ダーク・ファンタジー小説

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ユリカント・セカイ
日時: 2025/11/02 22:07
名前: みぃみぃ。・しのこもち。・謎の女剣士 (ID: aFmdMFHh)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

※諸事情により、みぃみぃ。としのこもち。二人での合作になります

こんにちは、みぃみぃ。と、しのこもち。です。
ユリカント・セカイは、合作小説です。
みぃみぃ。→しのこもち。の順で書きます。


一気読み用 >>1-
第一話 >>1 あの時までは…。
第二話 >>2 ダイキライ
第三話 >>3 幸福と不幸
第四話 >>4 情けと出会い
第五話 >>5 初恋
第六話 >>6 好きな人、嫌いな自分
第七話 >>7 不思議
第八話 >>8 散ってゆく
第九話 >>9 もう一度
第十話 >>10 答え
第十一話 >>11 ずっと、このまま
第十二話 >>12 変わる日常
第十三話 >>13 結ばれるはずだった人と、結ばれないはずだった私
第十四話 >>14 祝福

Re: ユリカント・セカイ ( No.5 )
日時: 2024/02/10 08:27
名前: みぃみぃ。 (ID: t7GemDmG)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

【第五話 初恋】
「流華ちゃん!?大丈夫!?」
「雪、ちゃ…ん…」
「流華ちゃんっ…!心配したんだよ!?全然帰ってこないんだから…」
「ごめん、雪ちゃん…」
…さっきの、人…カッコよかった、な…
イケメン、だった。
私のタイプだったし…
バスケ見に来てるってことは、バスケに興味があるとか?
もしかしたら、好きな人が出てるとか…?
いやいや、そんなわけないか…
「流華ちゃん…やっぱりおかしいよ!?ずっと上の空だし…」
「えっ…」
私は気付いたら、体育館に戻っていた。
いつの間に…?
「流華ちゃん…やっぱり寝不足!?」
私は頷くしかなかった。
「ほらっ…。次の試合まであと30分あるから、仮眠とりな」
「う、ん…分かっ、た…」
そう言い切る前に、私は椅子に倒れ込んでいた。
「流華ちゃん、もう…。全く…」
そう雪ちゃんが言っていたのがうっすら聞こえた。


「流華ちゃん、良い加減起きないと!!」
「うっ…」
さっきよりはずいぶん体調もよくなった。
「流華ちゃん、さっきより顔色よくなったね、よかった!」
「白石さん、橘さん、もうすぐ試合です、準備してください!」
篠崎部長が言った。
「「はいっ!」」
「雪ちゃん…頑張ろうね!!」
「うん…!」
絶対、勝ってやる。
流愛を、見返してやる…!



「パス!」
「はいっ!」
いよいよもうすぐ試合。
今は最終練習中だ。
「大久保さん、パス!」
「はい!」
「流華ちゃん、シュートお願い!!」
「OK!」
私はシュートを入れる。
「OK!じゃあいよいよ試合だよ!集合!」
「「「はいっ!!」」」
みんなが円陣を作り出したから、私もその中に入った。
「絶対勝つぞー!!」
「しゃぁぁあ!!」
「じゃあ、次のベンチは高塚と白河。他の人は体育館の待機室に!」
「「「はい!」」」


私と雪ちゃんは、体育館の待機室で準備をしていた。
待機室とか、あったんだ…。
「流華、ちゃん…」
「…雪、ちゃん!?」
雪ちゃんの顔色が悪い。
「私、無理、もうっ…無理っ…!!」
「…え!?」
「私が、失敗して、チームが負けたら?もし、もし、そうなったら…っ…」
「…雪ちゃんなら、絶対大丈夫。」
「無理、絶対、無理っ…」
「絶対絶対、大丈夫。信じてやろうよ」
「やだ、もう、無理…。私、篠崎部長にお願いしてくる…」
「雪ちゃん…!?」
すると、雪ちゃんは早々とどこかに行ってしまった。
雪ちゃん、私を…置いてくの…?
そんなことを思ってしまったが、ブンブンと首を横に振る。
そんなわけない。
雪ちゃんには、雪ちゃんなりの考えがある…はず。
でもでも、雪ちゃんがいないとか…私、無理…
流愛にまたバカにされるかもしれない…
そんなことを考えていたら、森下先生が私のところにやってきた。
「橘さん、ちょっと残念なお知らせ。白石さんは…ね、ベンチになった。」
予想通りの言葉だった。
悔しかったけど。
「でもね、白石さんの代わりに高塚が入ることになって…。高塚には、橘さんの役に立て、って言っておいたから…。あとね、高塚は与那野東中の中では篠崎部長の次に強いから、頼りな。頑張れよ、橘さん!」
「…はいっ!」
これは予想外の言葉だった。
でも…。
高塚先輩、よろしくお願いします!
そう心の中で呟いた。
良かった。
そう心の底から思った。


「与那野東中、女バスケ部入場!」
私達は体育館に入っているところだ。
手汗が吹き出している。
緊張しまくっている。
「流華ちゃーん!!がんばれー!!」
そんな声をかけられたからびっくりしてみてみると…雪ちゃんだった。
「うん!雪ちゃんの分までがんばるね!」
そう答えた。
篠崎部長に「静かに」と注意されてしまったけど。

「与那野中、女バスケ部入場!」
与那野中ってことは、近くの学校か…。
今からは、準決勝だ。
絶対、勝つぞっ!
ふと観客席を見た。
お母さん、来てるかな…?
その時、私の頬がぽっと赤くなった。
あの、さっきの、人だ…。
さっきのイケメンの人が、観客席にいる。
なぜかどんどん顔が赤くなるのを感じる。
「橘さん…緊張してるでしょ?表情が緊張してるもん。でも、精一杯頑張ろうね!」
篠崎部長が言う。
「はいっ!」
それどころじゃない。
うわああああああああああんっ!!
「橘。いざというときは私を頼れよ」
高塚先輩が言ってくれる。
「はいっ!」
だ、だめだめ。
今から準決勝なんだから…!
「今から公式戦の準決勝を始めます。礼っ!」
「お願いしますっ!!」
「じゃあ、コイントスから…。各先生方、メンバー決めをお願いします。」
「はい!」

「じゃあ…コイントスは、3年から出そうかしら。篠崎、高塚、深月、折原、山下、堂上。準備を!」
「「「はい!!」」」
「…ったく、意味分かんない」
突然、大久保先輩が呟いた。
「なんで折原がコイントスに出れるのに私は出れないんだよ…」
「白河が出れないのは分かるけどさ、ベンチだし。…なんであんなに弱い折原が出れて私が出れないんだよ!?」
私は呆然としていた。
いつもは熱心な大久保先輩がそんなこと言うなんて…。
もしかしたら熱心な分そうなっちゃったのかな?
「…大久保。」
「なんですか、森下」
怒りのあまりにか、森下先生のことを呼び捨てで呼んでいる。
「大久保を出さなかったのは、大久保に期待してるからだよ」
「は?」
「大久保に、体力温存しておいて活躍して欲しかったんだよ」
「…ッ!折原とかのせいで先攻取れなかったらどうするんですか…!」
「それでも大久保たちに勝ってほしいんだ。橘さんもいるんだよ。だから…自信を持て!」
「…分かりました」
大久保先輩は、あまり納得していないようだった。
でも、私は大久保先輩を信じてる。
アドバイスをくれたのも、教えてくれたのも、先輩達の中では大久保先輩が一番多かった。
大久保先輩は、強い。
それは確かだ。
でも少し、こんな大久保先輩を見て動揺している。
すると、大久保先輩が口を開いた。
「私…昨日一睡もできてなくて…」
まさかの私と同じ状況だ。
「おかしいのかもしれない。」
大久保先輩には悪いけど、私もそう思う。
そうやって私、大久保先輩、森下先生と話していると、コイントスが終わり、与那野東中は先攻になった。
今は篠崎部長がボールを持っている。
「絶対勝つ、絶対勝つ、絶対勝つ、絶対勝つ、絶対勝つ」
大久保先輩は少し壊れたかの様に呟いている。
「用意…スタートッ!!」
始まった。
先輩達がボールを繋いでいる。
いいかんじ…
すると、相手チームにボールが取られた。
私達は一斉に奪いに行く。
高塚先輩が指を軽く鳴らした。
これは私にシュートしてもらうから来い、という意味。
私は全力疾走してもらいに行く。
「橘、ゴールお願いな!」
「はいっ!」
私はボールをもらった。
よし、私の出番!!
ゴールの近くまで行き、シュート。
えっと…3点シュート。
「橘、ナイス!」
「橘さんナイスー!!いいよー!!その調子!」
「流華ちゃーん!!頑張れー!」
与那野東中の作戦は、ゴールするのは基本私。あと篠崎部長、高塚先輩。他の人は私、篠崎部長、高塚先輩にボールを繋いだり、相手チームからボールを奪う係。
そんなふうにしているのだ。
「ふっwそんなんで褒めてもらえるなんて、甘っw」
私が今一番聞きたくない声が聞こえた。
そう…。流愛だ。
来てたんだ。
なんで来たんだろう?と思いながらも試合に集中する。
はあ、流愛に会うなんて…
運が悪いな…
「橘、ぼーっとすんな!」
「あ、はいっ!」
鼻で笑ったような声が聞こえたのは無視をし、どんどん与那野東中は得点を入れていく。
ただ、残り2分現在、相手チームに3点の差がついていた。
「与那野東中!やばいぞ!気合い入れていけ!」
森下先生が言った途端、指が軽く鳴った。
私の出番!
私はボールをもらうとシュートに入れる。
結構遠かったから5点。
その時。
「終了ー!」
「うっしゃぁぁあ!!」
与那野東中は、勝ったんだ。
「橘ナイス!橘がいなかったら勝てなかった!ありがとう!」
先輩達に次々とそう言われる。
私はそれが嬉しかった。
「くっそ!!」
ん?と思って観客席を見ると、くそ、と言っていたのは、イケメンなあの人だった。
もしかして与那野中の人だったのかな?
少しだけ申し訳なさを感じながら待機室に戻った。


「…さっきのプレーは素晴らしかった。ただ、次は恐らく春野中との戦い。決勝だ。このままじゃいけない。春野中は強いんだ。だから…頑張れ!!」
「「「はいっ!!!」」」
待機室に行くと、こう森下先生から話があった。
「じゃあ、次のベンチは…折原、山下。」
「「分かりました」」
二人とも少し不機嫌そうだった。
「じゃあ…白石さん。」
「は、はいっ…?」
「次は橘さんの役に立つんだよ。」
「わ、分かりました!!」


いつのまにか決勝の舞台に立っていた。
相手は森下先生の推測通り、春野中。
先攻後攻も決め、惜しくも後攻になってしまった。
実に不利。
それでも与那野東中は頑張ったと思う。
残り5分の時には15点負けていた。
もう確実に無理。
誰もが感じていた。
でもどうしても勝ちたい!!
篠崎部長、高塚先輩がシュートを入れた。
そして7点差まで縮まった。
でも…
「終了ー!!」
そう。
与那野東中は、負けてしまった。
「与那野東中。負けたのはしょうがないんだ。これを生かしていけ!」
「「「はい!」」」
でも先輩達はとてつもなく悔しがっていた。
それが私のせいな気がして、苦しかった。
雪ちゃんはというと、過呼吸状態だった。
それがどうしても気になってしまうのだった。
そしてこの試合は、あっという間だったけど忘れられない試合だった。



「今回の公式戦では負けてしまいましたが、準優勝です。これは本当にすごいことなんです。流愛さん。あなたは流華さんをからかっていた…それは私は絶対に許しませんから。流華さんはしっかり活躍してくれたのですから…」
公式戦の後の部活で、森下先生はこう言った。
流愛は不機嫌そうだった。
「そして、またいきなりで申し訳ないんだけど…。来週から夏休みですが、その来週の水曜日から金曜日まで、合宿があります。参加は任意ですが、夏で引退する3年生にとっては最後の合宿ですので…。申込書を渡しておきます。詳しいことは申込書を見てください。」
そう言って、私達全員に申込書を渡した。
水曜日から金曜日なら、何もない。
行きたい!
「じゃあ、練習再開!」
「「「はい!」」」
「流華ちゃん!合宿、行くよね!?」
ワクワクしているのが丸わかりな雪ちゃんが聞いてきた。
「うん、もちろん!…流愛が、行かなければ…」
最後はすごく小さな声になっていた。
「あー、やっぱりか…」
雪ちゃんががっかりした様に言った。
ちょっと、申し訳なかった。



家に帰ると、珍しく流愛がいなかった。
早速お母さんに合宿の申込書を見せた。
「あら、合宿?行きたいなら行っていいわよ。」
「じゃ、じゃあ、行きたい!」
「そう、分かったわ。じゃあ申し込んでおくわね。」
「う、うん」
流愛が行くって言ったらやめようかな…と思いながらも私は自分の部屋に入って宿題を始めた。
「ねー、合宿があるらしいけどさー、流華行くの?」
流愛が帰ってきて、お母さんに合宿の話をしていた。
「ええ、行くわよ」
「うげー。じゃあ行かない!」
本当ならここで嫌になるべきなのかもしれないけど、少しホッとした。


「えーっと、折原と山下と橘 流愛と唯野ゆいのは合宿欠席。他はいるかー?」
合宿当日。
森下先生はそう言って出席をとっていた。
折原先輩と山下先輩は、公式戦の決勝でベンチだったのがショックだったのか、合宿の案内があってからずっと部活に来ていない。
ちょっと心配だった。
「じゃあ、出発する。バスで誰の横に乗るかすぐに決めて、バスに乗ってください」
「「「はい!」」」
「流華ちゃん、私と乗ろー!」
「うん、もちろん!」
バスに乗ってからは、雪ちゃんとトランプをしたりみんなで人狼をしたりカラオケ大会をしたりして過ごした。
とても楽しい時間だった。


「はい、着きました。荷物を持って、バスから降りてください」
森下先生はそう言うと、みんなが一斉に降り出した。
私と雪ちゃんも降り、体育館に行った。
「広い…」
いつの間にかそう言っていた。
「なにこれ広い!すごい!!」
雪ちゃんは大はしゃぎしている。
「じゃあ各自部屋に行ってください。」
私は雪ちゃんと遥さんと瑠美さんと同じ部屋だ。
「ここじゃない?」
私達はその部屋に入った。
「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくるね」
なぜか最近、調子が悪いのだ。
フラフラした足取りでお手洗いに向かう。
すると急に頭痛がくる。
「うっ…」
私は思わず倒れてしまった。
痛みを我慢しようとした。
でも、いつまで経っても痛みが走らない。
もしかしてこの前の…?
いやいや、そんな偶然…
「大丈夫ですか」
聞き覚えのある声。
「え…」
あの人だった。
「あの、あの時の…」
「僕は小鳥遊たかなし 留姫亜るきあと言います。与那野中です。」
「あわわ、私は、橘 流華、です…与那野東中、です」
やっぱりカッコいい。
「…好き、かもしれない」
私の口からいつの間にかそんな声が出ていた。
「…ごめんなさい。僕には好きな人がいるので…」
そう言って、さっとその場を去っていった。
私はちょっと悲しかった。
初告白がこんなんで。
初フラれがこんなにあっさりだったから…

※私もしのこもち。さんと同じくバスケ無知で軽く調べた程度で書いてます。おかしいところがあってもスルーしてもらえるとありがたいです泣

Re: ユリカント・セカイ ( No.6 )
日時: 2024/02/19 20:13
名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)


 【 第六話 好きな人、嫌いな自分 】


「はぁ……」

 お手洗いを済ませた後、私は鏡の前の自分を見つめながらため息を漏らした。

 少し休んで大分頭痛は和らいできたものの、今の私はそれどころではなくなっていた。

 人生で初めて告白をしてしまった。しかも二度しか顔を合わせていないような他人に。

 なんだか私らしくない言動に、自分でも少し混乱していた。

 ぐるぐるといろんな思いが頭を巡る中、まだ完全に治っていない頭痛に頭を抱えながら、私はその場をあとにした。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚ 


「流華ちゃん、歴史全然分かんないよ…!」

 午後の練習が終わった後、部屋に戻った私たちは各々自由時間を過ごしていた。

 雪ちゃんはとても真面目みたいで、合宿中にも関わらず教科書を持って頭を抱えていた。

「次のテスト範囲のところ?」
「そうなんだけど、よく分からなくて……」

 雪ちゃんは考えるような仕草をした後、再び教科書とにらめっこを始めた。それがなんだか愛らしくて、私は勝手に小さな妹ができたような気分になった。

「うーん……あっ、じゃあこの漫画読んでみたら?」

 私は何か勉強の参考になるものはないかとしばらく荷物をあさっていると、かばんの奥底に眠っていた日本史の漫画を見つけた。

 こんなのいれてたっけ…?

 そう首を傾げながら漫画のページを確認すると、ちょうど雪ちゃんが持っている教科書の単元と漫画の中の時代が一緒だったので、私は雪ちゃんにその漫画を渡した。

「え、いいの?ありがとう!」

 漫画を受け取った雪ちゃんはしばらくそれを真剣に読んだ。

 しかしページをめくるごとに彼女の表情は険しくなっていく。

 そんな姿を見て私は少し不安になっていると、雪ちゃんが頭の上にはてなマークを浮かべながらこちらを向いた。

「えっと……ジンギスカンと推し活が出てきた!」
「………多分それ神祇官と押勝じゃない?」
「あっ…」

 私が咄嗟にそう指摘すると、雪ちゃんはゆでダコのように一気に顔を赤らめた。

 そんな雪ちゃんを見て、私はおかしくなってつい声を出して笑ってしまった。

「ちょっ、笑わないでよっ…!」
「だって、ジンギスカンと推し活って……っ…あっはっはっはっ!雪ちゃんって面白いね…っ」
「も、もう…!だってこれどう見たってジンギスカンだよ?」
「雪ちゃん一回眼科行こっか」
「なんで!?」

 不思議がる雪ちゃんの拍子抜けした顔が面白くて、気付いたら私たちは二人で笑っていた。

 私は家にいる時よりも遥かに心地よいこの時間を幸せに感じながら、二人で気が済むまでたくさん笑った。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚ 


 翌日。
 
 今日は一日中、私たち与那野東中のバスケ部と与那野中のバスケ部との合同練習がある。

 更にこの施設には体育館が一つしかないみたいで、女バスと男バスも混合で練習するとのことだ。

 ‪”‬‪あの人”‬にまた会えるかもしれないと少し期待していたが、昨日のことがあって正直今は会いたくないという気持ちの方が大きい。

 私は着替えを済ませた後、雪ちゃんと体育館へ向かった。

「流華ちゃん、知ってる?与那野中にめちゃくちゃかっこいい人がいるんだって!」
「へ、へぇ……」

 与那野中でかっこいい人なんて、どう考えたってあの人しか思い浮かばない。私は動揺して反射的に肩を跳ねらせてしまった。

「小鳥遊くん、だっけ?会ってみたいなぁ」
「そ、そうだねー……」

 絶対にあの人だ…。
 私はそう確信し、苦笑いをしながら適当に相槌を打つ。

 お願いだから今日だけはあの人に会いませんように…。そう念じながら私は体育館への道を歩いた。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚ 


「…………では、与那野東中から一人ずつくじを引いて下さい」

 二校の部員が整列している前で、森下先生が小さな箱を抱えながらそう言った。

 アップを終えた後に行う基礎練習をペア同士でやることになった。それを決めるために今からくじをするみたいだ。

 今日は男女混合の練習なので、彼と同じペアになるかもしれないという可能性が一瞬頭をよぎった。

 けれどここにはこれだけの人数がいるのだ。さすがに一緒のペアになる確率は到底低いはずだ。


 そう思って、気軽にくじを引いたのがいけなかった。

「……」

 目の前にいるのは……昨日顔を合わせたばかりの彼、小鳥遊 留姫亜だった。

(なんでこんな時に限って……)

 全く、神様への念というのも当てにならないらしい。私はこの時、生まれて初めて神様を恨んだ。

 もちろん、私たちはこれで三回も顔を合わせている仲なので向こうも私が誰なのかくらいは分かっているのだろう。相手からは何も言ってこないし、はたまた自分からなんて話しかけれるわけもない。

 お互いペア練習なんて始める様子もなく、私たちの間には気まずい空気が流れる。

 まるで時間が止まったかのように、やけに周りのペアが練習している音が大きく聞こえてきた。

「…………あっ、流華ちゃん…!」

 しばらく重い雰囲気が続く中、そんな沈黙を一番に破ったのはまさかの雪ちゃんだった。

 雪ちゃんの姿を見た瞬間、私は救世主が現れたような気分になり、思わずほっと胸を撫で下ろした。

「なんかペア練習なんだけど、全体の人数が奇数だからって私がここに入ることになった!」

 雪ちゃんははにかみながらそう口にした後、私の目の前で突っ立っている彼に視線を移した。

「あれ、もしかして……小鳥遊さん、ですか?」

 雪ちゃんは彼を見るなり硬直し、口をパクパクさせながら目を大きく見開いた。

「そうですけど…」
「えっ、本当ですか……!」

 かっこいいと小さな声で呟いた雪ちゃんの手から、彼女が持っていたボールが落ちた。

 ボールは体育館の地面を大きく跳ねて転がっていき、私は一秒でも長くこの場から離れたいという思いが先走ったのか、無意識のうちに雪ちゃんが落としたそのボールを追って走っていた。

「う、嘘……まさかこんな時に会えるなんて…」
「は、はぁ…」
「えっ、彼女とかっていますか?」
「いないです」
「えっ、絶対いそう!じゃあ今まで告白された回数とかは?」
「え……覚えてないです」
「それって忘れちゃうくらいいっぱい告白されたってことだよね!?いいなぁ」


 -ズキッ。

 二人がいる場所からかなり距離を置いたはずなのに、ボールを拾っている間も雪ちゃんが楽しそうに彼に話しかけている声が聞こえきて、少し胸が痛んだのを感じた。

 昨日振られたばかりだというのに、どうしてこんなに胸が痛くなるんだろう。

 きっとまだ………私は彼のことが好きなんだろう。なぜならこの胸にあるモヤモヤの正体は、誰がどう見ても嫉妬なのだから。

 私はボールを拾い、二人のいる所へ向かった。

「へぇ、小鳥遊くんって歴史できるんだ」
「まぁ、好きなだけですけど」
「私日本史とか本当に覚えられなくて……羨ましいです」

 帰ってきた私に、話に夢中な雪ちゃんは気付いていないのか全くこちらを振り向こうとしない。

 ここで何か言って二人の会話を遮るのも気が引けるので、私は両手でボールを握りながら話が終わるまで待っていた。

 早く終わらないかと内心嫌になりながらその場に立ち止まっていると、雪ちゃんの向かい側にいた彼が私に気付いたのか、不意に目が合ってしまった。

 彼と目が合った瞬間、私は咄嗟に首を九十度回して目を逸らした。

 心臓がこれでもかというくらいに大きく波打つ。私はこの状況からどうにか抜け出したくて、反射的に声を出してしまった。

「……ゆ、雪ちゃん!ボール拾ってきたからそろそろ練習始めよう…!」

 あぁ、言ってしまった。
 友達の邪魔だけはしたくなかったのに。

 さっきまで意気揚々と話していた雪ちゃんが、今度はびっくりしたような、申し訳ないような表情をしながら私の方を向いた。

「あ、ごめん!流華ちゃんボール拾ってきてくれたの!?本当にごめんね」

 そう言って私からボールを受け取ると、雪ちゃんは勢いよく頭を下げてきた。

「ありがとね。じゃあ早く練習始めよう…!」

 雪ちゃんの一言で、私たち三人はこうしてかなり遅れて練習を開始した。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚ 


「はぁ……疲れた」
「だね…」

 午前中の練習を終え、一旦部屋に戻った私たちはため息を吐きながら布団にダイブした。

 こうして自由時間があるのはすごくありがたいが、昨日から練習を続けていて、増してや三日間もこの生活を送るとなると、体力的にもかなりきつくなってくる。

「ねぇねぇ、流華ちゃん。このグループ知ってる?この曲聴いてみてほしい!」

 雪ちゃんは女の子らしいピンク色のカバーがかけられたスマートフォンを向け、今流行っている韓国のアイドルの動画を見せてきた。

「へぇ…」

 今どきとやらの流行りにうとい私は、雪ちゃんの話についていけず、曖昧な返事を返す。

 今は音楽を聴く気にもならなかったが、雪ちゃんの話を無視するわけにもいかず、私は疲れた体をゆっくりと起こした。

 私は雪ちゃんと同じようにかばんにしまっていた自分のスマホを取り出し、イヤホンを耳に押し当てた。

 音楽アプリを開いている間、私は自分のスマホをじっと見つめた。

 白いスマホに透明なケース。本体の中央に付けられたスマホリングは金属だけでできた無機質なもので、何の変哲も可愛げもない自分のスマホですら見るのが嫌になってくる。

 私の可愛くない所は、きっとこういう所なんだろう。流愛にからかわれるのも改めて納得がいく。

 そう落ち込みながら、私は雪ちゃんに勧められた曲を軽く聴いた。

 今どきの音楽らしいアップテンポでガールクラッシュな感じの曲で、普段あまり聴かないような曲だった。

 何だか新鮮な気分になり、たまにはこういう曲を聴くのもいいなと思いながら私は自由時間をゆったりと過ごした。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚ 


 自由時間が終わり、お昼ご飯も食べ終えた私たちは再び練習を再開した。

 しかし不幸なことに、午後の練習も午前中に一緒だったペアと行うことになってしまった。

 また二人が話している所を黙って見ないといけないのかと思うと気分は晴れなかったが、彼と二人きりでいるよりは雪ちゃんがいる方が余程ましだった。

 午後は午前中の基礎練習とは違い、応用練習を中心に行うみたいだ。

 ボールをドリブルする相手を追いかけながらディフェンスをする練習や、味方のロングパスを受け取ってすぐに走る練習など、午後の練習はとにかく動き回るものばかりで、部員のみんなは体力的にも疲れ切っていた。

 元々体力に自信がなかった私は、走ってボールをシュートするだけでも息があがってしまう。

 肩で息をしながら三人で練習を続けていると、急に雪ちゃんが何かにつまずいて転んだ。

「雪ちゃん、大丈夫……!?」

 体育館に鈍くて派手な音が響く。雪ちゃんは膝を必死に抑えながら、体を横にして痛がっている。

 私はすぐにボールを置き、雪ちゃんのもとへ駆け寄った。

「ごめん、ちょっと疲れてたみたいで……」

 確かによく見ると雪ちゃんの顔色があまりよくない。きっと体調が悪いまま無理して練習を続けた挙句、そのまま転んでしまったのだろう。

 膝は大きく擦りむいており、皮が剥がれた箇所には薄らと血が滲んでいた。

 私が雪ちゃんを起こしている間に小鳥遊さんが先生を呼んできてくれたのか、しばらくすると森下先生が駆け寄ってきた。

「白石、立てそう?」
「はい、何とか………ごめんね流華ちゃん、小鳥遊くん」

 雪ちゃんは先生の肩を借りながら立ち、こちらを振り返って申し訳なさそうに謝った後体育館をあとにした。


 残された私たちの間には一気に気まずい空気が流れる。今朝と全く同じ状況に、私は思わず苦笑いをしてしまいそうになった。

「………練習、するか」

 しばらくお互いに固まっていると、彼が一言だけそう言った。私は返事を返す代わりに首を縦に振り、私たちはとても気まずい雰囲気の中で再び練習を始めた。

「……」

 隣でプレイしている彼をちらっと横目で見る。

 すっと通った鼻筋に、形の良い薄い唇。とにかく全ての顔のパーツの形が本当に綺麗で、その配置さえも完璧な顔だった。

 彼の横顔はとても整っていて、モデルだと言われても全く違和感を持たないほどの容姿だ。私はそんな生まれ持ったものが元から華やかな彼を羨ましく思った。

 バスケもとても上手で、本当に同い年なのかと疑問に思うくらい彼は完璧だ。

 きっと学校でもすごくモテるんだろう。彼が学校でたくさんの女子にちやほやされる様子が容易に想像できる。

 私は胸がまた痛むのを感じた。針で肌をチクッと刺されたような感覚でさえ覚えてしまう。

 私はなんて人を好きになってしまったのだろう。隣で懸命にバスケをする彼を見ながら、私はずっと練習に集中できずにいた。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚ 


 ようやく一日の練習が終わり、挨拶をした後私はすぐに部屋へ走った。

 部屋の扉を思い切り開け、部屋の中にいる人物を見て私は安堵の息を吐いた。

「流華ちゃん!」
「雪ちゃん、怪我大丈夫…!?」
「うん、ちょっと膝を擦りむいただけみたい」
「そっか、よかったぁ…」

 雪ちゃんは膝にネット包帯を着けて、布団の上にちょこんと座っていた。

 とりあえず何もなくて良かったと安心して、私は雪ちゃんの隣に座った。

「雪ちゃんがいなくなってから、た、小鳥遊さんと二人きりで、すごく気まずかったんだからね」
「それは本当にごめんだけど……二人きりなんて最高じゃんっ!」
「え…?」
「流華ちゃんもついに恋をしちゃったのかぁ」
「ちょ、ちょっと。何言ってるの!?」

 冗談交じりにからかってくる雪ちゃんの顔は割と真剣で、心の中で私は動揺していた。

 私もう振られてるから、なんて口が裂けても言えない。でも彼に恋心を抱いているのは紛れもない事実だ。

 今日見た彼の横顔を思い返す。
 練習中は特に彼と話したりはしなかったが、私にとっては彼のことを、好きな人を見つめ直すいい機会になった。

 そう考えている自分が急に恥ずかしくなり、私は自分の顔がどんどん赤くなっていくのを感じた。

「………やっぱ流華ちゃん、好きなんだ?」
「だ、だからっ、違うってば…!」

 にやにやと笑って再びからかってくる雪ちゃんの言葉を否定しながら、反対に私の頭の中は彼のことでいっぱいだった。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚ 


「………雪ちゃん、おはよう…」
「おはよう………って、どうしたのその顔!?」

 雪ちゃんが私の顔を見て、びっくりしたように目を丸くした。

 当の私はというと、充血した真っ赤な目に、その目元にはクマができていて、誰がどう見ても酷い顔をしている。

 せめて目だけでも治らないかと洗顔を頑張ってみたものの、そんなの全く効果はなかったみたいだ。

「なんか昨日、中々枕合わずに寝れなくて……」

 本当は嘘だ。昨夜は雪ちゃんにあんなことを言われて、更にあの人を意識してしまった私は彼のことをずっと考えていたのだ。

 彼の好きな人は誰なんだろう。きっと私なんかと比べものにならないくらい可愛くて、性格が良い人なんだろう。

 雪ちゃんは彼のことが好きなんだろうか。だとしたら雪ちゃんも彼に告白するんだろうか。

 色々なことが頭の中でぐるぐると駆け回り、考えているうちに眠れなくなってしまったのだ。

「流華ちゃん意外と繊細なんだねー」

 雪ちゃんは微笑みながらそう言い、気を使ってくれたのか、それ以上はなにも言及してこなかった。

 そうしてなんやかんやあり、私たちはいつものように練習をしに体育館へ向かった。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚ 


 今日は与那野中との合同練習はなく、いつも学校で行っている練習内容を行うみたいだ。

 それを聞いた私は、好きな人にこんな酷い顔を見られなくて良かったと心底安心していた。

「雪ちゃん、アップしに行こ?」
「…うん……」

 あれ?
 何だか視界がいつもよりぼやけていて、雪ちゃんと自分の声が明らかにくぐもって聞こえたのを感じた。

 寝不足のせいだろうか。そう疑問に思いつつ、体の異変を察知した私は本能的にその場で立ち止まった。

 私の様子がおかしいことに雪ちゃんも気が付いたのか、彼女がこちらを振り返る。

「………え?なんで雪ちゃん、倒れて……」

 ぼんやりと視界に映る雪ちゃんが段々と傾いていくのが見えた。

 しばらくして体の重心が横に傾いているのを感じ、私は雪ちゃんが倒れているのではなく、自分が倒れているのだということにようやく気が付いた。

「流華ちゃんっ…!流華、ちゃん……」

 雪ちゃんの声が徐々に遠のくのを感じながら、私はそのまま意識を失った。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚


 目を覚ますと、まず最初に視界に映ったのは白い天井だった。

 私はゆっくり視線を下の方へずらすと、今度はたくさんの薬品が並べられている棚や、資料が溢れかえる机が目に入った。

「橘、大丈夫か?」

 ベッドの隣には椅子に座った森下先生がいた。私は首を縦に振り、布団を剥がして起き上がった。

「橘、最近体調悪そうに見えるから、無理しない方がいいんじゃないかな?」

 そう言って森下先生は心配そうな顔をした後、私に質問してきた。

「このまま練習を続けてても、体調が悪化するだけかもしれない。早退するっていう手もあるけど、橘はどうしたい?」
「…………確かに、最近体調がずっと悪い気がして……昨日も全然眠れなかったから、早退した方がいいとは思いますけど………でも雪ちゃんが…」
「白石は大丈夫だ。彼女も橘には帰ってほしくないと思うかもしれないけど、友達が苦しんでいるのに無理に一緒にいようとするような人ではないから」
「…………分かりました、早退します。迷惑かけてすみませんでした」

 そう私が頭を下げると、森下先生は気にしないでと声をかけてくれた。

 私はまだ少しふらつく足を無理やり立ち上がらせて、荷物を取りに部屋へと急いだ。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚ 


「流華、大丈夫だった!?」

 家に帰るなり、母が心配そうな顔をして私の元へ駆け寄った。

「うん。ちょっと体調が悪かっただけで、今は大分楽になったよ」

 そう言うと母は安心したのか、良かったと言って私を抱きしめた。

 そんなに心配するようなことではないんだけどな。そう思いつつ、久しぶりの母の温もりにいつの間にか私も安心してしまっていた。

「………あ、お姉ちゃん帰ってきたんだ」

 すると玄関に、今一番聞きたくなかった声が近付いてきた。

 私は流愛の顔が見えないように、咄嗟に顔を逸らした。

「なんでお姉ちゃん帰ってきたの?‪”‬‪華”のある主役が早退なんてしてどーすんの笑」

 まただ。最近家にいるとこうやって流愛が名前のことをからかってくることが多い。

 胸が痛くなるのを感じながら、私はこれ以上自分が傷つかないように、逃げるようにして部屋へ駆け込んだ。

 重いボストンバッグを肩から下ろし、私はベッドにうずくまった。

 やっぱり早退なんてしなければよかった。家にいると嫌でも流愛の声が聞こえてきて、それだけで自分の名前が嫌いになっていく。

 合宿に行っていたせいですっかり忘れていた。そっか、私は‪”‬‪流華”なんだ。

 どうしてもこの名前からなんて逃げ出すことはできない。こうやってなにか言われる度にうずくまってしまう自分が、どんどん嫌いになる。

 ‪”‬‪流華”という名前が悪いんじゃない。‪”‬‪流華”である私が悪いのだ。

 前を向こうって、逃げないって、決めたのに。‬‬

 いくらそう思っても、いくら足掻いても、私は私の名前が嫌いだ。

 どうしたらいいのか分からなくなってしまった私は、自分が寝不足なのにも関わらず、気が済むまでただひたすら涙を流し続けていた。

Re: ユリカント・セカイ ( No.7 )
日時: 2024/03/08 15:46
名前: みぃみぃ。 (ID: t7GemDmG)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

【 第八話 不思議 】

泣き疲れた私は体調良くなったと言いながらも少しフラフラしていたのでベッドに飛び込む。
ふう…
疲れた。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'

「流華、昼ごはんよー」
お母さんの声がする。
「はーい」
体を起こ…そうとする。
頭が重い。
頭痛、腹痛。
すごく辛かったけどどうにかして起き上がり、フラフラしながら階段を降りる。
「ちょ、流華!?大丈夫!?」
「う、うん…いや、だいじょばない…」
「ぶっ!」
流愛が吹き出す。
え、私なんか変なことした…?
「お姉ちゃん、だいじょばないとか言って印象よくしようとしてるんでしょ!マジキモい!このぶりっ子!」
「え、いや、そんなこと…」
「…流愛。いい加減にしなさい」
「はー?流愛は本当のこと言ってるだけなのになにが悪いわけ?あ、分かった正論言われて恥ずかしいんでしょお姉ちゃんー!」
「だから、ちがっ…」
「ふーん、違うんだ笑」
流愛が鼻で笑う。
心の中で、はいそうです、と答える。
「流愛、いい加減にしなさい!」
お母さんが怒鳴る。
「…はーい」
流愛が不満そうに言う。
「で、流華…ちょっとベッドに寝ておきなさい!昼ごはんは持って行くから…」
「わ、かった」
流愛が鼻で笑う音が聞こえたが気にせず部屋に戻る。
ふう、頭が痛い…
私はベッドにダイブした。
はあ、流愛と話すだけでめちゃくちゃ疲れる…
そして眠い…
うとうとしているうちに私は深い眠りについた。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'

「んん…」
なんとなく目が覚めたので体を起こすと、5時だった。
…え、つまり5時間寝てたってこと…?
そんな自分が信じられないままおどおどしていると、そこにお母さんがやって来た。
「流華…やっと起きたわね。体調はどう?」
「あ、うん、大丈夫そう」
「よかったわ…あと流華、流愛の言うことは気にしなくていいからね」
「…うん、ありがと」
そう言ってお母さんに昼ごはんをもらう。
お母さんは私のことを分かってくれている。
そう思うと少しホッとした。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'

昼ごはんを食べ終え、一階に降りる。
いつもなら少し眠くなる時間帯だが、さっき寝たおかげで全く眠気が襲ってこなかった。
「お母さん、これ」
「はーい」
お母さんと少しだけ会話を交わし、お皿を渡して部屋に戻る。
そして夏休みの宿題のノートを広げる。
えっと…社会からやろう。歴史か…
まあ得意だからいいか、と思いながら問題を解き始める。

「お姉ちゃん。お姉ちゃんなんだから、数学わかるよね?教えてよ」
社会が半分くらい終わった時だった。
流愛が急に言ってきたのだった。
『お姉ちゃんなんだから』
その言葉が頭の中で響きながらも答える。
「うんいいけど」
「うーんとじゃあ、まずほーてーしきってなに?」
「えっと…」
そこからかよ…はじめに習ったじゃん…と思いながらどこから言えばいいか考える。
「えっと方程式って言うのは…当てはめれば答えが出るやつで、よく使うんだけど…」
「はあ?もっと簡単に言ってよ意味分かんないー」
「え、もう簡単に説明してるんだけど」
少し怒りが芽生えた私は冷たい口調で言う。
「はあ?もういいお姉ちゃんのバカ!お母さんに聞くから!」
「流愛が聞いてきたのになんでそんなこと言うの!?」
私の口からいつの間にかそんな言葉が出てきた。
「…お姉ちゃん、変だね笑」
流愛はそう言って去っていった。
…そうなのかな。
確かに変なのかも。
……流愛の言うことに納得する自分が恥ずかしかった。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'

「流華、夜ご飯よー」
お母さんにそう声をかけられ、一階に降りる。
もうそんな時間だっけ?
「はい、今日は魚の煮付けね。流華が好きなやつ」
「ありがとう、お母さん。でも私お腹空いてない」
「ああ、そうだったわね、昼ごはん食べたの5時だったもんね…」
「ちょっとあとで食べるね」
「分かったわ」
流愛が『魚の煮付けやだー!』って嘆いているところを通り過ぎて階段をのぼる。
はあ、なんで私流愛と双子なんだろう。
年の差があればきっとこんなことにはならなかったのに…
そんなことを考えながらベッドに飛び込む。
…何しよう。
宿題、社会だけでも終わらせるか…
そう思い机にノートを広げて問題を解き始めた。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'

社会が終わり、国語を少しだけ始めた時。
なんとなくお腹が空いてきたので一階に降り、夜ご飯を食べる。
「お母さん、今何時?」
「今9時よ。流愛は明日友達と遊びに行くからってすぐ寝たわ」
「へー」
流愛、寝るの早すぎじゃんと思いながら食べる。
友達、かぁ。
木村さんかな。
木村さん…木村 凛子さんは私が小学校の時からずっといる、クラスの中心的存在だ。
みんなに好かれている。
ちなみに、雪ちゃんのことが嫌いで、ついでに私のことも嫌いなんだと思う。
先生のご機嫌取りみたいな感じだ。
私は木村さんのことは苦手だ、流愛よりはマシだけど…。
…友達か、流愛にはいっぱいいるよね…
ちょこっとだけ羨ましかった。
まあ私には雪ちゃんがいるけどね!
…でも今はいつもより会いたくない気持ちの方が少し強い。
夜ご飯を食べ終わり部屋に戻る。
10時か…
お風呂入ってこよう。
そう思い洗面所に行った。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'

お風呂からあがると、流愛がいた。
「え、流愛なんでここにいるの」
「お姉ちゃんがうるさいから起きちゃったんだー。お父さんとの約束守れなかったあ。」
お父さんとの約束と言うのは、夜は必ず子供は8時間、大人は6時間は寝るというものだ。
流愛がこの約束を守るのは納得がいく。
私はお父さんのことはあまり好きではなかったけど、私たちの健康を守ってくれていると思うと嬉しくて守っていた。小さい頃までは。
最近は面倒くさくなって守っていない。大体7時間くらいしか寝ていない。
「起きてからどのくらい経ってるの?」
「10分」
「そのくらいなら10分多く寝ればいいだけの話でしょ!?」
「はあ?お姉ちゃんお父さんの話全く聞いてないね!つ・づ・け・て!8時間寝るの!お姉ちゃん最っ低だね!」
続けての部分を強調される。
少し苛つく。
そんなこと言ってたっけ?
私は少し昔のことを思い出す。

「流愛、流華。君たちのためにお父さんは考えた」
冷たい口調だった。
「それは、続けて8時間寝ること。」
「え、お父さんとお母さんには決まりないの?」
流愛が不思議そうに言う。
「ある。続けて6時間は寝ること。」
「6時間…?少ない…」
私は声を発する。
「大人は家事をしたり仕事に行ったりしないといけないから少ないんだ。これも君たちのため」

そうか…
確かにお父さんは続けてと言っていた。
流愛に言い返せない。
すると私に謎の恐怖が襲いかかってきた。
咄嗟にダッシュで洗面所を去り、自分の部屋に駆け込んでいた。
「…え?」
自分が信じられなくなり、思わず声を出す。
…私、流愛に言い返せなくなって逃げたわけでは…ない。
それは確実だった。
いつもの私ならきっと、謝ってじゃあこうしたら、と提案したはずだ。
…きっと言い返されるだろうけど。
逃げることなんてする訳がない。
色々と考えていると、ガタッと音がする。
なんとなく恐怖を感じ振り向くと……そこには一通の手紙が置いてあった。
不思議に思いながらも手紙に目を通す。
『橘 流華さまへ
 この手紙は、ユリカント・セカイの招待状です。』
そこまで読んで顔を上げる。
ユリカント・セカイって何?
そしてなんで私の名前を知っているの?
…もしかしたらその答えが書いてあるかもしれない。
そう思いもう一度手紙を見る。
『ユリカント・セカイとは、自分の名前が嫌いな人が毎年7/31 11:59〜8/1 3:00までペンネームで過ごせる異世界です。
 全国から1000人程度の人が集まります。
また、全員中学一年生以上です。
 ユリカント・セカイは異世界です。ですから、普通の人は知りません。普通の人…つまり、ユリカント・セカイについて知らない人にユリカント・セカイのことについて話した場合、この世界からはもともといなかったものとされます。
 ただし、その後ある試験に合格したらこの世界に戻ることができます。その場合、行方不明だったけど見つかったシチュエーションかそれまでもずっといつも通り暮らしていたシチュエーションかどちらかを選ぶことができます。また、条件も設定することができます。
 ユリカント・セカイに行きたい方は以上を必ず頭に入れ、下の欄にペンネームを考えてお書きください。下の名前だけでOKです。
 質問等はユリカント・セカイに行った後受け付けます。ユリカント・セカイに一回行っても7/31 11:59までは戻ることができますのでご安心ください。
 行きたくない場合はこの手紙を閉じ、7/31 11:59までどこかにそっと置いておいてください。自動的に消えます。
 間違えて手紙を閉じてしまっても一度開けてペンネームを書いておけば消えることはないのでご安心ください。
 それでは、異世界へ行ってらっしゃい。

 7/31 案内部長 黒川 フェアリーナ』
私は信じられず、息がピタッと止まる。
意味が分からなかった。
とりあえず状況を整理する。

私はユリカント・セカイという自分の名前が嫌いな人が集まる異世界に招待された。
ユリカント・セカイのことについて知らない人に教えてはならない。
教えたら、この世界にいなかったことにされる。
試験に合格すれば戻ることができ、シチュエーションを選べる。
行くにはペンネームを書けば良い。
質問はあとでできる。

…これは行くしかない。
なぜか私の中で確信があった。
よく分からなかったけど。
私は枠にペンネームを書こうとする。
うーんと…
流々るるにしよう。
少し考えた後思う。
とにかく“華”だけは入れたくない。そう心の中で叫ぶ自分がいるから…。
あと、私の好きな人…小鳥遊くんとも関係がある。
今は小鳥遊くんに会いたくないのも事実だけれど。
小鳥遊くんの名前の留姫亜の“留”も“る”と読むから、私の“流”と留姫亜くんの“留”を踏まえて“流々”だ。
よし、これで完璧だと思い枠にペンネームを書く。
………ユリカント・セカイに、小鳥遊くん、いるかな?
留姫亜って珍しい名前だし、あり得る…かも。
それに期待もしているし、恐怖も感じている自分がいた。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'

暇だなぁと思って軽く目を瞑ってベッドに横になっていると急に体が軽くなった。
「…え?」
思わず目を開けて体を起こすと……そこは見たこともない、紛れもない…異世界だった。
「ようこそ、おいでくださいました───。」
「だっ…誰?」
そこには、妖精がいた。
そういえば招待状の最後に黒川フェアリーナって書いてあったから、その人だろうか。
というか、人じゃない…。
「私は伊織 シャウナです、案内副部長です。フェアリーナ部長はあちらにいらっしゃいますから、そちらへどうぞ。」
フェアリーナさんじゃないのね、シャウナさんか…。
みんな名前が特徴的すぎ…。
というか、ここがユリカント・セカイか……
戸惑っていると、シャウナさんが教えてくれた。
「あちらですよ、あの水色の髪の毛の青緑色のワンピースを着た人がフェアリーナ部長です」
その人…じゃなかった、その妖精は片手に簡単に乗りそうなシャウナさんより大きく、両手でやっと乗るか乗らないかくらいの大きさだ。
小さいのには変わりないが。
「…、あ、の……」
「あら、流々さん、こんばんは。質問はあちらで。」
「…………!?」
やっと現状が理解でき、周りを見回すと……。
何もかも信じられなかった。
これは異世界。
それだけはわかった。
でも、私が想像していた異世界は真っ白で色が少し失われたような感じだったけど、ここは違う。
いや、そこも含めて異世界なのかもしれない。
なんて考えているといつの間にか質問をするところ?に着いていた。
「なにか質問はありますか?」
「あ、えっと………試験の合格率ってどのくらい、なんですか?」
「そうですね、大体40%くらいです。」
「は、はあ……。」
理解が追いつかない。
「他にありますか?」
「え、えっと……」
「無いならあちらに行かれてください。」
「……………小鳥遊 留姫亜くんって…いますか?」
ああ、聞いてしまった。
私は彼のことが気になって仕方がない。
私は…彼のことが好き。
振られてもその気持ちは抑えられなかった。
「ええ、いますよ。留異というペンネームです。」
……嘘。
聞かなければよかった。
居るんだ…。
「えっと…じゃあ行きます」
この場を離れたい。
そう思った。
私がそこに行くと………見覚えのある人が居た。
木村さんだ。
「あ、流華。あんた流華でしょ」
「は、はい……」
やっぱり木村さんだ。
「私、凛子よ。早く行くわよ」
……え?
木村さん、名前嫌いなの?どこが?
……そういえば、五年の時、名前の由来を発表する時に…みんなに『地味』って言われてた。それかな?
「木村さん…」
「やだ、感じ悪い。私のペンネームは凛愛りあ。凛愛って呼びなさい」
「は、はい、凛愛さん…」
「ところであんたのペンネームはなんなのよ」
「えっと、流々…です」
「やっぱりね。華は入れないと思ってた。さっすが私の名推理!」
「……」
私にはそれが名推理に見えなかったのは内緒。
言ったら恐ろしい未来が待っている、絶対。
「流々、ぼーっとしてんじゃないわよ!」
「は、はい…」
私は凛愛さんを恐れている。
それは確かだった。
凛愛さんはどんどん薄暗い道を進んで行く。
「凛愛さん…何回もここ来たことあるんですか?」
「あのねえ、あんた。招待状ちゃんと読んだわけ?中1からしか招待されないって書いてあったでしょうが」
「ご、ごめんなさい…」
凛愛さん、恐ろしい…。
「こんにちは、凛愛さん、流々さん。ユリカント・セカイに進みますか?」
また妖精に聞かれる。
「ええ、もちろん」
凛愛さんは即答だったけれど私は少し戸惑う。
小鳥遊くんもいるし………。
そう考えていると圧を感じるから凛愛さんの方を向く。
すると『絶対に行きなさい。行かないと殺すわよ』と言っているかのような顔が私に向けられる。
「えっと…………はい」
軽く頷く凛愛さんを見て少しホッとする。
はあ、よかった。
殺されるかと思った……。
「では了解です、ありがとうございます。こちらからご入場ください」
促されるままに入場するとそこはさっきとは違う……真っ白な世界だった。
これが、異世界か…
そう考えていると、フェアリーナさんが入ってきてステージのようなところに立つ
「みなさん、お集まりいただき誠にありがとうございます。案内部長の黒川 フェアリーナです。今夜は思う存分楽しんでいただけると嬉しいです。それでは、ユリカント・セカイ開始です!」
「わー」「なにこれ」「よーし、××ちゃんここ行こー」「すげー!」「ここが異世界、か…」「わ、すごい…」「うーん、どうしよ?」
フェアリーナさんが開始と言った瞬間ザワザワと騒がしくなる。
そんな時だった。
美空異みらい、だ…」
………あの人の声だった。
そう………小鳥遊くんだ。
とても騒がしい中、それだけははっきりと聞こえた。
「あ、留姫亜くん。」
声がするからそこを向くと……そこにはすごく可愛い子が立っていた。
「美空異…ペンネームってなにに…した?」
「私は絵美えみにした。留姫亜くんは?」
「ぼ、僕は、留異るいにした」
「えーなんで異、入れたの?私の名前の一番嫌いな文字なんだけど笑」
「うっそ…、笑」
美空異と呼ばれた人と小鳥遊くんはどんどん話を進めていく。
そんな中私は胸がちくりと痛む。
私、やっぱりまだ小鳥遊くんが好きなんだなあ…。
だってこれは、絶対に嫉妬なのだから…。
「あの人…カッコいい」
小鳥遊くんを呆然と見つめていると隣にいた凛愛さんが小鳥遊くんを見ながら言う。
「え…」
「好きなのかも、なあ。恋愛ってこーゆーのなんだ。」
「……ッ!」
私は居ても立ってもいられなくなりその場にしゃがみ込む。
「ん、流々?あんたもあの人好きなわけ?」
凛愛さんが私の異変を察したのか聞く。
私はガクガク震えながら頷く。
「ふーん、じゃあ」
「な、なんですか…?」
「あの人の名前と好きな人聞いてきなさい」
「…え?」
「んだーかーら!あの人の名前と好きな人聞いてきなさいって!あんた本当に耳おかしいわよ!」
聞き間違えかと思ったけれど違うっぽい。
「わ、分かりました…」
「じゃあ私はここで待ってるから」
ああ、頷いてしまった。
いくら凛愛さんだとはいえ、小鳥遊くんとこれ以上話したくないのが本心だ。
頷いてしまった自分が恥ずかしくてしょうがなかった。

「ぁ………ぁあの、すす、好きな、人、って、誰で、すか…………?」
私は恐る恐る小鳥遊くんに声をかける。
「美空異。ユリカント・セカイでは絵美」
やっぱり小鳥遊くんは私のことを私って分かっているのだろう。
名前は聞かなくていいか…。知ってるし。
美空異ちゃん、か…。
あの、可愛い子なあ…
どことなく羨ましかった。
すると小鳥遊くんはどこかへと消えてしまった。
まるで、『用は済んだのか?それなら先に言え』と言われているような気がして、胸が締め付けられる気がした。

「り、凛愛、さん…。き、聞いてきました」
凛愛さんに小鳥遊くんの名前と好きな人を伝える。
「分かったわ、じゃあ次は美空異ってやつの好きな人とついでに苗字も聞いてきなさい」
「…ええ……」
正直、抵抗があった。
小鳥遊くんとは知り合いだったからどうにか聞けたけど、美空異さんは赤の他人だ。流石に私でも無理だ。
「嫌なら好きな人だけでもいいから!」
「……」
私は黙り込む。
「はあ?もういいわ私が聞いてくる。美空異がいる場所を突き止めなさい」
こういう時に私の記憶力は役立つ……あんまり使わないけど。
美空異さんはさっき小鳥遊くんと喋っていた子で間違いない。
「えっと…あの子です」
私は美空異さんを指差す。
「分かったわ、じゃああんたはここにいなさい」
凛愛さんは美空異さんのところに躊躇ちゅうちょもなく行く。
すると美空異さんと話し出す。
10秒ほど話して、帰ってくる。
どんだけ早いんだ、恐ろしい…。
「いないらしいわよ、ちなみに苗字は有栖川ありすがわ
流石、凛愛さん。早すぎる…。
「さ、私は留姫亜くんの目を引くように頑張るからあんたとは離れるわね」
そう言って去っていく。
すると急に不安が襲ってくる。
その時に、凛愛さんの力強さを初めて感じた。
流愛の気持ちも分かるような気がした。
……ダメダメ、凛愛さんはライバルなんだから………。
でも不安はいつまで経っても消えなかった。

Re: ユリカント・セカイ ( No.8 )
日時: 2024/03/29 11:54
名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)


 - 第八話 散ってゆく -

 見慣れない異世界の中、私は一人ぼんやりとその風景を見つめていた。

 この『ユリカント・セカイ』という場所は一体何なのだろう。思っていたよりも人は多く、まるで何かのパーティーに来たみたいだ。

 そんな人混みの向こうにふと目をやった瞬間、私の心の中は黒くてもやもやした何かに支配された。

 少し離れた所で木村さん……凛愛さんが顔を赤くしながら、小鳥遊くんと話している姿があったのだ。

 そんなところを見て、私の視線は嫌でもその二人に釘付けになってしまう。

 心臓が嫌なくらいドクドクと音を立てて脈を打つのがすぐに分かった。

 あぁ、まただ。彼は恋人でも何でもないのに、こんなにも嫉妬してしまう自分が心底嫌だ。

 これ以上自分が嫌いになってしまわないように、私は自分の体の中に溢れ出す黒くて醜い感情に見て見ぬふりをしながら、私はもう一度片想いをしている彼のことを見つめた。

 人混みの中でも構わずに相変わらず輝いている彼の姿を見て、私はふと疑問を感じた。

 彼はなぜここにいるんだろう。

 この世界には自分の名前が嫌いな人しか招待されないはずだ。つまり彼は自分の名前が嫌い…?

 確かに‪”‬‪留姫亜”という名前は珍しいし、この世界に招待されてもおかし‬くないとはさっきも思ったが、やはりこんなに全てが完璧な彼が自分の名前を嫌うはずがない。

 とすると……あれは本当に彼なのだろうか。

 表情にあまり変化がなく、落ち着いていて凛としたいつも通りの彼の瞳。

 さすがに人違いなわけないか。そもそもずっと見てきた好きな人を見間違えるはずがない。

 そうやってただ一人くだらないことを考えていると、さっきまで彼と話していた凛愛さんがこちらの方へ駆け寄ってきた。

 その表情はまるで、欲しかったおもちゃを買ってもらって意気揚々としている子供のようだった。私は嫌な予感がしてまたチクリ、と胸が痛むのを感じた。

「ちょっと聞きなさい!あの留異と話せたわよ…!!!」

 嬉しそうにそう話す凛愛から、私は思わず目を逸らしてしまった。

 見たくなかった。彼女が、好きな人と仲良くなっていくところを。

 彼には好きな人がいる。そう分かっていてもこんなに嫉妬してしまう私はいけないんだろうか。

 それと同時に、私は未だに彼と話す勇気を出せない自分に腹が立っていた。

「そ、そうなんだ。よかったね」
「緊張したけど……やっぱりあの人かっこいいわぁ…」

 未だ余韻に浸っているのか、凛愛さんは頬を両手で覆いながら顔を赤らめた。その表情はどこから見ても恋をしている女の子だ。

 私にはなぜか、そんな凛愛さんがとても可愛らしく見えた。


 ────私も、変わらなきゃ。


 彼を好きな気持ちは、私も負けていない。そう信じて、私も彼と話すことを心に決めた。

「………わ、私もっ、行ってくる…!」

 そう言って私は人混みの中に飛び込んだ。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚ 


「い、いない……」

 私は一人静かに肩を落とす。

 さきほどまで二人が話していた場所へ来てみても、当の彼がいないのだ。

 辺りを見回してみても彼の姿はなく、私はしばらくの間彼を探し続けた。しかし、いくら探しても彼が見つかることはなかった。

 大体あんなにも目立つような容姿をしているあの人のことなのだから、いたらすぐにでも分かるはずだ。

 しかもこの人混みの中。仮に見つかったとしてもこんな場所じゃ話しかける余地もないだろう。

「はぁ……」

 私は思わずため息を吐く。せっかく好きな人がいて運もよかったのに、その好機を自分から見失うなんて。

 そうやって一人落ち込む私を置いて行くかのように、目の前で行き交う人達はお互い楽しそうに話している。

 ここにいる人達はみんな、自分の名前が嫌いなはずなのに。そんなことは忘れているのか、この人達は私とは違って笑顔だ。


 そっか、私は。

 この世界にいても変わることはできないんだ。

 臆病で。嫉妬ばかりして。それなのに自分では勇気を出すこともできずに、勝手に自分を嫌いになって。

 名前が変わったとしても、自分自身は変われないのだ。自分から変わらないと、そう思っていても結局何もできないのだから。


「八月一日の午前三時になりました。これにてこの『ユリカント・セカイ』を終了したいと思います」

 しばらくすると、辺りにフェアリーナ部長の声が響いた。声に反応して、その場にいた全員がざわめいた瞬間。

「………あれ、なんか眠く…なって………」

 私は気を失って、その場に倒れ込んだ。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚ 


「あれ、ここは……」

 目を覚ました私は、目を擦ってその場から起き上がった。

「た、小鳥遊くん……」

 あれ…?この声は……木村さん?

「小鳥遊くん、じゃなくて‪”‬‪留姫亜”って呼んでほしい‬」
「う、うん」

 声がすると思って後ろを振り向くと………そこには木村さんと私の好きな彼がいた。

 二人は顔を赤くしてお互いの目を見つめ合いながら、照れくさそうに微笑んでいる。

「………俺さ、自分の名前嫌いなんだよね。でも、凛子に呼ばれるなら好きになれるかも」

 そう言って二人が手を繋いでいるところを、私はただただ立って見つめることしかできない。

 これ以上二人が仲良くなっていくところを見ていたくないのに、私の視線は嫌という程その二人から離れてくれない。

「私もね、凛子って名前嫌いなんだ。だけど……留姫亜くんに呼ばれるなら私も嬉しいよ」

 私と話す時の尖った口調からは想像もできないくらいの高くて優しい声で、木村さんは言った。

 そして彼女は突然表情を変え、意を決したように真剣な眼差しで彼を再び見つめた。

 -ドクドクッ。

 心臓がこれでもかと言うほど激しく波打つ。彼女がこれから言おうとしていることが、容易に想像できたからだ。

「私ね、留姫亜くんのことが………」
「………嫌だ、それ以上は…!」

 『言わないで』

 そう言おうとした瞬間、目の前にいた二人は消え、私の意識は途切れた。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚ 


「………か、流華」
「…………お母、さん…?」

 目が覚めると、そこには心配そうな表情をしているお母さんがいた。

「あれ……私、なんで…」

 ゆっくりと起こした体は、なぜかパジャマをまとっていて、辺りを見渡せば見慣れた私の部屋があった。

 確か昨日は、あの『ユリカント・セカイ』ってところに招待されて………それで、どうしたんだっけ?

「……流華…?あなた寝過ぎよ、大丈夫?」

 寝過ぎ…?私はそんなに寝ていたのだろうか。

 そう思いながら恐る恐るスマホで時間を確認してみると、時刻は正午を過ぎようとしていた。

「えっ、嘘…!」
「とりあえずお昼ご飯はもうできてるから、着替えたら降りてきてね」

 そう言ってお母さんは、静かに私の部屋から去って行った。

「……」

 びっくりした。さっきのは夢だったのか。

 現実だったら…と思うと、私は今にも壊れてしまいそうだった。それくらい、二人がお互いの名前を呼び合うところすら見るのが嫌だったのだ。

 それから─────あの『ユリカント・セカイ』。あれももしかしたら夢だったのだろうか。


 ふとそんな考えが頭をよぎったが、私はそんな思いを振り払うようにして頭を横に振った。

 きっとあれは夢じゃない。

 確かに私は昨日、あの『ユリカント・セカイ』に行った。ちゃんと昨夜にこの目で見たことを覚えている。

 異世界の空間。人混み。名前は変わっていたけれど、木村さんと小鳥遊くんに会ったこともはっきりと覚えている。

 そして………彼が好きな‪”‬‪美空異”さんという人も。

‬ 美空異さん……顔もすごく綺麗で可愛らしかったし、雰囲気も明るかった。異性が苦手なあの小鳥遊くんだって、彼女を好きになるのも納得がいく。

 でも、彼女には好きな人がいない。つまり二人はまだ両想いなわけではないのだ。

 ということは……小鳥遊くんが心変わりするかもしれない、と考えることができる。

 私は一瞬喜んだが、そんな感情もすぐに砕けていった。

 なぜなら……木村さんがいるからだ。

 さっき見た夢が全部現実になってしまったら?本当は隠れて、美空異さんと小鳥遊くんが付き合っていたりしたら?

 そんな想像したくもないことを考えてしまい、私は首を横に振った。

 これ以上余計なことを考えてしまわないように、私は急いで着替え、ご飯を食べに階段を降りた。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚ 


 ご飯を食べている間も、気を紛らわそうと他のことをしている間も、頭の中は彼のことでいっぱいで。その度に昨日会った木村さんや美空異さんのことを思い出してしまう。

 そうしてお手洗いを済ませ、洗面所を通り過ぎようとした時、私は見てしまった。

 鏡に映った、自分の情けない姿を。

 無造作にまとめられた髪に、大して可愛くもない顔。試しに鏡の前で作った笑顔でさえぎこちない。

 女の子には笑顔が一番のメイクだとか言うけれど、当の私は笑った顔ですら不格好で気持ち悪く見えてしまう。

 美空異さんの綺麗な容姿。木村さんの恋をしている可愛らしい姿。

 そんな自分とは反対な、魅力的な彼女たちの顔は本当に可愛かった。

 あの人たちに比べたら私なんて小鳥遊くんを好きになる資格さえない、そう思ってしまう。

 それに……よく考えたら雪ちゃんもいるではないか。

 雪ちゃんも合宿の時、彼と楽しそうに話していた。雪ちゃんは否定していたけれど、彼女も小鳥遊くんのことが好きだと考えてもおかしくはない。

 私は………なんて人を好きになってしまったのだろう。

 その後も頭の中は彼のことでいっぱいで、私は一日中頭を抱えていた。

Re: ユリカント・セカイ ( No.9 )
日時: 2024/04/23 08:54
名前: みぃみぃ。 (ID: t7GemDmG)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

【 第九話 もう一度 】

「はあ………」

そうだ、よく考えればそうだ。
私なんかが小鳥遊くんと付き合えるわけなんか、ない。

きっと、有栖川さんが付き合うんだ。
いや、木村さんかな。それとも、雪ちゃん?

………雪ちゃんと付き合うのが、一番辛い………かな。

「ねえねえお姉ちゃん、ため息ほんっとうるさいんだけど。華やかなお姉ちゃんがため息ついてどーすんの」
ぐるぐるぐるぐると頭の中で考えていると、隣の部屋から来た流愛が文句を言ってくる。

「……私だって人間だよ。悩み事くらいあるよ……」
吐き捨てるようにそう言うと、もう一度ため息をつく。

「あーそうだったね、お姉ちゃんは優等生だもんねー、流愛よりも悩み事多いよねー」

嫌味っぽく言われ、私は少しカッとなる。
「なに、その言い方」

すると、流愛は大きく息を吸い始めた。
何をするのかと思った瞬間。

「お姉ちゃんのバカ!!」

そう言い切った。
私は一瞬、息がぴたっと止まった。

「お姉ちゃんはなんにも分かってないくせに、よくそんなこと言うよね。」
そう続ける。

「流愛が、お姉ちゃんがお姉ちゃんでどんだけ苦労したと思ってんの?お姉ちゃんのせいで流愛は勉強とかスポーツでプレッシャーをかけられっぱなし。バカみたい。お姉ちゃんのせいでっ…!!」

流愛が。あの流愛が。あの自己中な流愛が。
そんなに、悩んでいたなんて……。
私は、衝撃を受けた。

「お姉ちゃんなんか、いなくなればいいのにっ!!」
そう叫ぶと、流愛は自分の部屋に帰って行った。

『お姉ちゃんなんか、いなくなればいいのに』。
これは、あの時、私がすごくいじめられた時、言われた言葉だった。

聞きたくなかった。

私だって、人間だ。
そう思ったのは鮮明に覚えている。

「わ、私だって………、人間、だよ……………。」

言葉にするのが怖かった。

でも、そう言った途端、涙が溢れ出てくる。

止めようとしても、止められなかった。
私だって、私だって………。

涙は止まるどころか、どんどん量が増えていく。

もうこれは、止まらない。

そう確信した私は、ベッドに飛び込み涙を流したまま眠りに落ち……れなかった。

涙は増えるばかりで、止まる気配もない。

どこかに、ずっと流愛を恨む自分がいる。
どこかに、ずっと悲しむ自分がいる。
どこかに、ずっと震える自分がいる。

私はとにかく泣きまくった。

10分、20分………どんどん時間が経っていく。

それから悔しくて辛くて、疲れ果てて眠ってしまった。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'

一週間後。

ベッドから起き上がり、部屋着に着替えてリビングに行く。

「お母さん、おはよー」
「おはよう、流華」

「流愛は今日も遊びに行った?」
「ええ」

お母さんと少し会話すると、私は朝ごはんを食べ始める。

だいたいいつも、この時は私もお母さんも無言になる。
別に私はこの時間は嫌いではない。

しばらくの沈黙の後、お母さんが口を開いた。

「流華、今日、図書館に行かない?」
「……え?いいけど、なんで…?」

いきなりのことに少し驚く。

「なんでって、借りたい本があるからに決まっているじゃない」
「そ、そっか。そうだね」

少し驚いたが、私とお母さんは、図書館に行くことにした。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'

「ああ、もう、なんで入れてくれないの……!?」

行く途中の交差点、お母さんがイライラしていた。

「ああ、もう!!」

お母さんは、最近、変だ。
流愛ことで、ストレスがあるのだろう。

やっと抜け出したと思ったら、次はまた違う理由でイライラしていた。

「はあ?なんでそこ入れるの!?」

私達がさっき通った小さな交差点と同じようなところで。
入ろうとしていた車を2、3台入れたみたいだ。

私は少し矛盾を感じていた。
まあお母さんのことだ、ストレスがあるのだ……と思い、なんとかその場を沈めた。私の中だけなのだけれど。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'

「着いたわよ」

お母さんの声で我に返る。

「お母さんは本を見に行くから、好きな本見てて」

図書館に入るなり、お母さんは奥の方へ入って行った。

何を借りようか……と考えていると、ふいに声をかけられる。

「あ、流華。おひさー」
「み、実乃莉!?ああ、びっくりしたぁ。実乃莉かぁ。」

実乃莉。
工藤くどう 実乃莉みのり。私のいとこ。

「実乃莉かぁって、何よ!あ、流愛は?」
「友達と、遊びに行ったんだって。ここにはお母さんと二人で来てる」
「ふーん」

実乃莉は、流愛のことが嫌いだ。

「あ、そうだった、私の口から伝えたくて。与那野高校合格、おめでとう」
「ふふ。ありがとー!」

実乃莉は満面の笑みを浮かべる。

実乃莉は今、高校1年生。
与那野高校は頭がよく、公立でダントツで頭が良い。
私も、与那野高校を目指してたりして。

「流華も与那野高校受けるつもりなんでしょ?」
「あ、うん。」

「じゃあ今のうちから勉強しといたほうがいいわよ。私は直前に睡眠不足で倒れたんだから………。勉強の詰め込みは厳禁よ」
「え、た、倒れたの……!?それでも受かったの………!?」
私はとても驚く。

「まあ。その後すぐ回復したんだけどね。流華は気をつけなさい」
「う、うん。でもまだ受験まで二年弱あるよ」

「二年弱しかないのよ!せめて本読むくらいやりなさいよ!」
すぅっと息を吸ったかと思ったら、実乃莉が怒鳴る。ここ、図書館です。
「ええ……。じゃあ、おすすめの本は?」

「ああ、ハヤテナオコさんのが良く出るわよ」
「……なんか聞いたことある。あの夏シリーズの人?」

私は記憶を一生懸命辿る。
確か、クラスの女子が、『ハヤテ先生の新シリーズ!あの夏シリーズだって!』とか、『最新のあの夏シリーズ読んだ?』とか、騒いでいた気がする。

「そーそー。でも私、『あの夏の冬』が読めてないんだけどね。飽きちゃった」
「飽きたんかい……」
私はツッコむ。

「実乃莉、借りに行くわよ」
実乃莉のお母さんが実乃莉に声をかける。
「あー、はーい。流華、ごめん、私もう行くね」
「あ、うん。じゃあね」
「バイバイ!」

実乃莉は大きく手を振る。
私は小さく手を振り返す。

『あの夏シリーズ』。
それを借りよう。

ハヤテナオコさんが書いた小説がある本棚に来た。

『あの夏の春』を始め、
『あの夏の夏』や『あの夏の秋』など、沢山並んでいた。

その中に、『あの夏の冬』を見つけた。

私はそれを手に取る。

実乃莉が、読めていない本。
なんだか新鮮な感じがする。

適当に本のどこかのページを開く。

そこには……。

『「なんなの、本当にムカつく、流華ぁ、ふざけんなぁ」
 「ほんっとそうだよねー、ふざけんなよって感じ」
 「……ねえ。むう、これ、どう思う?」
 私はペットのむうに話しかける。
 「わ、澪が猫に話しかけてるw」
 「なんだよぉ、璃子w」
 私は璃子にからかわれたから、からかい返す。
 むうは、『にぁーお』とのんびりと鳴くだけだ。
 「いやでもさ、ほんっとアイツふざけんな。自分勝手」
 「うんうん、マジで許せない。」
 璃子は目の前の空気を殴る。
 「ねえ、明日流華んち行って流華の親に言いつけにいこうぜ」
 「いいねぇ」
 「お姉ちゃんの流美さんいるかな?」
 「あー、流美さんめっちゃ美人だよねぇ、会いたいわぁ」
 「お兄ちゃんもめっちゃイケメンだった気がする。めっちゃ会いてぇ」
 「うんうん、流衣さんわかるわぁ、イケメン、絶対モテるやん、羨ましいぃっ!」』

私は胸にナイフを突き刺されたような気がした。

『流華ぁ、ふざけんなぁ』
『流華んち行って流華の親に言いつけにいこうぜ』

流華。私の名前。
ただの偶然ってことは分かってる。分かってるけど……。

私は本を戻す。

頭がクラクラする。

そうだ、これはただの偶然だ。偶然。偶然………。

「流華、帰るわよ、借りる本は決まった?」

お母さんの声で我に返る。

私は咄嗟に声が出なくて、首を振った。

「そう。じゃあ、帰る?」

私は頷く。

「じゃあ借りてくるから、待ってて」

お母さんはそう言うと、カウンターの方に行ってしまった。

なんだか、置いてけぼりにされた気がして、少し寂しかった。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'

こうやっていつも通り過ごしている中であんなことがあるなんて、予想しなかった。

それは、夏休み最終日のことだった。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'

ベッドから起き上がる。
今日は起きるの遅かったな……。

すると、雪ちゃんからメールが来ていることに気付く。

しかも、昨日の………夜、11時。
私、起きてたはずなのになあ、なんで気付かなかったんだろう。

そう思い、メールを見る。
『流華ちゃん、明日、公園でバスケしない?あ、忙しかったら大丈夫だけど!てか夏休み終わっちゃうの悲しい〜』
いかにも雪ちゃんらしい文章だ。

そうか、バスケかあ……
最近やってなかったもんね、行きたいな……

『返信遅くなってごめんね!私も、行きたい。でもお母さんに一回聞いてみるね。』
送信して、リビングに行く。

静かだから、きっと流愛は友達とどこかに行ったのだろう。

昨日、流愛、宿題に追われてたっけ。
大丈夫かなあ……いや、あの人のことなんかどうでもいい。

そう思い、お母さんに話しかける。

「おはよ、お母さん。あのさ、雪ちゃんと公園でバスケしにいってもいい?」
「…………あ……え?ああ、分かったわ。いいわよ。何時から?」

お母さんは少し驚いた様子だったが、許可してくれた。

「今、雪ちゃんに聞いてるとこ。」
「そうね、午前中ならいいわよ」
「分かった、ありがとう」

部屋に戻ると、通知が鳴る。
『ううん、全然大丈夫!おっけー!一応、9時から11時くらいまでにしようと思うんだけど。』
『今、聞いてきたよ。午前中なら良いらしいから、その時間に行くね』

返信すると、また通知が鳴る。
『りー!』

『え、「り」ってどういう意味?』
「り」って……本当にどういう意味?私『り』とかいう名前じゃないけど……?
『「り」は「了解」っていう意味だよ!流行りに乗れないタイプだったっけ、流華ちゃん?』
胸がズキっと痛む。
乗れないというか、興味ないタイプかなあ……あはは……………

『ま、その時間に待ってるよー』

私はそっとスマホの電源を切る。

今は8時か…………
とりあえず、着替えよう。

ジャージでいいか…
私は黒に少し白の線が入ったシンプルなジャージを着る。
眼鏡は……やめとこう、コンタクトでいいか。
とりあえず適当に髪をくくっとこう。

私の可愛くないところはこういうところなのかなあ…と改めて思う。

…………あ!!
そういえば、作文の宿題…!!
そういえばそうだった。
昨日、ほぼほぼ出来上がったのだけれど、始め方で迷ってて、そのままに……。

私はスマホを開き、作文の下書きをしていたアプリを開く。

適当に始めを考えて、プリントに書き写す。

あ、もうこんな時間。
私は家を出て、自転車にまたがる。

自転車を漕ぎ始めると、風が気持ちいい。

あっという間に公園に着いてしまった。

もうちょっと漕いでいたかった、なんてね。

着くと、雪ちゃんはまだいなかった。

来るまで何をしようか……と考えていると。

小鳥遊くん……?


そこにいたのは、確実に小鳥遊くんだった。

「小鳥遊、こっちこっち!パス!」
「ういよーっ」
小鳥遊くんは、サッカーをしていた。

でもなぜか、少し違和感を感じていた。

あれは小鳥遊くんだ。絶対。

でも自信が持てなくて、なんだか変な感じだった。


サッカーが終わり、私は勇気を振り絞って話しかける。
「…………ぁ、あの………ユリカント・セカイにいた、小鳥遊 留姫亜さんですよね…………?」
「ゆりかんとせかい?なんじゃそら。ていうか留姫亜ってお兄ちゃんじゃん、僕は留姫衣だよ」
「……あ、すみません。間違えました」

私はそう謝ると、すぐその場を離れる。恥ずかしい。

すると、私は謎の光に包まれた。

そこで私は思い出す。
ユリカント・セカイのことを、誰にも言ってはいけないことを……。

………やってしまった。私はもう…
消えてしまうんだ………。


違和感は、きっと、留姫亜くんじゃなかったからだろう…………。


*・゜゚・*:.。..。.:*・'


「橘さん、起きてください」
「………あ、フェアリーナ部長…」

目を覚ますと、そこはユリカント・セカイだった。
ここは紛れもなく、ユリカント・セカイだ…

「試験を受けましょう」

フェアリーナ部長はそれだけ言い切って、奥へ奥へと進んで行く。


*・゜゚・*:.。..。.:*・'


「着きました。試験について簡単に説明します」

……分かった。
フェアリーナ部長は、怒っている。

まあそれはそうだ、だって、きっと沢山の人の対応をしなければいけないのだから。

「これは元々読んでもらう予定だった、利用契約です。」
そう言って、利用契約を出す。A4用紙が、3、4枚くらい重なっている。

「これを読んで、問題に答えてください。100点満点で80点合格、制限時間は30分です。始めてください」

私は少し驚いたが、利用契約を読み始める。
きっと、これからは絶対に言うな、ということだろう。

読み進めると、衝撃を受ける文章を発見した。

『第九条 呼び方について
 本サービスの中では、皆様、また、本サービスの従業員の本名(下の名前)で呼ぶことを禁止いたします。
 そのため、皆様同士ではペンネーム、本サービスの従業員は苗字で呼んでください。』

これは絶対………問題になっていると思う。
そう思い、問題文を見ると、やはりこういう問題があった。

『第一問
 この利用契約の中に、一部知らされていない部分が三つある。第何条か答えよ。』

私は一つ目のマス目に『九』と書く。

そしてまた長い文章を読み始めた。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'

「終了です、少し待っていてください」

フェアリーナ部長が言い、解答用紙を回収して奥に進んで行った。

今から、丸つけをするのだろう。

解けた。解けた……と思う。きっと。

ソワソワしていると、フェアリーナ部長が向こうからやってきた。
まだ1分も立っていないのに。問題数は結構あったはずだ。

「丸つけが終わり、結果が出ました。結果は………。」
私は固唾を飲んで、じっとフェアリーナ部長を見つめた。


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