社会問題小説・評論板
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- 輝け
- 日時: 2015/09/22 14:55
- 名前: 浅葱 (ID: .DYzCgCx)
「いけいけーっ!」「がんばれーっ」
校庭に鳴り響く、大太鼓の音。
女子男子からの掛け声。
俺ー堀口 雅也はリレーアンカーの場所についていた。
アキレス腱を伸ばしながら、後ろを振り返る。
我が赤組のランナーはビリの道を走っていた。
だんだん近くなるその距離に俺は高鳴る鼓動を隠しきれずにいた。
「ご、ごめんな、、遅れて、、、、」
ランナーは荒い息の中でそう言った。
「大丈夫。俺に任せろ!」
笑顔で叫ぶと俺はバトンをしっかり握って走り出した。
- Re: 輝け ( No.5 )
- 日時: 2015/10/08 10:43
- 名前: 浅葱 (ID: .DYzCgCx)
リレーの次は騎馬戦だ。
俺は二年の大将で、騎馬武者だ。
赤のハチマキを取られないように今まで作戦を練ってきた。
「よーっし、行くぜ!」
俺は騎馬隊に声をかけると、ピストルを合図に
白組の大将に突進して行った。
大将を守ろうと先頭に立った一年坊主たちのハチマキを破り捨て、
二年を押しのけ、大将との一騎打ちが始まった。
俺はいったん後ろに下がり、大将の隙を見計らう。
白組の大将はすぐに俺たちの背後に回る。
「後ろだ、後ろ!」
俺は叫び、騎馬隊に後ろを向かせようとした。
その時。
騎馬隊の息が合わず、俺は真っ逆さまに地面に落ちたのだ。
白組の焦った声と、浩輔の悲痛な鳴き声が聞こえたかと思うと
後頭部に強い衝撃を受けた。
俺の意識はそもで途切れたのだ。
虚しく、いとも簡単に。
- Re: 輝け ( No.6 )
- 日時: 2015/10/08 11:01
- 名前: 浅葱 (ID: .DYzCgCx)
「……………や…………さや………………」
なんだよ、うるさいな…………
俺は眠いんだ、静かにしてくれ…………
「さや………………」
うるさいって言ってんだろ…………
眠いんだよ……………
ていうか、ここはどこだ…………?
白い空間で………何もない…………
そして………すごく寒い………………
俺……俺はどうしてここに…………?
「雅也……………!!」
温かく、聞き慣れた声が響いた。
肩に柔らかいものが触れる。
俺は目を覚ました。
「よかった………雅也、雅也なのね…………」
涙声で俺の名前を呼び続けるその人は母さんだった。
意識がはっきりしてきたのか、母さんがないているのを確認できる。
と同時に後頭部が悲鳴をあげた。
「………いっ………」
その痛みで思い出した。
騎馬隊が崩れ、ゆっくりと落ちて行く感覚を。
「大丈夫?まだ痛むの?」
「戻らなきゃ………」
俺は心配そうな母さんの言葉を遮った。
「……え?」
「戻らなきゃ………みんなが待ってる………」
目の前には困惑しているみんなの姿があった。
みえていないのに、直接見ているような不思議な感覚………
「ごめん、みんな……大事な時にけがしちまってよう……
今行くから………………」
「雅也…………」
病室に重い沈黙が流れた。
沈黙がいたい。
横に座る母さんは目を泳がせていた。
辛そうに、言いにくそうに、居心地が悪そうにする母さんを見ていると
不安になって仕方がなかった。
「…………どうしたの、母さん」
俺の声に母さんは思い切ったように顔をあげた。
波がを我慢しているようだ。
「あのね、雅也…………」
- Re: 輝け ( No.7 )
- 日時: 2015/10/08 11:06
- 名前: 浅葱 (ID: .DYzCgCx)
「あなたは騎馬隊から落ちて、頭を怪我してしまったの。
その時、脳に大きな腫瘍ができてね、
下半身が……………………………」
言葉をつまらせると母さんは苦しそうに涙を流した。
「母さん?」
母さんは俺の目を見てはっきりと言った。
「下半身が動かなくなってしまったの」
- Re: 輝け ( No.8 )
- 日時: 2015/10/08 11:22
- 名前: 浅葱 (ID: .DYzCgCx)
「え……………?」
下半身が動かなくなる、それは最悪を意味していた。
つまり走れなくなるということだ。
走っている時に肌で感じる冷たい風も
一位をとった時に感じる優越感も
先頭に立って観衆の注目を浴びて走る喜びも
もう二度と体感することができないということだ。
もう二度と〈奇跡のアンカー〉になれないということだ。
もう二度と「期待の新人」と呼ばれないということだ。
自分より足の遅い奴らが出てきて、体育祭のアンカーを務めることになる。
堀口雅也の時代は終わったのだ。
活躍していたことを忘れられて、存在も薄くなっていくのだ。
辛い現実は雅也の心をズタズタに引き裂いた。
小さな手で七夕の短冊に
「りくじょうせんしゅになりたい」
と書いていたことを思い出す。
保育園の七夕行事で、習ったばかりの平仮名でそう書き、
笹のてっぺんに吊るしてもらった赤い短冊。
こうやって上へ上へ登っていくのだと思うと誇らしくなった。
「雅也くんならなれるよ!」
という先生たちの笑顔を俺は忘れることができない。
走ることしか考えていなかった。
生まれた時から自分は陸上選手になる運命にあるのだと本気で思っていた。
陸上選手になり、海外に行って憧れのボルト選手と対決する姿を思い浮かべ、
ボルトに勝ったら、どんな決めポーズを取ろうか考えていた。
金メダルを手に満面の笑みを浮かべる自分は簡単に想像できた。
そうなれると信じて疑わなかった。
途中、仲間のくだらないミスで走れなくなるなんて思ってもみなかった。
走ることを大前提においてきた俺に走れないという事実は受け止められるわけがなかった。
- Re: 輝け ( No.9 )
- 日時: 2015/10/08 11:44
- 名前: 浅葱 (ID: .DYzCgCx)
「嘘つけ!!」
俺は声を限りに母さんを怒鳴りつけた。
悪夢から早く覚めたかった。
こんなの嘘だ、夢だ。
俺が走れなくなるなんてそんなの絶対にあり得ない。
信じるものか、絶対に信じてやらない。
「母さん、見てろよ!今から俺がまだ走れるということを証明してやる。
下半身はまだ動くんだ。まだ走れる………走れるんだよ!」
足の上に乗っかっている布団を剥ぎ取り、俺は無我夢中で足を動かそうとした。
それなのに…………
「あれ………?」
足はずっしりとベッドに身を預けて全く動かない。
どれだけ腹に力をいれてもピクリともしない。
「……そんな…………」
涙がとめどなく溢れて止まらない。
向き合わなければいけない。
走れなくなるということを。
母さんは耐えきれなくなったのか、病室を飛び出して行った。
病室で一人、泣きわめく。
「何で俺なんだよ、なんで冴島じゃないんだよ!
意味わかんないよ!
なんで俺なんだよ!なんで俺なんだよ!なんで!なんで!
な、何もしてないじゃんか!なんで俺なんだよ!なんで俺なんだよ!」
なんで俺なんだ。なんで俺なんだ。
どれだけ叫んでも答えは見つからない。
窓から秋風が吹いてくる。
もう体育祭は終わったのだろうか。
堀口雅也のいない体育祭は終わってしまったのだろうか。
「ちくしょう…………」
俺は頭を抱えてうずくまるようにした。
現実から背けるように目を強く瞑り、夜明けの来ない朝を待った。
望みのない人生に明日がきても嬉しくない。
絶望の波に溺れていくだけだ。
夢をなくした俺は不良品でしかない。
ただ息をし、生きる目的を見失った不良品だ。
生きていても仕方ない。
残りの人生を貪るように生きていくのだ。
そうしていずれは来るであろう死を待つのだ。
誰にも知られないように、ひっそりと。
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