ダーク・ファンタジー小説

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ERROR_
日時: 2023/05/26 22:28
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

2018年6月、日本は突然変異体『SIGMA』達により無差別大量殺戮が起こった。
結果日本の人口の約3分の2が失われた。
日本は東京エリア、上越エリア、大阪エリアで分断し、それぞれをモノリスで仕切った。
時は流れ西暦2029年、惨劇から11年が経過したある日、事態は動き出す。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体とは一切関係ありません。



一気読み>>1-
人物紹介>>1
プロローグ>>2
第1章「異質」
 1 >>3
 2 >>4
 3 >>5

Re: ERROR_ ( No.4 )
日時: 2023/05/23 22:09
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

2


無機質なむき出しのコンクリートの壁には、おしゃれな時計がかけられていて、さらには観葉植物が置いてある。
「急に呼び出して何の用だ純儺先生」
不機嫌そうに言うと、目の前の女性は白衣のポケットに手を突っ込んで、イスに腰掛けた。
富樫純儺とがしじゅんな
「悪いねわざわざ来てもらって。実はI.S.S.O.のLv.序列1400番台まで君が格上げされたから、それの報告」
Lv.序列とは、I.S.S.O.が定めた戦闘力のランキングである。
風花は夜中にバイクを飛ばしてきたことを後悔した。かなり久しぶりの運転だったので、クラッチを繋いで発進するときにエンストを繰り返して、一人で恥ずかしい思いをしたことが脳内でループ再生される。耳が熱くなっていくのがすぐにわかる。
「H.S.C.の知名度もそれなりに上がってきたし、君たちとしても安泰じゃないのか?」
「さあな。それは社長に言ってくれ」
そう言うと、用が済んだかの確認もせずに、研究室のドアを開けた。
特に止められることもなかったので、そのまま研究室から出てエレベーターに乗った。

「...」
ただいまと言うと、寝ている蒼が起きてしまうかもしれないので、そーっとドアを閉めて脱衣場に向かう。
汗で少し湿った服を洗濯機のなかに放り込んだ。
シャワーの音が浴室に反響し、心の隙間を埋めていく。この瞬間こそが、特殊武装警備員の彼にとっては至福だった。
タオルで体を拭いていると、マナーモードにしてあったスマホが一定の間隔でバイブレーションする。電話だと確信するのには、あまり時間がかからなかった。
「もしもし」
電話の相手は天汰だった。
『あら、起きてたんだ』
「起きてないときにかけたって意味ないのになんでかけようと思ったんだよ。まあ今起きてるからいいけどさ」
寝てる間に知ってて電話をかけるなんて、なんとも悪質だ。
「んで?何の用だ」
『H.C.S.にSIGMA駆除依頼が来たから行ってくれるかしら?』
「ああ、いいけど...レベルは?」
『3なんだけど』
そう答えた天汰に、言葉を失ってしまった。
SIGMAには、レベルが5段階に分けられており、レベル1の新生幼体、レベル2の終霊幼体、レベル3の新生成体、レベル4の黒曜成体、そしてレベル5白霊成体だ。レベル4は上から3番目、つまりまあまあ強い。
『どうしたの?』
「俺なんかで大丈夫か?というか俺の安全は大丈夫か?」
『報酬は膨らむけど』
まさか社員の安全よりも報酬を優先するとは、この人は本当に情はあるのだろうか。
しかし、天汰の並々ならぬ圧を感じてしまったために断れなくなっていた。

「天汰さん」
「んー?」
「稽古、つけてくれねえか?」
「お!風花と天汰、戦ってくれるのか!?」
メガネをかけて、デスクワークをしていた天汰は目を見開いて驚いていた。蒼は待ち焦がれていた稽古に、目を輝かせていた。
風花は天汰の返事を待たずに、続けた。
「今度の依頼で、へましないように強くなりたいんだ。頼む」
深々と頭を下げて、風花は頼み込んだ。
天汰はメガネを無機質で正に事務作業に特化したような机の上に置き、イスから立ち上がり胸を揺らした。
「...分かった、頭上げて。でも風花くん」
恐る恐る顔を上げると、そこには笑顔が消えた何の感情も宿っていない、天汰の顔が目に入った。
「本気でやるんだったら、私はその気持ちに応える。だから容赦はしないわ」
その圧で押し潰されてしまいそうな風花は、ゆっくりと頷いた。

Re: ERROR_ ( No.5 )
日時: 2023/05/26 22:15
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

3


ある日、風花は事務所でニュースを見ていた。
『続いてのニュースです。SIGMAによる被害は深刻化しています』
そんなこと誰もが知っているだろうと思いながら、ニュースを聞き流す。
アナウンサーが喋っている途中で映像が切り替わり、会見のようなものが行われそうな雰囲気が漂っており、黒いテープで雑にまとめられたマイクが置いてある。
『それでは武蔵野むさしの首相の会見です』
どうやら会見で間違いなかったらしい。
武蔵野風鈴むさしのふうりん、21歳という若さで東京エリアを統括している権力の塊みたいな人物だ。
『東京エリアでは、すでにSIGMAによる侵攻で、10分の1を失いました。そこで自衛隊内特別殲滅部隊DASTを編成します』
「ただいまー」
会見をぼーっと見ていた風花は、不意に玄関から聴こえた声に思わず体を揺らした。
声の主は天汰だった。見れば彼女の背中には、黒い棒状のものを背負っていた。
「まさかそれって」
雨夜あまよ
風花の予想は見事に的中してしまった。
雨夜というのは黒雲刀こくうんとう雨夜あまよのことだ。この刀は、風花のために作ってもらった刀だ。製造にはバルドニウム鉱石を使用しており、その上からカースヴァーナコーティングを施しており強度とSIGMAに対する威力は凄まじいものとなっている。
しかし風花にとっては、この刀はあまり好きではない。なぜならば、元々白銀だったのに、H.C.S.に所属して最初のSIGMA駆除のときに焼き色の青と紫のグラデーションがついてしまって、天汰と風花の師匠である神代杏亥こうじろきょうがいに怒鳴られたからだ。
「...なんで、これが?」
「道場の方に用事があったのよ。それで師匠に『いつまでも雨夜を道場に置きっぱなしにするな』って怒ってたから、私が持ってきたの」
余計なことを...と思いながら、頭を抱える。

レベル3のSIGMAは、それなりに手強い相手でもある。風花も、以前対峙したことがあり、そのときにかなり手こずった記憶がある。
耳が痛くなるほどの静寂の森には、生き物の気配など何も感じない。
「...SSSビット射出」
静かに呟いた途端、手のひらに置いた小型のドローンが音すらたてずに浮遊した。
SSSビット、視覚を失った狙撃兵やスコープでは視認不可な超ロングレンジ戦闘などの現場で使用される。
仕組みとしては、専用インターフェースを脳波と干渉させて、電気信号を送って映像を遅延なしで送っている。
風花は実はすでに両目を失っており、ドグマ社製高度演算CPUを組み込んだ義眼で失った視覚を補っている。
「...」
サーモグラフィーに映った赤いシルエットは、生き物のそれの形をしている。シルエット的には、エビやカニなどの甲殻類が近いだろうか。
敵の姿を鮮明に見ようとして、サーモグラフィーを解除。
「なっ...」
先程まで確かに映っていたSIGMAが見えない。
再びサーモグラフィーを起動させると、確かに居る。
風花は、思考をフル回転させ、何が起こっているのかを必死で考える。あらゆる知識や経験を持ってしても、答えが出ない。
「くそっ...」
脳の限界が訪れ、SSSビットを戻す。頭をジリジリと焼くような痛みと、ヤツを殲滅する糸口が見えないことへの焦りが苛立ちとして表に出る。
しかし今はそんなことをしている場合ではない。早く殲滅しなければ。
ヤツの位置は大体把握している。それにSSSビットからの映像では、体長が推定でも7mはあるはずなので、的が大きいのは風花としてはありがたい。
「これより目標を殲滅する」
呟いた言葉に返事はないが、彼は戦闘を開始した。
腰に1m16cmの刀を差しているため、非常に動きにくい。愛刀の望んでもない帰還のせいで、任務にまで支障が出そうだ。
目標地点までたどり着き、刀の柄に手をかける。
神代式抜刀術こうじろしきばっとうじゅつ牙瀧破壁がろうはへきの構え」
肺一杯に空気を吸い込み、精神を統一する。
「ふぅ...神代式抜刀術一の型一番...天座邪逸てんざじゃいつ・四連」
刹那、地面を抉りながら跳躍する。
「ハァァァァァァ!!!」
咆哮を上げながら、風花は縦一文字たていちもんじに刀を振り下ろす。
伝わってきた感触は、かなり固い。恐らく外骨格に当たってしまったのだろう。じーんと両手が痺れる。
刹那、SIGMAは咆哮を上げながらその姿を見せた。
「うおわ!?」
二撃目を食らわすことなく、技は途中で解除され大きく体を揺らし落とされた。
「っつつ...はっ!?」
風花は、初めてその全貌を見た。
カニのような風貌に、目がない代わりに長い触覚が4本。縦に長い腹部は、白く縁は目まぐるしく光っている。
SIGMAは、擬態が解除されてしまったことに激怒したのか、その巨体とは相反して素早く大きな鋏を振り下ろしてきた。
____その鋏は挟むもんじゃねえのか!
口に出す暇もなく、攻撃を回避した。地面が抉れ、すさまじい衝撃波が辺りに広がる。
空中で体勢を立て直すと、風花は左手で腰のグロック社製の対SIGMA拳銃を構え、巨体に向けてフルオートで全弾撃ち込む。
体勢を崩したところで、銃を投げ捨て刀を再度構える。
「神代式抜刀術二の型二番、獄火羅針ごくからしん!!」
刀が赤熱し、外骨格をジュウと焼き斬り、火花を散らしながら苦痛の鳴き声を上げた。
「うおりゃぁぁぁぁあ!!!」
技が終わると、刀身から白煙が立ち上ぼり、SIGMAは爆散して活動を停止した。
風花は戦闘が終わり、肩で呼吸しながら刀を鞘に納めた。カチン、という金属がぶつかる快音が鳴り、森から出た。

Re: ERROR_ ( No.6 )
日時: 2023/05/27 14:34
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

4


「ん...?」
「どうしたんです?先輩」
すると先輩と呼ばれた男は、ソナーに映った不自然な影に違和感を覚えた。
それは明らかに海洋性の生物ではあり得ないほどの、規格外のサイズだった。世界最大の鯨であるシロナガスクジラを凌ぐほどのサイズだ。
「これ...」
「明らかにでかすぎると思わないか」
「サーモは?」
「これは...!?」
その日を皮切りに、最悪の事態を招くことになるなんて、まだ人類は知りもしない。

「...はいー!私の勝ちだな!」
「蒼ちゃんまた一番抜け~?もうこれで5回連続だよ~」
「ぐぬぬ...」
この頃依頼続きで、ほぼ休養など取れていなかったため、風花と蒼と天汰の3人でトランプのババ抜きをしているのだ。ちなみに現在蒼の5連勝中という、他の2人は涙目な展開である。
「...はい、私の勝ちね」
「っだぁぁぁ...5連敗かよぉ...」
「風花は分かりやすすぎるよ」
2人から笑われてしまい、つくづく自分がババ抜きが弱いことを知る。テレビゲームなら強いのに。
はぁ、と溜め息をついて、トランプを片付けながら垂れ流したテレビを横目に見る。
テレビは60インチとかなり大きく、スピーカーもかなり高音質だ。思えばこのテレビを購入したせいで、貧乏生活を余儀なくされたのは、苦い思い出だ。
「うお...」
「「きゃっ!」」
かなり大きな揺れが事務所を襲い、天汰と蒼は喘ぎ咄嗟に風花の腕に抱きついた。
「っ」
風花の右腕には、慎ましくも膨らみのある大人な体になりかけている蒼の胸の感触。左腕には、服の上からでもわかるほど大きく育った胸の感触。
風花だって男だ。今まさに煩悩に支配され、理性というリミッターが外されケダモノのように襲ってしまうかもしれない。
しかし、必死でそういった思考から離れて、話題を地震へと移す。
「今の揺れは一体...」
天汰の胸の揺れにも目が行きそうになるが、視線が吸い込まれるのをなんとか耐える。
「2回目がこないだと...?」
普通の地震であれば、初期微動という1回目の揺れから遅れて主要動という大きな揺れが来る。それが来ないということは、普通ではない。
そんな当たり前のことが脳裏をよぎる。
外の方では、地震に気付いた住民たちが次々と出てくる。
「一体なんなんだ...」

「はぁ、はぁ...」
全力疾走をしながら、肩で息をする。足はパンパンになり、汗と血液が混ざり目に入ると激痛を催す。
「はぁ、はぁ...千景ちかげは、大丈夫?」
千景と呼ばれた少女は返事はせずに、首を縦に振る。
手に握られたスーツケースを大きく前後に振りながら走る。
「居たぞ!」
「!?千景!逃げよう!!」
追手の声が聴こえ、すでに限界の体にムチを打って再び走る。
なるべく遠くへと逃げるように。
「あなたたち、止まりなさい」
目の前に立ちはだかる制服姿の女性の声に、驚いて止まってしまった。
「はい、素直でよろしい」
「だ、誰ですか?」
「私はH.C.S.代表取締役社長、柊木天汰よ」
柊木という名字は聞いたことがある。御三家と呼ばれる名家の一家のはずだ。
天汰は続ける。
「私はあなたたちを捕まえるために、ここまで来た____」
「助けてください!追われてるんです!」
焦った様子で少年は助けを乞う。
天汰は、予想外の反応に戸惑った。
「な、なにがあったの?」
「僕たち、今追われてて」
喉が痛い。それでも今は状況を知ってもらうことが最優先だと判断し、そんなことお構いなしに喋る。
「ったく、ガキどもめ。手こずらせやがって...少しでも動いてみろ、その瞬間蜂の巣にしてやるよ」
武装した自衛隊が、少年たちに銃口を向ける。
天汰はそれを見て咄嗟に、少年たちの前へ庇うように出た。
「そっちがその気なら、私はこの子たちを守るわ」
「っ!?銃を下ろせ!」
権力者が命令すると、全員が銃を下ろした。
何事かも理解できないまま、天汰をその場に立ち尽くす。
「御三家柊木様、この度は我々の無礼をお許しください」
「あっ、えっ?」
「お前ら撤退だ」
結局なんなのかも理解できずに、自衛隊は去っていった。
「...かっこいい」
「え?」
「あ、あの!H.C.S.に入りたいです!」
少年は目を輝かせて言った。
「...君がいつか、一人前の大人になったら、私がスカウトしに行くから」

Re: ERROR_ ( No.7 )
日時: 2023/05/28 23:38
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

5


「思ったよりも遅くなっちまったなー...」
「仕方ないじゃない、私たち出席足りてないんだもの」
東京エリアの夜は、住宅街だからというのもあるだろうが、静かすぎた。
今日は金曜日で、天汰が風花の家に泊まるのだ。
「買い出しに時間かけちゃったし、蒼ちゃん怒ってるかな」
「どうかな...まあこれから、分かることだ」
ドアを開けて、「ただいまー」と言えばすぐに返事が帰ってくる。
「おかえりー!」
「ただいま、蒼」
「お邪魔してるで~風花ちゃん」
東京藤海高校の制服に、赤みがかった頭髪。
「げっ...なんであんたがここに居るのよさく...」
「あら~?なんや居たんか天汰。でかい胸のせいで顔がよく見えんかったわ~」
東雲咲しののめさく、東雲重工の社長令嬢であり、風花たちの同級生。そして天汰とは犬猿の仲である。
それゆえに混ぜるな危険と言わしめるほど、最悪な化学反応が起こる。
「二人とも落ち着け!とりあえず、なんで咲が居るんだ」
「それは蒼ちゃんに助けられたんよ。よりにもよってSIGMAに襲われたんでな~」
そう言いながら苦笑し、タブレット端末で襲ってきたSIGMAの写真を見せた。
ぶれぶれで細部までは分からなかったが、蜘蛛のようなシルエットだった。
「毒飛ばされてもうて...」
「っ!?大丈夫なのか!?怪我は!?」
思わず手を握って、一方的に訊いてしまった。
咲は一瞬驚いたような顔をしたあと、少し頬を赤く染めて答えた。
「大丈夫や。かけられただけじゃなんにもならん。それより風花ちゃん、ウチの心配してくれるなんて、ますます好きになってまうやん...」
「ちょ、ちょっと!勝手にうちの風花くん口説こうとしないでよ!!」
「えー?口説くもなにも、ウチと風花ちゃんは両思いやもんなー」
「え!?ち、違うって!!」
「風花は私と将来を誓い合った関係なのだぞ」
色気ムンムンの咲と、羞恥により赤面した天汰と、自信満々に将来を誓い合ったという訳のわからないことを言っている蒼のせいで、風花は既にキャパオーバーだった。
そのとき、全員の腹の虫が鳴り、夕飯を作ることにした。

毎週金曜は、天汰が夕飯を作ってくれるのだが、たまにはと思い今日は風花が作ることにした。
「っと...今日はすき焼きだな」
「やったー!!すき焼きすき焼き~♪」
鍋に切った食材を入れて、すき焼きのタレを注ぎ、あとは火にかけるだけだ。
鍋料理とは実に楽な料理で、さらに美味しいとなると、人間を幸せにするのに長けた素晴らしい料理だと風花は思う。
食卓に運び込まれた鍋は、沸々と沸き立っており、食材は光沢を帯びてより空腹状態の彼らには唾液が口の端から垂れてしまうほどだった。
「卵の準備はできたか?それじゃあ」
「「「「いただきます!」」」」
合掌して、鍋の中身の肉を取ってとき卵に絡めて頬張る。
その瞬間口に広がる芳醇な肉の旨みと、塩気が強いタレにまろやかな卵の味が混ざり、咀嚼する度に幸せを感じる。
「今は、お互いに犬猿の仲だということを忘れているんだろうな」
小さく呟いた。

レースカーテンしかない寝室には、月明かり薄く差し込んでいる。
風花は眠れなかった。
「風花ちゃん、起きとる?」
目を擦りながら、寝間着のTシャツを着崩した咲が布団から起き上がった。
夜風が入り込む窓際に二人で座り、会話を始めた。
「風花ちゃんも立派になったなぁ」
「大してかわんねえだろ。しかも先週ぶりだし」
「風花ちゃんはどんどん立派になってるよ。ウチ、最初に君に会ったときに誰にも染まらない、真っ直ぐな目が印象的だったんやで」
そう言いながら、風花の肩に頭を乗せる。
微かに洗髪料の爽やかな香りが鼻腔を掠め、思考が淀んでいく。
「それに、ウチ君のこと好きやもん。何も持ってなかったウチに、生き方を教えてくれて、七光りとか関係なしに接してくれるのが嬉しかった」
「...そうか」
「いつか、いつか君が退職したら、ウチが一生幸せにしたる」
「...」
月明かりは、二人を照らした。

Re: ERROR_ ( No.8 )
日時: 2023/05/31 06:58
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

第2章「特別という名の」
1


「...?」
休み時間、自分の席に座り外を眺めていたらスマホがバイブレーションしていることに気付く。ディスプレイに表示されている見慣れない電話番号に、少し警戒しながらも応答のボタンをタップした。
「もしもし...?」
「黒町風花さんですか?」
初めましてだが、なんだか聞き覚えのある声に少し不思議に思っていると、すぐに正体が明かされた。
「そうですが...」
「私は東京エリア首相、武蔵野風鈴むさしのふうりんと申します」
「しゅ、首相!?」
思わず大きな声を出してしまい、それまで談笑していたクラスメイトの視線がこちらに突き刺さる。
流石に気まずくなったので、場所を屋上に移して電話を続ける。
「本題に入っても?」
「あーはい。お願いします」
慣れない敬語で、首相と話す気分は実にふわふわとしたものだった。
すると、ぎこちない様子に気付いたのか、風鈴はスピーカー越しにくすりと笑った。
「敬語でなくても構いませんよ」
「あ、あぁ...。それで用件ってのは」
「今回はあなた...いえ、H.C.S.さんには極秘任務として依頼したいのです」
「...内容は」
「SIGMAモデル・キメラの体内に強奪されたアタッシュケースを回収してきてほしいのです」
要は倒して回収すればいいだけの、簡単な任務である。
「なあ、アタッシュケースの中身はなんなんだ?」
興味本意で訊いてみた。
すると風鈴は、声音を変えて答えた。
「...あなたはまだ、知る必要はありません」
「...そうか」
風花はそれ以上訊こうとしなかった。というよりかは、訊けなかったの方が正しいだろう。
その風鈴から伝わる圧が、風花の好奇心を削いでいく。
「それでは、詳しい内容はH.C.S.のみなさんと『ターミナル』で直接お会いしてお話しましょう。今日の18時あたりで落ち合えますか?」
「分かった」

日が延びてしまったせいで、ようやく日が傾き始めて、山々を朱色に染めてきた。
ガラス張りで、巨大なドーム型の建物が『ターミナル』だ。
ターミナルは、東京エリアの行政の最高権力のある建物であり、SIGMAの再生阻害やSIGMAを寄せ付けない特殊な磁場を発生させるバルドニウムの柱が16本立っており、今までのSIGMAとの戦争『第一次東京・静岡会戦』『第二次東京・静岡会戦』で襲撃されなかった。
「これがターミナル...!すごい...!」
「なあなあ!これ何mあるんだ!?」
「高さ98mでございます」
不意に出てきたしゃがれた声の、白髪に着物の男性。身長は190cmはあるだろうか、身長178cmの風花が見上げるレベルだ。
見間違えるはずもない。
黎之助じじい...!」
「久しぶりだな、風花と天汰」
柊木黎之助ひいらぎれいのすけ、天汰の祖父であり、憎んでいる存在。しかも副首相であり、政治的な地位を確立している。
天汰は無言で、黎之助に向かい冷酷な視線を浴びせる。
「どういうつもりだ...!」
「私はただ、首相の元にお前たちを連れていくだけだ」
淡々と黎之助は答え、「着いてこい」とだけ言い、建物の方へと歩いていった。
エレベーターは一面ガラス張りで、足元を見るたびに恐怖心を煽られる。
すると、悪戯な顔をした蒼が風花に言う。
「もしかして、高いところが怖いのか?」
「は!?ち、ちげーし...」
何も違わない。完全な事実だ。

「お待ちしておりました」
テレビで見たことのある純白のドレスに身を包んでいる姿。膝の前で手を組み、お辞儀をする。
風花たちも咄嗟に体が動き、一礼した。
「おかけください。初めまして、私は東京エリア首相の武蔵野風鈴です」
「H.C.S.代表取締役社長、柊木天汰です」
「同じく社長の黒町風花だ」
「風花の相棒の生原蒼だ!」
一通り自己紹介が済んだところで、本題に入った。
「...早速ですが、本題に。今回はSIGMAモデル・キメラの体内に強奪されたアタッシュケースを回収してきてほしいのです。モデル・キメラは、『爆心地』から半径6km圏内に生息していると我々は推測しています」
「ば、ばくしん...なんだって?」
蒼が初めて聞く言葉に首をかしげると、風花が説明した。
「爆心地だ。11年前、爆発が起きたあとにSIGMAが大量に発生した。忌々しい事件だよ」
そう語る風花の顔には、憎悪が貼り付いていた。
風花は両親をその事件で失い、さらには自分の両目と右腕と左足を失った。
「...今回の作戦は、ヘリで周辺を飛行します。ターゲットを補足したら、ヘリから降りてそのまま殲滅にあたってください」
「えーと、私は司令塔で指示出しにしようかな...」
天汰は苦笑しながら、ヘリに乗ることを拒絶した。
それは天汰にはさせないつもりで風花はいた。
天汰は腎臓の機能が片方停止しており、あまりヘリから飛び降りるなどの激しいことはさせたくない。それが風花の本音だった。
「分かった。よろしく頼むよ」
「では、何か準備するものがあればこちらで用意します」


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