複雑・ファジー小説
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- ※救世主ではありません!
- 日時: 2013/08/25 18:24
- 名前: 朝陽昇 ◆5HeKoRuQSc (ID: Drat6elV)
(注意書き)
一応、異世界ものです。
ちょこちょことグロ等挟みます。苦手な方はご遠慮ください。
荒らし、誹謗中傷は受け付けておりません。
その他誤字等があれば教えていただけるとありがたいです。
更新が遅い時と早い時がありますのでご理解ください。
(目次)
『プロローグ』>>1 >>2
第1話『終わりから始まりへ』>>3 >>4 >>5 >>7 >>8
第2話『現実と思ったら負け』>>10
- Re: ※救世主ではありません! ( No.1 )
- 日時: 2013/08/11 19:53
- 名前: 朝陽昇 ◆5HeKoRuQSc (ID: Drat6elV)
人生のどこからどこまでがプロローグで、どこからがエピローグなのかよく分からない。
そんな他愛もないことを考え始めたのは、中学生の頃だった。
「えー、この問題はよくテストに出るからしっかり覚えとけよー」
小さな風が窓から教室内に忍び込む。
窓際の席である俺はその風を受けながら学業に勤しんでいた。というのも、授業中だからこうしてペンを握り、黒板に書いてある事柄をノートにせかせかと写しているわけだが。
「先生ー、それ分からないです!」
と、ここでいつもの風景が始まる。
「何だぁ? 児島。お前まだそんなこと言ってんのか」
数学の先生が反応する。黒板に公式を記す白のチョークを止めてわざわざ後ろを振り返り、教室の丁度真ん中にいる短髪の男子を見た。
その短髪で、爽やかな風貌を持ち、言わずとも分かるような『人気者』というジャンルの人物。それが児島だった。
「いや、ここ難しいですって!」
「何言ってんだよ、児島ー! それぐらいやれよー!」
「うるせーよっ。バカで悪かったな!」
「いや、まだそこまでは言ってないから!」
ここで皆が笑い出す。勿論、俺も笑っておく。それが『空気』ってものだから、仕方ない。例え面白くなくても、人気者である『児島』とその相方役と言える吉川のやり取りなんだから、笑わないといけない。
変な笑みを浮かべる自分が情けなくも感じながら、俺はクラスの連中を目だけで見回す。バカな連中だ。そう、俺と同じように。
影の薄い奴であろうが、何であろうが、そういう『空気』ってだけで笑っていやがる。ここには、"自分という意思"が存在していない。
「ったく、仕方のない奴だな。児島! この公式は分かるか?」
「……わ、分かるよ!」
「……ふぅ。一から説明だな」
また笑い始める。何が面白くてこいつら笑ってんだ? そんなに笑えることなのか?
とか、色々思っていても結局俺も笑う。俺も流されているだけに過ぎない。そうしておかないと、面倒臭いってことは既に中学の時に覚えていたからだ。
「もう今日は時間がない。後から職員室に来い、児島!」
「え! いや、あの、先生、今日はちょっと用事が……」
「何言ってんだ! この公式さえも分からないんだったら重症だぞ! 絶対来い!」
「う……。い、言わなきゃ良かった……」
児島が声にして言ったように、後悔した表情を浮かべたところで授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
中学の頃、我を貫いて笑えない時は笑わず、笑いたい時は特になかったので基本無表情のままでいた。
決して感情が欠如しているとか、そういう特殊なことは一切無い。バラエティ番組だって見るし、最近の芸人の質は落ちたが、一昔前の芸人は自分的には凄くツボがハマってよく笑う。
そういうわけじゃなくて、学校という環境の中で、そして教室内という状況の中で。ただ面白くもないことを笑う。何かがおかしいと俺は思っていた。別に無理矢理笑えといっているわけではないだろう。
だが、それが原因で中学の頃に同級生から変な目で見られた。
「お前、変だよな」
「お前っておかしいよな」
「何でずっと無表情なの? 笑えない人? 感情欠如してんの?」
他愛もない言葉ばかりだったが、俺にとってそれはすべて誤解同然のことばかりで、遂にはそこからイジメと呼ばれる方向に向かってきていた。
パシり、事実無縁な噂話、靴を隠されたり、教科書に落書きされたり破かれたり捨てられていたり。
ただ、暴力は無かったけど。
それでも、散々なことをやらされたように思う。今となっては昔の話だと割り切って高校生活をこれで一年以上続けていることになるが、そういった中学の頃の影響もあって今の"これ"だった。
笑いたくもないことで笑い、周りに合わせ、出来るだけ影にならない程度に話に混じる。
そういう、"居ても居なくてもいい存在"をなりきることにした。
疲れたな、とか思いながら教科書をまとめてカバンに仕舞う。
友達も何人かいるけど、それは皆上っ面だけの関係に過ぎない。本当に心から友達だとか思うこともない。休日に遊びに誘われたら出来る限り行くし、楽しくはないけどまあ楽しくいれるように努力はしてる。
何もかも無気力でやれば案外いけるものかも知れない。最近はそういうことに慣れ始めてきたせいもあるが、
「おーい! 今日帰りにどっか寄ろうぜ!」
「あー……悪い。今日は用事があるんだ。また今度誘ってくれよ」
「そっか……じゃあまたな!」
「おう、またな」
挨拶を交わして別れる。後姿を見つめながら、これでいいと心の中で思った。
何より、学校という環境で生み出されたこの状況が長引き、一人で過ごす大切な時間を何者にも奪われたくない。
「……帰ろ」
もう誰もいなくなった教室で一人で呟き、カバンを持って出た。
学校から家までの距離はそう遠くない。おかげで自転車を使わなくても徒歩で登校出来るほどだ。
夕焼けに包まれる空を見上げながら、今頃児島は先生と勉強でもしてんのかな、とか何を思うかと思えばそんなことだ。
どうでもいい。別にこんな世界望んでなどいない。早く家に帰り、俺が俺らしくなれる世界に行こう。
家に着いた。いつも失くすなと厳重に母親から注意されている合鍵で扉を開けて中に入る。
カバンを玄関のすぐ傍に置くと急いで二階にある自分の部屋へと駆け上がった。
自分の部屋に入り、目に飛び込んできたのはパソコンだった。電源をつけてから制服のネクタイを取り、パソコンが置いてあるデスクの椅子に腰をかけた。
「はぁ、やっと帰って来れたよ」
散々苦労しました、と言ってやりたいぐらいの疲労が俺の内側からふつふつの湧き上がる。全く、勘弁してくれと叫んでやりたいぐらいの重圧からやっと開放された。
演じるということは実に難しい。高校に入学してから今までずっと続けてきたことだが、さすがにその限界も近づいてきているのかもしれない。
だからこそ、こうしてパソコンの中にある世界に逃げ込むわけだけど。
パソコンを起動してからすぐにあるアイコンをダブルクリックする。
剣の形をした絵柄が二つ刃のところで重なっているそれはMMOオンラインゲーム『LOAD OF BRAVE』だ。
ファンタジーではあるが、魔法という概念がそこにあるだけで世界観的には現実世界によく似たような感じなのが印象的だった。
例えば、普通ファンタジーならドラゴンとかそういうのがわんさか出てきて、村とか魔王とかそういうので溢れ返ってるような感覚だけど、現実世界の食べ物が普通に出てきたり、建物も現実世界によく似た一軒家などが建っていたりする。
それに、学校なんかもある。年齢設定が出来るが、このゲームでの学校は年齢関係なしの入る入らないは自由という感じだ。
勿論、ちゃんとファンタジー要素もあって、剣とか魔法を用いて現実世界で有り得ないだろワロスって思う化け物なんかも普通に沸いてくる。
どういう設定だったかまでは覚えてないけど、それなりに楽しい世界観だったから気に入っている。
ログイン画面がパソコンの画面に表示され、素早くIDやパスワードを打ち込み、エンターキーを押す。
「よし……」
勢いよく唾を飲み込む。緊張という意味じゃない。躍動感、好奇心、この世界は俺が俺でいられる世界、やっと自分でいられる。待ち望んでいたそれらがこの画面の向こうに見える瞬間だからだ。
画面はその内にファンタジーかつ現実的な風景が広がったリアルな世界が広がった。
と、数十秒も経たない内に右上のアイコンが光を帯びて音を鳴らした。
「お、早速か」
早速アイコンをクリックすると、個人のチャット画面が浮かびあがってきた。
そこでヘッドホンを頭に装着する。帰ってきたんだ、という気分で全体が包まれていて、心地よく感じた。
「よう、今学校終わったのか?」
男の声がヘッドホンから聞こえてきた。
このゲーム『LOAD OF BRAVE』はチャットだけでなく、ボイスチャット機能さえ備えていればゲーム内でボイスチャットが出来る。チャット自体、あまり俺が好きでないのと、こうして声で話す方がより自分らしくいられるからこの方が俺は良かった。
「あぁ、"タク"。さっき帰ってきたんだ」
思わず少しの笑みを浮かべてしまう。こんなにも自然な笑みが出せるのはきっとこの場でしか無理だろう。
"タク"とは俺のオンラインゲーム仲間だ。実際に会ったことはないが、声ならいくらでも聞いたことがある。それでも、現実での友達という上っ面の存在よりも遥かに俺はタクを信頼している。
俺の言葉を否定もせず、すべて受け止めてくれて、なおかつ一緒に居て楽しく思える。そんな人は今まで一切居たことが無かった。だからこそ、嬉しい。そして、楽しい。
「聞いてよタク。今日も色々だるかったんだ」
「はは、また何かあったのか? そうだな、クエストでも一緒にやりながらそれを聞くとしようかな」
学校での愚痴や不満や、俺は間違っていないってことを色々とタクに聞いてもらったりしている。毎日ではさすがに無いけど、現実での相談相手がまともにいない俺にとって、タクは心の拠り所といえた。
現実の友達に話を聞いてもらえばいいか? バカいえ。あんな奴らに話したりでもしたら俺がせっかく演じてきたことが全て終わる。何の為に中学の奴らが誰も来ない今の高校に行ったと思ってるんだよ。
俺なりに努力はしてる。隠れ蓑として友達を作り、楽しいと思える時間は無いに等しいけど、我慢している。その分こうしてタクと一緒に笑い合えたり出来るからいいんだけど。
「いつまであいつらに合わせないといけないんだって話だよ。それでさ……」
「あ、なぁ、"シュン"」
突然、タクが俺の話を遮ってきた。"シュン"っていうのは俺のゲームでの名前のこと。勿論タクもそうだ。
「面白いクエストがあるんだけどさ、やってみないか?」
「面白いクエスト?」
いつもは遮ったりしないのに、気持ちよく話させてくれるのに、今回はそうじゃなくて、ゲーム内にあるクエストの話で遮ってきた。
「何か特別なクエストみたいなんだけどさ。ネットで調べても全然出てこないようなクエストなんだよ」
「何それ? なんて名前?」
『LOAD OF BRAVE』はあまり知られないようなオンラインゲームじゃなく、そこそこ名の知れたゲームだ。だから攻略サイトなんかも色々出来てたりしているわけだが、その中で見当たらないクエストなんて今まで見たことが無かった。
そんなわけで、少し興味をそそられて聞いてみた。
「えーと……これだ。『救世主になってみませんか?』だな」
「……は? 何、それ」
この世で俺が最も気に食わない言葉は数多く存在する。
個人によってそれは様々だろうけど、その中でも特に吐き気のするほど嫌な言葉、それが『救世主』だった。
「ん……? どうした?」
「ど、どうしたもクソもねぇよ! タク! 俺は救世主って言葉が大嫌いなんだよ!」
声を荒げてしまう。感情が上手く抑えきれない。
世界を救ったから救世主? ふざけんな。クソ喰らえだ。
別に頼んでもいないし、勝手に世界を救ったところでどうなる。俺みたいな居ても居なくてもいいような存在がもっと惨めになるだけじゃねぇか。
人気者にしか、救世主にはなれない。人気者だから、救世主になって当たり前。誰がそう決めたんだ? そんなの決まってる。こんなくだらない世界が決めたんだ。
気持ちが悪い。吐き気がする。人気者なんて嫌いだ。人を散々バカにしやがって、何が無表情だよ。お前らがそうさせてんだろうが!
「おいおい、そんな怒ることないだろ?」
「知るか! 俺はそんなものなりたくねぇ!」
「シュン、これはゲームだぞ? ちょっと落ち着け」
「ゲーム? バカ言うな! 俺にとっては現実なんだよ! これが……現実であって欲しいんだよ……」
ヘッドホン越しに聞こえていたタクの声が消えた。初めてかもしれない、これほどまでに俺がタクに対して声を荒げたのは。
たかがゲームだということは、分かっている。分かってるんだよ、そんなことは。それでも、それでも俺は、この世界でしか自分でいられないんだ。だから、縋らせてくれよ、頼むから。
頼むから、ゲーム(世界)に救世主なんてものをよこさないでくれ。
「認めない……俺がこれだけ我慢してんのに、結局は、人気のある奴、上にいる奴が勝つ。下にいる俺みたいな奴はそんな存在にはなれない。分かってるんだ、もう」
まるで自分に言い聞かせるように、俺は呟く。タクは黙ったまま、相槌もしてこない。
「ごめん……ちょっと俺、落ちるわ。またな」
「……あぁ、分かった」
タクが返事を返し、それとは他の何かを話そうとしているような気がしたが、途中でゲームからログアウトした。
他にすることもなく、夢のような時間を自ら消した俺は後悔と共にパソコンもシャットダウンした。
——それから、次の日。タクは俺の前から姿を消した。