複雑・ファジー小説

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HI MI TSU〜甘美な蜜の味〜
日時: 2012/02/29 15:14
名前: アユラ (ID: 06in9.NX)

いけないとわかっていても、
止められない想いが、ある。

たとえ、許される事はなくても、
たとえ、報われる事はなくても、

消すことなど、気付かないふりをする事など、
できない。

あの日、あの時、出会わなければ、
幸せだったのだろうか?

それとも、自分に嘘をつき、この想いを封印していたなら、
楽になれたのだろうか?

今、この瞬間にも、頭をよぎる、愛しい人。


あの日、あの時、あの瞬間に。

出逢ってしまった君に、

僕は、恋に、落ちた。



−1−
初夏の風が、青空をかすめていく季節。
5月のまだほんのり肌寒い日々が続く中、いつものオフィスでのいつもの仕事。
パソコンと向き合い、コーヒーを片手にデータの打ち込みをする。
最近の企画は、すべてが似通っていると、部長から指摘が入ったばかりだ。
新規企画を打ち出す為、あらゆるネットワークをフル活用する。
知人、競合各社のデータ、ネット、ツイッター…。
しかし、ピンと来る企画が思い浮かばない。

午前10時半。
会議を終えた輩が事務所になだれ込んでくる。
「今日のあの話、マジで意味あるのかよ」
「ってゆうか、また難しい企画押しつけられたんですけどー!」
「マジ?どんなの?」
「それがさぁー…」

口々に、会議の内容を愚痴る姿が目に映る。
そんな中、一人だけ、例外がいた。

彼女は、会議に出席した後、まっすぐに休憩室へ向かった。
企画会議書と、報告書をデスクに放ったまま。
不用心な奴だ。
僕は、そっとその書類達を逆さに伏せた。
僕なりの、気遣いの仕方のつもりだ。
そうして、また僕は、自分の仕事をする為、パソコンと格闘し始めた。

5分後、彼女がデスクに戻ってきた。
伏せられた書類を見て、
「また、課長ですか?私の書類を伏せたの」
「さあね」
僕は、顔色一つ変えずに目も合わせずそう答えた。
「全く、不用心たらないぜ?」
しばらく伏せた書類を目の前にひきつった表情をしていた彼女が、ふっと笑顔を見せた。
「そうですね。課長の几帳面ぶりには、いつも感謝してますよ」
僕がパソコンばかりを見つめ、彼女の方を少しも振り返らなかったからか、彼女が画面を覗き込んできた。
僕は、不意をつかれてとっさに顔を背ける。
「あー、これ、前に部長にダメだし食らった企画ですよね?なんだか、X社が同じような事をするんですって?」
「そうだ。だから、俺はこれを練り直しているんだ。お前、自分の仕事しろよ」
「ちょっとくらい見せてくださいよー。運営するの、どうせ私でしょ?企画書まとめて、会議にかけて、打ち合わせして、運営もする。私って大変」
「新人はそれくらい大変なもんだ。俺も、手があいたら手伝ってやるから」
「結構です。私には、後輩も販売事業部のコネもあるから、なんとかできますよ」

まさに、一本取られた。
僕はそんな教育を彼女にしたつもりはなかったのだが、彼女の性格上、負けず嫌いが甚だしい。
だから、この仕事ができているのだと、僕は改めて実感した。

デスクに向かい、手帳とにらめっこしながらスケジュール調整をしている彼女の姿を、横で仕事をしながら、僕はちらっと盗み見た。

よく通った鼻筋。
小さめの顎。
目は、きりっと少々目じりがつっている。
女性らしいロングヘアーの先には、くせ毛のようなパーマが当てられている。
清楚なイメージとは裏腹に、髪をかきむしったり、ペンを咥えたりする仕草は、まるでサラリーマンだ。
キーボードを操作する両手。
しなやかな指先で、流れるように打ち込みをしていく。
若さがなければ、これほど早く打ち込みは覚えられないだろう。
僕の視線は、その指先から根元へとシフトしていく。

いつも、それを発見した瞬間、僕は、現実へと引き戻される。
そして、自分の想いがいけない事に、改めて気づかされるのだ。

左手の薬指に、鈍く光る銀色の輝き。
そう、彼女は、既婚者なのだ。

僕の、想いを寄せる、愛しい人。





 








Re: HI MI TSU〜甘美な蜜の味〜 ( No.1 )
日時: 2012/02/29 15:43
名前: アユラ (ID: 06in9.NX)

-2-

僕たちが勤務する会社は、主にアパレル会社のイベントの企画・運営だ。
某アパレル会社の子会社で、僕は出向扱いで勤務している。
元々、本社にいたのだが、5年前に配属替えでこちらの部署にお世話になることになった。
僕のほかには派遣・アルバイトがこの部を支えている。
本体からの出向である僕は、オフィスの代表として、課長職で勤務をしている。
彼女--如月柚果(きさらぎ ゆずか)は、この部署に来てまだ2年の若手社員だ。
年も27歳で、僕とは10離れている。
如月も、本社採用の出向扱いの人間で、僕と立場は一緒だ。
彼女には、社員である手前、企画・運営の責任者と、このチームのリーダーを担ってもらっている。
仕事熱心で情に厚いが、何分焦り性でミスを連発するので、目が離せない。
今日も、書類のケアレスミスを部長に指摘され、今日中に修正するように言われたばかりだ。

如月との出会いは、2年前の春の人事異動時だった。
それまでの社員は男性が多く、1年くらいいては本体に戻っていき、バイヤーや管理職になる者が多かった。
女性もいたが、男性ばかりのこちらのオフィスになじめず、半年で辞めていった。
今のところ、如月が一番長くこの「企画運営部」に所属している。
僕は、初めて彼女と会った瞬間に、一抹の不安を覚えた。

私服はジーンズ、名刺はない。準備されているはずのものを、何一つ持参していなかったのだ。
パソコンも満足にいじれなかった。
そんな中、僕が仕事内容を説明する段階に入ると、彼女の表情がぱっと変わり、途端に瞳が輝き始めた。

「企画の仕事って、私すごく興味があったんです!」
「珍しいな、お前。普通、うちの会社に入ったら、店舗のチーフや店長をやりたがるもんだが。しかも、出向だし…」
「店舗のチーフは経験してきたんで。他の仕事したいなぁって思っていた最中だったんですよ」
「そうか…」

彼女が何も持参していない理由が、ここで明らかになった。
如月は、事務仕事は初経験なのだ。
店舗のスタッフからチーフになり、次にここに配属されてきたのだ。
パソコンも、触れないわけだ。
「お前、売上管理はパソコンでしていなかったのか?」
「はい。すべて手書きでした。その方が、店頭とのリンクがしやすいんです」
「なるほど…」
これはやっかいな刺客を送り込んできたな、と僕はその時に直感的に感じた。
これを、僕が教育するのか…。
確かに、僕の目をきちんと見ながら話は聞くし、明るくて事務所内の雰囲気は変わるかも知れないが、果たして、どこまで僕が面倒を見れば良いんだ?




Re: HI MI TSU〜甘美な蜜の味〜 ( No.2 )
日時: 2012/02/29 22:38
名前: アユラ (ID: MgUgGnIS)

僕は、彼女にとりあえず、デスクとパソコンを用意し、そこで勤務するように指示を出した。
仕事の内容は、前任者がパソコンのフォルダに残してあるので、1週間はそれにきっちり目を通し、それから具体的な仕事の内容に入っていく、と説明を付け加えた。
「はい、わかりました」
「少々難しい内容だが、わからない部分はきちんと教えるから、質問は遠慮なくしろよ」
「はい。あの、これですけど…」
「基本的な質問は受け付けないからな。自分で覚えろ」
「…わかりました」
如月は、早速デスクにつくと、パソコンに目を通し始めた。
僕は、話しかけもせずじっと彼女を見ていた。
派手な洋服、幼さが残るが女性らしい顔つき。
スタイルの良さ。
どう見ても、店舗向きだった。
彼女が内勤なんて、なんだか場違いな感じさえした。
積まれている書類を手に取りながら、模索しながら彼女はパソコンを操作していく。
いつの間にか、僕はその姿に釘付けになっていた。

確かに、この部署に女性が配属される事自体が新鮮な事なので、注目を浴びても不思議はない。
その証拠に、同じフロアだが別の企画をしている人間も、野次馬のように如月を見物に来ていた。
そんな状況下でも、彼女は黙々と自分に与えられた業務をこなしていく。

「課長?」
僕の視線に気づいたかのように、突然如月が僕の方を振り返った。
あまりにも不意を突かれた行動に、僕は焦ってしまっていた。
咄嗟にパソコンをいじるふりをし、彼女に答えた。
「何だ?」
「ここの部分なんですけど…」
「どれどれ」
僕は彼女のパソコンを覗き込んだ。
想像以上に、彼女の顔が僕の顔と近付き、動揺を隠せない。
務めて平静を装ったが、彼女に僕の焦りが気づかれていない自信がないほどだった。
僕は、如月を見られなかった。
「これはだな…」
説明をする為にマウスをいじっていると、彼女の視線を感じた。
彼女は、じっと僕の表情を見つめていた。
悩ましげな、それでいて熱意が伝わってくるような、凛とした眼差しで。
「お前、聞いてるのか?」
僕は思わず、彼女の方を見降ろしてしまった。
如月はその瞬間、にやりと不敵な笑みを浮かべ、僕の目を真っ直ぐに見つめた。
調子が狂う。
僕は、どうしてしまったのだ?
右手の自由が利かず、心臓が震えているのが自分でもはっきりとわかった。
そんな僕の表情を面白がるように、彼女は僕をじっと見つめたまま、言った。
「私、『お前』って名前じゃないです。如月です」
「わかってるよ。じゃあ、如月、これはだな…」
咄嗟に取り繕っても、その場の雰囲気が、僕の焦りが治まるわけではなかった。
十分に承知していたが、僕はそうするしかなかった。

説明を一通り終え、僕がデスクについて仕事をしている間も、その動揺は僕を苦しめ続けた。
なんとか振り切り、今後の部下とコミュニケーションを図ろうと、僕は急にしゃべり始めた。

Re: HI MI TSU〜甘美な蜜の味〜 ( No.3 )
日時: 2012/03/01 19:56
名前: アユラ (ID: TVgEc44v)

「そういえば、如月なんて珍しい名前だな。いつの新入社員だ?」
僕はそう言いながら、彼女の視線を避けるように、手元に目をやった。
品の良い腕時計がはめられた左手は、若さを象徴するような滑らかさを保ったままだった。
その指先には、薄ピンクと白のネイルが上品に施されている。
ふと、指の根元に目が行った。
その瞬間、僕の視線は、その場所に釘付けになってしまった。

「私、入社した時は佐々木だったんです」

彼女はそう静かに言い、僕の方を見上げ、左手を目の前に翳して見せた。
その表情は、はにかんだような、それでいて、どこか寂しげな表情でもあった。

その時、僕ははっと気付いた。

逢って間もない彼女の事を、もっと知りたいと思っている自分に。
どこか放っておけなくて、見守っていてやらないと、壊れるのではないかと不安にさせる表情が、やけに気になる事に。

彼女は、確実に、僕の心をその時、独占していた。

しかし、彼女が既婚であると知った瞬間、頭をハンマーで砕かれたような衝撃を覚えてしまった。
---彼女が既婚であろうと、未婚であろうと、僕には一切関係のない事だ。
そうであるはずなのに…、
この衝撃は、このショックな気持ちは、何なんだろう。
だいたい、どこにでもいそうな20代の女の子じゃないか。
でも、彼女のあの憂いを含んだ眼差しは、見る者を釘づけにさせる魅力を放っている。
僕は、それにとり憑かれてしまったのかも知れない…。

好きになってはいけない女性に、人生で初の「一目惚れ」をした、瞬間だった。




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