二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

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エンド オブ ザ ワールド
日時: 2010/10/04 13:13
名前: momo (ID: eEFm9oln)

短編マンガ原作の小説版です。

今回は、岡崎京子の「エンド オブ ザ ワールド」からです。


よろしくお願いします。

Page:1 2



エンド オブ ザ ワールド〔2〕 ( No.2 )
日時: 2010/10/04 13:08
名前: momo (ID: eEFm9oln)

 そう。
 ある日ソファにねっころがってだらだらとテレビを見ていたら、珍しく父親に話しかけられた。
「エレノア、モリー、新しい家族を紹介するよ」
 父は休日なのにしっかりとネクタイを締めていた。
「ミス ミゼット・ラウシェンバーグ。そして彼女の偉大なる財産イース・ラウシェンバーグ」
 二人はすました顔してあたしんちのリビングの入り口に立っていた。
「きみたちの新しいお母さんと新しいお兄さんになる人たちだよ」
「よろしく」「よろしく」「よろしく」あたしたちはひとりずつ同じ言葉を繰り返した。父親と、新しく彼の妻になる女だけは、満足そうな薄ら笑いを浮かべていた。
 レストランチェーンを経営している父親が4度目の結婚相手とその息子をつれてきた。(その花嫁にとっては3度目の結婚だった。しかし、化粧の濃い派手な女だ)。まさか1年後、お互い自分の子どもに殺されるとは思わなかっただろう。
「彼女たちは3年間パリに住んでいたこともあるんだ」
「まあステキ」
 エレノア姉さんは世界が愛情でできているとでも思っているのだろうか、初対面の新しい母親と血のつながらない若い男に無邪気に笑顔ふりまいて。
 男も男だった。うさんくさい笑みを浮かべて家族ごっこを始めてる。「ええ、パリはいい所です」だなんて。おしゃべりなやつ。
 あたしはあの時思ったわ。こいつとはうまくやっていけないって。
 そしてたぶん、このふたりの結婚もさしてうまくいかないだろうと。
 でも、そんなことはどうでもよかった。その時すでにあたしは世界のできごとのほとんどに興味をなくしていたから。
「モリー。あなたのような人間こそ救いが必要なのよ。今度の土曜日に私たちの教会に一緒に行きましょう」
 やめてよエレノア姉さん。
 うんざりうんざりうんざり。
「モリー喜んでくれないのかい?」
 なにを?あんたが再婚したことを?
「モリー、どうしたんだい?そんなとこに隠れて」
 隠れてなんかないわ、ただ、ほおっておいてほしいだけ。
「モリー」
 なによ。
「おまえのためなんだよ」
 ウソ
「どうして」うるさい
「わかって」やめて
「くれない」やめて!
「んだい」 やめてやめてやめて!!!!!!!!!!
 あたしはパパを3発、イースはママを2発撃った。ふたりとも人をバカにしたようにあっさり死んだ。
 肉屋のにおい。たよりないしゅんかん。実感なし。今日のあのことは本当にあったことなのかしら?
 きのうチョコ・ココナツのアイスクリーム食べて虫歯にしみたことのほうがよく覚えてる。もしかすると明日の朝になれば…

 朝日は、あたしの目を射し殺すように眩しかった。
「早くしてよ」
 自分は手ぶらで車によりかかった姿勢であたしを呼ぶ。あたしは両手に自分のトランクとイースの鞄をかかえ、吹き出てくる汗が背中に張り付くのを感じながら走った。
「頭痛い、なんでこんな朝早くっ」
 眼に映るのは昨日と同じ風景でしかなかった。荒涼とした土の大地に左右を挟まれ、遠くには禿げかけた山々。人影は、対向車線に時折あらわれるオンボロ長距離トラックくらいだ。
「この車はヤバイ。早いとこ始末して、別の車に替えなきゃ」
「だったら中古車屋に売りとばせば?」
「アシがつくとヤバイ」
 あたしに言わせればイースは心配性の神経質だ。
「でも…」
「だまれ、おまえバカなんだから口出すなよ」
「そんな!!」
「7×6は?」
「えーと38」
「バーカ42だろ」
「…」
「あーなんでこんなバカと一緒にいるんだ俺は?」



「イース。本ばかり読んでないモリーにフランス語を教えてやってくれないか」
「ええ、いいですよ、お義父さん」

「本当にこの子はひっこみじあんで…。モリー、イースと仲良くしてちょうだいね」
「ええ、お義母さま」

 大人はすべてを笑顔の裏にひっこめる。
 でも、それは子供も同じよ。
 ってこと、きっと大人も思ってるんだろなあ。

「さっきからパパとあんたのママが代わりばんこにのぞいてるわ」
「きっときみがニンシンするのが怖いんだろ」
「それだけかなあ。あんたのママ、あんたを見る目がメスネコみたい」
「ではマドモアゼルにぴったりのフランス語、教えてさしあげましょう」

「merde, on va baiser, mec!!」

 あとで辞書で調べたら!!ざけんじゃねーよ!!



エンド オブ ザ ワールド〔3〕 ( No.3 )
日時: 2010/10/04 13:10
名前: momo (ID: eEFm9oln)

 ボン!
 草もまばらな禿げかけた大地で、さっきまであたしたちの乗ってた車は炎をあげた。
 煙が空高く立ちのぼってゆく。でも、これだけまわりに何もないと、誰にも見られないだろう。
 何の感慨もなくあたしたち二人は、煙草を加えたまま車が跡形もなくなるのを確認した。
「行こう」
「うん」
 鞄いっこに納まった荷物はだいぶお手軽だ。生きていくのに必要なものなんて、案外ないんだにゃあ。
「あ」
 イースが不細工な顔をした。
「俺のちっちゃなブルーのトランクは?」
「知らない」
 不細工な顔が真っ赤にゆがむ。
「バカ!!車のシートの下に隠してあったろ!」
「知らない」
「バカ!! あん中に現金と偽造したパスポートとスエードのブーツが入ってたのに!!」
 そんなこと言ったって確認してない自分が悪いんじゃーん。
「カネ!! カード!! パスポート!! つくるのに何日! マック使って!! それにブーツ!!」
「知らなーい」
 あたしは背を向けた。あたしに当たったってなんにも出ないよーんだ。
 イースはすごい勢いで煙草を吸いながら、あたしを置いてさっさと歩きだした。鞄ひとつのイースに比べて、あたしは片手に鞄、もう片方にスーツケース、肩にはショルダーだ。
 暑い。暑い。
「荷物持ってよー」
「知るか!!」
「ねえ、ねえねえ」
「だまれ!!」
 まったく、イライラしたって暑いだけジャン。
 しょーがないからあたしは、ノーブラのおっぱいにホットパンツから出た白くむちむちの太股を強調することにした。周りになんにもない道。走ってきた車を捕まえるしかない。ちなみにむちむちの太股というのは若さと日ごろの手入れでむちむちなのであって、けっして太っているわけではない。はちきれそうな若さを閉じ込めた白い皮膚が光るのだ。
 道路わきに立ってポーズをとる。イースは茂みに隠れて、走ってくる車からは見えないはずだ。
 車はすぐに捕まった。
 スポーツカーに一人乗りの男は、イースが姿を現すと「ヤローつきかよ」と舌打ちしたが、お願いしたら結局は乗せてくれた。
 40分ほどで町に着いた。そこそこ大きな町だ。観光客もいる。
 あたしは腹ペコで(朝からなにも食べてない)、しかもくそ暑かったので、カフェに入ったときは胃が小躍りしたのに、イースが頼んだのはコーヒーだけだった。
「ねえ、なんでコーヒーだけなの?」
 あたしは腹ペコなのだ。
「おなかへった」
「だまれ」
 イースが今にも感情が爆発しそうな神経質な表情で、煙草をふかす。
 きっとおなかがすいているんだ。だからイラつくのよ。だったらなにか食べればいいのに。
「なんで?なんで?なんでー?」
 わざとふて腐れた感をむき出しにしたあたしに、イースの返答は簡潔だった。
「金がないんだよ」
「カードがあんじゃん」
「おまえが燃やした!」
 今朝車を爆破させたときのことを言っているのだ。
「違ーう!パパのカードがあんじゃん」
 偽造したカードのこと言ってるんじゃない。パパは腐るほどカードを持ち歩いてた。それを全部ガメてきたんだから。
「アメックスにダイナー、ビザにマスター」
「バーカ!とっくに使用中止になってるよ、きのうのうちにな」
 じゃあ、「あんたのママのカードは?」
「残高0」
 ふざけんな。
「じゃああのダイヤは?キャッツアイは?あのエメラルドは?あの…」
「みーんなイミテーション!!」
 人のいないカフェに、テレビアニメの実写版の、わざとらしいセリフが響く。
「そんな、」
 じゃあじゃあ、あたしたちはほんっとーーーに、一文ナシってこと?
 イースの顔にでかでかと書いてある。「やっとわかったかバーカ」
 マジで。
 マジで、ふざけんじゃねえよ!



 降って湧いた、両親を殺したよりも重大なゲンジツ。
 ねえ、
 お金がないってどういうこと?



 お金。お金。お金!!
 再びあたしは、まだ売り時最高潮のおっぱいと太股を使うハメになった。
 ブラジャーみたいなトップスと超ミニに真っ赤なハイヒールで夜、街はずれのバーのカウンターに腰掛ける。店内は軽快なジャズ。カウンターの向こうではアラブ系のイカしたお兄さんが下手くそにシェイカーを振っている。
 店内にはそこそこ客がいた。あたしは一人で来てるヤりやすそーな男を探して目を走らせた。
 イースは変装のつもりなのか、グラサンにオールバックでお兄さんにコーラを注文している。ざけんじゃねーよまったく!てめーのケツでも売ってみろ!
 心中悪態をつきながら、カウンターの一人のおっさんに近づく。騙しやすそーな、アジア人のおやじだ。
「ねえ、ビールおごってくださる?」
 ちょと首を傾げただけで、男はサルみたいな顔を崩した。
「OH!それはとてもいいですよもちろん」
 仕事かなにかで来ているのだろうが、奥さんもいない異国の地でちんぽ勃たせてやろうという男だろうどうせ。
「英語おじょうず。中国の方?」
「いいえ、日本人です。あなたに会えてとてもうれしい今夜」
「あたしもよ」
 スーツの太股をひと撫で、首を傾げついでに流し目をしてやる。
「あなたの部屋に行きましょうヨン」
 ちょろいもんだ。

 

エンド オブ ザ ワールド〔4〕 ( No.4 )
日時: 2010/10/04 13:11
名前: momo (ID: eEFm9oln)


 シャワーを出しっぱなしにしながら、ユニットバスのトイレの蓋に座った。
 扉の向こうでサルの声がする。
「ヘイ、かわいい彼女シャワーなんてノーセンキュー。早くレッツメイキンラブどうぞ」
「ええ、ちょっち待ってダーリン!」
 まったく、早くこいよ、あのバカ!
 便器に腰掛けて煙草を咥える。少しでも焦りをまぎらわせなきゃ。アイツが来なきゃあたしはサルのチンポを咥えにゃならんのか?きっとベッドの上ではサルがコンドームを握り締めてメイキンラブを待ってるんだろう。
 流しっぱなしのシャワーの音ももう限界。そろそろ日本猿に怪しまれるぞというところ、やっとイースが現れた。グラサン、オールバックに、水玉模様のハンカチで口元を隠して。
「ヘイ、ダーリン」
 野太い声で挨拶ひとこと。ベッド脇のスタンドライトでサルの後頭部を思いきり殴りつけた。
 無防備にテーブルに置かれた鞄を引っつかんで、あたしたちは走った。走った。走った。
 住宅街の中、工事中の一軒家を見つけて飛び込んだ。ハイヒールがかかとに食い込んで痛かった。
 カンペキ。
 肩が張るほど走った。けれども、安心感から、あたしは大げさにイースを非難してやった。
「どーしてもっと早くこれないの!? もうちょっとで「Mrユニオシ」にやられそーだったのよ!」
 実際、イースが来なけりゃどうなってたことか。なのにイースはまったく悪びれずに言う。
「だまれ。タイミングはばっちりだったろ」
 鞄の中身をひっくり返してみると、サイフ、パスポート、もろもろ、無防備なほど生理整頓された貴重品が出てきた。
「あのバカ。トラベラーズチェックにまだ名前入れてないでやんの。それに日本円で15マンエンっ」
「いくら?」
「たくさんだよ」
「日本人のパスポートは高く売れるんでしょ?」
「よく知ってるねモリー、おりこうだ」
 イースがあたしの頭を撫でた。
 あたしはコートの下から自慢げに「おまけ」を取り出す。
「フフフ。シャンパンもルームサービスでとらせたの」
 ほんと、カンッペキだ。
 お金。お金。お金!!
 お金なんてちょろいもんだ。
「やったぜソニー! トヨタさんありがとう!」
「ホンダさんにも感謝!」
「ニンテンドーにカンパイ!」
 そんでバッチリ、アレきめこんで。
 気がついたときには、黒い靄がかかったみたいに周りがかすんでた。
 日の当たらない廃屋の中で、ブラジャーで根っころがって。夢と現実と幻想と感覚の間をさまよう。お酒?クスリ?少し離れたところでイースが地面にひっくり返って眠っていた。
 何やってんの、この人。
 安心して眠った子どもみたいに、小さな寝息を立てている。こいつが今死んじゃったらどうしよう。それって…
 面白いかも。
 血の色がブルーかイエローだったらステキね。
 そうすごく綺麗。そしたらこの人は魚に生まれ変わるの。そのほうがいい。
 この人は魚を買うのがじょうずだったもの。
 ピンクの海  さんご うみゆり 夜光虫
 今、ローレライが歌ってるわ。
 ロー俺ライ
 歌うのよ。
 もうあいつもやってこないし。
 なんだか、すごく、いい気分。








 夢を見た。
 無数の口が僕を出迎える。覚えているのはあいつの唇だけ。
 そいつらがいっせいに喋りかける。
「愛している」
「イース」
「おまえだけよ」
「私から離れないで」
「イース」
「私をひとりぼっちにしないで」
「愛してる」
「おまえは一生ママのものよ」
「愛しているわ。愛してる」
「愛しているわ。愛している。愛している。愛して…」
 愛して
 愛して
 愛して
 愛して
 愛して
 愛して
 愛して
 愛して
 愛して
 愛して
 愛して      もういやだ
 愛して      もううんざりなんだ
 愛して      やめてくれ
 愛して      母さん
 愛して      お願いだから
 愛して      だまっててくれよ
 愛して      だまって!!










 気持ちのいいくらいの晴天。
 内臓が新品にリセットされたみたいな爽やかなブルーの空。
 綺麗に洗浄されて並んだ車が太陽にきらきらと光っている。頭上に架かるように揺らめく黄と赤の旗が、運動会みたいに陽気に青空にコントラストを描いていた。
「どの車にする?」
 俺の問いかけにモリーが気のない返事を返す。
 この数日、二人で何箱の煙草を消費しただろう。
「ねえ。でも……ってことは、オヤジの遺産はみんなエレノアのとこに行くのかしらっ」
「さあね」
「ゲー!あのへんてこな教会にきっと全部寄付しちゃうんだわ!」
「だまれよ。どうだっていいじゃんか」
 途中立ち寄った食堂のお姉さんが、カウンターの奥の換気扇の下で煙草を吸っていた。やたらとメイクの濃い女だった。
 モリーの言葉が、ぽんと宙に浮く。
「そうね。どうだっていいわ」

『スミス夫妻殺害事件を当局では…』

 新しく買った車は激安の中古車だった。
 いくら煙草を吸っても気兼ねない。天井は前の持ち主のヤ二ですでにまばらに黄ばんでいる。
 ポンコツのわりに、ラジオの音は鮮明に拾えた。
 モリーが煙草の煙と一緒に吐き出す。
「ラジオはつけないで。ニュースはもううんざり」

 ああ。こえがきこえる。

「どうかしたの?」
 モリーがアルコール片手に俺を見る。
 安価なモーテルのベッドが尻に硬い。
 薄汚れたベージュの壁紙が、視界に遠い。
「なんでもない」
 俯いたまま答えた。床に投げ出した自分の裸足の足先が、揺れる。
 言い訳のように付け加えた。
「頭が痛い。カゼひいたみたいだ」
「ダイジョブ?薬のめば?」
「ううん。いい」
 あ、爪が、少し伸びてる。足の親指どうしの爪を、カチカチと鳴らしてみる。
「ねむれば?」
 天井から吊るされた電球の光で、爪が色を失う。明かりが反射して、ぼんやりと光る。
「ああ」
 右足と左足の間に、毛羽立ったカーペットを抉るような傷跡がはしる。
 ねむればと、きみは言う。が、そうできるのならどんなにか簡単だろう。
 ねむりたいのに。
 
 ああ。こえが、きこえる。

 どうして私を殺したの? あんなに愛していたのに ねえ? どうして?



エンド オブ ザ ワールド〔5〕 ( No.5 )
日時: 2010/10/04 13:12
名前: momo (ID: eEFm9oln)



 どこかで子どもの声がきこえる。おーい。
 こたえるように犬の吠えが交じる。ばうわう。
 女の子の笑い声も聞こえる。きゃはは。モリーだろうか。まぶしい。今は、きっと朝なのだ。
 聞こえている、のに、どこか遠い。
 遠くにはしゃぐ声を感じながら、俺の脳にはいつかの遠い昔の声が聞こえる。
「ぼくは、大きくなったら うんてんしゅになります」
「なんの?」
「うんてんしゅです」
「だから、なんの?」
「のりものの うんてんしゅです。のりものとは、人をのせてはこぶものです」
「えらいなあ、イースは」
 ぼんやりと、まぶしい。
 今はきっと、朝なのだ。




「カモだわ、見て!あの飢えた目!しぼりとってやるわ!」
 むさくるしい男が、ビールに口をつけながら帽子の影からモリーに舐めまわすような視線を送っている。
「行ってくる。じゃね!」
 ウインクをして去るモリーに、俺は無言で手をあげた。モリーは、だいぶ垢抜けた色気を出すようになった。
 眠い。とにかく眠かった。
 モリーと男がバーを出ていくのが見えた。しばらくして、俺もゆっくりと立ち上がる。
 ねむい。ねむい。外の空気はひんやりと肌を刺した。目をこする。
 ねむい。ねむいなぁ。どうしたんだろ、いったい。
 瞼が岩を乗せたように重い。暗闇に、引きずりこまれそうになる。
 気がついたのは、廊下からの光と、ギイと開いた扉の音でだった。
「どうしてきてくれなかったの?」
 鈍い目頭を強く押す。モリーが入り口で仁王立ちになっているのが気配でわかった。安ホテルのベッドの固いマットレスに腰が痛む。
「なんだか、すごく眠くなって…ごめん」
「どーせ、鼻からカゼ薬でも吸い込んでたんでしょうよ」
 勝手に部屋に戻った俺に、モリーが息巻いた。
「おかげであの欲求不満のデブにさわられまくりよ!」
「ごめん。ごめんて言ってるだろ」
 わかってるよ。でもどうしようもなく眠いんだ。どうしようもなく。
「ちきしょう!あいつ!エイズが怖いからってこっちにバイブつっこんで自分でやってんのよ!しかも!寝入ったすきにサイフ探してたら見つかってバッチーン!見てよこの痣!」
「うるさいなあ。だまれよ」
「頭っくる!これじゃ何よ!売春婦!?しかも一銭も!!」
「だまれよ。頭痛いんだ」ねむい。「今までだってタダで父親にやらせてたじゃないか」
 こすってもこすっても、瞼が落ちてくる。頭が鉛のように、重い。
「な」
「ずっと父親にやらせてたんだろ。今さらあーだこーだゆうなよ。本当に気分悪くてねむいんだ。だまれよ少し」
 モリーが黙ったので俺はベッドに身を投げた。
 楽になりたかった。黒い霧がかかったみたいな脳みそは、首で支えるのがもうつらい。
 遠くでテレビからのん気な声が聞こえる。アニメかなにかだ。
「ちきしょう殺してやる!!」
 ベッドが大きく傾いたので、目を開けると、頭上にモリーが振りかぶっている。手に何か持っているのが見えた。
「やめろ!バカ!」
 とっさに避けた。
「ちきしょう!ちきしょう!」
 モリーが白目を剥きながら鼻水たらして俺に向かってきた。
「おまえの母親なんて精神異常のヤク中じゃんか!おまえなんか!おまえなんか!」
「バカ!くるってるのはおまえだ!」
 モリーが力任せに顔に爪を立ててきた。火傷のような痛みが頬に走る。
 俺は枕元のスタンドを思いっきり天井に投げつけた。派手な音を立てて電球が飛び散った。
「何?」
「なんだ?」
「どうした?」
 誰かの声が聞こえる。
「はなせー!!」
 俺はモリーを抱えて部屋を飛び出した。
「はなせコノヤロー!」
「バカ!だまれ!行くぞ!」
 外は紺の絵の具をぶちまけたように暗い。街灯の明かりだけを頼りに、道脇に無断駐車した車にモリーを引きずる。
「はなせー!バカヤロー!」
「だまれってば」
「おまえなんかおまえなんか!」
 モリーが俺の首に喰らいついた。
「いで。やめろバカ!」
「ちきしょー!」
 俺はモリーのみぞおちに力まかせに拳をいれ、後部座席に放り込んだ。
 車を走らせる。
 自分の車の明かりだけが、空の下を照らしていた。
 なんの音も聞こえない。風の声も、星の瞬きも、なにも聞こえない。ただただ目の前にあるから、どこに着くともわからない一本道が。ただただアクセルをゆるく踏む。体重の重さだけで。
 イース
 イリアス
 イース
 どうして私を殺したの?
 あんなに愛していたのに
 こんなにおまえを思っているのに

 もうだまってよ!
 もうだめだ
 もういやだ
 ねむたいんだ
 ねむたいんだよ
 もう運転するのは飽きた
 ゆっくりねむりたいんだよ











 まず頬がじんじんと痛んだ。背中がかたい。身体のあちこちが軋んでいた。
 起きたら後部座席にいて、あっけらかんと晴れた空が見えた。
「いでで」
 鈍く唸る身体をおこすと、フロントガラス越しの外に、青い空の下、タバコを吸うイースの後ろ姿が見えた。
 外には、空と、イースと、ところどころ愛想のない木が散らばって立っているだけ。どこまでも、なんにもないだだっ広い地面が広がっていた。
 あたしは地面に座ってタバコを吸っているイースの傍に寄って訊いた。
「ここどこ?」
「知らない」
「どうしてこんなとこで止まってんの?」
「ガス欠」
 まわりには、なんにもない。地面。地面。地面。どこまで行っても地面。ときどき木! 昨日の夕方からなんにも食べてない!!
「てめー殺してやる!」
「やれば?」
 イースはこっちを見向きもせずに答える。
「いいよ。やっても。まだ弾丸は残ってるし」
「本当に!?」
「本当に」
 あたしは車の助手席に無造作に置かれていたピストルを掴んで、イースに向けた。
「やるわよ。本気よ。マジよ!」
 イースはどうでもよさそうにタバコの煙を吐き出している。
 こっちを見ようともしなかった。
 こめかみに狙いを決める。両手で銃身を支え、指を添えた。引き金を引く。
 あっけらかんと広がった空に、甲高い銃声が響いた。



エンド オブ ザ ワールド〔6〕 ( No.6 )
日時: 2010/10/04 13:13
名前: momo (ID: eEFm9oln)





「いいの?やんなくて」
「あんたなんかピストルで楽に殺すのはおしいわ」
「ふうん」
「それよりおなか減った。冷たいミントソーダが飲みたいよう」
 夕焼けが背中にあつい。あたしたちは歩いていた。地面。地面。地面。どこまで行っても地面。ここにいても地面。歩くしかなかった。
「あたしたち、捕まったら死刑? あたしたち、どこにいんの?」
「知らないって言ったろう」
「もう逃げるのにも飽きた。あたしたちこれからどーすんの?」
「少しだまれ!」
「だまれだまれって、そればっか!あんたに言ってんじゃないわよ!ひとりごと!」
 歩いてた。もうずーっとずーっと歩いてた。
「あたし、どうすればいいの? あたし、何をしてんの? あたし、どこへ行けばいいの? あたし、どうしたらいいの?」
「るせー!だまれだまれ!だまれ!」
 曲がった電信柱。誰かが飲み捨てたオレンジジュースの空き缶。転がったタイヤ。砂をかぶったベンチ。みんながいらなくなったゴミばかりが、どこかから締め出されて忘れられている。
 太陽が完全に消える直前まで、目に見える景色は変わらなかった。
 地面。地面。ときどき木。地面。ときどきゴミ。
 あたしたちは歩いた。いつまで とも、どこまで とも決めず、ただ歩いた。
 いつ時か、星明かりの下、暗闇のなかで、ひときわでかいゴミが転がっているのがわかった。
「ねえ、あたしのポーチ、知らない?」
 大破した車だった。ふらつきながら、血だらけの女の子が出てきた。
「大切なの。そう。ボブからもらったコンパクトが入ってんの。レミネセンスのよ。かわいいの」
 ぶ厚い唇からぽろぽろと言葉が落ちる。濃い化粧と血が混じって顔面はどす黒く、長い睫毛からマスカラと血が滴る。露出した肌には真っ赤な流れ幾筋も線を描いていた。焦点の定まらない視線で、それでもあたしたちの方に歩いてくる。車の窓から、誰かの血だらけの腕が見えた。
「髪がひどいでしょ。なおさなくちゃ。やだ。爪も割れてる。ポーチ、どこかしら知んない? マニュキアセットも入ってんのよ」
 女の子はあたしたちのところに辿り着く前に、よろけて静かに崩れ落ちた。後頭部には、なにかの鉄の破片が突き刺さっていた。
「死んだ?」
「死んでる」
 イースはタバコに火をつけた。
 あたしたちは、女の子たちの車が見えなくなるところまで離れた。
「あのコたち、なんで事故ったのかなあ」
「集団カーセックスでもしてたんだろう」
「同い年ぐらいかな? かわいそう」
 小さな石があるすぐ傍で、あたしたちは休むことにした。簡単に拾い集めた草木を燃やして、焚き火にする。白い煙が、濃紺の空へと上がった。
 タバコをくわえるイースに、あたしは言う。
「キスして」
 キスは、タバコの味がした。
「ちょっと、歯がぶつかった! まさか「女の子」とキスすんのはじめてなんじゃないの?」
「知るか!」
 どっちでもいいや。
「あたしも、「男の子」とキスすんのははじめてよ」
 イースの口のなかは、もっとタバコの味がした。
「ん。ん」
 あったかい。空気は寒いわけでもないのに、暖かさは心地よかった。
「違う。違うってばもっと下」
 お尻の下でジャージが擦れる。
「あ」
 イースが場所を探して、あたしの上をうごめいていた。
「あたしたち、いちおうキョーダイよね。いいのかなぁ、こんなことして」
「少し、だまって」
 眼前に広がる空は、遠くまで突き抜けてるみたいに遠い。
 星が無数に散っていた。
「だまれってもう言わないのね。うれしい」
「だまれ!」
 うまく入ったら、世界がイースだけになった。
 あたしは上になって舌を突き出す。
 何もかも、きょくたんなところで結び合うって本当かしら?
 愛だとか。憎しみだとか?
 無関心だとか熱狂だとか?
 生だとか、死だとか?









「……。おはよう。少し、ねむれた?」
 まだ起き上がらないイースを見下ろして、あたしはきいた。
「おはよう。少し」
 イースは横になったままタバコに手をのばしながら答える。あと少し届かないので、あたしは箱から一本取って、残りをイースに渡した。
 自分のと、イースのぶんにも火をつけてやる。
 朝の爽やかな空の下で吸うタバコは、ひときわウマい。
「ねぇ?」
 イースがあたしを見上げる。
「ん?」
 タバコをくわえた顔がいじわるく笑った。楽しげに。
「パパよりよかった?」
「バカ! あんたなんて死んじゃえ!」
 サイッテーだこの男!
「どこ行くの?」
 しかも無神経。あたしは思いっきり怒鳴った。
「おしっこよ!」


 ねむい。
 ねむいなあ。
 たっぷりねむったはずなのに。


 おしっこしてたら、パーンと空にきれいに響く銃声が鳴った。
 走って、戻った。イースが頭を押さえていた。こめかみから血が噴き出していた。あれ、弾ってまだ入ってたっけ。
 イースがばかみたいな顔して一人呟いている。
「えっ。ウソ? ウソだろ?」
 血は横向きに噴き出して、青空に散った。
 しゃべらなくなって、動かなくなった。赤い血だけが、生きものみたいに湧いてきては流れる。
「…ウッソー。まさか本当に死んぢゃうなんて」
 とりあえず、タバコを吸った。
 爽やかでないタバコは、身体に沁みた。最後の一箱まで全部吸った。夜が来て、朝が来るまで吸い続けた。
 朝日が出始めると、どこかからハエが飛んできて、イースの頬に止まる。
 あたしはハエを、腕を振り回して追い払った。
 イースの頬は、血がすでに乾き赤黒くこびりついていた。
 日が昇る。
 あたしは水気をなくした木の枝で、土を掘った。深く広く掘った。イースの身体を引きずってきて空いた穴に横たえる。イースは思ったよりでかかったので、少しはみ出した。そのぶんは、掻き集めた土をかけて山のようにして、上から押して固めた。これで正しいのかはわからないけど、上出来だろう。
枯れ枝をシャツで縛って、十字をつくる。うまくまっすぐ立てられなかったが、埋まった部分を土で固めたら、なんとか刺さった。
「さよならイース。あたし、行くね」
 別れは小気味よく。
 でもどこに?

 サングラスはイースのをもらった。
 タバコは道で拾った。
 空は相変わらず、道もどこまでも先が見えない。変わらず。
「どこまで? あたし何をしてんの? あたしどうすればいいのッ」
 歩いてゆく。後ろからトラックのクラクションが聞こえる。
「あたしどこまで行けばいいの? あたしなにしてんの?」
 肩に派手な入れ墨した兄ちゃんが、ノリノリで音楽とクラクションを鳴らしながらあたしを追い越していった。
「あたしどこに行けばいいの?」
 道はすぐに静かに、あたしひとりになる。
「ああ。ああ。つめたいミントソーダがのみたい。レモネードでもいいわ」
 しゃーない。あたし行くのだ。行くしかないのだ。
 世界の果てまで。


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