複雑・ファジー小説

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坂道リズミカル
日時: 2012/04/03 12:27
名前: しおぐり (ID: k9gW7qbg)

いきづまってます;


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ジャンルは青春もの。
ちょっと重ためな青春かな?
主人公の性格上とはいえ一人称なのに堅苦しすぎるかも。

アドバイス・感想、是非是非くださると嬉しいです:))



---目次
第一話 >>1-4
第二話 >>5-6>>9
第三話 >>10 >>14


---Special Thanks:D)!!
霖音さん べ、別に名前なんてないんだからね!さん 楽朝さん

Re: お子様とコモンセンス ( No.1 )
日時: 2012/02/26 12:50
名前: しおぐり ◆cP1G9Wr7dw (ID: k9gW7qbg)

第一話


 爽やかな夏の風が、からだを包み込んだ。汗で首筋に絡みついていた髪の毛が、後ろへと梳きやられるようにそよぐ。制服の白いワイシャツと、真っ黒いスカートも合わせてなびく。
 心地よさの余りペダルにのせた足に、くっと、自然に力が入った。
 青々と茂る木、築五十年くらいのボロ家、シャッターが下りている大分前閉店した八百屋、そして今でも馴染みの駄菓子屋……目にも止まらぬ速さで通り過ぎていく風景を横目に、スピードを緩めることなく駆け下りていく。
 その坂は次第に平らな道になっていき、先ほどのボロ家が立ち並ぶ田舎の坂道とは打って変わり、ここ十年ほどでどんどん建った家の並ぶ住宅街に変わっていく。その住宅街の角を幾つか曲がって、心地よい風を、時折目を閉じて感じながら進んだ。
 住宅街さえも抜けると、車通りが多くなり、信号や横断歩道が姿を現す。赤信号の横断歩道にあたってしまい、今まで緩めることのなかったスピードを落とし、ブレーキをかけた。微かにタイヤの軋む音さえ、夏の陽気に見合っている気がした。
 やがて、信号は青に変わった。
 無邪気に笑い、余所見しながら危なっかしくも横断歩道を走っていく小学生をも通り越し、学校へ続く一本道を走った。
 道をずっと走ると、真っ白なワイシャツに身を包む生徒がちらほらと見え始めた。ぱたぱたと手で首回りを仰ぎながらなんとかして暑さを凌ごうとしながら気怠そうに歩く男子、朝っぱらから大声で騒ぎたてながら登校している数人の女子、微笑み合いながら仲睦まじく並び歩くカップル。
 校門の前まで立ちこぎで駆け、校門をくぐると、自転車を降りた。
 砂利を踏みながら、校舎裏の自転車置き場まで自転車を手で押していく。そこに辿り着くと——いつもの通り、校舎裏の壁にもたれかかって携帯をいじっている人がいた。
「おはよ」
 私は短く言うと、置き場に自転車を停め、きっちりと鍵を掛けた。
 彼女はちらりと私を見て、「明子(めいこ)、はよ」とこちらもまた短く返すと、赤い携帯にすぐ視線を戻した。色素の薄い茶髪を後ろで団子にまとめ、高い背をもつ——友達ながらになかなかに美人だと思う——彼女の目にはありありと「不満」の色が浮かんでいた。
 私は、その様子を見て小さく溜息をつくと、鍵を鞄にしまい込みながら彼女の傍まで歩いた。
「なゆ……また?」
 彼女——なゆと同じように壁にもたれかかった。
 なゆは長い指で携帯を閉じた。上を向くと、眉をしかめながらはあっと息を吐く。
「なんなのあいつ。最近ほんと訳わかんないわ」
 あいつ、とはなゆの彼氏である。
 なんだったか、どこかで偶然出会って、二ヶ月ほど前なにか色々あって付き合うことになったらしい。すごく曖昧にしか覚えてないけど。
 そういうことにはとんと縁のない私は、よくわからないのでどこか宙を見ながらつぶやく。
「まあ、深く考えない方がいいんじゃない」
 とても軽い言葉で、怒る人もいるような言い方だったが、なゆは私の顔を見つめたのちに、にっと笑った。
「ま、そうだねー」
 なゆは、ふうっと、さっきとは違う息の吐き方をしながら腕を天に突き出して伸びた。
「あー疲れたー……ってまだ朝っぱらなのに。ったくあいつのせいでさあ……」
 なんだかんだまだ愚痴をこぼし続けるなゆに、思わず苦笑いした。別に愚痴られることが嫌いなわけではないし、なゆが嫌いなわけじゃないんだけれども。
 私はふと自転車置き場の向こうのフェンス越しの、青い葉をつけた木々を見つめた。
 こうやって静かに風景を見てると落ち着く。何か自分の中に蟠りがあることを感じてるわけじゃないけど、心が軽くなる感覚になる。それはとても心地いいもの——。
「そろそろ時間だね」
 なゆは腕時計を確認すると、教室へ向かって歩きだしたので、私もそれに並んで歩いた。
 私は、じっとりと汗ばんだ首筋に絡みつく髪を、今度は風でなく手で梳きやった。

Re: お子様とコモンセンス ( No.2 )
日時: 2012/02/12 11:45
名前: しおぐり ◆cP1G9Wr7dw (ID: Lr4vvNmv)

 クラスにつくと、私はなゆに続いてざわつく教室に入った。それに気づいた数人の女子が、笑いながら近づいてくる。
「はよお。なゆちゃん」
 なゆが「はよ」と短く返し、尚も話を続けようとする女子を軽くあしらったその後ろを、私は空気のように進んだ。
 私の席は窓際のいちばん後ろで、なゆはその前の席だった。なぜ隅っこの後ろになったのかというと、大体そこを皆が避けていたので、私が自ら座ったからである。ちなみにそれは始業式の話で、規制がゆるい高校というのもあり、未だその自由席のままで、夏になった今も席替えはしていない。
 机の上に鞄を置いて、がた、と椅子をひく。なゆも同じようにして席についた。
 容姿の優れているなゆに近づいてくる人は多い。いずれも性格を知ればいわずもがなさり気なく皆離れて行くのだと、なゆが前にこぼしたことがあった気がする。
 机の横の物掛けに鞄を掛けて、机に頬杖をついた。
 窓の外に目をやると、二階のこの場所からは、自転車置き場と、フェンスを隔てて広がる木々と道路が見える。なぜだかいつも同じジャージを着ている散歩の人や、元気にはしゃぐ小学生を見るのが私の日課となっていた。あの人さすがにジャージ洗濯しないのかな、小学生は無邪気だなあ……とか思いながら。小学生を見て和やかにひとりで微笑んでみると、いつも自分はいつこんなに老けたんだろうかと思う。
 大人のふりをしたい訳じゃない。ただ、昔から周りに疲れていくばかりでいた気がする。
「明子、一時限目なんだっけ?」
 突然なゆが振り返った。
「ん? ああ、確か数学だったかな」
「うっわー数学かあ。最悪。苦手なんだよねー、数学」
 私は最低限感じ悪くしないように、ほんの少し笑って見せると、なゆはまた前を向いて爪をいじりはじめた。
 私は溜め息を押し殺し、もう一度外の風景に目をやる。溜め息などすぐに消えた。
 そのままぼーっとしていると、一時限目の始まりを知らせるチャイムが鳴った。私は安らぎから仕方なしに目を離すと、物掛けに掛けた鞄から数学の道具を取り出した。

Re: お子様とコモンセンス ( No.3 )
日時: 2012/02/17 17:55
名前: しおぐり ◆cP1G9Wr7dw (ID: k9gW7qbg)

 日の落ちかけている空は、地に近い場所はオレンジ色に染まっているが、天を仰げば水色。そのふたつの色の境目が美しくて、感嘆の溜め息をついた。安堵感に包まれる。
 今日の学校は終わり、私は自転車置き場にいた。自分以外にもちらほらと、自分の自転車をとりにきた生徒がいる。
 私は自分の自転車の側に立ち、鞄をごそごそ探った。今朝鍵を無造作に放り込んだため、教科書やノートに邪魔をされなかなかそれらしきものを掴むことができない。しばらく鞄を漁る。
 あった。
 やっと掴んだ鍵は、キーホルダーもなにもつけていない物だ。教科書に埋もれていたそれを鞄から出すと、屈んで自転車にさした。
 大体の人が鍵につけている可愛らしいキーホルダーや小さいぬいぐるみは、大してなんの必要もないと思ったのでつけていないが、やはりこういうときのためにつけておいたほうが取り出し易いのではないかと真面目に考えた。
 自転車の鍵があくと、自転車を自転車置き場から出し、校門まで手で押して歩いた。朝の暑さとは打って変わり、気温も下がり涼しい。
 下校の時間の今、たくさんの生徒が砂利を踏んで校門に向かっている。
 それぞれ、一緒に帰る相手と会話を交わしながら。中身のスカスカで、相手に趣旨を合わせるのに必死なものから、『相談』とは名ばかりのまるで惚気話な恋人との進展についての悩みを打ち明ける様子が、頭の中で想像された。
 校門には男性教師が立っていた。
 さようならの挨拶くらいしていこうかとちらりとその教師を見やったが、ちょうど門を通った茶髪で巻き毛の可愛い女の子を呼び止めて絡みはじめたので、もうどうでもいいやと思いスルーすることにした。
 門を出ると自転車のサドルに跨り、ペダルを漕いだ。
 さっきまでゆっくりと流れていた景色が、速く通りすぎていく。その瞬間ほっとした。なんだか、本当に空気になれたみたいで。
 どんどん景色は流れていき、今朝通った道を逆戻りしていく。
 そうだ……今日は、あの駄菓子屋に寄って行こうか。
 あの坂道の途中の古びた駄菓子屋は、昔からの馴染みの店だ。独り身のお婆ちゃんがやっている。
 ちなみに、こんな年でもまだ駄菓子屋に通うのは、暇潰しと駄菓子屋の雰囲気が好きだからで、そのお婆ちゃんに愚痴を聞いてもらってるとかではない。だってそもそも私には愚痴るようなことが無い——から。
 考えてるうちに、あの坂道へ入った。
 立ち漕ぎをしなければいけないほど急という訳ではない、緩やかな坂道を進むと、その坂の中ほどにその駄菓子屋はあった。
 歩道が狭いので塞ぐように自転車を停めることになるが、人通りは少ないのでいいだろう。自転車に鍵はかけず、そのままにしておいた。
「すみません。……いますか?」
 『だがし』とただ書かれた、字の薄れたぼろい看板を掲げ、戸は全開のその店へ一歩入り、奥にある、店の床よりいち壇の上の廊下へ声を掛けた(勿論その部分は店ではなく、お婆ちゃんの家となる場所だ)。看板の下には、小さく『原田』という、お婆ちゃんの苗字が書いてある。
 ……応答はない。まあ、この店のお婆ちゃんは基本外に出ないから、間違いなくいるとは思うけど——。
 すると、向こうからなにかぶつぶつ言う声が聞こえてきた。
「はーあ、やれやれ。今日も高校野球は負けおって……」
 どしどしと足音を立てながら、お婆ちゃんは姿を現した。
 見た目こそ穏やかそうな、どこにでもいそうなお婆ちゃんだが、物言いは少し荒々しい。
「だめだねぇ。勝たんと意味がないわ……」
 どうやら高校野球をテレビで視ていたらしい。
 お婆ちゃんは壇は降りずそのままに、曲がった腰と共に自然と俯く顔を僅かばかりあげた。
「あら。明子ちゃんね」
「こんにちは。ちょっと暇だったので」
 私はぺこりと軽く頭を下げた。
「あー、好きに見ていかんね」
 お婆ちゃんは、あとは勝手にとばかりにまた奥へ戻っていった。
 この、変に気を遣った世間話をする必要がないところが好きだ。
 私は周りの棚に並べられた、昔懐かしい駄菓子を見て回った。昔懐かしいと言っても今もたまに買ってるのでなんとも言えないけど。
 そして、なんとなく、小さなガムを手に取る。よく当たり籤欲しさにいくつも買ってた気がする。当たったのはその内どのくらいだったか思い出そうとしたが、全く覚えがなく挫折した。
 手に取ったガムを置き、今度はするめいかを手に取った。大好物だ。買っていこうかな……。
「原田お婆ちゃん」
 もう一度店の奥に声をかけた瞬間、がしゃんと、派手に店の外で何かが倒れる音がした。思わず店の外を見る。歩道を塞いで停めた自転車を思い出し、嫌な予感。
 ちなみにお婆ちゃんに私の声は届かなかったようだ。
 入口の方に、人影が現れた。長身の男——。
「あの」
「はい?」
 随分とやる気のない声で突然話しかけられて、咄嗟に返事をした。
「そこの自転車——君の?」
 気が付くと外はとっくに薄暗くて、男の顔はぱっと見よくわからなかったけど、目を凝らすと同い年くらいだと分かった。隣の市の高校の制服を着ている。はっきり見えないが多分茶髪、癖があってほんの少しだが天然パーマ気味だ。黒縁眼鏡をかけ、ほっそりとした顎と痩せた体に猫背のその人は、やる気のない声といい、まるで引きこもりのようだった。
「はい、そうですけど……」
 やっぱり自転車。倒れたかなにか?
 彼は顔になんの色も示さず淡々と続けた。
「あの、ごめん。君の自転車に鞄ひっかけて、倒しちゃったんだ。それで鞄はとれたんだけど——まあ、部品ごとやっちゃって」
 私は数秒間沈黙した。
 ——つまり部品がとれたってことか。また、唐突にこんなことが……。
「ごめん」
 悪いと思ってるのか思ってないのかいまいちよく分からない言い方で一言そういう彼に、私はどういった対応をするか迷う。
 面倒な事してくれたな、という言葉をぐっと飲み込んだ。まあわざわざ謝りにきたのだし——。
 そして自分的に、怒るのも面倒くさいから怒るつもりはなく、
「まあ……別にいい、ですよ」
 返答はこんなんでいいのか、と思いながらも言うと、彼はくいっと道の方を親指でさした。
「もう暗いし、とりあえず家まで送る。部品は……俺が修理に持っていくから」
「はあ。ありがとうございます」
 自分でも無愛想な返事だなとか思いつつ、私は彼の好意に甘えることにした。折角だから。しかしこんな風にやる気のない声で言われては、本当に「とりあえず」なんだな、と思う。なんだか、それなら別に遠慮しますけど、などとうっかり言ってしまいそうだった。
 彼は、じゃあ、とか言いながらくるりと背を向けて自転車のほうへ歩いた。ついてこいということらしい。
 するめいかは買えそうにない。手に持ってるするめいかの袋を元の位置に戻した。
 私は駄菓子屋を出ようとしてふと、踵を返した。
「すみませーん。帰ります」
 口の横に手を添えて、店の奥へ届くように声を出す。
 そしてややあったのち、「はあい」と呑気な声が返ってきた。

Re: お子様とコモンセンス ( No.4 )
日時: 2012/02/17 17:52
名前: しおぐり ◆cP1G9Wr7dw (ID: k9gW7qbg)

 私の自転車を壊したという男に続いて、駄菓子屋を出た。
 「よいしょ」と彼は、駄菓子屋の壁に立て掛けてあったギターケースを背負った。音楽、やってるんだろうか。
「じゃあ……道案内お願いします。えっと、まず……上りのほうですか、下りのほうですか」
 またやる気ない声で問い掛けられたので、私は「上りです」と小さく返事した。すると彼は、私の自転車を手で押して歩き始めた。
 ——それにしても、鞄ひっかけただけで部品がとれてしまうとは……。
 彼の後ろに続いて坂を上りながら、ふと自転車のタイヤの上の泥除けを見た。今までになかった傷が少し、ついている。憶測でしかないが、鞄ひっかけて、それに気付かないで歩き進んだがために自転車を倒し、その拍子に部品が取れたのだろうか。もしそうだとしたら、この男とろそうだ。
 一度空がオレンジ色になってからは、空というのは急速に暗くなっていく。今はもう、さっきより闇が色濃くなっていた。
 緩やかな坂道を歩きながら、ふと彼がちらりとこちらを向いた。
「朝原……さん」
 ぼそりと呟くように、唐突に私の苗字を呼んだ。私は目を丸くし、え、と漏らして彼の視線の先を見る。そのやる気ない目は、私の学生鞄を見ていた。
 私の鞄の脇のほうに書いてある名前を見たらしい。
「……そう。朝原……っていいます」
 妙にぎこちなくなりながらもそう返すと、彼は分かったとでもいうように少し頷いて、また前を向いた。
 するとすぐに立ち止まり、また彼が口を開いた。
「あの、次はどっち?」
  坂はいつのまにか上り終わっていた。
  真っ直ぐの道と右の道に分かれたここは、ぽつぽつと街灯があり、坂の下の洋風な住宅街とは違い田舎らしくいかにも日本風な、自分たちのお祖母ちゃん時代の家が並んでいる。
「真っ直ぐです」
 私が答えると、彼はまた歩き始めた。
 私の履く学校指定の黒いローファーが、かつんとコンクリートを打つ音が響きわたる。
 それからも、彼とたった道の説明だけの会話をぽつぽつと交わし、幾つか角を曲がって家に辿り着いた。私の家もやはり、黒い瓦屋根に引き戸の玄関、その横には盆栽……といった感じのお祖母ちゃんちのような家である。
 玄関の前で、私は軽く頭を下げる。
「わざわざ、ありがとうございました」
 彼は小さく頷いたのち、どこか地面に視線を落としながら、ほんとごめん、と呟くように言った。そして続ける。
「この自転車……修理に持って行って、また近い内に届けにくるから」
 私は何かよくわからないけど、彼を見てい難くなった。視線を宙へさまよわせる。
 そして私はふと、ある疑問を口にした。
「あの、学校……遠い、ですよね? こっち方面まで、わざわざすみません」
 そう、その学校はここからすると大分都会のほうで、こちら方面ではない。
 すると彼は、視線をこちらへ向けて首を僅かに左右に動かした。
「いや……この地域抜けた辺りに、バンド練習のスタジオがあるから。これからそこに行こうと思ってて」
「バンド……やってるんですか」
 私は彼の背負ったギターケースへ目をやった。そこれを見ていると、むずがゆいものを感じた。手を届かせたいのに、その資格は私にはないような。羨ましい——ような。
「あー、一応。そんなにうまくはやれてないけどね」
 彼は少し俯いて片手で頭をかく。そして続けた。
「じゃあ、また。……あ、それと」
 頭を下げかけた私は、ぴたりと止まった。
「同じ年みたいだから……敬語じゃなくても」
 私は顔を上げる。彼の視線はまたも鞄にそそがれていた。『二学年・朝原明子』と、名前だけでなく学年も書いてあるその部分を私も見る。
 なんと言えばいいのかいまいちよくわからなくて、頷いておいた。
 それを確認したようにあちらも頷き、彼は僅かに頭を下げて、
「じゃあ」
 と言い、背中を向けた。
 私も軽く頭を下げた。
 彼は自転車を押しながら、歩いて行った。彼の姿が闇にどんどん消えていく。
 私はその背中が完全に見えなくなるまで、玄関の前に立っていた。
 空を見上げた。そこには微かに星があるようなないようなという薄い光しかなく、綺麗と表現できるのかもよくわからなかった。
 彼は、終始表情を変えなかった。——きっと私も、だろうか。
 なんだかよくわからなかったのでその考えは投げ捨てて、ほお、と息を吐き闇夜に背を向けた。

Re: お子様とコモンセンス ( No.5 )
日時: 2012/02/27 22:06
名前: しおぐり ◆cP1G9Wr7dw (ID: k9gW7qbg)

第二話


 彼が私の自転車を持ってきてくれたのは、次の土曜日の昼頃のことだった。セミはせわしく鳴き叫び、今日もまた暑い。
 てきとうな部屋着を身につけ、自分の部屋のベッドに寝転がってミュージックプレイヤーをいじっていた私は、普段来客の少ないこの家のチャイムが鳴った時ぼーっとしていたために思わずはね起きた。ベッドを降りると床に散らばる本やら服やらを踏まないように爪先で進んだ。部屋を出て、玄関へ向かう。
 昔ながらの家だから平屋であるこの家だけど、部屋の数は他の家より少し多いかもしれない。
 玄関の前で、ぼさぼさになった髪を手でぱぱっと整える。
 ——誰だろう。そう思って間もなく、あの声が聞こえた。
「朝原さんですよね?」
 ああ、あの人か。自転車を持ってきてくれたんだろうか……。
 引き戸を開けると、猫背でほっそりとしたその男は僅かに頭を下げた。
 私も頭を下げて口を開いた。
「こんにちは」
「自転車、持ってきたから。玄関の前に停めといた」
 あの時は暗くてあまりよく分からなかつたけど、今見ると彼はとても端正な顔立ちをしている……と思う。特に鼻筋が通って綺麗だ。ただまあ、若干だがやつれている感じがあるので、やはり不健康そうではある。なんだかその顔立ちを台無しにしてるような気がする。
 ついじっくり観察してしまっていたら、彼がふいと視線を斜め上にやった。「あの」
「あ……すみません」
 そういってから後、敬語じゃなくてもいいという彼の言葉を思い出した。でも、喉につっかえる感じがして口にすることができない。
 つくづくこういうのは慣れてない。
 いやでも、敬語だとか以前に名前を知らないんだ。
「名前、なんていうんで……なんていうの?」
 やっとまともな質問ができた。彼は、そういえばというように瞬いた。
唐澤舜からさわしゅん
 唐澤、か。忘れないようにしておこう。
 そういえば、彼は今日はギターケースを持ってない。わざわざこっちまで来てくれたのか。彼の学校は電車を使わないとこれないところだ。そこは都会で色んなお店があって、私もほんのたまに足を向けているので知っている。
 少し壊れたというだけでそんなことをさせてしまったのがやっぱり何か申し訳なく、何かするべきな気がするのだけど、こういうことはとことん駄目。でも何かしないと、という思いがぐるぐる頭の中で渦巻くのだが、見事に何も思い浮かばない。こういうときなゆは何をするだろう? なゆもなゆであまり社交的とは言えないが、少なくとも私よりはましなはず。
「じゃあ、俺行くから」
「ちょ……待って」
 唐澤が踵を返した時に、思わず引き止めてしまった。彼は不思議そうに振り向く。
 呼び止めたはいいが全く何も思いつかない。ええと——。
「そっちまで、送っていきます」
 彼はまた目をしばたいた。
 ぴしっと声を出してしまったが、後悔を果てなくした。本当にこういうのは下手くそだ。私が彼を送っていく……とは何かおかしい気がする。彼は詫びるためにここまできたのに、それでは堂々巡りだ。
 首筋がほてっていく感じがした。 
「えっと、そっちに用事があるので」
 咄嗟にそう言ったが、言い訳がましいだろうか?
 そうすると、彼は頷いた。
「わかった。一緒に行こう」
 靴を履こうとして、自分が部屋着なことに気づいた。ふと彼を見ると制服。きっと高校区域より外へいくつときは制服が決まりなのだろう。こっちにそういった規則はなく自由服で構わないけど、自分も制服で行くことにする。
「じゃあ、着替えてくるから」
「わかった」
 何回目かの短略的な会話をして、私は部屋へ戻った。


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