ダーク・ファンタジー小説
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入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 短な恐怖
- 日時: 2024/09/15 18:36
- 名前: J・タナトス (ID: 5kDSbOyc)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13998
ゾクッとする話しから、ちょっぴり切な怖い話しまで。
色々な怖い話のオムニバス。
怪談・幽霊・ヒトコワ・都市伝説など様々なジャンルのホラーをまとめました。
ラブコメは【ねこ助】名義で投稿しているので
よければそちらも読んでみてくださいね(˙꒳˙ก̀)
◆目次◆
1)真夜中の訪問者>>01
2)黄泉之駅>>02
3)生贄団地>>03
4)紫苑の花>>04
5)野辺送り>>05
6)ミテハイケナイ>>06
7)不死の花>>07
8)山姥>>08
9)菩薩妻>>09
10)リフレイン>>10
11)僕のミア>>11
12)お御影様①>>12
13)お御影様②>>13
- 真夜中の訪問者 ( No.1 )
- 日時: 2024/08/05 00:59
- 名前: J・タナトス (ID: KuHgV/y.)
それはある日、突然のことだった。
———ドンドンドンドンドン!!
草木も眠る真夜中。
私はその突然の轟音によって眠りから叩き起こされた。
枕元に置いてあった携帯を掴んで画面を開くと、そこには02時23分と表示されている。一体、こんな真夜中になんだというのか。
どうやら、隣に煩い住人でも越してきたようだ。いくらマンションとはいえ、築30年にもなるこの物件は壁も薄く、防音に関してはお世辞にも整っているとは言えなかった。
仕事で不在の日中や夕方ならともかく、こんな時間帯に毎日のように煩くされたんじゃ堪ったもんじゃない。明日以降も続くようならクレームでもいれようと、眠い瞼を擦りながら大きく欠伸をする。
それにしても、さっきのアレは一体何だったのだろうか……。静まり返った暗闇の中でボンヤリと壁を見つめながら、先程聞いた音のことを思い返す。
激しく壁を叩いていたように聞こえたが、なにせ直前まで寝ていたのだからよくわからない。とにかく、凄まじい音だったことだけは確かだ。
連日の残業と寝不足でクタクタだった私が、その音で飛び起きたくらいなのだから。
(頼むから、もう音は立てないでよね……)
疲れの取れきれていない身体をもう一度ベッドへと沈めると、私はそのまま深く考えることもなく眠りについた。
——その翌日。
残業を終えて深夜に帰宅した私がやっと眠りについた頃、再びあの轟音によって叩き起こされた。
携帯で時刻を確認してみると、昨日と全く同じ02時23分を表示している。ただ一つ昨日と違ったことは、その音が再び私の部屋で鳴り響いたことだ。
———ドンドンドンドンドン!!
———!!
あまりの音量にビクリと身体を跳ねさせた私は、手元の携帯をギュッと握りしめた。
先程までと違って起きている時に鳴り響いたことで、確かな所在を突き止めることができた。けれど、その事実が私を震えさせた。
「壁じゃ、ない……」
間違いなく、その音は玄関の方から聞こえたのだ。
これが日中の話しなら、煩い音に顔をしかめるだけで済んだのかもしれない。けれど、今の時刻は真夜中の2時過ぎなのだ。
私には、こんな時間に訪ねてくるような知人に心当たりはない。とすれば、まず真っ先に浮かんだのは強盗だった。
けれど、よくよく考えてみれば、強盗がわざわざ音を出してそこにいる住人を叩き起こすわけがない。
(もしかして……、隣の人?)
そう考えてみても、面識のない人が夜中に急に訪ねてくるなんてことは非常識すぎる。百歩譲って、チャイムを鳴らすでもなく騒音を立てたことを許したとしても、やはり恐怖の対象であることには変わりない。
意を決して立ち上がった私は、静まり返った玄関へとゆっくりと歩み寄った。
モニターでも付いていれば良かったのだが、古すぎる物件には生憎とそんなハイテク技術は備わっていない。
私はそっと玄関扉に手を着くと、覗き穴から外の様子を伺った。
「……誰もいない」
小さくポツリと呟いた——その時。
———ドンドンドンドンドン!!
「ヒ……ッ!!」
再び大きく鳴り響いたその音に驚き、私はドスリとその場に尻もちをついた。
確かに誰も居ないと確認したばかりだというのに、覗いていた扉が激しく叩かれたのだ。
私はガクガクと震える身体で懸命に室内を這いずると、まだ微かな温もりの残っているベッドへと戻ると頭から布団を被った。
震える身体で携帯を開くと、助けを求めようと通話ボタンを開く。けれど、一体どこへ掛ければいいのだろうか……?
警察に掛けたとして、一体何て説明をすればいいのかわからなかった。
はたして、幽霊がいるので助けてくれと言って、それで来てくれるのだろうか?
かと言って、こんな時間に同僚や友達に電話をかけるなんて非常識すぎる。ましてや、幽霊がいるから助けてくれだなんて……そんな、にわかには信じがたい理由で。
こんな時でさえ妙に冷静な考えが頭を過ぎった私は、通話ボタンを閉じると携帯を握りしめた。
(お願い……っ。悪い夢なら、早く覚めて……)
一人でこの状況に耐えるという選択をした私は、ベッドの中でカタカタと震えながらひたすらに祈った。
その後、あの騒音が再び鳴り響くことはなかったが、その日は一睡もできずに夜を明かしたのだった。
◆◆◆
「本当にありがとう、里美」
「気にしなくて大丈夫だって。澪の家からの方が通勤も楽だし。むしろ、助かっちゃうくらいだから。……それより、ちゃんと寝た方がいいよ?」
「うん……」
あれから一週間。
毎日決まって2時23分に鳴り響く音に悩まされ続け、夜も眠れぬ日々を過ごしていた私。
そんな状況を見かねた同期の里美は、幽霊がいるだなんて戯言を信じてくれたばかりか、こうして心配して泊まりに来てくれたのだ。
勿論、引っ越すことも考えてはいるが、今すぐにどうこうできる状況でもなかった。なにせ、連日の残業やら休日出勤やらで、物件を見に行く暇さえないのだ。
実家に身を寄せることも考えたが、勤務先まで片道三時間もかかってしまうことを考えると、どうしてもその決断はできなかった。
「じゃあ……明日も早いし、もう寝よっか。……おやすみ」
「うん。……本当にありがとう。おやすみ」
今一度お礼を告げると、里美はクスリと笑って瞼を閉じた。
──────
────
———ドンドンドンドンドン!!
その日もやはり、真夜中に突然鳴り響いた轟音によって叩き起こされた。
驚きに瞳を大きく見開いた里美は、私の顔を見ると口を開いた。
「これが……例の、あの音?」
「っ、うん……」
カタカタと震えながらもそう答えれば、唇を小さく震わせた里美が再び口を開いた。
「本当に……誰も……、いないの?」
誰かが叩いているとしか思えないその音に、里美は私の顔を見つめると小さく瞳を揺らした。
「うん……っ、いない……」
そう口にしてみると、改めて”幽霊”というものの存在に恐怖が増してくる。
「でも……もしかしたら、下に屈んでるとか……。見えないようにし——」
———ドンドンドンドンドン!!
———!!!
里美が言い終わる前に、再び鳴り響いた轟音。
その音に驚いた私は、思わず隣にいる里美の手を握った。その手からは明らかに自分のものとは異なる震えが伝わり、里美の恐怖まで私の中に伝染する。
「……っ、ねぇ……澪。確認してみよう……?」
やはりその目で確認しないことには納得ができないのか、里美はそう告げると私の手を引いて玄関へと向かった。
そっと玄関扉に手を触れると、ゆっくりと覗き穴に近付いた里美。
「っ……誰も……、いない……」
そう里美が呟いた——次の瞬間。再び目の前の扉は轟音を上げた。
———ドンドンドンドンドン!!
『……こ……ろ、……す』
「「ヒ……ッ!」」
小さく悲鳴を上げると、絡れるようにして床へとへたり込んだ私達。
轟音と共に、微かに聞こえてきた呻き声のようなもの。その声が、更に私達に強い恐怖を与えた。
その耐え難い恐怖に涙を流すことしかできなかった私達は、震える身体で互いを抱きしめ合うと、一睡もせずに朝を迎えたのだった。
◆◆◆
「よく眠れた?」
「うん。……ありがとう、お母さん」
私の目の前にお茶の注がれたグラスを置いた母は、「そう、なら良かった」と言ってニッコリと微笑んだ。
あの日、始発が始まる時間帯を見計らって自宅を飛び出した私は、たいした荷物も持たずに実家へと帰ってきた。
会社にいる同僚達には申し訳ないが、とてもじゃないが出勤する気力も体力もなく、消化していなかった有給を使わせてもらうことにした。
それは里美も同じだったようで、昨日は一日有給を使ったらしい。
私に付き合ったせいであんなに怖い思いをさせてしまったと思うと、里美には謝っても謝りきれない。
「せっかく帰ってきたんだし、久しぶりに一緒にお父さん見ようか」
ふわりと優しく微笑んだ母は、そう告げると一枚のディスクを取り出した。
私の父は、まだ私が幼かった頃に他界している。あまりに幼かったせいか……正直、父の記憶はあまりない。
けれど、私が落ち込んだり何かに挫けそうになると、こうして母は「一緒に見よう」と誘ってくるのだ。
そんな母が未だに父に囚われているようで嫌だった私は、今まで一度も一緒に見ることはなかった。
なにより、自分の記憶にないモノを見せられることで、私の中に父はいないのだという現実を突き付けられる気がして嫌だったのだ。
「……うん」
私の口から出たその返事に、母はとても嬉しそうな笑顔を見せた。
自分でも、何故そんな返事を返したのかはよくわからない。けれど、なぜか無性に父に会いたくなったのだ。
流れ始めた映像を見ていると、里美からの着信に気が付き、通話ボタンを押すと携帯を耳に当てる。
「はい」
『澪……っ! ニュース見た!?』
焦ったような里美の声音に、何事かと驚きながらも口を開く。
「見てないけど……。何かあったの?」
『澪の住んでるマンションで火災だって! 昨日……いや、今朝? とにかく、沢山の人が亡くなったみたい! 澪の住んでる3階は特に被害が酷いって!』
「……えっ?」
『老朽化による漏電が原因じゃないか、ってニュースで言ってる! それより時間! ……あの時間なんだよっ! 火災があったのって、夜中の2時23分頃だって言ってるの……っ!』
「……っ……」
携帯を握りしめた手をゆっくりと下ろすと、目の前の映像を見つめる私は涙を流した。
『……澪!? ねぇ、聞いてる?』
握りしめた携帯からそんな里美の声が漏れ聞こえるが、私は流れる映像から視線を逸らす事ができなかった。
「っ……、ありがとう……お父さん」
テレビ画面に映し出されている父に向けて、私は小さな声を溢しながら号泣した。
あまりの恐怖から、『殺す』と聞きとってしまったあの声。
テレビ画面から聞こえてくるその声に、私はあの時の言葉をよくよく思い返してみた。
あれは——決して、『殺す』なんて言ってはいなかったのだ。
『ここから逃げろ、いますぐ』
あの時聞いた声は、確かに父の声だった。
—完—
- 黄泉之駅 ( No.2 )
- 日時: 2024/08/05 01:01
- 名前: J・タナトス (ID: KuHgV/y.)
「ま~た、おばちゃんと喧嘩したんか?」
「うん……。だって、全然私の言い分聞いてくれんけん」
どこまでも続くのどかな田んぼ道を歩きながら、私は隣にいる幼馴染の隆史に向けて愚痴を溢した。
のどかと言えば聞こえはいいが、実際にはいつ廃村してもおかしくはない程のド田舎だ。
村の人口はたったの100人程で、その内に10代の子供といえば私を含めても14人しかいない。それでも、私は生まれ育ったこの村が好きだった。
小さな頃からお婆ちゃん子だった私は、山菜や薬草などといったものから野に咲く様々な花まで、よく祖母に連れられて色んな場所へ行っては、その経験豊富な知識に随喜していた。そんな想い出が沢山詰まった、大好きな村なのだ。
けれど、進路となると話はまた別で、来年の春にはこの村を出て都会の大学へ進学するつもりでいた。ところが、私の母はそれを反対したのだ。
「俺は、親父の跡継ぐから進学はせんけどな」
「私はそんなん嫌やけん……」
「なら、またちゃんとおばちゃんに話してみ」
「……うん」
「なら、また明日な」
「うん、また明日」
気持ちの晴れぬまま隆史と別れると、トボトボと一人畦道を歩いてゆく。
(こんな時、お婆ちゃんだったら……)
昨年亡くなった祖母の事を思い出しながら、溢れてきた涙を拭うとキュッと口元を引き締める。
(馬鹿らしいかもしれんけど……やっぱり試してみよう)
予め用意してきたハガキを鞄から出すと、私はそれを持ったまま駅へと向かった。
この村に唯一ある無人の駅は、朝と夕の日に2本しか電車が通らないほど寂れた駅なのだが、その駅には昔からちょっとしたある噂があった。その駅にあるポストへ死者宛のハガキを出すと、一度だけ会うことができるというのだ。
そんなにわかには信じられないような話しでも、今の私は縋り付きたい思いだった。それ程に、祖母のことが恋しかったのだ。
「本当に会えるんかな……」
『黄泉之駅』と書かれた看板を見上げると、その傍にあるポストへと視線を落とす。
死者と会えるという噂からか、はたまた駅の名前からそんな噂がたったのか……。それはわからないが、改めて考えてみると何とも不思議な名前だ。そんな事を思いながらも、私は持っていたハガキをポストへと投函した。
「……よし。あとは、夜中0時にここに来ればええんよね」
ポツリと一人呟くと、私は来た道を引き返して帰路へと着いたのだった。
──────
────
──その日の夜。0時5分前に『黄泉之駅』へとやって来た私は、ドキドキと期待に胸を高鳴らせた。
死者と会えるという噂を完全に信じているというわけではないが、嘘だという根拠もない。それなら、私はその可能性に賭けてみたかった。
0時になる瞬間を今か今かと待ち侘びる。
持っていた携帯の表示が0時丁度になった瞬間、それは音もなく私の目の前に現れた。
────!!
突然目の前に現れた電車に驚き、私はその場で固まると固唾を飲んだ。まるで夢でも見ているのかと疑うような光景に、ヒヤリとした汗が背中を伝う。音もなく開いた扉を見つめながら、私はゴクリと小さく喉を鳴らした。
「──みっちゃん」
「っ、……お婆ちゃん!」
目の前の扉から姿を現した祖母に駆け寄ると、その身体を抱きしめて涙を流す。そんな私を、優しく包み込んでくれる祖母の手。それはまるで生きているかのように温かく、これは間違いなく夢などではないのだと私に確信させた。
「会いたかった……っ、会いたかったよ!」
「まあまあ……。どうしたと、みっちゃん。ほれ、こっち来んね」
そう言って優しく促してくれる祖母に連れられて車内へと進むと、誰もいない座席へと静かに腰を下ろす。
沢山話したいことはあるはずなのに、止まらない涙で言葉が詰まって上手く出てこない。そんな私の背中を優しく撫でてくれる祖母は、ゆっくりとした口調で口を開いた。
「これからはずっと一緒やけん、みっちゃん』
「……え?」
聞き覚えのないその声にピクリと肩を揺らした私は、ゆっくりと顔を上げると祖母の方を見た。
『みっちゃん』
確かに見慣れた祖母の顔だというのに、その口から発せられる声は祖母のものとはまるで違う。
「あなた……、誰……っ?」
震える口元でそんな言葉を紡ぎながら、あの噂をよくよく思い返してカタカタと震え始めた私の身体。一度だけ死者に会えるというあの噂には、必ず守らなければならないと言われているものがあった。
それは、ハガキに死者の名前と自分の名前を書くときに、必ず表と裏に分けて書かなければならないということ。もし、同じ面に名前を書いてしまったら、そのまま黄泉の国へと連れ去られて二度と帰っては来られないと──。
そんな噂をまともに信じていなかった私は、たいして気にもすることもなく、ただ勿体ないからという理由で書き損じたハガキをそのままポストへと投函したのだ。
(私……っ、自分の名前……裏に書かんかった……)
そこまで思い返すと、顔を青ざめさせた私は窓の外を振り返った。暗がりの中でもハッキリとわかったのは、そこに見えるのが見慣れた村の風景などではないということ。
(ここ……、どこ……?)
嫌な汗がジワリと滲み出し、先程までは感じなかった冷気が車内ごと私の身体を包み込む。確かに祖母の姿をしている”ソレ”は、祖母とは似ても似つかない程の不気味な笑顔を見せると、私に向けておぞましいほどの悪声を発した。
《みっちゃん。……これからは、ずっと一緒やけん》
─完─
- 生贄団地 ( No.3 )
- 日時: 2024/08/05 01:04
- 名前: J・タナトス (ID: KuHgV/y.)
「想像してたよりボロいな……」
ポツリと小さく呟くと、目の前に建つ年季の入った団地を見上げる。
築21年だというその団地は、周りに建つ高層マンション群に囲まれ、日当たりが悪く陰湿な雰囲気を漂わせているせいもあってか、その年数以上に古めかしく感じた。
こうして改めて見てみると、真新しいマンションに囲まれて建つこの団地は、綺麗に整備された土地にそぐわなすぎて随分と異質なものに見える。
急遽、一年間の期限付きで出向を命じられた俺は、出向先であるこの土地での仮住まいをネットで探すことにした。
最近の賃貸契約とは随分と便利なものがあるようで、物件探しから手続きまで全てネット上で済ませられるものがあるらしい。そこで出会ったのが、この団地だった。
正直、一年間ということを考えると、通勤に不便でさえなければどこでも良かった。この土地に永住するわけでもなければ、住宅手当が出るほどの高待遇でもない。とすれば、やはりこの団地に決めた理由はその家賃の安さだった。
最寄駅からタクシーで移動する最中、目的地を告げると「あぁ……あの、”生贄団地”ね」と言った年配の運転手。その運転手によれば、その昔この土地では、長きに渡る日照りで作物が育たない時期が続くと、人身御供の生贄を捧げて雨乞いをする風習があったのだとか。
その名残りからか、かつて生贄の祭壇があったとされる土地に建てられた団地は、今では”生贄団地”というなんとも不名誉な名前で呼ばれているらしいのだ。
だが、目の前に建つ団地を見ると、そう呼ばれるのも妙に納得してしまう。
それほどに、暗く陰湿な雰囲気がこの団地から漂っているのだ。
「まぁ……一年だしな」
家賃の安さを思えば、”生贄団地”なんて人から呼ばれていようが特に気にはならなかった。
チラリと敷地内を見渡すと、一角にあるブランコで子供達が遊んでいる姿が目に入る。どうやら、全く人が住んでいないというわけではないらしい。
「後で、挨拶にでも行くか」
大した荷物も持たずにキャリーバッグ一つで越してきた俺は、階段で五階まで上がるとさっそく荷解きに取り掛かった。男の単身での引っ越しとは簡素なもので、荷解きを十分程で終わらせた俺は、その足で近くにある商業施設へと出向くと、布団やカーテンなどといった必要最低限の家具だけを購入した。
一通りの準備を済ますと、予め買っておいた菓子折りを持って四階へと降りる。
どうやら向かいの部屋は誰も入居していないようなので、下の階の住人にだけ挨拶をしておけば充分だろう。そう思いながら、俺は目の前のチャイムを押し鳴らした。
———ピンポーン
『——はい』
「あ。すみません、上の階に越してきた山下です。引っ越しのご挨拶に伺ったのですが……」
『…………』
「あの……?」
『……あ、はい。今出ます』
長い沈黙の後、目の前の扉から現れた主婦らしき四十代の女性。まるでいかがわしい者でも見るかのような態度に、俺は随分と不躾だと感じながらも笑顔を向けた。
「これ、つまらないものですが……。よろしくお願いします」
「……五階に?」
挨拶を返すでもなくそう言った女性は、菓子折りと俺の顔を交互に見ると訝しげな顔を見せる。
「あ、はい。山下です。……よろしくお願いします」
「…………わかりました、それじゃ」
撫然とした態度で奪うように菓子折りを受け取った女性は、それだけ告げると扉を閉めた。
「……っ!?」
そんな態度に呆気に取られながらも、気持ちを切り替えてその向かいのお宅のチャイムを押し鳴らす。
———ピンポーン
『——はい』
「……あ。上の階に越してきた、山下といいます。ご挨拶に菓子折りをお持ちしたんですけど……」
『…………。そこに置いておいて下さい』
それだけ告げると、プツリと途切れた音声。俺は言われた通りにノブに菓子折りを下げると、そのまま五階にある自宅へと戻った。
先程の女性といい、ここの住人は随分と不躾な人が多いようだ。まだ二人の住人としか挨拶を済ませていないとはいえ、そのあまりに失礼な態度を目の当たりにした俺にとって、この団地に暮らす住人は最悪だと印象付けるのには充分な出来事だった。
◆◆◆
ここへ越してきてから、早いもので二週間。
やはり最初に抱いた印象は間違いではなかったようで、この団地に暮らす住人は皆どこかよそよそしく、挨拶をしてもまともに返してくれる様子もなかった。
時折談笑している住人は見かけるものの、よそ者を嫌うきらいでもあるのか、俺に対しての視線はどこか訝しげなもので、それは大人達だけではなく子供達までもが皆一様にして同じだった。
(一体、俺が何をしたって言うんだよ……。感じの悪い人達だな)
内心ではそんな小さな愚痴を溢しながらも、すれ違う主婦達に「おはようございます」と笑顔で挨拶をすると、そんな俺を見てピタリと会話を止める主婦達。
相変わらずの態度にうんざりとしながらも、俺はゴミ出しを済ませるとそのまま歩き出す。
あと一年我慢すれば、この団地ともおさらばできるのだ。
そう思えば、この環境もなんとか耐えられるだろうと、俺は小さく溜め息を吐くと重い足取りで会社へと出向いたのだった。
◆◆◆
仕事が終わり団地へと帰ってくると、そこにはいつもと同じ風景が広がっていた。
敷地内の一角にある小さな公園で、楽しそうに遊んでいる子供達。単身で越してきた俺以外には、この団地で暮らす住人のほとんどが家族連れだった。
よくよく考えてみれば、よそ者の三十代の未婚男性が単身で越して来たのだから、子供を持つ親からすれば多少 嫌厭するのも無理もない話しなのかもしれない。
だからといって、挨拶をしてもまともに返さないばかりか、俺の姿を見るなり逃げるようにして走り去る子供達を見て、一体どんな教育をしているのだと文句の一つでも言いたくなる。
だが、今日はそんないつもの光景とは少し違った。俺の足元へと転がってきたボールを追いかけて、一人の少年がゆっくりと近づいて来たのだ。
「こんにちは」
「……こんにちは」
足元に転がるボールを拾って手渡せば、ぎこちないながらにも挨拶を返してくれる少年。
歳の頃は、小学校の高学年くらいだろうか。小麦色に焼けた肌がよく似合う、快活そうな印象の少年だった。
「ここに住んでる子だよね?」
「うん。B棟の303に住んでるよ」
ここに越して来て初めてまともに会話してもらえた嬉しさから、俺はニコリと微笑むと再び口を開いた。
「サッカーが好きなの?」
「うん。将来はサッカー選手になるのが夢なんだっ!」
「そっか。なれるといいね」
ニカッと眩しい笑顔を咲かせる少年を見て、それにつられた俺はクスリと笑い声を漏らした。
ここに越して来てからずっと避けられていたとはいえ、本来、俺は子供が好きなのだ。希望に満ちた少年の笑顔を見ているだけで、沈んでいた気持ちも心なしか軽くなった気がする。
「おじさん……顔色が悪いけど、大丈夫?」
「……大丈夫だよ、ありがとう」
「おじさんて、最近引っ越して来た人だよね?」
「うん、そうだよ。A棟の501に越して来た山下っていうんだ。よろしくね」
「501……?」
「うん。……あぁ、もう18時半なんだね。暗くなる前に、早く家に帰った方がいいよ」
「……うん」
「また明日」
「うん。ばいばい、おじさん」
ボールを抱えて走り去る少年を見送りながら、俺は穏やかな気持ちで満たされてゆくのを感じて小さく微笑んだ。
明日からは少し、今日までとは違った気持ちで毎日を過ごせるかもしれない。そんな期待に小さく胸を膨らませると、自宅へと続く階段を目指して歩みを進めたのだった。
◆◆◆
その翌日以降、あの時会話を交わしたおじさんと再び顔を合わせることはなかった。
連日のように続く雨が二週間振りに晴れたある日、サッカーボール片手に遊んでいた俺の耳に届いたのは、「山下さんが消えた」という噂をする大人達の声だった。
あの日初めて会話を交わした、山下というおじさん。
大人達には決して関わってはいけないと注意をされていたけれど、実際に話してみると優しそうな人だった。けれど、どこか青白い顔をしたそのおじさんは、やっぱり大人達が噂するように少し変わっていたのかもしれない。
四階までしか存在しない団地で、五階に越して来たと言ったおじさん。それが何を意味するのか俺にはよくわからなかったけれど、大人達が関わるなと注意していた理由はなんとなく分かった気がした。
それから暫くしてその団地を引っ越してしまった俺には、その後おじさんがどうなったのかはわからない。
ただ、日本では年間八万人以上の行方不明者が毎年でているらしい。事故や誘拐か、あるいはあのおじさんのように忽然と姿を消してしまったのか——。
十五年経った今、俺が知っていることといえば、かつて”生贄団地”と呼ばれたその団地が、今も確かにそこに存在しているということだけなのだ。
—完—