ダーク・ファンタジー小説
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- ユリカント・セカイ
- 日時: 2025/03/24 19:21
- 名前: みぃみぃ。・しのこもち。・謎の女剣士 (ID: 74hicH8q)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
※諸事情により、みぃみぃ。としのこもち。二人での合作になります
こんにちは、みぃみぃ。と、しのこもち。です。
ユリカント・セカイは、合作小説です。
みぃみぃ。→しのこもち。の順で書きます。
一気読み用 >>1-
第一話 >>1 あの時までは…。
第二話 >>2 ダイキライ
第三話 >>3 幸福と不幸
第四話 >>4 情けと出会い
第五話 >>5 初恋
第六話 >>6 好きな人、嫌いな自分
第七話 >>7 不思議
第八話 >>8 散ってゆく
第九話 >>9 もう一度
第十話 >>10 答え
第十一話 >>11 ずっと、このまま
第十二話 >>12 変わる日常
第十三話 >>11 結ばれるはずだった人と、結ばれないはずだった私
- Re: ユリカント・セカイ ( No.4 )
- 日時: 2024/01/20 17:41
- 名前: しのこもち。 (ID: tE6MXhnX)
【 第四話 情けと出会い 】
次の日、私は学校に行った。
流愛とだけは顔を合わせたくなかったので、今日は流愛が家を出た後に登校した。いつもは流愛より私の方が先に登校するのだが、この日はどうしてもそんなことはできなかった。
きっと向こうも私なんかと会いたくもないだろうから、朝は極力音一つさえ出さないように部屋を出た。
『お姉ちゃんなんて、いなくなればいいのに』
私は昨日、流愛がそう何回も呟いているのを見てしまった。
辛かった。なんで私がこんなに言われないといけないのかって。確かに名前通り堂々と生きられないのは私のせいだ。
それでも、私の存在だけは否定してほしくなかった。昨晩そのことについてたくさん考えていたが、やっぱり嫌なことを言われるのは本当に悲しいし、私だって人間だ。
クラスのみんなだって、手紙では謝ってくれたけれど、実際に会ってみればまた嫌な顔をされてしまうかもしれない。
もし学校に行ったら、またあの日みたいなことや流愛みたいなひどい言葉をみんなに言われるのではないかと、私はすごく怯えていた。
本当は学校になんて、死んでも行きたくない。
また明日も学校を休んで、あわよくばこのままずっと家にいようかと、そう思っていたその時。
私は雪ちゃんからの………大切な人からの手紙を目にした。
『流華ちゃんと部活を一緒にできるのが、すごく嬉しいです』
クラスの人から何を言われるのか、どんな顔をされるのか、今でもすごく怖い。
あの日のことを思い出そうとするだけで、すごく苦しくなる。
それでも私は勇気を出して学校に行くことを決めた。
雪ちゃんと、大切な友達ともう一度、会って話したい。同じ部活で、一緒に笑っていたい。
だから私は、どんなに重い足取りでも自分に負けないように学校へ行く。
どんなに辛くても逃げない。大切な友達のためにも、自分を変えたい。大好きな雪ちゃんが、私にそう思わせてくれたから。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
重い足を引きずりながら、ようやく教室の前までたどり着く。扉の取っ手を握る手はとてつもなく震えていて、今すぐにでもここから逃げ出したい気分だった。
怖い。
でも、今の私ならきっと大丈夫。
そう自分に何度も言い聞かせて、深呼吸をした後、私は教室に入った。
-ガラガラッ。
いつもより遅い時間に来たので、教室にはすでにほとんどのクラスメイトが登校していた。教室にいるみんなの視線が、扉の音に反応して私の方に集まる。
私はみんなの顔が見えないように、下を向きながら自分の席に着いた。
みんなの視線がものすごく怖い。背中から冷や汗が伝ってくるのが、すぐに分かった。
「………流華ちゃん、おはよう!」
かばんを机の横にかけ、両手を膝の上に置いて席に座っていると、隣から声をかけられた。
「雪ちゃん……」
ゆっくりと声のした方に顔を向けると、今一番会いたかった人の笑顔がそこにあった。
「流華ちゃん、大丈夫だった?」
周りの視線なんて気にせずに、いつも通りに話しかけてくれる雪ちゃんの優しさに、思わず涙が出てしまいそうになった。
「……うん。心配かけてごめんね」
「全然!流華ちゃんが学校来てくれて、私すごく嬉しいよ」
いつもとおかしい私の様子を察したのか、雪ちゃんはその場の空気を変えるように明るい声で話し始めた。
「そうそう!そういえばね、部活動今日から始まるみたいだよ」
「そうなんだ…」
「うん!私バスケとかやったことないから緊張するけど、一緒にバスケ頑張ろうねっ!」
「……うんっ…!一緒に頑張ろう」
雪ちゃんといるだけで、さっきまで一人で怯えていた時間が馬鹿らしく思えるほど心の中にあった不安が一気に吹き飛んだ気がした。
やっぱり、勇気を出して学校に来てよかった。
みんなからの視線や声はまだ怖いけど、雪ちゃんがいるから乗り越えられる。友達の存在ってこんなにも重要だったんだなと、私は心の中で改めて実感した。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
帰りのホームルームが終わり、部活に入部した人たちは早速それぞれの部活動の場所へ向かい始めた。私も支度をした後、雪ちゃんと一緒に体育館へ急ぐ。
体育館にはすでに多くの人が集まっていて、特に一年生なんかはみんなそわそわしながら友達と話したりきょろきょろと周りの様子をうかがう人もいた。
先生らしき人はまだ見当たらないから、まだ来ていないのかと私も周りを確認していると………私は今一番会いたくない人の姿を見つけてしまった。
「え、もしかしてあの子もバスケ部なの?」
ちょうど同じタイミングで雪ちゃんも流愛の姿を発見したのか、嫌そうな目で流愛を指さしながら私に話しかけてきた。
「うん、そうみたいだね…」
これは神様の仕打ちかなにかだろうか。それとも私が学校に行かず、流愛から顔を合わせようともせずにずっと逃げていたから、ちゃんと向き合いなさいとでも言われているんだろうか。
私が呆然とその場に立ち尽くしていると、その時ちょうどジャージを着た顧問の先生らしき人が入ってきたので、私たちは慌てて整列した。
「気をつけ、礼」
「「「「お願いします」」」」
部長らしき人が声をかけた後、周りの人が礼をしたので、慌てて私もそれに合わせて挨拶した。
「新入部員のみなさん、はじめまして。女バスの顧問をさせてもらってます、三年生保健体育科担当の森下です。これからよろしくお願いします」
見た目からして、恐らく三十代くらいだろうか。ショートカットの髪型で声もはきはきとしているため、いかにも体育教師という感じの元気そうな女の先生だった。
「早速メニューに入りたいとこだけど…せっかく一年生も入ったばっかだし、最初は軽く自己紹介でもしようか」
そう言って先生は私たちに座るよう促した。
すごく、嫌な予感がする。
例え部活であれど大人数の前で話すことには変わりないので、私が自己紹介なんてしたらどうなるか大体は想像がつくし、なによりそんな醜態を流愛に見られたら……私がここにいることがばれてしまう。
サァッ、と全身の血の気がひいていくのが分かる。どうしよう、とそれしか私の頭にはなかった。
「じゃあ順番に自己紹介してー」
先生がそう言うと、さきほど一番前で挨拶をしていた部長らしき人から次々に自己紹介をし始めた。
「女バスの部長をやらせていただいています、三年の篠崎 成海です。一年間よろしくお願いします」
部長さんが話し終えると同時にパチパチパチ、とその場にいたみんなの拍手が体育館に響いた。
そうだ。体育館はこんなにも広いのだから、当然声も響いてしまう。流愛に気付かれるのも確実だ。
私の頭の中はそんなことばかりで、気付いたらすでに私の番が来ていた。
私は恐る恐るゆっくりと立ち上がると、少し俯きながらもなんとか言葉を発した。
「……い、一年の橘 流華、です。こ、これから…よろしくお願い、します……っ…」
自己紹介を終えると、拍手が鳴る前に私はいち早くその場に座った。幸い下を向いていたこともあってか流愛と目があったりはしなかったが、それでも流愛が私の方を見ていたのはすぐに分かった。
ちらっと横目で流愛の方を確認すると、そこには射るような冷たい視線があって、私は思わずゾッとした。
私の自己紹介が終わった後もその間は流愛がずっとこちらを見ていたので、私は体育座りをしている体を抱きしめるようにしてこの時間が終わるのをひたすら待った。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「流華ちゃん見て、できた!」
地獄のようなさきほどの時間がようやく終わり、ついに練習が始まった。
まずは手始めにボールを使った簡単なアップからしようという先生の指示を聞いて、私たちは早速それに取り掛かった、はずなのだが。
「雪ちゃん、なんでそんなに上手なの!?もしかして昔バスケやってた…?」
雪ちゃんが嬉しそうにボールをいとも簡単に扱っているのを見て、私は目を丸くした。
「やってないよ!超ド初心者」
そう否定する雪ちゃんの言葉とは反対に、ボールを動かす手はまるで私と同じ初心者の動きには見えない。
一方で運動が大の苦手な私は、ボールを扱う以前に自分の手よりも大きいボールを片手で持つことすらできない。
「雪ちゃん、これどうやってやるの…」
今私たちがやっている練習は、エイトという足を広げてその間を手で八の字を描くようにしてボールをドリブルするものだ。
けれどこれが私にとってはかなり難しく、ようやくボールを足の間でドリブルできたと思っても、そのままボールが後ろに転がっていってしまう。
「えっとね、どうしてもキャッチしたいからってなるべく後ろにボールをドリブルしようとしてもあんまりボールが跳ねずに転がっていっちゃうだけだから、自分の真下にドリブルする感じでやるとやりやすいよ」
ペラペラとまるで先生のように話す雪ちゃんのアドバイスを意識しようとしても、中々体が覚えてくれず、後ろに転がっていくボールを私は何度も走って拾いにいくのを繰り返すだけだった。
よく考えてみたら、運動が苦手なくせになんでバスケ部なんて入ったんだろう。いっそのこと部活になんて入らなければよかったのかもしれない。
そんなことを考えながら、またキャッチし損ねたボールをとぼとぼと歩いて追いかけていると、転がっていたボールが誰かの足に当たってしまった。
「あっ、ごめんなさ────────」
急いでその人のもとへ駆け寄り、ボールを拾いながら謝ろうと顔を上げると、私は思わず言葉が出なくなってしまった。
────なんと、そこにいたのは流愛だったからだ。
-バチッ。
流愛が振り返り、私たちは数秒間目が合った。
最悪だ。せめて部活では一切流愛と関わろうとしたくなかったのに、やっぱりこれは神様の仕打ちなんだろうか。
「………何。邪魔なんだけど」
「ご、ごめん……」
冷たい目で流愛に睨まれたので、私はすぐにボールを拾ってその場から離れようとした。
するとさっきまで怖い顔をしていた流愛が、急に馬鹿にしたように笑い始めた。
「てかお姉ちゃん、こんな所までボール転がってくるなんてどんだけ下手くそなの?運動もできないのかよ、可哀想に」
「……」
キャハハ、と笑いながらからかってくる流愛を振り返らずに無視して、私は元の場所へ戻った。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
その後の練習も基礎的なものばかりが続き、私もようやくボールに慣れてきたのか、ドリブルやシュートの練習も自分が思った通りに上手くプレーできるようになっていた。
「え、流華ちゃん七回連続でシュート入ったの!?もう絶対才能開花したじゃん!!!」
「橘さん、実は運動もできるんだ!すごいね」
周りの人からも褒められるようになって、私は少し恥ずかしい気持ちになっていた。
でもその分嬉しい気持ちももちろんあって、人から称賛されるのってこんなにも素敵なことだったんだなということを改めて実感していた。
本当は心の内で流愛にからかわれたことがすごく悔しかった。けれど同時に流愛のおかげで私は自分の弱さに甘えていたことに気が付いた。
運動が苦手なのに部活なんてやらなければよかったとか逃げたいと思うばかりで、やっぱり私は自分を変えようとしていなかったんだなと。
だから私はこの数日間、熱心に部活に取り組んだ。
すごく辛い練習もたくさんあったけれど、それでも私は逃げずに自分なりに頑張った。私が何かをできるようになる度に色々な人からも褒めてもらえて嬉しかったし、同じ部活の先輩とも仲良くなることができた。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
そんなある日、珍しく先生が練習中に収集をかけたので、私たちは不思議に思いながらも先生のところへ集まった。
「えー、突然なんですがこれから再来週に行われる春季大会の試合メンバーを発表したいと思います。今回の大会は夏で引退する三年生にとっては最後の公式試合なんですが……三年生の人数が今八人しかいなくて」
すると先生がとんでもないことを言い始めた。
「二年生には悪いんだけど……あとの二人は、一年生から出すことにしました」
先生がそう言った瞬間、その場がざわめき始めた。
「では今からメンバーを発表します」
ゴクリ。
全員がそう息を飲んだのが分かる。
「三年 篠崎、高塚、深月、折原、山下、堂上、白河、大久保」
今のところ、三年生の名前は全員呼ばれた。
あとは一年生の名前だけ─────。
「一年 白石、そして……橘 流華」
「………え?」
私は思わず声を出してしまった。聞き間違いだろうか。今、なんて言った…?
「以上の十名です。大会出場メンバーは特に気を抜かずに、他の人たちも彼女たちを精一杯サポートしてください。じゃあ、練習再開!」
パチン、と先生が手を叩くと、みんなは魔法が解かれたかのように一斉に動き出した。
「流華ちゃん、すごいよ!私たち先輩たちと一緒に大会出れるんだよ?すごくない!?」
雪ちゃんは隣で呆然と立ち尽くしている私なんて構わずに、一人で飛び上がって喜んでいる。
「え、これ夢、だよね………?」
「もうっ、なに寝ぼけたこと言ってるの。ちゃんと現実だよ」
一向に信じきれない私の頬を、雪ちゃんは思い切りつねった。
「ちょっと雪ちゃん、痛いよっ」
「ほら、夢じゃないでしょ?」
そう意地悪く微笑んだ後、雪ちゃんは練習の方に走っていった。置いてきぼりにされた私はしばらくその場で固まっていると、森下先生がそんな私に気付いたのか私に話しかけてきた。
「橘さん。今はまだ大会に出ることが信じられないかもしれないけど、ここ最近ずっと頑張ってきたでしょ?私も橘さんの思いを信じたいから。頑張ってね!」
ガッツポーズをしながらそう言い残すと、先生も練習の方へ戻って行った。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「ただいま─────」
「ねぇ、なんでお姉ちゃんみたいなやつが大会なんて出れるわけ?こんな運動もろくにできないようなやつが……!」
練習を終えて家に帰るなり、先に帰っていた流愛が唐突にそう怒鳴り散らかした。
「お姉ちゃんなんかが大会行けて、なんで流愛は選ばれないの!?ほんと先生も頭おかしい!!」
玄関で大暴れしている流愛を私は慰めようともせず、そのまま自分の部屋へ向かった。
「はぁ……」
ほんと、私が聞きたいよ。なんで二年生の先輩じゃなくて私を選んだのか。もちろん雪ちゃんは元々バスケが上手だったし納得できるけれど、こんなド素人の私を大会に出すなんて、確かに先生もどうかしてる。
…………でも、落ち込んでては駄目だ。
それに、私には雪ちゃんという心強い味方がいるではないか。
そう勇気を出したのも束の間、疲れていた私はいつの間にかそのまま眠ってしまっていた。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
そして大会当日。
緊張しすぎた私は夜に一睡もできず、結局大会当日を迎えてしまった。
そわそわしながら集合の駅に着き、雪ちゃんと話しながら歩いていると、あっという間に大会会場に着いてしまった。
大きな体育館の中にはもうすでにほとんどの人が集まっていて、今更ながらに緊張がどっと増してきた。
「みんな身長高い……」
恐らくほとんどの学校は三年生の引退が近いこともあって上級生しかいない。私たち一年生みたいな人は全然見当たらなかった。
体育館の外でみんなでアップをして開会式を終えた後、先生が集合をかけた。
「今日は三年生の今までの努力がかかっている大事な試合。いいか?全力でぶつけてこい!」
「はい!」
返事をすると先輩たちは隣の人の肩を組んで、円陣を作り始めた。戸惑いながら私たちもその円の中に入る。
「いい?今日は私たちが主役。今まで頑張ってきたあの日々が詰まってるの。だから……」
篠崎部長が大きく息を吸った瞬間。
「絶対勝つぞー!」
「しゃぁぁあ!!!」
余りの勢いに会場の空気が全て私たちの声で支配されたような錯覚でさえ覚えてしまうほど、私はその迫力に圧倒された。
同時に、まるでその声は私の不安なんて全部吹き飛ばしてくれたように感じた。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
私たちの学校は一回戦目から早速試合を控えている。私と雪ちゃんは最初はベンチなので、先輩の試合を一緒に見て盛り上がっていた。
「うわぁ、見て流華ちゃん。先輩たちかっこよすぎ!」
「う、うん……」
なぜか少し体調が悪くなってきた。昨日寝れなかったことが原因だろうか。雪ちゃんの声も、心なしか少し遠く聞こえる。
「………ごめん、雪ちゃん。私ちょっとお手洗い行ってくるね」
雪ちゃんにそれだけ伝えると、私はよろけながら体育館をあとにした。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
トイレを済ませた後、まだ体調は回復していないのか、歩いているだけでもしんどくなってきた。
そりゃあそうだ。昨日一睡もできていなかったのだから。
おぼつかない足取りでよろけながら歩いていると、急に足元がふらついた。そのまま前に体重がのしかかり、気付いたら私は前に倒れていた。
なぜかスローモーションのようにゆっくりと体が傾いていくのが分かり、私は思わず目を瞑って地面にぶつかる衝撃に耐えようとした。
「……………あれ?」
しかし待ち構えていた痛みはいつになっても走ってこず、私は恐る恐る目を開けた。
「大丈夫ですか」
すると目の前にはびっくりするくらい綺麗な顔立ちをした男の子がいて、思わずそのまま固まったままその人をガン見してしまった。
「………あ、えっ、と……大丈夫、です」
見るとどうやら、その男の子が倒れそうになった私をぎりぎりで支えてくれたらしい。
「あのっ……ありが、とうございました」
私がそう言い切る前に、その人は何も言わずそそくさとその場を去っていってしまった。
綺麗な人だったなぁ…。
ジャージに付いたほこりを払いながら、私は彼のことばかりを考えていた。
────この時の私は気付いてもみなかった。
まさかこの瞬間に、彼のことが好きになっていただなんて。
※バスケのことは全然詳しくないので軽く調べた程度で書いています。色々異なる点があっても気にせず読んでくれるとありがたいです(泣)
- Re: ユリカント・セカイ ( No.5 )
- 日時: 2024/02/10 08:27
- 名前: みぃみぃ。 (ID: t7GemDmG)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
【第五話 初恋】
「流華ちゃん!?大丈夫!?」
「雪、ちゃ…ん…」
「流華ちゃんっ…!心配したんだよ!?全然帰ってこないんだから…」
「ごめん、雪ちゃん…」
…さっきの、人…カッコよかった、な…
イケメン、だった。
私のタイプだったし…
バスケ見に来てるってことは、バスケに興味があるとか?
もしかしたら、好きな人が出てるとか…?
いやいや、そんなわけないか…
「流華ちゃん…やっぱりおかしいよ!?ずっと上の空だし…」
「えっ…」
私は気付いたら、体育館に戻っていた。
いつの間に…?
「流華ちゃん…やっぱり寝不足!?」
私は頷くしかなかった。
「ほらっ…。次の試合まであと30分あるから、仮眠とりな」
「う、ん…分かっ、た…」
そう言い切る前に、私は椅子に倒れ込んでいた。
「流華ちゃん、もう…。全く…」
そう雪ちゃんが言っていたのがうっすら聞こえた。
「流華ちゃん、良い加減起きないと!!」
「うっ…」
さっきよりはずいぶん体調もよくなった。
「流華ちゃん、さっきより顔色よくなったね、よかった!」
「白石さん、橘さん、もうすぐ試合です、準備してください!」
篠崎部長が言った。
「「はいっ!」」
「雪ちゃん…頑張ろうね!!」
「うん…!」
絶対、勝ってやる。
流愛を、見返してやる…!
「パス!」
「はいっ!」
いよいよもうすぐ試合。
今は最終練習中だ。
「大久保さん、パス!」
「はい!」
「流華ちゃん、シュートお願い!!」
「OK!」
私はシュートを入れる。
「OK!じゃあいよいよ試合だよ!集合!」
「「「はいっ!!」」」
みんなが円陣を作り出したから、私もその中に入った。
「絶対勝つぞー!!」
「しゃぁぁあ!!」
「じゃあ、次のベンチは高塚と白河。他の人は体育館の待機室に!」
「「「はい!」」」
私と雪ちゃんは、体育館の待機室で準備をしていた。
待機室とか、あったんだ…。
「流華、ちゃん…」
「…雪、ちゃん!?」
雪ちゃんの顔色が悪い。
「私、無理、もうっ…無理っ…!!」
「…え!?」
「私が、失敗して、チームが負けたら?もし、もし、そうなったら…っ…」
「…雪ちゃんなら、絶対大丈夫。」
「無理、絶対、無理っ…」
「絶対絶対、大丈夫。信じてやろうよ」
「やだ、もう、無理…。私、篠崎部長にお願いしてくる…」
「雪ちゃん…!?」
すると、雪ちゃんは早々とどこかに行ってしまった。
雪ちゃん、私を…置いてくの…?
そんなことを思ってしまったが、ブンブンと首を横に振る。
そんなわけない。
雪ちゃんには、雪ちゃんなりの考えがある…はず。
でもでも、雪ちゃんがいないとか…私、無理…
流愛にまたバカにされるかもしれない…
そんなことを考えていたら、森下先生が私のところにやってきた。
「橘さん、ちょっと残念なお知らせ。白石さんは…ね、ベンチになった。」
予想通りの言葉だった。
悔しかったけど。
「でもね、白石さんの代わりに高塚が入ることになって…。高塚には、橘さんの役に立て、って言っておいたから…。あとね、高塚は与那野東中の中では篠崎部長の次に強いから、頼りな。頑張れよ、橘さん!」
「…はいっ!」
これは予想外の言葉だった。
でも…。
高塚先輩、よろしくお願いします!
そう心の中で呟いた。
良かった。
そう心の底から思った。
「与那野東中、女バスケ部入場!」
私達は体育館に入っているところだ。
手汗が吹き出している。
緊張しまくっている。
「流華ちゃーん!!がんばれー!!」
そんな声をかけられたからびっくりしてみてみると…雪ちゃんだった。
「うん!雪ちゃんの分までがんばるね!」
そう答えた。
篠崎部長に「静かに」と注意されてしまったけど。
「与那野中、女バスケ部入場!」
与那野中ってことは、近くの学校か…。
今からは、準決勝だ。
絶対、勝つぞっ!
ふと観客席を見た。
お母さん、来てるかな…?
その時、私の頬がぽっと赤くなった。
あの、さっきの、人だ…。
さっきのイケメンの人が、観客席にいる。
なぜかどんどん顔が赤くなるのを感じる。
「橘さん…緊張してるでしょ?表情が緊張してるもん。でも、精一杯頑張ろうね!」
篠崎部長が言う。
「はいっ!」
それどころじゃない。
うわああああああああああんっ!!
「橘。いざというときは私を頼れよ」
高塚先輩が言ってくれる。
「はいっ!」
だ、だめだめ。
今から準決勝なんだから…!
「今から公式戦の準決勝を始めます。礼っ!」
「お願いしますっ!!」
「じゃあ、コイントスから…。各先生方、メンバー決めをお願いします。」
「はい!」
「じゃあ…コイントスは、3年から出そうかしら。篠崎、高塚、深月、折原、山下、堂上。準備を!」
「「「はい!!」」」
「…ったく、意味分かんない」
突然、大久保先輩が呟いた。
「なんで折原がコイントスに出れるのに私は出れないんだよ…」
「白河が出れないのは分かるけどさ、ベンチだし。…なんであんなに弱い折原が出れて私が出れないんだよ!?」
私は呆然としていた。
いつもは熱心な大久保先輩がそんなこと言うなんて…。
もしかしたら熱心な分そうなっちゃったのかな?
「…大久保。」
「なんですか、森下」
怒りのあまりにか、森下先生のことを呼び捨てで呼んでいる。
「大久保を出さなかったのは、大久保に期待してるからだよ」
「は?」
「大久保に、体力温存しておいて活躍して欲しかったんだよ」
「…ッ!折原とかのせいで先攻取れなかったらどうするんですか…!」
「それでも大久保たちに勝ってほしいんだ。橘さんもいるんだよ。だから…自信を持て!」
「…分かりました」
大久保先輩は、あまり納得していないようだった。
でも、私は大久保先輩を信じてる。
アドバイスをくれたのも、教えてくれたのも、先輩達の中では大久保先輩が一番多かった。
大久保先輩は、強い。
それは確かだ。
でも少し、こんな大久保先輩を見て動揺している。
すると、大久保先輩が口を開いた。
「私…昨日一睡もできてなくて…」
まさかの私と同じ状況だ。
「おかしいのかもしれない。」
大久保先輩には悪いけど、私もそう思う。
そうやって私、大久保先輩、森下先生と話していると、コイントスが終わり、与那野東中は先攻になった。
今は篠崎部長がボールを持っている。
「絶対勝つ、絶対勝つ、絶対勝つ、絶対勝つ、絶対勝つ」
大久保先輩は少し壊れたかの様に呟いている。
「用意…スタートッ!!」
始まった。
先輩達がボールを繋いでいる。
いいかんじ…
すると、相手チームにボールが取られた。
私達は一斉に奪いに行く。
高塚先輩が指を軽く鳴らした。
これは私にシュートしてもらうから来い、という意味。
私は全力疾走してもらいに行く。
「橘、ゴールお願いな!」
「はいっ!」
私はボールをもらった。
よし、私の出番!!
ゴールの近くまで行き、シュート。
えっと…3点シュート。
「橘、ナイス!」
「橘さんナイスー!!いいよー!!その調子!」
「流華ちゃーん!!頑張れー!」
与那野東中の作戦は、ゴールするのは基本私。あと篠崎部長、高塚先輩。他の人は私、篠崎部長、高塚先輩にボールを繋いだり、相手チームからボールを奪う係。
そんなふうにしているのだ。
「ふっwそんなんで褒めてもらえるなんて、甘っw」
私が今一番聞きたくない声が聞こえた。
そう…。流愛だ。
来てたんだ。
なんで来たんだろう?と思いながらも試合に集中する。
はあ、流愛に会うなんて…
運が悪いな…
「橘、ぼーっとすんな!」
「あ、はいっ!」
鼻で笑ったような声が聞こえたのは無視をし、どんどん与那野東中は得点を入れていく。
ただ、残り2分現在、相手チームに3点の差がついていた。
「与那野東中!やばいぞ!気合い入れていけ!」
森下先生が言った途端、指が軽く鳴った。
私の出番!
私はボールをもらうとシュートに入れる。
結構遠かったから5点。
その時。
「終了ー!」
「うっしゃぁぁあ!!」
与那野東中は、勝ったんだ。
「橘ナイス!橘がいなかったら勝てなかった!ありがとう!」
先輩達に次々とそう言われる。
私はそれが嬉しかった。
「くっそ!!」
ん?と思って観客席を見ると、くそ、と言っていたのは、イケメンなあの人だった。
もしかして与那野中の人だったのかな?
少しだけ申し訳なさを感じながら待機室に戻った。
「…さっきのプレーは素晴らしかった。ただ、次は恐らく春野中との戦い。決勝だ。このままじゃいけない。春野中は強いんだ。だから…頑張れ!!」
「「「はいっ!!!」」」
待機室に行くと、こう森下先生から話があった。
「じゃあ、次のベンチは…折原、山下。」
「「分かりました」」
二人とも少し不機嫌そうだった。
「じゃあ…白石さん。」
「は、はいっ…?」
「次は橘さんの役に立つんだよ。」
「わ、分かりました!!」
いつのまにか決勝の舞台に立っていた。
相手は森下先生の推測通り、春野中。
先攻後攻も決め、惜しくも後攻になってしまった。
実に不利。
それでも与那野東中は頑張ったと思う。
残り5分の時には15点負けていた。
もう確実に無理。
誰もが感じていた。
でもどうしても勝ちたい!!
篠崎部長、高塚先輩がシュートを入れた。
そして7点差まで縮まった。
でも…
「終了ー!!」
そう。
与那野東中は、負けてしまった。
「与那野東中。負けたのはしょうがないんだ。これを生かしていけ!」
「「「はい!」」」
でも先輩達はとてつもなく悔しがっていた。
それが私のせいな気がして、苦しかった。
雪ちゃんはというと、過呼吸状態だった。
それがどうしても気になってしまうのだった。
そしてこの試合は、あっという間だったけど忘れられない試合だった。
「今回の公式戦では負けてしまいましたが、準優勝です。これは本当にすごいことなんです。流愛さん。あなたは流華さんをからかっていた…それは私は絶対に許しませんから。流華さんはしっかり活躍してくれたのですから…」
公式戦の後の部活で、森下先生はこう言った。
流愛は不機嫌そうだった。
「そして、またいきなりで申し訳ないんだけど…。来週から夏休みですが、その来週の水曜日から金曜日まで、合宿があります。参加は任意ですが、夏で引退する3年生にとっては最後の合宿ですので…。申込書を渡しておきます。詳しいことは申込書を見てください。」
そう言って、私達全員に申込書を渡した。
水曜日から金曜日なら、何もない。
行きたい!
「じゃあ、練習再開!」
「「「はい!」」」
「流華ちゃん!合宿、行くよね!?」
ワクワクしているのが丸わかりな雪ちゃんが聞いてきた。
「うん、もちろん!…流愛が、行かなければ…」
最後はすごく小さな声になっていた。
「あー、やっぱりか…」
雪ちゃんががっかりした様に言った。
ちょっと、申し訳なかった。
家に帰ると、珍しく流愛がいなかった。
早速お母さんに合宿の申込書を見せた。
「あら、合宿?行きたいなら行っていいわよ。」
「じゃ、じゃあ、行きたい!」
「そう、分かったわ。じゃあ申し込んでおくわね。」
「う、うん」
流愛が行くって言ったらやめようかな…と思いながらも私は自分の部屋に入って宿題を始めた。
「ねー、合宿があるらしいけどさー、流華行くの?」
流愛が帰ってきて、お母さんに合宿の話をしていた。
「ええ、行くわよ」
「うげー。じゃあ行かない!」
本当ならここで嫌になるべきなのかもしれないけど、少しホッとした。
「えーっと、折原と山下と橘 流愛と唯野は合宿欠席。他はいるかー?」
合宿当日。
森下先生はそう言って出席をとっていた。
折原先輩と山下先輩は、公式戦の決勝でベンチだったのがショックだったのか、合宿の案内があってからずっと部活に来ていない。
ちょっと心配だった。
「じゃあ、出発する。バスで誰の横に乗るかすぐに決めて、バスに乗ってください」
「「「はい!」」」
「流華ちゃん、私と乗ろー!」
「うん、もちろん!」
バスに乗ってからは、雪ちゃんとトランプをしたりみんなで人狼をしたりカラオケ大会をしたりして過ごした。
とても楽しい時間だった。
「はい、着きました。荷物を持って、バスから降りてください」
森下先生はそう言うと、みんなが一斉に降り出した。
私と雪ちゃんも降り、体育館に行った。
「広い…」
いつの間にかそう言っていた。
「なにこれ広い!すごい!!」
雪ちゃんは大はしゃぎしている。
「じゃあ各自部屋に行ってください。」
私は雪ちゃんと遥さんと瑠美さんと同じ部屋だ。
「ここじゃない?」
私達はその部屋に入った。
「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくるね」
なぜか最近、調子が悪いのだ。
フラフラした足取りでお手洗いに向かう。
すると急に頭痛がくる。
「うっ…」
私は思わず倒れてしまった。
痛みを我慢しようとした。
でも、いつまで経っても痛みが走らない。
もしかしてこの前の…?
いやいや、そんな偶然…
「大丈夫ですか」
聞き覚えのある声。
「え…」
あの人だった。
「あの、あの時の…」
「僕は小鳥遊 留姫亜と言います。与那野中です。」
「あわわ、私は、橘 流華、です…与那野東中、です」
やっぱりカッコいい。
「…好き、かもしれない」
私の口からいつの間にかそんな声が出ていた。
「…ごめんなさい。僕には好きな人がいるので…」
そう言って、さっとその場を去っていった。
私はちょっと悲しかった。
初告白がこんなんで。
初フラれがこんなにあっさりだったから…
※私もしのこもち。さんと同じくバスケ無知で軽く調べた程度で書いてます。おかしいところがあってもスルーしてもらえるとありがたいです泣
- Re: ユリカント・セカイ ( No.6 )
- 日時: 2024/02/19 20:13
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
【 第六話 好きな人、嫌いな自分 】
「はぁ……」
お手洗いを済ませた後、私は鏡の前の自分を見つめながらため息を漏らした。
少し休んで大分頭痛は和らいできたものの、今の私はそれどころではなくなっていた。
人生で初めて告白をしてしまった。しかも二度しか顔を合わせていないような他人に。
なんだか私らしくない言動に、自分でも少し混乱していた。
ぐるぐるといろんな思いが頭を巡る中、まだ完全に治っていない頭痛に頭を抱えながら、私はその場をあとにした。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「流華ちゃん、歴史全然分かんないよ…!」
午後の練習が終わった後、部屋に戻った私たちは各々自由時間を過ごしていた。
雪ちゃんはとても真面目みたいで、合宿中にも関わらず教科書を持って頭を抱えていた。
「次のテスト範囲のところ?」
「そうなんだけど、よく分からなくて……」
雪ちゃんは考えるような仕草をした後、再び教科書とにらめっこを始めた。それがなんだか愛らしくて、私は勝手に小さな妹ができたような気分になった。
「うーん……あっ、じゃあこの漫画読んでみたら?」
私は何か勉強の参考になるものはないかとしばらく荷物をあさっていると、かばんの奥底に眠っていた日本史の漫画を見つけた。
こんなのいれてたっけ…?
そう首を傾げながら漫画のページを確認すると、ちょうど雪ちゃんが持っている教科書の単元と漫画の中の時代が一緒だったので、私は雪ちゃんにその漫画を渡した。
「え、いいの?ありがとう!」
漫画を受け取った雪ちゃんはしばらくそれを真剣に読んだ。
しかしページをめくるごとに彼女の表情は険しくなっていく。
そんな姿を見て私は少し不安になっていると、雪ちゃんが頭の上にはてなマークを浮かべながらこちらを向いた。
「えっと……ジンギスカンと推し活が出てきた!」
「………多分それ神祇官と押勝じゃない?」
「あっ…」
私が咄嗟にそう指摘すると、雪ちゃんはゆでダコのように一気に顔を赤らめた。
そんな雪ちゃんを見て、私はおかしくなってつい声を出して笑ってしまった。
「ちょっ、笑わないでよっ…!」
「だって、ジンギスカンと推し活って……っ…あっはっはっはっ!雪ちゃんって面白いね…っ」
「も、もう…!だってこれどう見たってジンギスカンだよ?」
「雪ちゃん一回眼科行こっか」
「なんで!?」
不思議がる雪ちゃんの拍子抜けした顔が面白くて、気付いたら私たちは二人で笑っていた。
私は家にいる時よりも遥かに心地よいこの時間を幸せに感じながら、二人で気が済むまでたくさん笑った。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
翌日。
今日は一日中、私たち与那野東中のバスケ部と与那野中のバスケ部との合同練習がある。
更にこの施設には体育館が一つしかないみたいで、女バスと男バスも混合で練習するとのことだ。
”あの人”にまた会えるかもしれないと少し期待していたが、昨日のことがあって正直今は会いたくないという気持ちの方が大きい。
私は着替えを済ませた後、雪ちゃんと体育館へ向かった。
「流華ちゃん、知ってる?与那野中にめちゃくちゃかっこいい人がいるんだって!」
「へ、へぇ……」
与那野中でかっこいい人なんて、どう考えたってあの人しか思い浮かばない。私は動揺して反射的に肩を跳ねらせてしまった。
「小鳥遊くん、だっけ?会ってみたいなぁ」
「そ、そうだねー……」
絶対にあの人だ…。
私はそう確信し、苦笑いをしながら適当に相槌を打つ。
お願いだから今日だけはあの人に会いませんように…。そう念じながら私は体育館への道を歩いた。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「…………では、与那野東中から一人ずつくじを引いて下さい」
二校の部員が整列している前で、森下先生が小さな箱を抱えながらそう言った。
アップを終えた後に行う基礎練習をペア同士でやることになった。それを決めるために今からくじをするみたいだ。
今日は男女混合の練習なので、彼と同じペアになるかもしれないという可能性が一瞬頭をよぎった。
けれどここにはこれだけの人数がいるのだ。さすがに一緒のペアになる確率は到底低いはずだ。
そう思って、気軽にくじを引いたのがいけなかった。
「……」
目の前にいるのは……昨日顔を合わせたばかりの彼、小鳥遊 留姫亜だった。
(なんでこんな時に限って……)
全く、神様への念というのも当てにならないらしい。私はこの時、生まれて初めて神様を恨んだ。
もちろん、私たちはこれで三回も顔を合わせている仲なので向こうも私が誰なのかくらいは分かっているのだろう。相手からは何も言ってこないし、はたまた自分からなんて話しかけれるわけもない。
お互いペア練習なんて始める様子もなく、私たちの間には気まずい空気が流れる。
まるで時間が止まったかのように、やけに周りのペアが練習している音が大きく聞こえてきた。
「…………あっ、流華ちゃん…!」
しばらく重い雰囲気が続く中、そんな沈黙を一番に破ったのはまさかの雪ちゃんだった。
雪ちゃんの姿を見た瞬間、私は救世主が現れたような気分になり、思わずほっと胸を撫で下ろした。
「なんかペア練習なんだけど、全体の人数が奇数だからって私がここに入ることになった!」
雪ちゃんははにかみながらそう口にした後、私の目の前で突っ立っている彼に視線を移した。
「あれ、もしかして……小鳥遊さん、ですか?」
雪ちゃんは彼を見るなり硬直し、口をパクパクさせながら目を大きく見開いた。
「そうですけど…」
「えっ、本当ですか……!」
かっこいいと小さな声で呟いた雪ちゃんの手から、彼女が持っていたボールが落ちた。
ボールは体育館の地面を大きく跳ねて転がっていき、私は一秒でも長くこの場から離れたいという思いが先走ったのか、無意識のうちに雪ちゃんが落としたそのボールを追って走っていた。
「う、嘘……まさかこんな時に会えるなんて…」
「は、はぁ…」
「えっ、彼女とかっていますか?」
「いないです」
「えっ、絶対いそう!じゃあ今まで告白された回数とかは?」
「え……覚えてないです」
「それって忘れちゃうくらいいっぱい告白されたってことだよね!?いいなぁ」
-ズキッ。
二人がいる場所からかなり距離を置いたはずなのに、ボールを拾っている間も雪ちゃんが楽しそうに彼に話しかけている声が聞こえきて、少し胸が痛んだのを感じた。
昨日振られたばかりだというのに、どうしてこんなに胸が痛くなるんだろう。
きっとまだ………私は彼のことが好きなんだろう。なぜならこの胸にあるモヤモヤの正体は、誰がどう見ても嫉妬なのだから。
私はボールを拾い、二人のいる所へ向かった。
「へぇ、小鳥遊くんって歴史できるんだ」
「まぁ、好きなだけですけど」
「私日本史とか本当に覚えられなくて……羨ましいです」
帰ってきた私に、話に夢中な雪ちゃんは気付いていないのか全くこちらを振り向こうとしない。
ここで何か言って二人の会話を遮るのも気が引けるので、私は両手でボールを握りながら話が終わるまで待っていた。
早く終わらないかと内心嫌になりながらその場に立ち止まっていると、雪ちゃんの向かい側にいた彼が私に気付いたのか、不意に目が合ってしまった。
彼と目が合った瞬間、私は咄嗟に首を九十度回して目を逸らした。
心臓がこれでもかというくらいに大きく波打つ。私はこの状況からどうにか抜け出したくて、反射的に声を出してしまった。
「……ゆ、雪ちゃん!ボール拾ってきたからそろそろ練習始めよう…!」
あぁ、言ってしまった。
友達の邪魔だけはしたくなかったのに。
さっきまで意気揚々と話していた雪ちゃんが、今度はびっくりしたような、申し訳ないような表情をしながら私の方を向いた。
「あ、ごめん!流華ちゃんボール拾ってきてくれたの!?本当にごめんね」
そう言って私からボールを受け取ると、雪ちゃんは勢いよく頭を下げてきた。
「ありがとね。じゃあ早く練習始めよう…!」
雪ちゃんの一言で、私たち三人はこうしてかなり遅れて練習を開始した。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「はぁ……疲れた」
「だね…」
午前中の練習を終え、一旦部屋に戻った私たちはため息を吐きながら布団にダイブした。
こうして自由時間があるのはすごくありがたいが、昨日から練習を続けていて、増してや三日間もこの生活を送るとなると、体力的にもかなりきつくなってくる。
「ねぇねぇ、流華ちゃん。このグループ知ってる?この曲聴いてみてほしい!」
雪ちゃんは女の子らしいピンク色のカバーがかけられたスマートフォンを向け、今流行っている韓国のアイドルの動画を見せてきた。
「へぇ…」
今どきとやらの流行りに疎い私は、雪ちゃんの話についていけず、曖昧な返事を返す。
今は音楽を聴く気にもならなかったが、雪ちゃんの話を無視するわけにもいかず、私は疲れた体をゆっくりと起こした。
私は雪ちゃんと同じようにかばんにしまっていた自分のスマホを取り出し、イヤホンを耳に押し当てた。
音楽アプリを開いている間、私は自分のスマホをじっと見つめた。
白いスマホに透明なケース。本体の中央に付けられたスマホリングは金属だけでできた無機質なもので、何の変哲も可愛げもない自分のスマホですら見るのが嫌になってくる。
私の可愛くない所は、きっとこういう所なんだろう。流愛にからかわれるのも改めて納得がいく。
そう落ち込みながら、私は雪ちゃんに勧められた曲を軽く聴いた。
今どきの音楽らしいアップテンポでガールクラッシュな感じの曲で、普段あまり聴かないような曲だった。
何だか新鮮な気分になり、たまにはこういう曲を聴くのもいいなと思いながら私は自由時間をゆったりと過ごした。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
自由時間が終わり、お昼ご飯も食べ終えた私たちは再び練習を再開した。
しかし不幸なことに、午後の練習も午前中に一緒だったペアと行うことになってしまった。
また二人が話している所を黙って見ないといけないのかと思うと気分は晴れなかったが、彼と二人きりでいるよりは雪ちゃんがいる方が余程ましだった。
午後は午前中の基礎練習とは違い、応用練習を中心に行うみたいだ。
ボールをドリブルする相手を追いかけながらディフェンスをする練習や、味方のロングパスを受け取ってすぐに走る練習など、午後の練習はとにかく動き回るものばかりで、部員のみんなは体力的にも疲れ切っていた。
元々体力に自信がなかった私は、走ってボールをシュートするだけでも息があがってしまう。
肩で息をしながら三人で練習を続けていると、急に雪ちゃんが何かにつまずいて転んだ。
「雪ちゃん、大丈夫……!?」
体育館に鈍くて派手な音が響く。雪ちゃんは膝を必死に抑えながら、体を横にして痛がっている。
私はすぐにボールを置き、雪ちゃんのもとへ駆け寄った。
「ごめん、ちょっと疲れてたみたいで……」
確かによく見ると雪ちゃんの顔色があまりよくない。きっと体調が悪いまま無理して練習を続けた挙句、そのまま転んでしまったのだろう。
膝は大きく擦りむいており、皮が剥がれた箇所には薄らと血が滲んでいた。
私が雪ちゃんを起こしている間に小鳥遊さんが先生を呼んできてくれたのか、しばらくすると森下先生が駆け寄ってきた。
「白石、立てそう?」
「はい、何とか………ごめんね流華ちゃん、小鳥遊くん」
雪ちゃんは先生の肩を借りながら立ち、こちらを振り返って申し訳なさそうに謝った後体育館をあとにした。
残された私たちの間には一気に気まずい空気が流れる。今朝と全く同じ状況に、私は思わず苦笑いをしてしまいそうになった。
「………練習、するか」
しばらくお互いに固まっていると、彼が一言だけそう言った。私は返事を返す代わりに首を縦に振り、私たちはとても気まずい雰囲気の中で再び練習を始めた。
「……」
隣でプレイしている彼をちらっと横目で見る。
すっと通った鼻筋に、形の良い薄い唇。とにかく全ての顔のパーツの形が本当に綺麗で、その配置さえも完璧な顔だった。
彼の横顔はとても整っていて、モデルだと言われても全く違和感を持たないほどの容姿だ。私はそんな生まれ持ったものが元から華やかな彼を羨ましく思った。
バスケもとても上手で、本当に同い年なのかと疑問に思うくらい彼は完璧だ。
きっと学校でもすごくモテるんだろう。彼が学校でたくさんの女子にちやほやされる様子が容易に想像できる。
私は胸がまた痛むのを感じた。針で肌をチクッと刺されたような感覚でさえ覚えてしまう。
私はなんて人を好きになってしまったのだろう。隣で懸命にバスケをする彼を見ながら、私はずっと練習に集中できずにいた。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
ようやく一日の練習が終わり、挨拶をした後私はすぐに部屋へ走った。
部屋の扉を思い切り開け、部屋の中にいる人物を見て私は安堵の息を吐いた。
「流華ちゃん!」
「雪ちゃん、怪我大丈夫…!?」
「うん、ちょっと膝を擦りむいただけみたい」
「そっか、よかったぁ…」
雪ちゃんは膝にネット包帯を着けて、布団の上にちょこんと座っていた。
とりあえず何もなくて良かったと安心して、私は雪ちゃんの隣に座った。
「雪ちゃんがいなくなってから、た、小鳥遊さんと二人きりで、すごく気まずかったんだからね」
「それは本当にごめんだけど……二人きりなんて最高じゃんっ!」
「え…?」
「流華ちゃんもついに恋をしちゃったのかぁ」
「ちょ、ちょっと。何言ってるの!?」
冗談交じりにからかってくる雪ちゃんの顔は割と真剣で、心の中で私は動揺していた。
私もう振られてるから、なんて口が裂けても言えない。でも彼に恋心を抱いているのは紛れもない事実だ。
今日見た彼の横顔を思い返す。
練習中は特に彼と話したりはしなかったが、私にとっては彼のことを、好きな人を見つめ直すいい機会になった。
そう考えている自分が急に恥ずかしくなり、私は自分の顔がどんどん赤くなっていくのを感じた。
「………やっぱ流華ちゃん、好きなんだ?」
「だ、だからっ、違うってば…!」
にやにやと笑って再びからかってくる雪ちゃんの言葉を否定しながら、反対に私の頭の中は彼のことでいっぱいだった。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「………雪ちゃん、おはよう…」
「おはよう………って、どうしたのその顔!?」
雪ちゃんが私の顔を見て、びっくりしたように目を丸くした。
当の私はというと、充血した真っ赤な目に、その目元にはクマができていて、誰がどう見ても酷い顔をしている。
せめて目だけでも治らないかと洗顔を頑張ってみたものの、そんなの全く効果はなかったみたいだ。
「なんか昨日、中々枕合わずに寝れなくて……」
本当は嘘だ。昨夜は雪ちゃんにあんなことを言われて、更にあの人を意識してしまった私は彼のことをずっと考えていたのだ。
彼の好きな人は誰なんだろう。きっと私なんかと比べものにならないくらい可愛くて、性格が良い人なんだろう。
雪ちゃんは彼のことが好きなんだろうか。だとしたら雪ちゃんも彼に告白するんだろうか。
色々なことが頭の中でぐるぐると駆け回り、考えているうちに眠れなくなってしまったのだ。
「流華ちゃん意外と繊細なんだねー」
雪ちゃんは微笑みながらそう言い、気を使ってくれたのか、それ以上はなにも言及してこなかった。
そうしてなんやかんやあり、私たちはいつものように練習をしに体育館へ向かった。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
今日は与那野中との合同練習はなく、いつも学校で行っている練習内容を行うみたいだ。
それを聞いた私は、好きな人にこんな酷い顔を見られなくて良かったと心底安心していた。
「雪ちゃん、アップしに行こ?」
「…うん……」
あれ?
何だか視界がいつもよりぼやけていて、雪ちゃんと自分の声が明らかにくぐもって聞こえたのを感じた。
寝不足のせいだろうか。そう疑問に思いつつ、体の異変を察知した私は本能的にその場で立ち止まった。
私の様子がおかしいことに雪ちゃんも気が付いたのか、彼女がこちらを振り返る。
「………え?なんで雪ちゃん、倒れて……」
ぼんやりと視界に映る雪ちゃんが段々と傾いていくのが見えた。
しばらくして体の重心が横に傾いているのを感じ、私は雪ちゃんが倒れているのではなく、自分が倒れているのだということにようやく気が付いた。
「流華ちゃんっ…!流華、ちゃん……」
雪ちゃんの声が徐々に遠のくのを感じながら、私はそのまま意識を失った。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
目を覚ますと、まず最初に視界に映ったのは白い天井だった。
私はゆっくり視線を下の方へずらすと、今度はたくさんの薬品が並べられている棚や、資料が溢れかえる机が目に入った。
「橘、大丈夫か?」
ベッドの隣には椅子に座った森下先生がいた。私は首を縦に振り、布団を剥がして起き上がった。
「橘、最近体調悪そうに見えるから、無理しない方がいいんじゃないかな?」
そう言って森下先生は心配そうな顔をした後、私に質問してきた。
「このまま練習を続けてても、体調が悪化するだけかもしれない。早退するっていう手もあるけど、橘はどうしたい?」
「…………確かに、最近体調がずっと悪い気がして……昨日も全然眠れなかったから、早退した方がいいとは思いますけど………でも雪ちゃんが…」
「白石は大丈夫だ。彼女も橘には帰ってほしくないと思うかもしれないけど、友達が苦しんでいるのに無理に一緒にいようとするような人ではないから」
「…………分かりました、早退します。迷惑かけてすみませんでした」
そう私が頭を下げると、森下先生は気にしないでと声をかけてくれた。
私はまだ少しふらつく足を無理やり立ち上がらせて、荷物を取りに部屋へと急いだ。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「流華、大丈夫だった!?」
家に帰るなり、母が心配そうな顔をして私の元へ駆け寄った。
「うん。ちょっと体調が悪かっただけで、今は大分楽になったよ」
そう言うと母は安心したのか、良かったと言って私を抱きしめた。
そんなに心配するようなことではないんだけどな。そう思いつつ、久しぶりの母の温もりにいつの間にか私も安心してしまっていた。
「………あ、お姉ちゃん帰ってきたんだ」
すると玄関に、今一番聞きたくなかった声が近付いてきた。
私は流愛の顔が見えないように、咄嗟に顔を逸らした。
「なんでお姉ちゃん帰ってきたの?”華”のある主役が早退なんてしてどーすんの笑」
まただ。最近家にいるとこうやって流愛が名前のことをからかってくることが多い。
胸が痛くなるのを感じながら、私はこれ以上自分が傷つかないように、逃げるようにして部屋へ駆け込んだ。
重いボストンバッグを肩から下ろし、私はベッドにうずくまった。
やっぱり早退なんてしなければよかった。家にいると嫌でも流愛の声が聞こえてきて、それだけで自分の名前が嫌いになっていく。
合宿に行っていたせいですっかり忘れていた。そっか、私は”流華”なんだ。
どうしてもこの名前からなんて逃げ出すことはできない。こうやってなにか言われる度にうずくまってしまう自分が、どんどん嫌いになる。
”流華”という名前が悪いんじゃない。”流華”である私が悪いのだ。
前を向こうって、逃げないって、決めたのに。
いくらそう思っても、いくら足掻いても、私は私の名前が嫌いだ。
どうしたらいいのか分からなくなってしまった私は、自分が寝不足なのにも関わらず、気が済むまでただひたすら涙を流し続けていた。
- Re: ユリカント・セカイ ( No.7 )
- 日時: 2024/03/08 15:46
- 名前: みぃみぃ。 (ID: t7GemDmG)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
【 第八話 不思議 】
泣き疲れた私は体調良くなったと言いながらも少しフラフラしていたのでベッドに飛び込む。
ふう…
疲れた。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
「流華、昼ごはんよー」
お母さんの声がする。
「はーい」
体を起こ…そうとする。
頭が重い。
頭痛、腹痛。
すごく辛かったけどどうにかして起き上がり、フラフラしながら階段を降りる。
「ちょ、流華!?大丈夫!?」
「う、うん…いや、だいじょばない…」
「ぶっ!」
流愛が吹き出す。
え、私なんか変なことした…?
「お姉ちゃん、だいじょばないとか言って印象よくしようとしてるんでしょ!マジキモい!このぶりっ子!」
「え、いや、そんなこと…」
「…流愛。いい加減にしなさい」
「はー?流愛は本当のこと言ってるだけなのになにが悪いわけ?あ、分かった正論言われて恥ずかしいんでしょお姉ちゃんー!」
「だから、ちがっ…」
「ふーん、違うんだ笑」
流愛が鼻で笑う。
心の中で、はいそうです、と答える。
「流愛、いい加減にしなさい!」
お母さんが怒鳴る。
「…はーい」
流愛が不満そうに言う。
「で、流華…ちょっとベッドに寝ておきなさい!昼ごはんは持って行くから…」
「わ、かった」
流愛が鼻で笑う音が聞こえたが気にせず部屋に戻る。
ふう、頭が痛い…
私はベッドにダイブした。
はあ、流愛と話すだけでめちゃくちゃ疲れる…
そして眠い…
うとうとしているうちに私は深い眠りについた。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
「んん…」
なんとなく目が覚めたので体を起こすと、5時だった。
…え、つまり5時間寝てたってこと…?
そんな自分が信じられないままおどおどしていると、そこにお母さんがやって来た。
「流華…やっと起きたわね。体調はどう?」
「あ、うん、大丈夫そう」
「よかったわ…あと流華、流愛の言うことは気にしなくていいからね」
「…うん、ありがと」
そう言ってお母さんに昼ごはんをもらう。
お母さんは私のことを分かってくれている。
そう思うと少しホッとした。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
昼ごはんを食べ終え、一階に降りる。
いつもなら少し眠くなる時間帯だが、さっき寝たおかげで全く眠気が襲ってこなかった。
「お母さん、これ」
「はーい」
お母さんと少しだけ会話を交わし、お皿を渡して部屋に戻る。
そして夏休みの宿題のノートを広げる。
えっと…社会からやろう。歴史か…
まあ得意だからいいか、と思いながら問題を解き始める。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんなんだから、数学わかるよね?教えてよ」
社会が半分くらい終わった時だった。
流愛が急に言ってきたのだった。
『お姉ちゃんなんだから』
その言葉が頭の中で響きながらも答える。
「うんいいけど」
「うーんとじゃあ、まずほーてーしきってなに?」
「えっと…」
そこからかよ…はじめに習ったじゃん…と思いながらどこから言えばいいか考える。
「えっと方程式って言うのは…当てはめれば答えが出るやつで、よく使うんだけど…」
「はあ?もっと簡単に言ってよ意味分かんないー」
「え、もう簡単に説明してるんだけど」
少し怒りが芽生えた私は冷たい口調で言う。
「はあ?もういいお姉ちゃんのバカ!お母さんに聞くから!」
「流愛が聞いてきたのになんでそんなこと言うの!?」
私の口からいつの間にかそんな言葉が出てきた。
「…お姉ちゃん、変だね笑」
流愛はそう言って去っていった。
…そうなのかな。
確かに変なのかも。
……流愛の言うことに納得する自分が恥ずかしかった。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
「流華、夜ご飯よー」
お母さんにそう声をかけられ、一階に降りる。
もうそんな時間だっけ?
「はい、今日は魚の煮付けね。流華が好きなやつ」
「ありがとう、お母さん。でも私お腹空いてない」
「ああ、そうだったわね、昼ごはん食べたの5時だったもんね…」
「ちょっとあとで食べるね」
「分かったわ」
流愛が『魚の煮付けやだー!』って嘆いているところを通り過ぎて階段をのぼる。
はあ、なんで私流愛と双子なんだろう。
年の差があればきっとこんなことにはならなかったのに…
そんなことを考えながらベッドに飛び込む。
…何しよう。
宿題、社会だけでも終わらせるか…
そう思い机にノートを広げて問題を解き始めた。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
社会が終わり、国語を少しだけ始めた時。
なんとなくお腹が空いてきたので一階に降り、夜ご飯を食べる。
「お母さん、今何時?」
「今9時よ。流愛は明日友達と遊びに行くからってすぐ寝たわ」
「へー」
流愛、寝るの早すぎじゃんと思いながら食べる。
友達、かぁ。
木村さんかな。
木村さん…木村 凛子さんは私が小学校の時からずっといる、クラスの中心的存在だ。
みんなに好かれている。
ちなみに、雪ちゃんのことが嫌いで、ついでに私のことも嫌いなんだと思う。
先生のご機嫌取りみたいな感じだ。
私は木村さんのことは苦手だ、流愛よりはマシだけど…。
…友達か、流愛にはいっぱいいるよね…
ちょこっとだけ羨ましかった。
まあ私には雪ちゃんがいるけどね!
…でも今はいつもより会いたくない気持ちの方が少し強い。
夜ご飯を食べ終わり部屋に戻る。
10時か…
お風呂入ってこよう。
そう思い洗面所に行った。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
お風呂からあがると、流愛がいた。
「え、流愛なんでここにいるの」
「お姉ちゃんがうるさいから起きちゃったんだー。お父さんとの約束守れなかったあ。」
お父さんとの約束と言うのは、夜は必ず子供は8時間、大人は6時間は寝るというものだ。
流愛がこの約束を守るのは納得がいく。
私はお父さんのことはあまり好きではなかったけど、私たちの健康を守ってくれていると思うと嬉しくて守っていた。小さい頃までは。
最近は面倒くさくなって守っていない。大体7時間くらいしか寝ていない。
「起きてからどのくらい経ってるの?」
「10分」
「そのくらいなら10分多く寝ればいいだけの話でしょ!?」
「はあ?お姉ちゃんお父さんの話全く聞いてないね!つ・づ・け・て!8時間寝るの!お姉ちゃん最っ低だね!」
続けての部分を強調される。
少し苛つく。
そんなこと言ってたっけ?
私は少し昔のことを思い出す。
「流愛、流華。君たちのためにお父さんは考えた」
冷たい口調だった。
「それは、続けて8時間寝ること。」
「え、お父さんとお母さんには決まりないの?」
流愛が不思議そうに言う。
「ある。続けて6時間は寝ること。」
「6時間…?少ない…」
私は声を発する。
「大人は家事をしたり仕事に行ったりしないといけないから少ないんだ。これも君たちのため」
そうか…
確かにお父さんは続けてと言っていた。
流愛に言い返せない。
すると私に謎の恐怖が襲いかかってきた。
咄嗟にダッシュで洗面所を去り、自分の部屋に駆け込んでいた。
「…え?」
自分が信じられなくなり、思わず声を出す。
…私、流愛に言い返せなくなって逃げたわけでは…ない。
それは確実だった。
いつもの私ならきっと、謝ってじゃあこうしたら、と提案したはずだ。
…きっと言い返されるだろうけど。
逃げることなんてする訳がない。
色々と考えていると、ガタッと音がする。
なんとなく恐怖を感じ振り向くと……そこには一通の手紙が置いてあった。
不思議に思いながらも手紙に目を通す。
『橘 流華さまへ
この手紙は、ユリカント・セカイの招待状です。』
そこまで読んで顔を上げる。
ユリカント・セカイって何?
そしてなんで私の名前を知っているの?
…もしかしたらその答えが書いてあるかもしれない。
そう思いもう一度手紙を見る。
『ユリカント・セカイとは、自分の名前が嫌いな人が毎年7/31 11:59〜8/1 3:00までペンネームで過ごせる異世界です。
全国から1000人程度の人が集まります。
また、全員中学一年生以上です。
ユリカント・セカイは異世界です。ですから、普通の人は知りません。普通の人…つまり、ユリカント・セカイについて知らない人にユリカント・セカイのことについて話した場合、この世界からはもともといなかったものとされます。
ただし、その後ある試験に合格したらこの世界に戻ることができます。その場合、行方不明だったけど見つかったシチュエーションかそれまでもずっといつも通り暮らしていたシチュエーションかどちらかを選ぶことができます。また、条件も設定することができます。
ユリカント・セカイに行きたい方は以上を必ず頭に入れ、下の欄にペンネームを考えてお書きください。下の名前だけでOKです。
質問等はユリカント・セカイに行った後受け付けます。ユリカント・セカイに一回行っても7/31 11:59までは戻ることができますのでご安心ください。
行きたくない場合はこの手紙を閉じ、7/31 11:59までどこかにそっと置いておいてください。自動的に消えます。
間違えて手紙を閉じてしまっても一度開けてペンネームを書いておけば消えることはないのでご安心ください。
それでは、異世界へ行ってらっしゃい。
7/31 案内部長 黒川 フェアリーナ』
私は信じられず、息がピタッと止まる。
意味が分からなかった。
とりあえず状況を整理する。
私はユリカント・セカイという自分の名前が嫌いな人が集まる異世界に招待された。
ユリカント・セカイのことについて知らない人に教えてはならない。
教えたら、この世界にいなかったことにされる。
試験に合格すれば戻ることができ、シチュエーションを選べる。
行くにはペンネームを書けば良い。
質問はあとでできる。
…これは行くしかない。
なぜか私の中で確信があった。
よく分からなかったけど。
私は枠にペンネームを書こうとする。
うーんと…
…流々にしよう。
少し考えた後思う。
とにかく“華”だけは入れたくない。そう心の中で叫ぶ自分がいるから…。
あと、私の好きな人…小鳥遊くんとも関係がある。
今は小鳥遊くんに会いたくないのも事実だけれど。
小鳥遊くんの名前の留姫亜の“留”も“る”と読むから、私の“流”と留姫亜くんの“留”を踏まえて“流々”だ。
よし、これで完璧だと思い枠にペンネームを書く。
………ユリカント・セカイに、小鳥遊くん、いるかな?
留姫亜って珍しい名前だし、あり得る…かも。
それに期待もしているし、恐怖も感じている自分がいた。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
暇だなぁと思って軽く目を瞑ってベッドに横になっていると急に体が軽くなった。
「…え?」
思わず目を開けて体を起こすと……そこは見たこともない、紛れもない…異世界だった。
「ようこそ、おいでくださいました───。」
「だっ…誰?」
そこには、妖精がいた。
そういえば招待状の最後に黒川フェアリーナって書いてあったから、その人だろうか。
というか、人じゃない…。
「私は伊織 シャウナです、案内副部長です。フェアリーナ部長はあちらにいらっしゃいますから、そちらへどうぞ。」
フェアリーナさんじゃないのね、シャウナさんか…。
みんな名前が特徴的すぎ…。
というか、ここがユリカント・セカイか……
戸惑っていると、シャウナさんが教えてくれた。
「あちらですよ、あの水色の髪の毛の青緑色のワンピースを着た人がフェアリーナ部長です」
その人…じゃなかった、その妖精は片手に簡単に乗りそうなシャウナさんより大きく、両手でやっと乗るか乗らないかくらいの大きさだ。
小さいのには変わりないが。
「…、あ、の……」
「あら、流々さん、こんばんは。質問はあちらで。」
「…………!?」
やっと現状が理解でき、周りを見回すと……。
何もかも信じられなかった。
これは異世界。
それだけはわかった。
でも、私が想像していた異世界は真っ白で色が少し失われたような感じだったけど、ここは違う。
いや、そこも含めて異世界なのかもしれない。
なんて考えているといつの間にか質問をするところ?に着いていた。
「なにか質問はありますか?」
「あ、えっと………試験の合格率ってどのくらい、なんですか?」
「そうですね、大体40%くらいです。」
「は、はあ……。」
理解が追いつかない。
「他にありますか?」
「え、えっと……」
「無いならあちらに行かれてください。」
「……………小鳥遊 留姫亜くんって…いますか?」
ああ、聞いてしまった。
私は彼のことが気になって仕方がない。
私は…彼のことが好き。
振られてもその気持ちは抑えられなかった。
「ええ、いますよ。留異というペンネームです。」
……嘘。
聞かなければよかった。
居るんだ…。
「えっと…じゃあ行きます」
この場を離れたい。
そう思った。
私がそこに行くと………見覚えのある人が居た。
木村さんだ。
「あ、流華。あんた流華でしょ」
「は、はい……」
やっぱり木村さんだ。
「私、凛子よ。早く行くわよ」
……え?
木村さん、名前嫌いなの?どこが?
……そういえば、五年の時、名前の由来を発表する時に…みんなに『地味』って言われてた。それかな?
「木村さん…」
「やだ、感じ悪い。私のペンネームは凛愛。凛愛って呼びなさい」
「は、はい、凛愛さん…」
「ところであんたのペンネームはなんなのよ」
「えっと、流々…です」
「やっぱりね。華は入れないと思ってた。さっすが私の名推理!」
「……」
私にはそれが名推理に見えなかったのは内緒。
言ったら恐ろしい未来が待っている、絶対。
「流々、ぼーっとしてんじゃないわよ!」
「は、はい…」
私は凛愛さんを恐れている。
それは確かだった。
凛愛さんはどんどん薄暗い道を進んで行く。
「凛愛さん…何回もここ来たことあるんですか?」
「あのねえ、あんた。招待状ちゃんと読んだわけ?中1からしか招待されないって書いてあったでしょうが」
「ご、ごめんなさい…」
凛愛さん、恐ろしい…。
「こんにちは、凛愛さん、流々さん。ユリカント・セカイに進みますか?」
また妖精に聞かれる。
「ええ、もちろん」
凛愛さんは即答だったけれど私は少し戸惑う。
小鳥遊くんもいるし………。
そう考えていると圧を感じるから凛愛さんの方を向く。
すると『絶対に行きなさい。行かないと殺すわよ』と言っているかのような顔が私に向けられる。
「えっと…………はい」
軽く頷く凛愛さんを見て少しホッとする。
はあ、よかった。
殺されるかと思った……。
「では了解です、ありがとうございます。こちらからご入場ください」
促されるままに入場するとそこはさっきとは違う……真っ白な世界だった。
これが、異世界か…
そう考えていると、フェアリーナさんが入ってきてステージのようなところに立つ
「みなさん、お集まりいただき誠にありがとうございます。案内部長の黒川 フェアリーナです。今夜は思う存分楽しんでいただけると嬉しいです。それでは、ユリカント・セカイ開始です!」
「わー」「なにこれ」「よーし、××ちゃんここ行こー」「すげー!」「ここが異世界、か…」「わ、すごい…」「うーん、どうしよ?」
フェアリーナさんが開始と言った瞬間ザワザワと騒がしくなる。
そんな時だった。
「美空異、だ…」
………あの人の声だった。
そう………小鳥遊くんだ。
とても騒がしい中、それだけははっきりと聞こえた。
「あ、留姫亜くん。」
声がするからそこを向くと……そこにはすごく可愛い子が立っていた。
「美空異…ペンネームってなにに…した?」
「私は絵美にした。留姫亜くんは?」
「ぼ、僕は、留異にした」
「えーなんで異、入れたの?私の名前の一番嫌いな文字なんだけど笑」
「うっそ…、笑」
美空異と呼ばれた人と小鳥遊くんはどんどん話を進めていく。
そんな中私は胸がちくりと痛む。
私、やっぱりまだ小鳥遊くんが好きなんだなあ…。
だってこれは、絶対に嫉妬なのだから…。
「あの人…カッコいい」
小鳥遊くんを呆然と見つめていると隣にいた凛愛さんが小鳥遊くんを見ながら言う。
「え…」
「好きなのかも、なあ。恋愛ってこーゆーのなんだ。」
「……ッ!」
私は居ても立ってもいられなくなりその場にしゃがみ込む。
「ん、流々?あんたもあの人好きなわけ?」
凛愛さんが私の異変を察したのか聞く。
私はガクガク震えながら頷く。
「ふーん、じゃあ」
「な、なんですか…?」
「あの人の名前と好きな人聞いてきなさい」
「…え?」
「んだーかーら!あの人の名前と好きな人聞いてきなさいって!あんた本当に耳おかしいわよ!」
聞き間違えかと思ったけれど違うっぽい。
「わ、分かりました…」
「じゃあ私はここで待ってるから」
ああ、頷いてしまった。
いくら凛愛さんだとはいえ、小鳥遊くんとこれ以上話したくないのが本心だ。
頷いてしまった自分が恥ずかしくてしょうがなかった。
「ぁ………ぁあの、すす、好きな、人、って、誰で、すか…………?」
私は恐る恐る小鳥遊くんに声をかける。
「美空異。ユリカント・セカイでは絵美」
やっぱり小鳥遊くんは私のことを私って分かっているのだろう。
名前は聞かなくていいか…。知ってるし。
美空異ちゃん、か…。
あの、可愛い子なあ…
どことなく羨ましかった。
すると小鳥遊くんはどこかへと消えてしまった。
まるで、『用は済んだのか?それなら先に言え』と言われているような気がして、胸が締め付けられる気がした。
「り、凛愛、さん…。き、聞いてきました」
凛愛さんに小鳥遊くんの名前と好きな人を伝える。
「分かったわ、じゃあ次は美空異ってやつの好きな人とついでに苗字も聞いてきなさい」
「…ええ……」
正直、抵抗があった。
小鳥遊くんとは知り合いだったからどうにか聞けたけど、美空異さんは赤の他人だ。流石に私でも無理だ。
「嫌なら好きな人だけでもいいから!」
「……」
私は黙り込む。
「はあ?もういいわ私が聞いてくる。美空異がいる場所を突き止めなさい」
こういう時に私の記憶力は役立つ……あんまり使わないけど。
美空異さんはさっき小鳥遊くんと喋っていた子で間違いない。
「えっと…あの子です」
私は美空異さんを指差す。
「分かったわ、じゃああんたはここにいなさい」
凛愛さんは美空異さんのところに躊躇もなく行く。
すると美空異さんと話し出す。
10秒ほど話して、帰ってくる。
どんだけ早いんだ、恐ろしい…。
「いないらしいわよ、ちなみに苗字は有栖川」
流石、凛愛さん。早すぎる…。
「さ、私は留姫亜くんの目を引くように頑張るからあんたとは離れるわね」
そう言って去っていく。
すると急に不安が襲ってくる。
その時に、凛愛さんの力強さを初めて感じた。
流愛の気持ちも分かるような気がした。
……ダメダメ、凛愛さんはライバルなんだから………。
でも不安はいつまで経っても消えなかった。
- Re: ユリカント・セカイ ( No.8 )
- 日時: 2024/03/29 11:54
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
- 第八話 散ってゆく -
見慣れない異世界の中、私は一人ぼんやりとその風景を見つめていた。
この『ユリカント・セカイ』という場所は一体何なのだろう。思っていたよりも人は多く、まるで何かのパーティーに来たみたいだ。
そんな人混みの向こうにふと目をやった瞬間、私の心の中は黒くてもやもやした何かに支配された。
少し離れた所で木村さん……凛愛さんが顔を赤くしながら、小鳥遊くんと話している姿があったのだ。
そんなところを見て、私の視線は嫌でもその二人に釘付けになってしまう。
心臓が嫌なくらいドクドクと音を立てて脈を打つのがすぐに分かった。
あぁ、まただ。彼は恋人でも何でもないのに、こんなにも嫉妬してしまう自分が心底嫌だ。
これ以上自分が嫌いになってしまわないように、私は自分の体の中に溢れ出す黒くて醜い感情に見て見ぬふりをしながら、私はもう一度片想いをしている彼のことを見つめた。
人混みの中でも構わずに相変わらず輝いている彼の姿を見て、私はふと疑問を感じた。
彼はなぜここにいるんだろう。
この世界には自分の名前が嫌いな人しか招待されないはずだ。つまり彼は自分の名前が嫌い…?
確かに”留姫亜”という名前は珍しいし、この世界に招待されてもおかしくないとはさっきも思ったが、やはりこんなに全てが完璧な彼が自分の名前を嫌うはずがない。
とすると……あれは本当に彼なのだろうか。
表情にあまり変化がなく、落ち着いていて凛としたいつも通りの彼の瞳。
さすがに人違いなわけないか。そもそもずっと見てきた好きな人を見間違えるはずがない。
そうやってただ一人くだらないことを考えていると、さっきまで彼と話していた凛愛さんがこちらの方へ駆け寄ってきた。
その表情はまるで、欲しかったおもちゃを買ってもらって意気揚々としている子供のようだった。私は嫌な予感がしてまたチクリ、と胸が痛むのを感じた。
「ちょっと聞きなさい!あの留異と話せたわよ…!!!」
嬉しそうにそう話す凛愛から、私は思わず目を逸らしてしまった。
見たくなかった。彼女が、好きな人と仲良くなっていくところを。
彼には好きな人がいる。そう分かっていてもこんなに嫉妬してしまう私はいけないんだろうか。
それと同時に、私は未だに彼と話す勇気を出せない自分に腹が立っていた。
「そ、そうなんだ。よかったね」
「緊張したけど……やっぱりあの人かっこいいわぁ…」
未だ余韻に浸っているのか、凛愛さんは頬を両手で覆いながら顔を赤らめた。その表情はどこから見ても恋をしている女の子だ。
私にはなぜか、そんな凛愛さんがとても可愛らしく見えた。
────私も、変わらなきゃ。
彼を好きな気持ちは、私も負けていない。そう信じて、私も彼と話すことを心に決めた。
「………わ、私もっ、行ってくる…!」
そう言って私は人混みの中に飛び込んだ。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「い、いない……」
私は一人静かに肩を落とす。
さきほどまで二人が話していた場所へ来てみても、当の彼がいないのだ。
辺りを見回してみても彼の姿はなく、私はしばらくの間彼を探し続けた。しかし、いくら探しても彼が見つかることはなかった。
大体あんなにも目立つような容姿をしているあの人のことなのだから、いたらすぐにでも分かるはずだ。
しかもこの人混みの中。仮に見つかったとしてもこんな場所じゃ話しかける余地もないだろう。
「はぁ……」
私は思わずため息を吐く。せっかく好きな人がいて運もよかったのに、その好機を自分から見失うなんて。
そうやって一人落ち込む私を置いて行くかのように、目の前で行き交う人達はお互い楽しそうに話している。
ここにいる人達はみんな、自分の名前が嫌いなはずなのに。そんなことは忘れているのか、この人達は私とは違って笑顔だ。
そっか、私は。
この世界にいても変わることはできないんだ。
臆病で。嫉妬ばかりして。それなのに自分では勇気を出すこともできずに、勝手に自分を嫌いになって。
名前が変わったとしても、自分自身は変われないのだ。自分から変わらないと、そう思っていても結局何もできないのだから。
「八月一日の午前三時になりました。これにてこの『ユリカント・セカイ』を終了したいと思います」
しばらくすると、辺りにフェアリーナ部長の声が響いた。声に反応して、その場にいた全員がざわめいた瞬間。
「………あれ、なんか眠く…なって………」
私は気を失って、その場に倒れ込んだ。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「あれ、ここは……」
目を覚ました私は、目を擦ってその場から起き上がった。
「た、小鳥遊くん……」
あれ…?この声は……木村さん?
「小鳥遊くん、じゃなくて”留姫亜”って呼んでほしい」
「う、うん」
声がすると思って後ろを振り向くと………そこには木村さんと私の好きな彼がいた。
二人は顔を赤くしてお互いの目を見つめ合いながら、照れくさそうに微笑んでいる。
「………俺さ、自分の名前嫌いなんだよね。でも、凛子に呼ばれるなら好きになれるかも」
そう言って二人が手を繋いでいるところを、私はただただ立って見つめることしかできない。
これ以上二人が仲良くなっていくところを見ていたくないのに、私の視線は嫌という程その二人から離れてくれない。
「私もね、凛子って名前嫌いなんだ。だけど……留姫亜くんに呼ばれるなら私も嬉しいよ」
私と話す時の尖った口調からは想像もできないくらいの高くて優しい声で、木村さんは言った。
そして彼女は突然表情を変え、意を決したように真剣な眼差しで彼を再び見つめた。
-ドクドクッ。
心臓がこれでもかと言うほど激しく波打つ。彼女がこれから言おうとしていることが、容易に想像できたからだ。
「私ね、留姫亜くんのことが………」
「………嫌だ、それ以上は…!」
『言わないで』
そう言おうとした瞬間、目の前にいた二人は消え、私の意識は途切れた。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「………か、流華」
「…………お母、さん…?」
目が覚めると、そこには心配そうな表情をしているお母さんがいた。
「あれ……私、なんで…」
ゆっくりと起こした体は、なぜかパジャマを纏っていて、辺りを見渡せば見慣れた私の部屋があった。
確か昨日は、あの『ユリカント・セカイ』ってところに招待されて………それで、どうしたんだっけ?
「……流華…?あなた寝過ぎよ、大丈夫?」
寝過ぎ…?私はそんなに寝ていたのだろうか。
そう思いながら恐る恐るスマホで時間を確認してみると、時刻は正午を過ぎようとしていた。
「えっ、嘘…!」
「とりあえずお昼ご飯はもうできてるから、着替えたら降りてきてね」
そう言ってお母さんは、静かに私の部屋から去って行った。
「……」
びっくりした。さっきのは夢だったのか。
現実だったら…と思うと、私は今にも壊れてしまいそうだった。それくらい、二人がお互いの名前を呼び合うところすら見るのが嫌だったのだ。
それから─────あの『ユリカント・セカイ』。あれももしかしたら夢だったのだろうか。
ふとそんな考えが頭をよぎったが、私はそんな思いを振り払うようにして頭を横に振った。
きっとあれは夢じゃない。
確かに私は昨日、あの『ユリカント・セカイ』に行った。ちゃんと昨夜にこの目で見たことを覚えている。
異世界の空間。人混み。名前は変わっていたけれど、木村さんと小鳥遊くんに会ったこともはっきりと覚えている。
そして………彼が好きな”美空異”さんという人も。
美空異さん……顔もすごく綺麗で可愛らしかったし、雰囲気も明るかった。異性が苦手なあの小鳥遊くんだって、彼女を好きになるのも納得がいく。
でも、彼女には好きな人がいない。つまり二人はまだ両想いなわけではないのだ。
ということは……小鳥遊くんが心変わりするかもしれない、と考えることができる。
私は一瞬喜んだが、そんな感情もすぐに砕けていった。
なぜなら……木村さんがいるからだ。
さっき見た夢が全部現実になってしまったら?本当は隠れて、美空異さんと小鳥遊くんが付き合っていたりしたら?
そんな想像したくもないことを考えてしまい、私は首を横に振った。
これ以上余計なことを考えてしまわないように、私は急いで着替え、ご飯を食べに階段を降りた。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
ご飯を食べている間も、気を紛らわそうと他のことをしている間も、頭の中は彼のことでいっぱいで。その度に昨日会った木村さんや美空異さんのことを思い出してしまう。
そうしてお手洗いを済ませ、洗面所を通り過ぎようとした時、私は見てしまった。
鏡に映った、自分の情けない姿を。
無造作にまとめられた髪に、大して可愛くもない顔。試しに鏡の前で作った笑顔でさえぎこちない。
女の子には笑顔が一番のメイクだとか言うけれど、当の私は笑った顔ですら不格好で気持ち悪く見えてしまう。
美空異さんの綺麗な容姿。木村さんの恋をしている可愛らしい姿。
そんな自分とは反対な、魅力的な彼女たちの顔は本当に可愛かった。
あの人たちに比べたら私なんて小鳥遊くんを好きになる資格さえない、そう思ってしまう。
それに……よく考えたら雪ちゃんもいるではないか。
雪ちゃんも合宿の時、彼と楽しそうに話していた。雪ちゃんは否定していたけれど、彼女も小鳥遊くんのことが好きだと考えてもおかしくはない。
私は………なんて人を好きになってしまったのだろう。
その後も頭の中は彼のことでいっぱいで、私は一日中頭を抱えていた。