社会問題小説・評論板
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- 死にたがりの彼女はそう言った。
- 日時: 2019/04/04 15:00
- 名前: ( ´∀` ) (ID: 3NNM32wR)
自分より不幸な奴がいるのは百も承知だった。
アフリカや中東の貧しい子供たちと比べれば自分の不幸なんて百分の一にも満たないことも。
親から殴られたり蹴られたりしたあの子たちの方が人生ハードモードなことも分かってる。
治る確率のない病気にかかって闘病中の人たちの方が苦しいのも知ってる。
そんな人たちに対して自分の不幸があまりにも小さすぎるのに、この程度の不幸で辛いって死にたいって思ってる自分が情けなくて不甲斐なくて、それでまた死にたくなるんだ。
- Re: 死にたがりの彼女はそう言った。 ( No.4 )
- 日時: 2019/04/04 16:21
- 名前: ( ´∀` ) (ID: 3NNM32wR)
第三話 恵まれた環境
陰キャたちはしょうもない事で大きな笑い声をあげることを禁じられた。僕は彼らと笑いのツボが一緒なわけではなかったから特に迷惑ではなかったけれど、考えたら笑うことを制限されるなんておかしな話だ。
陰キャたちがしょうもない事で笑う度に、陽キャ達は陽キャたちのそれとは違う、馬鹿にするような笑い声をあげた。苛立っているときは机や椅子や、身近な何かに当たってあからさまに威嚇することもあった。
「高津、昨日のイベントさあ……」
「は、ちょっと待てって!俺なんかガチャ二連で……」
それでも僕らは何とか楽しむ事くらいは出来た。僕らは一人ではなかったし、『虐げられている』おかげで仲間意識は相当強かったし——何より、陽キャという共通の敵がいたからだろう。
クラス仲は決して良くなかったけど、孤立している人がいないという点では中学の時のクラスより評価できる。僕は毎日が楽しかったせいで、中学生の時のボッチのたしなみなんてすっかり忘れていた。
恵まれているときは、なかなかその事に気づかないものだ。
僕は少しだけ、友人たちとのやり取りが面倒になってきた。もともと笑いのツボが合わない所なんて多くあったし、LINEでも意味わからないことで「w」とか「草」とか送りあっているし。
グループでは既読無視をすることも未読無視をすることも増えた。学校の休み時間でも、返事が少しずつ不愛想になっていった。多分、この頃から彼らは僕を抜いて遊びに行くことが増えたのだろう。
女子の立ち位置なんてよく分からないけれど、彼女たちの間にはスクールカーストなんてものは存在しないように見えた。人数も少なかったし、まとまりやすさはあったはずだ。
男子たちのグループから少し孤立し始めた僕に、席の近い女子が話しかけてくるようになった。
「高津くん眼鏡外したほうがいいよ、絶対!」
「高津くん数学得意なんだね」
そんな風変わりな女子の名前は月原加奈といって、明るくて協調性があって、まさに僕とは正反対の人種だった。
- Re: 死にたがりの彼女はそう言った。 ( No.5 )
- 日時: 2019/04/05 13:36
- 名前: ( ´∀` ) (ID: 3NNM32wR)
第四話 女子見知り
ご想像の通り、僕は生まれてこのかた、女子とまともに関わった事なんてなかった。彼女がいた事もないし、女友達がいた事すらない。強いて言うならTwitterで知り合ったゲーム垢の中の人は女性らしいが、それとこれとを同列に語ってはいけない気がする。
月原は僕が勝手に判断していた見た目からの印象とは違って真面目で、提出物を期限までに出さなかったことは一度もないという奴だったし、提出しなくても良い宿題(それを宿題と呼ぶべきなのかは分からないが)もきちんとやっていた。なのに僕よりも定期テストの順位が低いという不憫な奴でもあった。
「高津君高津君!」
「頑張っているのに僕より順位が低い」という点で僕は月原をどこか見下していたのかもしれないが、さすがに月原のような人間と対等に話すことができるほど僕は身の程知らずではなかった。だいたい、僕が月原を見下していた理由は成績だけであって、人としての価値は僕より月原の方が余程上なのだから。
陽キャの彼氏がいた経験のある、タピオカが好きな明るい女子と彼女いない歴と年齢がぴったり釣り合う引きこもりの男、どちらの価値が高いかなんて一目瞭然だ。
「ごめん、俺飯はトイレで食べるタイプだから」
そんな間抜けな言い訳をしてでも僕は月原とは関わりたくなかった(僕はこの後実際に男子便所の個室でパンを食べることになった)。彼女はクラス女子のモテるランキング一位に君臨するのだとさすがの僕も薄々気づき始めていたし、ということはつまり、陽キャ男子の何人かも彼女を狙っているという事だ。
それに何より最初に言った通り、僕は女子とまともに関わった経験がゼロだ。
「ねえねえ高津君、加奈高津君に勉強教えてもらいたいんだけど」
「俺より勉強ができる男子なんかこのクラスにいるだろ、大量に」
このクラスには成績優秀・運動神経抜群・容姿端麗と前世でかなりの徳を積んだような男子も何人かいたわけだし、そこまで成績が良いとは言えない僕が月原の頼みを聞く理由はなかった。
- Re: 死にたがりの彼女はそう言った。 ( No.6 )
- 日時: 2019/04/05 11:00
- 名前: ( ´∀` ) (ID: 3NNM32wR)
第五話 痴漢冤罪がこの世から消えないようなもの
「じゃあさ、高津君が期末テストまで勉強教えてくれたら加奈、何でも言うこと聞くよ?」
期末テストまで、というのは少し長いなと思った。
あと二週間以上も月原に勉強を教えていたら、その事はクラス中に露呈してしまうのではないか。陽キャ男子からのやっかみを受けることを想像すると悪寒がする。
かと言ってきつく突っ撥ねても恐らくいいことにはならないだろう。月原が僕に付きまとうのは「自分より不真面目な奴がなぜ自分より成績がいいのか」疑問に思っているというだけの理由だし、陽キャの要求をを拒否した時の怖さを、僕は中学生の時から身をもって知っていた。
勉強さえ教えれば付きまとわなくなるだろう、それならば。
「分かった。じゃあ放課後気が向いたときに、第二自習室で」
月原は嬉しそうな笑顔を浮かべて女子たちの方に言った。成績を上げたいなら僕なんかに頼むより学年一位の小牧や、月原と仲が良い学年九位の森平くんにでも頼めばいい。
——というか、今一緒にいる女子の中に学年五位の奴がいるわけだし。名前は雨野つぐみで、月原と同じく男子と仲が良くて放課後には駅でタピオカを飲んでいそうな。
「あいつさ、最近月原と仲良くして調子こいてんな」
「やめろよそういう事言うの……」
「だってそうじゃん、ちょっとモテて明るい馬鹿な女子に話しかけられて鼻の下伸ばしてんじゃん」
悲しいなあ、俺ら毎日一緒にゲーセン行った仲じゃん、心の中でそう呟いた。何年もの時をかけて友情を築いてきた間柄ですら壊れるときは一瞬なのに、一ヶ月ごときで「仲良しー」とかほざいてた関係がぐちゃぐちゃになるのなんてもっと簡単に決まってる。
というか、僕自身は月原に付きまとわれている時も必死に(失礼にならない程度に)月原を拒んでいたのに伝わっていなかったのか。悲しい話だ。
まあ確かに、クラスでモテモテの女子がわざわざ陰気で一人ぼっちの男子に付きまとうなんて信じたくないだろうな、と思う。
- Re: 死にたがりの彼女はそう言った。 ( No.7 )
- 日時: 2019/04/05 11:52
- 名前: ( ´∀` ) (ID: 3NNM32wR)
第六話 放課後の第二自習室
「数学のね、二次関数が分かんないの!」
教科書を開いてニコニコしながら月原は言った。何がそんなに楽しいのか、と一瞬思ったけれどこれは『愛想笑い』ってやつだろう。僕が気に留める必要もない。
月原はいつでも笑顔だったし、それは僕と月原の大きな違いの一つだった。楽しくなくても嬉しくなくても笑える、というのは最早一種の才能だろうとすら思う。
「まずさ、平方完成から——」
放課後の第二自習室は驚くほど人がいない。いや、放課後じゃなくてもいないんだろうけど。まず『自習室』自体が進学・特別進学コース以外は立ち入り禁止だし、その進学コースと特別進学コースが位置する本館から離れた西館にあるのが原因だろう。それと、西館は古くて汚い。
まあでも、そのおかげで僕は何とか助かったのだけれど。クラスの陽キャたちはこんな場所、絶対に来るわけないから。
「高津君さ、説明分かりやすいね」
あからさまなお世辞だ。
「高津君って頭いいよ。詰め込んだ頭の良さじゃなくて、柔らかいって感じ」
なんて上手い社交辞令だ。
「加奈、高津君に頼んでよかった!」
僕なんかに媚びる必要はないのに。
ひねくれている人間は損だ、と心から思う。彼女が純粋な気持ちで僕を褒めていても、素直に喜ぶことすらできない。あるかどうかも分からない言葉の裏をいつも見ようとしてしまう。上手くいっていると、そんなはずはないとどうにか悪い方に考えようとしてしまう。
だから、あいつらの事も失ったんじゃないか、本当は友達になれたんじゃないか。
「高津君……?」
「それ解けたら今日はもう終わりでいいだろ」
いつもと違う事をすると、いつもと同じ事が出来なくなる。
考えずにいようと努めていたのに、いつの間にか考えてしまうんだ。
- Re: 死にたがりの彼女はそう言った。 ( No.8 )
- 日時: 2019/04/05 13:15
- 名前: ( ´∀` ) (ID: 3NNM32wR)
第七話 話聞くよって
その次の日も、月原は変わらず何故か楽しそうだった。
僕は少し憂鬱で、早く期末テストがやって来ないかななんてガラにもない事を考えた。
「高津君さ、元気ないよね」
「月原はさ、解けてないよね」
「加奈、目の前の人が元気ないの嫌だもん」
月原はシャーペンを置いて、ノートを仕舞った。今日の勉強はもう終わりなのか、解放されるのかと僕は思って、リュックを背負って帰る準備をし始めた。久々にゲーセンでチュ●ニズムをしたい気分だった。
何となく気を使って、あのゲーセンには最近行ってなかったから。
「帰れって言ったわけじゃなくて、話聞くよって」
「え?」
思わず笑いそうになった。勉強を教えてもらいたいだけなのにそんな自分の利益にもならない事をするなんて不思議だ。月原がまさか、いい子ぶりたい偽善者の要素も持っているなんて思わなかった。
でも少しだけ月原の言葉が嬉しくて、でも何を話せばいいかなんてわからなくて、僕は久しぶりに混乱した。矛盾した排反な感情が混在していて、目が回りそうだった。
「中谷とかと、仲悪いんでしょ」
久々に聞く名前だった——中谷。
僕に一番最初に声をかけてくれた奴の名前。太鼓の達人が下手糞で、カラオケでもいっつも低い点数ばっかり出してて、そのくせmaim●iだけは巧かった。弁当のべちゃべちゃの唐揚げをいつも僕に食べさせようとしてきた変な奴、それが中谷に対する印象だ。今もそれは変わっていない。
「他の奴は知らないんだけどさ、中谷は高津君と仲良くしたがってると思うんだよね」
「月原とあいつって仲良くなかったっけ」
「ううん、加奈は中谷と話したことないけど」
神妙な顔で、月原が言う。
「見てれば分かるもん、人付き合いの経験高津君より豊富だし」

