複雑・ファジー小説
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- 【第二幕】ケイオズミックス・ホラーズ【開幕】
- 日時: 2014/08/18 22:44
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: DgbJs1Nt)
●8/18 第二幕【水歩く音】更新。
最新更新分へ>>20
【始祖の悪夢を想う。】
——昔々、ある大きな国の小さな町に、悪夢に悩まされる少年が居ました。 彼が幼い日に見た、母が少しずつ壊れていく様子には大人である彼の父親さえも堪えられなかったそうです。
そうして過去と悪夢に魘されながら成長した少年は、大きくなると紙のうえに魔物を創り出すようになりました。 それらはある種の人々を惹き付け、誘い、彼の創り出した顔のない魔物は、どんどん大きく、沢山沢山成長していきました。 今では無数の世界が出来上がり、無数の魔物が徘徊し、そして無数の神々が混沌と渦巻いています。
幼い日に見た少年の悪夢は、いつの間にか意思を持ち、世界を持ち、沢山の隷属された魔物を持ち、やがては命さえ手に入れてしまったのです。
さて、此処にもまた、少年の悪夢に惹かれた闇の眷属が一人。 どうぞ、少年の見た悪夢の狂気と混沌を、心往くまで覗いて下さい。
* * * *
【ごあいさつ】
どもー、暗黒街の炸裂ペテン師こと、たろす@です(*´∀`)
今回はですね、ホラー傾向のお話を作っていこうと思っております。
予定では短〜中編の詰め合わせみたいな形に成ればなと。
ホラー作品なのに敢えてシリダク板ではなくこちらに建てた、と言うことは当然注意事項が御座います。
一応お断りしておきますが、読んでから一人で家にいられなくなった、とか、一人でお風呂に入れなくなったとか、そんなクレームは聞こえません。全然聞こえません。
【ご注意】
1:ホラーです。 怖いの無理な方ブラウザバック推奨です。
2:グロ有りです。 流血描写暴力描写、生理的不快感等、不安な方ブラウザバック推奨です。
3:設定や名称の一部が既存の作品群と被ります。 盗作とかではなくコズミックホラーの仕様です。
4:荒しさんブラウザバック推奨です。 善意ある指摘、添削意見は歓迎、バンバン叩いて下さい。
【おしらせ】
7/23
第二幕、開幕です。
8/18 更新。
【目次】
第一幕:黄印を追うモノ(グロ注意)
>>1>>4>>5>>6>>8>>10>>15>>16>>17
一気読み>>1-17
第二幕:水歩く音
>>18>>19>>20
【お客様】
日向様 / レイ様 / lp様 / 武士倉様
- Re: ケイオズミックス・ホラーズ(短編詰め合わせ予定) ( No.1 )
- 日時: 2013/04/05 11:49
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: RnkmdEze)
- 参照: 嗚呼、来ないでおくれ。
【第一幕:黄印を追うモノ】
1-1
弟が死んだ。
それだけでも私にとっては大変な事だが、死に際に弟が寄越した言葉は、更に私を困惑させた。
「兄さん、僕はもうすぐ死ぬが、僕が死んでも書斎の本棚には触っちゃ駄目だ。」
医者に聞かされた弟の死亡推定時刻とほとんど重なる時刻に録音された私の家の留守番電話のメッセージは、無機質な、だが決して死に際の人間の声ではない声で繰り返し私に申し立てた。 何処か無機質な中に恍惚と酔いしれる風がなくもない。
少なくとも私は困っていた。 仕事から帰ってそのメッセージを聞いてから直ぐに弟の家に電話を掛けたが音信は不通。
警察へメッセージのことを話すと、弟の家からは二つの死体が見付かった。 弟と、その辺りを回るゴミの回収社の制服を着た男。
なぜ弟の家にそんな男が居たのかは不明だが、更に不可解なのは弟を発見したと言う警察官の呟きだった。
「あの男の腐乱具合、少なくとも二か月は経ってるな。」
彼の呟きを信じるならば、二か月前に死んでいるのは制服の男で(弟は電話を掛けてきたわけなので)、そんな腐乱死体と二か月も弟は一緒に住んでいたのか。 それは大層不可解なことだが、弟の不可解な遺言も可笑しな話だった。
理由は何であれ自分が死ぬと気付いて、蔵書に触れないでくれと言う。
それは考えれば考えるほどに不可解な話だった。
* * * *
ふたつ隣の街、弟の住んでいた街まで弟の遺体を引き取りに来た私は、またひとつ不可解な事実を知った。
弟の死を調査していると言う刑事が言うには、弟の死因はショック死らしい。
病死や外傷ではない。 弟が自分の死を予見するのは、ましてや死の直前にその旨を私に伝えるのは到底不可能な話だったと。
私は聴かれるまま弟について彼に話をしたが、弟は病気らしい病気もしていなければ、アレルギーや持病も持っていなかった。 それはきっとカルテを見てもわかるだろう。
こうして、弟の死にはいくつかの大きな謎が孕まれていることがわかった。
そして、共に安置所に向かって歩きながら、刑事が死亡時の弟の所持品は警察が保管してる旨を伝えた。 同時に、司法解剖も終えている事を。
弟の死の解明必要ならば、私はそれで構わなかった。今は弟の死だけで頭が破裂しそうだ。
そんな私に、刑事はポケットから何かを取り出して差し出しす。
「データのコピーだけさせてもらった。 葬儀をするならこれが必要だろう。」
そう言った刑事の手に握られていたのは見覚えのある弟の携帯電話だった。 何年か前に会った時に「新型だ」とやたらに自慢していた黄色い携帯電話。 所々塗装が剥げてはいるが、確かに私はその携帯電話に見覚えがあった。
刑事の言葉で、私は弟の友人や同僚にも彼の死を伝えねばならない事に思い至った。 刑事の配慮に感謝しながら受けとると、彼は礼の言葉も待たずに道を変える。
目深にかぶっていた帽子の鍔に僅かに手をやったのは別れの挨拶だろうか。
少なくとも私はこれが彼なりの気遣いだと解釈したし、私は彼に終始不快な印象を受けなかった。 近年稀に見る、不思議な紳士だった。
そのまま足を進め、遺体安置所に辿り着いた私を、まだ若い眼鏡の女性が迎えた。
恐らく安置所に勤めているのであろう彼女は、何処か朧気な、寒々とした空気を纏っていた。 そんな彼女の小さな「ご愁傷さまです。」と言う言葉を僅かに脳裏に留めて、私は必要な記帳を済ませる。
安置所の中は彼女の雰囲気に極親い物があった。
恐れや哀しみを逸脱した虚無感、寒々とした、"何もない"感覚。 人間の含む温かみから切り離された、寂しげな空気。
そんな場所で、私は彼女の案内を頼りに、弟と約一年ぶりの再開を果たした。
人一人が余裕をもって入れる、横に長い冷蔵庫。 担架にのせられた弟。
「きっと、とても恐ろしい思いをしたのね。」
隣で一緒に弟の死相を眺めた彼女がそんなことを呟いた。 確かに彼女の言う通り、弟表情は恐怖に目を見開いている。
見てはいけないもの、触れてはいけない片鱗に触れてしまった様な恐怖の形相。
……だが、私はその中に確かな恍惚を感じ取った。
常人は目にしてはいけない、背徳的な世界へ足を踏み入れてしまった人間特有の、歪んだ満足感の様なものを。
いったい弟が何を見たのか、私はとても、不謹慎ではあるがとても興味が湧いた。
しかしそんな私の思考を、彼女の小さな咳払いが遮る。 彼女の視線を追うと、私が呼んだ葬儀屋が居た。
軽く会釈をして、部屋をあとにする彼女。 追うように部屋を出て、また彼女の案内で別室へ移る。
その間も葬儀屋は口早に挨拶や葬儀プラン等を話していたが、私の目は葬儀屋も、彼女も捉えて居なかった。
前から歩いてくる黄色い制服の男。
弟の部屋で死んでいた、ゴミ収集の制服を着た男。 その男に、私は視線を奪われていた。
妙に弛んだ顔や手の皮膚は血色が悪く、溺死体を思わせ、目の回りは落ち窪んでいるのに、死体の様な眼球だけは妙に飛び出して見える。 首は皮膚が弛んでまるでエラのようだ。
そしてゴミ袋を握る指はブヨブヨとしていて、巨大な蛆虫に似ていた。
余りにも強烈な嫌悪感を覚えて、私はあからさまに顔をしかめてしまう。 しかし制服の男は気にする風もなく通りすぎて往った。
ただ、すれ違い様に醜悪で恐ろしいその顔をニヤリと歪めて。
それは私の位置からは見えなかった仕草のはずなのに、なぜか私は明確にその醜悪な笑みを見た気がした。
ゾクリ、と背骨が怖じ気づく様な感覚に身震いした私に、隣の葬儀屋が怪訝な視線を向ける。 きっと彼はあの男の下卑た笑みを見なかったのだろう。
いや、私だって見ていないはずだ。 見える位置ではなかったはずだ。
別室に移り葬儀屋と葬儀の打合せをする最中私の脳内のほとんどの領域をあの男の下卑た笑みが占領した。
死んだ魚を思わせる、飛び出し、濁りきった瞳。 口元が笑みを結んだ僅か数瞬だけ、それがギラリと輝いた様子。
葬儀屋の言葉など、ほとんど私の耳には入っていなかった。
- Re: ケイオズミックス・ホラーズ(短編詰め合わせ予定) ( No.2 )
- 日時: 2013/04/06 21:00
- 名前: 日向 ◆Xzsivf2Miw (ID: 13edWJH2)
初めまして、日向と申します。
せめて一幕終わるまでは我慢しようと思いましたが。
鎮魂歌の方も実はチラチラ覗いてたりしている奴です。
腐乱死体が出てきたところで日向のキャパシティが爆発しました。
グロ耐性無いくせに見たがるのは自分の悪い癖ですね。
背後から何か見られてる気がするのは気のせいだと自分に言い聞かせてます、必死に。
霊安所の雰囲気描写でもうお腹が痛くなりました。
指摘、添削の必要は現段階では無いと思われましたので余計な口出しはせずに帰ろうと思います(何、この上から目線
純ホラーは無いジャンルでした。また来たいです。
- Re: ケイオズミックス・ホラーズ(短編詰め合わせ予定) ( No.3 )
- 日時: 2013/04/08 05:51
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: xV3zxjLd)
- 参照: 嗚呼、来ないでおくれ。
日向様 >>2
おおっと、いきなりのコメントに驚いてコーヒーを零したたろす@です((
はじめまして☆ 柚子くんのスレッドとかですれ違って居る気がしますが、はじめまして((
鎮魂歌の方も覗いて頂いてるなんて……嬉しい限りです。
さあ、どうでしょう?
見られているかも知れませんし、すれ違ってしまうかもしれません。黄色い制服と((
ホラーは好きなのですが書いた事は無かったので、怖いと思って頂けたならとても嬉しいです。
あ、今後ろに(黙
まだまだ至らない所が多いので、添削、指摘箇所あったらバンバン教えてくださいまし。
コメント、ありがとうございました。
またお越しいただけるよう、精進します!
- Re: ケイオズミックス・ホラーズ(短編詰め合わせ予定) ( No.4 )
- 日時: 2013/04/08 05:54
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: 9AGFDH0G)
- 参照: 嗚呼、来ないでおくれ。
1-2:
* * * *
数日後に行われた弟の葬儀は、何とも言い難い異様な空気の中で行われた。
恐怖と憧憬、正反対の様でとても似通った視線に見送られる弟を、私は穏やかならぬ心境で見守る。
弟の携帯からよくかけている番号へ電話を掛け、弟の訃報を伝えると、そのほとんどすべての人間が言わずして「やはりな。」と言う態度をとった。
電話を掛けた内の殆どは友人で、職場の同僚は僅かに一人だけ。 聞けば弟は一ヶ月ほど前に突然仕事をやめてしまったらしい。 会社の人間は一人として葬儀に来ていない。
しかしまた、弟の死が不可解なら葬儀も不可解、言ってしまえば電話の履歴も不可解だった。
弟は専ら掛けるばかりで、受信履歴は非通知ばかり。 私が留守番電話の録音を聞いてから掛けた記録以外は殆ど非通知からの着信で埋め尽くされていた。
これでは隣で刑事が浮かない顔をしているのも頷ける。
彼は弟の死を調査する過程で、私が天涯孤独の身になってしまったことを知り、わざわざ足を運んでくれたのだ。
彼の存在が、今はとても心強かった。 もしも私一人きりだったなら、きっとこ弟の友人達の放つ異様な空気に圧倒され、生きた心地がしなかったことだろう。
段々と葬儀も終わりを迎え、花を手向け、柩に土がかけられる。 そんな時、私は向かいに立つ男と目があった。
その男は、小柄だがふくよかで病的に蒼白い肌をしていた。 だが重要なのはそこではない。 その男の顔は安置所で私に笑って見せた、あの醜悪なゴミ収集の男の顔だった。
驚愕の余り目を瞬くと、すでにその男は見当たらない。 私は恐ろしくなって周囲を見渡した。
しかし、誰もその男が存在していたことにさえ気づいていない様子だった。 突然挙動不審になった私を刑事が訝しむ。
「どうした? なにか弟さんの死で思い出した事でもあるのか?」
刑事の声に我に帰った私は、無言で首を振った。 妙に冷たい汗が背中をゆっくりと、粘度さえ含んでいそうに緩慢に流れ落ちるのを感じながら。
私はその夜から、不快極まりない悪夢を見るようになってしまった。
* * * *
その夢は必ずそこから始まった。
寝室で床につく私は、ソレが腹の上に乗る衝撃で目を醒ます。 それは夢の中での話だ。 現実での私はベッドの上で魘されていることだろう。
一切の加減なく私の腹の上へ全体重を預けるソレは、酷く恐ろしい風体をしている。
真っ黒な全身はまるで風化したゴムのような質感で、酷く摩擦するのに、触れればボロボロと崩れ落ちそうな程乾燥している。 とても粉っぽい。
背中には壊死した様に傷付いた蝙蝠に似た羽が有るが、四肢は人間のそれだ。 尻にはそれだけが独立した意思を持つかのように暴れまわる細い尾があるが、その化け物の中で最も恐ろしいのはそれらではない。
その黒い化け物の頭部には顔がなかった。 それはとても恐ろしい事だ。
今までに話に聞いたどの様な怪物より、教えの中に出てくる残虐非道な悪魔よりも遥かに排他的だ。
顔は人が他人を識別する目印であり、表情から感情を察する通訳あり、人が自分を提示する個性だ。 それが黒々と塗りつぶされて、存在しない。 とても恐ろしい化け物だ。
そいつの粉っぽい手がそっと伸びると、その先に付いた鉤爪が私の頬に触れる。
そしてそいつが私の首を両手で押さえつけると、決まって足音が聞こえてくるのだ。 ゴム靴を引き摺る様な緩慢でだらしのない、それが一層不快で恐ろしい足音が。
足音の主が私の寝室の前、ドアの前で止まる。 もうわかっているのだ、私が奴の正体を、その醜い顔を知っているのを。
それを知りながら、奴はドアの前でガサガサと耳障りな音を立てて恐怖を煽る。
そのうち、ドアが開いた。 嗚呼、奴だ、奴が入ってくる。
黄色い制服を着て、ブヨブヨとした手に巨大なゴミ袋を握った、安置所ですれ違ったあの男が、弛んだ蒼白い顔に醜悪な笑みを浮かべて部屋に入ってくる。
腐りきった様な飛び出た目が私を凝視し、今にももげそうな弛んだ唇が窮屈そうに口角を吊り上げる。
そして奴はいつもそうするようにゴミ袋をの中身を引っくり返す。 出てくるのはいつもあの刑事の残骸だ。 無惨に引き千切られ、血は流れきり、バラバラに解体された刑事の屍だ。
その凄絶なまでの攻め苦を与えられた四肢とは対照的な生々しい頭部が、魂を抜かれた様な虚ろな断末魔を留めた顔が、まるで意思を持つかのように私の顔を眺める。
あまりの恐怖に息を呑み、視界の飛びそうな私を見て、黄色い制服の悪魔は満足そうに一歩私に歩み寄った。
そして、いつもそうする様に私に何かを問いかける。
「黄の……を……たか?」
恐怖に半ば意識を失っている様な私に声は聴こえない。
白む視界が捉える男の醜悪な唇は、その問いかけの僅かな断片だけを私に伝えた。
知る必要のない、絶望的な恐怖と共に。
夢は必ずそこで終わった。
- Re: ケイオズミックス・ホラーズ(短編詰め合わせ予定) ( No.5 )
- 日時: 2013/04/27 13:33
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: CymMgkXO)
- 参照: 僅かな疑問と、消えぬ痣ばかりが残るのは、夢の終りが唐突だから。
1-3
* * * *
——夢から醒めて私は自分の首を擦る。
そこにはありありと手の形に痣が残っていた。 あの化け物に締め付けられた痕が。
ホテルの寝室はいつの間にか汗をかくほどに暑くなっていた。 カーテンの隙間から差す陽射しが、室温を上げると同時にほんの束の間、私の心を和らげる。
貪欲に深呼吸をして、私は緩慢な動作で上体を起こすと、そのまま靴を脱いで私は洗面所向かう。
ぺたりと汗ばんだ足が床に触れると、ひんやりとした心地よさが全身を駆け巡る。 その感触が束の間だけ私の心を包み込むと、すぐに体は叫び声を上げた。
私は駆ける事も忘れてその場で盛大に嘔吐する。 あの制服を着た悪魔の薄ら寒い醜悪な笑み、それが脳内で再現されるだけで、私は胃の中の物体を全て絞り出し、震えながら這いず事しか出来なくなった。 ルームサービスを頼まなければ、等と考える余裕さえない。 私は兎に角必死で洗面所へ這った。
脱衣場を越えて浴室へ服も脱がずに転がり込み、私は目一杯シャワーの蛇口捻る。
このまま永い、永い眠りについてしまえば、あの男の恐怖から逃れられる。 嗚呼、このまま溺れ死んでしまいたい。
そんなことをぼんやりと考えた私を、電話の音が遮った。 けたたましく鳴り響いたのは、ポケットに入れっぱなしになっていた携帯電話だ。
濡らさない様に着信を受けると、刑事の怪訝な声が聞こえた。
「シャワー中に電話か?」
確かにそれは可笑しな事だった。 それにさえ気付かないほどに私は消耗しているらしい。 これはまずいと思い、私が悪夢の事を話すと、彼は呆れとも失笑ともつかないモノを溢してから、急に真面目な声になった。
「きっとまだ弟さんの死に動揺してるんだろう。 彼の部屋を見てみたらどうだ? あそこの検証は終わった、案内するよ。」
そんな刑事の言葉に、私は急激に現実へ引き戻された。
正直、弟の葬儀で随分と出費が重なった。 一般的会社員である私にとって葬儀費用は決して安い額ではない。
遺品を整理して、処分できるものは処分し、売れるものは売ってしまおう。 結局私は、刑事を朝食へと誘い、そのまま案内を頼むことにした。
それが、一番良いことに思えたのだ。
* * * *
刑事は食事をしながら散々に愚痴た。 葬儀に出席していた弟の友人を片っ端から取り調べたが、皆異口同音に同じ様な事しか言わないらしい。
「奴等が言うには弟さんは大層なオカルト狂で、見ちゃあならない"向こう側"の知識を手に入れたせいで闇の魔物に魂を奪われたらしい。 そんな馬鹿な話があってたまるか。 黒猫とブードゥードールで人が殺せるなら、オレはとっくに弟さんを殺した犯人を呪い殺してる。」
今までの紳士的な振る舞いだけは崩さずに、刑事は肩を落とした。 葬儀の後、私も何度か弟の職場へ電話を掛けたが、職場での認識もだいたい同じ様なものだった。 突然オカルト、それもチンケなゴシップ記事の様な物理的根拠の欠落したチープな邪教の研究に没頭し始め、段々と仕事中にも熱っぽくそれについて講義を始めるようになった。 そんな弟を周囲が好奇の目で見たことは言うまでもなく、疎んでいた事も事実だった。 だが弟はそれを気にする風でも無かったらしい。 自分のオカルト研究に一種の矜持を持っていたものか、弟は周囲が何を言ってもその研究をやめることはなかった。 その結果、段々と仕事の段取りが悪くなり、業績も落ち、そろそろ肩を叩かれるのは時間の問題だったようだ。
だが、弟は突然辞表を出して消えた。 職場にも勿論例外的なオカルト好きが居て、友人が全く居なかったわけではないらしい。 それなのに、弟はそういった人々に何を伝える事もせずに消え、何度か彼らがコンタクトを取っても全く音信不通だったそうだ。
まだ実家に住んでいた頃を思い返すと確かに弟はホラーが好きだった。 映画はよく一緒に観たし、弟の部屋にはオカルト本やホラーに対する評論の本も沢山あった。 枕元には不気味な怪物の置物なども幾つか有ったが、それでも弟は盲目的なオカルト狂信者ではなかった。
弟はどちらかと言うと理系の人間だったし、何より彼はオカルトが好きだったからこそ、荒唐無稽な出鱈目には酷く批判的だった。 少なくとも、私に知っている弟は。
私は、少しだけ迷ってからその事を刑事に伝えた。 刑事がオカルト趣味に偏見が無いことを祈りつつ。
だが私の告白を聞いて、刑事は少しだけ悩むように眉根を寄せるだけで、特に何を言うでもなくテーブルに残るハムエッグにフォークを刺した。 そして肩を落とすようにして溜め息を漏らす。
「弟さんの部屋は普通だった。 腐乱死体があった以外は何処にでもあるアパートの一室だったよ。 確かに凝った本は色々有ったが、黒魔術の傾向は無かったし、鉤十字もヒトラーの写真も無かったよ。」
そう言って小さく笑う刑事のユーモアに気付くまで、私は暫く時間がかかった。
刑事の言葉の最後は完全にジョークだ、悪夢に魘される私を気遣ったものだろうか。 そんな刑事に微笑み返して、私は少しだけ安堵していることを知った。 また彼に助けられてしまったようだ。
「さあ、弟さんの部屋に行こう。 まだ所持品の内の幾つかは警察で預かっているが、家財品は殆ど戻した。 部屋を引き払うなら、掃除もしないとな。 夢を怖がってる場合じゃない、家財品を処分するのは案外大変だぞ。」
そう言って席を立つ刑事は、軽く笑いながら私の背を叩く。
そう、現実にはまだやるべき事が山積しているのだ、他愛ない夢に怯えている場合じゃない。