複雑・ファジー小説
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- ある森の狩人の話
- 日時: 2014/03/26 23:39
- 名前: NiSi ◆y2eau8XC5Y (ID: /GuZTiav)
本当は「お久しぶり」なのですが…。
あえて言いましょう。初めまして!
徒然に、衝動に身を任せて小説を綴るNiSi(ニシ)と申す者です。
今回、こちらの「小説カキコ」以外の小説掲示板に投稿し、そして完結した小説を、少々のアレンジを加えてこちらにも投稿したいと思います。
この作品は今からかなり以前に完結し、実質「初めてインターネットの世界に投下した小説」といえる物で、個人的には大変思い入れのある話です。
皆さんにもぜひ、目を通すだけでもして頂ければ幸いです。
《登場人物》
『僕』
主人公。「都会」育ちの青年。
猟師として山中で暮らしている。
『彼女』
「僕」と出会った少女。
記憶喪失をしているらしいが…?
『先輩』
「僕」の先輩にあたる。ベテランの猟師。
それでは。物語の始まりです。
- Re: ある森の狩人の話 ( No.6 )
- 日時: 2014/03/25 23:37
- 名前: NiSi ◆y2eau8XC5Y (ID: /GuZTiav)
−第5話 「何か」を求めて。 〔後編〕−
「いやぁ驚いたよ!まさかこんなに売れるとはねぇ!」
オバちゃんの声は弾んでいた。とてもうれしそう。
いつもは売れ残りが目立つと言う商品棚も、空っぽになっていた。
「あの子のおかげかねぇ…。久しぶりだよ。完売で店を閉めるなんてね。」
オバちゃんは僕にそう言った。僕はボーっと彼女を見ていた。
「ん……?聞いてたかい!?」
「は!? あ、ははは……。」
僕はふと我に返って、とにかく愛想笑で誤魔化した。ちなみに話は半分以上耳に入っていなかった。
「でもあの子、ここらでは見かけない顔だね。どこから来たんだい?」
オバちゃんは訊いてきた。無理に隠す気は無かったので、僕は彼女について、分かる事すべてを話した。そして、最近行方不明者の情報が流れていないかも訊いておいた。
もし情報があれば、それは彼女のことではないかと思ったからだ。
「ふうん…可哀想に…残念だけど、誰も森で行方不明になったって噂は聞いてないよ。」
「そう…ですか…。」
過度な期待は避けていたつもりだったが、ここにも手がかりは無さそうだと思うと、僕は肩を落とした。
一体彼女は何者なんだろう。本人すら思い出せない。誰も探し出していないとなると、『集落』の者ではないようだ。となると、彼女がどうして、あんな森の中で倒れていたのか分からない。
彼女への謎がまた増えたような気がした。
その後は、純粋に彼女と買い物をして時間を過ごした。
時々店の人が「若いねぇ!」などと言うものだから僕には少し居心地が悪いものがあった。
一方の彼女はそんなやじも賛美と思うのか、満面の笑みで返すのだから困ったものだ。
「集落」を出て1、2時間あたり過ぎただろう。僕は森の中でもなかなかの高さのある、葉をほとんど落とした大木の前にいた。
「あまり汚さないでくれよ!せっかく新しいの買ったんだから!」
僕は木の上によじ登ってはしゃぐ彼女に向かってそう言った。
木に登るのは慣れていないのか、不恰好に登っていた。おかげで服を木に擦り付けるので、破れないか心配だった。まあ、服は動物の毛皮を使って丈夫にしてあるから、簡単には破れ無い様になっているのだけれど。
気がつけば、彼女は木の頂上あたりまで登っていた。
「落ちるなよぉ!!」
危ういバランスを取っている。落ちてきても受け止められる様、下から構えておいた。ただ、彼女は楽しそうに、
「みて! そら! そら ちかいよ! みてよ! ホラぁ!」
と、木の上で頻りに叫ぶ。「やれやれ。」と、僕は苦笑しながらも彼女のいる木の枝まで登った。木登りは小さい時から得意なほうだ。
さほど苦も無く登り切ると、彼女は少し口をあけてやや上を…
つまり空を見ていた。僕も彼女に従って空を見た。
「うわぁ……。」
空が近かった。
青色から薄く桜色、そして赤褐色へとうつる自然の描くグラデーション。
太陽が沈み、夜が近付くこの一時の空の色が、僕は一番好きだ。
「空が…。」
「……きれい……。」
僕は彼女を見た。
僕と彼女は、偶然同じことを感じていたらしい。僕は思わず笑ってしまった。
もっとも。彼女はなぜ僕が笑っているのか分からない様子だったが。
その日の夜、寝所を探すことも無く、僕らは満天の星空を木の上で楽しんだ。
- Re: ある森の狩人の話 ( No.7 )
- 日時: 2014/03/25 23:57
- 名前: NiSi ◆y2eau8XC5Y (ID: /GuZTiav)
−第6話 「神様の卵」〔前編〕−
ガサガサ・・・ガサガサ・・・。
「・・・あ、あった。」
僕はそう言って、小さな紙屑を拾い上げた。
そのまま、手に持っている麻の袋に入れる。
袋の中には同じような紙屑がたくさん入っている。
「ったく・・いくらなんでも捨てすぎじゃないか?」
誰も聞いていないのに1人問いかける。今日の朝から、うっすら雪に埋まった地面を這いずりまわっっている。
別に何かを落としたわけでは無い。ただ「森の掃除」をしているだけなのだ。
ちなみに発案者は…
「あつまったぁ!?」
澄んだ声が遠くから聞こえる。僕が顔を上げると、彼女は手を盛んに振っていた。
「おう!もうそろそろ終わりにしようか!」
彼女−名前はまだ思い出せないらしい−もまた、袋を抱えてやって来た。
背中には護身用の短剣が提げられている。もし獲物に至近距離で襲われた時に、と持たせておいた。勿論、不要に振り回さない様に使い方もしっかりと教え込んでおいたので、心配はしていない。
もっとも、彼女は武器というよりも1つの装飾品とでも思っているようだが。
でも、彼女が身に付けていると、装飾品にも見えないことは無いのが不思議だ。物騒な代物の筈なのに…。
「さて、家に戻って暖炉の足しにでもするかな。」
僕の傍まで来た彼女は嬉しそうに袋を軽く振る。
僕よりも多く拾い集めたのが嬉しいようだ。競っていたわけではないので、僕は特に気にはしていなかったが、彼女が嬉しそうで、僕もついつい笑ってしまった。
今日、何故こんなことをしているかと言うと、
昨日の帰り道、彼女が小さな紙屑を見つけた事から始まった。
この森は、狩人たちの仕事場であり住処でもあるのだが、その広大な自然が魅力的らしく、観光地にもなっていたりする。勿論、不意に獣に出くわしても対応できるように、狩人が案内人として同伴する。(僕はまだ案内などはしたことは無いけれど。)そのときに、マナーの悪い観光客が紙屑等を捨てていくのだ。
彼女はそれが許せないらしく、明日(つまり今日)森中のゴミを拾って回りたいと言い出したのだ。別に忙しいわけでもなかったので彼女に付き合ったのだが思った以上に量がひどく、かなり時間が経ってしまっていた。
「さ、帰ろうか。」
「うん。」
彼女は満足したらしく、素直に頷いてくれた。
帰路に付く途中、僕らは不意に話しかけられた。
「おう。久しぶりだな。」
何だか聞き覚えのある声だと思ったのは、聞いてすぐだった。
僕は振り返ってその声の主を見た。
「せ…先輩!?」
それは紛れも無く僕の『先輩』だった。歳はだいぶ離れていて40代。
狩人の風格漂う、腕利きの熟練猟師だ。この人こそ、僕にこの森での生活の仕方を教えてくれた『恩師』だ。肩から、年季の入った猟銃を提げていた。
「おうおう、元気そうじゃないか。最近は上手くいってる様だな。」
「いやぁ、まだまだですよ。楽ではありません。」
「まあまあ、こんな場所で無事に生きてんだ。神に感謝するんだぞ。」
先輩の口癖だ。先輩もかつては「都会」の人間だったらしい。
だが、ある日罪を犯してしまい、「都会」に居場所を失ってしまったと言う。
当ても無くさまよったときに、この森に隣する「集落」の人々が犯罪者であるにも関わらず温かく迎え入れてくれたそうな。
その時、「集落」の長が『お前さんは、森の神に救われたのじゃぞ。』と言ったそうで、その日以来、先輩は、『神に感謝する』ことを大切にしてきたそうだ。
僕も、似たような心鏡だったので、同感できた。先輩を尊敬する理由の1つに、それがある。
「まあ、立ち話もなんだ。すぐ近くに俺の家がある。温まりでも来るか?」
と先輩は猟銃を担ぎなおしてそう言った。勿論今は狩猟は禁止されているので、先輩が銃を持っているのは護身用だろう。と言う僕も、銃は提げていたのだけれど。
「あ、じゃあ……お言葉に甘えて……。」
そう言って僕は、小さくお辞儀をした。
−(第7話〔後編〕)に続くー
- Re: ある森の狩人の話 ( No.8 )
- 日時: 2014/03/26 00:21
- 名前: NiSi ◆y2eau8XC5Y (ID: /GuZTiav)
−第7話 「神様の卵」〔後編〕−
僕が先輩にお辞儀をしたとき、先輩は僕の後ろにあった1つの影を見ていた。 その影とは、他でもない、彼女だ。
「うん?この子は誰だ?」
僕が反射的に振り返ると、彼女は怯えた目で先輩を見ていた。警戒しているようで、背中の短剣に手をのばしていた。僕は慌てて、
「ああ!この人は僕の先輩で、敵じゃないんだよ!」
と彼女の誤解を解こうとした。彼女は落ち着いたのか短剣を取り出さなかったが、少し怖いらしく(もっとも、先輩の顔は少しばかり濃いから、怖がるのも理解できたけれど。)僕の後ろにぴったりくっついて、
「せ…せんぱい……こ、こわい……。」
と言った。こう見ると、まるで妹をかばっているかのようだ、
先輩は僕と彼女の顔を見て、ニヤッと笑って言った。
「ははは!なるほどそういうことか!ははは!」
少し嫌な予感がした。
「ははは!いや悪かった!おデートの邪魔しちゃったようだな!すまないすまない!」
大当たりだった。僕は意図せず頬を赤らめて、反論した。
「ち…違いますよ!か…彼女は……その…。」
「うんうん、青春とはすばらしいものだ。一度きりだぜ。特にこんな僻地じゃあな!」
「だ…だからぁ……!!」
誤解を解こうと彼女を引き離そうとすると、彼女は僕について離れない。よほど怖がっているようで、無下に引き離せなくなった。
先輩はそれを見て更に僕をからかった。
とにかく、先輩の家で、すべてを話すことにした。
「そうか…。1人……。」
先輩は先ほどとは打って変わってまじめな顔で、そうつぶやいた。 暖炉の火がぱちっと音を立てて燃えている。
「はい、彼女は森の中で倒れていたんです。今でも、何で倒れていたのかは判らないようですが……。」
先輩は神妙な顔つきで彼女を見た。彼女は、少し怯えながらも先輩の視線を受け止めていた。
「…?どうしたんですか?」
「………。」
先輩は僕に応えず、彼女を見つめたままだ。
しばらくしてから一言、ボソッと呟いた。
「森の…神様の……卵…。」
その瞬間、彼女は小さく「ハッ」と息を呑むようにして、呼吸を一拍止めた。その時僕は、彼女が記憶を取り戻したと思った。
だが、彼女はその次の瞬間には、先ほどまでの調子に戻っていた。
「…はは、冗談だよ。神様は簡単に姿を現すはずが無いからな。ただ、そうかな。と思って口走ってしまっただけだ。聞かなかったことにしてくれ。」
そう、先輩は笑いながら言った。
僕は同じく笑って返した。
彼女の震えは、止まっていた。
先輩の家からの帰り道、彼女は普段とは違って、目線が少し下がっていた。いつも飛び跳ねながらはしゃいでいるのに、やけに大人しかった。先輩のあの言葉以来、様子が明らかに変わっていた。
「どうした?具合でも悪いか?」
心配になって、そう声をかけた。だが彼女はそれには答えずに、僕をじっと見つめていた。
少しドキッとした。その目は、今まで見たことが無いほどきれいに澄んでいるように見えた。彼女は視線をそらそうとはしなかった。
次に彼女はどんな言葉を発するのか、僕はただ黙って待った。
しかし、僕はまさか、こんな質問をされるとは思わなかった。
彼女の口から、そんな言葉が出てくるとは思っていなかった。
「…わたし……かみさまに……みえる……?」
- Re: ある森の狩人の話 ( No.9 )
- 日時: 2014/03/26 14:44
- 名前: NiSi ◆y2eau8XC5Y (ID: /GuZTiav)
−第8話 その日は、もうすぐそこまで。−
—かみさまに、みえる?—
僕の頭の中で、その言葉は何度も繰り返されていた。
彼女は動かない。じっと僕を見つめる。恐らく、僕の次の言葉を待っているのだろう。
彼女の正体。僕はそれを彼女に思い出してほしくて、こうして共に暮らしてきた。
たとえそれが何年後の話になろうとも、いつか、取り戻してくれる日を信じて。
その願いは今、叶おうとしているのだろうか?
先輩のあの言葉によって、彼女の中の記憶の断片が繋がったのだろうか?
彼女は「本当の自分」を取り戻しつつあるのだろうか?
努力が報われたのなら、その結果がどうであれ喜ぶべきことだ。
それが僕が彼女と共にいる最大の理由だからだ。
僕の次の一言は、きっと「本当の彼女」の人生を切り開く「鍵」になる筈だ。
…そう思っているのに。
「……はは、先輩の話を聞いてたか?神様はそう易々と姿を現さないって…。お前は普通の女の子だよ。」
自分でも驚くほど、あっさりと否定してしまった。
前兆だったかも知れないのに。それを潰してしまった。
もう訂正は効かない。
「…………。」
彼女は、僕をじっと見つめ続けていた。
笑顔じゃない彼女の視線は、今までのどんな表情よりも印象的だった。
しかしその直後、ふっと唇の端をあげて、
「うん。」
短く、そう言った。
そして僕の手を取って、
「かえろ! さむい!」
と、いつものように、笑顔で僕の腕を引っ張った。
僕はいつものように、笑顔で返すことが出来なかった。
夜。
僕は何度も目を閉じては開け、閉じては開けてを繰り返していた。
彼女に部屋を貸して以来。ソファの上で寝るのにはもう慣れたはずなのに、今夜は全く寝付けなかった。
何度も体を起こしては、寝る姿勢を変えたりもした。しかし眠れない。
僕の頭の中は、帰り道のあのことでいっぱいだった。
彼女の記憶が取り戻せるかもしれなかったのに、僕の一言でそれは消えてしまった。
「神様」などという現実味の無いものだったからかも知れない、しかし、それでもあっさりと否定した事実に、後悔の念を抑えきれないでいた。
拳を握り、自分の頭にぶつける。自分を責めるしかなかった。
少しして気が治まると、今度は別の事を考えるようになった。
「集落」の果物屋の前で、彼女に抱いたあの得体の知れぬ感情。
その正体が、なんとなく、分かった気がした。
僕は、これからも彼女と一緒にいたい。
知らず知らずのうちに、そう強く願っていた。
もし、あの時、「きっと君は、神様なんだよ。」と言うと、
そして彼女が記憶を取り戻すと、
彼女は僕の前からあっさりと消えてしまう。
そう思った。
それが、今の僕には辛かった。
彼女のいない生活なんて耐えられない。そう思った。
「…どうして……。」
僕はもう一度拳を握り締め、そう呟いた。
もはやそれ以上、答えは出てこなかった。いや、出るとは思えなかった。
僕は起き上がって、彼女が寝ている部屋に向かっていった。
なるべく音を立てずにドアを開け、そっと部屋に入り込む。
彼女は寝ていた。顔が月明かりに照らされていてよく見えた。
あの不安そうな表情の名残も面影もない。僕の知る笑顔の彼女らしい、
少し笑っているようにも見える可愛らしい寝顔だった。
ぐっすり眠っていることに安心すると同時に、その寝顔に胸が締め付けられるような気分になった。
僕はそっと彼女に近づき、聞いている筈のない彼女に話しかけた。
「……ごめんね。 ………好きだったんだ。」
夜は更け、月明かりが更に輝きを増してゆく。
彼女の部屋を出た僕は、またソファに横たわり、
窓からぐらぐらと形を変える月を眺めた。やっぱり眠れそうも無かった。
そして、「その日」に今日も近づいていく。
- Re: ある森の狩人の話 ( No.10 )
- 日時: 2014/03/26 22:07
- 名前: NiSi ◆y2eau8XC5Y (ID: /GuZTiav)
−第9話 「前日」の朝方−
その夜、僕は寝たのだろうか?
そもそも、寝たという実感すらわいていない。完璧な寝不足だろう。
目を開けると、窓の景色は目を閉じる前に見た景色と大差なかった。
ただ、もうすぐ明け方だという感じがした。
『もう、寝なくてもいいや。一日くらい。』
そんなことを思い、掛け布団をのけて、立ち上がる。
驚いたことに、頭は冴えていた。
ドアを開けて、空を見上げる。薄暗い空が、夜明けを告げている。
ふと前を見ると、誰かがいた。暗くてよく見えない。
もうすぐ日があたりを照らすはずで、そうすれば正体は判るだろうと思った僕は、その場を動かずにいた。
暫くして、太陽が山から顔を出した。光が森の木々の間を縫うように通り抜けていく。にわかに明るくなった視界の先に捕らえたのは、1つの人影。
日の出の方を向く彼女だった。
いつの間に外に出ていたのだろうと思って、話しかけようとしたが、僕は彼女を見てやめた。
彼女は祈りを捧げるかのように、手を胸の前で硬く握り、目を瞑り、頭を少し下げていた。「祈り」の方法は、まだちゃんと教えてなかったはずだが…。
彼女は動かない。凍ってしまったかのように。
決心して僕が一歩踏み出そうとした時だった。
太陽の光が強くなった。あたりの残雪に光が強く反射する。
まだ日は半分しか山から出ていないのに、まるで昼間のように明るい。
「!?」
僕は驚いて一歩下がる。
するといきなり、風が吹いた。
「か、風…?」
このあたりは木々が多いせいで、風通しは良くないはずだった。
それでも風は、優しくも力強く吹いていた。
有り得ないような事が一度に起きて、僕はどうしたらよいのか分からなくなってしまった。
彼女は動かない。背中辺りまで伸びた髪が、風になびいている。
そんな彼女は、今まで僕が見て来た彼女とはまったくの別人だった。
やっぱり、彼女は「森の神様」だ。
僕は確信した。目の前にいるのは「彼女」ではなく、「神様の児」なんだと…。
ありえない。とは、この光景を見た僕には到底思えなかった。
気がつけば、辺りはいつもの夜明けの景色に戻っていた。
彼女が「お祈り」を終えたからだろうか。
振り返る彼女に気付かれまいと、急いで家に入って、ソファに飛び込み布団をかけて、寝たフリをした。
ガチャ。
ドアの開く音がした。僕は冷や汗が出ているのに気付いた。
トントントン
足音がこっちに近づいてくる。
自分の心臓の鼓動が聞こえた。必死に寝顔を作って見せる。
でも、他人から見れば嘘だとすぐにバレるほど、ひどい「寝たフリ」だったと思う。
「……。」
「…………。」
沈黙。
一体どうなっているのかと思い、恐る恐る目を開けてみると・・。
「ぅわ!!!」
「!!っっっひゃあああ!!??」
彼女の顔が僕の顔面まで近くに接近していた。そんな至近距離で脅かされて、僕は今まで出したことも無いような悲鳴を上げてしまった。
「あはははは!」
彼女はいつものように朝からテンション全開だった。
これも、新しく考えた「僕の起こし方」なんだろう。
彼女は早速、僕の手を引いて、
「きょうも、もりにいく!」
と、笑顔で言った。
いつもと変わらないように。
でも僕はまた、いつものように笑顔で返せなかった。
むしろ逆に、涙が出た。
彼女の笑顔に、また胸が締め付けられるように苦しめられた。
「!? どうしたの!?」
僕の泣く理由が分からない彼女は慌てふためく。
僕は彼女を落ち着かせながらも、謝った。
「ごめん…。僕のせいで……。」
「……?」
「やっぱり君は、神様なんだよ…。きっと。」
「…………!?」
彼女は目を大きく開いて、僕を見つめた。
僕も彼女を見つめ返す。自分の中では決心が付いていた。
「さあ、早く要るべき所に戻るんだ。君はこんなところにいちゃいけない。」
「………。」
彼女は黙っていた。けれど視線は少しもズレない。
しばらくして、口を開いた。
「ううん。」
「……え?」
「わたし……おんなのこ!」
「……はい…?」
予想外の返事に、力が抜けてしまった。
彼女は、神様の児であることを否定してしまった。
「わたし、おんなのこがいい!かみさまなんかやだ!」
「え……いや…違うんだ、そういう意味じゃ……。」
「わたし、『おんなのこ』がいい!」
彼女は僕の言葉を遮ってそう言い、僕の手を握って。
「おんなのこで、いっしょにいたい!」
と、笑顔で言った。
僕は、目の奥から涙がまた込み上げてくるのを抑えることが出来なかった。
彼女は、出会った時よりも、ずっと話すことは上手くなった。
最近では、しっかり自分の意思を言葉に表せるようにもなった。
だから、
今言ったことは、彼女の気持ちそのものだと信じてもいいのだ。
そう思うと、嬉しくて、でもやっぱり悲しくて、
複雑な思いが、僕の中で入り混じっていた。
「…あああ!どうしたの!?」
また彼女が慌てだす。
僕はやっと笑顔で応えられた。
「ううん。…なんでもないよ。」
そして、日捲りを見ると、
「狩猟解禁日」が明日に迫っていた。