BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- APH: Four Numbers' Theatre
- 日時: 2015/11/25 23:53
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: qrMs7cjz)
さあ、滑稽な芝居を始めよう。
* * *
皆さん初めまして。閲覧ありがとうございます!
私の紹介です。
1、ヘタリアが大好きです。好きな方とぜひお友達になりたいです。
2、ゆっくり書きます。
3、SSのリクエストも受け付けます。
4、チキンなので生暖かい目で見つつ声かけてやって下さると泣いて喜びます(よろしくお願いします!
※国名表記ありです。
——目次
1:The Play of four figures/金髪トライアングルとオリジナル男主
>>001 >>002 >>003 >>004 >>005
短編
>>006 「パスタが食べたいな」
- Re: APH:4桁の数字劇場 ( No.2 )
- 日時: 2015/08/06 23:38
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: qrMs7cjz)
1*1.0:ある青年の退屈
アルフレッド・F・ジョーンズは退屈していた。
目の前の光景はおおよそ退屈とは遠くかけ離れたことだが、一般論からしても"面倒"なことだったために存在しないものとして考える。
そうなれば、彼は部屋にしばりつけられて一人でテレビを見ているも同然、つまり退屈なのであった。
「おいこらアルフレッドぉ、ちびちび飲んでんじゃねえぞお!」
「ああうん、そうだね」
液晶の向こう側では、期待していたよりずっとつまらない冒険譚が展開している。興ざめなヒロインの振る舞いが見ていられない。
それでも、すっかり酒に飲まれている知り合いよりは、美人の方がまだいいが。たとえ好みから大きく外れているとしても。
「ギルちゃんー、アルフレッドはだめだってえ」
「あん? 何がだよ」
「あのね、君たち俺の部屋に押しかけておいて……ああもう、いいや」
「ん? どしたん、まさか失恋したんか? 残念やったなあ親分が——……」
「し・て・な・い!」
この大人たちは、と大学生は溜息をつく。
兄の友人たちは事あるごとにアルフレッドに構ってくる面倒見の良い性格をしているが、当の本人には迷惑と受け取られている。
気付いているのかいないのか、今日も入り口でしかめっ面と「帰って」の言葉で出迎えられながら家に上がり、にこにこと飲み会を開始した。
レポートが……と思いつつも、酔っぱらう前の彼らはさすが大人であり、口では敵わないのだ。
どうしようもない、そう諦めるのが一番だと気づいたのはいつだったか。よく価値の分からないやけに洒落たつまみに手を伸ばして、コーラをすする。
「意地になりやがって!」
「え〜、なになに、彼女やっと作ったの?」
「君には関係ないだろ……。一応言っとくけど、いないから」
にやついた顔を向けてくるフランシスに向かってきっぱりと言う。その後ろ、いつもより血色のいいギルベルトは「つまらねーの」と唇を尖らせた。
たまには反撃したいアルフレッドは、ふと浮かんだ疑問を投げかける。
そういう君たちはどうなんだ、と。
兄の友人たちは、アルフレッドには随分大人に見えていた兄よりも大人らしい。特にフランシスは、かなり落ち着いて映る。
そこが、時折アルフレッドには、気味悪くも思えるのだが。
「俺はルッツがいるからな!」
「親分にはロヴィーノがおるわあ」
「君たちって……」
気味が悪い、迄は行かないが、かなり特殊な人種であることは間違いないと、アルフレッドは心の中で改めて2人への評価を改定する。
どちらも純粋な家族愛と周囲は苦笑いしながら呼ぶが、彼には受け入れがたいものだった。
「んー、お兄さんはねえ」
「そういやこの前付き合ってたやつは?」
「ああ、あの子には振られちゃった!」
「へーそうなん」
「ちょっと、全然慰める気ないね」
「何なん? 今月入って3人目の彼女に振られたフランシス君は俺からの慰め期待してたん?」
「うわあさすがアントーニョ! 愛してるよ!」
「俺も愛してないでーフランシス」
「こいつ太陽の微笑みで何言ってんだよ」
もはや3人の会話は右から左へ耳を通り抜けるだけだ。
ぐいっとコーラを一気飲みする。大丈夫、ダイエットコーラだから。誰にともなく言い訳をして、空のグラスを手に台所に向かう。
その時だった、チャイムが鳴り響いたのは。
心当たりのない来訪者に動きを止めたアルフレッドと対照的に、酔っ払い共はいよいよ盛り上がる。
兄、ではない。玄関に向かいながら真っ先に浮かんだ顔を振り払う。来るなら連絡をするのがあの人だし、第一鍵を持っている。
同様に兄弟の可能性も消える。ではいったい?
恐る恐る鍵穴をのぞき込むと、そこには誰もいない。
そこで、彼はドアを開けた。おかしいと思うより、いたずらかと考えるより先に。
夏のさわやかな風が、ドアノブを握る手を、段差の脇で座り込む少年の亜麻色癖っ毛を、撫でていく。
「君、どうしたんだい……?」
- The theatre of four figures ( No.3 )
- 日時: 2015/08/07 09:32
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: qrMs7cjz)
1*1.5:ある青年の心象
「君、どうしたんだい……?」
少年が顔を上げる。虚ろな目と疲れ切った姿は、アルフレッドの身体を突き動かすに十分すぎた。
痩せこけた中学生くらいの子供を抱きかかえてドアを閉める頃には、不審に思ったらしい酔っ払い3人が廊下までやって来ていて、一様に目を見開いていた。
ああ、変なの。アルフレッドは言葉をのみこむ。見てみたかった表情なのに、おかしいとは笑えなかった。
「あれ、アルフレッドってそんな趣味あったっけ?」
「違うよ、知らない子」
「なあ、そいつすっごい下りたそうにしてるけど」
「え、ああ、ごめん」
ギルベルトに指摘されて、身をよじる少年をそっと降ろしてやる。
案の定バランスを崩した彼に手を伸ばそうとすると、その体はアルフレッドから離れてフランシスの腕の中に収まった。
アルフレッドはのど元まで出かけた言葉を、失った。紫の瞳が冷たく光っていた。今度は彼が驚く番らしい。
空を掴んだ手のひらを握りしめると、フランシスはさっきまでの調子で言う。明るく、笑顔で。
「ねえこの子すっごい美人ー!」
「ええ? 趣味悪いわあ。怪我しとるやん」
「あ、マジじゃねえか。あと意識ねえやつのケツ触ってんじゃねえよ」
「アントーニョ、俺はね、この子の地のこと言ってるの! じゃあそういうことでお持ち帰りしちゃう!」
「「……えっ」」
若い二人の声が重なる。
待って。そう言いかけたアルフレッドの口はフランシスの左手で塞がれる。青い青い青年の目を見据えて、男は「シッ」と微笑んだ。
アントーニョは「阿呆やなあ」などと他人事と決めつけて、異を唱えはしない。
少年は、張っていた緊張の糸が途切れたのか、瞼を閉じて動かない、まるで人形のようだ。
「気いつけえや」
「はいはーい」
「……君、何考えてるんだい?」
眠りに落ちた少年を横抱きにして、ドアの前に立ったフランシスは、アルフレッドの質問に一寸止まった。
首だけ振り返り、彼が不気味と嫌う笑みで答える。
「一目惚れ、しちゃっただけ」
ぱたりとドアは閉まって。夜の闇に、大人が一人、子供を連れ去っていく。
残された沈黙を破ったのは、ギルベルトだった。頭を掻きながら、言葉を探していた彼の口がポロリとこぼす。
「なあ、本当にお前知らないのか?」
「知らない子だよ」
「でもあいつ……」
「知らないってば!」
思わず舌打ちを漏らした。腑に落ちないギルベルトも口をつぐみ、言葉を脳に閉じ込めて巡らせる。
無言で外に出て行ったアルフレッドの背中を、二人は一瞥した。
一人ずんずんと夜を進む。彼自身分からない。処理しきれない感情が募る。
渡したくなかった? 訳が分からない自身に振り回されるのも嫌だった。
ただ、ひとつだけ分かっていることは。
「あの緑の目は……気に食わないんだぞ」
彼の庇護から逃げたがった、緑の目。亜麻色の髪の幼い子供。顔立ちはどこか小さい頃のアルフレッドに似ていた。
左胸の奥でうるさい鼓動が、思考を邪魔する。誰かのせいでめちゃくちゃになった夜、何度目かの溜息をもらす。
見上げれば微かに瞬く星々が、夜空の寂しさを引き立てていた。
まだ、フランシスは車を運転しているのだろうか。あの得体のしれない、ストリートチルドレンかもしれない子供を、助手席に乗せて。
つまらない想像を鼻で笑って、星に祈る。別に彼のためじゃないとか、面倒事は嫌だとか、そういう言い訳と共に。
せめて、フランシスが狼にならないように、と。
- Re: APH:4桁の数字と劇場 ( No.4 )
- 日時: 2015/09/05 10:12
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: qrMs7cjz)
2*1.0:ある罪人の目覚め
優しい夢を見ていたような気がする。
瞼を開けると、窓から差し込む陽の光が柔らかく部屋を照らしていた。その黄色を受けて、ベッドの向かい、机の脇に飾られた、パリの歴史ある質屋で買った風景画がいつもより鮮やかに見える。
何て完璧な朝だろう、微笑みを作って伸びをすれば、ちらりと視界の隅に人影が映り込んで、そこで俺はようやく、いつの間にか訪れた朝の違和感に気付く。
よし、首はそのままに昨日を振り返ってみよう。
——「俺も愛してないでーフランシス!」
いや、アントーニョに振られたことは別に大した衝撃じゃないよ、お兄さん分かってたからね!
……って、そうそう、アントーニョとギルちゃんと一緒にアルフレッドの家に飲みに行ったんだ。ちょうどアーサーは仕事だったからね。
それで、誰かがやってきたんだ。アルフレッドの彼女か友達かと思って、期待したら——……美人な子で、それで…………。
「やっっっちゃったなぁ……」
半開きのドアが物語る。ベッド脇で落ち着きなく俺をちらちら見ている少年の正体。ああ可愛い。じゃなくて。
酔った勢いで何て事をしてしまったんだろう。ふとそう思った俺は、すぐに後悔してベッドから飛び上がる。だめだ、そんなことを。俺はきっと後悔しない。連れて帰ろうと思わされたのは、よく覚えていないけど、確かなはずだ。
大きな大きな瞳は、俺の感情を見透かしたように、涙をたたえていたのだ。とっさに細い体を目いっぱいに抱きしめれば、少年は驚きに体を固くしてしまった。ああ、愛おしい子。わざと頬をすり寄せれば失笑がくぐもって聞こえる。
「あ、ああもうやめて下さい! くすぐったいっ」
「えー? お兄さん聞こえなーい!」
「ふっ、はははははっ!」
初めて聞いた声はアルト。心地良い声色。ほころんだ顔はそれこそ花の様。
ほうら、言っただろう15秒前の俺。
後悔しないって。
ベッドに倒れこんだ少年を起こして、リビングに行くよう伝える。少し表情を陰らせてから、彼はうなづいて背を向けた。
まだ、名前も知らない子供。痩せこけた体に、どう力をつけさせてあげようか。まだ朝は早いのに、外出の計画が着々と練られていく。
きっと、この窓の向こうが素晴らしく晴れているから。
ドアを開ける前に鏡の前で笑顔を作ってみる。さあて、どのコーヒーカップを出そうかな?
- Re: APH:4桁の数字と劇場 ( No.5 )
- 日時: 2015/09/05 10:15
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: qrMs7cjz)
2*1.5:歪なふたりの朝食
台所から漂う甘い香りに目を見開くと、気づいた彼はばつが悪そうに視線を逸らして「ええと……」と言葉を探しながら、フライパンに蓋をした。匂いから察するに、中身はパンケーキ。2日前に友人である農園の息子から貰った林檎が皿の上に転がってるから、焼いて乗せるつもりみたい。
なるほど、ね。委縮しなくてもいいのに、彼は慎重なのか、緊張してるのか。かちこちに固まった彼の頭をなでる。ふわふわの栗色髪の毛。ああ、そうだマシューの髪質とそっくりだ。愛おしいあの子。元気にしているんだろう。便りがないのは、って言うじゃないか。
切り替えて目の前の子供に微笑むと、少しだけ困ったように、けれど嬉しそうな笑顔を見せてくれる。
「いい匂いだね」
「お腹、空いてると思って」
「俺のために?」
「……こんなものしか、作れないけど」
緑色のまあるい目をのぞき込んで、ありがとう、と伝える。彼はまだ自信なさげに目を閉じる。
いつも、朝台所に立つ女性と違う。彼は何もかもが違う。俺のことを愛していないし、何も俺に差し出していない。
でも俺は彼が好きだよ。美しいから。見目も、心も。笑ってしまえるくらいあっさりと落ちてしまった。今まであった誰よりも美しい彼を、どうして手放せるだろう。
火を消した彼にコーヒーを飲むかと尋ねる。首を傾げた様子から、まさか、って思ったけど、どうやら本当にコーヒーを知らないらしい。
それなら、角砂糖と牛乳と一緒に出してやらないとね。
テーブルに並んだのは、薄切りの焼きりんごが飾られたパンケーキ二皿と、春らしい花柄のカップが二つ。ソーセージを焼こうかと尋ねると、朝はあまり食欲がないという。それなら昼間買い物に出た時に、おいしいものをまた食べればちょうどいいと計画を少し修正する。
こんなに心が躍るのは何年振りだろうか。いつもだって女の子に行きつけのお店を紹介したりして、楽しんでいるつもりだったのに。それとも、これは……。
「あっ」
小さな驚きの声が、俺を現実に引き戻す。コーヒーの苦みに目を丸くして口を押えた彼に、思わず目を見張る。彼は恥ずかしそうに俯いて、だんだんと顔を朱に染めていく。
ははは、って堪え切れなくて、笑う。アーサーよりも濃い緑の瞳が、戸惑った様子で見上げた。
角砂糖とミルクを、紅茶党の彼のコーヒーカップに入れてやる。その様子にも興味津々で、じいっと手を見つめられると少しこそばゆい。
「かき混ぜてごらん」
神妙な表情で彼がマドラーで円を描くと、数秒前まで真っ黒だったコーヒーが優しい色に変わっていく。カチャリ、カップが小さな手のひらに収まる。恐る恐る口をつけて、おいしい、と呟いた彼は、未知の味に目を爛々と輝かせた。
甘い甘い、カフェ・ラ・テ。そっと切り出したパンケーキみたいに、ふうわりとした彼の笑顔。
綺麗で、こっちの心も温かくなるような時間。瞼を閉じれば、まるで、心で食事をしているような甘さ。
どうして、すぐに瞼を持ち上げて、彼のおぼつかない所作でパンケーキを口に運ぶ様子を眺めようと思ったんだろうね。最後の一切れが、彼の右ほっぺたをぷっくりとふくらませている。
「そういえば、君の名前は何ていうの?」
しゅわり。バターミルクの香り。おいしそうだったから買ってみたパンケーキミックスは大当たりだったし、林檎はちょうどいい火加減で調理されてる。このくらい硬さが残ってるのが、俺の好み。
コックは咀嚼を休めて、少しの間沈黙する。何事もなかったかのように再開して、飲み込んで、視線を逸らしながら答える。恥ずかしがり屋さんみたいだ。笑顔を作る。
「……ルイ」
「ありがとう、ルイ。おいしかったよ」
きょとんとした顔が、日差しを受けて開く花弁のように、ゆっくりと明るくなっていく。その笑顔はあまりにも綺麗で、溜息が漏れた。頭は、それなのに、息を吸うことを忘れさせられていた。
どうして、こんなにも美しいのに。俯いたルイの緑からこぼれた水晶みたいな丸い水滴が、ナプキンに小さなシミを作った。真っ白なお皿を手に取って、出来るだけ優しく聞こえるように、声をかけた。
「ルイ、洗い物がすんだら買い物に行こう」
「うん……」
こくり、こくり。何度も何度も彼はうなづく。撫でてあげようか迷って、とりあえずお皿を流しにおいてしまうと、ふらふらと寄ってきたルイが背中に抱き付いた。
力ない腕は小刻みに震えていたけれど、ゆっくり頭を撫でてやれば、深呼吸を繰り返した彼は落ち着いた様子で大きな瞳で俺の視線をとらえる。宝石みたいに美しい君。きっと、穢れないからこそなんだろう。ああ全く、そんなことを思ってしまって、俺は彼を不安にさせていないだろうか。
そんな心配と裏腹に、力強い目は、そんな汚い俺もまっすぐに貫いてしまう。
「僕は、あなたといっしょにいたい」
「……いいよ」
いいの? って、俺は尋ねるべきだったんだろうか。
でもほら、俺は汚い大人だから。安堵したような表情に、心の中でごめんねと謝る。
それでもやっぱり、俺はこの無垢で麗しい少年を、手放せそうにない。だからほら、君のせい。閉じ込めてあげたりはしないよ。たとえ他の世界を知りたくないと思っても。美しさは多くの人の心を震わせる。隠されたりするのはいけないことだ。
開けてみた冷蔵庫の中は生憎、すっからかんだった。ちくりと痛んだ心は、虫食いの林檎みたいだと思った。
- Re: APH: Four Numbers' Theatre ( No.6 )
- 日時: 2015/11/25 23:51
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: qrMs7cjz)
「パスタが食べたいな」
* * *
俺が初めてその子に出会ったのは、19世紀、アメリカの家に居候していた兄ちゃんの顔を見に行った時だった。
「……ロマーノの兄弟?」
その子は儚い笑みで、俺を見つめていた。体は、まだまだ少年の細さと弱さを表していて、とてもアメリカの家には不釣り合いだった。この新大陸といえば、かの帝国から独立を勝ち取った、今は産業革命で沸く大国で、色々大きいのが普通だから。
さっきドアを開けてくれたこの家の家主だって、筋肉が逞しい青年だ。兄ちゃんが、今まで見たことがないほどの成長速度に驚いていたというのも納得だ。背が高くて、声が大きくて、自信に溢れてて、不思議と威圧感を覚えてしまう。
俺のほうがずっと長く生きているはずだけど、アメリカとはあまりに環境が違う。この広い広いアメリカ大陸を横切って、太平洋まであっという間に開拓してしまった彼は、強くなる運命にあったんだ。生まれた時から。
そして体力だけでなく、工業で世界を脅かす強さを、手に入れようとしている。
そんな場所にいるからこそ、その少年の存在にはますます違和感を覚えた。どこにでもあるようなリビング、中央の大きな木のテーブル、ゆったりとした背もたれの椅子の上で彼はひざを抱えていた。
色はきっと鮮やかなんだろうけれど、笑っていない目。どんよりとした雲がかかった、空みたい。真っ白な手が抱える、真っ白なひざ。腕と脚には、いたるところに白い布が巻かれている。
ブロンドの髪はふわりと、少し癖があって。右側の分け目からは前髪が流れて、目尻の辺りに華やかな印象を与えていた。
彼はまさしく家主と似た形質を持っていたけれど、とても似ていなかった。背後から靴音が迫ると、俺は一歩後ずさって二人を見比べた。あまりに似ていない体格。
少年は生まれながらに、必要以上の筋肉を持つことが許されていないような細さをしている。痩せこけているわけじゃなかったけれど。アメリカを見て、彼が浮かべた笑みには、人間離れした不気味さがあった。
笑わない空。対するアメリカも、表情は硬い。
「ロマーノ、どこにいるか知ってる?」
緊張した声色でアメリカが尋ねた。俺を迎えに来てくれたから、数時間は家を空けていたはずだ。少年は質問した男じゃなくて、俺に向かって、あっち、と言った。
延ばされた左腕は窓の外を指していたけれど、俺は、包帯がずれて二の腕に見えた、血管と並行するような、大きな傷跡に目を奪われていた。
「倉庫で機械いじりしてる。さっき、大きな音がしたよ」
「ええっ、何か壊してないだろうね?」
「出る前に、直しておいてって言ったの君でしょ」
「……ジーザス、そうだった! 行ってくるよ!」
簡単だと思ったんだけどなあ、とか愚痴りながらアメリカは走って行った。俺のこと、絶対忘れてたと思う。
兄ちゃんは機会が得意なはずがない。そもそも、家にそれがないから、アメリカにいたんだ。多少はできるようになるんじゃないかと予想してたけど、話を聞く限り、やっぱり、兄ちゃんは兄ちゃんみたいで、複雑な気持ちだった。
家の外の方から、がこん、と大きな音がした。叫んでいるのか怒鳴っているのか、聞き取れない声が続いて、俺は窓の向こうに視線をやった。
緑と赤が混じる、秋。アメリカでは感謝祭が迫っていた。広い庭の一角には、狭いながらも策で覆われた畑があった。兄ちゃんの庭かな、と思いながら眺めていると、きいい、と甲高く、何かのきしむ音がして。
「何か飲む? お客さん」
コーヒーしかないけれど、と目を合わせずに、少年が椅子から飛び降りた。ぴょんっ、と。少し、彼には高いらしくって。半袖の白いシャツと、ひざ丈のズボン。隙間では布が揺れている。
「うん、貰おうかな」
「座って待ってて。あ、果物すき?」
水を注いだ彼は、リンゴに手を伸ばす。俺はお礼を言いながら頷いた。彼の表情に、さっきまであった気味悪さは欠片も残っていなかった。
——家事をよく手伝う、子供みたいだ。
俺は単純にそう思った。だからもっと、わからなくなった。だって、彼の話は一度も耳にしたことがなかったから。
「俺はヴェネチアーノ、北イタリアです! さっき言い損ねちゃって……ごめんね!」
八等分に切られたリンゴとコーヒーとを出して椅子に戻った少年に、俺は内心ドキドキしながら話しかけた。彼の手のひらは、柔らかな香りのするコップを包んでいた。
まあるい瞳が、俺の顔を映して細められて。首を横に振り、彼がテーブルに置かれた白いカップに入っていたのは、底が見えるほど透明な、茶色い、液体——……。
ああ、もしかして。俺は、笑顔を一瞬忘れた。
「よろしく、北イタリア。どんな人なのかなって、会うの楽しみにしてたよ。フランス兄さんが、よく話してくれてたから」
「フランス兄ちゃんと知り合いなんだね」
「……良くしてもらったよ」
イギリスが愛してやまない、紅茶。砂糖が溶けていく様を、名乗らなかった少年はいとおしそうに眺めていた。ほんのちょっと、耳の先を赤くしながら。
俺はフランス兄ちゃんの名前が出てきて心が弾んだ。きっと、少年の髪はフランス兄ちゃん譲りなんだ。この美しさもそうなんだって、会えば言うかもしれない。
そう考えると楽しくなってきたけど、まずは濃そうなコーヒーに口をつけてみた。やっぱり苦い。少年に倣って砂糖を入れた時、ドタバタと階段を駆け上がる音が静寂をぶち壊して迫ってきた。
少年は我に返って、紅茶を一気にのどの奥に流し込むと、椅子を蹴って下りた。流しに向かって、慌ててコップを洗っていた。かなり雑に。胸騒ぎがした。彼は、そういえば、コーヒーしかないって言ってた。だけどあれがコーヒーなはずはなくって。
「はーもう、疲れたんだぞ! コーヒー淹れてくれよ!」
アメリカの声に、肩が震えたのを見てしまった。わかった、と静かに答えた少年は、あの気味の悪い笑顔を浮かべていた。お湯を沸かすやかんは、まだ温かいんだろうなとぼんやり思う。
兄ちゃんに名前を呼ばれて、振り返った。隣にいたアメリカが、リンゴに手を伸ばしながら、俺の持っていたカップを見つけて目を丸くする。どうだい、おいしいだろう!
笑顔が眩しくて、胸がちくりと痛んだ。今でも忘れられない、痛み。とげだった。アメリカをバラになんて、例えたくないけれど。俺自身もバラってことに、したくないけれど。
「うん、おいしいよ。アメリカ」
「……着替えたら」
アメリカが俺から顔を逸らす。オイルにまみれたシャツに、少年が顔をしかめているのは想像できた。洗濯物がどこにあるんだとかアメリカが尋ねて、そうして二人のアメリカが部屋を出て行った。
兄ちゃん、ちっとも変わらない姿の兄弟に、呼びかける。二人が消えて行ったドアを見たまま、南部アメリカだよ、と消えそうな声で呟いた。分かってる、分かってるよ、俺は笑いながら、冗談を言う準備はばっちりなのに、何も言えなくなって。
短い沈黙の間に、俺は兄弟らしくなりたいだなんて考えてた。もっと兄ちゃんと一緒にいたいって、居ても立っても居られないような。
「それにしても、しれっと嘘つくよな」
まっずいコーヒーをしみじみとさ。
吹き出した兄ちゃんの手を取って、訝しげなオリーブの瞳を見据えて、俺は息を吸い込んだ。どうかいつも通り、笑えていますように。音を乗せた息を長くはけば、霞んだ視界の向こうで、仕方ねえな、と兄ちゃんが笑った。
Page:1 2