複雑・ファジー小説
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- 『Day Dream』(短編・完結)
- 日時: 2012/02/21 04:25
- 名前: Lithics (ID: j553wc0m)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=12209
はじめまして、Lithicsといいます。これは元・『死者の錯視』という題で投稿していたものを改稿し、完結させた短編です。特殊な主人公と、最低限の登場人物しか使わないという実験(修行)をしたものです。
登場人物
『矢吹 咲人』…………高校2年生、自殺志願者にして絶対記憶能力者。
『須藤 舞』…………修の幼馴染。
『藤 友人』…………修の親友。読み方は『ゆうと』。
『Day Dream』
2012-12-20
——カン、カン——
赤く錆びついた粗末な鉄階段を、硬い革靴が打つ。12月の夜、雪混じりの凍えるような風が冷やした鉄は、存外に甲高い音をたてるモノだと妙に感心して。
「……ク」
思わず嗤ってしまう。自分の足音なんて、いつからか妙に規則的になってしまって面白くもないが。それでも、これからの行為にすら慣れてしまったらしい自分が、滑稽だと思
ったのだ。
「……ああ、今日は記録更新だな。こんなに高いのは初めてか」
最上階で途切れていた階段から、ビルの屋上へとよじ登る。風にかじかんだ手の平で懸垂するのは嫌だったが、やるなら屋上からが良い。高さを稼ぐ意味でも、ちょっと離れた街の灯が見たいという意味でも。
——良い夜だった。憧れの空に張り付いて尚、真円には至れない月は俺のようで。地上で輝く聖夜を前にした灯りはとても綺麗で……在るだけで満たされる、羨ましい限りの友人たちのようだ。
「————」
そして、舞台に立つ。実に公演回数は20に及ぶ、独りきりの劇団員。ポカをやらかした事なんて一度も無いけれど、もう退いてしまえと唆される。参ったことに、俺自身も観客の反応や歯の浮くような台詞を覚えることよりも。最初に自分が出てきたであろう舞台袖、覚えてもいない『虚無』に興味があるのだから仕方が無い。
「———く、クク」
ほら、嗤いがまだ収まらない。きっと今の俺の姿は滑稽か、狂っているかのどっちかだろう。もし笑ってくれる人がいたなら、俺はその人に恋をするかもしれない。いや、女の子限定だけどさ。
「…………じゃあ、これにて幕。になると良いけど。ご清聴ありがとう、さようなら!」
そうして、今宵も夜に飛び出す。馴れてきた頭から堕ちるやり方ではなく、今回は仰向けに。なに、戯れに月を見ながらも良いかなと思ったから。
——月には錯視が付き纏う。
地平に沈む間際の月は怖いくらい大きく見えるし、魔天楼の上からみる月も大きく見えるモノだ。だけど、それは錯視。どこにある月を切り取っても、それは同じ大きさにすぎ
ない。
「……はは、やっぱりな。高さが変わった所で……」
風を切って、地面に引き寄せられるその過程。ほんとうに戯れにやった実験は、意外にもその錯視を証明できた。ぐちゃり、と。トマトを潰したような音が、耳に遠い。一息に 数10メートルも低くなった視点で見上げる月は、やはり変わらずに大きくて。
「————」
嗤ったつもりの声は、唯の息にしかならずに白く闇に溶けていった。でも、これでは駄目だ……きっと、俺はまた『死ねない』。
●○
2011-12-21
朝の光というのは、いつも残酷なくらい眩しい。それに、この季節だ……布団で光を感じている時点でかなり寝坊気味、もうゆっくりなど出来ないのが辛いところ。でも眠いものは眠い訳で……基本的に自堕落な俺、『矢吹咲人(やぶき さきと)の朝など、いつもこんなモノだ。昨日の夜をぐっすり眠ろうが、徹夜していようが、自殺していようが、それは変わらない。
「ぐ……煩い、な」
……何度目だろう、けたたましく鳴る目覚まし時計。突然だが、これが厄介な代物で。ある人物の手によって、親の仇の如く乱打しないと止まらない改造が施されている。
「ふん!」
だが弱点はある……古式ゆかしいベルが二つ並んだ時計を正面から殴りつけ、その裏にある電池を弾き出せば流石に止まるのだ。まあ、あとで電池を入れ直して、かつ毎日ズレていく時間を合わせるという手間はかかるが。
「……咲人〜、起きてる? って、まだ寝てるし……ほらほら起きて!」
「……?」
「なに、起きないつもり? なら……ふっふっふ」
今日も的を一撃で沈めて、布団を被り直したのだが。何か不穏な気配を感じて、流石に目を開けてみると。朝日で真白く焼けた視界の中に、酷く見慣れた女の子と、振り上げられた黒いバット。いや、ウェイターの持つ御盆の事でも、ましてや黒いからって蝙蝠でも無い。まさしく、ヒトの頭でホームランを狙いにいく為の鈍器だった。俺はもう終わりですかジーザス。
「……うわぁぁ !? こ、殺す気かよ、舞!」
「あらおはよ、咲人! 大丈夫よ、これ、おもちゃでプラスティック製だから。咲人のでしょ?」
「ああそれか……って、そういう問題違う! いいから下ろしてくれ、もう起きたから」
——ごく自然に俺のベット脇に立って(バットを構えて)いる女の子。さて、彼女が何者かと言われれば、名は『須藤舞(すとう まい)。世間で言う幼馴染という奴であるが……学校では『大和撫子』と男子から讃えられる長い黒髪、整った東洋美の顔立ち。そして理系では常にトップの成績。これだけあれば自慢の幼馴染と言って良いはずなのに、それを躊躇わせるに十分な問題がある。
「え? なんだ、久しぶりにガツンと行こうかと……」
「きっと二度と目覚めないな、俺……どSもいい加減にしとけ、学校でボロが出るぞ?」
こいつに憧れる男子諸兄が、大量に世を儚む大惨事が起こる。または、その接触の対象であろう俺が、嫉妬による槍玉とか血祭りとか、とにかく色々なモノに上げられる。いやその前に、こうして朝起こしにくるなんてバレた時点で……出来れば遠慮したい、痛そうだし。
「うん大丈夫。こういうのは咲人だけよ? ね、嬉しい?」
「……ははぁ、ありがたき幸せ。ほら、着替えるから出てけ」
「は〜い。下で待ってるから、早く来てね」
何が楽しいのか、くすくすと笑いながら出ていく舞。まあとにかくクセは強烈だし、学校ではネコをダースどころか師団クラスで被っているから扱いに困る。だがそれでも、彼女が俺の『日常』の象徴には違いない。
「……あちゃ、ひどい寝癖だ。もしかして舞、これで笑ってやがったのか?」
爆発事故の挙句、某中華系宇宙人のようになった髪を撫でつける。鏡に映る自分の顔は、写真でだけ見たことのある父親に良く似ている。俺が生まれてすぐに事故で死んだ彼は、俺には特になにも残さなかったが。母親には育児と仕事の多忙をガッツリと残していった訳だ。
「は……こう考えると、俺って最悪なんだな」
櫛を置き、学ランに袖を通す。身だしなみなんて毎日変わらない、一連の流れ。いつからか規則的になってしまって面白くもない、固定化した日常。新しいモノなんて一つもなく、全ては想定の範囲内……実を言えば先刻のやり取りだって、デジャヴのような感覚が突き纏ってならない。
——そこから、逃れたいなんて。本当なら考える資格も無い立場だというのに。
「咲人〜〜! まだなの?」
「ん、今行くって!」
階下からの声に応えて。さあ今日も始めよう、常なる日々の一片を。
- Re: 死者の錯視(コメント募集!) ( No.1 )
- 日時: 2012/02/15 21:32
- 名前: Lithics (ID: pJ0RzEWL)
『Day Dream』−2
コツコツと、二人分の皮靴を音が響く。昨晩、風に混じっていた雪は結局積もらず。若干濡れて色の濃くなったアスファルトに、キラキラと氷の結晶が光っているだけだ。隣を歩く美人さんは、冬に負けない白い頬を寒さで赤くして。
「ね、咲人、なんかしゃべってよ」
「却下だな。下手なラブコメじゃあるまいし」
「……なんでコメディー前提かな。いいじゃない、幼馴染なんて鉄板よ?」
苦笑いする舞。そりゃ、『却下』とか言った時点で『なんかしゃべってる』訳だから情けない。舞も俺も、無言に耐えられない性格じゃないんだが。それでも根暗な訳でもなし、舞が俺にちょっかいを出して俺が応えるというスタイルが定着している。
「俺と舞がベタベタしてたら、それだけでコメディーだよ」
「うん、楽しそうね。やってみる?」
「んにゃ、遠慮する」
笑い死……興味はあるが、成功するとは思えない。仮にそれで死んだら、今までの努力がなんだったのか分からなくなる。……それに舞だって本気ではない、と思う。もう習慣のように俺に寄ってくる奴だから、もし本気だったら相当に傷だらけ。一日に5回は失恋している計算になる。
——それに。こんな俺に、恋愛なんて許されるモノではない。『死にたい』という欲求は甘美なものだが……それゆえに多くを捨てる必要があった。
「ね、咲人。昨日の夜、何処かに出かけてたの?」
「ん? ……昨日は満月だっただろ。それを見に行ってた」
ほら、この調子で話題は変わって行く。きっと、昨日の夕飯でも用意していてくれたのだろう。舞には悪いが、別に嘘をついた訳ではないから許してもらいたい。だけど、彼女はすっと目を細めて。
「月を? ふ〜ん、昨日、雪降ってたし、寒かったわよね?」
「ああ、降ってたし、寒かったな」
「そんな中、真冬の天体観測、と?」
「ああ、そうなるな」
……駄目だ、信じちゃいない。でも、どうやった所で事実は話せないのだから、これで納得してもらう必要がある。だが。
「……風邪、引かなかった?」
「ぐぅ……だ、大丈夫だ……」
そっちかよッ、と突っ込みたいのを必死で抑える。これは罠だ、自分が疑っているのを見せつけてから、急に矛先を変える姦計。これに引っ掛かると、俺が嘘をついているという事になる逆説の罠。
「そ? 酔狂ね、咲人は。でも昔からそうだっけ?」
「そうそう。月を見に行こうって思ったら、丁度満月でな」
「そうね、綺麗な満月だった。ああ、その時、貴方と私は同じ月を見上げていたのですね?」
昔を思い出したのか、それとも何か隠しているのはバレているのか。芝居がかった台詞を吐きながら、くすくすと笑う彼女は。こんな俺の強敵であり続ける、それこそ酔狂な人物だった。
「……ほら行くぞ、恥ずかしい奴め。演劇部だからって早朝ミュージカルはよしてくれ」
「あらあら? いきなり女の子の手を引くなんて、咲人ってば意外と……」
「うるさい、お前の手なんぞ自分のと変わらん。それより、学校につくまでにネコ被る準備しとけ」
「ふふ、は〜い。ね、学校まで繋いでてくれる?」
「……却下。やってられるか」
こうしてがやがやと、二人だけの登校をこなす。学校に着けば友人たちが待っていて、個性的な教師陣も居る。それは、何も不満のない日常。
——そうだ。何の不満も無い。当たり前だろう、その日々は昨日と変わらないのだから。
- Re: 死者の錯視(コメント募集!) ( No.2 )
- 日時: 2012/02/12 20:02
- 名前: Lithics (ID: jYd9GNP4)
『Day Dream』—3
2011-12-21
俺の通う高校は、見事に水田に囲まれた立地にある。春夏秋と、水の防壁に囲まれた要塞と化す校舎だが。冬には雪が降らない限り、全方位が無防備になるのだ。舗装された道は一本しか通っていない上に、俺の家からは遠回りになる。よって冬に田んぼを突っ切って行けば、夏に迂回するよりも15分は早く着くのだ。
「おっす、遅かったね。……矢吹?」
変わり映えのしない校門をくぐり、違うクラスの舞と別れ、いつもと同じ教室へ辿り着くと。それをしっかり見ていた友人の友人……詳しく言えば『俺の親友である藤 友人(ふじ ゆうと)なる人物』が声をかけてきた。
「おす。なんだ、まだ寝癖ついてるか?」
極めて童顔なその顔を傾げ、俺の顔を見ている藤。こいつは低身長なのも合わせて中学生にしか見えないのだが、その『可愛い』という表現が似合う顔と、県下1位の短距離走者という意外性があって。要するに、結構モテるといって良い。
「いや……少し顔色が悪い気がしたから。でも大丈夫そうかな?」
「……ああ、昨日は夜更かししたんだ。眠くて参るよ……っと」
言いながら乱暴に椅子を引いて、藤の後ろの席に座る。それで納得したのか、彼も前を向き直して、参考書に取り掛かったようだ。それでも、声だけは続く。
「はは、どうせ勉強じゃないんだろうけど。いいよね、Mr. Perfect はさ?」
「うわ、安藤先生じゃないんだから止めてくれ。苦手なんだよ、あの先生」
藤が態とらしくネイティブ発音をしたミスタ・パーフェクトとは、俺のあだ名である。安藤という英語教師(女性)が、一年の時にした発言が元になっているのだが。
——そう。俺には、少しばかり特殊な脳がある。
パーフェクトと呼ばれる程、天才のように勉強が出来る訳ではない。同様に、努力の鬼では決してない。それは単に俺の生まれつき持った『絶対記憶』の性質に依る。見たモノ、聞いたモノ。嗅いだモノ、触ったモノ。果ては感覚的に感じたモノは全て、俺の脳は『記録』する。それは時間劣化、上書きなどの理由で失われる事は無く、俺の意志で廃棄するのも困難。『データ』は自動保存、ソートは完璧、ロードに時間はかからない。こんな因果な脳は、今までの人生では中々に役だって来た。先の英語教師は、俺が洋楽などから得ていたデータを駆使して、抜き打ちテストと口頭発表をクリアしたのに驚いた訳だ。
「そう? 安藤先生、お前には優しいじゃないか」
「……まあ。それはそうなんだけど」
これは他人には分かりづらいだろうが、彼女が俺を見る眼は他人と違う。俺は、教科書は映像として頭に入れ、発音もデータとして大抵は入れてある。そして、それを再現できる程度に、俺の舌は回ってくれている。そんな生徒を、心の中で苦く思っているのが分かるのだ。そこは大人であり教師だから、表立って変化はないし、まさか嫌がらせなんて在る訳無い。
——でも、俺の頭には日常的に見る彼女の表情が『記録』されている。
それを、他の生徒との接し方と照らし合わせれば、些細な変化など直ぐに分かる。……あの先生は自分の黒い感情を抑えて、俺に普通に接してくれているのだ。
「まあいいや。ねえ、現国のテストっていつだっけ?」
む、ちょっとばかり深い思考に入った途端。我が友人達はどうにも飽き易いようだ。
「明後日の3限目だ。って昨日言われたばっかだろうが」
「ふむ。じゃあ範囲は?」
「……56ページから240ページまで。因みに漢字は教科書全部だと」
「おお、じゃあじゃあ……僕の生徒手帳のナンバーは?」
「…………200099だ。お前、俺で遊んでるだろう?」
見たモノを記憶するとはこういう事だ。写真を頭に入れるようなモノだから、検索さえ出来れば、『見た』事があればリードが可能になる。手帳のナンバーは卒業生を含む総生徒数の通し番号。勿論、覚えているのは無駄の極みだ。
「うん、まあね。どれどれ……おお、合ってる。僕の手帳なんか見た事あったんだね」
「……この間、学割申請用に貸してもらった時にな」
……どうにも脱力する。こいつ含め、俺の頭を意に介さない連中もいるが。大抵は『天才』という謂れの無い羨望を向ける奴、自分の努力をバカにされたように感じるらしい人々。まあ、そんなものだろうとも思う。気にしたことはないし、こいつみたいな貴重な奴を大事にしておけば問題などなかった。
——否、問題がないのが問題というか。俺は『感じる』だけでそれを手に入れる。だから何時の頃からか、あらゆる欲求は薄れた。極論すれば、一度食べたモノの味でさえ再現する『記憶』。もう一度、もっと、という欲は無く。……あるのは唯一つ。誰も知らない場所。俺が『リード』できないデータを感じたいという、生きる限り満たされない欲。
●○
2011-12-20
——そしてやはり、死に損なった。
頬に当たる、冷え切ったアスファルト。着ていたコートは破けて、風が容赦なく入りこむ。
「————ゴフ」
……ヒドイ吐き気。かといって吐く物がある訳でもないから、出てくるのは空気だけ。胃液を吐くのは苦しいから、事前に薬で止めてある。それくらい、もう慣れっこだったから。
「…………くく、は、今回も『失敗』か。やっぱり高さは問題じゃないのかな」
仰向けに墜ちたはずなのに、今は這いつくばるようなうつ伏せ。月が見たくなって、ごろりと反転してみた。地面に血の跡はなく、ダメージがあるのは服だけだ。……残念なことに、身体は無傷。だから、凄く寒い。
「なんだ……月、見えないじゃないか……」
見上げた視界は、登った廃ビルに半分以上が削られて。真上にあるだろう満月は、その透明な光だけを俺まで届けていた。
——俺は、『時間』に呪われている。
最初に『死にたい』と思ったのは何時の頃だったか。この世に飽きたといえば最悪な言い方だが、一番合ってるかもしれない。だから、いっそ『その向こう側』を覗いてみようと思い立ったのだ。決して、深くは考えず。ある意味で子供っぽい、歪んだ好奇心の唆すままに。そう最初は去年、高校一年の時、今夜と同じようなビルの屋上から飛ぶように。
……でも『失敗』した。『向こう側』を見ることは出来なかった。そりゃあ、驚いたさ。意識が断線する瞬間まで『記録』した脳は、まるで朝起きたかのように復活して。残ったのは怪我ひとつない身体と、強い吐き気だけ。まるで俺の時間だけ巻き戻されたかのように、死ぬことが出来なかったのだ。
(参った。これじゃあ、何でか分かるまで死ねない)
そんなズレまくった思考をした俺は、思考と実験を繰り返すことになる。死に方が悪いんじゃないかと考えれば、こっそりと出来る範囲で、あらゆる『死に方』を試した。それでも駄目なモノは駄目だった訳で、めでたく今の俺がある。
「く……ははははは! そうか、これが俺の生きる意味、か……くく」
笑えない冗談だ。死に方を探すのが、死にたい俺の人生だなんて。自慢じゃないが、世界中の誰よりも、俺は『死』に近いはずだ。なのに、絶対に死ねないというのはかなりエグい矛盾。またも自慢じゃないが、あらゆる知識を詰め込んだこの頭にも、こんな超常現象は入っていない。全てを知ることが出来るのに、唯一知りたいことは知ることが出来なかった訳だ。
「……帰るか、明日は学校だ」
ゆっくりと身体を起こす。こんな事を20回繰り返しても俺の頭は壊れないし、学校に行くのも止めない。こうやって拒否されればされるほど、『向こう側』への興味は募る。人間、隠されれば知りたくなるモノなのだ。
——だから。俺はまた死ぬんだろう。
「そうだ、今度はビデオカメラでも仕掛けておくか?」
なんで死ねないかを知るには、良いアイデアだと思った。グロいのは苦手だから、再生にはちょっと勇気がいるだろうが。ああ、自殺というの駄目なのかもしれない。でも、意図的に他殺されるのは難しそうだ……舞辺りならやりそうだけど。
「は……マトモじゃないな、俺」
そうだ、一日中『死』について考えている。こんな男が、マトモであるはずもない。
- Re: 死者の錯視(コメント募集!) ( No.3 )
- 日時: 2012/02/12 20:05
- 名前: Lithics (ID: jYd9GNP4)
『Day Dream』−4
2011-12-24
……12月と言えばクリスマス。学校の校舎こそ田舎っぽい立地にあるが、駅前の商店街・繁華街やオフィス街まで出かければ、この季節独特の浮足立った雰囲気は十分に味わえる。だが哀しいかな、我が校は進学校である故に……このイヴの日も授業があるのだった。
(まあ、俺には関係ない……かな?)
キリスト教は自殺者に厳しいから、俺がクリスマスを祝っていたらバチが中りそうだ。なにしろ、20回も地獄門を叩いては追い返されているのだ、その嫌われようと言ったらないはず。そんな愚にもつかない思考を、BGMのような授業の声を聴きながら。最近は、どの授業の内容も一度聴いたような気がして……どう頑張っても集中は途切れがちだった。
(また、か。ははっ……オカシイのは俺の方だよな)
『日常』が徐々に煮詰まっていくような、理由の無い焦り。ふとした瞬間に、次の一瞬を予見してしまう感覚。もう分かっているのではないか、『世界』は同じ素材、ループする有限の情報で出来ている……そんなイカれた妄想が止められなくなる。唯でさえ、俺の脳は『学習』の幅を狭めているというのに。
「矢吹くん。ちょっと時間いいかしら?」
「……?」
——知らぬ間に、授業は終わっていたようだ。後ろから掛かった声は、デジャヴの域を越えて何度聴いたか思い出せない程の……
「……どうした舞。こっちのクラスまで来るなんて珍しい」
……そこに居たのは、顔に余所行きの微笑みを貼り付けた我が幼馴染。俺は文系で、彼女は理系。クラスは当然違うし、大体は学校で会うことなどないのだが。この『矢吹くん』という呼び方も余所行きで、聞くと背筋が寒くなる。まあ、咲人と呼ぶなと言ったのは俺のほうだが。舞の方はネコを被って磨きが掛かったクールな声だが、俺の方は引きつっていたと思う。
「うん、だから用事。次始まっちゃうから、手早く言うけど……今日の放課後は私に付き合ってね?」
「は……?なんでまた、っておい帰るな!」
ぱっぱと良く分からない事を抜かして、直ぐに帰ろうとする舞。いや、実はあまり珍しい事でも無いのだが、今日はマズい。どういう用事か知らんが、曲解したクラスメイト達がどよめいている。女子達は生温かい目で、男子は突き刺すような目で俺を睨みつける……まあ、それだけ外見は良いんだろう、舞は。
「え? いいじゃない、どうせ暇でしょ? またね、咲人」
「あ……お前な、いつも呼び捨てにするなと……むぅ」
優雅に去っていく舞。教室は凍った時間を取り戻し、男子は変わらずに俺と目を合わせない。いや、一人だけニヤニヤしてる奴がいるか。前の席から、椅子に反対に座って話しかけてくる藤友人。こいつは俺と舞が幼馴染というのが良く分かっているから、誤解はしないだろうが。
「いや〜、舞ちゃんはいつも可愛いね。羨ましいですなぁ」
「……可愛いのは認めるがね、正直困るんだって」
「ああ、うん。可愛いって認める時点で、逆に脈無しか。哀れだねぇ、舞ちゃんも」
「??」
なんとも言えない、藤の表情。だがこれも『いつかの記憶』にある……強いて言えば呆れているのかもしれない。そんな事を考えていると、彼がふと真面目な顔をして。
「矢吹は、結構モテるんだけどな。……でも告白された事はないでしょ?」
「はぁ……うん、まあ、ほとんど無いな」
……少しくらい、好意を持ってくれている子がいるのは分かっている。俺自身に経験がなくとも、頭の中の映像その他をいくつか合わせれば、それくらい分かる。だけど、確かに面と向かって告白なんてされた事は無かった。
「……それね。怖いんだ、きっと。お前、『興味無い』っていうのが顔で分かるから」
「顔で、か。それは俺に分かるはず無いわな」
「いや、なんていうかな。君に興味ないって言うのを、相手のせいじゃなくて自分の問題として言うんだ。お前はそれで良いかもしれないけど……相手にとってはもう取り着く島のない拒絶だよね、それは」
藤は弁当を食べ終え、水筒の茶をすすりながら俺に諭す。それに、返す言葉は見つからなかった。
「ま、僕には関係ないけどね〜。相手が自分に興味があるかなんて、そう気にする事じゃあ無いし。もし明日、急に矢吹が居なくなっても、僕にとって世は全て事もなしってね」
「……は、言ってくれるよ」
言って、手洗いに行く振りをして席を立った。それ以上の話を聞いていたら、大声で笑ってしまいそうだったから。俺も異常なのだと改めて自覚はしたが、あの野郎だって十分おかしい。相手の興味に関係なく人と付き合える。それは、自分は勿論できないし、1000人に1人もいない性質だろう。
「はは、良いな。これは、面白い」
もし俺が死んだ後、藤がどんな顔をするのか。それだけは是非見たいが、それは無理だろうから。……そう考えて。ここ数年で初めて、直ぐに死ぬのは惜しいな、なんて事を考えていた。
- Re: 死者の錯視(コメント募集!) ( No.4 )
- 日時: 2012/02/12 20:22
- 名前: Lithics (ID: jYd9GNP4)
『Day Dream』−5
2011-12-24
——聖夜の灯は、近くで見たって綺麗だった。
(いや、違うな。あんな所(屋上)から見るより、ずっと綺麗に決まってる)
キラキラと着飾った人々でにぎわう、広いダンス・ホール。流行っているのだろうか、ホールの中央には、緑ではなく純白のクリスマス・ツリーが天井低しと輝いている。……どこを向いても、赤と緑と白。そう、俺は生まれて初めて、『クリスマス・パーティー』というモノに招待されていた。隣で歩くのは、見惚れるほど鮮やかな赤いドレスを着た我が幼馴染。しかし、それすら何処かで見たような既視感に襲われる……
(此処は初めて……?)
「……くっ」
少し目眩がして、入口の壁に背を付けた。流れゆく人の何人かは怪訝そうに俺を見て、直ぐにパーティー会場へと意識を戻していく。歪んでは戻る視界は徐々に収まっていくようで、その実、視界なんか常にこうだった気もして。
「ん、咲人? どうしたの、顔が酷いわよ?」
「……『顔色』、だろうが。よもや17年目で指摘されるとは思わなかったぞ」
「細かいわね……ほんとに大丈夫? 結構青いわよ」
「心配ない。慣れない所に来て、少し目眩がしただけだから」
「そう? じゃあ行こうよ、ツリーを見にいかなきゃ」
心無しか浮足立った舞の顔を見て、少しだけ目眩が収まる。そう、このパーティーは舞の親族——確か小なりといえど『須藤財閥』だったか——の主催するモノ。学校でも有名で、招待券はそれなりの値段で取引されるとか。まあつまり、舞の『放課後は付き合ってね』はこれのことだった訳だが。わざわざ俺用のイブニングまで用意して……
「ちょっと待て……いいのか? 俺は……」
「なに? 私にパートナーも無く歩けって言うの? 酷いのね〜、咲人は」
「ん……なんだ、当て馬かよ? それなら仕方無い……お前のメンツの為にな」
「ふふっ、違うわよ。折角のイヴ、一緒にいるなら咲人しか考えられないもの」
振り返った彼女はネコを被らない……俺にしか見せない悪戯な笑みを。それは普段と違うドレス姿だからか、妙に綺麗だと思ってしまった。その背景の眩しい電飾に中てられたか、さっき収まった目眩が戻ってきそうなのを、必死に抑え込んで。
「はぁ……飽きないな、舞も。なら行こう、ツリーを見るんだろ?」
「うん! あ、偉い偉い、ちゃんとエスコートしてくれるのね?」
差し出した手を握る舞の手は、白い絹の手袋に包まれていて。その滑らかな手触りと、伝わる暖かさが心地よく……それさえ、いつか感じたような『記憶』を無理やりに押し込めた。
●○
「そして……食い過ぎだ、バカ」
「い、いきなり挨拶ね。大丈夫よ、ちょっと休めば動けるから」
——パーティーは明るく、楽しいモノだった。学校の友人達も少数ながら招待されていて、俺の隣ではしゃぐ舞の姿に、全員がポカンと口を開けていたのが印象的だが。主に成績やら能力やらで目立つ俺と、『普通』の脳で以て俺と同じくらいの成績を出す舞の組み合わせは、割とセンセ—ショナルなのかも知れない。しかし、周りの目を気にするでもなく、小食なくせに結構料理を食べていた舞は……現在、椅子に座って休憩中。
(ふぅ……何か似合わないよな、こういうの)
舞の向かいに座って、会場を見渡す。夜10時を回った所だが、もともとクリスマスの行事なのだから、大人たちは少なくとも日付が変わるまでは続けるつもりなのだろう。その時、ふと、クリスマス・ソングと雑多な喧騒の中……こちらを見つけて近寄ってくる奴が見えた。
「舞ちゃん! 今日は一段と麗しいね。と、矢吹じゃないか。2人で居たんだ?」
「藤、てめぇは親友をついで扱いすんな。俺にも麗しいとかなんとか言えないのか」
「……言って欲しい?」
「いや」
「……否定なのか、『嫌』なのか分かりづらいね。まあ、どっちでも同じかな?」
……ビシリとタキシードで決めた藤は、見事に会場の雰囲気に溶け込んでいた。こいつにも、舞が招待状を配っていたのだろう。俺達の下らないやり取りでクスクスと笑っていた彼女が、やっとの事で立ち上がった。
「こんばんは、藤君。来てくれたようで良かったわ……やっぱり、咲人と藤君はセットじゃないと」
「こちらこそ、お招き有難う! と言っても今日は矢吹は譲るよ……そろそろ連れの子を送っていかないと、だしね」
「ああ、あの子ね? 待ってるみたいだから、早く行ってあげた方が」
少し離れた所に、少しは見慣れた女の子が不安そうに立っている。藤と同じ陸上部の後輩で……そうか彼女、ついに見た目よりずっと硬派な藤を落とした訳だ。
「そうだね、失礼するよ。また学校で————っと、忘れてた……」
少し照れたような、微妙な表情をした藤は。多分、生温かい目で見ているであろう俺の方を向き直って。
「メリークリスマス、矢吹。おやすみ!」
「……!藤……?」
……それはなんて、似合わない台詞だっただろう。普段なら決して言わないような言葉なのに、不思議と耳に優しくて。この場所の雰囲気がそうさせるのか、言葉に籠った何かしらの思いがそうさせるのか。根拠もなく、もう良いんだ、と諭されているような。そんな判断もできない内に、彼は颯爽と踵を返して彼女のもとへと帰っていってしまった。
「……なぁ、舞?」
「ん、なぁに?」
「いや、何でもない。そろそろ俺達も帰ろう……送って行くから」
「ふふ、家は向かい同士なんだから、一緒に決まってるでしょ」
そう言って腕を絡めてくる舞を、振りほどく気にならない。藤の言葉で何か重要なピースが嵌って、感じ続けてきた違和感の正体に指先が触れたような緊張感。馬鹿な、その正体が何かなんて……もう分かっているんじゃないのか。あれもこれも、どれもが酷いデジャヴの中、アレだけは初めて聴いた言葉だったと言う事に。
「咲人……? なに、やっぱり顔色悪いわよ?」
「だ、大丈夫だ……帰ろう、あまり遅くなると悪い」
「うん……そうね、早く帰って寝た方がいいかも」
何か勘違いをしたのか、腕に掛かる舞の体重が減って、逆に俺を支えるような寄り添い方に。恥ずかしくて仕方がないが、まあ良い……今は、なるべく一人になりたく無かったから。
- Re: 死者の錯視(コメント募集!) ( No.5 )
- 日時: 2011/11/16 18:18
- 名前: 紫蝶 (ID: qBE5tMSs)
こんばんはー。
来ましたよ〜
・・・・・凄いですね。言葉が出ません。
即座に『お気に入り』に入れました。
続き、楽しみです。頑張って下さい。