれんな」
「諦めてんじゃないわよ!いいから走りなさい!」
アイナに押され、再び全力疾走が始まる。
当然疑似魔獣の方が速いので、すぐに追い付かれもはや戦うしかないようだ。
「ほう...血が騒ぐじゃない...!」
「サラ、今のうちに行くぞ」
「は、はい」
ハルトたちはその場から逃げるように駅へと向かって走った。
アイナは完全に殺人気の眼光である。
「人工ワンちゃんに誰が負けるか。先手必勝!デモリッションスケール!」
遅れて飛びかかる疑似魔獣が、真っ暗なゲートから出てきた無数の腕によって石のように崩れて灰となってしまった。
「ふん!雑魚が」
アイナはそう吐き捨てて、先に行ってしまったハルトたちを追った。
電車の発車まで残り2分、余裕だ。
「なんとか間に合った~...」
一同息を切らし、電車内で安堵の息を漏らしていた。
車内は乗客が少なく、A.I.M.Sが追ってきている様子もない。あの人数で捕まえることができると思ったのだろう。ナメられたものだと、アイナは思った。
「とりあえずこれで一安心だな。このあとについてなんだが、俺の家に行こう。宿に泊まれるほどの金だってないからな。そこからだ、犯人探しは」